艦隊これくしょん - そこで生きる少女たち - 作:みどいろCPU
お時間のある時にご覧ください。
【#】
「五十鈴、出撃します!続いて!」
「吹雪、出撃します!」
「雪風、出ます!」
「飛鷹、出撃するわ!」
『抜錨』と書かれたゲートが開き4人の艦娘達が勢いよく海へと躍り出た。
五十鈴、吹雪、雪風の背中や足にはいつものような魚雷ではなく円柱状の形をした複数の九四式対潜爆雷が装備され、軽空母である飛鷹が持つ艦載機を宿した御札には『カ号』の文字が描かれている。
「全く…こんな大事な演習中に現れたうえに潜水艦なんて…。この五十鈴様に喧嘩でも売ってんのかしら」
露骨に嫌そうな顔をした五十鈴が手の上で爆雷を弄びながら呟く。
「五十鈴さん…なんかちょっと怖いです…」
「アハハ…」
吹雪、雪風ら2人は三式水中探信儀を確認しながら慎重に海を進み、一方飛鷹は耳に手を当て、自らの艦載機からの伝聞を待っていた。
すると、すぐさま飛鷹の耳に艦載機からの伝聞が届く。
「来た!十一時の方角2kmに潜水艦一隻!」
「了解です!」
吹雪が返事をすると吹雪、雪風はそれぞれの爆雷固定ロックを外す。
爆雷を手に持っていた五十鈴はすでにロックを外していた。
「ソナー圏内に入ったら攻撃を開始するわ。油断しないでね」
「あのぅ…でも実戦となると大体どの辺りまで近づいて攻撃すればいいんでしょうか」
雪風が首を傾げて五十鈴へと尋ねる。
うーん、と五十鈴。しばらくの沈黙。
「そうね…まぁ個人個人にもよるけれど…」
「!ソナーに反応!二時の方向です!」
「私はこのくらい…かなッ!」
ブンッ!という音を出して、五十鈴は手に持っていた九四式爆雷を勢いよく投げ出す。
一人の少女が投げたとは思えないほどの距離を飛んでいった爆雷は、美しい弧を描いて海に落ちたかと思うと、たちまちに爆発し水柱を上げた。
直後、ソナーからの反応が消える。
「…」
「うわぁ…」
「なんだか、カ号を待機させておいた私が馬鹿みたいね」
雪風が絶句し、吹雪が顔を引き釣らせ、飛鷹が呆れた顔をする。
「まぁ、要は慣れよ慣れ。私達からしたら潜水艦なんて蚊も同然よ」
「いや、それ五十鈴ちゃんだけだから…」
「はいはい!また来た!今度は二…いや、三隻!」
飛鷹に艦載機からの伝聞が届き、すぐさまソナーにも3つの新しい音が生まれる。
「ようやっとお出ましね…。総員、単横陣!」
「了解!」
「雪風は飛鷹さんの護衛を担当します!」
「宜しく頼むわ、雪風。飛ばせるだけカ号飛ばしてやるわ!」
単横陣を組みつつ五十鈴と吹雪は前衛、雪風と飛鷹は後衛という形を取ることになった。
敵が複数、尚且潜水艦ともなればかえって魚雷回避のため集団での行動は控えた方が良いというのが五十鈴の考えであり、今回は吹雪、五十鈴が前衛、雪風、飛鷹が後衛を取る形となった。
「敵まであと1kmちょいか。大丈夫そう?吹雪?」
周りを警戒しながら青い海を滑る二人。
1km圏内に突入すれば、敵の位置は感知出来るとはいえどこから攻撃が来るかは分からない。
「まぁ…多分…アハハ…」
苦笑いをしながら自信なさ気に頭を掻く吹雪。
「まぁ、こんな心配、後々意味が無かったってどうせ分かるんだけどね。私と貴方では全体的なスペックが違うもの」
「?五十鈴ちゃん、それはどういう…」
「ほら、
「は、はい!」
二人の目の前に水中を進んでくる物体、否、3本の魚雷が見える。
「散開しましょう!十時と二時です!」
「りょーかいっ!」
二手に分かれると同時に正面から襲ってきた魚雷を避ける。
五十鈴は十時の敵へ、吹雪は二時の敵へとそれぞれ進む。
「さて、こちらは二人みたいだけど、両方お相手してくれるのかしら!」
五十鈴のそんな声に反応してか、再び魚雷が放たれた。
しかし五十鈴はそれらを右へ、左へ器用に交わし爆雷を両手に持ち笑みを浮かべる。
「さぁ…まとめて餌食に…!」
今まさに爆雷を投擲しようとしたその時、五十鈴の前方に水柱が上がった。驚き上を見上げた五十鈴の視線の先には、音を立てて飛行するカ号観測機。
