木更side
私、天童木更は、深夜の路地裏でしんしんと降る雨に濡れながら、眼下の骸を冷めた目で眺めていた。
上半身と下半身が二つに切断されたその骸は、ブラックスーツにも見える学生服を着用し、バラニウムブラックの義肢を装着している。疑いようもなく、里見蓮太郎だ。
私の復讐対象の天童も、残すは天童菊之丞と私自身の二人になった、明日、天童菊之丞を失墜させられる情報を餌に呼び出し、殺す予定だった。順調に進んでいた。里見くんが現れるまでは。彼は、「木更さんにもう人は殺させない。お父さんを殺させない。俺がアンタを止めてやる」と言って決闘を申し込んできた。その結果が、これだ。
どれだけ医療が発達しようとも、体が二つに分かれた人間を救うことは出来ないだろう。里見くんは、死んだ。今は切断されたその胴体から血が流れているが、いつか止まるだろう。
「がふっ!」
私の口から血が出る。私も無傷では済まなかった。脇腹にカートリッジによって破壊力を上げた里見くんの拳が掠め、血が黒いセーラー服からにじみ出ている。一歩間違えれば、はらわたをまき散らして骸となっていたのは私だったかもしれない。吐き出した血が雨に流され、里見くんが半分になった腹から流している血と混ざり合う。
私は、血にまみれた殺人刀・雪影を抜き身で持ったまま、雨が降る空を見上げる。
私は、どうすればいいのかしら。大切な人をこの手で殺したことを泣き叫べばいいのかしら。それとも、復讐を邪魔する敵を排除出来たことを喜べばいいのかしら。もう、分からない。だけど、これだけは分かる。復讐は止めない。明日、天童菊之丞をこの手で殺し、その後、私は最後の天童となる私を殺す。
だから、ごめんなさい。里見くん、少しだけ待っていてくれないかしら?明日、すべてを終わらせて、私もそちらに向かうわ。こんなどうしようもない我儘な人間だけど、まだ愛想を尽かしていないなら、お願い。
大好きだったわよ、里見くん。ありがとう。そして、さようなら。
「誰!?」
後ろに誰かの気配を感じた。雪影を鞘に収め、抜刀の構えを取りながら後ろを見る。そこには、一人の男。年齢は、里見くんと同じくらい。固まった表情で、こちらを見ている。おそらく、偶然迷い込んでしまったのだろう。だが、こんなところを見られて警察でも呼ばれれば、明日の復讐に支障が出る。この目撃者は殺す。
殺す。すんなりその言葉が出たことに驚く。私はもう、立派な殺人鬼だ。だが、それがどうした。私は止まらない。絶対に。
目撃者の顔を見る。その目は、腐っているように見えた。すべてを諦めたようなその不幸そうな顔。里見くんによく似ている。
私は、雪影を抜こうとした。けど、抜けなかった。私はそのまま地面に倒れこむ。おかしいな。透析治療はここに来る前にちゃんとしたのに。里見くんとの戦闘のダメージが出たのかしら。それとも、ここ数日、証拠集めのため満足に寝れなかったからかしら。体が動かない。意識がもうろうとする。もう、ダメ……。
消えかかる意識の中、声が聞こえた。
「どういう状況なんだ……?」
気が付くと、知らない天井。私は布団で目を覚ました。あたりを見回してみると、時計を見つける。
「ッ!!!」
意識が一気に覚醒する。時刻は、午後三時。天童菊之丞との待ち合わせは、正午。大遅刻だ。
慌てて布団から飛び起きる。部屋の戸を開けて、菊之丞を殺す予定の場所に急いで向かう。
「おおわっ!」
「きゃっ!」
部屋の戸の前にいた男と衝突する。私は尻もちをついてしまった。
「大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫だから、どいてちょうだい。行かなきゃならない場所があるの」
「その格好でか?」
言われて初めて自分の格好を眺める。ピンク色のかわいらしいパジャマだった。
「寝癖もひどいことになってるぞ。いいから、部屋に戻れ。お粥作ってきたんだ。食べるか?」
その言葉を聞いて、お腹が大きな音を鳴らす。恥ずかしくて死にそう。
結局、お粥の誘惑に逆らうことは出来なかった。それに、約束の時刻から三時間も経過していれば行く気も失せるというものだ。
「ガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツ」
「もっと落ち着いて食えよ……」
一心不乱に私はお粥を掻き込む。ここ数日はほとんどまともな食事を摂っていなかったため、とても美味しいと感じる。
「ふぅ、ごちそうさま。なかなか美味しかったわね」
「お粥なんだから味なんて殆ど無いだろ……」
気がつくと私に纏わり付いていた狂気ともいうべきものが薄れているのを感じた。里見くんと一緒にいた時にいつも感じていた温かい何かを感じる。
