失われた約束の地   作:米山ともき

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 Johnny's Heroines

 

 

 

 

 今日は、いよいよ僕ら大洗女子と聖グロリアーナ女学院戦車道チームとの対抗戦。

 

 おそらく、聖グロリアーナが鎧袖一触どころではない強豪だということを

みんなは知らないだろう。

 僕はたまたま、高橋先生が構築したシミュレーターで知ってしまった。

 まず、彼女たちの戦車を倒せるだけの主砲を持っているのは、Ⅲ号突撃砲F型だけで、

あとは当たってもはじかれてしまう。リーやⅣ号D型なら接射すればあるいは……。

 装甲の薄さは目を覆うばかり。これもまともなのはⅢ号突撃砲F型だけ。

 でも、Ⅲ突は、主砲が前方固定。動き回る敵に当てに行くのは困難だ。

 そして、僕たちの練度。

 冷泉先輩をのぞけば、戦車を手足のように操れるドライバーはいない。

 西住先輩をのぞけば、遮蔽物や地形を利用して、有利な体勢にもっていける車長はいない。

 元バレー部は、実弾演習と照準装置、砲のとりまわしやすさで、

近距離なら行進間でも当たられる。

 しかし、その砲弾は、およそほとんどの戦車に通用しない。

 ほかは推して知るべしだ。

 生徒会にいたっては、いままで1発も当てていない。しかし会長も、

当の河嶋さんもなんとも思ってない。

 恐ろしいほどのポジティブシンキングだ。普通ならへこむ。

 だけど僕は、それを責めようと思わない。それに会長が何も言わないんだから。

 

 不安要素はもうひとつある。隊長になった西住先輩が、河嶋さんの立てた大ざっぱな

作戦らしきものを、ほぼそのまま使うことにしたことだ。

 別にこれは西住先輩が手を抜いたわけではなく、たぶん黒森峰レベルの作戦を

僕らに与えたとしても、実行できないと思ったからだろう。

 

 

 

 大洗港に、喫水線の下の赤い船体を大きく露出したフラットトップ都市艦が入港する。

 水面と喫水線が一致するような低重心状態で岸に向かったら、大陸棚でつっかえる。

 入ってきたのは、この間竣工した、第二学園艦埠頭。

 大洗艦より大きな学園艦を入港させるためのものだ。

 

 見比べてみると、スケールの違うプラモデルの船がならんでいるようにしかみえない。

 聖グロリアーナは、すべてのパーツが大洗艦の何割り増しかの大きさになっている。

 

 朝6時。大洗女子戦車倉庫前。

 懸念されていた冷泉先輩も(西住先輩たちの必死の努力により)ちゃんと間に合った。

 断じて起きようとしない冷泉先輩をたたき起こすために、

ご近所にはかなり迷惑かけたそうだけど。

 

 

 

 僕たちは、久しぶりに陸に上がった。

 海から離れていくと、今まで常にしていた潮の香りも感じなくなった。

 道路交通法も銃刀法も、附則で戦車道に関しては規定を適用しないと定めているので、

何の運転免許もなくても、戦車なら堂々と公道を走れる。

 被害補償は、日本戦車道連盟が、身銭を切って行うことになっている。

 民事訴訟の相手方も、連盟だ。

 

 

 

 聖グロも戦車を陸揚げするようだ。

 あの一番でかいのが大将騎だろう。こいつだけグリーン。

 なんとも、みるからにデリカシーが欠如した戦車だ。

 最初から戦車に乗るのが女性だけだったら、戦車はもっと洗練された乗り物だったかも。

 そいつに従者のごとくついてくるのは、砂漠色の4輌の戦車たち。

 あの「妖怪英国戦車」を見たあとでは、どんな戦車でも格好良く見える気がする。

 

 もちろん、なんて名前の戦車なのか、僕はぜんぜん知らない。

 英国と言い切っちゃうのは、聖グロの英国崇拝ぶりは知らぬものがないから。

 

