普通Ⅰ科、1年A組の担任は、僕らが入学してくる以前からお子さんを身ごもっていた。
だから僕たちも先生の負担にならないよう、できるだけ協力し合って先生を支えてきた。
6月のある日、お産が近づいてきた先生は産休と育休を申請した。
来週から、お子さんが満1歳を迎えるまでの間だ。
そして、いわゆる「産休教師」、先生の代役についてだけど。
先生によれば、経験豊富な教師で、今は職歴をつけるため指導主事として某市教育庁に
出向している人がくるという。
指導主事で出向してるなら、本来は現場に戻れば教頭先生に昇進する人だ。
なかなかいい人がくるなあ。でも先生が復職したら、年度開けまでまた出向。
教頭先生になるのは遅れちゃう。
僕はみんなにそのことを話しておく。普通は知らないことだから。
みんなは「それならいい生徒でいなくちゃね」と言っている。
先生は、僕を指導室に呼んだ。
いま、今度来られる先生と引き継ぎ中だが、僕のことはすでに伝えてあり、相手の先生も
理解してくださった。と教えてくれた。
その次の週。
この日、担任の先生は僕らと産休前の最後のホームルームをやって、新しい先生を紹介する。
交代式だ。
僕らは、新任の先生を見て、バカみたく口を開けて固まっていた。
担任の先生は、なんとも言いようのない表情で、口だけで作り笑いしていた。
産休教師は、言われていたベテランの先生ではなかった。
……たぶん、若い、はっきりと、男の教師だった。
女子校というものに子女を預ける保護者の気持ちとしては、男、特に若い男の教師は、
ごめんこうむりたいところだ。
最近では中年の教師でさえ、不祥事を起こしてくれる。
そんなわけで、校長以外で男の教師は女子校に来ないのは、ほぼ当たり前になっていた。
男女共同参画とかいう言葉が生まれる以前から女子率の多い職業である教師。
今では女子校の教師を全部女性にしたって大丈夫だ。
大洗だって、学園長含めてみんな女教師ですから。
なのに、このクラスの産休教師は、男。僕が言うのも何だけど、男。
それも、申し訳ないけれど僕でもお近づきになりたくはない不健康なタイプ。
ここを何だと思ってるのか、はっきりと目が語ってる。
担任の先生は、完全にうつむいてる。
僕も含めて、全員がドン引きしている。が、しかたないよね。
新任の男教師は、担任がまだ何も言わないのに、勝手に自己紹介をはじめた。
「今日からみなさんの担任の先生になります。雅武 香仁(みやたけ かひと)25歳です。
こんなか……いい生徒のみなさんを受け持たせてもらえる僕は幸せです。
みんなで楽しい学園生活をエンジョイしましょうね」
不安だ。もう不安しか感じない。
そもそも若いくせに担任も持たせてもらえず、25歳という年齢で代用教員的なあつかい。
あきらかに場をわきまえない、ごあいさつ。
彼は、汚い字で自分の名前をふりがな付きで板書すると、小首をかしげてニタッと笑う。
かわいいとでも言って欲しいのか? 冗談。この僕だって怪しさ全開なんだよ。
「よーく覚えてね。雅武 香仁だよ。なんでも質問オッケー。メールでも答えるからね。
はやくみんなの仲間になれるようがんばります。
先生と言うより友達と思ってくれるといいな。あ、僕のメアドは……」
この男、もしかして「教師は夏休みが長いからなりました」な人物で、今は県の教育センター
なんかに出されているんじゃない?
もしそーなら、クビ一歩手前だからね。
教師って、公務員の中では一番クビになりやすい職種だから。
週に数人はクビになってる。そのくらいの数で免許が取り消しになってるからね。免職で。
「雅武先生は、……(中略)の各校の教師を歴任され……」
え? センター送りが送られてきたんじゃないんだ。
しかしまあ、女子校ばかり何校もよくもまあ。それも年度途中で異動。
……もう不安じゃなく、確信になっちゃったね。
「現代国語、古文、漢文、保健体育の副担任と、このクラスの受け持ちをされます」
今、なんていった?
