こうして思えば私が躓かなかったほうがおかしいのかもしれない。
そう自嘲的に振り返った江利子は懐かしい顔を見かける。
躓かなかった頃は接点が少なかった彼女。
だからこそ、話せたのかもしれない。

またまたif設定です。
こんな話書いてますが、祐巳も江利子さまも好きなんです。



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2015・03・19
誤字脱字の修正を致しました。


過ぎて行ったあの頃

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最初の躓きはそう、山辺さんと別れたことだった。

初恋にして、一生の恋だと思っていた。いつも先が見えるから面白く感じれなかった毎日が変わったいく。それが私には新鮮で、特別扱いしないくせにお姫様のように接してくれた。兄貴たちとも違う、突き放すところはきちんとしていた。

それが、それが私の宝物のような恋が、一瞬で壊れた。

壊したのは私の好奇心。自分でも思う、好奇心は猫をも殺すって。社会に出た時、ちやほやされることにまた目覚めてしまったとでも言うのか私なら大丈夫だと過信していたのか。

山辺さんの頼りがいがある肩幅が、心の痛みを如実に表していた別れの時。

蓉子に打ち明けた、あの怒りと呆れた複雑な顔。令のどう会話をしていいのか分からない、そんな雰囲気。

それから躓きだした。

微妙な性的嗜好な人間を引き寄せてしまうのか、選んでしまうのか。取りあえずそんな人間と軽い人間とばかり付き合ってしまい、今日会社を自主退職せざるを得なくなった。

適当にホストクラブや行きつけのバーをハシゴし、兄貴たちと親が譲歩して契約出来たマンションに帰る途中に懐かしい顔を見かけた。もう何年も見ていない、顔を合わせていない私の“孫”にあたる由乃ちゃんの親友だった後輩。

 

「江利子さま?」

私は声を掛けるつもりもなかった。だって、飲み明かして自宅に帰る最中なんて。理由も理由だし、誰か伝いに私の話はいっているはずだからプライドが邪魔をして嫌だった。そのまま無視というか、知らない聞こえないふりをして行こうとしたら、祐巳ちゃんは満面の笑みで近づいて来て、

「やっぱり!江利子さまですよね。お久しぶりです、祐巳です。福沢祐巳、リリアン女学園の...」

尻尾でも見えそうなくらいにはしゃぎながら、矢継ぎ早に言うもんだから。

「祐巳ちゃん、もう夜も遅いから。それに覚えてるしね、皆まで言わなくて大丈夫よ」

ため息交じりに言えば、祐巳ちゃんは照れながら少し苦い顔をした。

「あはっ。そうですよね、そうでした。」

継ぐ会話がお互いに見つからない。祐巳ちゃんは今の私の話を聞いているとしても面と向かって聞くような子ではないから、私が困っているのかもしれない。蓉子や聖に聞いていたのは祐巳ちゃんがリリアンの高等学部で薔薇様での活躍などで。大学はそのままエスカレータするのかと思ったが、教育や福祉に力を入れてる大学が地方にあるとかでそこを希望したと聞いた。由乃ちゃんが拗ねていたと令が苦笑いしていたのを思い出す。

「何年振りかしら?大人の女性になったわね、祐巳ちゃん」

人恋しいのか、懐かしい顔に出会ってしまい名残惜しいのか私は会話をしようとしている。

「ええ...と。七、八年は確実に経ってますね、あれ?卒業式に会って以来だからもっとかな」

祐巳ちゃんは昔のように聖が例えた百面相をしている。それに可笑しくなり笑ってしまう。

「江利子さま、酷いですよ~」

祐巳ちゃんはまたまた百面相とともに訴えてくる。

「ごめんなさい...だって、祐巳ちゃんちっとも変わらないから」

笑いと言葉が同時進行に口に出る。こんなに笑えたのはいつ振りだろうか。泣き笑いなのか、嬉し泣きなのか涙さえ出てくる。

「わ、わ。ハンカチっ、持ち合わせが使ったものしかありませんが...ティシューにすれば、あれ?どこいったっけ」

祐巳ちゃんが慌てだす。もう視界は滲んでいて、崩れかけている化粧が更に落ちていく。

 