 何とも気が重い。

 戦車道始めたばかりの僕たちが、なぜか初の対外試合で、高校四強の一角と戦うんだ。

 

 はなっからそれでは、終わったあとの落胆ぶりはそうとうなものだろう。

 とくに、僕の所属するDチームは、メンタル的には普通の女の子たち。

 元バレー部のようにしごきに耐えてきたわけでもなければ、生徒会のように骨の髄からの

楽天主義者でも、日頃から歴コスの人たちのように心臓に毛が生えてるわけでもない。

 終わったあとにトラウマになって、みんなやめるといいだすかもしれない。

 結局、わからないのは、西住先輩がどう戦うのか。ということだけ。

 

 まったく、どこの「アパッチ野球軍」なんだろう。

 寄せ集めが強豪と戦って勝てなんて。

 いや、蝶野一尉はあの主人公の野球コーチみたいに勤勉じゃない。

 

 キャプテン、ともちがうわね。

 主人公は転校生だけど、彼は二軍かつ補欠だから。

 

 じゃあ、西住先輩は星飛雄馬?

 親からスパルタされてるけど……高校時代でいえばメンタルがぜんぜん違う。

 あえていうなら、恋人に死なれたあとの……ネガだなあ。

 

 やっぱり、鮎原こずえ?

 うーん、転校生だけど、西住先輩と冷泉先輩を足して2で割らないってキャラだから。

 

 流全次郎……。

 なんでそっちいくかなあ。西住先輩は手錠もしてないし親殺しじゃないし。

 

 古い漫画ばかり。

 しょうがないね。漫画って、アポロが月に行ってからあれこれ不祥事起こして廃れたから。

 最大ひどいのが「破廉恥学園」とかいう漫画。

 まあ、女の子の裸出すぐらいなら、PTAに叩かれただけですんだわね。

 ……よりによって、男の乗った戦車が、女の子を砲撃で殺しちゃったからね。

 日本中を敵に回してやっていけるわけがない。

 表現の自由の問題って擁護してた人たちさえ離反したそうだ。

 

 あとまあ、ロボットものがことごとく戦車を一方的に壊したのも効いた。

 

 そんなわけで現状、公序良俗にふれない、よい子のための漫画以外なくなった。

 ガキ大将も恋愛もだめなんだから、どうにもならない。

 漫画映画もテレビまんがも、ほぼ死に絶えた。

 アメリカに最大大手がひとつ、日本に作家と呼ぶべき人たちが興した会社がひとつ。

 そして、恐ろしく古い漫画が再版くりかえしてる。

 いや、それまでの日本とアメリカが異常だったんだなあ。きっと。

 

 元バレー部の愛読書は、なぜか「のらくろ」。……旧仮名遣いの。

 ホイペットが出てくるとかいってたな。

 僕よりずっと勉強熱心だ。僕が大洗の戦車名前、全部覚えたのはついこの間だから。

 

 

 

「アキラくん。どうしたの?」

 

 車長の梓ちゃんが、僕のこと気にしている。

 なんとか奇跡を西住先輩にみいだそうとしているうちに、思考があさってにいっちゃった。

 

「しっかりしてよ。はじめての試合でしょ。みんな昨日から楽しみにしているんだから」

「ああ、ごめんね。大丈夫だから」

 

 これは肉声じゃなくて、スロートマイク越しの会話。

 戦車のパーツじゃないから、最新の民生品を使ってる。

 バイクのツーリングで無線で会話するためのいまどきのもの。チョーカータイプ。

 大戦時のものみたいに、結局雑音ひろったり、つけていると不快感があるわけじゃない。

 フィルターの方も工事現場で使うような、60~70dB以上の音圧の音をカットするもの。

 だから、難聴の心配もないし、普通に会話しても通じる。

 ただ、常時両手を空けておかなければならない僕だけは、どっかから調達した

超指向性マイクと一体型のヘッドセットをつけている。

 やっぱりスロートマイクは、必要なときは手で押さえる必要があるから。

 みんなのしているヘッドフォンは、ありふれたオーディオ用の密閉型。

 凝る人はDJやレコーディングエンジニアが使うプロ用とか、逆に大戦時の現物を使うとか。

 そんなことしても、たいして変わらないような気がするけど。

 