副担任? チームティーチングの? ひとりで担当できないの? 約3年も。
指導力不足教員の指定どうやってすり抜けてんのよ。
あとさ、国語系はいいけど、なんで保体がついてくるわけ? しかもあんな体格で。
高校の保体教師って、体育大か体育会だよ。普通は。
はー、体育オミットしておいてよかった。はじめから取れないけど。
まあ、下心バリバリですね。
朝のHRだから、出席をとる。
ミヤタケはへらへら笑いながら「ちゃん」付けで出席を取りはじめた。
「丸山沙希 ちゃん」
当然手が上がっただけ。誰に対してもだけど。
そのあと3人呼ばれて、そして、次は僕。
「山本 玲」
目つきが変わったよ。うさんくさそうな目に。で、僕だけ呼び捨て。
つまり僕のことも聞いているんだ。
僕は、奴さんにとっては、きれいな花園にたかる、一匹のデカいゴキブリってことかな。
僕はにっこり笑ってかわいらしく「はい」と返事してあげた。
3オクターブ半は伊達じゃないよ。台湾の有名青年歌手のまねができるからね。僕は。
ミヤタケは露骨にキモいって顔してる。ざまあ。
「なによあれー!」
「すっごくヤラしそうなんですけどー!!」
優希ちゃん、桂利奈ちゃん、丸山ちゃん……あと、ほとんど全員が、
僕の机をとりかこんでいた。
「なんでアキラくんだけあーゆーあつかいするかなあ!」
「アイツー。自分の顔、鏡で見ろよなー!」
理由は知ってるけど言えるわけがないよね。
僕にとっては、むしろゆかいだけど。
ここは一応にごしておこう。
「……いや、たぶん、僕だけミニスカじゃないからでしょ」
そうしたらみんな盛大に勘違いした。
「よーし、明日からこのクラス全員ひざ下スカートだあ!」
――ははははは。
でもその方がいいかもしんない。
僕にとっては本当にどーでもいいけど、あいつにとっては死活問題だろうから。
ひざ上の僕のスカートがいちばん短くなる? ご愁傷さま(笑)。
「絶対何かウラがあるよね。ガブタって」
あーあ。そんな二つ名がもうついちゃったんだ。ミヤタケくん。
本人知ったら、憤死もんだよね。でも名前と見かけの落差が激しいからな。
……でも、それは僕だって感づいてますよ。いろいろとおかしいよ。ミヤタケは。
そしてその日の古文から、正担任にくわえて副担任の雅武が、後ろに立って参加。
実に退屈そうに、あくびしながら後ろに立っている。
ときどき、机の間を歩き回るけど、「机間指導」なんてまともなことしないで、
もっぱら女の子の太もも見てる。
本人はさとられてると気がついてないだろうけど、目がねえ、ニヤけすぎ。
やっぱりスカート長くするしかないよ。こうなっちゃうと。
みんなの顔がどんどん曇っていく。
僕は、わざとミヤタケの目を見つめて、ニコッと笑ってやる。
ミヤタケの背中に悪寒が走ったようだ。脊髄反射で、なんかすごくおもしろい。
でも、みんなにとっては冗談じゃないよ。
次の日のこと。
異変に気がついたのは冷泉先輩だった。
トイレから出てきた先輩は、全部のトイレと、更衣室全部を見て回ったらしい。
らしい、というのは今、先輩本人が学校にいないから。
そのあと全風紀委員に総動員がかけられ、彼女たちは全校を走りまわっていた。
騒がしかったので、よく覚えている。
それからしばらくたって、さらに変なことが起きた。
トイレとか更衣室とかにいきなり防犯カメラが設置された。みんなが気味悪がった。
僕はたまたま通りかかった角谷大統領をつかまえて、学生自治の本旨にもとるんじゃ?
と聞いてみた。
「ある教諭が、熱心に導入の必要性を説いたそうだ。この学校のセキュリティは、
あまりにもずさんだって。……それ以上私に聞くな。答えないから」
そういって大統領は、すたすたと歩き去った。
戦車道の授業に、冷泉先輩の姿はなかった。
Ⅳ号は、車長の西住先輩が、はるかにぎこちない操作で、必死に動かしてる。
向こうの校庭では、1年A組が体育の授業中。
やっぱり副担任のミヤタケが、だらしのない顔してながめている。
さすがに全部の体育の授業に出られはしないだろうが、この学校は今どき珍しくブルマが
デフォルトのうえ、上衣も短い。やれやれだわ……。
ミヤタケの所行は、どんどんエスカレートしていく。
教室で生徒たちが自衛のためにスカートの丈を伸ばすと、流石に「スカートを短くしろ」
なんて言えるわけもないミヤタケは、今度は「お気に入り」の生徒の隣に椅子を持ってきて座り
しつこく教え始める。どうでもいいことを。
正担任は、まるで何も見ておらず、何とも思わないかのように授業を進めていく。
今度は帰りのHRで、「先生が特別に補習してやるから、指名されたものは残るように」
といって、みるからに好みらしい生徒を指名していく。
部活がある。といっても「顧問の先生には話を通しておくからさあ」という始末。
彼女らは指導室に連れ込まれて、SNSサービスに自分を混ぜてくれだのメアド交換しようだの
といった「補習授業」を受けさせられた。
ミヤタケはたまに欠勤することがある。
