【完結】会いましょう、カシュガルで   作:タサオカ/@tasaoka1

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降伏への儀式

1958年までの宇宙には、人類の希望が詰まっていた。

 

狂気とまで称された宇宙開発競争は、その頂点と失墜を同年に迎えたのだ。

月に恒久基地を築くまでに至り、火星にまで探査の手を伸ばした人類。

彼らは、そこで地球外生命体と接触することになる。

後にBETA(人類に敵対的な地球外起源生命)と呼称されるこの生物との出会いにより

歴史は、数えきれないほどの敗北と悲劇を刻むものへと変貌を遂げた。

 

そして。

 

幾つかの流血と事件を重ね、完全な敵と認識されたBETAとの宇宙での戦いが始まった。

数年に渡る月面戦争を経て、地球に二度も降り立ったBETAは壊滅的な被害を齎し続けた。

落着ユニット迎撃に失敗しカシュガルを地獄に変え、カナダを汚染地帯としながらも、

今日まで続く人類の果てしないBETA大戦は、破滅の産声を世界各地に響かせていた。

20世紀末までに、この戦争における犠牲者は計測不能な数にまで登る。

 

崩壊した国家が多すぎたのだ。

スチームローラー作戦ですら生ぬるい、BETAの圧倒的な物量による蹂躙によって。

加えて光線級の出現により航空優勢すら失った人類は地上戦においても尽く敗北を重ねた。

大陸に犇めいていた国々はソビエト連邦を除いて亡命政府を残しながらも消滅。

英国、中東、極東にまで追い詰められた戦線は、なおも大量の人命を消費していた。

 

その最中に灯る、希望の光はあれど。

課せられた役割に対し、あまりにも弱く小さなものであった。

 

オルタネイティヴ・プラン――そう呼ばれる計画が存在する。

それはBETAとの対話に失敗し、追いつめられていく人類が歩んだ道筋。その物であると言えた。

異星起源種とコミュニケーションを試みた第一から第三計画はその全てが失敗に終わっている。

ありとあらゆる方法を持ってBETAに交信を試みた

捕獲、解剖し調べ尽くしたとしても対話の芽はいずれも出なかった。

人工的にESP能力を発現させた超能力者部隊によるハイヴへの侵入も無駄に終わる頃には、戦況は悪化の一途を辿っていた。

わかったことといえば、BETAが意思を持たない泥人形であること。

その目的などは一切解明されておらず、全てが推測の域を出ない。

ただ、人類の敵であること――その一点が限りなく有害であった。

 

第三計画まで実行に移し、何の成果も得られない内に防波堤であった旧共産圏は崩壊を始めていた。

ヨーロッパへの侵攻が始まり、人類からは対話の余裕が確実に失われていった。

先の見えない計画に国力を注ぐより、多くの銃弾や戦術機を作るべきだと幾つかの国が計画より離脱。

あるはずのない希望に縋っていては国民を救えないという判断を、誰も責めることはできないだろう。

 

そしてユーラシアの大半がBETAに飲み込まれた時、オルタネイティヴ計画は分裂の様相を呈す。

 

21世紀の初頭、こうして人類に残された救済計画は二つだけになった。

オルタネイティヴⅣ、及びⅤである。

 

国連主導の第四計画は、従来の物とは一線を画する対BETA諜報作戦であった。

日本帝国から国連に貸し出された横浜基地においての対BETA諜報戦ユニットの作成。

それが一人の大天才、香月夕呼のもと進められていた。

しかし人類に与えられている時間は、その計画の完遂を許すほど長くはない。

一定の戦果を出しながらも、あまりに積極性に欠けていた。

肝心の諜報戦を行う機体を形作るピースが決定的に欠けており、明らかに計画は難航していたのだ。

 

一方、米国主導であった第五計画は、その規模から言って過去最大だった。

その主要な目的は、可能なかぎり地球での抵抗を行い、人類を他惑星への脱出させる事である。

『脱出』においては全人類から選抜された10万人を宇宙へ退避し生存可能惑星へと入植し、

『抵抗』においては大量のG弾による全ハイヴへの攻撃を行うというものであった。

 

