The Phantom pain ~ 十一人の無き者たち   作:1056隊風見鶏少尉

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投稿していきます。
二話。


十一話

 

 

 

 

 

 

 

 「――ぐっ!」

 

 アレン・ヴェルサスは圧されていた。魔法を使い攻撃しても、純粋な力で攻撃しても、魔力で強化した剣を振るっても、その悉くを消し飛ばし、圧倒し、受け止める。一体どういう原理でまがりなりにも剣客のひとりでもある自分の攻撃を受けているのか、アレンは戦慄を覚えていた。

 

 「――こんなものではないだろう、お前の力は」

 

 アレンは今更ながらそのゾッとするほど冷たい声色に気を取られてしまった。

 

 「しまっ――」

 

 気づいた頃には遅かった。千歳の魔手がアレンの肩に触れた。

 冗談ではなく触れられたところからまるでバターか何かをすくい取るかのごとき気安さでアレンの肩が千切れた。

 

 「ぐっ、ああああああああああああっ!!」

 

 負傷。こんなも痛いのかとアレンの絶叫が響き渡る。しかしそんなものは関係ないとばかりに続けてアレンを殺すべく手を動かす千歳。

 

 「うぐっ――――」

 

ひとえに急所に刺さらなかったのはアレンが無意識に外すように動いたからかもしれない。

 千歳は旗槍でアレンを串刺しにした。右胸に深々と刺さった穂先を示すように掲げる千歳。

 自身の自重で痛みが加算され、悲鳴を上げそうになるが、それを止めたのは喉からせり上がってきた血だった。

 すぐに吐血し、旗を一段と真っ赤に染め上げる。

 

 「正直、ガッカリだクソ野郎。あの時見せたあれは何だったんだ? マグレか、奇跡か? どっちにしろもういい、ならせめて痛みを伴ってから死んでいけ」

 

 柄にいっそう力を込めて槍を握り、アレンを天高く掲げる。しかしそこでアレンの身体から淡い燐光が出ていることに気づく。

 

 「――ReBoot(解放)

 

 「――――そうだ、それでいい。全力をねじ伏せてから殺したいからな」

 

 ニィッ、と不気味に口角を上げる千歳。

 

 ――そこからは早かった。槍掴み、自分の体を引き抜いたかと思うといつの間にか千歳の背後に移動し手刀を叩き込む。

 千歳はそれを見ずに左腕で受け止める。衝撃波が駆け抜けるが気にする素振りなど微塵もない。

 アレンは受け止められた直後、腕を軸にして蹴りを繰り出し、加えて魔力で強化した拳で殴る。

 蹴りをモロに受けたが動じず、しかし拳は効いたのか二歩分よろめく。

 それを好機とみたアレンはここぞとばかりに畳み掛けた。

 魔力で強化し殴り、蹴り、時折魔法を纏わせて攻撃を加えていく。

 

 「はっ!」

 

 常人が受ければ胴と下半身が分かれるような蹴りを千歳の脇腹に打ち込む。それでも千歳の体は無事なまま、しかし衝撃は殺し切れず、数メートルにわたって吹き飛んでいってしまう。

 ――――この間、僅か五秒である。

 

 「…………」

 

 たとえこれでも気が抜けない。今のアレンはそんなことを思っていた。そしてそれは的中する。

 

 「それだ、たった一人で私たち第十五小隊を殺し尽くしたその力だ。それを待っていた――!」

 

 「――ッ!?」

 

 歓喜。とでもいうのか、千歳はさきほどの攻撃など無かったかのようにアレンの前に立ち、その漏れ出る殺気に表情を崩す。

 恋した相手に向けるような笑顔を千歳はアレンに向けていた。逆に不気味だった。

 アレンはまだ心臓を死神に握られている方が安心できると内心で思った。

 

 「はっ!」

 

 剣を構え、一歩踏み込む。それだけで大地は割れ、距離が詰められる。そして、ReBoot(解放)――自身の能力を局部に断続的に使い、爆発的な加速力を持って、千歳の首元に斬りかかる。

 

 「――――」

 

 千歳は体勢を崩さず、そのまま一歩だけ後ずさる。首があった場所に剣が通り、遅れて剣圧が空気を切り刻む。千歳も剣圧で顔や体の数箇所に浅い傷を負うが今更気にした様子はない、むしろさらに笑みを深めていた。

 

 (畳み掛けなければ――隙を与えれば殺られる!)

