会いましょう、カシュガルで   作:タサオカ/tasaoka1

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会いましょう、カシュガルで。<2>

「“彼”が何らかの行動を再開した場合、G弾をもってしても我々は数ヶ月で敗北するでしょう」

                    大統領に向けた国家戦略研究所(シンクタンク)のスピーチ。

 

カシュガルの地下で、人類の運命を激変させる交渉が行われていたのと同じ頃。

靄一つない澄み切った冬の風が、日本海を進む巨艦たちを包んでいた。

黒々と泡立った荒れる波をかき分け、鉄の城らが鈍色の空のもと艦首をある方向へ向けていた。

その先陣を切るのは、46cm51口径砲3基9門を備える信濃と名付けられた船である。

太平洋戦争勃発時より、今なお続くBETA大戦を生き残る大和級戦艦三番艦だった。

齢50年以上という年月を経ても、鋼と砲の化身たる威容に衰えはない。

対人類、対異星人との幾度の戦争による特有の“くすみ”はその姿に説得力を伴わせていた。

竣工当時と全く印象の異なる外見は、数度に渡る近代化改修の結果であり、

様々な恩恵を、この歴戦の老女たる信濃に与えていた。

そして大和を始めとする日本帝国海軍、第三戦隊は揃って海を南下しつつあった。

その弾薬庫に大量のAL弾と榴弾を抱え込みながら、報復の時を待つ巨砲を携える彼女らは、

英国海軍の弟子たちが、疲弊した国力の限界に挑戦するかのように維持している艦の中で、

最大クラスの火力を持つ戦闘艦群の一つである。

本来ならば、地球上から戦艦という艦種は2000年代にはほぼ淘汰されるべき絶滅種であった。

彼女ら、大艦巨砲主義の末裔たちは航空機の台頭により全てが鉄屑への道を辿るとして。

だが、彼女たちは今も生きていた。

かつては戦場とすらなった極東の弧状列島に生かされていた。

アメリカであろうと、ソビエトであろうとも維持している。

その竜骨に鞭を打ち、幾つかのお色直しを行ってまでも、国は戦艦を使用し続けた。

数個師団分の火力を叩きつけることのできる、最良の地上支援砲台。

そんな有用極まりない戦力であるとして。

 

何故か?

 

たとえ米海軍が恐れた46cm砲、51cm砲などの過剰とも言える巨砲を搭載していようとも、

射程距離はジェット化していく航空機に遠く及ばず、航空母艦よりも多用途性は劣るものであり、

前大戦中に開発された対艦誘導弾は、主砲弾すら弾くはずの装甲を貫通するようになっていた。

平時には全く役に立たない巨大な凶器を動かす人員や保守要員などのコストも、

決して戦勝国と言えない帝国にとっては大きな負担になる。

だが、既に冷戦が顕在化していた赤き東側への防波堤としての役割を、

かつての敵国に期待され、生き残りたちは辛うじて列島に錨を下ろす。

そして祖国の湾内に抱かれたまま、90年代を待たず過去の栄光と共に葬られるはずだった。

 