「そうよね、僕も楽しみにしてたよ」

 

 そういって笑顔を作る。

 梓ちゃんは安心したのか、またハッチから上半身を出して外を見だした。

 

 

 

 今回は親善試合で、かつ、向こうがこっちと同数と宣言しているので、

試合開始地点に両方の戦車を向かい合わせに並べて、開始前の礼をする。

 公式戦では、レギュラーメンバーの戦力をどうするかからが試合なので、

相手の戦力は、試合終了までわからない。索敵識別も戦車道の技能ということのようね。

 戦車道に限った話じゃないけど。遭遇戦であれば。

 

 戦車の前には、両方の各車車長だけが整列し、あいさつする。

 だから僕たちその他の乗員は、車内でエンジン切って待機してる。

 外からは見えないけど、礼儀として背筋を伸ばして姿勢良く、各配置についている。

 なぜか、河嶋さんが口上を述べる。本当なら西住先輩のお仕事だろうけど。

 やっぱり先輩は、人見知りしているみたいだ。

 

「本日は急な申し込みにもかかわらず、試合を受けていただき感謝する」

 

 こういう姿だけみせているなら、河嶋さんも切れ者に思える。

 もちろん見えないけど。戦車の中からもだけど、心の目からも。

 

「かまいませんことよ」

 

 向こうの隊長さんの声も聞こえる。

 聞いただけなら、いかにもなお嬢さん言葉だ。

 だけど、まったくおっとりしてない。

 

「それにしても……」

 

 向こうの隊長さんは、やっぱりこっちの戦車に思うところがあるのだろう。

 

「……個性的な戦車ですわねえ」

 

 ということにしましたか。どんな表情してるかわからないけど、

ポーカーフェイスの中では、さぞかし怒ってるんだろうな。「戦車なんだと思ってる」って。

 いや、それはないか。わざわざ時間作って、横浜から鹿島灘までやって来て、

すごい強豪なのに門前払いレベルの初心者との試合受けてくれる、できた人物なんだから。

 大人の対応ね。西住先輩とは違う意味でおもしろがっているかも知れない。

 

「ですが、私たちは『どんな相手』にも全力を尽くしますの」

 

 つまり、こちらの力は(とっくにわかってるだろうけど)見切っていると。

 ついでに頭のネジが1輌のぞいて、2、3本飛んでると。

 遊んであげませんわ。箸にも棒にもかからなければ、さっさとおしまいにしますわよ。

 そういう宣言ですね。みんなにはお嬢様の高飛車ぐらいに聞こえるだろうけど。

 西住先輩と、確信犯的生徒会長をのぞいて。

 

「サンダースやプラウダみたいな下品な戦いはいたしませんの」

 

 煮ても焼いても食えないひとだ、わざわざ世間知らずの高飛車お嬢様を演じてる。

 たぶんまちがいなく西住先輩が何者か知ってるから、王者黒森峰の名前は出さない。

 本当ならいちばん憎らしいはずだけどね。この人も大統領の同類っぽい。

 いや、そうなら『どんな相手』は、西住先輩も含めた言葉なのかしら?

 全力を尽くす。ていうのは二重の意味があるということね。

 

「騎士道精神で、お互い頑張りましょう」

 

 シヴァルリーですか。

 ……つまり、結果はどうあれ、みっともない戦いだけはしたくないですわ。ということね。

 でも、この言葉に応えられるのは、西住先輩ただひとりだ。

 相手の隊長さんも、ある意味怪物だ。

 きっと学校では気取って紅茶を飲んで、家では(本当は格上の飲み物の)コーヒーから

夏だったら麦茶まで、平然と飲むような、ペルソナをかぶった人間だ。

 なにしろ、こちらを威圧しようともしないばかりか、強そうオーラも出さないんだから。

 気取らずコーヒーを飲み、名家の出身なのに庶民の娘みたいに行動する能鷹の西住先輩も、

(本人に自覚はないけど)怖い人だけどね。

 この人と西住先輩は、どういう戦いをするんだろう。

 そう思うと、なんか急に面白くなってきたわね。

 

