「光莉兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!?」
「光莉さん!」
黒炎弾が直撃した光景を前に、サトシ、アヤ、テツヤの3人が、悲鳴混じりに光莉を呼ぶ。轟々と、燃え盛っていた黒炎が徐々に晴れ、中からは俯いたままフラフラと体を揺らす光莉が現れた。
明らかに様子がおかしい。子ども達の声が、更に切羽詰まった物へと変わった。
やがて、一際大きく揺れると、フェンスに体をぶつけ、跳ね返った。そのままうつ伏せに倒れそうになる。
「――光莉さん!!しっかりしなさい!!」
子ども達の声の更に上から、光莉を叱責するような大声が響いた。
直後、ガシャンとフェンスから音が鳴る。今にも倒れそうだった光莉が、しっかりと開いた右手でフェンスを掴んでいるところであった。ハァ、ハァ!と息を荒げているのが、遠目でも見て取れる。
光莉は俯いたままブルブルと頭を振ると、しっかりと顔を上げ、子ども達の方を見た。安心させるようにヒラヒラと手を振ってから、視線を移動させ、名無しを見た。ニヤニヤと笑う名無しと目が合う。
(やっべ、意識飛んでた)
それ程の衝撃。馬鹿にされても仕方がない気さえした。
フェンスから手を離してしっかりと2本足で立ちながら、光莉は名無しから視線を外し、パンパンと服を叩いて埃を飛ばす。唯の時間稼ぎであった。埃を落とす動作をしながら、ふらつく体に喝を入れ、脈拍数を上げた心臓を落ち着かせる努力をしながら、策を練る。
残りライフは一気に600。吹けば消えような数字で、モンスターもいないから入念に。
(手札には死に札になってるカードが1枚。後は単品だと使い勝手が心許ないカード。でも伏せが生きてる。まだ何とかなる)
冷静になってから、再び名無しと目を合わせ、デュエルコートまで戻る。
「悪いな、時間をかけた」
「ハッ!まだやれるってのか?」
「やれるさ。久々に楽しくなってきた所だ。辞めるわけが無いだろ。さっさと続けろよ」
「……いいぜ。なら限界までやってやるよ。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」
「俺のターン。ドロー」
***
「良かった、光莉兄ちゃん、大丈夫そうだ」
デュエルコートでデュエルを続行する光莉の姿に、サトシは僅かに涙ぐむ。ダメかもしれないと、思ってしまったのだ。故に、その安堵感は一入である。
その一方で、アヤは、最後の一喝を行った人物。光莉のマネージャーである紗乃のことを見上げていた。何も言わず、じっと見つめてくるアヤを前に、紗乃はたじたじである。
「な、何かな?」
「紗乃お姉ちゃんもあんな声出すんだなーって思って」
「あー……必死だったからね。つい」
「……むー。負けないからね!!」
「な、何の話かな?」
「紗乃さん、アヤちゃんも。光莉さんのピンチは変わらないんだから、応援しないと」
少女に気圧される女性という、何とも言えない状態になっている二人に対し、テツヤがそう告げた。
実際、テツヤの言うとおりである。このターン開始時のドローで、光莉の手札は3枚に、伏せカードは1枚。もしあの伏せカードが『リビングデッドの呼び声』のような蘇生カードであれば、相手ターンのエンドフェイズに使っているはずだから、蘇生カードではない。
「残りライフ600。いくら光莉さんが何度も逆境を打ち破ってるって言っても、ああも大型モンスターポンポン出されたら、流石に厳しいんじゃ……」
「――それでも」
不安気なテツヤの言葉に、紗乃の言葉が重なった。
「それでも、光莉さんが勝ちます」
「根拠は?」
「此処暫く、飢えた狼状態だったからかな?」
冗談めかしにそう言った紗乃が、デュエルコートの方へと視線を戻したから、自然と会話も途切れ、テツヤとアヤの二人はデュエルコートの方へ視線を戻した。
デュエルコートでは、第3段階のデュエリストモードになった光莉が『星因士 リゲル』を召喚した所であった。
「『リゲル』の効果。『テラナイト』モンスターの攻撃力を500ポイント上昇させる。上昇したモンスターはエンドフェイズに自壊するがな」
『星因子』特有の打点の低さを補えるモンスター。自身を対象にすれば、攻撃力2400まで上昇し、帝モンスターと相討ちになることも可能だ。エンドフェイズに自壊してしまうデメリットは、エクシーズ召喚に利用したり、そもそもテラナイトエクシーズを対象にとって発動し、破壊トリガーのリクルート効果を使う、という手で補える。
今回は対象に取れるのは自分だけだった為、自身を対象に500ポイントの強化を与えた。
