会いましょう、カシュガルで   作:タサオカ/tasaoka1

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蠢く、輝きたち

 私は、とにかく父とソリが合わなかった。

 小さなことなら、父が機内食でビーフを選ぶなら、私はフィッシュを選び、

 父が前線で戦車(パージング)に乗ることを望むなら、私は戦線後方で帳簿と睨むことを望む気質であった。

 今になって言えるが、ハイスクール時代は軍人になるのが心底嫌だった。

 頭のなかでは父のような前時代的騎兵が、軍隊には犇めいているという

 生意気な偏見を持っていたために、最初は志願する気も起きなかった。

 

 だが世界と祖国の窮状を知ると、着々と育っていた愛国心というものに火がついた。

 欧州が地獄色に染まることに心を痛める父を見ると、自ら軍隊への道を進むことを選んだ。

 ソリが合わないと言っても、私は父のことが嫌いなわけではない。

 勇敢で、果敢な父が、それは、それで好きだったからだ。

 暗唱できるほど聞いた南北戦争時に北軍で自由のため戦った先祖の話も、

 軍隊で交わすような不器用な会話からだって、親の愛というものを確かに感じていた。

 そして、体の中で眠っていた自らに流れる軍人の血筋の目覚めかと思ったが

 軍は私へ、幸か不幸か本土で世界中のBETAを監視するという使命を与えた給うた。

 

 それから数年後、私は監視部隊の中でそれなりの地位を任されるまでになり、仕事も順調にこなせるようになっていた。

 相変わらず人類とBETAの一進一退の攻防が世界各地で行われていたが、ある日を境に状況が一変する。

 ユーラシアとアラスカに連なる瀕死のソビエトの監視が担当のジョンストンは、ある報告を上げた。

 前線においてBETAの活動が停止した、と。

 次第にそれが地球規模で起こっていたと判明する。

 世界各国、地球上のありとあらゆる戦線からBETAは姿を消したのだ。

 後方のハイヴから溢れたBETA群の移動もなくなり、不気味な静寂が訪れた。

 一部の国家では、地下からの大規模侵攻を警戒し犠牲覚悟での検査を行ったようだが結果は変わらず。

 BETAの静寂とは逆に、コチラが殺人的忙しさに見舞われることとなった。

 一体何が起こったのか、BETA以外にその答えを知るモノはいなかっただろう。

 

中略

 

 あのBETAが初めて確認されたのは、『停止』から数日後の事だった。

 未だ、困惑と未知への熱気が冷めやらぬ作戦室内で、私は変わらず担当区域をモニターしていた。

 当時、私の目になってくれていたのは我がアメリカ宇宙軍が20世紀の終わりに打ち上げた監視衛星。

 D-21。無機物的相棒の一人だったが、そんな彼が見つけてくれたBETAの姿に、

 私は報告する義務すら忘れ、その特異な姿に釘付けとなった。

 

 当時、軍関係者の中ではBETAの姿というものは非常に生理的嫌悪感を催すという意見で合致していた。

 一般人には情報が解禁されないほどに醜悪で、●●(宗教的表現)が造形的悪戯を行ったのではないのかと

 創造論者ではない、ダーウィン派の私でも疑っていた。

 しかし実際には数少ないBETA研究の成果として材料となってしまった人間の……。

 話を戻そう、つまりBETAの姿は視覚的にも精神的にも有害だということだ。

 

 しかし、である。

 かの異形のBETAを見た時の私は、そこに何ら不快な気持ちが差し込むことはなかった。

 BETAを獣とするなら、それは甲冑を纏った中世の騎士のようで。

 おとぎばなしに出てくるような、古風とも言える無骨な形状を保っていた。

 信じられない気持ちとともに、何処かの国の戦術機かと思ったが 

 どんなに思考を巡らしてもそれは、ありえなかった。

 

 何故なら。

 

 その姿があったのはH1、オリジナルハイヴの麓なのだから。

 

 ――ジョン・ウォルトン氏の自著『宇宙からの瞳』より

 

 

 

 

 

川島中佐にとっての今日は、何時もと変わらない日のはずだった。

 