さすがにその時はみんなほっとするんだけど、やがて僕らは、
それには規則性があることに気がついた。
某アイドルグループユニットの「握手会」のある日だ。
前の日から続けて休むことさえある。
とことん人生をエンジョイすることしか考えてないみたいだね。
めずらしく自分が主担当になって教えることがあったというので聞いてみると、
戦車の授業とひきかえに、僕が受けない「保健」の授業。単元の内容はお察し。
奴さんがやる授業風景なんて、全部が全部そうだから、みんなが怒って学年主任に訴える。
しかし、主任の先生は「教育熱心な先生だからね」といって、取り合ってくれない。
ついに怒りに燃えた数人の代表が、学園長室にのりこもうとして、生徒会に阻止される。
学園長への直訴は規則違反だから、担任を通していえと言って聞かない。
いったいどうなっているんだろう。完全におかしくなっているじゃん。
だから、僕は昼休みに会長室に行った。
「山本ぉ。お前また飯をたかりに来たのか?」
「ええそうです。今日は寝坊しまして、日課の弁当作りができませんでした。
この哀れな欠食児童に、お昼ごはんをください」
しょーがないねえ。今日はもっと簡単なものしかないよといって大統領が用意したのは
海鮮丼と、ハモの落としの入った吸い物だった。
ハモの骨切りを簡単と言ってのけるあたりが恐ろしいです。
「で、会長……」
「――あー、皆まで言うな。私だってすべてを即座に解決できるわけじゃない」
あーなるほど。そういうことですか。
必要にして十分なお答えですね。
「あとな、冷泉が帰ってきた」
そういうと大統領は、もくもくと海鮮丼を食べ始めた。
腹芸で話をするのは僕にはむずかしいけど、一応言ってみる。
「そういえば、グラッドストーンが高校生の時。学校で何をしたんでしたっけ?」
「私は知らない。(ダージリンの本名)に聞いてよ」
答えを知ってるということですね。じゃあ僕が何をたくらんでるかもわかりますね。
僕は食べるだけ食べてから、もったいぶってこう言った。
「ごちそうさまでした。可及的速やかに、学生としての可能行動をとらせていただきます」
「ご苦労、山本一号生徒。……ついでだから、それももっていって」
会長はニヤリと笑い、大判封筒に入った書類の束を僕によこした。
「途中経過だ。今回生徒会は表だって動くことができないから、君が音頭とって。できるね?」
僕は書類束を見て、ため息をついた。たぶん学生の身分で戦える相手じゃないわね。
「わかりました。学園長が辞表を書かなくてすむよう、微力を尽くします」
大統領は、質問がないならもう帰れ。と手で合図した。
ごはん会の終わりだ。
角谷会長直々に鍋をふったごはんが食べられるなら、こんな騒ぎも悪くない。
しかし、もう少し何かないと、皆を行動させることは難しい。
一般生徒にとっては、教職員も、生徒会も、ミヤタケに押さえられているようなものだから。
ミヤタケは最近は「単位」を脅しに使うようになってきた。
「君たちねえ、先生に従わない態度をあまり露骨に示されると、さすがに内申書に書かないと
いけなくなるよ。社会性に難あり。ってね。へへへ」
そいてついに歴然としたセクハラにおよぶようになった。
ミヤタケのお気に入りは、かわいいが引っ込み思案だったり、おとなしい子。
そういう子のひとりの傍らに立ったミヤタケは、おぞましいことを言い放つ。
「君ぃ、キャミソールが透けて不謹慎だよ。着替えてきなさい」
そして彼女は、制服の下にタンクトップを着て戻ってきた。
しかしミヤタケは、まだ納得しない。
「下に着ているものの色が透けてるっていうんだよ。脱いでこいよ」
何がいいたいのかお察しだ。なんて奴だ。
彼女は半分涙目になりながら、タンクトップを脱いで戻ってきた。
「ああ、それでいい。初めからそうしてればいいんだよ。
……クククッ」
もうあからさまにブラが透けている。
机間指導ならぬ臨席指導は、ますます露骨だ。
肩を抱いたり、髪なでたり、「胸が大きいことはいいことだね」と言ってみたり。
保護者が大洗艦にいないのをいいことに……。
僕は正担当の教師に挙手して、注意喚起する。
「先生。ミヤタケ先生が先ほどからやっているのはセクハラだと思います。止めてください」
板書していた教師は一瞬こっちを向くが、また背を向けて板書を続ける。
大兵肥満のミヤタケは先ほどまでのにやけ面から一変して、醜い怒りの形相しながら、
ゆらりと立ち上がって、こっちを見る。
僕は、片目だけ開けて、すました顔をしてみせる。
「何がセクハラだ? 僕の教育的指導を邪魔するなよ。
セクハラってんのはな、相手がそう思わなきゃならねえんだよ。知らねえの?」
そういうとミヤタケは、いままでなぶり者にしていた彼女の方に向き直り、
「ねえ、君、僕にセクハラされてたの?」と、すごんで聞いた。
彼女は、「……い、いえ、されてません」と、おびえながら答える。
「わかったか? 山本。お前は神聖な授業を妨害したんだよ。