「バトルだ。『メテオ・ドラゴン』に攻撃」
攻撃力2400の『リゲル』が、攻撃力1800の『メテオ・ドラゴン』を襲う。
名無しは伏せてあったカードを発動することなく、『メテオ・ドラゴン』は『リゲル』の刃によって破壊された。
1500ポイントだった名無しのライフが、残り900ポイントになる。
「これでお互いにセーフティーラインを切った。名無しは『星因子 シャム』の効果、光莉さんは『真紅眼』の元々の攻撃力分のダメージを与えるバーンカード『黒炎弾』を受ければ終わりだ」
テツヤの言葉に、アヤとサトシが生唾を飲み込む。
佳境、である。それが分かっているからだろう、光莉の表情には僅かながら緊張の色が見えた。
一方で名無しは、『シャム』の存在を知らないからだろう。幾分表情に余裕が見える。それとも、何か秘策でもあるのだろうか。テツヤには分からない。
「……メイン2。俺は『魂の転生』を発動。俺の場に特殊召喚されたモンスターが存在しない時に発動出来、通常召喚されたレベル4モンスターをリリースすることで2枚引く。そのターン、特殊召喚は出来なくなるけどな」
子ども達も緊張した面持ちになる中、光莉は伏せてあったカードを発動した。攻撃も防がず、蘇生カードですらなかったそれは、ドローソース。『クリフォート』デッキのお供である。
場をガラ空きにしてまで2枚のカードを引いた光莉は、引いたカードを手札に混ぜる。4枚になった手札を見下ろし、シャッフルし始めた。そしてカードを見る事無く4枚纏めて振りかぶり――
「4枚伏せてターンエンド」
勢い良くガン伏せした。
「ガン伏せキター!?」
「え?え?でも、引いたカードは2枚だったよね?」
「そうだね。つまり――」
***
(最低でも半分はブラフの可能性があるってこったな)
「俺のターン、ドローだ」
名無しがカードを引く。手札はこれで1枚。『七星の宝刀』か『馬の骨の対価』なら良かったが、生憎ドローソースではない。
(『スタンピング・クラッシュ』か)
自分の場に表側のドラゴン族がいる時、場の魔法・罠カード1枚を破壊して、相手プレイヤーに500ポイントのダメージを与えるカード。
(つっても、ガン伏せ相手に1枚割る程度じゃ焼け石に水。おまけに500ダメージじゃあいつのライフを削りきれねェ)
何とも中途半端なカードを引いてしまったものである。引けないよりはマシではあるが。
(まァ、使わないって選択肢はねェか。1枚割るだけでも、正解を引ける可能性はある訳だし)
「俺は『スタンピング・クラッシュ』を発動!」
「魔法・罠の除去カードか」
「対象は……俺から見て右から2番目!」
「……チェーン発動」
舞い上がった『真紅眼』が、名無しの指定したカードを踏みつける。ぐぐぐと力を込め、そのまま踏み抜いた。破壊に際し、チェーン発動したそのカードの情報が一時的に流れた。
「チェーン発動し、その後に破壊されたカードは『速攻魔力増殖炉』。このカードの効果は2つ。1つは自分墓地の速攻魔法をデッキに戻す効果。2つは場のこのカードが相手によって破壊された時、デッキから同名以外の速攻魔法を手札に加える効果。第1の効果で『天架ける星因士』を戻し、第2の効果でそのまま加える」
「チッ。だが500ダメージは受けてもらうぞ」
踏み抜いた衝撃で巻き起こった突風が光莉を煽る。ディスクを盾にように体の前に持ってきて、なんとかその衝撃に耐えた。残りライフは、僅か100ポイント。公式戦の記録でも、光莉のライフポイントをここまで削った相手はいない。
(ハズレ引いちまったか。どうする。攻撃するか?)
3枚に減った光莉の伏せカードを前に、名無しは自問する。
(俺の伏せカードは『竜の逆鱗』。ドラゴン族モンスターに守備貫通の効果を与える永続罠。モンスターが全滅した時にリカバリーの効くカードじゃねェ。仮に『真紅眼』で攻撃して破壊されたら一巻の終わり……)
とはいえ、それで攻撃しないを選択しようと、あまり変わりが無いのも事実であった。
伏せが防御札でない以上、次のターン、相手の攻撃を耐える為に使えるカードは『真紅眼』のみ。それにしては、攻撃力2400ポイントというのは如何せん頼りない。守備表示にした所で、2000ポイントだ。
『天架ける星因士』が加わった以上、先程の勢いで3体のモンスターを展開され、2体を使ってモンスターを除去出来るエクシーズモンスターを出され、残った1体で攻撃されればそれだけでライフが尽きる。
そうでなくとも、900ポイント以上のバーンダメージを受ければ終わりなのだ。
(停滞も進撃も修羅の道。だったら、進撃一択だろ!)