 眼下には見渡す限り広がる青と茶に染まった地球と、

 辺りを包む無限の暗黒は、今の彼にとって見慣れたものであった。

 突入駆逐艦、青凪<あおなぎ>の艦長となって数ヶ月の間に、その状況へと適応していた。

 日替わりの液体糧食を啜りながら、船体のチェックを行うのが日課の始まりである。

 積み重なれば三階建てのビルさえ飛び越えてしまいそうな整備書を頭に叩き込み、

 それを毎日反芻しては整備へと活かす。

 例え艦長と言えども、棺桶はよく磨けとは教官の愚痴だ。

 対BETA戦における死傷率の高さは、陸でも宇宙でも同じである。

 その上、此処へ運べる物資人員も余裕はない。

 故に彼、自らも整備へと参加しているわけだ。

 

 チェック項目をいくつか終わらせ一息つくと、彼は宇宙に包まれながら考える。

 近々帝国で大規模な作戦があるとも聞くが、現状ではあまり表立っての変化はない。

 むしろ、あっては困る。

 

――死んでしまっては、火星へ行けないじゃないか。

 

 というのが親しい戦友にすら明かせない川島の心の内だ。

 何故ならば、彼は宇宙開発の信奉者の一人であり、その信仰のためにこんな所にいる。

 

 彼は、幼い頃より月を見上げた事を覚えている。

 薄情かもしれないが、亡くなってしまった母の顔よりもハッキリと。

 小学生の頃には、星を見るのが好きな父と一緒に近所のプラネタリウムへと何回も連れて行ってもらった。

 中学生の頃には、父親の貯金が霧散するほどの立派な天体望遠鏡を買ってもらい、

 網膜と脳裏に焼き付くほど星空を見て、宇宙への夢を膨らませた。

 そして高校、士官学校と卒業した川島は宇宙へ近づく一番簡単な方法として、宇宙軍へと入隊する。

 何故ならその時の帝国軍は、BETA大戦の長期化によって宇宙飛行士の大量育成を始めたからだ。

 適性もあったが、やはり平時であれば手の届かない宇宙という望み、焦がれた世界。

 つまり、彼は今時大戦によって恩恵を得た数少ない人間の内の一人であった。

 

 無論、BETAに対して憎しみもある。

 人々を殺戮し、大陸で犠牲になった派遣軍には多くの同期も含まれていた。

 彼にだって愛国心や忠誠はある。

 行けというのなら青凪を盾にしてでも降下兵団を守る所存だ。

 だが、その前に彼は宇宙野郎だ。こんな戦争で死ぬ訳にはいかないとも考えている。

 魚が海を泳ぐように、鳥が空を飛ぶように、川島は宇宙へ征きたかったのだ。

 そもそもBETAが現れなければ、火星に恒久基地が建設されていてもおかしくない時代だ。

 こんなご時世に宇宙開発なんて先の見えない投資には、脱出計画以外全くと言っていいほど予算は出されない。

 BETAを駆逐して初めて人類は、宇宙開発という大博打ができるのだ。

 一度逃げ出してしまっては、もう手を伸ばすことは出来ないほどに遠くなってしまう。

 それまで自分は死ねない。人類が太陽系を掌握するまでは。

 決意を新たに川島は、地球の支配者のように鎮座するであろうH1、オリジナルハイヴを睨む。

 そして、気がついた。

 

 なんだ、あれは?

 

 彼の瞳の中には、煌めきが映っていた。

 カシュガルの荒野で、鈍色の何かが脈打つように光っている。

 帝国の制式宇宙服の拡大機能を持ってしても僅かな輝きにすぎないが、

 地上から見れば巨大な物体が、光を放っている。

 彼は宇宙飛行士の特権の一つとして地球観測を行い、何度も始まりの地であるカシュガルを見たことはあるが、

 あんな物体は見たことがないし、何処かの国の軌道降下が行われたとも思えない。

 地球最大のハイヴへの間引きなんてのも聞いたことがない。

 何処の国が? そう思い彼は首をひねる。

 

 BETAが、何かを建設しているのか?

 

 その考えを否定する根拠はどこにもなかった。

 一番新しいもので言えばロシアへ楔を穿つようなH26号といい、

 BETAは前進するに従ってハイヴを建設するものだが、オリジナルハイヴの近くに新たなるハイヴを?

 川島たち軌道降下部隊に動きはないが、昨夜、通信室の人員が慌ただしかった事を思い出す。

 これが原因なのか、と。

 彼は一人の敬虔な信者として、それが宇宙を狙う砲台でないことを自らの艦に入るまでの数十秒間、祈り続けた。


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