ある日曜日の晴れた昼間。僕たちは戦車に乗って、聖グロリアーナ女学院の戦車乗りたちと
戦っていた。
そこには「乙女のたしなみ」も「女子としての道」とかもなく、あるのはただ、砲煙弾雨。
聖グロリアーナとの交流戦は、西住先輩たちのⅣ号が撃破されたことによって、ついに残るは
僕たちが乗るM3リーだけ。もう終わったようなもの。
大洗では15年前の群馬県のどこかの峠とちがって、英才と天才がタッグを組んでも
残念ながら「奇跡」は起きなかった。「車」の性能差がありすぎたのだ。
せっかくフェイントからの慣性ドリフトまで使ったのに……。戦車で。
そういえば、あの人も最初はバトルいやがってたそうだなあ。西住先輩みたく。
本当なら、このリーは大洗の被撃破第1号になってたはず。
僕という「本当なら大洗女子にいてはいけない人間」がいたために、まだ生き残ってる。
僕以外の6人は、新兵のよくかかる病気のまっ最中だ。
それでも、車長の澤梓ちゃんは他の子より気丈なのか、僕と話ができるところまで
立ちなおったようだ。
「アキラくん、これからどうしたらいいの?」
装てん手は、誰の代わりでもできなきゃいけない。と僕に教えたのは西住先輩だ。
車長がピン状態なら、助言するのも仕事のうちかしらね。
「そうね、選択肢は3つ。
ひとつは、ここで降参する。僕らの負け確定。
ひとつは、時間切れまで逃げまわる。そしてすべてを西住先輩におっかぶせる。
でも、これは論外。Ⅳ号があのブルドッグにかなわないのはわかってるし、
それに降参した場合もそうだけど、僕たちは勝手ににげたから、
他のみんなにあわす顔がないわ。
最後のひとつは、ダメもとで戦う。
僕は、かなわなくても戦うしか道がないとおもう。」
車長はあくまで梓ちゃん。すべての決定権は彼女のもの。
「わかった。なら戦うわ。
でも、ただ向かって言っただけじゃ、すぐやられるんじゃないかしら」
僕にもこれ以上はわからない。なら、たよれる人は僕にはひとりしかいない。
僕はスマホをとりだし、電波状況を確認。通信は可能。
「わかったわ。じゃあ、例のElle çaさんに聞いてみるわ」
SNSを起動、パスを入れてアクセス。Elle çaさんにメッセージを送る。
「至急たすけてください」と。
Elle çaさんは、5分ぐらいでレスをくれた。
『ふーん。いま戦車道の試合中で、ラスボスが強くてこまってるんだ』
変換精度はいまいちだけど、時間がおしいので音声入力モードにする。
「おっしゃるとおりです。相手はチャーチルです」
『……うん、で、形式は?』
「え? 形式ってなんですか?」
僕はてっきりチャーチルで通じるものだとおもってた。
『チャーチルにはMkⅠからMkⅧまであんのよっ!
まあ高校生でチャーチル乗ってるラスボスってひとりしかいないから、すぐわかるけど。
……初心者がとんでもないのにケンカ売ってるわね』
「おっしゃるとおりですわ。自分たち以外全滅です」
『あのね……。それと戦車道の筆記試験って、戦車の写真みて、名前と形式。全長全幅全高。
500mごとの主砲貫徹力。上面以外の6つの装甲厚とか書かせられるのよ。
カンニング手伝ってあげないからね。……それはおいておいて。
敵はMkⅦだわ。君たちのリーの型式番号は?』
「M3とだけ」
『M3無印。最初期型だわ。高速撤甲弾のないタイプね。
――結論だけ言うわ。主砲も37mmも、砲塔車体の前面側面とも接射でもだめ。
砲塔後部もだめ。車体後部なら余裕をとって500m以内ならなんとか抜けるわ。
勝機はそれしかないよ』
「500mどころか100mでも当たるかどうかわかりません……」
『……わかった。もーいいわ。当たってくだけてきてね。健闘をいのる!』
蝶野さんは座学なんてどーでもいい。とかいってたけど、大事じゃない!