「やれ『真紅眼』!プレイヤーに攻撃しろ!」
「3伏せ相手にいい度胸だ。攻撃宣言に罠発動、『強化蘇生』。復活しろ、『アルタイル』。『ベガ』」
『強化蘇生』の効果で『アルタイル』が蘇生し、さらにその効果で『ベガ』が蘇生する。
2体共に守備表示。『アルタイル』は『強化蘇生』の効果で強化されている為、守備力はそれぞれ1400と1600。
守備表示のモンスターの出現に、名無しが笑う。勝ちを確信していた。
「それで防御を固めたつもりか!? 攻撃続行!『アルタイル』を攻撃しろ!黒炎弾!更にバトルステップに罠発動『竜の逆鱗』!こいつの効果で、『真紅眼』の攻撃に守備貫通の能力を与える!」
「……」
「これで終わりだ!」
「――まあ、攻撃以外の選択肢が無いとはいえ、全く警戒しないのもどうかと思うぞ」
「っ!?」
迫る火球を前に、光莉は冷静にカードを発動する。
「ダメージステップに『ハーフシャット』。『真紅眼』の攻撃力を半減させて、戦闘で破壊されないようにする」
「なっ!?」
『真紅眼』の攻撃力が、1200まで低下。『アルタイル』の守備力を下回る。
「迎撃しろ、『アルタイル』」
光莉の言葉に従うように、『アルタイル』は拳を振るい、飛んできた黒炎弾を粉砕した。
砕かれた黒炎弾の破片が、名無しへと降りかかり、ライフを200ポイント削る。残りライフは700ポイント。
だがそれ以上に、名無しの顔には驚愕の色が浮かんでいた。
「なん、でだ?」
「あん?」
「読んでたのか、お前!俺のセットカードが『竜の逆鱗』だって!?」
「そんな訳無いだろ。お前の伏せを予測出来る要素なんて殆ど無いのに」
「だったら――」
言い切る前に、名無しは気づく。光莉の言葉の中にあった取っ掛り。
(伏せを予測出来る要素なんて殆ど無い……?殆ど?)
どういう意味だろうか。
疑問符を浮かべた名無しに、溜息を零した光莉が続ける。
「お前のデッキは大型ドラゴンを並べてパワーで押すデッキだ。でもそれだけのデッキは、『マシュマロン』や『魂を削る死霊』みたいな戦闘耐性のあるモンスターを守備表示で出されただけで詰む。それの対策に、モンスターを除去出来るカードか、守備相手に貫通ダメージを与えるカードか、直接バーンダメージを与えるカード、効果を無効化するカードのいずれかは必ず入れるだろう」
「当たり前だ」
「だから、後はここまでのお前の言動から性格を分析して、性格とデッキ傾向から予想した。言動から攻撃型のデッキ。融合素材ってこともあるだろうが、バニラ多めの脳筋構築な『真紅眼』デッキ。バックが薄いし、罠は少なめ。その罠も展開サポート。だったらモンスター除去より、効果無効より、永続的に守備モンスターをカモれる『竜の逆鱗』が入っている可能性は十分あると踏んだ。
ターン初めに俺の残りライフは600ポイントだった。前のターンには『ハーフシャット』を引けた。だったら、『竜の逆鱗』を警戒して、アドを取り損ねるとしても、守備力1200以上のモンスターで場を固めるのは当然だろう。反射ダメージも与えられるしな」
「……」
「さて、やる事無いなら、ターン終了を宣言して貰えないだろうか。ターンが進まない」
「――ターン、エンドだ……!」
「ドロー」
苦々しげに表情をしかめる名無しに対し、冷静な表情のまま光莉が1枚引く。
「いいドローだ。『増援』を発動。『デネブ』を手札に加える。続いて『天架ける星因士』を発動。『アルタイル』をデッキに戻して2枚目の『ベガ』を特殊召喚。効果で手札の『デネブ』を特殊召喚して、デッキから『アルタイル』を加える」
あっという間に3体のモンスターを並べながら、召喚権は残ったまま。最後の1枚であるアルタイルを、光莉はそのまま召喚した。
「『アルタイル』の効果で墓地の『カペラ』を蘇生。効果を適用させる。『天架ける星因士』の効果で出てきた『ベガ』、後は『アルタイル』と『カペラ』の3体でオーバーレイ。この時、『カペラ』の効果で3体エクシーズを行う際、『テラナイト』モンスターをレベル5として扱える。よって俺は、3体のレベル5モンスターでオーバーレイネットワークを構築。
