結局の所、そのBoBたる大会に参加し、上位入賞して目立てと彼女は伝えたかったのだろう。
そんなことなら回りくどい事をせずに、仮想空間で伝えてくれればよかったのに。
そうしてくれれば、全速力でログアウトをし、菊岡さんにこの依頼は失敗しましたと土下座して終わった物を…。
悔やんでも悔やみきれない思いを抱きつつ、俺は深夜の国道をノソノソと歩く。
時折通るタクシーが、猛スピードで俺の横を駆け抜けていくが、俺みたいに歩道を歩く人の姿は見えない。
ちなみに、俺は深夜放浪が趣味ってわけではなく、コンビニに夜食を買いに行こうとしているだけだ。
GGOをプレイする前に夜食をと思ってコンビニに来たのだが、結局は週刊誌を立ち読みしていたら空腹感が無くなり、なんとなくポテトチップスを購入し、その場を後にする。
菊岡さんが用意した部屋に戻ると、やはりそこにはサチが居るわけで…。
「もー、なんでこんな時間から始めるのー?」
「もともと夜型人間なんだよ…」
「あ!ポテチだ!私の!?」
「…。はぁ、食え。そして肥えろ」
「じゃあ半分こにしよう」
彼女はガサガサと、俺が持ってきたコンビニ袋を無造作にあさり、ポテトチップスをテーブルに置いた。
「そんじゃ、俺は潜るから後はよろしくな」
「え!?ポテチ開けちゃったんだから半分食べてよ!」
「…俺、ポテチ嫌いだから」
「だったらなんで買ってきたのよー!」
あー、コイツ。
マジで昔のか弱かったサチに戻ってくんねーかなー。
幸薄そうな顔で寂しそうに膝を抱えてろっての。
マジでヒロインとして育成失敗枠だろ…。
「…はぁ、それじゃ」
ーーーリンクスタート。
鉄臭さに鼻腔を擽られ目を開ける。
灰色の世界は今夜も賑やかに大柄な男が闊歩していた。
そういえば、雪ノ下さんの姿が見えないな。
この時間にインすると言っていたが…。
……。
……嘲笑。
遅刻とは愚の骨頂。
油断……。
ざわざわ ざわざわ。
これは悪魔から逃れて自由を得るチャンスではなかろうか?
善は急げ。
今のうちにとばかりに、俺はその場から離れようと脚を動かした。
「私は君をいつも見ている」
「!?!?」
ぬろっと、背中から腕が絡みつく。
やんわりと抱き締められた扇情的な愛情表現は、心地の良さや温もりとは正反対な冷たさで俺の身体を包み込んでいた。
「…っ!…って、なんだ、悪魔でしたか」
「え?悪魔?」
「あ、噛みました。雪ノ下さんでしたか」
「そんなエキセントリックな噛み方ってあるの?」
納得のいかない顔で俺と対面する彼女は、大きな銃ーーヘカートと言ったかーー、ソレを片手にそこに佇む。
「ま、いいか。さて、比企谷くん。例の話は覚えているかね?」
「…覚えてますよ。コタツ オブ コタッツに参加しろって話ですよね」
「Bullet of Bulletsね」
「あぁ、それね」
「……。参加の申し込みが明日までだから、今から申し込みに行くよ」
そう言うと、雪ノ下さんは俺の手を取り歩き出した。
別に、仮想空間で手を握られて恥ずかしがる程子供じゃない。
俺はされるがままに後を着いて行く。
曰く、総督府の端末に個人情報を打ち込むことで参加の申し込みが完了になるらしい。
個人情報の入力は任意らしいが、安易に情報を晒す事にメリットを感じないな…。
「…美人に手を引かれると、なんか悪い事をした気になるから不思議ですね」
「ふふ。それって結城さんに悪いって意味?」
「はは。まぁアイツはこれくらいで浮気と判断するような奴じゃないですよ」
「言っておくけど、GGO内のプレイ映像はLIVE映像でネットに流れてるからね」
「手を離せクソ悪魔」
「ちょっと私に酷すぎない!?」
なんやかんやと端末に辿り着き、必要事項のみを入力していく。
任意な事項を全て飛ばしつつ、最終項目であるプレイヤー情報を入力し終えると、俺は先に終えていた雪ノ下さんの元へと戻った。
「お待たせしました」
「お待たせされました」
ニコニコと笑う雪ノ下さんに頭を下げながら、俺は参加申請者にのみ送られる、申請完了通知を開く。
ーーーーーー
PoH 様の参加を受付けました。
ブロック D
ーーーーーー
む?ブロック Dってなんだ?
「へぇ、比企谷くんもDなんだ」
そう隣で呟く雪ノ下さんに、俺は視線を向けた。
「BoBは本戦と予選に分かれているの。アルファベット毎に分けられた予選を勝ち上がったプレイヤーのみが本戦に出場できるってわけ」
「ほぅ。比企谷くんも、ってことは雪ノ下さんもブロック Dなんですか?」
「そうだよ!運命だね!」
へへ。
へへへ。
これまでの恨み、晴らさでおくべきか。
予選で早々に悪魔を退治する機会をくれた天使に感謝します!
神様!女神様!結城様!
「ふふ。運命ですね。悪魔様は倒されるべきなんですよ。へへへ」
「…とても悪い顔をしている。比企谷くん、君は私をなんだと思っているのかな」
雪ノ下さんは苦笑いを浮かべながらため息を吐いた。
同時に、どこか強気な視線を向けてくる。
「…でも、君と戦えるのは素直に楽しみだな」
「……」
どこか冷めた雰囲気で、彼女は小さく呟いた。
緩やかな風に土埃が舞い上がる。
そんな中でさえも、彼女の視線が俺から動くことは無い。
「…比企谷くんには
……………
……
…
.
.
.
.
…もう、っ、もう頑張らないで。お願いだから…っ
そう、私は彼に願った。
目覚めたばかりの彼は痩せこけ、弱々しく、それでも彼は彼のままで。
君に何が出来るのよ。
そんな惨めな姿になってまで、どうして君は…。
誰かのために自らを犠牲にするの?
私は想う。
歪んだ正義感を持った誰よりも危ない彼をーーーー
ーーー私が救わなきゃ。