まあそれはおいておいて……。
「……うしろ取るしかないみたいね」
「でも、アキラくん。どうやって」
僕が、野戦でワンオンワンの状況になったら……
……むやみに動かない。スタミナ切れるから。
同じことだ。相手も西住先輩にさんざん市街地を引きずりまわされたんだ。
だいぶ燃料がこころもとないだろう。
「たぶんだけど、最後に西住先輩と戦った大通りから動いていないかもしれない。
大通りは見つかりやすいけど、こっちを見つけやすい。
それと、おびき寄せたいとも思ってる。だって向こうは、こっちがかくれていたら
自分たちが勝つって知ってるはずだから。
逆に、僕たちをさがしまわったら、ガス欠になるんじゃないかしら」
「どうやって近づくの?」
「一回、大通りにつながる道に出て、そこから歩きでどこにいるか見にいくの。
場所がわかったら、ブルドッグのおしりに一番近い通りを進んで、
いきなり後ろをとっておしまい。
これなら勝てそうな気がしない?」
僕はあえて、みんなににっこり笑ってみせる。
「わかったわ。やってみる」
梓ちゃんは気丈にそう言ってみせる。
けど、みんな本当は怖がってる。あいつの恐怖は本能的なものだ。敵に回ってよくわかった。
戦車道でこうなんだから、実際の戦場で、しかも歩兵の身で戦車に遭遇したら、おちついて
ATMを誘導して戦えるか自信はない。
ヨム・キプルのエジプト兵たちはよくやったよね。
通じるかどうかまだ誰も知らないザガーだけかかえて、数十輌の戦車が突進してくるのに
立ち向かったんだから。
僕の読みは当たった。
チャーチルは大通りに車体を平行にして、停止していた。
顔だけ出してそれを確認した僕は、50m後ろでまっているリーに戻った。
すくなくとも相手は、僕の思いつく程度のことはできる相手だ。
さらに上を行かれたらやっかいだわ。
地図を見ながら、みんなで検討する。
チャーチルはうまい場所取りをしている。
交差点間が200mあるところに陣取ってる。
僕が見たのはチャーチルの正面。周囲の電柱をはかりにして目測で50m。
つまり後ろは150mはなれたところからしか近づけない。
「いまから前進し、敵戦車の後ろにつきます」
梓ちゃんの号令で、エンジンを絞り気味にしながら、チャーチルの背後にまわるべく、
リーは行動を開始した。
時間にすればほんの5分かそこらなんだろうけど、えらく長く感じる。
「装てん完了」
僕は、あゆみちゃんにいつでも撃てると告げる。
リーは2回目の左旋回をした。もう大通りはすぐだ。
「いた。左真横にいるわ」
左にいて、一番先にみつけられる優季ちゃんが予定どおりチャーチルを発見。
「左90度、全速前進。50m進んだら停止し、撃ち方始め」
「あいー」
「了解」
「了解」
僕からはどうなっているのかわからない。
僕が見ることができるのは右サイドドアのクラッペだけ。
「とまって!」
桂利奈ちゃんがアクセル離して急制動。車体がつんのめる。
すこしすべって、止まったあともサスペンションがあばれている。
車体が静止するまで、時間がかかった。
そして……
「あ! 見つかった!」
「まわってこっち向いてくる!」
「もうだめえ! 撃たれる!」
「逃げよー! 逃げよー!」
「……(だまって無表情のまま逃走)」
「みんな逃げちゃダメだってば!」
といってる梓ちゃんまで逃げだした。
左ドアを開けて、いちもくさんに。
僕はあわてて、操縦席のハッチをあけて前を見る。
なんとチャーチルが、その場で回れ右をしている。もう横を向いてる。
弱点の車体後部はかくれてしまった。
みんなもうダメだと思って逃げたんだ。
……NUTS! これまでか……。
僕ももう腹を決めた。
さっさと撃って、終わりにしてよ。
結局、最初にやられるか最後にやられるかだけの違いしかなかった。
僕は、ドライバーズシートに腰掛けて、目をつむって、
最後の時を待つ。
やるだけのことはやったからか、ふしぎと気持ちは澄んでいる……。
だれもいない車内では、リーのアイドリング音だけが聞こえる。
え? なに?