星天の輝きの化身たる星因子の守護竜よ。我が声に応え姿を表せ。エクシーズ召喚。ランク5『星輝士 セイクリッド・ダイヤ』」
降臨する光莉のエースモンスター。
「更に俺は『デネブ』と『ベガ』でオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚。ランク4『ジェムナイト・パール』」
続いて出たのは、攻撃力2600のバニラモンスター。だが、そのモンスターを前に、名無しが鼻で笑った。
「馬鹿かお前。『アルタイル』の制約で『テラナイト』以外のモンスターは攻撃出来ない!これでこのターン、お前は俺を倒せなくなった!」
「……必死だな」
「っ」
「黙って見てろよ。伏せカード『エクシーズ・ギフト』を発動。自分の場に2体以上モンスターエクシーズが存在する時、自分場のエクシーズ素材2枚を取り除いて2枚引ける。『パール』のエクシーズ素材を2つ取り除いて2枚ドロー」
引いたカードを見て、満足げに頷く。
「1枚は引けると思ったが、2枚とも引けるとは。素晴らしいな。俺は装備魔法『ストイック・チャレンジ』を発動。エクシーズモンスター1体に装備出来、攻撃力を装備されたモンスターのエクシーズ素材1枚につき600ポイント上昇させる。エクシーズ素材は3枚。よって1800ポイント、『セイクリッド・ダイヤ』の攻撃力を上昇させる」
「攻撃力4500だと!?」
「お前自慢のパワーも形無しだな。続いて『受け継がれる力』を発動。場のモンスター1体を墓地に送って、もう1体のモンスターの攻撃力を送ったモンスターの攻撃力分上昇させる。『パール』を墓地に送って『セイクリッド・ダイヤ』の攻撃力を2600上昇」
「7100……」
「『ストイック・チャレンジ』は相手エンドフェイズに自壊する代わりに、モンスターとの戦闘で発生したダメージを倍に出来る。さて、ラストバトルだ」
『ストイック・チャレンジ』と『受け継がれる力』の相乗効果で輝きを増している『セイクリッド・ダイヤ』が、鎌首をもたげた。
「星光を持って全てを穿ち、森羅万象を粉砕しろ。スターフォール・ブレイザー!!」
閃光が放たれた。
手札、伏せカード、墓地誘発の防御札。何もない名無しは、『真紅眼』と共にその光に身を焼かれる以外に出来ない。
『真紅眼』の悲鳴が周囲に轟き、デュエルの決着を告げる音となった。
***
閃光が収まり、呆然と立ち尽くす名無しの姿。ライフはマイナス8800。光莉の残りライフこそ100まで削れたが、どうしようもない。大敗である。
「良かったな」
「……あ?」
「ダメージ。実体化してなくてさ」
「っ」
その言葉が、デュエル中の己の言動に対する意趣返しだとは、名無しも直ぐに気がついた。
だが、言い返せない。散々罵り侮辱して、その結果がこれである。情けない事、この上ない。
「光莉兄ちゃん!」
一方、特に勝ち誇るでもなく、ディスクのカードを片付けていた光莉は、名前を呼ばれて其方を振り返った。駆け寄ってきた3人の子ども達を受け止めて、優しい笑みを浮かべる。
「どうだ。勝ったろ」
「流石光莉兄ちゃん!」
「かっこよかったよ!お兄ちゃん」
「凄かったです!最後の読みとか!」
「おお、ありがと。褒めてくれて。こんなにボロボロにならないで勝てたら、もっと良かったんだけどな」
よしよしと3人の頭を撫でていると、「ハハハハハ!」と大笑いがデュエルコートに響いた。
誰でもない、名無しの物である。視線が自然とそちらに集まった。
「どうした。気でも狂ったか」
「いいや、正常だ。正常過ぎる程にな。お前、星野光莉だったな」
「ああ」
「――絶望しろ」
「……どういう意味だ?」
「トリガーを引いたのは、アンタってことだよ!」
直後、ハートランドシティの一角から、爆発音が響いた。
名無しから一転し、全員の視線がそちらへ向く。濛々と、上がる爆煙。徐々に、悲鳴のような声までも聞こえてきた。
連鎖的に他の場所からも爆発音と悲鳴が聞こえ始める。恐れた1人が、悲鳴を上げて逃げ始めた。それを皮切りに、我先にとデュエルコートにいた者達が一斉に逃げ始める。
「お兄ちゃん……」
光莉に近寄っていた子ども達は恐怖からか動けず、光莉へとしがみついた。それを受け止めつつ、光莉は名無しの方へ、視線を戻した。
