会いましょう、カシュガルで   作:タサオカ/tasaoka1

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会いましょう、カシュガルで。<4>

 暗闇の中に光が灯された。

 太陽の光すら届かないはずの地下の広間に、あるいは闇に沈んだ横穴に続々と。

 最初は二つ、それから四つ、八つ、九つと瞬く間に光は爆発的に増えていく。

 それは彼らが長い沈黙を経て、ついに行動を再開したという証であった。

 ある特徴を持っているからこそ、彼らの一群は活動を許された。

 その一方で活動するための力を使い果たし供給を絶たれ動けなくなってしまった別種が散乱する死体安置所のような場所を、数百対にまで増殖した光たちが整然と進む。

 地下に張り巡らされた横穴から次々と合流し、広間でその数を増加させながらゆっくりと地面へと這い出た。

 大と小、二種類に分類できる彼らは遂にこの時が来たとばかりにそれぞれ歩みを早める。

 彼らは何やら塔の周辺を忙しなく飛び回る『災害』の存在を知っていたが、いつもの様に外に出てそれらを撃ち落とそうとしたわけではなかった。

 今回に限り彼らはそれを無視することを指示されていたからだ。

 

 彼らに意思はない。

 しかし作業機械としてもっとも相応しく、かつ与えられるであろう己の崇高なる役割を理解しきっている。

 『災害』に対応するために著しく変質して歪められてしまった彼らの、その原種にあたる物に最も近い役割を。

 まず一群の中より大型の種が、地表に近い場所で最初に配置について動きを止めた。

 巨大であるが故に、その出力を期待されての基礎部分への配置であった。

 それに彼らでは上部へと登っていくのに時間がかかり過ぎるし、その巨体で事故でもあれば計画に支障をきたしかねないためだ。

 そうして巨大な彼らは重要な基礎に当たる部分を見極め、待機を始める。

 

 追いついてきた小型な彼らはその脇をくぐり抜け、あるいは迂回して塔を登り始めた。

 かねてより計画されていたため、数日前に塔に残存していた別種たちが小型である彼らにも登りやすい溝を穴に沿って掘っていたのだ。

 そうして彼らは仲間が建造した塔を登り、次々と各所へ、割り振られた配置へと散っていく。

 最後の一群が内側の頂上へと達した時、つい最近になって生産された新顔の個体が外へ、ゆっくりと歩み出ていった。

 そうするとまた忙しなく空を飛ぶ『災害』がその動きを活発化させたが、やはり彼らはそれを無視した。 

 

 それから彼らは大小とわず文字通り目一杯、保護膜を開く。

 備え付けられているレンズが表面へと大きく露出した。

 その先には塔を構築する数々の柱や増築した部分を繋ぐ補強部があった。

 そして、もうその膜が落とされる事は二度とない。

 なぜなら彼らにとってこれが最大にして最後の仕事になるからだ。

 彼らに指令を下すモノは、ずっとこう考えていた。

 作ることが彼らに出来たのなら、また壊すことも彼らにはできる、と。

 

 そうして最終命令が下される。

 間を置かずして、鋭く絞られた光が塔の各所で迸り始めた。

 今も塔から離れた海上に浮かんでいる『災害』が彼らの今の姿を見たら、さぞや驚いたことだろう。

 仕事をしている彼らの体から、次第に煙が登り始めているのだ。

 限度を超した最大出力の長時間の照射によって、あるいは塔の内部に漂っていた塵が発生する高熱に発火し始めたのだ。

 一番初めに照射していた個体群がその場で熱暴走を起こし発火した。

 そうしてレンズが熱に歪んで照射できなくなるたびに後続の個体が交代し照射を始め、少しずつ塔の内部で切断面が広がる。

 『災害』がその猛威を振るっても(彼らの奮闘によってそれらは薄まってはいたが)容易には破壊されなかった壁面に、次第に溶解が起こり、それは一つの巨大な亀裂となって繋がっていく。

 

 元々彼らが役割を果たす際、一回の照射ごとに冷却時間が必要とされていた。

 照射を長時間行いすぎた場合、発生する膨大な熱量によってレンズが変形し、二度と使い物にならなくなってしまうからだ。

 だが今回、彼らにはそうする必要がなくなっていたために、限界まで照射することが定められていた。

 しかし、それでも1個体ずつでは巨大なこの塔を倒すことは出来ない。

 一体で駄目ならば二体、二体で駄目ならば四体と言った具合に後続が投入された。

 そこで彼らの数という利点が発揮される。

 つまり人類と自らを呼称する『災害』を退け、BETAと名付けられた彼らが火星に月と地球の大半を支配できた要因の一つ、物量戦術である。

 今もまた、一体の重光線級がその役割を終えたように動かなくなった。

 ソレが力尽きる数秒前にもう一体の重光線級が同じ地点へ照射を始める。

 溝から滑り落ちた光線級がときどき潰えて鈍い音を出し、空いた配置に別の光線級が着く。

 もし彼らに感情というものがあったのなら懐かしさを覚えるかもしれない突貫作業が続いた。

『災害』に脅かされない作業というものは、それぐらい彼らにとって久々だったからだ。

 

 そして連なる光線の連鎖は、最初は聳える塔に対しては小さく、だが次第に大きくなっていく。

 やがて世界を白く焦がすほどに、光は――。

 

 

 

 

地表構造物(モニュメント)にて熱源を感知! 尚も増加中!」

 