「飛鷹のカ号…。…ったく、私の獲物が減っちゃったじゃない」
母艦に戻ろうとしているカ号に小さく手を振りながら五十鈴はもう片方の手で爆雷を投げる。
投げられた爆雷はまるでそうなるのが当然といわんばかりに海へと沈み、そして水柱を上げた。
「さて…あっちは大丈夫かしら。随分と遠くに行ったみたいだけれど」
艦の特性上、索敵機が飛ばせない五十鈴は携帯していた小型望遠鏡で東を見る。
瞬間、五十鈴は驚愕する。吹雪が未だに一隻の潜水艦と戦っていた。
ひたすらに魚雷を避け、腰や手の爆雷は一つも減っていない。
「やっぱり、同調が…!」
五十鈴は吹雪の元へと向かおうと機関を動かす。
その時、望遠鏡越しに吹雪が一瞬こちらを向いた気がした。
ぎょっとする五十鈴。
有り得ない、こっちの動向を探れる程の索敵能力が駆逐艦級にある訳がない。
-まさか、私が仕留め終わるのを待って…?-
再び望遠鏡を覗く五十鈴。しかし、その先には既に吹雪の姿は無かった。
機関の出力を上げたのだろう、一瞬で潜水艦との間合いを詰めていた。
早い、そう思う間もなく2本の魚雷が吹雪に迫る。
喉まで声が出かける。
しかし、写ったのは被弾し水柱を上げた吹雪ではなくスピードを落とすことなく片足を軸にして回転し、魚雷の間をすり抜ける
吹雪の姿。
そしてそのままのスピードで敵潜水艦の真上を通過する。
通過した後には、いつ離したかもわからない一つの爆雷。
ここで勝負は決した。
水柱が上がる。
息切れすらしていない吹雪の姿がそこにはあった。
それが示すのは、圧倒的練度。
そして、左手の薬指に光る指輪。
「あぁ…やっぱり心配するんじゃ無かった…」
五十鈴は望遠鏡を仕舞い、吹雪の元へと向かった。
【#】
「そうか…。分かった。あぁ、ご苦労だった。なるべく早く戻って来くるようにしてくれ」
通信機を置き重い一息を吐く。
「五十鈴を旗艦とした対潜先鋭部隊が先程、海域最深部にて敵主力と思われる部隊を発見、殲滅しました。これで1-5は攻略したと思われます」
「そうか。随分と軽く済ましたな。まぁ、敵の進行を許すという失態を犯したのだ。これぐらいはやってもらわなくては割に合わんわな。税金の無駄遣いになる、ハハハ」
岡部が嫌味らしく笑う。
- こいつ… -
音が出るほど奥歯を噛みしめる幡山。
本来であれば学校に通い友人と青春を過ごし、恋をしたりバイトや部活に汗を流す充実した生活を送っていたであろうごく普通の少女達。
そんな少女達は今、その生活から離れ命を懸けて人類の敵と戦っている。
それだというのにこの男は。
彼女等や、その家族の涙を見てきた幡山にはそれがとてつもなく憎かった。
爪がくい込む程拳を握るがすぐにやめる。
ここで問題を起こせば今までしてきた事が全て無駄になる。
耐えろ。
呪文の様に頭の中で繰り返す。
すると幡山は、なにやら外が騒がしくなっている事に気づいた。
「何事だ…?」
岡部が顔に皺を増やして外を見る。
岡部以外の幹部面々もつられて窓に近づく。
すると入口から慌ただしい足音が響いたかと思うと乱暴にドアが開かれた。
「提督っ!」
ドアを開けたのは艦娘である伊勢。
「伊勢、これは何の騒ぎだ?」
幡山は、伊勢に歩み寄った。
膝に手をつき、息も絶え絶えに伊勢が口を開く。
「東部オリョールに出撃していた艦隊が帰投したの。けど…!」
伊勢は幡山の服の袖を掴み、顔を上げた。
しかし、その顔は
「
今にも、泣き出しそうな表情をしていた。
【#】
港は慌ただしかった。
十数人の艦娘達が港へと帰投した8と19を引き上げていた。
艦娘の特性上ダメージこそ受けていないもののかなり疲弊しており自立での歩行及び上陸は困難、
「おい、龍驤、何があった!」
その場の指揮を取っていた艦娘、龍驤に幡山は声をかける。
「なんや!今それどころじゃ…って、キミか!遅いわ!というか見ての通りや、かなりマズイ。ウチが索敵機で見っけた頃には
けど、実際に何があったのかは本人らに聞く他ない。現にキミがそんな顔してここにいるちゅーことは通信が入ってこなかったいうことやろ?多分、大変な事になっとる」