 

 

 両隊の車長たちは、審判の合図で礼をすると、スタートラインに戦車を走らせる。

 

 全車定位置についた。試合開始の合図を待つ緊張の一瞬。

 ヘッドフォンから声が聞こえる。

 外線の無線だ。

 

『用意はいいか? 隊長』

『あ、はい』

『すべては貴様にかかっている。しっかりたのむぞ』

 

 河嶋さん。いわずもがなのことを……。

 まだ隊長の座をとられたこと、根に持ってるのかな。

 

『試合開始!』

 

 主審の宣言とともに、僕たちの初陣が始まった。

 

 

 

 全戦車が機関始動。動きだす。車間通信が開く。

 

『いよいよ始まりましたね』

『あ、うん』

 

「あのー、それでどうするんでしたっけ?」

 これはうちの通信手。宇津木優季ちゃん。

 

 西住先輩の声で、全車に返信がある。

 

『先ほど説明しましたとおり、今回は殲滅戦ルールが適用されますので、

 どちらかが全部やられたら負けになります。

 まず、我々Aチームが偵察に向かいますので、各チームは100mほど前進したところで

 待機していてください』

 

 各車から了解の返信をする。

 

『わかりました!』

「はーい!」

『御意!』

『なんか作戦名ないの?』

 

 これは会長のリクエスト。

 

『は、作戦名は……えーと、「こそこそ作戦」です。

 こそこそ隠れて相手の出方を見て、こそこそ攻撃をしかけたいと思います』

『姑息な作戦だな』

『桃ちゃんが立てたんじゃない』

 

 ふふ、ブーメランとはこのことですね。

 でも、小山さん。ちょっと違います。

「聖グロの出方を観察し、正面からの攻撃はさけ、ゲリラ戦をやる」といっているんです。

 

 

 

 僕たちが停止している台地からは、前進中の聖グロ戦車隊がよく見える。

 

『チャーチル1輌、マチルダⅡ4輌前進中』

 

 ウルトラ不細工な戦車には、まことにふさわしい名前がついていた。

 きっと彼と同じく、ツラの皮も厚いんだろう。

 向こうの隊長さん。その戦車に乗っている時点で下品ですよ。

 ……どうせわかっててやってるんでしょうけど。

 

 秋山先輩がこっちの主砲では向こうの正面装甲は抜けないというと、西住先輩は、

「そこは戦術と腕かな」なんて大胆不敵なことをいってます。

 先輩の普段からは、想像もできません。

 これは、期待できるかも……。

 

 僕たち4輌は、所定位置で待機。

 西住先輩のAチーム単独で斥候とおとりをやりに出発しました。

 すると……

 

 ……時間がかかりそうと見たみんなが点々バラバラなことを始めました。

 

 元バレー部は、ボールを出してトスの練習。

「いつも心にバレーボール!」

 いや、今はそういうときじゃないでしょ。

 

 会長は、折りたたみ寝椅子を出してリラックス。

「待つのも作戦のうちだよー」

 せめて臨戦態勢で待ってください。

 

 歴コスチームは、なぜか全員で前方注視。

 戦史とかも好きそうだから、いい方向に作用してるみたい。

 

 そして僕たちは……

「革命!」

「しまったどうしよー」

 ……例の「失敗兵器トランプ」で、大富豪やってます。

「革命」はロカルー。4枚同数字のカードをそろえて出すと、

ゲームが終わるまでジョーカー以外の札の強さが逆転。3が最強で2が最弱。

 終盤でやると、上がりに近い人がピンチになります。

 このとき出したのは、クイーンのパンジャンドラム。英国面だなあ。

 

 

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。Aチームから入電!

