救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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トラブルサラブレッド

 

 

 

 

 

 

 

冷たく重い長物を投げ捨てた。

それは硬い砂利混じりの地面に落ちるや、カン、コンコーンと音を鳴らしてゆるりと転がる。

 

鉄パイプで戦う程、俺は酔狂なキャラじゃないし…。

 

迫り来る敵を目前にしながらも、長いローブはただただ風に揺れるだけ。

 

特段に必須な構えを持つわけでもない。

 

小さく、俺は息を吐きながら瞼を閉じる。

 

 

…コレが終わったら、とりあえず仕事に集中しよう。

仮想世界にかまけて溜まった仕事の山を一段づつ片付けねば。

 

そういえば、東都工業大学の教授と合同で立ち上げるプロジェクトが始まるとか…。

 

あー、面倒くさい…。

この際、有給使ってリゾート地にでも飛んでしまおうか。

 

海が見渡せる暖かいテラスでマッサージでも…。

 

あぁ、でもどうせ()()()がーーー

 

 

ーーー『比企谷くん!海といえばビーチバレーだよね!』

 

 

とか言い出すかも。

 

なんでリゾート地にまで来て運動せねばならんのだ?

なんて答えようものなら、あいつは呆れた顔で俺の腰を叩くことだろう。

 

……。

 

 

「…はぁ。結城のワガママにも困ったもんだよ」

 

 

と、小さく呟きながら。

俺は凄まじいスピードで迫る赤眼に視線を移した。

 

 

「…シネ……Pohっ!」

 

 

距離の目算が難しいエストックの突きを軽々と避け、俺は土煙が舞う仮想世界の地に舞い戻る。

 

 

「死なん。なぜならココは仮想空間だから」

 

「…ふん、減らず口を」

 

「なんならそのエストックで俺を貫かせてやろうか?」

 

 

挑発まがいな言葉に、赤眼はエストックのスピードを速める。

咄嗟に、俺は腕を小さく払い、エストックの一撃を相殺させた。

 

鈍く鳴り響く金属音。

 

その音が鳴り止むや、赤眼は俺から離れるように後ろへ下がる。

 

 

「…ローブの中に何か仕込んでいるな?」

 

 

と、訝しげな瞳ーーーマスクで見えないけど。を俺のローブに向けた。

 

 

「…別に仕込んでるつもりも隠してるつもりも無かったけど」

 

 

俺は赤眼の疑いを晴らすように、身体を覆ったローブを脱ぐ。

 

するりと落ちる灰色のローブと相対するように、俺の手に握られたダガーは底の深い赤黒色に彩られた。

 

相変わらず趣味の悪いカラーリングだと思ってる。

それでも、真っ当に白く光る剣を使うことには躊躇いがあるのも事実だった。

 

 

「…偽善者にお似合いな色だろ?」

 

「…」

 

 

どこか曖昧に応える赤眼に対し、俺はゆらりと剣先を向けた。

その瞬間に、地面を蹴り上げた猛烈なスピードと勢いで、そのダガーを振り上げる。

 

 

「ふっ…」

 

「っ!…くっ」

 

 

辛うじて一撃を受け止めた赤眼が小さく息を吐くも、俺は容赦なく次の一撃を放つ。

 

さらに次、さらに次へと。

 

 

「…ふん」

 

「ちっ!」

 

 

赤眼は舌打ちと同時に連撃から逃れようと後退した。

ダガーの一線は空を斬り裂き、大気が擦れる風音となってその場を制す。

 

 

「…逃げてばかり」

 

「っ!」

 

「…本物の悪の象徴になる。()()は俺にそう言った」

 

「…へぇ」

 

 

一呼吸置き、俺は赤眼へとゆっくり近く。

 

 

「欲望のままにプレイヤーを殺して悪意を振りまく存在…。俺はあのとき、あの雪の降る夜に…、始めて理性がぶっ飛ぶ程の衝動に駆られたんだ」

 

「……それは俺を恐れたからだ。それがおまえのトラウマ……っ!?」

 

 

瞬間的に振るったダガーが砂埃と共に爆風を吹き起こした。

 

その風に身体の自由を奪われた赤眼の首元に、俺はその剣先を突き立てる。

 

 

「違うんだよ…。…()()()()()…。俺が恐れたのは……」

 

 

一歩間違えれば起こり得た未来。

 

 

ほんの少しでも気を抜けば、強さに寄りかかり衝動的に剣を振るってしまう。

 

 

仮想空間で得た強さと優越感。

 