「二人しか…?何があったんだ…一体…」
再び港を向くと、既に二人はストレッチャーでドックへと運ばれようとしている所であった。幡山はすぐに走り出し、動き出したストレッチャーに追いつく。
「おい、大丈夫か8!何があった!」
辛うじで意識がある8に幡山は問いかける。
うっ、といううめき声を上げて8が弱々しく口を開いた。
「オ…オリョールに向かう途中に見たことのない敵艦隊が…。対潜値も高くて…無線も壊されて、私達じゃ…手も足も…」
幡山が目を見開く。オリョールにはいないはずの艦隊。
強力な対潜能力。例外の連続。それはつまり___
「2-5…」
誰かがそう呟いた。
幡山は唇を噛み締める。
「8…、168と58はどうした…」
「…タ級がいたの。それもeliet。唯一無傷だった168は…そいつを偵察しに行ったの…。小破だった58は168を連れ戻そうと追って行ったけど…そこで19と私が大破して…」
タ級。それは深海棲艦の中でもトップクラスの脅威。発見した際はすぐに鎮守府へ連絡、可能ならば偵察をするということになっている。
だが、潜水艦だけでの偵察、ましてや無線が故障しているとなれば話は別でありむしろ撤退するのが得策である。
そんな中で___
「168は…無理してタ級を追いかけて…?」
「…多分少しでも、情報を掴もうとしてるんだと思うよ…司令官の為にね…」
幡山は絶句した。頭の中が真っ白になる。
- 私ね… -
幡山の頭に168の言葉がよぎる。
駄目だ、まだ続きを聞いていない。
誰も失うわけにはいかない。
「増援…増援を送らないと…余ってる艦をすぐに…」
「提督…」
幡山の後ろから一際大人びた雰囲気の艦娘、鳳翔が声を掛ける。
「今、ここには…もう動ける艦娘がいません」
多少震えている声、しかし落ち着いた口調で鳳翔は告げた。
開いた自らの口を幡山は閉じれずにいた。
「おい…冗談だろう…?決して多いとは言えないが…ここには48人も艦娘がいるんだぞ…?」
「せや…。そうなんや。現に今日一回も出撃していない艦娘たちはぎょーさんおる。
…けどな、ウチを含め皆…練度が足りないんや…」
港が静まり返った。
そこにいた全員が俯き、あるものは拳を握りしめ、あるものは悔しそうに首を振る。
「今日の公開演習で既にこの鎮守府の最高戦力を導入、皆疲れきっとるしわずかに残った吹雪ら高練度の艦娘も突然出現した1-5攻略へと向かい、
辛うじて出撃可能な改艦娘も遠征中。…残った艦娘は比較的新しく入ってきたウチら未改装艦。これを考えたのはキミや。
別にキミを攻めてる訳やない、けどな。…ウチらじゃ、出撃したところで如何にもならん…」
クソッ!っという声と同時に鈍い音がする。
左目に眼帯を付けた少女が壁に拳を叩きつけていた。
再び、沈黙が訪れる。
幡山はその場に崩れ落ちた。
どうすればいい、どうすれば…。
幡山の頭をそんな言葉だけがよぎる。
瞬きするのも忘れてひたすらに思考を働かせる。
「いい気味だな」
岡部がいつの間にか、幡山の後ろで愉快そうに笑っていた。
場の空気が一瞬で殺気立つ。
「オイ、てめぇ…そりゃどういう意味だ…」
先ほどの眼帯の少女が岡部を睨み付けた。
「ほぅ、たかが艦娘ごときが随分と大層な口をきくな。まぁいいだろう、聞いた通りの意味だ。ざまぁみろということだよ」
「このっ…!」
殴りかかりに行こうとする眼帯の少女を龍驤が制止する。
「岡部…陸将言うたか、なんでそう思うん」
岡部は、嫌味らしく口元を釣り上げた。
「前々から話を聞いていてコイツには腹が立っていたんだよ。若造のくせして運よく佐々木に目を付けられ七光りで海軍の提督だと?笑わせる、
そしてどんな奴かと来てみれば上司を無視するときた。よくもまぁそれでやっていけたものだ」
「そんなことで…!しかもざまぁって…人の命が懸かっているんですよ!」
思わず鳳翔が声を荒げた。他の艦娘たちも憤りが露骨に表情に表れている。
「ハッ、人の命だ?馬鹿言え。お前達は人じゃない、深海棲艦しか殺せないただの出来損ないの兵器だろ!」
