【完結】会いましょう、カシュガルで 作:タサオカ/@tasaoka1
あ号と各国大使との果てしない会談の末に、カシュガル講和条約は締結された。
これによって1967年より続いたBETA大戦に、その終止符が打たれることになったのである。
数十億という夥しい数の犠牲の上に灯された、それはあまりにもあっけない勝利だった。
時を同じくして国連主導のオルタネイティヴⅥによって講和が成された、という報道が瞬く間に拡散する。
地球BETA総指揮ユニットの掌握に成功というカバーストーリーは、こうして広く人類に流布された。
対話不可能に思われた生物との絶滅戦争を計画成功まで粘り、生き残った人類の逆転勝利。
そんな図式をカシュガルの地下やら国連の会合で、選りすぐりの学者たちが作り上げたのだった。
あ号の現実を伝えたところで、とても民衆に理解されるとは、あ号自身だって思ってなかったのだから当然だ。
それから締結より1週間は、後に狂騒の1週間と呼ばれる事になる。
極一部を除く、地球全土の人類が歓喜に沸くことになったからだ。
特に徴兵されるはずだった年齢層の人々は、突然の勝利により喝采を上げた。
アメリカ及び東南アジアでは、爆竹が中国系難民によって絶え間なく鳴らされ続けるということもあった。
しかし、警察はそれを騒音トラブルとして咎めることはない。
機構を維持する警察官たち自身も、歓喜によって騒いでいたからだった。
使う予定をなくしてしまった信号弾が、花火として打ち上げられるという事も珍しくない。
国家全体を上げて、全犠牲者に対し黙とうを行ってはいたものの。
それらの狂騒は間違いなく、当時の彼らにとっては開けた展望への、喜びの現れだったのである。
しかし、誰もがこの喜びを分かち合えることができるわけではなかった。
例えば軍関係者などは、戦々恐々としていた。
特に上の階級に行けば行くほど、これから来るであろう"大虐殺"に覚悟せねばならなかった。
大層な言い方をしなければ、ポスト争いともいえる。
第二次世界大戦後、"戦わずして軍が壊滅した"とも言われるほどの軍縮の流れが再度起きると彼らは踏んでいたのだった。
今や軍の規模は難民移民を吸収し、途方もない予算を計上していたが、
それらを今後も同水準で維持できると考えるほど、彼らは流れを楽観視していなかった。
救いがあるとすれば、地球BETAは条約によって活動を停止したものの、
未だ落着ユニットや月や火星の脅威は残り続けているのである。
彼らはこれから襲ってくるであろう惨事に向けて備えた。
ある意味、それは勝利したからこその贅沢な苦しみであった。
されど、当事者たちとしては苦難の日々が続くだろう。
世界中で、そんな悲喜交々が繰り広げられた。
一方、あ号からすれば流れに身を任せ激流に同化する対応に終始するしかなかった。
元より戦後の事なんて考えていない、捨て身の全方位土下座外交であった。
宇宙に飛び出していこうなんて考えたこともあったが、人との触れ合いは彼の人間性を幾分か回復させていた。
また常人的メンタルにとって、策謀渦巻く政治の世界はあまりにも侵しがたかったのである。
ここでそんな中身の人間の矮小さが出たのであるが、逆にそれが功を奏したのかもしれないとあ号は思った。
国連やアメリカは、その身柄を扱い兼ねる様な人格だと見做されたのである。
おまけに、あ号は地球側最大の反応炉のお利口な操作パネルでもあった。
G元素の研究は某女狐や米国の研究者らが独自に進めていたものの、元より人類の手には余っていた。
それが人間の言葉が通じる生体CPUが、地球最大の反応炉と共に目の前に出てきたのである。
人類にとっては"鴨が葱と一緒に鍋で程よく煮込まれながら晩飯時に自らやってきた"様なものであった。
G元素なる人類未発見物質のオンパレード、恒星間文明へと続く新たなフロンティア。
それを所望する国家業界団体企業はいくらでもあった。
元日本人を名乗ったこの生体機械を軟禁して遊ばせて置く余裕が人類になかったともいえる。
だからこそ、あ号としては自ら管理するよりかと思い、国連へとG元素の手綱を委ねていたのだった。
最終的に、あ号には国連及びアメリカによる監視の目とオリジナルハイヴへの核爆弾の設置が付けられることになった。
そのような措置に対して、あ号は至極当然なものとして受け入れていた。
最初から死ぬつもりでやっていたのだから、今更核ぐらいで彼は不満を漏らすことはない。
また別口で、横浜基地に派遣した"い号"及びあの天才からの要望を国連へと通した。
原作最強の天才にしてトリックスターに対して"い号"と反応炉一つぐらい、むしろ安かったとあ号は思っていた。
彼女の生涯を賭けた研究を台無しにした慰謝料の意味合いも、また多分に含まれるものであったが。
そして。
大戦終結から僅か3か月後にはオリジナルハイヴを除く、地球上の全てのハイヴは解体された。
軌道上への物資投入に転用できるではないかという有識者の意見もあるにはあったし、
その行為で忌まわしい記憶や大地の傷痕が埋まるわけではなかったとしても、人はその儀式を欲したのである。
人のやりどころのなくなった感情のはけ口は、そういった行動へと振り分けられたのだった。
崩れ行く幾つものハイヴを見て、一つの時代が終わろうとしていると誰もが感じ取った。
更に数か月後、人々は改めて地球環境の改善に目を向ける余裕が出てきた。
過去の基準からで言えば、世界各地で異常気象が常に起こっているような状況だった。
一部の地域では、酸性雨の値がとても人間が暮らせないレベルにまで進んでもいる。
重金属雲が発生しては大気中に拡散していたおかげで、合成食料が人類の食を支えるようにまでなっていた。
これでは例えBETAから地上を取り戻したとしても、勝利したとはとても言えない。
本来であれば、人類による長きBETA掃討戦の末に提案されることになる地球環境復活プロジェクト。
アフロディテ計画は、早々にその産声を上げる事となった。
あ号もこれに協力することになる、幾つかの生体サンプルを珍しい物質として以前のあ号が保管していたからだった。
それに生臭い話でもあったが人類側では大幅な軍縮が発生しており、除隊した人間の雇用斡旋という目論見と合致していた。
だがいずれユーラシアに緑が戻ることを人々が祈り、信じて、各々が作業に従事していた事もまた確かであった。
数十年後、北米アサバスカにおいて──。
事件以来、初めてとなるカナダ雁の定着が観測された。
ユーラシアにおいて発展した核除染技術が、アサバスカにおいても実を結んだのだ。
それはアフロディテ計画にとっての、一つの勝利の形であった。
誤字報告感謝…!
良ければ評価いただけると幸いです。