救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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迫る恐怖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドホームを構えたこの街にも大分慣れてきた頃。

 

冬空を灰色の雲が覆う中、私は回復結晶を調達するために街を歩いていた。

 

街の掲示板には最新の情報が毎日更新されている。

 

 

ボス部屋の発見に新スキルの発生条件。

 

イベントクエストの情報にラフィン・コフィンの動向。

 

 

これらの情報は、すべて鼠のアルゴさんと言うプレイヤーによって公開されているのだが、どうやってこれだけの情報を得ているのかは誰にも分からないらしい。

 

 

そういえば昨夜、彼と会った時にこんな事を言っていたっけ。

 

 

『アルゴは偽りぼっち。ヒースクリフは神聖ぼっちな』

 

 

……何それ。

 

偽りぼっちって、結局はぼっちじゃないの?ぼっちなの?

 

ていうか、ヒースクリフさんってぼっちなんだ……。

 

頭を悩ませながら歩くこと数分、私は目的の場所に辿り着いたことで一度思考を止めた。

 

 

回復結晶を買う度に思い出すのはあのトラップゾーンでの出来事。

 

結晶の無効化エリアに足を踏み入れてしまったときの恐怖はいまだ消えずに残り続けている。

 

 

「……」

 

 

あの時、彼が居なかったら私達はどうなっていたのだろう。

 

いや、そんなことは考えるまでもないか…。

 

ふと、目の前に降り落ちる白い光。

 

空を見上げるとシンシンと降り始めた雪が弱々しく舞い落ちた。

 

ダンジョンに潜ると季節を感じ難いが、12月も終わりが近づき、改めて冬を迎えたのだと実感する。

 

 

「…なんか無性に寂しいなぁ。冬は寒いし、暗いし、忙しいし。…大嫌い…」

 

 

とてとてと歩く足元には、次第に白いカーペットが敷かれていく。

 

まだ誰の足跡も付いていない白いカーペットは、まるで彷徨い生きる私の道標を消しているようだ。

 

 

暖かいホームに早く帰ろう。

 

帰れば明日のダンジョン進行のミーティングが開かれているはずだ。

 

……。

 

 

ふと、帰り道とは違う路地への裏道を見つける。

 

 

ホームに帰りたくない。

 

 

そう無意識に思ってしまう自分に自己嫌悪を抱きつつ、私はその路地へと足を踏み入れていった。

 

 

「…誰も居ない。なんか落ち着く…」

 

 

路地の道を突き進む。

 

こうやって、私の進むべき道が一本道だったらどれだけ楽だったのだろう。

 

有無を言わせぬ高い壁に両を挟まれ、進むことしか許されぬ道なら、私は周りに流されることもなくただ脚を動かし続けることができたかもしれない。

 

 

なんて……。

 

 

 

しばらく歩き進んだ所で、私の両を挟んでいた壁が、進むべき前方にも現れた。

 

 

行き止まり…。

 

 

「…はは。私の人生もこんなもんだよね」

 

 

あるべき道を進み、たどり着く先は行き止まり。

 

本当に嫌になるよ…。

 

 

私は行き止まりの角に身を寄せる様に座り目を閉じる。

 

この世界から離れたい。

 

居なくなりたい。

 

消えてしまいたい。

 

 

……。

 

 

彼に、もっと会いたい…。

 

 

 

すると、ざっざっ、と。

 

雪を踏みしめる一つの足音が聞こえてきた。

 

 

「っ!」

 

 

もしかして…、と、淡い期待を抱きながら、私は顔を上げる。

 

 

全身を隠す黒いマント

 

 

包帯の巻かれた手首。

 

 

心を凍らせるような息遣い。

 

 

……顔の上半分を隠す面。

 

 

 

「…あ、あなたは…」

 

 

冷たく、冷たく。

 

黒い何かがゆっくりと近づいてくる。

 

 

「…このデスゲームから解放されたいか?」

 

「っ!?な、なにを…」

 

 

発せられた言葉に生気を感じない。

 

絶対に安全な街中に居ると言うのに、なぜか私の身体は恐怖によって支配され、指一本と動かすことはできなかった。

 

 

「…ぁ、ぁ…」

 

「答えろ…」

 

 

身体を脈打つ血が悲鳴を上げる。

 

逃げなきゃ、逃げなきゃと。

 

……それなのに。

 

心は私の言う事に反対するように訴えていた。

 

 

ーー死ねば、解放されるよ?

 

 

「…っ、いや、いや、いや!!」

 

 

それだけは考えちゃいけないなことだった。

 

考えないように、心に鍵を掛け、厳重に閉じ込めていた。

 

それを、目の前にいるプレイヤーに…、赤い眼をしたプレイヤーにこじ開けられてしまった。

 

 

「抗うな。心の意思のままに、おまえは俺に着いてこい」

 

「…ぁ、ぅぅ…」

 

 

怖い…、怖いよ…

 

 

『俺は死なん。俺が死なない限り、あんた…、サチさんの安全も保証してやる』

 

 

星の輝くお花畑で、彼は優しくそう言った。

 

ふわりと香る、暖かい彼の優しさを、死んでしまったらもう感じることが出来ない。

 

もっともっと、彼を…。

 

 

 

「…っ、わ、私は…、行きません」

 

 

彼が約束してくれたから。

 

守ってくれると。

 

言ってくれたから。

 

 

 

「…ふ、くっくくく、ふふ、はははっ…」

 

 

 

薄暗く、赤い眼のプレイヤーは笑い出す。

 

何が可笑しいのかなんて分からない。

 

ただ、その笑い方にはとてつもない不愉快を感じる。

 

まるで、比企谷さんを笑われているようで。

 

 

「な、何が可笑しいんですか!」

 

 

「…ふふ。笑わずに居られるものか、…おまえも、あの男に騙された口か?」

 

 

「何を…」

 

 

「しばらく観察させて貰ったよ。…随分と、あの男を信用しているようだな」

 

 

「…っ」

 

 

 

赤い眼と視線があったとき、例えようのない程に強い焦燥感と恐怖感に包まれる。

 

 

騙された、信用…。

 

 

私はこれ以上、心を揺さぶられてもココに立っていることができるのだろうか。

 

 

 

 

 

「……あの男の名前はPoHだ。ご存知、ラフィン・コフィンのリーダー様さ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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