ふいに僕の耳に声が聞こえたような気がした……。
――このままで終わりたくない。
俺はまだ戦えるんだ! 戦わせてくれ!――
――はっ。と気がついて、あたりを見回す。
しかし、当然誰もいない。
聞こえるのは、やっぱりエンジンのアイドリングの音だけ。
でも……。
「そうか、お前も戦いたいんだ。たとえ相手が何であっても……」
僕は口に出してそう言った。
何で僕がそう思ったのか、わからない。
でも、僕もこのとき、座して負けを受け入れる気にはなれなかった。本当は。
ならば戦おう。まだ、僕たちは負けていない。
ハッチの向こうのチャーチルは、一瞬動きをとめたように見える。
みんなが逃げ出したので、あっけにとられたんだろう。
僕は、装てん手だから前の3人が何をどうしてるのか見て知っている。
それに運転の手順はElle çaさんに教わってる。
ええい、ままよ! いちかばちかやってやるわ。
操縦席に座りなおす。
クラッチを踏む。
ギアをセカンドに入れる。
操向レバーを前いっぱいに倒し、アクセルを踏む。
クラッチをゆっくり放しながら、つながる感触をさぐる。アクセルをさらに踏む。
車体が動きだす。
リー、頼む、エンストしないで!
リーがダッシュしたのと、チャーチルが発砲したのは同時だった。
リーはセカンドのまま、轟音をあげて走る。
見よう見まねでシフトアップ。シンクロが入っていて助かった。
チャーチルとリーは、たがいに前を向けあってる。空戦でいうヘッドオン。どうする。
じいさんは、「バンディットとヘッドオンになったら旋回しない」といっていた。
先に旋回した方がついていかれるからだ。
性能がすべて劣勢のF-104Jに乗っていたじいさんは、あえてすれ違って仕切り直すという。
相手から見た相対角度が、あるところから急に大きくなるからだ。
よし、それでいこう。
そのまま前進。右をすりぬける。
と、みせかけて左側へむかう。
あ、コーナリングがスムーズで、スピードが落ちない。
CチームもEチームもギクシャクするのに。これは動かしやすい。
砲塔を指向しかけていたチャーチルは、砲塔を向け直そうとするが、もうおそい。
僕は直近の交差点で左折して、いったん姿をくらました。
どうせあいつはあそこから動かないだろう。こっちを奇襲する理由はないから。
『どうだった?』
「だめでした。さとられてその場で回れ右されました」
僕はもう一度SNSにアクセスして、Elle çaさんとチャットしている。
「あんなことができるんですか?」
『……超信地旋回っていうの。操縦装置がレバー式じゃなくてハンドル式のはみんなできるの』
だから道幅の広い大通りで待っていたんだ。そういえばうちの戦車でできるのはいない。
『でも旋回半径が2種類しかないから操縦はむずかしいわ。そっちはいきなりでも
なんとかなったでしょ?』
「ええ、カートなんかと大して変わりませんでした。あ! これはレバー式だから」
『クレトラックは超信地だけじゃなくて、実は片方の履帯をとめる信地旋回もできないの。
そのぶん操縦が楽なのよ。かわりに車体砲の指向がむずかしいけど』
じゃあ、75mmの運用は操縦手次第ということね。
「でも、チャーチルはたぶんまたあれをやります。いまリーに乗ってるのは自分だけです。