「何をした!」
「熱くなるなよ。冷静に、が心情なんだろ?」
「ふざけるな!答えろ!」
「あそこで暴れてるのは俺の仲間だ。あそこだけじゃない、『エクシーズ次元』内の至る場所で、俺達『アカデミア』の侵攻が始まった」
「『エクシーズ次元』?『アカデミア』?何の話をしている。それに、俺がトリガーを引いたってのは、どういう事だ!?」
「最後のだけ答えてやるよ。俺は定規だったのさ。この次元のデュエリストと戦って、俺が勝ったら全力の侵攻の必要無しと判断された。だが、お前は俺に勝った。だからこう判断された」
全力侵攻の必要アリ。名無しの言葉に、光莉の表情が引きつる。
「一切の容赦無く、『エクシーズ次元』を狩り尽くす。お前が俺に勝ったから、この次元は滅びるんだよ!」
ヒャハハハ!と笑いだした名無し。その姿が徐々に消え、やがて光の粒子となって消え去った。
「消えちゃった!?」
アヤの驚く声。光莉は周囲を見渡すが、名無しの姿は無い。
引きつった表情から一転。苛立ちから、歯を食い縛った険しい表情へ。勝った結果がこれ。巫山戯ているにも程がある。
「くそっ」
子ども達を引き剥がし、爆発現場へ向かおうとする光莉。そんな光莉を、いつの間に近づいたのか、紗乃が止めた。
「どこに行くつもりですか!」
「現場だ!俺のせいだって言うなら、俺が何とかしないと!」
「貴方のせいじゃありません!」
光莉の声を上回るボリュームで、紗乃は叫ぶ。
「デュエルに勝ったから次元が滅びるなんて、そんなふざけた話、ありません!貴方は、デュエルで人を傷つけたあの男が許せないから戦った!そして勝った!貴方は悪くありません!」
「でも――!」
「デモもストもありません!そもそも行ってどうするつもりなんですか!?」
「それは」
「自分を頼ってる子ども達をほっぽり出して、何するつもりですか!?」
「あ……」
視線を落とすと、不安に瞳を揺らす子ども達と目があった。
その瞳を前に、光莉は拳を握り、自分の顔を思い切り殴った。口の中が切れたのだろう、唇の端から僅かに血が溢れる。それを、自分を殴った拳で乱暴に拭い取った。
「すまん。頭に血が昇ってた」
「当たり前です。こんな自体になって、冷静でいられる方がおかしいですから」
「……サトシ、アヤ、テツヤ」
光莉が膝を曲げ、子ども達と同じ目線になる。不安に揺れる瞳がより鮮明に見え、再びヒートアップしそうになりながらも、しかし光莉を冷静に話しかけた。
「俺と一緒に行こう。パパとママは心配かもしれないけど、合流してる余裕は、正直無い。分かってくれるよな?」
「「「……」」」
こくりと、子ども達は首を縦に振った。本当は言いたい事もあるだろうに、必死にそれを押し留めて。
いい子達だ。こんな子達が自分のせいでと思うと、泣きそうになってしまう。
「……ごめんな、こんな事になっちまって」
「兄ちゃんは悪くない!」
「そうだよ!悪いのはあの名無しなんだから!」
「それに、元はといえば、デュエルしてくれってお願いしたのは僕達です。だから、光莉さんは悪くありません」
「――ありがとう。俺、頑張るから。皆も頑張ってくれな」
「うん!」「分かった!」「はい!」
「いい返事だ」
3人の頭を撫でてから、光莉は立ち上がって紗乃をまっすぐ見つめる。
「……宮藤さん」
「はい」
「宮藤さんにも一緒に来て欲しい。俺一人じゃ心許ない」
「でも、私、足手纏いになってしまうかもしれませんし」
「大丈夫。寧ろいてくれないと俺が困るよ」
「……そこまで言って頂けるなら、是非もないです。ご一緒させて貰います」
お願いしますと頭を下げる紗乃に、宜しくと光莉もお辞儀した。
爆発音も悲鳴も止む気配を見せぬ中、この一角だけが、何故か平穏であった。
20XX年 エクシーズ次元
この日、エクシーズ次元のあらゆる主要都市において、同時多発的に融合次元の組織『アカデミア』による大規模侵攻が始まった。
それは戦争と呼べるほど拮抗した物でなければ、テロで済ませられるほど小規模なものでなく。
蹂躙。そう呼ぶのが正しい物であって。
たった一週間。たった一週間で、エクシーズ次元は壊滅状態へと陥った。