罰として今日から、課業後の教室掃除はお前ひとりでやれ」
僕は、フン、と鼻を鳴らす。
「返事はどうした?」
「……」
切れたミヤタケは、振りかぶった平手を僕に食らわせようとする。
ずいぶんスローモーだ。カウンターで顔面に裏拳食らわせたら面白そうだわ。
でも、ここは食らってあげるよ。
パン! と、でかい音がして、僕は机ごと転がった。ややオーバーな演技込みで。
ミヤタケは「思い知ったか」という目つきで僕を見下ろしている。
「お前の内申には、協調性皆無で反抗的と書いておくから覚えておけ」
主担当の先生は、やっぱり見て見ぬ振り。
ぼくは、あえてしばらくそのままでいる。
まわりのみんなは、席を立って僕を起こそうとする。
それを、ミヤタケが止めた。
「みんなはいい子だから、そんなのに構っちゃいけませんよ。放っておきなさい。
……いいから放っておけ」
僕は、まわりの子たちに両手を広げ、顔を横に振って「いいから」と合図する。
そして立ち上がって、自分で机を起こし、席に着いた。
六時限と帰りのHRが終わった教室で、僕はひとり、机を後ろに下げて掃除を始めた。
みんな手伝うっていったけど、「あいつ本気で内申操作するから」といって帰ってもらった。
これも作戦のうち、もう状況は始まっている。
掃除が終わったあと、僕は風紀委員会の詰め所で待っているはずの冷泉先輩と園委員長に
会いに行く。会長から渡された例の大判封筒をもって。
「私はな、一泊二日、三食付きで水戸警察署にいた。……窃盗容疑でな」
冷泉先輩はとんでもないことを言った。
「皆にはわからないだろうが、私は以前の記憶と照合すれば、変化があればすぐわかる。
トイレや更衣室に、Wi-Fiネットカメラが、偽装されておかれていた。
実はな、戦車道の戦車の中にも、カメラと盗聴器が仕掛けてあった。
それで、私はそれらを、そど子に預けた」
「そど子って呼ばないでよ冷泉さん。……そのあとは知ってるわよね。風紀総動員で全校捜索。
でてきたカメラは大洗艦の幹部交番にもっていったわ。そうしたら……」
「なぜかいきなり私が警察署に引っ張られた。それらの持ち主が厚顔にも私に盗まれたと
被害届を出した。カメラの件と私の件は、無用な心配を与えると言って会長が口止めした」
「私は猛抗議したんだけど、誰のせいかわかってるなら、今は黙ってろの一点張りよ」
正義感の強そうな園委員長は、相当お怒りのようだ。
でも、会長が箝口令を敷いた理由が、この封筒の中にある。
「警察では、これはどうしようもないことで、形式だけ付き合ってくれといわれてな。
朝昼晩と、所長が自腹を切っておごってくれた上に、留置所じゃなく婦警の控え室に
泊めてくれた。もうお察しだな。盗撮カメラの窃盗犯が私とか言った時点で」
「ええ、この封筒の中身が、その答えです」
これは、会長が個人的コネクションや興信所を自腹で使って、ガブタ=雅武教諭について
調べたことのまとめだった。
ミヤタケは、2012年時点では下野している某保守系大政党の、派閥の領袖である政治家、
その人物の愛人の子どもだった。手を付けたあげくに婚約者と別れさせた元美人秘書の。
そういう負い目があったのか、あるいはスキャンダルを恐れたのか、その人物は、
ミヤタケ母子に相当金銭を渡し、とくに「息子」には認知しない代わりに、したいことは
自分の名前を出してまで何でもやらせた。裏口入学、試験の不正、各地の女子校への配属。
そしてミヤタケは、不祥事を起こしてはクビになるんだけど、圧力かけて他に配転という
形をとって、教員免許も取り上げにならずに、この大洗にやってきた。
今回はもう、ガブタ君が何をやっても、闇に葬って在職させ続けろと言う強力な圧力が
県教委と大洗女子にかけられてる。
「正直、私がこれをみせられても、うまく使うことはできない。そういうことは西住さんだが」
「ええ、西住先輩は人相手に罠を仕掛けたり追い落としたりはしないでしょうね。
もちろん全然憲兵にむいてない園委員長にも」
「ええそうよ。私は規律を守らせるだけが取り柄だから。公明正大なのよ」
「では委員長。……これから大騒ぎになると思います。お手数をおかけしますが」
「じゃあ、害虫駆除のあかつきには、山本君をしょっ引いて幕引きにするわよ。いいのね?」
風紀は、騒ぎが終わるまで、形だけの妨害しかしないわよ。という内諾だ。
これであと必要なのは、ミヤタケの退路を断って、包囲網を完成させることだけ。
「もちろんです」
つまり、政治家の愛人のどら息子は、僕ひとりの首で放逐できるかもしれない。
成功したら、それでもかまわない。
僕は、風紀詰め所のコピー機を使って、角谷文書の複製を作り、原本は園委員長に
預かってもらった。
このコピーは渡すべき相手がいるけど、伝手が問題なの。
風紀詰め所を出た僕は、大急ぎで大洗艦の船首部分にある連絡飛行場に移動した。
会長がそこで、学園艦相互と海保をリンクする衛星電話をもって待っていた。
「山本。いま聖グロの『紅茶の園』を呼び出してもらってる。ん?
