【完結】会いましょう、カシュガルで 作:タサオカ/@tasaoka1
人類の勝利という言葉は会場へと、静かに、しかし波紋の如く広がった。
それは人々にとって、久しく実感したことのない概念である。
ちり芥のような戦術的勝利ならば、戦史の中に幾度となくあっただろう。
だがユーラシア全土の陥落が間近に迫り、アジアに戦場が移り替わって幾星霜。
彼方より飛来し、火星と月を侵し、地球にまでその手を伸ばした怪物群との絶滅戦争である。
果てしなき戦いの途上にあり、未だ明確な勝利を得たことなどない。
下がり続ける戦線、物量による攻勢を跳ねのけようとも、土地を代償もなく奪い返した例はない。
ハイヴは北米と日本の1基を、放射線や重力への汚染と引き換えに排除したようなものである。
プロパガンダポスターの中にしか存在しない絶滅危惧種、それが人類の勝利という言葉の現実であった。
そんな終わりの見えない現状維持が、一つのゴールを迎えようとしているのだ。
「勝利」
誰かが呟いた。
『Victory』
同時翻訳を通して聞いた、画面の向こう側の言葉を信じられない者も呟く。
『победа』
この数時間に渡る話を聞いて、すでにウォッカを1杯ひっかけている者もいた。
静まりかえった会場の中心、3対の瞳は人々を見つめ続けている。
地球BETAの親玉であり、別世界の人間の記憶を転写されたと主張しただけでなく、更にこの世界を創作物の中と同じ歴史を辿っていると言い始めた。
あまりに情報量の多すぎる奇怪な触手生物は、より一層声を張り上げ主張する。
「疑念を残すべきではないと、私は思っています」
紛い物ながらも、彼の回路の中で蠢く人間としての意思が強くそうさせていた。
マブラヴという物語に心を躍らせていた、つい最近までただの一般オタクだった自認を持つ、生体機械の叫びである。
素晴らしき、あいとゆうきのおとぎばなし。
しかし、この地に居るのは命を持ち、痛みを感じ、血の流れる人間たちである。
この世界の人類が、これ以上、必要のない苦しみを背負ってしまわないための説得と提案を、あ号は行おうとしていた。
例え彼ら側が勝利するとしても、無駄に死んでいい命なんてものはない。
彼の回路の中に宿った『心』のようなものの奥底が、そう咎めるからだった。
彼の奥底にあったもの。
古来より、人はそういったものを良心と呼んでいた。
「しかし、その勝利のためにどれだけの代償が必要であるか、私などが言わずとも……いや、この世界を生き抜いてきた皆さんであるならば、むしろ平和ボケの世界で生きてきた者より、その重さを知っていると信じています」
もし行き来することができれば亡命者が続出するであろうBETA無き理想郷。
そこで生きていた者の実感を伴う言葉が飛ぶ。
そしてこの場に勝利という言葉を聞いて、素直に喜ぶ人間は、実際に少なかった。
胸を撫で下ろしたものもいるだろう、あるいは歓声を上げようとした者もいたかもしれない。
だが『生き抜いた皆さん』という言葉を体現するようなこの場において、人々の反応は困惑が占めている。
世界、あるいは国家という規模を俯瞰できる者らは、目先に『人類の勝利』の文字がぶら下げられようと安心はしない。
多少の齟齬や言語の違いはあれど、このような見解を各々が胸に抱いていた。
『人類の勝利。それは結構、ならばどうやって?』
単純な力押しによってそれが遂げられるというのならば、勝利に至るだけの道にどれだけの屍が晒される事になるのか?