 

「……ザザは…、俺が成り得た、もしかしたらの未来の姿だと感じたんです…」

 

 

そう、俺はゆっくりと告げる。

 

その言葉は赤い眼を持つプレイヤーの…、いや、俺のトラウマに扮した()()の呼吸を乱した。

 

 

「俺だって根っからの人畜無害ってわけじゃありませんからね。もしも、誰もが恐れる力を持てば、ザザのように思うがままの恐怖を振り上げていたかもしれません」

 

「…。でも、キミはそうしなかった」

 

ゆるりと彼女は仮面を外すと、その物騒で汚い装備には似つかわしくない、美しくも優しい顔がそこには現れる。

 

「守るもんが多すぎましてね。自己欲求を満たしてる暇がありませんでした」

 

「ふふ。そこには私も含まれているのね?」

 

「おまえは一色と同じカテゴリーだって言ってんだろ」

 

「ぶっ殺す」

 

 

仮想空間に俺を呼び出し、思い出したくもない記憶を蘇らせた人物は、やはり美しい笑みを浮かべながら物騒な言葉を口にする。

 

ちょっと冗談が過ぎますよ?

 

まさか、菊岡さんまで動かして、こんなイタズラを仕掛けてくるなんて思っていなかった。

 

 

「…何がしたかったんですか?…()()()()()

 

 

「キミのことを救ってあげる。お姉さんは何でも出来る女神様だからね」

 

 

 

……悪魔の分際で…。

 

 

 

 

 

ーーーーーー☆

 

 

 

 

 

彼は私の思い通りに動いてくれない。

 

三日三晩、菊岡さんと協力してでっち上げた事件の筋書きを、まさかミルフィーユを食べながら見破ってしまうとは思わなかったし。

 

それでも、彼をこの世界に引き込めれば、後は私がどうにでも出来ると思ってた。

 

それなのに、それなのに…っ!

 

強過ぎるし!

 

私をbobから退場させるし!

 

踏んだり蹴ったりよ!!

 

 

「この二重アカウントだって!作るのに苦労したんだからね!」

 

「…知りませんよ…」

 

 

数メートル離れた彼は、どこか落ち着いた風に私へ言葉を返す。

 

 

「どこで気付いたの?ザザが私だって」

 

「…最初から、きな臭いとは思ってましたよ。でも、気付いたのは予選が終わってからです」

 

「む」

 

「雪ノ下さんの家に行ったでしょ?SAOでのザザとの記憶を話した時です」

 

あの時…?

予選で退場させられるとは思ってなかったものだから、確かに強引な駆け引きをしてしまったけど…。

 

本来なら予選で私の強さを見せつけて、本戦でザザ扮する菊岡さんに苦戦する比企谷くんの助っ人として、颯爽と現れようと思っていたのだが…。

 

 

「俺、ザザの特徴を意図的に隠して話したんです」

 

「む」

 

「だって、言ったら探すでしょ?俺の知ってる雪ノ下さんなら」

 

「な、なによ!私に隠し事なんて良い度胸じゃない!」

 

「…。それにも関わらず、貴方は赤眼のプレイヤーを探し始めた。過去に退治したザザが赤眼だと、俺は言っていないのに」

 

っ!

もともと知り得ていた情報を、比企谷くんから聞いたものだと勘違いしてしまったのか…。

 

私らしくないミスね。

 

 

「はぁ…。人のトラウマを刺激して、何がしたかったんです?」

 

 

彼は呆れたように溜息を吐きつける。

何がしたかった?

そんなの決まっているじゃない。

 

私はーーーー

 

 

「みんなのお姉さんなの。誰かが困っていたら、悪い顔をしながら手を差し伸ばしてあげたくなるのよ…」

 

「…」

 

 

それは数ヶ月前の事。

 

SAO事件が人々の記憶から薄れ始め、生存者達にもようやく安息な日々が訪れようとしていた頃。

それこそ、仮想空間に幽閉された妹を持つ私でさえも、その事件は風化し始めていた。

 

当初こそVRの危険性が問題視されていたが、今や技術の進歩は医療や学び舎、日常生活に至るまで、VRが私達の生きる世界の基盤へと影響してる。

 

 

だからこそ、夏の終わりにたまたま街で見かけた()()()()が忘れらなかった。

 

 

どこか浮かない、何かに怯える彼の表情が。

 

 

そわそわと落ち着かない様子で、周囲を見回しながら歩くその姿も相まって、彼がまだ、複雑に絡まる因果に捕らえられているのだと。

 

