細いエストックは彼女の身体をしっかりと捉えた。
レベル差のためか、刺さった場所は急所じゃないにも関わらず、彼女のHPを素早くレッドゾーンへと突入させる。
動揺と焦燥が反応を遅らせたことも原因の一つだろう。
彼女に駆け寄ってポーションを飲ませなくては。
いや、その間にザザの追撃が…。
ならば先にザザを殺すか?
……。
どちらにせよ。
間に合わない…。
「ふはははははーっ!!」
「…っ!」
「くくっ。…これが偽善者の末路だよ。誰も殺さずに、誰かを守ることなど出来ない」
目の前が赤く染まる錯覚に陥る。
赤く染まった世界に映った1人の狂気。
そのために握ったダガーがギシギシと呻きを上げた。
「…残念だなPoH」
「…」
「タイムオーバーだ」
ザザの姿がエフェクトと化していく。
転移結晶を使用したのだろう。
消える寸前まで、奴は口角を上げて血塗られた世界を見渡していた。
「次はお前を必ず殺す。どこに行こうが必ず」
そう言い残し、ザザの姿は完全に消え去った。
無力にもその場で立ち尽くすことしか出来なかった俺は横たわる彼女の元へと近寄る。
「…っ、比企谷さん」
弱弱しく発せられる言葉を拾いながら、俺は彼女の半身を優しく起こす。
仮想空間の中とは思えない暖かさと柔らかさに緊張を覚えながら。
「…私ね、大きなモンスターよりも、モンスターと戦う人達の方が怖かったの」
「…ん」
「死んだら終わりのデスゲームの中で、嬉々として剣を握る姿が怖くて…」
震えながらに心境を吐露する。
それなのに、彼女は瞳を閉じながら小さく微笑んだ。
薄暗い空間でゆっくりと紡がれた言葉は、ベンチに座って談笑したフローリアでの雰囲気を思い起こさせる。
「でもね、君は違った。…とても強いのに、君はいつも辛そうに剣を握ってて…。初めて君を見たとき……、誰かに救いを求めているような…、そんな気がした」
「……」
死にかけてるのに良く喋るやつだ…。
俺を恥ずかし殺すつもりか?
…なんて。
俺は彼女の頭をゆっくりと撫でながら、アイテムストレージを開いた。
「…いつだって、俺は全てに怯えてるんだよ。おまえだけじゃない」
「ふふ。そっか…。君も私と同じなんだね」
「あぁ、ただ少し強いだけだ」
「少しどころじゃないでしょ…」
手に浮かべた”とある結晶”を使用する。
彼女は尚も目を閉じていたが、俺は構わずにそれを彼女の胸元に当てた。
「…君は生きて。…自分の事も大切にしてあげて…。君は…、私の大切な人なんだから…」
頬を一滴の雫がなぞる。
ゲームの中のクセに綺麗な涙を流すものだ。
このゲームのディテールの細かさには感心するよ。
「…はぁ。あんまり恥ずかしいことを口走るなよ。黒歴史が増えるぞ?」
「…だって、これが最期だし」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あれ?なんで死なないの私」
素っ頓狂な声を上げながら、彼女は身体を起こす。
キョトンとした瞳で俺を見つめると、可愛らしく首を傾けた。
「…おまえは死なん。いい加減に気が付け」
「え?え!?なんでー!?…あれ、HPも戻ってる!?」
「よかったな」
「な、なんで……」
彼女の胸元に当てていた結晶が、光を放ちながらエフェクトへと化していく。
それは儚くも美しく、大きな運命を曲げてくれた。
「…落ち着けよ。とりあえず帰ろうぜ」
「むむ…。たくさん感動する言葉を考えてたのに…」
「え、あの状態でそんなこと考えてたの?」
俺は背伸びをしながら立ち上がり、彼女に手を差し出す。
彼女は釈然としない表情でそれを握った。
「…あ、ちょ、ちょっと待って比企谷くん」
「あ?」
「私、死ぬと思ったから結構恥ずかしいこと口走ったよね?」
「…うん」
「私、死なないとダメじゃん」
「いやダメじゃないだろ」
「だって凄く恥ずかしいこと言っちゃったし」
赤らめた顔を隠すこともなく、彼女は俺の手を握り続けた。
先ほどまでの険悪で醜悪な戦いなど忘れたかのように、少しだけトボけた空気がそこに流れる。
「…はぁ、もう忘れたから。これでいいだろ?」
「わ、忘れられるのも嫌だなぁ…」
「なんなんだコイツ」
思わずため息がこぼれ落ちる。
巨悪は去ったが消えていない。
だと言うのに、今は彼女が生きているという事実だけで肩の力がため息ともに全て抜け落ちた。
「ていうか、なんで私は生きてるの?」
「死んでないからだろ」
「あ、そっか」
「え、それで納得なの?」
「ふふ。…よく分からないけど、比企谷くんが守ってくれたんでしょ?」
「…ふん、礼ならサンタに言えよ」
「私の大切な人は照れ屋だなぁ」
「それ、忘れてほしいんじゃなかったのかよ?」
サチさんはふわりと甘い香りを漂わせる。
フローリアに咲く花のように。
いつもの笑顔を咲き誇らせた。
「ありがとね。比企谷くん」
ーーーーend