奇襲するのはもうむりです。何か手はありませんか?」
『チャーチルの車体は、どっちの方位を向いていたかしら?』
「こっちから見れば7時半。向こうはたぶん1時半を向いてるつもりでしょう」
『いわゆる昼飯の角度よ。待ち受けの時にそうやって相対角度をつけるの。
傾斜装甲と同じ効果がえられて貫通しにくくなる。
……でも、それなら、ひとつ手があるわ。あなたたちにはむりだと思って書かなかったけど』
ということは、かなりむずかしい裏技ってことのようね。でもやるしかない。
『チャーチルの履帯のフロントフェンダーの直後。側面装甲板に半月状の切り欠きがあるわ。
そこに75mmをたたき込んで。昼飯の角度なら、そこが見えるはず』
至近距離でも、そうとうむずかしそうだ。
でも、そこに当てれば、何が起こるんだろう。
『チャーチルは菱形戦車と同じで、上下の履帯の空間に、車体内部が出っぱってるの。
だから側面にドアハッチがあるわ。
履帯に隠れている車体内部は、ぺらぺらの紙装甲。
しかし、なぜか側面装甲に切り欠きがあって、そこからそいつがまる見えなの』
だったらそのウルトラCをこなせば、勝てる可能性がないわけじゃないってことね。
「わかりました。一発勝負ですけど、やってみます!」
『まあ、失敗しても死ぬわけじゃないから。気を楽にしてね』
たぶんさっきと同じ待ち伏せをしてるだろうと思って様子を探ると、
案の定おなじ向きでまってる。
だったらこっちも同じ手できたと思わせるだけ。
今度はおもいっきり接近する。しかし減速はゆるやかに。
30mぐらいまでこれたかな。
奴はやっぱり「超信地旋回」とかで、おしりかくして前を向こうとする。
僕は、ガンナーズシートに移動。障害物がないからすぐに移れる。
照準眼鏡を見る。
俯仰角ハンドルと方位ハンドルを回す。砲といっしょに自分もシートごと動く。
自分の体重も加わるから、あゆみちゃんはけっこうしんどいだろうな。
照準眼鏡の中のチャーチルは、じょじょにこっちを向く。
僕は、例の半月状の切り欠きを追尾する。
動きが、とまった。
僕は主砲発射スイッチを踏んだ。
むこうとこっち、同時に発射音が響いた……。
リーの車体には、撃破判定装置から飛びだした白旗が立っていた。
チャーチルは、おもいっきり無傷だった……。
『どうなった?』
「すいません。ホームランになりました」
『きみ、修正わすれただろ?』
というか、距離修正そのものを知りませんでした。
ごめんなさい。Elle çaさん……。
試合終了のアナウンスが流れる。
これで一応面目はたもったかな。
僕は動かなくなったリーの、サイドドアを開けて外へ出た。
チャーチルの砲塔、キューポラのハッチが開いて、車長とおぼしき人が降りてきた。
そして、僕の前につかつかと歩いてくる。
うわっ。マジもんの金髪碧眼。いや、髪はプラチナに近い。
背は低めだけど、典型的なアングロサクソンだわ。まいったわね。
僕はボキャブラリー貧困なのよ。
しょうがないから、ありきたりのあいさつをする。
「I'm very honored to meet you.Lady.How do you do?
I'm Akira Yamamoto the 3rd,and a first grader of Ooarai girl's highschool.