――あーもしもし。ダーちゃん? うん、実はね、うちの山本が
ダーちゃんにどうしても頼みたいことがあるって。ほれ、代わって」
「どうも失礼いたします。先だっての試合ではお世話になりました。
あと、コーヒーいただいたのに何もお返ししないですみません」
『ああ、あなたでしたの? リーの勇者さん。
それで、私に頼みとは何ですの?』
「ええ、そのコーヒーつながりで、……白鳥さんあての紹介状をいただきたいんです」
しばらくダージリンさんは沈黙した。そりゃそうだろう。相手が相手だから。
『あなた、彼女がどういう方かご存じ?』
「コスプレが好きなだけで、腹黒で無茶だけどバカでも悪い方でもないと思います」
なんか、直球過ぎたのか、電話の向こうでダージリンさんがすべったみたいだ。
『そちらのいろいろな状況のお話しは聞いてましてよ。
まあ、大洗女子の生徒自治の本領を見せていただけることを期待しますわ。
それで、いつ頃いらっしゃいますの?』
遠くから独特の爆音が聞こえてきた。もう到着か。やっぱり速いね。
「1時間もあれば。軽飛行機で伺いますので、そちらの飛行場の使用許可をお願いします」
『まあ、ずいぶんお早いですのね』
エンジンの立てるかん高い金属音に比べて、小さい機体が滑走路を確認するために航過する。
いまんとこ2機種しか存在しない単発ジェット軽飛行機のひとつ、BD-5だ。
飛ばしてるのは70過ぎた父方の祖父、晟じっちゃんだ。
180度旋回を2回して、キレイにアプローチに入ってくる。
もっとも高翼面荷重で離着陸速度がべらぼうなF-104乗りのじっちゃんからみれば、
BD-5の着陸なんて、着陸のうちにはいらないだろうけど。
本当に紙飛行機が着地するみたいに、タッチダウンしたと思ったらもう止まっていた。
BD-5にはレシプロバージョンとジェット版がある。こいつはジェットの方。
といってもこいつのジェットエンジンはすごく小っちゃい。
ドクロと金髪美女のアートが描けるほど機首は大きくないので、垂直尾翼に描かれている。
タンデム復座キャノピーを開けて、耐Gスーツ着たじっちゃんが降りてきた。
え? タンデム?
よく考えたらBD-5って単座だよね。
復座ってことは……。
ぎゃあ、やっぱり……超音速ホームビルド軽飛行機、BD-10の方でした。
じっちゃん、いつの間に作ったのよ。
BD-10は、フランカーさんを単発にして、おもいっきり小っちゃくしたみたいなかっこう。
いっちょまえにストレーキなんかついている。
エアインテークはフランカーやトムキャットやスーパーホーネットみたいな二次元じゃなく、
ただのホーネットみたいなふつうに丸い形。見た目はでっかいラジコン模型戦闘機。
たしか世界にたった2機しかないはずだけど、なんかのフラグ?
「よー玲。ひさしぶりだな」
「晟じっちゃん。よくきたね」
「アキラとアキラかい?」
じっちゃんはひいじいさんと違い、ヒゲはヒゲでもダルマヒゲ。
父のあごひげは実は口ひげ頬ひげをそったもので、本来はひいじいさんと同じサンタヒゲ。
隔世遺伝なら、僕もいずれああなるんだろうか。
じっちゃんは久留米の生まれだが、ひいじいさんが九州の生まれでないことと、
本人が百里暮らしが長かったせいで、福岡弁は精算してる。
そのじっちゃんに言わせても、熊本弁は日本語じゃないらしい。
西住家の家庭内会話は、字にも書けないすさまじさだろう。
「ねー。山本も自分の子どもにアキラって付けるの?」
「なんじゃい玲。この女子中学生は?」
大統領になにかスイッチが入ってしまったようだ。
BD-10の前脚をつかむと、ふんぬーと引きはじめ、8トンの機体を5メートルも動かした。
「高校3年生ですが、何か?」
いやいやそーいう話ではないと思います。じっちゃんも唖然としてます。
「燃料は? JP-4? JP-5? JP-8?」
「JET-A(JP-8)だ。すなおに民間規格で言え」
「うん、うちにもそれしかないです。山本のお爺さま」
JP-8ことJET-A燃料は、毒性と発がん物質を減らした今のスタンダード。
ジェット機だけじゃなく、ヘリコも戦車も艦船も列車も据え付け型発電用ガスタービンも、
これを使っている。大洗艦も再生エネルギーのほかにガスタービンもある。
じっちゃんの時代の空自ではJP-4を使ってた。なつかしい。
「おーい、ナカジマ。JET-A満タンだってさ!」
自動車部のナカジマさんが、タンクローリーに乗ってきた。
ここにくるのはヘリが普通。いくら小さくても、本物のジェット機は初めて。
「玲。あのどチビ何者だ?」
「うちの生徒会長だよ」
「ほーお」
じっちゃんも生徒会長が学園艦の最高権力者だってことは知ってる。
大統領は尾翼のアートをみてる。
「このドクロを持った女、Ⅰの2のAの猫田に似てるね」
「猫田さん?」
「ああ、面白いから見に行ってみ」
普通Ⅰ科2年A組って、秋山先輩以外のAチームのいるクラスだ。
なんかの時にいってみるか。
じっちゃんに渡された耐Gスーツに着替え、メットと酸素マスクつけて後席に座ろうとすると
じっちゃんに止められた。
「お前、しばらく操縦しとらんだろ。今日はお前が飛ばせ。わしは疲れた」
そう、じっちゃんは僕を戦闘機乗りにしたがってる。そして父と僕を巡って争ってる。
「山本ぉ~。お前の歳じゃライセンス取れないでしょ? 無免で飛んでるの?」
「はい、そーです。ぐんまーのだれかさんのように。夏休みのたんびに飛行クラブで。
でもね、じっちゃん。僕は戦闘機乗りにはならないよ。
アマのアクロバットをやりたいの。あくまで趣味で」
僕も山本の端くれなので、空は大好き。山本家と煙は高いところに登りたがるの。
とーぜん来年、軽飛行機とヘリの免許は取るつもり。
DB-10の飛行準備が整い、僕は大洗艦コントロールと回線を開き、一連の手順を踏む。
「Ooarai Delivery, DB-10treenines,request clearance.」