だけど、それはもう求めないと誓った。あの時、里見くんの死体とともに捨て去った。
そこまで考えて気付く。今のこの異常な状態を。あの時、路地裏に現れた人間と今目の前にいる人間は同一人物だ。つまり、この人があそこで倒れた私を自宅に連れて帰って手当をしたのだろう。だが、あの場には里見くんの死体があった。私は血にまみれた刀を持っていた。第三者から見れば私は人殺しのハズ。そんな人間を家に連れてくるなんて、ありえない。
「ねぇ、どうして私を家に連れてきたの?」
「雨の日に目の前で倒れられてそのまま放置なんてして風邪でも引かれたら目覚めが悪い。俺の自己満足でやったことだ。悪かったな」
「悪かったな?どうしてそんな言い方なのかしら?普通、気にするなとか言うものよ」
「勝手に年頃の女を年頃の男の家にあげたんだ。そのうえアンタ、大事な用事があるんじゃないのか?粥を食う前に慌てて出て行こうとしてたじゃないか。だから悪いと思ったんだ」
「用事はもういいわ。そんな気分じゃなくなっちゃった。それにしてもアナタ、捻くれてるわね。素直に感謝を求めればいいのに」
「捻くれてるのはぼっちのデフォルトだ」
まただ。どういう訳かいつも里見くんと話すような穏やかな空気になる。笑顔が溢れてしまう。
もう、止めて。私に幸せはいらない。だからお願い。幸せをちらつかせないで。また、求めてしまうから。
「どうして助けたりしたのよ!あの光景を見たんでしょ!私が、人を、刀で、殺すのを!!私は人殺しなのよ!殺人鬼なのよ!それなのに、どうして!答えなさいよ!!」
口調が強くなり、声が震え、目から涙が溢れ出している。彼を責めているのではない。単純に、理解出来なかったのだ。どうして、こんな殺人鬼を匿っているのかを。
「……」
「黙ってないで答えなさい!答えられないのなら今すぐ解放しなさい!」
「別に拘束している訳じゃないから帰って貰っても構わんのだが、その格好じゃ外に出れんだろ。お前のセーラー服は雨で濡れてたから洗濯してる。それが終わるまで待ってたほうがいいと思うが?」
「……あなたがセーラー服を着替えさせたの?」
「おいやめろ襟元を掻き合わせて涙浮かべてこっちを睨みつけんな俺が寝ている女性を無理矢理脱がせたみたいだろ。あれだ、俺の妹が着替えさせた。ついでに言うとその服は俺の母親のやつだ。だから俺は何もしていない」
「……いいわ、それについては信用してあげるわ。そんな度胸があるならもうすでに襲われているでしょうし」
「……そうかよ。じゃあその胸元を隠すようにした手を下ろして貰ってもいいですかね?」
「な、胸を出せってこと!?この変態!」
「ちがうわ」
不思議。まるで里見くんと話してるみたい。相手のペースに呑まれちゃう。いや、呑まれるのではなく、呑まれたいと思っている自分がいる。
「……雪影はどこ」
「雪影?あの刀のことか?今は渡せない。帰るときに返す。流石に俺も斬られたくないからな」
「それならどうして私を助けたのよ!私がいつかこの家を斬るとは考えなかったの!?」
「またその話か。つうか家を斬るってなんだよルパンの一味かよ」
「私なら可能よ。例え敷地外からでもこの家をみじん切りにするくらい、簡単よ」
「怖え女だ」
「そんな事はどうでもいいでしょう。まだ肝心なことを聞けてないわ。どうして私を助けたのかしら?あの日、あの光景をあなたは見たんでしょう?私が刀を使って人を斬ったところを。私は刀で人を殺すという猟奇的殺人を行った人殺しよ。こんなことをしてその矛先が自分に向かないとでも思ったのかしら?それとも女一人なら自分でも力でどうにかできるとでも?どちらにしても無理ね。あなた、見たところ戦闘に関しては素人よね?これでも私はそれなりに武術の経験がある。ハンドガンの一つや二つで私を殺せるとは思わないことね。あなたが何を考えて私を助けたのか知らないけど、これ以上邪魔するなら、殺すわよ。今、死にたくないなら、答えなさい。これが最後よ。どうして私を助けたの」
今度こそ私は有無を言わさぬ口調で問いかける。
「……頼まれたんだ」
「頼まれた……?」
「そうだ。お前が斬った男にな。あの時、お前が倒れた後、その男が話しかけてきた。文字通り、今にも死にそうな状態で、必死にな。『木更さんを頼む。救ってくれ』と」
「……ッ!」
私の目から涙がこぼれだす。
「だからお前を助けたのはそういう理由だ。頼まれたから。それだけだ。何があったかは知らんが、死に瀕してなお、自分ではなく自分を殺した相手を救ってほしいだなんて、そう言えることではない。立派な男だった」
「さ、里見くんは……?」
「その言葉が最後だ。死んだよ」