 

『Aチーム。敵を引きつけつつ、あと3分で待機地点に到着します』

 

 無線をモニターしていた河嶋さんが叫ぶ。

 

「Aチームが戻ってきたぞ-! さっさと戦車に乗り込めー」

「えー、ウソ」

「せっかく革命起こしたのに」

 

 Aチームはそうとう撃たれまくったようだけど、5輌の公算射撃でも、西住先輩と冷泉先輩の

タッグには通じなかったようだ。

 

『あと600mで、敵車輌射程内です!』

 

 みんなあわただしくそれぞれの戦車に乗り込む。

 父ならどんなこというかわかんないけど、どうせ車内に待機してても、

数百m先の敵に当てられる技量はない。

 咄嗟出撃の訓練だと思えばいいか。

 

『――撃て撃てえーっ!』

 

 視界に何かを認めたらしい河嶋さんが絶叫した。

 

『待ってください』

『味方を撃ってどうすんのよー!』

 

 ……もろ、ピカピカの新兵だわ。

 ブルーオンブルーなんて、どんだけテンパってんのよ。

 ……やっぱりこの人。ポンコツかわいい……。

 

 しかし、当然後方を走る聖グロにはしっかり視認されて、待ち伏せがおじゃんになった。

 

『撃てぇ!』

 

 今度は本当の敵襲。

 だけど、こんな近距離でも当たっていないらしい。

 もともとの技量不足と、初実戦だから当然かも知れないけど。

 

『撃て撃て撃てぃ!!』

『そんなバラバラに攻撃しても。履帯を狙ってください』

 

 西住先輩の指示も、誰も聞いちゃいない。

 もう正面には何もないようだけど、みんなトリガーハッピーになって撃ちまくってる。

 僕が装てんすると、あゆみちゃんが撃っちゃう。

 

 そのうち西住先輩が心配していたとおり、聖グロは脇の斜面を走って、こっちに登ってきた。

 Ⅲ突は向き変えして、他の戦車は砲塔を指向して応戦するけど、僕たちについていえば

桂利奈ちゃんが動かさないから、75mm使えないです。

 梓ちゃんは37mmの指揮でいっぱいいっぱい。75mm車体砲があること忘れてる。

 

『もっと撃てー! 次々撃てー! 見えるものはすべて撃てぇ!!』

 

 河嶋さんうるさいっ! いったいあなたってひとは何なんですか。

 危ないけど西住先輩のまねして、僕もドア開けて顔出して視認する。

 聖グロは岩やらなにやらを障害物にして、整然と攻撃。

 こっちはあわてて撃ってるだけだ。

 

 こっちはやみくもに撃ってるだけと看破した聖グロは距離詰めてくる。

 

『すごいアタック!』

「ありえなーい!」

『落ち着いてください。攻撃やめないで』

 

 西住先輩だけが落ち着いている。修羅場くぐってるから。

 しかし、どんどん降り注ぐ至近弾は、とくに僕たちDチームをパニックに追い込んだ。

 

「無理ですー!」

「もういやあ!」

 

 まずい! みんなのタガが吹っ飛んだ!

 

「みんな待って!」

 

 優季ちゃんが左ドアを開けようとしている。

 僕は、とっさに低い太い声で叫んだ。僕まで抑制がきかない。

 皆が一瞬、凍り付く。

 

「アキラ……くん?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 みんなの視線が僕に集まった。

 僕は真顔で、おもむろに言った。

 

「……逃げるなら、戦車で逃げよう」

 

 

 

 普段なら思い切りすべっているところだが、みんな真に受けた。

 すぐに桂利奈ちゃんが、全速で敵とは逆に進路を取る。

 

「逃げるって……アキラくん、どこへ?」

「大洗の市街地へ行こう」

 

 敵前逃亡もいいところだけどしょうがない。

 踏みとどまって戦えなんていうだけ無駄だし、外は砲弾飛び交う戦場だ。かえって危険。

 