状況が変化を始めるのは、それから十数年後となる1967年からだった。

それは宇宙開発の極地であった火星より、電波となって伝わった。

探査衛星ヴァイキング1号が、火星にて生物を発見という報の形によって――。

後に、人類に敵対的な地球外起源種と命名されるBETAとの初の接触であり、

それは新たなる大戦の始まりに過ぎなかった。

数年後にはBETAによる月への侵攻と、今なお続くことになる地球での戦いが始まった。

当時、海軍はこの一連の流れを決して楽観視とは言わずとも軽視していた。

確かに異星人というものは驚愕するべき物であるし、予算は心持ち増える事になった。

だが帝国が――海軍が、この戦争に対し外様であることには変わりないのであった。

月における戦いはもちろんのこと、地球での戦いにおいても、である。

後にオリジナルハイヴと呼称される着陸ユニットが降りたのは東側世界であり、

地理的に言えば海より遥かに遠い内陸の中国新疆ウイグル自治区、カシュガルであった。

あくまでも、この『当時』は完全に資本主義世界の立場にあった日本帝国が手を出せるような問題ではなかったのだ。

しかし、その中でも対BETAに対する火力支援などの計画は紙面上には立ててはいたが、陣営の違いによる情報の不統合は重い足枷となった。

研究といっても彼らが対象にする相手は同種の人間ではなく、宇宙から来た怪物である。

それらがどのような行動パターンや特徴を持っているかは、固く閉じられた鉄のカーテンの向こう側である。

情報のない敵相手に理論は通用せず、当然のようにそこから立案すべき物など空虚に等しい。

当初は地上戦において優勢にあった中ソ連合の活躍も、その情報の停滞に拍車をかけたのは仕方のない事だった。

国連軍の介入すら断った東側世界がこのまま勝てば、彼らには何の落ち度もないはずだった。

そう、東側世界が地上の脅威に勝利していれば。

帝国に戦火が及ぶことも、彼女らに出番があることも、無かったかもしれない。

 

そんな赤き兵隊たちの優勢が途切れたのは、1973年を過ぎた頃のことである。

月における戦争が人類の敗北という形で終結しつつあった時。

地球での戦争にも耐え難き変化が訪れていた。

その予兆を察して、合衆国の諜報組織はある重大な報告を西側へと齎す。

戦場の混乱の中から掬い出された情報を元に、BETAに新種が出現したということを――。

 

この時、制空権を失った中ソ連合軍はユーラシア各地で敗北を始めていた。

光線属種。その新種が出現したことによって航空機は完全に駆逐された。

その他BETAの例外に漏れず、あまりに醜悪な姿のソレは空に対しての天敵であったのだ。

ただ存在するだけで数百kmをレーザーの射程圏内とする出鱈目な性能は、

常に不安定であった人類側の優勢を砕いてしまうには十分すぎる程であった。

 

そうして航空機は無用の長物となり、各国ではその火力の代替を用意せざる負えなくなった。

人々は陸上にて月で得た戦訓を元に、火力の穴埋めとハイヴ攻略のために戦術歩行戦闘機を、

そして海上では、戦艦とそれに連なる地上支援艦艇らが復権を果たした。

極一部の哀愁を感じさせる者たち以外にとって、それは望まれぬ奉公として。

 

 

 

 

 

「佐渡ヶ島からの照射ありません」

 

世界は、軍は、人々は、空を奪われた。

 

「利根より、無人観測機、照射危険圏内に突入するも異常なし、撮影継続す」

 

少なくともBETAの勢力圏内においては――。

 

「甲21号目標BETA群、未だ沈黙」

 

だが、コレは何だ?

 

安倍智彦は目を瞬かせて、その光景を見つめた。

 恐らく光線級が参戦して以来、こうして悠々と照射危険圏内の空を飛ぶ機は無かっただろう。

 巡洋艦から飛び立った無人観測機は、航空担当者が無駄金だと罵りを漏らすような命令書によって示されたコースを飛んでいるはずであった。

 観測機に搭載されたカメラによって映し出された映像は、ただ平穏とした物であった。

 痛々しい変貌を遂げた佐渡ヶ島の地平にはハイヴだけが棘のように突き刺さっていた。

 ほぼ遠景か衛星軌道上からしか撮影されたことのないハイヴの上層構造物がモニターに映る。

 攻撃的かつ禍々しく、虚ろな穴を天へと向けたそこにはBETAの姿は一切見られない。

 何らかの金属によって構成され、育ち続けるはずの構造物は見る者に廃墟を連想させた。

 帝国へと突き立てられたはずの杭は、静寂に浸る現状を連合艦隊に見せつけていた。

 

 羅列される情報は、やはり今までの常識が通用しないということがわかっただけだった。

 明らかに、信濃の戦闘指揮所(CIC)の空気は困惑に満ちていた。

 決戦の地であったはずの場が、無防備都市宣言をしてしまった後の雰囲気にそれは酷似している。

 だがこの戦艦の長として、素質を持つ海軍の男である安倍はわずかに眉を歪ませるに留めた。

 その鋼に似た忍耐の発露は、未だ戦闘に入らないうちから始まっていた。

例え標的機が撃墜されず危険領域内にあろうとしても、艦艇群は未だに光線級の射程距離の外側にあった。 

彼は一発のAL弾頭を撃たないまま、艦隊を集結させた事に僅かな不満すら抱いていた。

 日本帝国海軍にとっての佐渡ヶ島沖は言わば、決死の覚悟を持って望む場であった。

 本土への奇襲侵攻の際、涙をのんで退いた佐渡ヶ島の大地に臨むのは、再び奪還するときまでという決意は確かにあった。

 無論彼らは忠実なる軍人たちであり、帝国を守る醜の御楯の一枚一枚であったが、同時に人間である。

 如何に帝国が誇る戦艦信濃の艦長を務める男であろうと、その例外ではない。

 