「ありがとう、祐巳ちゃん。」

コンビニの駐車場に停めた祐巳ちゃんの車の中で、一頻り泣いた。言葉に出来ない想いから、もう重ねてしまった諦めや自分への呆れを全て吐き出すように。

祐巳ちゃんは見ないふりをして、でも令も蓉子もしてくれなかった声を敢えて掛けない事をしてくれた。

「喉、乾きましたね。ちょっと待っててください」

そう言い終わらない内にドアを開けて、コンビニに入って行く。煌々と目に痛い明るさが私にはお似合いのような、祐巳ちゃんには不似合いな場所で、いつまでも彼女は温室で丹精されるべきなだろうと思う。蓉子や聖が、祥子が大切に守っているのだろう。だから、私は彼女の人生に入り込める隙を見つけてはいけないように感じて車から出ようとした。

「お待たせしました。...って、どこに行かれるんですか?女性一人だと危ないですって」

祐巳ちゃんは私の手を掴んで止め、ついでとばかりにご丁寧にシートベルトをしてくれる。

「はぁ...その強引さは似ないでいい様な誰かさん譲りかしら」

居もしない蓉子をからかう口調で言ってみるが、いつか笑いにした疲れたOLのような言い方だった。罰があたったのかもしれない。

「蓉子さまですか?祥子さまも蓉子さまも、考えたら当時の皆さん凄いですよね...」

祐巳ちゃんは違和感のあるような、ないような言い方をして笑った。私に同意を求めているのだろうか。

「そうだ!江利子さま、明日というか今日ですけど。何か予定ありますか?」

私にやっと飲み物を渡してくれて、メイク落としも一緒に差し出しながら聞いてくる。解放されてしまった私に、しばらくは予定はない。仕事関係で遊んだ相手は連絡すら取れないし、派手に遊ぶには些か、休息を求めているから無理である。

「ないのよね、困ったことに」

自嘲的に笑えば祐巳ちゃんは他意のない顔で嬉しそうにしだす。

「本当ですか?じゃあ、これから海に行きませんか」

聞いておきながら、車を走らせ出す。疑問形にするなら答えを言わせるのが後輩の務めではないのか、と言いたいが私はカーステレオで流れる洋楽に自分を宥める。

騒々しいテンポながら静かに唄う男が、心地よかった。

途中何度か祐巳ちゃんはあれ?とか唸りを上げていたが、私は拉致された手前無視を決め込んだ。夢と祐巳ちゃんの車の中を行き来をした所で、軽く揺すられる。

「やっと着いたの?」

いつかのように意地悪な声音を出し、問う。

「この時間だからこそのプレゼントです。お待たせして申し訳ございません」

昔は良く、祥子の言葉・態度に一喜一憂していた彼女、その面影がなく大人な顔つきで優しく笑う。私は差し出されたその手を掴み、外に出る。見たこともない、日本なのかと疑うその景色に目を奪われてしまう。

穏やかな波の音、空と海が一体になる様。

月と太陽がその時にしか、今日が最後かもしれない一瞬の交差の名残。

感動、そんな陳腐な言葉が失礼で、私は語彙の少なさを悔やむ。これでも、芸術学部出身なのに。

涙を流すのがおかしく感じられ、必死に目に焼き付けようとするが自然は流れていく。

空が完全に白と青の模様に変わり出すと、祐巳ちゃんは何故だか砂遊びを始めだした。

波が攫っていくのに飽きもせずに、何度も何度も築き上げていく。見て居られなくなり、蓉子のような諭し方も聖のような優しさも出来ない私はきつい言い方をそのままに放る。

「祐巳ちゃん、そんなところじゃ上手くできないわよ」

手を止めさせ、波が来ない場所を指し示すが祐巳ちゃんは首を振り、自嘲的に笑う。

「ここでいいんです。ここがいいんです」

そう言って、完全に波に攫われた砂山を眺めていた。

 

 

/

帰り道、お腹が空きファミレスに入り私は近況を語った。自分の言葉でしっかりと言いたかったから。もう交わる点と線ではないかもしれない祐巳ちゃんだからなのかもしれない。

一気に言葉にしていくと、簡単に安い物語になってしまった。

「江利子さまの、それが今までの人生なんですね。色んな色が入ってて、綺麗とは言い難いですけど。これからも沢山の色、使われるんだろうな」

非常に抽象的に言う後輩にどうでもいいや、と思ってしまう。ただ、聞いて欲しかっただけなのかもしれない。返ってくる言葉が期待させるようなものとか頷けるものでもなくとも。

良く食べて、良く話し、良く笑って太陽が真上に来る前に帰る支度をする。祐巳ちゃんは本当に良く食べたが、楽しませたお駄賃にしてあげよう。これが私なりの後輩への思いやり。