 こうして僕たちは、西住先輩の指示もないまま、市街地に向けて遁走した。

 

 

 

 さらに混乱は続く。

 生徒会の38(t)が後退しながら戦闘中に、アクシデントに見舞われた。

 

『あれ? あれれれっ?』

『あー、履帯はずれちゃったね。38(t)は外れやすいからな』

 

 会長は全く緊張感がない口調で平常運転。このひとだけ騒ぎの渦からはなれてる。

 ある意味。というか普通にすごい。

 

 

 

 西住先輩は、ここで仕切り直しが必要と判断した。

 通信手のもーやだ先輩に、各車の安否を確認させる。

 

『Bチームどうですか?』

 

 近藤さんが答えた。

 

『なんとか大丈夫です』

 

『Cチーム』

『言うにおよばず!』

 

 車長のエルヴィン松本さんだ。

 

『Dチーム』

 

 だめだめ、優季ちゃんはガタガタ震えていて、無線にでられない。

 

『Eチーム』

『ダメっぽいね』

『無事な車輌はとことん撃ち返せぇ!』

 

 たぶん河嶋さんは、自分が何をわめいているかもわからない状態だろう。

 

『私たちどうしたら』

『隊長殿。指示を』

『撃って撃って撃ちまくれー!!』

 

 河嶋さん。あなたもういいから……。休んでてください。

 

 結局、西住先輩は、自分の考えで事態の収拾を図る気になった。

 

『BCチーム、私たちの後についてきてください。移動します!』

『わかりました』

『心得た』

『なにぃ? 許さんぞぉ!』

 

 河嶋さん。安らかに眠ってください。履帯が外れて動けないんですから。

 

『もっとこそこそ作戦を、開始します!』

 

 

 

 勝手知ったる何とかで、僕たちは地理不案内な人が見落としそうなところに隠れている。

 西住先輩は「もっとこそこそ作戦」の発動を宣言。状況が再開した。

 といっても、その内容は誰も知らない。

 僕たちは息を潜めて、隠れているしかなかった。

 

 

 

 ABCの3チームも、市街地目指して撤退を開始した。

 生徒会Eチームを残して。

 このとき、Bチームはチャーチルのツラの皮に一発くれてやったそうだけど。

 当然はじかれてる。

 

 西住先輩の策は、こちらが地理を知っているという点でアドバンテージのある大洗市街で、

ゲリラ戦を仕掛けるというもののようだ。

 

 

 

 無線越しに味方の発砲音が二度響いた。

 

『そーれっ!』

『そーれっ!』

 

『こちらCチーム。1輌撃破!』

『Bチーム。1輌撃破!』

 

 あとで聞いたところでは、Cチームは路地に隠れて伏せ撃ちにし、Bチームは立体駐車場を

つかったトラップで油断を誘って後ろから撃ったそうだ。

 リーの車体に登って見ると、遠くに煙がたなびいている。

 

 しかし、戦場の霧というものを、みんな理解してなかった。

 

『聖グロリアーナ女学院。マチルダⅡ、走行不能』

 

 あれ? 「2輌」じゃないわ。アナウンスは。

 

 Ⅲ突はさらにマチルダを視認したらしい。

 

『路地裏に逃げ込め。入り組んだ道に入ってしまえば、Ⅲ突は車高が低いからな』

 

 エルヴィン松本さんがそういったとたん、無線に轟音が響く。

 さらに発射音と、それに加えて爆発音らしきものが響いた。

 

『Cチーム。走行不能!』

『Bチーム敵撃破失敗。及び走行不能! すみません』

 

 Bチームは「幻の戦果」だった。

 マチルダの外部増加燃料タンクを撃って、撃破と誤認したそうだ。

 

 Cチームは、例の旗指物のせいで、せっかくの車高の低さを台無しにした。

 

 つづいてAチームの車内通信が入ってくる。

 西住先輩は、Aチームだけになったと思ったようだ。

 しかも、Ⅳ号は発見され、敵の連携の良さから包囲されそうになっているみたい。

 

 とうとう敵4輌から追われる身になったⅣ号。

 間が悪く、工事中で前途がとぎれたところに追い込まれたらしい。

 

『こんな格言を知ってる? イギリス人は恋愛と戦争では、手段を選ばない』

 

 これは向こうの隊長ね。

 どうやらハッチから身を乗り出して、西住先輩と同じように対峙しているみたい。

 ……というか、その格言って「下品」のうちにはいりませんか?