これに、一体何の意味があるというのだ。

 

 口にだすことはないが、それはこの航海中、安倍が考え続けてきた疑問だった。

 近頃、日本を、いや世界中を揺るがしているBETAの突然となる侵攻の停止に、この奇妙な命令。

 それらが何らかの関係があることだけは知っていた。

 安倍個人の人柄は外見からも分かる通り理想とされる帝国海軍軍人そのものであり、

 それは帝国に存在する各軍に、公私の友人を持つに至らせていた。

 今も繋がれる友情は、彼に密かな噂としてその情報を融通している。

 無論、“公然たる秘密”の一部として。

 日本特有の曖昧は様々な悪癖を外国へと根付かせる事になっていたが、現場ではそれが必要とされていた。

 だが、そうして得られた情報によっても、彼は連合艦隊を伴っての監視任務などという大げさな事態になることが理解できていないままにある。

 彼自身が考えうる中で最も現実的であるのは、BETAが突然の侵攻再開に移る予兆を掴んだのではないか?というものであった。

 その他の起こりうる事態を予測しながらも仄暗い照明の元で、モニター内で未だ動きを見せない甲21号目標を安倍は睨みつける。

 

 

――その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして感謝を、皆様がこうして来てくださったことに、私は大変な喜びを感じます」

 

 それは何度も再生されたテープを思わせるような発声だった。

 無機質でありながら、必ずそれは人の手を加えられたという様な調整が施され、

 どこからともなく聞こえる声はホールに響き、人々の翻訳機に仕事を提供した。

 地下数kmに広がる空間に存在するのは、多少の機械を伴った人間達とBETAだけだった。 

 空間の中央、蕾のような部分から伸びる雌しべのような部分がある。

 それが、あ号と自称する重脳級BETAだった。

 声が途切れると同じく、その触手が左右に伸び、露出したまま前で組まれた。

 謝辞を聞きながら、あ号の一挙手一投足に注目していた者は

 この奇怪にして、殺戮の王たる生命体の正体が何であるかを想像する。

 しかしそこで、声は区切られ、僅かな沈黙の間が広がった。

 BETAの侵攻停止とはまた種別が異なる静寂であった。

 それは何かが来ることに対する、備えを促すための沈黙である事に人間は気づく。

 交渉団と呼ばれる彼らは、一種の驚愕に対する耐性を持ち始めていた。

 

「故に私は、全世界規模である準備を進めておりました」

 

 カシュガルの荒野に残された文字列の数々。

 全てが意味を持った文章は、様々な影響を与え、国を動かした

 積み重ねられた文の中には人類が重い腰を上げるだけの価値が含まれていたのだ。

 だが人類を巧妙に誘い出す罠という可能性なども加味され議論が交わされた末の事。

 幾つかの研究所やアドバイザーたちは、この交渉の破綻こそが人類の破滅であるとの予測を打ち出していた。

 このカシュガルに存在するであろうBETAを統べるものが、人類の思考を模倣し、今までとは違う戦争を再開すれば何が起こるかを突きつけた。

 それは何ら楽観的でも、悲観的でもない、可能な限り現実と地続きの予測であった。

 何故ならば戦場にて異星人の殺戮生命体に対峙する兵士たちは死の恐怖に脅かされていたが、

 研究所に勤める者たちもまた、戦略の観点から人類全体の死への恐怖に浸っていたのだ。

 つまりは誰も彼もがこの戦争に疲れ切っていた、それだけである。 

 それらの働きもあり、各国が合意でまとまり、国連と手を取り合うに至った。

 交渉団はこうして派遣され、カシュガルにてあ号と会話まで行い始めている。

 

 そして今、価値ある文章の一つが開示されようとしている。

 この敵対的であったはずの異星起源種と人類の、約束が交わされ、それが実行に移される。

 人類にとっての新たなる計画の、その産声はこの瞬間をもって響き渡ったに等しかった。

 

「どうか、この光景を、講和へ向けた証として受け取って欲しい」


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