救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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外見だけで判断すんな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…レクト・プログレス…」

 

昼下がりの眠たくなる時間に、あーしは設定資料を作成する傍ら、レクト・プログレスの情報を調べていた。

流石に名前くらいは聞いたことがあるが、それ以上の知識は無い。

 

今後、仕事を共にする会社の事を少しくらいは知っておかねば…、と検索したものの、出てくる情報はどれもALOの開発に関することばかりである。

 

 

グランド・クエスト攻略wiki

 

実装予定のアイテム

 

狂姫様の応援サイト。

 

 

……どれもALOの事ばっかじゃん。

会社の公式ホームページにも会社概要以上の事は書いてないし。

てか、研究部門については何の記載もない…。

 

…む。意図的に情報を隠してる?

 

ふと、とあるまとめサイトが目に入る。

 

 

『須郷伸之勇退以降のレクトは謎に包まれている』

 

 

そのまとめられた記事に、どこか記憶が刺激される。

 

…須郷伸之…、そうだ、この名前は数年前に、それこそALOが発売された当初に良く見かけた名前だ。

ALOの管理責任者である須郷は、ALOの発売と共にメディアへ良く出演していた。

当初こそ、SAO事件後に、同様なゲーム媒体のソフトを発売したことを世間は咎めていたものの、メディアを通した須郷の聡明な発言と真摯な説得で、ALOはSAOと別物、尚且つ、アミュスフィアは絶対に安全である、という認識が世間に植え付けられていた。

 

…そういえば、最近はめっきり見なくなったし。

 

些細な興味に惹かれ、あーしはそのまとめサイトを開いた。

 

 

ーーー須郷伸之の勇退。

 

彼は後任の研究主任に全権限を譲渡し、レクト・プログレスから姿を消した。

その後のレクトは、皆さんがご存知のように、情報の全て遮断させ、我々からその素性を隠したのだ。

 

これはSAO事件の再来を予兆であるーー。

 

 

「……予兆…」

 

 

つまり、この須郷って人の後任で、今現在に研究主任を務める男が、またあのデスゲームを企てているってこと?

 

……っ。

 

いや、こんな非公式な記事を鵜呑みにしてはいけない事は分かっている。

 

…分かってるけど……。

 

 

「…ALO、レクト。…研究主任」

 

 

際立つ謎に不安が隠せない。

 

…だめだ。これから合同プロジェクトを進めるパートナーに不信感を抱いてしまっては。

 

無意味な疑惑は仕事に支障を与える。

それならば、何も知らない事にして、ただ目前の資料作成にだけ集中しよう。

 

 

そう自らに言い聞かせ、あーしは設定資料に目を向けなおした。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー☆

 

 

 

 

 

 

「…昼下がりのマッ缶は最高だぜ」

 

そう呟くも、答えてくれる人は誰も居ない。

 

役職によって与えられる主任室には、俺を除いて雑用を担当してくれるアルバイトしか入ることを許されないのだ。

 

…エンジニアが集まる大部屋は楽しそうな声で賑わってるのに、俺の部屋はこんなに静か…。

飲み会とか呼んでもらった事がないし…。

 

いいなぁ…。

 

いや別に羨ましいとかじゃないよ?

 

たださ、仕事ってコミュニケーションが大事って言うじゃん?

 

飲み会で親睦を深めることが質の良い仕事に繋がるって聞いたことがあるし。

 

 

「…呼ばれないんじゃ、親睦もクソも無いよな…」

 

 

嫌われてる?

 

…そ、そ、そんなわけないよな。

 

だって別にセクハラとかパワハラとかしてないし!

 

 

「……。仕事しよ…」

 

 

室内には資料の紙山が陰気が滞留させている。

 

その陰気を振り払うように、強めにキーボードを叩いてみるも、その音が室内で反響するだけでただただ虚しい。

 

…そういえば、前に居たバイトが辞めて、今日から新しいバイトが来るんだっけか。

 

簡単な数字の入力と、部屋の掃除。

 

それだけのために雇うバイトなんてどんな奴だっていいさ。

 

 

と、思っていた矢先にーーーー

 

 

お兄ちゃん!電話だよ!

 

お兄ちゃん!電話だよ!

 

 

主任室に置かれた電話が鳴り響いた。

 

 

「内線…。はいはい比企谷ですが」

 

『ああ、主任。たったいまロビーに新しいバイトの子が来たのでそちらへ通しました』

 

「はいよ」

 

 

受話器を置き、俺は来たるバイトの仕事を探す。

 

と言ってもバイトにしてもらう仕事は掃除がメインだ。

 

気付けば溢れる紙の束を整理してもらおう。

 

……こ、こ、今回こそは飲みに誘ってみようかな…。

 

前のバイトのヤツみたいに「比企谷さんまじで女っ気ないっすね!仕事ばかりで楽しいっすか?」とか言ってきたらどうしよ…。

 

 

すると、そんな俺の心配をよそに、主任室の扉が元気の良いノックで叩かれた。

 

 

「…っ。ど、どうぞー」

 

 

普通のヤツ来い普通のヤツ来い!

 

今回のバイトガチャこそ普通のヤツを頼む!

 

 

「失礼しまーす!今日からバイトでお世話になります賢い可愛い皆んなのアイドルいろはちゃんです!先輩先輩!私が先輩専属のアルバイトですよ!驚きましたか!?」

 

「ハズレ来たわ…」

 

「!?」

 

 

 

.