G弾。またの名を五次元効果爆弾(Gravity Bomb)。

BETA由来であるG元素、いわゆる未発見元素を使用した爆弾である。

横浜ハイヴ奪還作戦の際に使用され、多大なる戦果を上げた。

現状で唯一成功に至った横浜ハイヴ攻略作戦に投入された起死回生の切り札。

しかし半永久的に重力異常を残すという副作用も存在しており、影響は未知数だ。

BETAに支配された地球から脱出し、移住可能な星系へと入植するという途方も無い物だったが問題も多分にあった。

 

しかしそれに頼らざるをえないほどに、人類は疲れ果てていたのだ。

休みもなく続けられた数十年分の不平、不信、不満はもはや極限まで達し、

前述した大天才を持ってして、人類は十年も持たない、そう言われていた。

そこに降って湧いたような和平交渉である、それも、BETAからの。

罠などの可能性も考えられた。

 

だが、それでも彼らはこの一束の藁に縋るしかない。

 

彼らは疲れ果てていた、終わりのない戦争にも、足の引っ張り合いにも。

終着点の見えない旅をあまりにも長く続けすぎていた

 

今、その戦争の総決算が行われようとしている。

 

 

 

 

 

人類側の出席者、そしてそれを観覧するもの。

維持するもの、宇宙から全ての引導を渡さんと引き金を握るもの。

述べ数万名の人々の目が向く中で行われる対話で、BETAは自らカミングアウトを行った。

自らを人間の精神の宿った地球BETAの管理者、重脳級の”あ号”と称するソレはその青白く見える体を直立させる。

 

爆弾が落ちることになったのは会談開始、僅か1時間後のことであった。

 

「知っていたとは、どういう」

 

誰かが漏らした言葉だった。

それも当然の疑問と言えよう。

つい先程までの彼らの思考に今のあ号の現状を理解できるような回路は存在しない。

無理もない、誰が想像し得ようか。

創作作品によく似た世界に魂が迷い込んでしまったなど。

並行世界ではある程度の市民権を得ていた物語の中に入る童話的作品、

あるいはそういったものを育くむ頭脳は、今次大戦によって虚しく消費されていた。

 

そしてそれは交渉などというものではない、やり取りなぞどこにもなかった。

 

人間のある種の愚かさを持った物体が喋る言葉を、ただただ彼らは聞くしかなかったのだ。

幾つかの質問と罵声にも似た言葉を重ねながら、交渉団はあ号を懸命に噛み砕き解析しようとした。

彼らでさえ、パニックになりそうな頭を抱えていたのだから、モニターの向こうの人間たちはあ号の言葉に怒りすら忘れて翻弄されるしか無い。

ちゃちな嘘であるという意見はその場で最も多かったが、まずそんな嘘をつくメリットなぞどこにもないということも、聡明な彼らにはわかっていた。

 

「そのままの意味でございます、私は幾つかの角度から、本来知り得ないこの世界の情報を取得している」

 

尚も補足するように、あ号は言った。全てが事実であるという響きを持って。

誰もこんな想定などしていない。

していたとすれば猿が出鱈目に打ったタイプライターの様な思考で、この場にいることすらできない。

だが言葉の節々にあるふてぶてしさは地球の命運を掛けた交渉に在るまじきほど軽いものであった。

もし生前の彼を知るものがいれば、この時が最も地金が出ていると称しただろう。

 

「私がいた世界にはBETAはいませんでした、少なくとも私が生きていた間は発見の痕跡すらありません

 宇宙人、地球外起源生命体なんてSF小説、あるいは東側呼称、ファンタスティカの中の出来事でしかなかったのです」

 

”彼”の視点からするならば本当にそうだった。

自分たちにとって宇宙人なんぞ創作の中にしかいない架空の存在。

だからこそ”マブラヴ”のような作品を楽しむことができた。

地獄のような戦いに放り込まれる人類を面白いと思えた。

BETAの赤い波に侵食される鋼鉄の巨人をカッコいいなぁなどと思えたのだ。

 

それが現実になってしまえば、頭を抱えるしかない。

 

夢は夢であるべきで、特に悪夢は現実となるべきではない。

 

「2016年を、私は生きていました

 この世界とは違い、冷戦は集結しソビエト連邦は崩壊して、純粋に近い共産主義国家はカリブ海のキューバだけになってました

 あの世界の覇者も、また同じくアメリカでしたよ」

 