「殺す!!!」
怒りが沸点に達したのか、一人の艦娘が海上で艤装を展開し銃口を岡部に向けた。
「加古!!」
「うるせぇ止めるな!」
「威勢が良いな娘、だがそれじゃあ私は殺せないぞ?何せ人は撃てない対深海棲艦用なんだろう?」
「このッ…」
「なら対人用ならどうなりますかね?」
カチャリ、と岡部の後方で金属音が鳴る。
そこにいた、全員が固まった。
「…おい…貴様、何のつもりだ…?」
そこには、リボルバー式の小型拳銃を構えた細身の男性、渡辺が立っていた。
「何、彼女等が出来ない事を変わりに私がやろうとしているだけですよ、岡部陸将」
「…処分なんてものじゃ済まされないぞ」
「構いません。未来を変えてくれる存在を、ここで亡くすくらいなら。もっとも、佐々木海将さえいれば貴方もここまで自由に発言は出来なかったのでしょうが。先程の失言を撤回して頂きたい」
遠くの空から、バラバラという音が聞こえ始めた。
「先程、荻野目空将にヘリを手配して頂きました。これで潜水艦の
これなら道中で襲われる心配もありません。これでどうですか?幡山提督?」
幡山は頭を上げた。
「だが…それでは…」
「ええ、問題もあります。潜水艦の娘達が交戦していた場合です。そうすると…」
「大丈夫や」
幡山と渡辺が声の方を向く。そこには、先程とは違う表情をした大勢の艦娘達。
「いくら練度が低くても、そこまでしてもらうにはウチらも頑張らなあかん。要は58と168を拾い上げればええんやろ?大破や中破しても沈むわけじゃあない。
そんときは任せてや」
龍驤がその場にいる艦娘皆の気持ちを代弁する。彼女等の顔には、もう迷いは見られない。
「龍驤…」
「ハハッ!」
岡部は息を吐き出すように笑う。
「付き合ってられんな。勝手にやっていろ」
岡部は後ろをものともせずに歩き出した。
向かう先には鎮守府正面門。外に車を用意しているのだろう、ゆっくりと歩き続けた。
銃を突き付けていた渡辺も銃を下ろす。
「恐らく、彼はもう二度とここには来ないでしょう」
渡辺は呟く。
そして頭上には先程まで遠くにいたはずのヘリコプター。
「さぁ、急ぎましょう」
立ち上がる幡山、ヘリを見つめる艦娘。
その横で、大きな波が海岸を打ちつけていた。
【#】
「やっぱり此処にいたんですか、司令官」
夕日が沈む頃。
「時間も時間ですが…明後日までの書類がまだ残ってますよ?半分は私がやっておきましたからもう半分はちゃんとやって下さいね。
あと、今月分の1-5、2-5ついさっき攻略完了との報告がありました。毎月現れるの本当やめて欲しいですね、それ関係の書類もお願いします。
あぁ、それと先日申請した大型バスの手配、完了したみたいです、台数とか色々あるそうなので目を通して置いて下さいだそうです。それと」
「吹雪」
「はい?」
「今日、宿直渡辺だから。なんかあったら連絡してくれ」
「……はい、分かりました」
「よろしくな。あぁ、書類は明日の昼までには終わらせるから」
力無い声でそう言うと幡山は立ち上がり、駐車場へと歩き出した。
ゆっくりと歩くその後ろ姿を見送りながら、吹雪の口が無意識に開く。
「…今日で2年…か」
幡山が見えなくなり、吹雪は係船柱に座り込んだ。先ほどまで幡山が座っていたからだろう、少し温かい。
「どうすればよかったんだろ…」
幡山の代わりに水平線を見つめる。
そこには、今まさに海に沈み行く夕日。
そんな光景を見据えながら漠然と考えていたのは提出書類でも先に待つ休日でもなく、国語の授業で習った『夕日が意味するもの』だった。
【#】
波打つ音と、耳を劈く轟音。そして耳元で叫ぶ誰かの声。
そんな曖昧な意識から復活したときに、ようやく幡山は自分が海に浮いているという事に気が付いた。
「コラァ!起きてるならしっかりせい!」
「うおぁっ!り、龍驤…。これはどういう…」
「起きてるんかい!しかもなんやキミ、覚えてないんか!ウチらの乗ったヘリが敵の艦載機で落とされた!捜索の為に低空飛行していたのがまずかった!