 

 何者かが履帯の轟音を響かせて、両者の間に割って入ったのはそのときだった。

 

『参上ぉーっ!』

 

『生徒会チーム!』

『履帯直したんですね』

 

 まさかですね。

 普通ならあそこで自分でリタイアしないといけないんでしょうが、同年代の男性の2倍を誇る

大統領の腕力でなんとかしたようです。戦闘訓練を受けてない人なのに怪力です。

 単純に腕力勝負なら、西住先輩も僕も、大統領に勝てません。

 

『撃てえ!』

 

 河嶋さん、立ち直ったみたいですね。

 しかし、空しく響く発砲音……。

 

『お……』

『桃ちゃん……ここで外す?』

 

 その直後、38(t)はタコ殴りにされました。

 

『やられたあー』

 

 しかし、それは無駄ではありませんでした。

 会長たちが注目を集めているあいだに、Ⅳ号がそのすきを突きました。

 

『前進! 一撃で離脱して! 路地左折!』

 

 Ⅳ号が至近距離からマチルダに接射して、路地に逃げ込んだ。

 

『聖グロリアーナ女学院。マチルダⅡ、走行不能!』

 

 観戦していた高橋先生によると、Ⅳ号はこのあと大通りを押さえ、出会い頭にマチルダ1輌を

目と鼻の先で撃破して、交差点の反対側にでて、後続のマチルダをさらに撃破。

 チャーチルとワンオンワンの状況にもっていった。

 あっというまの出来事だった。アナウンスが立て続けに流れる。

 その直後にのっそりあらわれたチャーチルの砲塔側面に一発食らわすも貫通せず。

 

『後退してください。できるだけ、ジグザグに』

『路地に行く?』

『いや、ここで決着をつけます。まわりこんでください。そのまま突撃します。

 ……と、みせかけて、合図で相手の右側部にまわりこみます。はい!』

 

 その直後、両者の発射音と爆発音が響いた。

 

 

 

「兄貴。あれは何だ?」

「左操向レバーだけ全部引ききって、いわばサイドブレーキからドリフトに持ち込んだのと

 同じ事をやったんだろうな。……横二輪の戦車で。信じられんな。

 普通は右旋回なら右にブレーキを掛ける。逆をやって擬似的にカウンターステアみたいな

 状態にしたんだ。そのあとのブレーキの戻しもうまい。きれいに真横につけてみせた」

 

 

 

 アナウンスが聞こえた。

 

『大洗女子学園。Ⅳ号戦車D型、走行不能』

 

 つまり、チャーチルはまだ生きてるんだ。

 しかし、Aチームも観客も、けげんな顔をしているはずね。

 試合が終わってないんだから。

 僕たちの存在を、誰も彼もが忘れていた。ということ。

 

 

 

 たぶん、向こうの隊長はそのことに気がついて、僕たちを捜し始めるだろう。

 僕たちが逃げ切って時間切れになり、隊長車同士のデュエルになっても勝ち目は薄い。

 だったら……。

 

「アキラくん……どうするの?」

 

 6人のチームメイトが、僕を見ている。

 

「……いちかばちか、やるしかないとおもう」

「でも、どうやって? 西住先輩でも勝てなかったのに」

 

 やっぱり、頼る相手はひとりしかいないか。

 

「うん。例のElle çaさんに聞いてみるわ」

 

 そう言うと僕はスマホを取り出して、SNSにアクセスする。

 Elle çaさんが見てくれることを祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

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