「DB-10treenines, Ooarai Delivery,Cleared to St.Gloriana airport,via "MITOH1 departure",
flight planned route.maintain flight level too-zero-zero,squawk tree-too-too-fife.」
「DB-10treenines, Request Taxi down.」
「DB-10treenines,Clear to Taxi.」
指示された滑走路の待機場所まで自走。離陸許可(離艦許可かな)をもらう。
「Ooarai Tower,DB-10treenines,on your frequency.Ready for Take off.」
「Wind too-seven-wun degrees at six knots,runway B.cleared for take off.」
「今日は音速出すぞい」
「じっちゃん、それ勘弁」
「いいからさっさと高度をとれっ!」
やっぱり「勇猛果敢。支離滅裂」そのものだ。
高度8,000mで緩降下しながらフルスロットル。
エンジンの爆音は全部後ろ向きだから、レシプロとちがって機内は静か。
逆トルクないから、当て舵も必要ない。
ガラントが「無数の天使に押されてるようだ」と言ったのがわかるような気がする。
でも、Gはキツイっす。おもいっきり飛行機雲引っ張ってるし。
『ソニックブーム確認したよ。水蒸気の輪っかもできてる。おめでとう山本。
君は世界初の自力で音速を超えた戦車乗りだ。はっはっは』
その前に僕は世界唯一の戦車乗りですから。角谷大統領。
そして、僕たちはほとんど燃料ビンゴになる寸前で、聖グロの飛行場に着陸した。
「軽飛行機にしてもお早かったですわね。お電話いただいてから20分もたってませんわ」
「そりゃ、マッハで来ましたから」
ダージリンさんは冗談と思って笑ってるけど、本当に本当なんだから。ほとんど弾道飛行。
「こちらが、白鳥さん宛の紹介状ですわ」
なぜか、宛名が達筆な草書の毛筆で書かれてる。奉書で。
「あちらの方が、家の格としては上ですから」
でも、目の前の人を見てると、この書状との違和感を禁じ得ない。
別れ際にダージリンさんは、僕に言った。
「あのとき私たちはあなた方と真剣に戦いましたのよ。誰も手を抜いたりはしませんでした。
それが、私たちにとっての『道』なのです。覚えておいてね。山本さん」
翌日。都合のいいことにミヤタケがアイドルと握手するために休暇を取っている。
僕もそれを見計らって、学校休んで今度は西グロに急行。今は時間が惜しい
コスプレイヤー白鳥さんは、あこがれのダージリンさんの手書き書状にひととおり狂喜乱舞。
しかし、そのあとは居住まいを正して、僕に相対した。
「山本玲さん……。統幕の山本陸将補のお子様でいらっしゃいますね」
なんか人が変わった。やっぱり財閥の総帥家の跡取りだ。
「ふふふ、ある代議士先生の政治生命にかかわる情報を我が家に渡して、何をしろと仰るの?」
出版社系の醜聞大好きな週刊誌にでも渡せばいいのでは? とお聞きだ。
でもそれじゃだめなんですよ。風向きが向こうから吹いているうちは。大洗が潰されます。
「白鳥の御家は、かの先生の奥様と昵懇でいらっしゃると伺いました。
御家から奥様にお話しいただければ、我々の目的は達せられます」
「まあ!」
うん、そーゆーことです。
奥様は、隠し子の存在も、その親もろとも先生が庇護なさってることも知りません。
御家騒動の種を効果的にまいていただきたいのです。
「庶子とは言え男児がいるということであれば、おだやかならざるお気持ちになるでしょうね」
そうですね。それが狙いです。
向こうの奥様は先生の大きな支持基盤から来た人であり、先生も頭が上がりませんから。
……ミヤタケ=ガブタ先生を絶縁して欲しいのです。都合のいいことに認知されてないし。
「他ならぬダージリン様のお願いでなければ、とうていお受けする気になりませんでした。
でもこれだけでは、奥様も路傍の小石ひとつとお考えになるかもしれませんわ。
まして愚か者の上に低能ときては」
「その代議士先生にとってこの男が命取りになりかねないという証明を、これから僕がします」
これから、生徒会黙認の元、でかい花火を打ち上げてみせますよ。
きっと今の僕は、とても黒い笑いを、口の端にのせてるかもしれない。
「あなたがどのような方になるのかはまだわかりませんが、角谷さん同様、
いずれお味方に付けておいた方が良さそうですわね……」
やっぱりそうだったみたいだ。この人も目つきが変わった。
そしてたぶん大統領も、この人を取り込むことをはじめから考えていたみたいだ。
奥様に注意喚起することで、白鳥家は政治家に恩を売れる。これは大きい。
これは政治屋の陰謀だね。戦乙女の西住先輩には全くむいていない。
だから僕は角谷さんを「大統領」って呼んでいる。内心で。
ただそれも、これから僕が立てる行動計画の成否にかかってるんだけど……。
あ、ひとつ忘れてた。
「そういえば、ダージリンさんが『戦車道に出していいのはマークⅠどまりですわ』
ってお伝えください。って言ってました」
何のことかわかんないけど、白鳥さんは真剣な顔で考え込んでいる……。
大洗艦に戻り、高橋宅に帰った僕は、さっそくろくでもない巨大掲示板を検索する。
まったくろくでもないことに、現にこんなものに興じる教員がいる。
そして大馬鹿三太郎なことに、「女子校教師の男だけど、質問ある?」なんて
スレッドフロートを立ち上げてる得意そうな抜け作がいた。
僕は、さんざんうらやましいと持ち上げておいてから、「その学校、戦車道ある?」とか
振ってみた。待つことしばし……。
「あるよー。今年始めたばかりだけどw」
ビンゴ!