渡辺はん達のヘリは無事なんやけどウチと鳳翔だけじゃいつまで持つか分からん。でも大丈夫や、キミだけは絶対に守る」
「お、おい待て!俺はどうでもいい!早く58と168を捜」
「危なッ!」
幡山の言葉を遮り龍驤が右手を横に振った瞬間、爆風が広がる。
龍驤が幡山への砲撃を身を挺して守っていた。
「――ッ、ええか、少し落ち着け!今こっちは防御に徹してる、なにも出来ん!だけど同時にウチと鳳翔の艦載機で58達を探してるから待て!今はそれしか出来んのや!だからキミも頼むから死なないようにして!」
「きゃあっ!」
「古鷹!クソッ、龍驤!古鷹が大破だ!これ以上はまずい!」
「にゃっ…!まじ…古鷹は下がって!加古と皐月を先頭に複縦陣!防御や!どうにかして耐えて!」
「ボクもう魚雷撃ち尽くしちゃったよ!」
「五月雨!直上!」
「えっ…キャーッ!!」
「飛行甲板が…」
場は混沌に包まれていた。
敵の一方的な攻撃によって次々と艤装に傷が付けられてゆく艦娘達。
海上においては全く戦闘能力を持たない幡山だけが、皮肉な事に無傷であった。
「俺は…何も出来ないのか…」
いや違う。庇うものの無くなる艦娘達は自由に行動出来る。ならば俺の考えは決まっているはずだ。それしか…。
幡山は海中に潜ろうと息を吸い込んだ。
すると
「58発見!繰り返す、58発見!十時の方向2km!」
全員の耳元から突き抜ける様に声が発せられた。
通信機越しの声の主は、龍驤達とは反対方向で応戦していた鳳翔。
瞬間、全員の表情が一気に変わった。
「総員!全力で対空砲火!制空権確保後突破する!」
「ッしゃきたあぁ!行くぞおおお!」
「「「おおおおお!!!」」」
もはや誰が言ったかも分からない咆哮と共に全員が機銃や砲を空へと放った。
爆発したり、煙を上げながら海へと墜ちて行く敵艦載機。
その一方で被弾する艦娘も勿論いた。
しかし彼女達は怯まずに、ただ空を撃つ。
「あと一機!」
「皐月大破!」
「まだやれます…!」
「当たれええええええ!!!」
爆炎と煙の雨あられ。そんな光景がしばらく続いた。
そして、最後の一機が爆散。
空が晴れた。
「渡辺はん!提督と最上、大破した子達を乗せて58の所へ!ウチらはこのまま突破する!」
「龍驤!」
「大丈夫や!先に行って!」
「幡山さん!」
「行こう、提督!」
最上が幡山の手を引きヘリから降ろされたはしごへと近づく。
この間にも、深海棲艦との砲撃はやんでいない。
幡山は梯子へと掴まりヘリへと乗り込んだ。
海に残った艦娘の無事を祈りながら、幡山達が乗ったヘリコプターは知らされた座標点へと向かった。
【#】
「いた!58だ!」
誰よりも早く反応したのは航空巡洋艦娘である最上だ。
確かに先の海上に人影がある。
力無く浮かんでいる様を見ると恐らく気絶しているのだろう。
ヘリは速力を上げ直上まで移動する。
「確かに58だ。僕が行くよ」
最上がヘリから梯子を降ろし海に近づくと同時に艤装を展開、58に救助器具とフックを装着した。
「上げて!」
ゆっくりと58がヘリへと吊り上げられて行く。
無事に救助された。
しかし、一同は安堵の溜息を漏らす事が出来なかった。
何故なら__
「168がいない…」
「58と一緒じゃ…無かったんだね…」
一体どこに。
再び焦る幡山。
すると遠くから複数の人影が近づいてきた。
数人が、幡山達のヘリコプターへと手を振っている。
龍驤達の艦隊が戦線からの離脱に成功していたようだ。
無線の通信範囲内に入った事を確認すると、幡山は無線を鳴らした。
「やあやあ、久しぶり」
「誰も欠けてない様で安心した。こちらも58を無事救助した。だが、168がいない」
「なんやて?どうゆうこっちゃ、道中にはおらんかったし、てっきり一緒に居るもんやと…」
「あぁ…かなりまずい。一刻も早く探し出して救助に」
「…」
「龍驤?」
「…行きたいところなんやけど…どうやら無理そうや…」
龍驤は元に来た方向を指さす。
そこには先程の深海棲艦。