断る彼女に社会の仕組みを言い聞かせて、運転手に任命する。

行きと同じように車中は音楽以外の音がない。R&B歌手の女性が社会への怒りを出している最中に祐巳ちゃんが零す。

「もうすぐ、結婚するんです。」

主語がないから、最後に交わした蓉子との会話を記憶から引っ張り出す。蓉子でも聖でも、祥子でもないはず。

「ふふっ。今、蓉子さまや祥子さまを思い出しませんでした?」

まるで祐巳ちゃんと立場が入れ替わったような点に釈然としない。黙ったままでいると、

「私が結婚するんです。」

おめでたい報告なのにちっとも嬉しくなさそうな祐巳ちゃん。考えればファミレスでも祐巳ちゃん自身の話は余り聞いてなかった。失敗談や面白話が多くて、祐巳ちゃんはセンスが違うと笑った。

「なんでそんな顔するのよ?祐巳ちゃんにとって申し分ない相手でしょう?じゃなきゃ、祥子と聖はもちろんのこと、蓉子や由乃ちゃん、果ては志摩子や令にその妹たちが烈火のごとく怒りだすでしょうよ」

想像からの笑みを見せてみせるが、祐巳ちゃんはため息から苦笑いを浮かべる。

「はい、とても素敵な方です。釣り合わないくらいで、家族も皆も心配してます」

それは諦めの表情で、似合わない顔だった。いつか、祥子との擦れ違いからでもこんな顔は見せなかったはずだろうと感じるくらい、昔を知る私からすれば似合わない。

「マリッジブルー?思い切りは良いけれど、悪い思い切りは止しなさいよ?」

どう言ってあげればいいのか分からずに、ただそう言葉を掛ける。

「そうですね...。とっても、良い結婚生活なんでしょうね」

他人事のように言う彼女は、海外に行くから式は身内だけでするとか祥子すらも来ないとかを話した。ちょうど都内に戻って来た。土曜日でも出社する人たちを眺める。うわの空で祐巳ちゃんにナビをして、明日からの事を考えてみる。

寝ていないせいか、考えが上手くいかない。

「着きましたよ、江利子さまって結構いいマンションにお住まいで」

祐巳ちゃんは悪戯っ子のように言うけれど、ここの維持費も考えなくては。

「上がって行くでしょう?お茶はだせないけれど、コーヒーなら」

言い終わらない内から祐巳ちゃんは答えを伝えてきていた。

「明日経つので、もうあっちに帰らないと」

悲しむように言う彼女の気持ちが移ったのか、がっかりしてしまう。私は祐巳ちゃんとの縁を放したくないのかもしれない。

「そう、だったら住所教えてちょうだい。何かお礼とお祝いを送るから」

少し考え込む彼女に、もしかして私だけだったのかと思ってしまう。こんな私だったかと頭を抱えたくなる。

「じゃあ、江利子さまの今までの最後のキスとこれからの最初のキスをください」

良いことを考えた子どものように言うけれど、良く分からない。当事者でなきゃ笑うところだけれど、当人になると固まるしかない祐巳ちゃんの言い方に、追い付かないまま進んでいく。気が付けば、軽く唇が触れてを何度かかされて。

「お礼、とお祝い、ありがとうございました。皆には内緒で」

楽しそうに笑う彼女を茫然と見送り、部屋に帰り軽くシャワーを浴びて寝た。何も考えずに、兄貴たちからの連絡も男友達の連絡もスルーをして只管、寝た。

もう充分に寝て、一人を味わい尽くしてたまに、唇を触れてみたが自分の唇である認識でしかなかった。

やる気漲る、とまでいかないが飽きてきた頃に再就職活動をした。

蓉子や聖と連絡をたまに取るようになった、令からの連絡が切っ掛けだった。

再就職が決まり、ご飯を行くまでに修復し出した。

祐巳ちゃんと再会したのが良かったのかもしれない、やはりお礼を送りたいそう考えていた矢先。

蓉子からの連絡があった。珍しく動転している蓉子の後ろに聖がいるのか電話が代わる。

「江利子、良く聞いて。」

聖も動転しているのかしら。

「聞いてるわよ。なに、どうしたの」

深呼吸をする息遣いが聞こえてきて

「祐巳ちゃんがね、亡くなったんだ。今、弟から連絡があって...」

聖の声が遠くに聞こえだす。祐巳ちゃんとの再会も話の内容はもってのほか、二人には話していない。

暗転するかのように目の前が暗くなる。

祐巳ちゃんが見せた表情や海での出来事、服装や仕草、車ですらついさっきのように思い出せる。

軽くキスをした感触すら、鮮明によみがえる。急に、思い出したのだ。

 

 

 

 


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