 

頑張り過ぎてしまう彼を知っているから。

 

 

あの事件で自らの無力さを実感した私は、未だ助けられていない彼の事を思うと胸が締め付けられるように痛むんだ。

 

 

「キミが、何かに怯えているのだと直ぐに気付いたわ。その原因が仮想空間にある事もね」

 

「……」

 

「だから私はキミを救う。私の大切な妹を救ってくれた比企谷くんを」

 

私の大切な妹を救ってくれた大切な人を、私は救わなくてはならない。

 

そう、思ったのだ。

 

 

ふと、聞き慣れたはずの比企谷くんの声が私の胸に届く。

 

 

「……あの、何言ってんですか?」

 

「…………へ?」

 

 

……?

 

あれ?ここは感動して、ゆ、雪ノ下さん、ありがとう…ございます…っ。って嘆くシーンでしょ?

 

なんでそんなアホな子を見るような顔をしているの?

 

 

「別に怯えてないですけど…」

 

「は?」

 

「全然怯えてないですけど。それ、見間違いじゃないですか?」

 

「…っ!?み、見間違いなわけないじゃない!私見たもん!比企谷くんだったもん!悩んでますって表情で表参道を歩いていたじゃない!」

 

「表参道?……っ!も、もしかして、俺を街で見かけたのって2.3ヶ月前ですか…?」

 

「そうよ!」

 

突然に、比企谷くんは私から目をそらし、赤く染めた頬でガシガシと頭を掻いた。

 

「そ、その日は、結城への指輪を選んでいたんですよ…」

 

「むぇ?」

 

「…こ、こ、こ、婚約指輪を探していたんです…。悩むでしょ、普通に。断られたらって思うと、不安にもなるでしょ…、普通に。誰かに見られてないかと、周囲を見渡すでしょ!普通に!!」

 

…こ、婚約、指輪…だと?

あの浮かない表情は、プロポーズに悩む20代半ばの成人男性ならでは表情だと言うの?

 

う、嘘よ!

 

そんなわけあるか!!

 

「バカな事言うな!あれはトラウマに怯えていた表情よ!」

 

「な、なんで!?…っ、もういい!勝手に勘違いして変な面倒事を作りやがって…。ここでぶった斬ってやる!」

 

「ふん!それならこの場で新しいトラウマを植え付けてやればいいだけの事よ!」

 

「うるせえ生き遅れ女がぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

…………

……

.

.

.

 

 

 

で。

 

ズタボロに負けて戻ってきた現実世界。

 

私は比企谷くんに頭を下げている。

 

 

「すみませんでした」

 

「……」

 

 

場所はいつぞやの喫茶店。

 

ミルフィーユを頬張りながら、細めた目で私を睨みつける比企谷くんは、今にも短剣で襲いかかってきそうな雰囲気だ。

 

「…はぁ…。もういいです。頭を上げてください」

 

「許してくれるの?」

 

上目遣いに彼を覗くと、無関心を装うように、彼はアイスコーヒーのストローを咥えた。

 

その甘々で稲妻なコーヒーを飲む姿に、どこか安心感を覚えてたりして。

 

「…勘違いとは言え、俺を助けてくれようとしたんでしょ?」

 

「はい」

 

「…はぁ。ご面倒をおかけしたようで。俺はこの通り、今や恋と仕事に悩む健全な社会人ですよ」

 

「そのようで」

 

彼の言葉が優しく浮かぶ。

私の勘違いで、過去のトラウマを蘇らせてしまったことには申し訳なく思うが、こうしてまた、あの頃のように下手っぴなコミュニケーションが取れる事を嬉しく思ってしまった。

 

 

「菊岡さんまで動かして…。ほんと、何やってんですか…」

 

「へへ。私はみんなのお姉さんだからね」

 

「そのセリフ気に入ってんですか?」

 

 

お姉さんはいつまでたってもみんなのお姉さんなのだ。

 

ちょっと間違えちゃったけど、まぁ、これはこれで楽しかったし。

 

仮想空間で触れた彼の優しは、あの頃と変わらず暖かかった。

 

……。

 

あーあ、怯える比企谷くんを救ってあげて、私に惚れ直させようと思ってたのに…。

 

高校生の頃みたいに、素直に私の手のひらで転がりなさいっての。

 

困った男の子よ。

 

本当に…。

 

 

 

「…あんまり、私を困らせないでよね?」

 

 

 

「こっちのセリフです」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーend

 

 

 

 

 

 

 


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