May I have your name,Please?」
彼女はすこし沈思している。やっぱり通じないのかな? 僕の英語力じゃ。
ややあって、彼女は口を開いた。
「先ほどはまんまといっぱい食わされましたわね。山本さん。
ああ、……お気づかいはありがたいですけど、わたくし、これでも日本人ですの」
え? どゆこと? 流ちょうをとおりこしてネイティブな日本語。
「五代前からのハマっ子ですわ。ふふ」
ああ、そうか。関内の人か。
そして、彼女は僕に自分の学籍IDカードを見せた。
おおっ! おもいっきり日本人な氏名。しかも名前の方は、英語圏ではヤバい。
「学内では、学校から授与されたノーブルネームで、ダージリンと呼ばれてますの」
いや、僕は純度が疑問なダージリンより、安定の100gいくらの日本茶の方がいいです。
まあたしかに微妙な名前だけど、本名より違和感がないのは確かね。
「つまり、源氏名と理解してよろしいですか?」
うちにも源氏名集団はいる。あの4人の先輩方。
もともと女官が名乗る「源氏物語」に関係する二つ名のことなんだけど。
いまは、女性にかぎらず、LGBATQIの「G」や「Q」も名乗ってることがある。
僕は「T」だけど、名前がユニセックスだからつけてない。
ちなみに芸事の家元やお師匠さん関係も源氏名を名乗るという。
西住先輩の「みほ」はそうなのかどうかはしらないけど、
外国に行ったときは忌み名を名乗るんじゃないだろうか。あるいは逆。
「――源氏名は自分で名乗るものですわ」
「あ、失礼しました……」
「こんどは四股名とかいいたいのでしょう?
……そういえば、こんな格言はごぞんじ?
『人は女に生まれない。女になるのだ』
では、ごきげんよう」
それだけ言うと、(法名)ダージリンさんはブルドッグに乗って去っていった。
……戦車道の達人って、あんな人ばかりなのかしら?
さすがにそんなことはないとねがいたいわ。腹の探り合いはつかれるー。
やっかいそうな方がいなくなったので、僕は「うーん」と伸びをした。
……実につかれた。どっと疲労がおしよせてきた。
うしろから、とぼとぼとした6組の足音がする。
みんなだ……。
僕はふり返った。できるだけ普通の表情で。
6人は、うつむいたまま、僕の前にならんだ。
「あ、アキラくん……ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
「……」
5人が異口同音にあやまり、6人が深々と頭を下げた。
僕は目を閉じ、かすかにほほ笑む。
「……ううん。みんな顔を上げてよ。僕は気にしてないから。
恐ろしいものは恐ろしいんだから、しょうがないよ。
……でも、あやまるんなら、リーにあやまろう。
自分では動けないのに、あんなやつの前においていかれちゃったんだから……」
みんな僕のいいたいことわかってくれたみたい。
リーに向かって頭を下げている。
「それから、これからどうするにしても、まず西住先輩にあやまろうね。
僕もみんなも、勝手に逃げちゃったんだから」
集合場所に戻ってみると、会長たちはいたけど、西住先輩はいなかった。
別なところで、ダージリンさんたちと話しているらしい。
河嶋さんから「大洗学園艦はヒトキュウマルマル時に出航する。それまで自由」と
いわれた僕たちは、ショッピングモールのフリースペースで休むことにした。
正直、ウインドウショッピングする気力もなかった。
高橋先生から、オーロラビジョンで映し出された西住先輩たちの、Aチームの
鬼神のごとき戦いぶりの動画がメールで送られてきた。
観客席では、選手と関係者がやりとりできないよう、3GやLTEの帯域にスポットECMが
かけられる。だから試合終了後に送られてきたの。
そして僕は、それをみんなに見せた……。
「このままじゃ、終われない」
梓ちゃんはそう言った。
彼女だけじゃなく、なんかみんなに火がついたみたいだった。
戦車道ってものが、どういうものかわかったからなんだろうか。
僕にはあいかわらずわからない。たぶん女でも男でもないから。
僕にわかったのは「乙女のたしなみ」というのは、言葉から受ける印象とはちがうのだ。