そして
「提督!あれ!」
ヘリに乗っている古鷹が指さした方向、ヘリの正面にも新たに進軍してく影。否、深海棲艦。
「んなっ…」
「ヲ級とタ級まで…!」
「万事休すって奴や…」
先程の戦闘で既に龍驤達の戦力は削られ疲労も激しい低練度の艦娘達。
そして、二方向から進軍してくる深海棲艦。
その状況はまさに一言、『最悪』であった。
「…せめて、ヘリの皆だけでも逃げてや。ココはウチらがなんとかする」
「駄目だ!もう少しすれば長良達の遠征隊が到着するかもしれないだろ!諦めるな!」
「無理や!こんな数相手に出来ん!固まってたらそれこそ袋の鼠や!せめてそっちだけでも逃げて!」
「ふざけるな!んな事誰が」
「ええかげんにするのはそっちや!!状況を見ろ!敵、敵、敵、敵!こっちは人数も少ないし戦力もない!ここでまとめて皆沈むくらいなら少数でも生き残った方がいいのは当たり前やろが!なんならウチだけでもええ!さっさと行け!さもないと空母が」
「龍驤!来るよ!」
「クッ…!」
「うおおおお!!」
「龍驤!」
「イヤァァァ!!」
「誰か…!」
悲鳴、鳴き声、咆哮。
もはや音と化した声が響き渡る。
その時。
突如、海が爆ぜた。
深海棲艦側の海が水柱を立てる。
その後も次々と水柱が上がり、深海棲艦の数が少しだけ減る。
- 一体何が -
誰もが意表を突かれ、ただ、その光景を見つめていた。
そして、誰かが言った。
「魚雷…。酸素魚雷…」
すると今度は幡山以外の通信機に通信が入る。
艦娘から幡山の耳に微かに聞こえるそれは、ツーツーという電子音。
モールス信号だ。
普通は音声での通信をする艦娘の中で、それをする艦種はたったの一つしかない。
「やった…!」
幡山は思わずガッツポーズをした。
168だ。近くに168がいる。
幡山はすぐに横をみる。他の艦娘達もきっと…!
しかし、その予想は大きく外れていた。
誰一人、海上にいる艦娘でさえ誰一人笑顔を見せていない。
後ろから、バラバラと音が聞こえた。
「おい、何が…」
「了解…総員、撤退を始めて」
『撤退』
無線越しに聞こえた単語の意味を理解するまで、幡山は何秒掛かったのだろうか。
龍驤達が撤退するということは、彼女らは無事でいられるということだ。
しかし、そうした場合__
「168は…どうするんだ」
幡山のその問いかけには、誰も答えない。
同じ空間にいる誰もが俯き、口を結んでいた。
海上にいた龍驤達は既に大半が後ろから来ていた新しいヘリコプターに乗り込んでいる。
そして、深海棲艦は。
龍驤達から標的を変え、魚雷がやって来た方向へと進軍していた。
「おい、古鷹。信号は…168は何て言ったんだ!なんで俺の無線だけ何も無いんだ!おい !」
「提督!」
古鷹に詰め寄ろうとした幡山を最上が後ろから抑える。
古鷹は俯きながらゆっくりと口を開いた。
「ワレ…耐久ナシ、帰投困難、囮ト成リ。総員、撤退スベシ。そして…」
「どうか海を、皆を。…と」
古鷹の言葉を待ったかのようにして、二台のヘリが旋回し始めた。
少しずつ、しかし確実に鎮守府へと向かっていく。
そして窓から見えるのは、絶え間なく上がり続ける水柱。
「そんな…」
何故こうなる。
「やめろ」
何故こうなった。
「やめろ…!」
まだ続きを聞いてない。
「やめろおおお!!」
そして。
とある深海棲艦が放った一撃を最後に、砲撃が止んだ。
何事も無かったかのように再び移動し始めた深海棲艦。
それが意味するものは、一目瞭然。
幡山が、膝から崩れ落ちた。ただ力なく、足元を見つめる。
艦娘達は皆涙を流し、悔しさに唇を噛み締め悲観に暮れていた。
気絶したままの58の手にはいつの間にか、赤色のリボンが握られていた。
【#】
波の音が響く。
それに打たれるのは遠くにあるテトラポットと足元に広がる砂。
邪魔なものは一切無い、ただ目の前には水平線だけが広がる空間。
日もすっかり沈み行くばかりとなり、あたりはオレンジに染まっていた。