 

 アレンは本能で理解した。この女は獰猛で狡猾な肉食獣と同じだと、こちらが隙を見せればすぐに喰い殺されてしまうと。

 ReBoot(解放)の能力で肩の傷を治し、両腕で剣を振るう。

 唐竹、袈裟斬り、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、左切り上げ、右切り上げ、逆風、刺突――全ての斬撃を行った。それこそ一撃で魔族を十人は殺せるほどの力を有している斬撃を何回も。

 

 「…………」

 

 それを千歳は避け続けた。顔には変わらず笑みを貼り付けたまま、しかし、完全にはかわすことはできず皮膚が切れ、火傷に侵されている身体と血と泥にまみれた服を赤に染めていく。

 

 「――――――――――――慣れたな」

 

 何合も何合も全力で切り続け、少なからず有利にはなっているのではと思っていた時、千歳が何かを呟いたのがアレンには聞こえた。

 直後、ぞわりと背筋が粟立つ。まずいと思い、その脚力で大きく飛び退く。

 大地が割れ、砕かれた大小の岩が宙を舞う。距離をとったアレンを一瞥する千歳は剣尖を避けるために傾けていた体をゆっくりと戻す。

 

 「――――ッ、Second,ReBoot(二段解放)!」

 

 アレンは今まで使ったことのない力をひとつ解放した。

 アレンを中心に風が吹き荒れ、滲み出た魔力が辺りを侵食していく。赤髪だった髪の毛は黒く染まり、身体中には蝕むように薄く刻印が刻まれていた。

 

 「行くぞッ!!」

 

 顔を苦痛に歪めながら、千歳に剣を向ける、そしてその姿が搔き消えた。

 

 「!」

 

 千歳は初めてこの戦争で憤怒以外の感情を見せた。一瞬だったが、それは十分すぎる隙を生んでしまった。

 瞬く間、と言って良いほどの一瞬、千歳の左腕が肩から斬られ、宙を舞った。

 持っていた旗槍ごと天高く舞い上がった腕に一度だけ視線を送る。その時、アレンの刀身が違えることなく千歳の首を捕らえ、触れる。

 

 「(――殺った!)」

 

 そう思った。振るった剣は首を通過した、殺したと、確かに思った。

 しかし――

 

 「舐められたものね、少し隙を見せたくらいで勝てると思った?」

 

 そんな声が鼓膜を振動させたかと思った直後――

 

 「ぐはぁっ!?」

 

 腹部に衝撃が駆け抜ける。全ての臓器がシェイクされたのではないかという激痛、不快感が襲い、遅れて胃の中のものが逆流し、口からは吐瀉物を撒き散らす。

 

 「――ごふっ」

 

 民家に激突し、その体はやっと止まる。遅れて口の中に残った吐瀉物を流すように吐血する。

 しかし、SecondReBoot(二段解放)のおかげで傷はみるみるうちに治っていき、戦いには出ないレベルにまで回復していた。

 

 「――あら? 胃を潰したと思ったのだけれど、以外と頑丈ね」

 

 片腕を失くし、ぼたぼたと血を撒き散らしながらも、それを意に介した様子もなくさして興味もないかのようにいう千歳。

 

 「…………化け物め」

 

 アレンは目の前に存在している人物に向かって毒づくが、千歳はなんでもないように答える。

 

 「私達を理性という枷から外してこんなに(化け物)にしたのは間違いなく貴方達クズどもなのだけれどね」

 

 左腕が持っていた旗槍を回収していた千歳は無事な右腕でそれを持ち、構える。

 

 「――あぁ、そうだ。貴方に聞いておきたいことがあるのだけれど」

 

 「……なんだ」

 

 立ち上がり、油断なく剣を構え、いつでも攻撃を繰り出せるように気を配りながらも相手に応答する。

 