じゃあアンカー付けてレスしてやろう。
「もしかしたら、生徒に好かれていれば、内緒でいっしょに戦車乗ったりできる? ウラヤマシス」
いくら匿名デフォルトでも、速攻でバレてるよ。ニヤニヤ。ってやつ?
ああ、もちろん大統領とグルになってマッチポンプやってますけど。何か?
そしてあいつが「彼氏持つならこういう車のオーナーがいいよね」なんて言いながら、
生徒ナンパしてる、身分不相応なAMGのワイパーには、戦車道をネタにした色物雑誌に
小山副会長の手書きメモを仕込んだやつを河嶋さんがはさんでる。
僕が今日、白鳥さんに会っている間に。
はー。野郎の、しかもゲスの行動原理を理解した作戦を立てられる自分が嫌だ。
早く完全な女になりたい! 「本当の」は無理だけどね。
「ああ、乗れるさ。乗ったら画像うpするね」
「wktkして待ってるからね」
よし、バカが一匹釣れた。
あとは、このあとあいつがどう踊るかにかかっている。
だから、今日はここまで。
僕は、例のE・ポッターの本を読みながら抜き書きする。
返却期限が迫ってるから……。
……あれ? ここは船の中だ。
僕はいつの間に大洗艦の内部に入り込んだんだろう……。
「よう、ジョージ!」
後ろから声を掛けてきたのは、浅黒い、というより赤にちかい肌の士官パイロット。
「隊長。何か決まりましたか?」
うん、彼は僕ら「ホーネット」雷撃隊の隊長。インディアン、アパッチ族出身の
ウォルドロン少佐だ。
「今日、作戦伝達があった。明日、エンタープライズと我がホーネットは出撃する」
今日。1942年5月27日。
コーラル・シーで激戦を戦った、フレッチャー提督率いる第17任務部隊が帰投した。
彼らは、日本軍空母部隊のうちでも多少経験の浅い「ショーカク」「ズイカク」の
航空隊と戦って、「レディ・レックス」、あの巡洋戦艦改造の大型空母レキシントンを失い、
ヨークタウンをボロボロにされて帰ってきた。
そして昨日、艦隊司令部は日本海軍コンバインド・フリートの全力がハワイの北、
ミッドウェイ群島を攻略するために出撃するという、完璧な情報を入手した。
いや、それ以前から確定情報ではないものの、ミッドウェイを連中が攻めることは予測されて
いて、あとは詳細を知るのを待つだけだったから、現地の迎撃準備は済んでおり、潜水艦隊は、
連中の偵察に赴いていて、僕らも出動準備をほとんど済ませていた。
そして僕らは、敵、掛け値なしに世界最強の、全員が教官より強いという、第1航空艦隊の
4隻の空母相手に、まだ慣熟訓練すら終わってないホーネットと、連戦続きのくたびれた
エンタープライズの2隻で立ち向かわなければならない。
僕たちの艦隊は、せいぜい25,6隻。それに対して敵は千隻以上だという。
もしかしたら、僕たちは何もできないで負けて、海の藻屑と化すかもしれない……。
「ジョージ。無理はわかってるが、これは引くことのできない戦いだ。
ミッドウェイが失陥すれば、次はこのハワイだ。
そしてハワイが奴らの根拠地になれば、今度は西海岸が丸裸だ。
太平洋が、全部奴らの海になる。
シアトルのボーイングの工場も、サンディエゴの海軍工廠も、他の造船所も全部襲われ、
今建造中の新型艦も、工業地帯も失われ、都市はすべて火の海になる。
ドイツとの戦争に主力を割いているステーツは、俺たち以外に太平洋に戦力を持っていない。
……ミッドウェイを守りきって、奴らを必ず撃退しなければ、もうあとがないんだ」
でも、僕たちには勝ち目はない。
奴らが全力で向かってくれば、こっちの戦闘機隊は蹴散らされ、空母は確実にしとめられる。
いや、少佐の言うとおりだ。もう死力を尽くして戦うしかないんだ。
もうあとはない。たとえ敵がどれほどの巨人であっても。僕らの全滅が確実であっても。
5月26日まで正確に解読できた日本海軍の暗号は変更され、新たな情報は全く入手不可能だ。
あとはルート上に配置された潜水艦の情報だけが頼りだ。
5月27日。紀伊半島沖。
日本艦隊の偵察だけを命じられ、来る日も来る日もじっと伏せていた潜水艦の艦内。
「スクリュー音多数。こちらに向かってきます」
高性能で知られるアルテック製のヘッドフォンを外したソナーマンが、小声で報告する。
「両舷微速、ゆっくりと潜望鏡深度まで浮上」
命じた艦長は、潜望鏡を起動させる。
艦は潜望鏡深度に達した。
紀伊水道から、太平洋に出撃する艦隊を、潜望鏡が捉えた。
太平洋艦隊司令部を激震が襲う。
「複数の潜水艦から報告がありました。