そんな所にただ呆然と突っ立っている。
「なんでここに来たんだろうな…」
まだ書類残ってるのに。そんな事を考えるが、一つも行動する気になれないのは何故だろう。
それはきっと、今日だからだ。
168が『轟沈』という扱いになってからちょうど2年。
今朝は鎮守府内の全員の黙祷から始まり、そしていつも通りに終わった。
168の実家への訪問は無かった。
四十九日以降来ないで欲しいという家族の要望だったからだ。
あの日以来、鎮守府では一人も轟沈者を出さずに来た。
あの日よりも圧倒的に艦娘の数も増えた。
戦力は拡大し、海域攻略も順調に進み艦娘達は皆、それぞれの任務を全うしながら日々を過ごしている。
しかし、それでも一人の犠牲者を出したという事実は変わらない。
そう、変わらないのだ。
「どうしてんだろうな…」
幡山は砂浜に腰を下ろそうとする。
すると、左側20m程先に人影が見えた。
日も沈んできたためか、幡山にはうっすらとしか分からない。
「そういや、これと似たような事が始まりだったな」
無意識にその影に向かって歩き出す。
そうすると、段々とその正体が分かってきた。
短い髪と小柄な身長。
そこにいたのは一人の少年だった。
小学校4.5年位だろうか、背中にはランドセルを背負っている。
「やぁ」
幡山は声を掛けてみた。
「…おじさんは?」
「あぁ、別に怪しい者ではないんだ。…っても怪しい奴はそう言うんだけど…。まぁ取り敢えず安心してくれ、どちらかと言うと俺…あぁ、おじさんは怪しい人を捕まえる方の人だ」
「ふーん。そっかぁ。まぁいいや。おじさんはここで何してるの?」
「…そうだな…」
幡山は顎に手を掛ける。
「ちょっと、昔の事を思い出しててね」
「ふーん」
少年は不思議そうな顔で幡山を見る。
「そういう君は何をしていたんだ?そろそろ家に帰らないとお母さんに怒られるだろう?」
「んー、多分大丈夫。まだお仕事終わってないと思うから。僕もちょっと考え事をしてたんだー」
少年は砂浜に腰を下ろした。目線の先には、真っ暗になった海がある。
「ねぇ、ちょっとお話聞いてくれない?」
突然の申し出に少し驚くが、幡山は快く受け入れた。
「なんか、突然誰かに話したくなってさ。僕ね、ママとパパがいるんだけど…どっちも本当のママとパパじゃないんだ」
幡山は口を閉ざした。
あまり笑い話ではなさそうだ。
少年は続ける。
「僕の本当のパパとママは僕が小さい頃に地震の津波で死んじゃったんだ。その時僕はお婆ちゃん家にお泊まりしてたから。よく覚えてないけれど、それを聞いた時凄く悲しかった。ずっと泣いてたんだ。それで、ママのお姉さんの家に行く事になったんだよ。それが、今のママとパパ。お姉ちゃんもいるんだ」
数年前に東北地方で起こった記録的大地震。
その被害者だとすると、きっとその辺りに住んでいたのだろう。
幡山も一時的に災害派遣された自衛官の一人であり、その惨状がフラッシュバックしていた。
「でもね、新しいママとパパはとっても優しくしてくれてね!お姉ちゃんも凄く優しくて、僕はお姉ちゃんが大好きなんだ!一緒に遊んでくれるし、僕の事を大切に思ってくれてる。でもね」
少年の顔が一瞬影る。
「そのお姉ちゃんも、波にさらわれちゃった」
少年は無表情だった。ただ変わらず、真っ直ぐに海を見つめ続けている。
「お姉ちゃんは、遠くの学校に行ったんだ。そこでの海難事故だってママが言ってた。だから」
「僕は海が嫌い」
「海は全部持って行くんだ。僕からママも、パパも、お姉ちゃんも、僕の街も!」
一瞬、波が強くなった。
まるで、少年の声に呼応するかのように。
「…でもね、覚えてる事があるんだ。お姉ちゃんが遠くの学校に行く前の日に、ここで僕に言ったんだ」
『海が嫌いでも、絶対に海を憎んじゃ駄目。私達も、生き物も、全部海が生んでくれたの。ほら前見て、綺麗でしょ?真っ直ぐな水平線。私はね、何か嫌な事とか、辛い事があったり思い出したりしたら海を見るの。そうすればすっかり忘れちゃうのよ。なんだ、そんな小さな事だったんだってね。確かに、時に海は残酷よ。街を襲う津波、船を巻き込む不安定な海流、天候、私、そして…アイツら。でも、海を憎んでは駄目。その末路は海へと沈んでいく。それだけよ』