ということだった。
ぬえである僕や、ぬえである憲法第9条とおなじだ。
つまり、ジェンダーなんか履帯で踏みつぶせ。ということなんだわね。
あの、底の知れないダージリンさんは、おそらくそういうつもりでボードレールの言葉を
引用したのかもしれない。僕が性同一性障害者と知ってるのでなければ。
グッドモーニング戦車道! ぬえ同士なかよくやっていこうね。三年間は。
もうすぐ午後7時になる。空はすでにまっ暗だ。
大洗艦のタラップうえの甲板で、僕たち7人は、西住先輩たちを待っていた。
西住先輩たちは、時間ぎりぎりになってやっとかえってきた。
僕たちは、梓ちゃんを先頭にして並んで、先輩を待った。
「西住隊長」
切り出したのは梓ちゃん。
「戦車を放り出して逃げたりして、すみませんでした」
「すみませんでした」
僕も含めて、ただし沙希ちゃん除いて、唱和して、全員で頭をさげる。
「先輩たち、かっこよかったです」
「すぐ負けちゃうと思ってたのに」
「あたしたちも、つぎはがんばります」
「絶対がんばります!」
西住先輩たちはほほえんで、僕たちを見ている。
先輩が何かいう前に、ふいに声がかかった。
「これからは作戦も、西住ちゃんにまかせるよ」
横合いから、生徒会トリオが現れた。
会長ははじめからそうしたかったんだろうけど、西住先輩は車長さえも拒否してたから。
今回の結果は、全部会長のもくろみどおりの結果なのかもしれない。
西住先輩を覚醒させ、先輩の実力を皆に知らしめ、そして皆の負けん気に火をつける。
どれも賭けだったけど、うまくいった。最高の形で。
「で、これ」
会長にうながされた小山さんがバスケットをひとつ、西住先輩に手渡した。
なんだろうか?
西住先輩がバスケットをあけると、ティーセットと紅茶、
それにメッセージカードが入っていた。ダージリンさんからだった。
―きょうはありがとう。
あなたのお姉さんとの試合より、おもしろかったわ。
また公式戦で、戦いましょう。―
深読みはやめるわ。すなおにうけとっておいていいんじゃないかしら。
「すごいですー! 聖グロリアーナは好敵手と認めた相手にしか、紅茶を贈らないとか」
「そうなんだ」
秋山先輩は、そういうことをどこから知識として仕入れてくるんだろう。
あのひとがライバルと認める相手なんて、片手の指でたりるだろうに。
いや、戦車道に限った話ではなく、あの学校の伝統なのかもしれない。
でも、表書きには「to Freind」とある。
ほんとうはライバルじゃなくて、カメラーデンなんじゃないんだろうか。
ともに「世界のありよう」と戦う戦友たりえるあかしとしての贈り物。
「きのうの敵はきょうの友。ですね」
秋山先輩もわかっているのかな。
それとも、試合ができてうれしいからなのかな。
ワードッグのせがれふぜいには、わかりません。
「公式戦では、勝たなくちゃね」
会長。……いや、もういうまい。このひとは生まれついての闘士。角谷杏大統領だ。
「はい、つぎは勝ちたいです」
西住先輩が、前向きになってる。このひとの本質も戦士なんだなあ。
「公式戦?」
「戦車道の、全国大会です!」
秋山先輩は、感極まったようにいうけど、僕たち本当にそんな大舞台に立てるんだろうか。
そして大統領は「勝たなくちゃね」という。
この人は決して、冗談や願望でそういうことはいわない。
いった以上は、本気だ。
次の日、月曜日。
休むこともなく戦車道の授業は続く。
みんな、昨日までとは目の色が変わっている。
今日はみんなで早出して、リーの塗装をもとのオリーブ色にもどした。
やっぱり戦うための色があるということを、みんな理解したんだ。
桂利奈ちゃんは、僕の着ている迷彩服の模様にしようか、とまでいった。
でも僕が「本職呼ばなきゃね」といったので、立ち消えになった。
授業の最後は、いつもの点検と補給。
みんなが75mmのカートンを重そうに運んでいるのを見た僕は、いつものように
「それは僕が運ぶよ」といって取ろうとした。
するとみんなが、本当に悲しそうな顔になった。
そしてその悲しみをそれぞれ口にした……。