 「二、三年位前に城で私に向かって言った言葉はなんだったかしら? 忘れちゃってね」

 

 アレンもまた千歳に何を言っていたかを忘れ、少しの間記憶を辿る。その間に攻撃される心配もあったがそれは無いようだった。

 そしてその言葉を思い出し、千歳に向かって告げる。

 

 「『貴女と私の戦う理由は同じですね』と言ったな、それがどうした」

 

 それを聞いて千歳は胸のつかえが取れたような声で「あぁ〜、そう、それね」と、アレンに言う。場違いなほどの温度差にアレンは少し面喰らうが、次には戻っていた。

 

 「その言葉、今訂正してもらえる? 貴方と私は何ひとつ同じなものは存在しないわ。反吐がでる」

 

 「それはこちらも同じだ、お前のような化け物が『平和』を語るなど言語道断、とんだ夢物語だ」

 

 アレンの語ったある一言に千歳は反応を見せる。

 

 「『平和』……平和ね、確かに昔の私は望んでいたわ、戦いのない平和を。だけどそんなものこそ夢、幻想よ。今でもそれを望んでいるなら貴方の方がおめでたいわ」

 

 「貴様……」

 

 「そうじゃないかしら? 私たちは過去に貴方達に『魔族と人間との和解』という平和をもたらしてあげたわ。でもそれを破壊したのはお前達異世界人(そちら側の人間)でしょう?」

 

 「…………どうやら平行線だな」

 

 「えぇ、ここまで言って理解できない頭なのならそうね」

 

 「――third,ReBoot《三段解放》」

 

 青筋を立てたアレンはもう言葉は不要とばかりに詠唱をした。

 それはアレンができる最高の術。黒かった髪の毛は白に染まり、刻まれている刻印も色濃くなっていた。さきほどよりもはるかに感じることのできる魔力が多く、ハッキリと視覚化するほどにまでになっていた。

 使用者の生命を削りながら絶大な力を与える諸刃の詠唱であったし、今までもこれを一度として使ったことはなかった。しかしこの者を殺すには、黙らせるには使う他ない。

 

 千歳もまた無言で槍の石突を地面に突き立て、臨戦態勢をとる。

 

 「――――」

 

 一瞬、空気が歪んだかと思えば、二人のいた周りが弾け飛ぶ。

 ともに人智を超える速度で動き、生まれた衝撃波で全てを壊していった。

 

 互いに力は拮抗していた。死角から斬りかかり、最低限の動きで避け、突き、払い、殴り、蹴る。使えるものなら全てを使って二人は殺し合いをしていた。

 アレンの神速で振るわれた袈裟斬りを右腕で持った旗槍を器用に回転させ、その刃をあえて刀身の射線上にあわせ持ってくる。甲高い金属音と一瞬だけ煌々とした火花が飛び散る。千歳は槍の受けた威力を余すところなく使い、アレンの頭部に向かって蹴りを繰り出す。

 頬を削られながらも致命傷を避けたアレンは一度剣を離し、両手で千歳の脚を掴む。

 そのまま折ろうと力を込めた瞬間、ごきり。と鈍い音が間近で聞こえた。

 

 「――ぐっ⁉︎」

 

 見れば掴まれていない脚を振り下ろし、前腕、二の腕がくの字に折れ曲がっていた。

 畳み掛けるように掴まれた脚をあえて曲げて距離を詰め、槍を心臓に突きたてようと迫る。

 それを右腕に突き刺すことで強引に逸らすことに成功したが、すでに槍を手放した千歳は片脚が掴まれた状態で、さらに片脚をアレンの首に絡ませ、力を強める。

 軋む骨など構わずに、アレンはそのまま前方に倒れこむように地面へと叩きつける。

 叩きつけた地面は千歳を中心に放射線状に割れ、身体が埋まるほどの一撃であった。

 

 パッ、と脚の拘束を解いたかと思えば、右腕の五指を文字通り()()()()()()()()腕の力だけで跳躍し、地面に立つ。

 

 「よいしょ」

 