『だから、私はアイツらを殺す為に戦うんじゃなくて、大切な人達の為に戦うわ。大丈夫。私は、いつでも傍にいるから』
「ってね。…僕はあの時お姉ちゃんが何を言ってるのかよく分からなかった。今でも良く分からない事もある。でもきっと、僕達を何かから守ってくれていたんだ。あの時から、ずっと。多分、これからも」
話し終えた少年は砂に座り込んだ。
先ほどと変わらず、視線は海に向いている。
しかし、その表情は穏やかだった。
そして、幡山は
「そうだな」
いつの間にか取り出した帽子を目深に被り上を向いていた。
「おじさん?」
「…降ってきたな」
「え?雨?」
「あぁ、今ポツリと来た。早く帰った方がいい。お母さんもそろそろ帰ってきてるんじゃないか?」
「そうかな…?」
不思議そうな顔をして少年は立ち上がる。
「…まぁいっか。スッキリしたよ!じゃあねおじさん、お話聞いてくれてありがとう!またいつか!」
「なぁ、君」
「うん?」
「…君のお姉さんは海路を開いたんだ。とても広い、皆が通れるような大きな道を。その道を、きっとお姉さんの友達が思いを背負って歩いて行く。君のお姉さんは、立派な人だよ」
「…?おじさん?」
「ほら、行け。早くしないと怒られるぞ」
そう言うと、素直に少年は小走りで走っていった。
姿が見えなくなるまで少年を見送り、そして帽子を取る。
水滴が、幡山の足元だけに模様を描いていた。
「なぁ8。アイツは…、アイツが守ろうとしてたものは、そんなちっぽけなものじゃ無かったよ」
月明かりが照らす海岸。
水平線と遠くに見える灯台。
想いを乗せた波は、今日も砂浜を濡らし続けた。
【#】
力が入らない。
沈め、沈め。
誰かが、そう言ってる気がする。
- 沈め…沈め… -
やけに透き通った、綺麗な声。
- 沈め、沈め -
段々とはっきり聞こえてきた。
- 沈め、沈め -
知ってるよそんなこと。これから沈むんだから。皆を救えたんだ。悔いはないよ。
- 深く、深く -
でも…一人は嫌だな。
- 海の底へ -
どこでもいい。仲間の皆と、また遊びたい。泳ぎたい。
- 沈め。沈め -
いつか、また、一緒に。
- 沈め -
また…。
『沈メ』
「イッショニ…」
-END-
最後までご覧頂きありがとうございました!
そして
投稿遅くなってしまい申し訳ありませんでした!
前回『もう少しで』とかほざいてましたが一ヶ月も…。
大変申し訳ありませんでした。
有言実行しなかった悪い例ですね…以後は気をつけます…。
- そこで生きる少女たち - episode3でした。
168ちゃんが『轟沈』となってしまうお話でしたが…気を悪くした方は申し訳ありません。
正直に言いますと168ちゃんは自分が実際に艦これをプレイしてて初めに轟沈させてしまった娘だったので…。
そういうのも含めて書こうかなーと思った次第です。
あと、とある吹雪ちゃんの場面。
これは自分が小学校の頃に習った事なのですが夕日には『別れ』を表現する場合に使われる事もあるそうです。
また、今作は色んな艦娘達を登場させてみました。
上手く特徴が伝わってればいいな、なんて思ってます。
また、お話の時間軸としてはextraや01、00、02の後半辺りを主としてその二年前になります。吹雪ちゃんが現役!00はそこよりさらに前ですね。
さて、次回は何かと言いますと。
実はまだ決まってません。
もしも、こんな様になってない文章の小説を楽しみにしてくださっている慈悲深い方が居られるのであれば、是非予想などを立ててお待ちください。
また、これも毎度のことですが誤字、脱字等ありましたら(というかあります)お気軽に連絡してください。
それでは、今回はこの辺で。
次回もどうぞ宜しくお願い致します。