救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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笑うパンさん

 

 

 

 

 

パーーーッンと、空気が破裂するような音が辺りに轟く。

それが銃撃音であることに確認は要らなかった。

 

俺の腕から流れる赤いエフェクト。

 

このエフェクトこそが、俺を狙った一筋の弾丸であることの動かぬ事実だ。

 

 

「…む」

 

 

撃たれた傷口の口径から、その弾丸を発射した銃がライフル系統の物では無いと推測できる。

恐らく、俺の持つピースメーカー同様のハンドガン。

 

ただ、そこに矛盾が生じる。

 

俺を狙ったプレイヤーは、ハンドガンで当てられる近距離に居ながら、なぜ()()()()()()()()()()()()んだ?

 

さらに、俺の勘違いじゃなければ弾道予測線(バレット・ライン)も見られなかった。

 

…解せぬ。

 

と、頭を悩ませる暇もなく次の弾丸が放たれる。

 

だが、その弾道にはしっかりとバレット・ラインが描かれていた。

 

 

「…っ」

 

 

ラインが分かれば避けるのも難しくない。

難しくないのだが敵の位置が掴めない。

弾道から発射位置は特定できるものの、四方八方から飛んでくる弾道が、俺に足取りを掴ませてくれなかった。

 

…付き合ってられん。

一か八か、全速力で一気に距離を詰めるか…。

 

と、俺を狙ったバレット・ラインが光った時に、俺は爪先で地面を蹴り飛ばす。

 

敏捷極振りの俺ならば、弾丸を避けつつ近寄れると読んだための行動だった。

 

最悪、手足程度になら着弾したって構わない。

 

 

「…っ!?」

 

 

だが、その足取りは直ぐに止まってしまう。

いや、正確に言うなら脚に受けた弾丸の物とは違う衝撃により体勢を崩されたのだ。

 

太ももを貫通させた黒くて細い鋭利な剣。

 

おそらく、GGOにも投擲スキルのような物があり、相対するプレイヤーはこの剣を…、()()()()()を俺に投げ付けたのだろう。

 

バレット・ラインばかりに気を向けられた…。

 

 

「…エストックに投擲…。嫌な記憶を呼び起こしてくれるじゃないか」

 

 

正体の分からぬ敵に向かって俺は話しかける。

 

 

「……思い…出したか…?…偽善者」

 

 

俺を()()()と呼ぶプレイヤーが、何も無い風景の中から突然に姿を現した。

視野認識を妨げるアイテムであろうか、そのプレイヤーが身に纏うボロボロなマントが曖昧に姿を透過させる。

 

明らかに優位な状況をわざわざ崩して、そいつは…、()()()を放つ仮面を被ったプレイヤーは、しゃがれた声でニヤリと口角を上げた。

 

 

「…久しぶりだな…、PoH…」

 

「俺の知り合いにおまえみたいな奴は居ないよ」

 

「…ほう…、ならば、思い出させてやる…」

 

「待て待て。思い出したわ。透明マントって事はアレか?おまえハリー・ポッターか?」

 

「……コロス」

 

 

 

そんな軽口もお終いとばかりに、赤い眼を持ったエストック使いは、銃の世界とは思えない剣技を持って俺に襲いかかってきた。

 

 

咄嗟に俺も剣を構える。

 

 

……あ、間違えたわ。

 

 

これ鉄パイプだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー★

 

 

 

 

 

 

相変わらずの身のこなしだった。

 

彼は真っ赤なラインから避けるように宙を舞うと、ゆるりと気怠げに着地する。

そしてにょろにょろと揺れるアホ毛。

 

アレだけの銃弾を浴びているというのに、どこか安心して見ていられるのは彼の強さを知っているから。

 

比企谷くんは格好良くて強くて可愛いのだ。

 

カッコ強カワイイのだ。

 

 

「ふっふっふっ…。比企谷くんに勝負を挑もうなんて100年早いわよ!やっておしまい比企谷くん!」

 

「あ、あすなっち…」

 

 

私が画面に向かって握り拳を上げると、それに呼応したように彼は避けるばかりではなく、その場から俊足の速さで駆け出した。

 

狙うは敵の首。

 

そうそうその右手に持った鉄パイプで頭をクッチャクチャに…

 

 

「あっ!ヒッキー危ない!」

 

 

と、由比ヶ浜さんが叫んだ瞬間に、モニター内で風を巻き上げる程に走り出した比企谷くんが、銃弾を避けていた様とは対照的に、コテリと身体を地面に転がしてしまった。

 

 

「ひ、比企谷くん…、こんな状況でもお茶目な一面を…」

 

「ふふ。こんな所も彼の良い長所ね」

 

「…いや、普通に脚に着弾したんだろ…。って、刺さってるのはエストックか?」

 

 

呆れたように私と雪ノ下さんを見つめながら、エギルさんがモニターを食い入るように眺める。

 

 

「エストック…、それに不気味に光る赤い眼のプレイヤー…。俺は嫌な予感がビシビシと感じるんだが…、なあエギルよお」

 

「……ああ」

 

 

柔らかいソファーに座り、柔らかい雰囲気の中で観戦をする私達。

 

その後ろからは、どこか強張った口調で言葉を交わす大人が2人。

 

クラインさんの頬からは、いつのまにかアルコールによる赤らみが消えていた。

 

同様に、エギルさんの顔からも柔和さが消えていて。

 

ただただいろはさんだけは、相変わらずアホみたいに酎ハイ片手に拳を振り回す。

 

そんな変わった空間。

 

 

「あはははー!せんぱい転んだー!あのスティーブンってプレイヤーにやられたんだー!!」

 

「あれはステルベンって読むと何度言えば…」

 

「雪ノ下先輩怖っ!…ぷぷ、ていうか、あの赤眼のプレイヤーキモいです。手首にタトゥーなんて入れちゃってますし。ぷっ!」

 

 

と、いろはさんが酔いに任せて笑い声を上げる。

 

彼女の言うように、どうやら比企谷くんに襲い掛かるプレイヤーの手首には何かの絵が刻まれていた。

 

長いローブに見え隠れするその紋章。

 

それはお世辞にも可愛いとは言えない絵。

 

不吉な物が、こちらに微笑んでいるような…。

 

 

そうだ、アレは確か…。

 

 

比企谷くんがパンさんだと言い張って描いた絵。

 

 

 

「わ、笑うパンさん…。…っ、ら、ラフィン・コフィンのエンブレムじゃない!!!」

 

 

「あんなのパンさんじゃないわ」

 

 

「……笑う棺桶だろ」

 

 

 

 


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