「バカなっ! 我が国が崩壊しただと!?」

 

「ヒューマンエラーにより原子力発電所が爆発したんです、ウクライナのチェルノブイリという場所でした

 アフガニスタンへの侵攻も重なって国体を維持できないぐらいに消耗し、ほぼ無血クーデターを起こしながらもロシアに戻ります

 私にとっては約20数年前以上のことになるので……そうですね、私はソ連がない時代に産まれたのです」

 

「……」

 

「それに米国の皆さんには感謝しております、幾つかの資料を拝見させていただきましたが、様々な情報が私の予測と合致しています」

 

場の空気が変わる、機密が敵の親玉にバレバレだなんて想像するだけでゾッとする状態だろう

だがこの問題の焦点はそこではないのだ、こんなところで驚いてもらっては困るとあ号は思っている。

 

「話は変わりますが、概ね平和だった私の世界には沢山の創作物がありました

 本を読むことが好きで、特にSFや架空戦記を好んで読んでいました

 その中にある本がありました、マブラヴ・オルタネイティヴというタイトルの物です」

 

誰かが呻いた。

 

不幸にも鋭い直感が働いた人間が居たのだろう。そして、それは正解だった。

単語の響きによって、主言語が日本語でないものにとっても通じた。

あ号ですら自分で話していて酷く馬鹿らしく、悲しくなってきたが言葉は続く。

否、続かせなければならない。

彼らの運命も、自らの運命も、全ては真実のもとに流れなければ何もかもが無駄になると信じていた。

そんな気持ちで紡がれる言葉は、予め作った台本に従いスラスラと流れていく。

 

「そこに書かれていたのは、未だ西と東の冷たい対立が続いている世界の話でした

 宇宙開発競争により人類が火星にて宇宙人と接触し、月では戦争が始まります」

 

……沈黙だった、今から語る言葉の続きをこの場にいる全員が知っているからだ。

歴史に記されていた物事は、この異性起源種とされる宇宙人と全く奇妙な軌跡を描いて交わっている。

 

「宇宙人はついに地球の此処”カシュガル”に降り立ち、天を睨む巨大な巣を作り、航空戦力を克服し、人類を圧倒していきます

 そうしてユーラシアを分断し、欧州を蹂躙し、アジアへとその手を伸ばした」

 

「ここまで話したら皆さん、お分かりになられたでしょうか」

 

声のトーンを意識的に落とし、感情は重い海の中を漂う。

実際にはこの時の『彼』に息継ぎは必要としていなかった。

ほぼ無呼吸に会話を続けることが出来る彼の、人間である部分は息継ぎを切実に必要としていたのだ。

 

「まるで気が触れている……私だってこの場を設けたとしても信じたくはない

 ですが今言った言葉のすべての出どころは、その作品です

 あなた方との交渉で、この疑惑は確信に至り、そしてこの交渉に至った理由でもあります!」

 

この世界は――。

 

彼は言葉を区切り、見渡す。

並ぶ顔の不信、不安、不満、そして疑惑を読み取る。

未だ拭い切れない感情の数々、数十年分の戦中世界の重みがそこには存在していた。

 

その作品に、とても似通った平行世界、という解釈を述べた上で

演説と呼ぶにはあまりに馬鹿馬鹿しいやり取りが続く。

 

「そしていつまでも秘密にできない、そう思いましたので告白いたした次第であります

 信じろとは言いません、しかし確実に私の脳裏にこれは刻まれています!」

 

誰かが手を上げ口を開く、それはあ号にとって必ず聞かれると思っていた質問だった

 

「お伺いいたしたいのですが、物語の結末は……」

 

誰かが口を開いた、この答えによって何かが変わる、途方もない何かが決定的に。

 

この時彼はヒヤヒヤとしていた、予め用意していた答えという印象をあたえようとしていたが。

彼の疎い心理知識には、嘘をつくった人間は脆いということを囁いていた。

 

 

 

 

 

 

「――人類の勝利に終わります」

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ、会場全体が静まり返った。

 


















誤字脱字報告、感謝……。
おまたせして申し訳ございません。
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