【完結】会いましょう、カシュガルで 作:タサオカ/@tasaoka1
闇夜に続く、明日へ
コーリャは、赤軍を除隊した。
特に、何があったわけでもない。
しかし大戦が終わったと人々が喜びの中に湧き上がるとき。
この戦術機パイロットは、自らの役目が永遠に終わってしまったように思えたのだ。
国連の管理下に置かれたカシュガルハイヴは、人類の手で運営されるようになったのだ。
公のもとにされたG元素を用いて、今は太陽系環境の改善と外宇宙探査に乗り出した人類に、コーリャは必要ない物となったのだ。
中には反BETA運動に彼を引きこもうとした者もいたが、無力感が支配していた抜け殻の彼に次第に興味を失った。
復讐も何もかもが無意味となった中で、彼は一人の女性に出会う。
酒場での一目惚れであった。
何処かに影を持つ彼のアタックに、運命の女性はもう少しで陥落しそうになっていた。
余談ではあるが戦争が終わった中で、こうした愛の詩を歌う人間が増えた。
坂道を転がっていた人口グラフは戦後最大となるベビーブームが更新を続けながら押し上げられようとしていた。
そして最近、彼はこう思うのだ。
もう自分は自分のために生きていいのかなと。
ロトキン・ウォッカというアラスカロシア委任領に新しく宿った暖かい命の水を呷りながら、
新しいデートプランを彼は練り始めていた。
コーリャが、家族を取り戻す日は近そうであった。
・
この頃になるとマークは、かつての上官だったラインバーグの家を尋ねるようになっていた。
長年連れ添っていた妻を失い、子供が出来なかった退役宇宙軍大佐にとって、
軍で親友となった黒人の訪問は嬉しいものであったから邪険にすることはない。
いつもの様に、大戦後流行った日本流の冷たいビールがジョッキに注がれる。
塩水で茹でた殻付きEDAMAMEをボウル一杯に盛って、チェアの並べられた広い庭へと出た。
EDAMAMEは国連主導の環境復活プロジェクトにより再生したカナダの大地で栽培されたものだった。
最初は気味悪がったが妻がどうしてもというので食べてみたら、殻を剝く手が止まらなくなった。
以来、彼は掌を返し、亡き妻を偲ぶようにそれを酒の肴としているのだった。
「大佐、見てください、もうすぐですよ」
ちゃっかりと椅子に座っていた客人が、昔と変わらない特徴的な白い瞳で誘導する。
妻が遺していった生け垣の、外の風景へと指を向けた。
技術畑に戻った彼は小型衛星を開発する場で一頻り活躍した後、
ゆっくりと老後を楽しめるように余裕を持って退役していた。
だからこそ、こうして二人の交流は未だ続いている。
そして今、老大佐の視界の中で巨大な白い塔にも見えるロケットが発射台へと運ばれていた。
ロケットに搭載されたのは人類初の、コウヅキ・IGO・ドライブを核とする新型宇宙船である。
発射台へと固定され、打ち上げへ向けた長いカウントダウンを始めようとしていた。
”沈黙”のあの日以来、彼は何もかもが変わり始めた世界を見てきたが、
人はこうしてEDAMAMEを食べるのを片手に、宇宙を夢見ることができる。
かつてロケット少年が高じて宇宙軍に務めたラインバーグにとって、
それが安堵すべき現実であったのは確かだった。
BETA大戦が公式に終結し、幾つかの小規模な人類内戦を乗り越えたのも、もう十年以上も昔になろうとしている。
あの当時は、こんな時代が来るとは思ってもいなかった。
沈黙の間中、冷や汗とメンテナンスに明け暮れた日々も無駄ではなかったのだ。
彼はそう考え、EDAMAMEをつまみながら傍らの友とビールでの乾杯を行った後、
椅子に座って一息つき、その瞬間を待ち続けた。
『3、2、1、リフトオーフ!』
テーブルに置かれたラジオから、ロケットと同じく跳ね上がるような調子の声が響く。
カウントダウンが終わり、眩い光が放たれた所で、二人は大きな歓声を上げた。
打ち上がった宇宙船には、マークの”人間ではない”孫が乗っていた。
そう、彼が最後に開発した外宇宙探査用の衛星が搭載されていたのだ。
その旅立ちを目にして、喜ばない祖父とその友人はいない。
老人二人が抱き合って歓声を上げ、轟音とともに、群青の天に一本の光が解き放たれた。
ぐんぐんとスピードを上げて、光は青と雲の先にある空へ、宇宙へ、と突き進んでいった。
その光が見えなくなるまで彼らは笑顔で見送り、乾杯。
そして、またもう一本。勢い良くビールの王冠も飛ぶ。
医者に控えめにと言われたビールが、何本もカラになるのも仕方のないことである。
老大佐は、未だ視界に漂う紫色の光の残像にゆったりとした笑みを浮かべて、
満足そうに髭についたビールの泡を拭う。
混沌が過ぎ去ったアメリカの大地で、また今日もロケットは打ち上げられたのだ。
それが、ただただ嬉しかった。
・
パシャパシャと、カメラのフラッシュ音が連続して鳴った。
報道陣が戦列艦の砲身のように並べ付きだしたカメラの先、
高級なスーツに身を包んだ白髪の老人がいた。
その情景の懐かしさに老人は心が引き締まる思いだった。
彼がこうやって公の場に出るのは久方ぶりの事であったからだ。
計三回の暗殺未遂事件を乗り越え、世界の困難を振りほどいて