 上半身を軽く捻り、後ろに上体を反らし、外れた背骨をはめていく。

 ゴキゴキと子気味の良い音を立てながら治していく様をアレンは戦闘中だというのに不気味そうに見つめていた。

 

 「……お前は本当にあのスルガ・ショウイなのか……?」

 

 「お前に名を呼ばれたくないのだけれど、そうよ。私は正真正銘、駿河千歳少尉よ」

 

 何か違うかしら? という千歳に叫びたくなるのを抑える。

 ――どこがそうなんだ、その化け物じみた力は。

 ――人ならざる風貌は。

 

 一体どこに昔と同じと判断できるものがあるというのか。

 

 「というか、いいのかしら?」

 

 「――? なん」

 

 「――()()()()()()() さっさと進化できるならしなさい」

 

 聞き返そうとして、千歳が言った言葉に耳を疑った。

 もう慣れただと? 今のthird,ReBoot《三段解放》の状態がか⁉︎

 

 すでに折れていた腕は治り、槍で貫かれた場所は槍を抜いた瞬間には治り始めていた、すぐに完治し、使えるようになるだろう。

 

 人智を超える速度、治癒能力を持っているこの状態に慣れた……ふざけるなよ。

 

 「――ふざけるなよ化け物が!」

 

 気付けばアレンは動き出していた。一太刀剣を振るえば辺りの建物を紙のように吹き飛ばす。一歩踏みしめるたびに大地は割れて衝撃波が全てを壊す。

 アレンが、それこそ剣客になる前、剣に憧れ、子供の頃から剣を振るって血反吐を吐きながらも耐え抜き、やっとの思いで手に入れた力だ。それを侮辱されたと思ったアレンはただひたすらに目の前にいる者の存在を消そうと力を使う。

 

 「――――」

 

 ただその攻撃は当たらなかった。全てをかわされ、速度すらも見えているのか、後ろからの攻撃すらも見ずに避けるほどに。今度は衝撃波も食らう素振りすらなかった。

 

 ――ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな‼︎‼︎‼︎‼︎

 

 理不尽にすら思えることにアレンは何度も叫んだ。

 

 「もう終わりにしましょう、その感情を抱いたまま惨たらしく――死ね」

 

 「――――お」

 

 昂ぶっていた感情が再び冷静になったのは四肢の感覚が突然感じなくなったからか、千歳の言葉が聞こえたからかは分からない。

 

 世界がスローに見える。同時に彩色は失われ、灰色が支配する空間となっていた。

 

 自分の動きも、千歳の動きすらもゆっくりと見える中、視線を巡らせると千歳の右手には血塗れの手斧があった。それは滴るほどの血液に塗れていた。

 ――誰の?

 

 自分の体に視線を送るとすぐに分かった。両腕が肩から、両脚が太腿の半ばから断ち切られていた。

 

 なるほど、とアレンは思った。これではいくら動こうとしても動けなかったはずである。

 

 再び千歳に視線を向ける。ゆっくりと動く景色の中、手斧を捨てる動作をする。

 

 何故、と感じた時には左胸に貫き手が刺さる寸前であった。

 

 ――ぐちゃり。

 

 自分の身体に負った致命傷にすらアレン何も感じなかった。痛みすら感じないのだから当然なのかもしれない。

 

 すぐに左胸から引き抜くと千歳は足元に転がっている()()()を蹴り上げる。

 

 ――それは旧NATO国家の旗槍であった。

 

 「鷺宮部隊長以下十五小隊全員に捧ぐ――」

 

 千歳がそう呟くように言い、自分を見たところでアレンの意識は途切れ、二度と目覚めることはない。

 

 旗槍の刀身で首を切断し、下から突き上げるように切断面から突き刺し、刃先が脳天にまで達し、貫通したところで止まる。

 

 計ったように槍と首を天高く掲げるような体制はまるで仲間たちの鎮魂に捧げているようにも、裏切った者の末路を見せつけるようにまっすぐに掲げられていた。

 

 

 血に染まったNATO国家の旗だけがその場の存在を示すようにはためいていた。

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