……

 

 

 

 

「せんぱーい。もっと嬉しそうにしてくださいよー。私がバイトで来たんですよ?」

 

 

途端に騒がしさが増した主任室で、アルバイトにしては太々しい態度を取る一色が、俺の徹夜用ハンモックに腰を掛けて口を開く。

 

 

「なんでおまえなんだよ。もう一回ガチャ回すから課金させろ」

 

「ひどい!?」

 

「…はぁ。まあ誰でもいいけど。それじゃあ部屋の掃除を頼むわ」

 

「ちょっと!適応が早すぎませんか!?もっと聞いてくださいよ!」

 

 

何をだよ…。

どこか以前よりも黒く染められた一色の髪を見つつ、俺は仕事に戻ろうと椅子をくるりとPC画面へ向けるとーーー

 

 

「もーー!ぐるぐるぐるー!」

 

「む!?お、うわ!おま、ちょ!酔う酔う!」

 

 

椅子をグルグルと回される。

 

PC画面、一色、PC画面、一色と、景色が回り続ける事に吐き気を覚え、俺は思わず椅子から飛び降りた。

 

 

「なにしやがんだバカ女!!」

 

「痛いっ!私叩かれました!パワハラですー!」

 

「おまえが先に椅子をグルグルしたんだろ!グルハラだ!」

 

 

わーわーわー

 

ぎゃーぎゃーぎゃー

 

 

……で。

 

 

一通りの喧嘩を終え、ようやくに仕事内容の説明を始めた。

 

言ってみれば雑用のような仕事だが、相手が一色なら遠慮なく物事を頼めるな…。

 

 

「つまりは先輩のお世話がかりですね?」

 

「ま、そんな感じ」

 

「まるで通い妻です」

 

「なんだそりゃ」

 

 

先ずは何から頼もうか、と考えながら一色にコーヒーを手渡す。

 

 

「わーい。ありがとうございます!」

 

嬉しそうにそれを受け取る一色の顔を見ると、イタズラに砂糖を大量投入してしまったことが心苦しい。

 

そういえば、コイツとこうして2人で話すのは随分と久しいな。

雪ノ下や由比ヶ浜を交えた飲み会なんかでは共に酒を傾けるが、やはり2人と言うのはなかなか機会が無かったし。

 

 

「うえ!甘い!!これ先輩が飲んでるクソマズコーヒーですか!?」

 

「今なんつったてめぇ!」

 

 

なんて、口喧嘩ができる相手ってのは、社会人になった今としては大事な存在なのかもしれない。

 

ふわりと揺らぐ、この柔らかい雰囲気を懐かしむのは少しばかり感傷に浸り過ぎか?

 

高校生の制服を着てい頃の自分が、こんな風にこの後輩と繋がり続けるだなんて1度でも想像したことがあっただろうか。

 

少なくとも、高校を卒業してしまえば繋がりは無くなる。

 

それこそ、雪ノ下にしても、由比ヶ浜にしてもだ。

 

 

「…はぁ。もういいや。とりあえず掃除頼める?」

 

「む?何をニヤニヤしてるんです?」

 

「し、し、してない!」

 

「わかります。私のように可愛い後輩が側に居てくれたらニヤニヤの一つもしますよね。……あんな泥棒猫なんかよりも私がオススメです…」

 

 

くっくっく。と、一色は怖い笑みを浮かべながら早速に掃除へ取り掛かる。

 

相変わらずブラックな一面はご健在ですね。

 

ほいじゃ、俺も仕事に戻りますか。

 

 

「あ。先輩先輩。これって今度ALOで実装される洋服アイテムの資料ですか?」

 

「…ん?」

 

 

一色が紙束から目ざとく見つけた1枚の資料。

 

キーボードに伸ばしかけた手を再度引っ込ませ、俺はそれを受け取る。

 

その紙は資料と言うよりも、例の合同プロジェクトに関するお知らせ事項みたいな物なので、あんまり良く目を通していなかった。

 

 

「…あれ、これのミーティング日って明日じゃない?まじで?え、俺、何も用意してないけど…」

 

「へぇ、デザイン関係はレクトじゃない会社で考えるんだ…。あ、アダム・スコッチと合同なんですね」

 

「え?なに?あ、あだむすこんてぃー?」

 

「アダム・スコッチですよ。若者に人気なブランドです」

 

 

一色曰く、そのアダムなんちゃらの服は、安価ながら高級感と安定的なデザインがあるとかないとか。

女子大生なら一品は必ず身に付けているくらいには有名なアパレルブランドらしい。

 

 

「…まじかよ。しまむらとかの人じゃねえの?嫌だよ俺。そういう所で働いてる人ってパリピー系だろ、絶対」

 

「へ、偏見ですよ…。あ、ほら、その紙の下にアダム・スコッチのプロジェクト参加メンバーが載ってます」

 

「…レクトからは俺だけじゃんかよ…」

 

 

プロジェクトの詳しい事は後で営業部に聞けば良い。

 

そう思いながら俺は一色が指をさした参加メンバーの欄に目を移した。

 

と言っても、名前が書かれているだけに過ぎないその欄から、何を読み取ればいいのか……、ん?

 

 

 

 

「…ま、まさかな……」

 

 

 

 

 

参加者ーーーー

 

 

 

 

三浦 優美子

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 


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