国どころか世界を大いに発展させた彼は、今や教科書上に乗る伝説の人となった。
前アメリカ合衆国大統領、あの”沈黙”の日以来人類に尽くした人物、その人である。
国難を乗り切った英雄として前大統領は――その人気が絶頂である内に引退した。
彼は見事、自らに与えられた栄光を伴った勝ち逃げの人生を歩んだのである。
ソレは身体面の衰えという意味でも、彼の体にとってはベストな選択だった。
大統領という職務についてからと言うもの、膝の古傷は痛むし膀胱の炎症は年々ひどくなっていたのだ。
だからこそ、この栄光の花が散らされる前にやめておくべきだろうと彼は考えたのだ。
これぐらいのご褒美はもらってもいいだろう、と。
惜しむ声も在ったが、彼を支持した国民の大半もそう思っていたのである。
この男は十分に任を果たし、栄光の道からさろうとしていることに。
今ある風景を見てついに国難を自らのリーダーシップと責任感で乗り越えた男は思う。
平和な時代が訪れようとしていることを。
そして、新たなるフロンティアスピリッツが生み出されんとしていることも。
眼と眼を合わせ、彼は往年の大統領としての気迫をこの時ばかりは取り戻していた。
アメリカ人、新ロシア人、ドイツ人、日本人、中国人、インドネシア人、フランス人。
政治的な要素が絡んだ末の選定――。
しかしこの中に邪なるものはいない、と大統領はその目を持って見極めた。
一人一人への力強い握手、そして見る。語るべき言葉は久々のスピーチで使い果たしていた。
国際色豊かな外宇宙探査船メンバーに彼は、人類の未来を託さんとしていた。
人類、そしてアメリカに繁栄と栄光があることを願い、幾多の人々を投票に駆り立てた魅力的な笑顔でもって――。
・
川島は、これから宇宙へと旅立つ。
カウントダウンが迫る中、目を瞑り、思い出す。
突然のBETAとの講和は、人類に激変を齎した。
もちろん、川島自身にも。
カシュガル条約を知らない人間は、この地球上にはいないだろう。
『国連』によるオルタネイティヴⅥという計画によって、それは成された。
カシュガルにあったBETA指揮系統のトップを寝返らせ、講和したという発表が行われた。
ハイヴの連続倒壊は、その結果によるものだと説明も添えられて。
それから1週間は、地球上は大騒ぎだった。
元々、講和の噂自体はあったから川島自体は何とか平静を保てた。
川島は知っていたのだ、カシュガルの大地に広がっていたメッセージの数々を。
オリジナルハイヴを監視する様に張り付く怪しげな米軍軌道部隊が展開したことも。
そして同じ日に、軌道上からでも世界各国を悩ませていたハイヴが崩壊していく様を見た。
無論、守秘義務があるので誰にもその内容を話したことはないが。
なお、それらはカシュガルの地下で行われた講和条約締結に向けた動きの中で組まれたものである。
大戦を生きた人々に一連の真実は受け入れられないだろうとあ号と人類、その両者が合意したからだった。
発表すればどうなるか見当もつかなくなることを恐れた各国政府はそうして連帯した。
川島が知る由はなかった事だが、公に流布されているそれらは全てカバーストーリーなのであった。
そうして、川島は戦争についぞ投入されることもなかった。
訓練以外の降下を送ることなく、その軍隊生活を縮軍運動の中で終えたのだ。
突入駆逐艦青凪を降りた彼の行き着いた先は外宇宙探査志願者を集める計画だった。
火星へ行くという夢は捨てていなかったが、その時の彼はより大きなスケールを持ち始めていた。
そして世界中から集まった、外宇宙を夢見る宇宙開発の信奉者たちはかくして、
ありとあらゆる技能を持つべく過酷なトレーニングへと投入された。
彼らは、彼女らは得てして皆、宇宙開発教の狂信者たちであったのだからめげなかった。
心を無重力に浸してしまった者達は、地球に戻るべき足を失っていたのだった。
川島はその中でリーダーという位置に収まっていた。
艇の艦長の経験が活きたのかもしれない、帝国宇宙軍での生活は決して無駄ではなかったと思う。
そして、カウントが0になった瞬間。
コウヅキ・IGO・ドライブは正常に動作し、船体を押し上げていくのを彼は感じた。
川島は、自らの夢を叶えられたのである。
会いましょう、カシュガル 完
まず誤字脱字報告をしていただいた皆様へ感謝を。
ArcadiaというSS投稿サイトのマブラヴ二次創作群に触発され、自分も書いてみたいと思ったのが2014年。
そこから某匿名掲示板のSSスレで相談し固めていったのが、今作の雛形になります。
2015年、これを投稿した時。
自分が完結に10年も掛けてしまうとは、無責任なことに想像もつきませんでした。
幾つかの作品を完結させ自信をつけ、散々読者の皆様を待たせてしまった。
自身にも今作にも区切りが必要と考え、最近は更新を重ねました。
一応の決着はつけられた、とは思います。
これにて本編は、一旦完結させます。
後日談やIFルートはある程度まとまった時、また更新いたします。
今まで読んでいただき、ありがとうございました。
また今後よろしければ、読んでいただけると幸いです。