First Person Shooting
所謂FPSゲームとは、ゲーム中の空間でプレイヤーを動かし、素手、もしくは銃を用いて戦うアクションゲームのスタイルである。
つまり、MMOFPSであるGGOは実際の戦場を基に創り上げられた仮想空間で、人間の五感を震わせる本格対人ゲームなのだとか…。
俺は菊岡さんによって設備された、仮想空間に潜るためだけに用意された部屋で溜息を吐く。
ベッドはふかふかで室内温度も最適。
身体中にくっ付けなくてはならない心電図用の電極だけは好かないが、割りかしこの部屋の居心地は悪くない。
ふと、室内へと繋がる唯一の扉がノックされる。
「返事が無いけど入りまーす」
「え?さ、サチ!?」
白いナース服に身を包んだ彼女が突然に現れた。
「久しぶりー。比企谷くん」
「いや、先週飲みに行ったろ」
「うん。だから1週間振りじゃん」
「それより、なんでおまえが…」
サチはにんまりとした笑顔を浮かべながら、キャスター付きの丸イスを俺の側に転がし寄せてそれに座った。
「へへ。バイトだよ。クリスハイトさんの紹介でね」
「あいつ…」
クリスハイト…、菊岡さんは何を考えているんだ?
極秘だとかどうとか言っていたろ。
ちょっと頭の悪そうなサチじゃ、馬鹿みたいに拡散するのがオチだ。
俺が疑い深い視線をサチに向けるも、彼女は気にしたようすも無くコロコロとした笑顔を浮かべ続ける。
「それじゃ、お洋服をぬぎぬぎしようか」
「は?」
「はいバンザーイ」
「バンザーイじゃねえよ!」
「もう、恥ずかしがらないでよ。コレ、付けれないでしょ?」
呆れたように、サチは心電図の電極を両手に持ち上げた。
うん、確かにそれを付けろと言われたがな…、おまえに付けられるのは不安でしょうがない!
「待て。おまえのバイトってのはアレか?それを付けるだけが仕事か?」
「そんなわけないじゃない。寝ている比企谷くんを監視することが私の仕事だよ!」
「……」
「比企谷くんが寝ている間ならナニを…、あ、何をしてても良いって言われてるの。…えへへ」
ナニを…。
じゅるりと、サチは欲情深そうに涎を腕で拭った。
「…と、冗談はさて置き」
「その冗談を置いておけるほど俺は図太くないが」
「一応、中で何があるか分からないからね。もしもの事が起きそうになったら外から強制終了させる役が必要なの」
「中とか外とか強制とか…、おまえの口から聞くといかがわしい言葉にしか聞こえんな」
「もう!真面目な話なんだからちゃんと聞いてよ!」
ひっそりと、闇を潜める悪意には警戒が必要だ。
ただ、今回の仕事は情報収集と接触。
特段に剣を…、いや、銃を構えることも無いだろう。
「…嫌な予感がするの」
「予感?」
そっと自らの腕で身体を包みながら、少しだけ俯き気味にポツリと囁いた。
コレはサチの癖だ。
身体が温もりを求めているだとか、こうすると安心するだとか、いつも笑いながら言って誤魔化すのだが、彼女がその行為をするとき、決まって彼女は何かに怯えている。
あの時…、フローリアでの時も。
「…まぁ、気を付けるよ」
「…っ、うん!…へへ、それじゃあ早速ぬぎぬぎを…」
誰か。
監視役の監視役をお願いします。
ーーーーーー★
リンクスタートーーー
ーーーガンゲイル・オンライン
ふわふわとした眠気と同時に、黒くなった視界が一瞬で明るくなる。
目を覆いたくなるような白い光りは次第に落ち着き、火薬と埃の臭いが鼻腔を刺激した。
背中にALOで得たような翼は生えていない。
俺は赤土の上をざっざっ、と音を鳴らしながら歩く。
流石に、チュートリアルを省略したのは失敗だったか…。何処へ行けば良いのか分からん。
「五感の干渉性に問題は無いな。…一応ログアウトボタンの確認も…」
メニューバーを開き、ログアウト欄の存在に一息付く。
もはやコレは儀式だな。
「…それにしても、ココは何処なんだよ」
見渡す限りに人の影は無い。
見えるのは灰色に威圧する廃墟と砂嵐のみだ。
はて、ここにはあざと可愛い一色いろはも居ないのだから、初期情報をべらべらと自慢気に教えてくれるプレイヤーが必要だ。
……。
とは言え、プレイヤーに出会うためにも街に行かなければ。
そう思いながら、俺は目的地を決めるわけでも無く、右脚を一本踏み出した。
その瞬間に。
赤いレーザーがチラリと目前を照らした。
火薬が破裂したような音が聞こえたと同時に、強いウネリを上げた黒い何かが飛んでくる。
「……む?」
反射的に身体を捻らせ、空を一回転して着地する。
その黒い何かは俺の背後にあったドラム缶に当たると、激しい音を立ててその威力を見せつけた。
危な…。
これ当たったらヤバイだろ。
「…ていうかよ、始めたての素人にはエグい攻撃じゃねえか?」
弾丸の軌道から、俺を狙い撃つ人物が先ほど見つけた廃墟に潜んでいることは明確だな。
それにしても恐ろしい世界だ…。
手洗い歓迎にも程がある。
GGO式の洗礼ってわけか?
「……」
廃墟を睨むも次の弾丸は飛んでこない。
尚も注視していると、1人、プレイヤーがこちらに歩いてくる。
俺の想像していた銃よりも数倍は大きい銃を担ぎ、そいつは…、彼女は俺の前に現れた。
重そうな銃を持っているとは思えない程に細い腕。
スラリと露出した太もも。
肩まで伸びたセミロングの茶色い髪が砂嵐によって舞い上がた。
「あれを避けるとは思はなかったなぁ」
軽快に担いでいた銃の銃床を地面に置きながら、そいつは悪びれた様子も無く笑みを浮かべる。
「初期装備でこんな所を彷徨うなんて、殺してくださいって言ってるようなもんだよ?」
「まぁ、実際に殺されかけたからな。あんたに」
「…ふふ、でも殺せなかった」
あの弾丸を避けられたのが余程癇に障ったのか、そいつは鋭い視線を俺に向けた。
SAOのようにモンスターが居るわけじょない。
ALOのように種族が分けられているわけでもない。
ここは、プレイヤーがプレイヤーを見つけらたら殺す。それがルールなのだろう。
「そのアバター。あんたネカマ?」
「へ?…あははー!違う違う!私は根っからの女だよ!…ま、確かにGGOに女性プレイヤーは少ないけどね」
そう、笑いながら。
そいつは…、彼女は腰のホルダーから手持ちサイズの銃を取り出し、銃口を俺へと向ける。
荒廃した世界
鉄の塊が制す戦闘
銃口から飛び出る弾丸を、俺は首を曲げて避ける。
物騒な女だ。
「あらら。また避けられちゃった」
「自己紹介の代わりか?」
「受け取ってもらえないかな」
「受け取ってほしいのか?」
彼女は俺の頭へと向けていた銃をホルダーに戻すと、ゆっくりと腕を俺に差し向けた。
「私はハルノン。よろしく」
「俺は…、PoH…」
「うん。よろしくね…。比企谷くん」
こうして、俺は悪魔と再会したのだ。