「う、ああ、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
私は泣いた。泣きじゃくってしまった。自分より私のことを思ってくれた人。そんな人を殺してしまった。私の心は、悲しみと後悔と喪失感でいっぱいだった。
「ごめんなさい、取り乱してしまって。みっともないとこ見せたわね」
「気にすんな」
「そういえば、自己紹介もしていなかったわね。私は天童木更よ」
「天童……?」
「そう、政治などで名前は聞いたことがあると思うわ。その天童よ」
「銘家の家柄ってやつか」
「やめてちょうだい、私は天童を捨てたの。すべての天童は死ななければならないわ」
「それで復讐してまわっているのか?」
「……どうしてそれを?」
「ここ最近、天童を姓に持つ人間が殺害されたり行方不明になったりしているニュースが度々報道されているからな。もしかしたらと思ったんだが」
「……そう、私は私の両親を奪った天童をすべて葬ると決めたの。軽蔑したかしら?それとも怒った?こんな人間だったことに」
「いや、別に。お前がどんな考えによってその結論に至ったかは知らんが、今ここで話をちょっと聞いただけの人間に、お前が考え、行動し、結果を受け止めてきたことを否定なんて出来ない。してはいけないんだ」
驚く。復讐なんて普通、経緯が何であれ知っていても知らなくても否定するのが当然だ。それをこの人は否定しなかった。興味がないとか、ご機嫌を伺っているとか、そういうものでもない。真剣に聞き、考え、向き合ってくれている。
「俺も自己紹介してなかったな。比企谷八幡だ」
「比企谷くん、ね。……もし、私が復讐を手伝ってほしいと言ったら、どうする?」
「働きたくないでござる」
「それでいいわ。でも、話し相手がほしいときは、その時はお願いしてもいいかしら?」
「……まあ、それくらいなら。天童がお縄になっても、俺は知らぬ存ぜぬで通すからな」
「ええ、もちろん。これは私の、私だけの復讐なんだから。それと、私を天童って呼ばないでくれるかしら。その名前は捨てたの」
「えっと、なら、なんて呼べば?」
「木更。そう呼びなさい」
「て、てん「木更」……おまえ「木更」……ならきさきさなんてのは「いいから木更と呼びなさい!命令よ!」……木更」
「よろしい。じゃあ私と比企谷くんは私が復讐を終えるまでの協力者ということね」
「お前は苗字で呼ぶんだな。それより、俺は協力者になるつもりはないぞ」
「何言ってるの。私の話し相手になって心のケアをしてもらうんだから、立派な協力者よ。なら、今から協力してもらおうかしら。どこかの店でコーヒーでも飲みながら、ね。もちろん比企谷くんのおごりでね」
「おい、俺は養われたいんだ。男子がおごるのがマナーなんてのは女子が都合よく男をコントロールするためのステマでしかないんだ。故におごるつもりはない」
「どこにしようかしら。そう言えば数日前に駅の南に新しいお店出来たでしょ?そこにしましょう」
「おい、聞けよ。つうかその店焼肉食い放題の店じゃねえか。なにがコーヒーでも飲みながらだ。ガッツリ食う気満々じゃねえか」
「ふふ、冗談よ。焼肉はまた今度ね」
「焼肉は確定なのかよ」
と、ノックが響く。部屋の戸を開けずに、外か誰かが話しかけてきた。
「お兄ちゃん、服乾いたから、ここに置いておくね。それじゃあ、あとはよろしくね」
声の主はパタパタという足音とともに立ち去ってしまった。
「なら、部屋の外に出てるから、落ち着いたら着替えてもらえるか?」
そういって比企谷くんは部屋の外へ行ってしまった。私は一人になった部屋で、美和女学院の黒いセーラー服に着替える。
比企谷八幡。珍しい人間だ。最初はちょっと粗暴な口調や腐った目がどことなく里見くんに似ているような気がした。私の復讐に対して協力してくれると答えたのも同じだ。だが、里見くんは私と幼いころからの付き合いがあったから、あの時あったことを共有しているから協力してくれた。けれど、彼は、復讐手段が殺人であったことを良く思っていなかったようだ。復讐の最初の実行対象、和光兄さんを殺した時も、目に見えて大きな動揺が走っていた。
しかし、比企谷くんは違った。復讐の手段が殺しであることを知り、実際に私が人を殺す場面を見て、それでもなお私の復讐を否定しなかった。彼からは、里見くんと同じ空気を感じるが、同時に私自身が発する空気とも近いものを感じる。
私、天童木更と比企谷八幡くん。復讐に生きる殺人鬼と復讐を否定しない人間。もしかしたら、私と里見くん以上に、いいお友達になれるかもしれないわね。天童菊之丞を殺し、天童木更も殺すまでの短い間、よろしくね、協力者さん。