 同じ頃、緊張感を漲らせた言葉と共に『信濃』の艦内を保護するために警報が発令された。

 戦艦に備えられたレーダーと観測機たちが、それぞれに佐渡ヶ島ハイヴに生じた膨れ上がるような熱量の変化を捉えたのだ。

 手を振り続ける巨人級に僅かながらでも呆気に取られていた安倍は、してやられた!という気持ちで対光線級防御を指示した。

 自身を叱咤しながら、続けて砲撃準備を確認する。

  これが攻撃動作であったのなら応射せねばならなかったが、一向に照射されたという報告は上がらない。

 照射圏内に入っているならいざしらず、艦隊は常に照射圏外にあるためだろう。

 重光線級が進出しても、射程にすら捉えられてはいないはずだった。

 だがこれらの熱源がBETAの新兵器が使用される際の予兆であったのなら……そう思った時、兵士たちは疑念を潰すように叫んだ。

 

「当艦に被害なし!」

「艦隊各艦に被害なし!」

「観測機、なおも飛行中!」

 

 では一体何だというのだ?! 誰もが口には出さないものの、そう思った。

 先程からそう言いたくなるような場面の連続だった。

 砲術長などは力の入れどころを失ったようにモニターを見て、固まってしまっている。

 今も健在のまま飛行を続ける観測機は、ありとあらゆる場所から発光を繰り返す複雑な構造体が映し続けている。

 別の角度からのクローズアップには、モニュメント内部で蠢く光線級が確認されていた。

 だが観測機は撃墜されない。本来航空機に照射をするであろう光線級は、観測機などを全く気にしないように光線を照射していた。自らの住処であるはずのハイヴに向けて。

 つまり熱源は、その行為によって発生しているのだ。

 現実を何とか咀嚼しやっと理解した矢先、画面の中のハイヴが揺れた。

 ハイヴ周辺の地面が、にわかに振動を始めたのだ。

 

 彼ら人類が知ることになるのは後ほどのことだが。

 フェイズ4と呼ばれるハイヴの成長段階では、特徴的な地表構造物(モニュメント)だけでなく、その地中には無数の横坑や広間が存在する。

 この時、そこに配置された数え切れないほどのBETAが周辺の横坑と広間を手当たり次第に破壊し始めていたのだ。

 突撃級が本来の役目通り岩盤を削り取っては粉砕し、改造を施されドーザーを付けられた要撃級が腕を振る度、維持できないほどに横坑が広がった。

 カタストロフが発生したのは、ある突撃級が広間の一つを破壊した瞬間だった。

 いかに頑強な大地とはいえ、基礎に当たる部分において急速に空洞化が進んだ場合、起こる事象は限りなく単純だった。

 ハイヴ全体の重量を支えきれなくなったことによる地盤沈下が始まったのだ。

 一度崩壊が始まれば連鎖的にありとあらゆる脆くなっていた部分が、重力に引かれより破孔は広がっていく。

 帝国海軍の将兵らが見たのは、その前触れである。

 揺れは次第に大きくなり、それによって不安定になっていたバランスを致命的に悪化させ、ついには崩壊の引き金を引いた。

 

 誰も彼もが、その光景に言葉を失った。

 BETAの本土侵攻時に手薄となった佐渡ヶ島への電撃的な上陸によって建設されてしまった甲21号目標が今、揺らぎ始めている。

 日本帝国の巨大な脅威が、人類の手ではなくBETAによって崩れ落ちようとしている。

 数分前の誰もが予想だにしなかった事が起こっていた。

 兵士たちには見えないが、モニュメント内部では揺れにも負けず、最後の総仕上げとばかりに予備光線級群を全投入している。

 光線級はモニュメントを補強していたであろう部分を重点的に溶かし尽くして、バランスをひたすら悪化させ続ける。

 重光線級などは体中のG元素を消費尽くす勢いで照射を続け、体表面で火の玉を形成しながらも基礎を焼き払っては崩壊を更に促進させた。

 その甲斐あってか、ついにモニュメントが片一方へと傾き、傾斜は加速度的にその角度を増していった。

 安倍は瞬きすら忘れて見入っていた。

 辺り一帯へ、その構造体を撒き散らして崩れ去っていく悪夢の巣を。

 光線級たちの努力は確実に実っていた。傾斜と自重によって支えきれず頑丈であったはずの壁面は砕け散り、仕事を終えたばかりのBETAたちが押しつぶされていく。

 遂にモニュメントが倒壊した時、海上を走る艦隊を震わせるほど衝撃が発生した。

 衝撃波は目に見えるほど津波のような砂塵を巻き上げ、濛々とした煙を作りながら拡散する。

 続けて戦艦の艦砲ですら出せないであろう凄まじい轟音が艦隊全体を駆け抜けた。

 それらが過ぎ去った後、安倍が艦の状態になんら異常がないことを確認し、モニターにその目を移した。そこにあのハイヴの姿はない。

 甲21号は周辺の地面を陥没させ、モニュメントを大量の残骸に変えながら黒煙を上げ続けていた。

 時間差で戦艦『信濃』の戦闘指揮所(CIC)では任務中、私語を交わすことのない兵士たちが様々な感情を抑えきれずに吐露し始めていた。

 

「ハイヴが……砕けた……」

 

 釈然としないものを感じながらも、ありのままの気持ちを吐き出していた安倍の双眸より熱い雫が滴る。

 故国に重く括り付けられていた枷が、遂に解放された瞬間であったからだ。

 このまますぐにでも艦隊司令部と協議をすべきだったが、今この数十秒だけは兵とともに感動を分かち合おうと決意した。

 ただの一兵も失うことなく、ハイヴが崩壊する瞬間を見れたことは奇跡にほかならないと。

 歓喜というよりは安堵に近い空気の中で、余韻を楽しむように安倍は目を瞑った。

 そう遠くない未来に、我が子が傷つくことがない世の中がくるのかもしれないと。


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