特別な物がない限り、今の人類が1ダースあっても無理だろう。
そもそも現状の時点で、人類にとっての勝ち筋はG弾ぐらいであると考えるものも少なくない。
それもアメリカ発、G弾の集中投射と人類種の脱出。
到底勝利とは言い難い物だったが。
一つの重要すぎるピースが欠けている。
勝利という形には様々なものがあった。
それに応えるように、あ号は真摯に言葉を続ける。
空前絶後の規模でのネタバレが、人類に対して行われようとしていた。
「どの様に人類は勝利したか? 詳しく話せば、とてもこの場では語り切ることができない紆余曲折がありました」
だが結果的に──そう、彼は前置きして再び語り始める。
「今後、地球BETAは戦術を利用し、AL砲弾などの兵器群にも対応していきます、そして人類は一気に窮地へと追い込まれました」
それを聞いて、軍関係者は歯を食いしばり、眉を顰めた。
光線属種に続くBETA側の新たなる動き、兵器の開発競争は常とはいえ。
今ある常識はひっくり返されてしまうだろう、かつて人類が失った空と同じように。
そも現時点ですら、人類にとって地上は安全な領域ではないのだ。
BETAに戦術を理解されれば、何が起こってしまうか想像に難しくない。
「とある研究者の分析により、私、重頭脳級あ号こと司令塔となるBETA種がオリジナルハイヴより地球BETAを統率している事が判明します」
「そこで人類は全世界規模での陽動作戦を行い、各勢力が抽出した精鋭部隊のオリジナルハイヴへの投入を人類は行います、この一連の作戦を作中人類は桜花作戦と呼称しました」
桜花。
その言葉を聞いて日本帝国側で微かな動きを見せ、息を吞む者が居た。
どう解釈してもあ号の語った内容は投機的な作戦である。
そして作戦名を聞いた時、彼らはどの国の人間よりも早く、かの精鋭部隊の役目と命運を悟ったのだった。
「結果的にあ号標的は突入部隊の多大なる……多大なる犠牲の下に破壊され、全世界のBETAは分断、弱体化の後に各個撃破されるままとなり、人類は地道な掃討を続け、未来の地球においてBETA大戦の勝者となります」
そうして話の中で、一つの戦いが終わった。
張り詰めた糸がほつれる様に、各所でため息が漏れる。
凝り固まってしまった眉間を解す者、頭の中に鉛を詰め込まれた様に俯く者、様々であった。
本国と頻繁に交信をしている者もいる、あまりの出来事に対応が追い付かなかったのだ。
これを人間が言うのだったら、ただの虚妄に過ぎないと誰もが断言できただろう。
だが、この話をしているのはよりにもよって地球BETAの親玉であった。
あ号側は全ての話を事実と認識した上で、ここで人々と顔を突き合わせているのだ。
そこにどうしようもなく人間臭さというものを感じ取っている者もいる。
彼と交渉団の間で、認め難いことに一種の信頼関係と呼べるものが芽生え始めていた。
この会議以前の地球上に存在した数十個のハイヴを人類側が一つ一つ攻略するとなった場合、どれだけの戦力が必要であるかを、あ号は考えた。
例えBETAが統率を失っていたとしても、やはり掃討までには長い時間と膨大な血が流されることは必然だ。
もっと原作を知っておけば他の効率のいい方法が思い浮かんだかもしれない。
彼は、後悔はしているがもはや取り返しがつかないと切り替えていた。
あ号は、そんな試算を全てこの交渉で”ぶっ壊す”ことに決めた。
自らBETAを統率し操る所を見せ、自らの意思であると証明し、自らの手でハイヴを破壊して回ったのである。
これは全方位土下座外交だ、あ号はそう定義していた。
圧倒的な差を持つ立場ゆえに取れる"誠意の見せ方"を、ただのオタクは考えていたのだ。
例え交渉が拗れに拗れ、直上にG弾を投下されたとしても、人類に禍根を残さぬ手段を彼は取りたかった。
それこそが手持ちハイヴの集団自壊である。
軍の前という条件を付けたのは、それを大勢の人間に知らしめるためであった
時代が変わったことを印象付けるためにも、それはうってつけのパフォーマンスである。
最高のショーだと思わんかね? あ号の内心でどっかの大佐の声が再生されたのだった。
「これで皆さんの戦後の心配を一つ、減らせたと考えております」
あ号は次を用意するべきだなと感じていた、時間は有限である。
「というわけで次はG元素の取り扱いについて話し合いましょうか、皆さん」
インパクトが抜けきらない人々は、各々に呻き声を上げたのだった。
大変お待たせしました。
本当は数日前に上げるつもりでしたが中々完成しませんでした。
アークナイツの二次創作を完結まで走り切り、新作の構想もないので
今度こそ、今度こそは未完結作品の完結に力を入れたいと考えております。