「アキラくんから見て、わたしたちって役立たずなの……?」
「みんなで逃げて、アキラくんがひとりで戦ったから?」
「私たち、力もないただの女の子だから、何もしなくていいの? そんなの悲しいよ」
「仲間なのに、いつもうアキラくんがひとりでどんどんやっちゃって、
わたしたちなんて必要ないみたい……」
「わたしたち、そんなに使えないの? わたしたちって、ダメな子なの?」
その言葉は、僕の心にしみていった。
みんな、涙目になっていた。
沙希ちゃんまで、あさっての方向じゃなく、僕の顔を見てる。
気丈な梓ちゃんまで、何かに耐えてるように見える。
すごく悲しかった。自分が情けなかった。何もわかっていなかった。
この子たちは、きのう自分で成長するって決めたんだ。
それなのに、僕はその芽を摘もうとしていた……。
「私たちだって、みそっかすあつかいはいや。
アキラくんに、見捨てられるのもいや。
知ってる? みんなアキラくんはすごい人だと思ってるの。
でもね、いまのままじゃ、まるで私たち、仲間じゃないみたい……」
梓ちゃん、みんな、そこまで思い詰めてたなんて……
……僕は、考え違いをしていたみたいだ。
きついことは、力のある僕がやるべきだと思っていた。
でもそれは、傲慢だった。ひとりよがりだった。
みんなは、僕が「役立たず」と決めつけてるように思ったかもしれない。
知らず知らずのうちに、みんなを傷つけていたかもしれない。
僕が砲弾を運んだり、ひとりで作業を進めるたびに、さびしい思いをしていたのだろう。
そしてなによりも、僕自身が「自分は女じゃない」と思っていて、
知らないうちにみんなとのあいだに線を引いて、遠ざけていたのかもしれない。
そんな僕のことを、それでも仲間だと思ってくれるんだ。
「みんながそう思ってたなんて、僕は知らなかった。ごめんなさい。
僕だって、みんなは大事な友だちです、そう思っていたつもりなんです。
みんなによかれと思って、自分なりに一生懸命やってたつもりなんです。
でも、やっぱり自己満足だったんだ。みんなの気持ちがわかってなかったんだから」
なんか取り返しのつかないことをしたみたいで、泣きたくなってきた。
「だからおねがいします。僕を許してください……。
そして今日から、何をやるにもみんなといっしょにやらせてください」
僕は泣いていたと思う。
「……だから僕を、見捨てないでください。ごめんなさい……」
地べたに座り込んでいた僕に、皆が手をさしのべてくれた。涙を拭いてくれた。
そして僕は、みんなに手を引かれて、また立ち上がった。
こんな僕に、みんな寄り添ってくれている。それがほんとうにうれしかった……。
この日から、僕は勝手に突っ走ることをやめた。
時間がかかってもみんなでいっしょに、同じ作業をやることにした。
ドラム缶をいっしょに転がし、砲弾はリレーでつみこむ。
油差しとか、ネジ締めトルクとか、僕にできることはみんなに教えた。
そして今日も、僕はみんなと楽しく戦車を動かしている。
後日――。
大洗の大納涼祭で、西住先輩たちと大統領たち、あわせて8人が、
山車よろしくゆっくり走るトレーラーの上で、ピンクの全身タイツという無茶なかっこうで
「あんこう踊り」という、それはそれは恥ずかしい振り付けの踊りをおどっていた。
どうやら、大統領が提案した「聖グロに負けたときの罰ゲーム」だったらしいんだけど、
生徒会三巨頭もいっしょにおどっているのは驚くにあたらない。
そもそも聖グロと戦うという無茶なカードを決めたのは、当の大統領本人なのだから。
責任を感じているのは、当然のことなんでしょう。
閑話休題。
ある日、僕あてに小荷物が届いた。差出人は……
「(ダージリンの本名)さんからだ……」
中から出てきたのは、キリマンジァロNo.1。
好敵手には紅茶を贈る。では、コーヒーを送るということは?
「聖グロリアーナ ダージリン キリマンジァロ」で検索かけたら、
そのものズバリの答えが出てきてしまった。そーゆーことね。
どうやら僕が「フェイク」だということは見抜かれていたようだ……。
……やっぱり、どうやっても女の子には見えないんだろうなあ。