正規空母4隻、軽空母1隻、改装空母1隻、新型を含む戦艦11隻、巡洋艦、駆逐艦多数。
上陸部隊を載せていると思われる輸送船約20、タンカー約10を確認しました。
日本艦隊は4つの集団に分かれ、時間差を付けて東進する模様です。
うち1個艦隊は、情報どおりアリューシャンに向かう航路をとっております。」
参謀会議の席上、情報参謀がビルにそう報告した。
第一航空艦隊と、戦艦主力の聯合艦隊本隊では、速力がちがいすぎる。
そのため第一航空艦隊が、最終的には400海里も先行することになる。
その中間には、コンゴー級戦艦2隻を主力とするMI攻略部隊がいる。
この日、太平洋艦隊司令部は出撃可能艦をもって第16任務部隊を再構成。
司令長官名の出撃命令を発した。
エンタープライズを旗艦とする第16任務部隊の出撃に当たって、ビル・ニミッツが航空戦の
経験皆無であるスプルーアンス提督にくだした作戦目標はただひとつ。
「敵のフラットトップのフライトデッキを叩け」それだけだった。
あとはかまうな、それだけを考えろと。上陸部隊も、聯合艦隊主力もかまうなと。
空母を無理して撃沈しなくてもいい。飛行甲板だけを使えなくしろと。
しかし、ビルはそれも至難の業だとわかっていた。
これが、彼らの見納めになるに違いない。
死んで来いと命令するしか、道がない。
そんななか、珊瑚海でふがいない戦いをしたフレッチャー提督が汚名返上に奮起する。
彼は真珠湾のドックの全作業員を集め、3日でボロボロのヨークタウンを戦闘可能にすると
宣言。全員一丸となって不眠不休で修理を始めたのだ。
ビルは常に「東郷ならどうするか」と問うてきた。
そして、東郷と同じように兵卒に至るまで直接会って話し合い、激励を続けた。
必ず最後は我々が勝つ。と。
いつしか、太平洋艦隊の結束は、戦争前より強固なものになっていった。
うち沈められた戦艦の残骸を見てしおれていた将兵は、必ず仇をとると誓った。
強力な敵は、かえって彼らを結束させたのだ。
そして、修理に半年かかるといわれた空母ヨークタウンは、本当に3日で戦闘可能になった。
飛行隊は本土で修理中のサラトガの部隊と入れ替えた。
5月30日。第17任務部隊は、先行する第16任務部隊に2日遅れて出撃した。
ビルは、祈る思いで彼らを送り出した。
今生の別れと思った彼は、オアフ島の高台から、彼らが見えなくなるまで見送った。
今の自分は、あの東郷よりも大変な戦いを挑まれている。
最強精鋭の大部隊に、弱小少数の寄せ集めで挑まなければならない。
だから、目標も空母の飛行甲板に絞るしかなかった。
そして彼らの実力では、それすら本当は不可能だった。
もし、敵がこちらを先に発見したら、航続力に優れる敵艦載機に一方的に叩かれる。
敵はこちらの手の届かない遠方から、長いリーチで攻撃できるのだ。
ここ真珠湾でも、遠くセイロン空襲でもそうだった。
敵の索敵をかいくぐり、絶対に見つからずにふところに入れなければ、攻撃もできない。
見つかったときが、太平洋艦隊の最期の時だ。
……彼は内心で、覚悟を決めるしかなかった。
いま、そのミッドウェイには、海兵隊3千人と、あちこちからかき集めた航空隊120機がいる。
彼らは、全島を強固に陣地化させて、日本軍を待ち構える。
参謀チームの立てた作戦は、戦闘機、急降下爆撃機、雷撃機がすべて同じ時間に敵上空に
集合して、同時一度に全力で攻撃することだった。それ以外に有効打を与える方法はないと。
あとできることは、ただ全力を尽くすことだけだった。
1942年6月2日。
TF16とTF17は、ミッドウェイ北東、スプルーアンスが「ラッキーポイント」と名付けた海域で合流を果たした。全体の指揮はフレッチャーがとることとした。
6月3日。ミッドウェイ基地航空隊のPBY飛行艇が、上陸部隊を発見。
基地のB-17爆撃機が高空から水平爆撃。しかし、命中弾はなかった。
TF16および17は、これらを攻撃しなかった。目標はあくまで第一航空艦隊の飛行甲板。
6月4日の0130時に、僕ら搭乗員に総員起こしがかかり、朝食が与えられた。
いよいよ運命の時が近づいてきた。
0230時。全搭乗員整列。ブリーフィングが始まった。
このころミッドウェイ基地が緊急電を多数発信したけど、混信がひどく聞き取れなかった。
僕たちは、発進体制のまま待機する。
0603。ミッドウェイから飛行艇が発見した第一航空艦隊の位置情報が届いた。
同時にミッドウェイからは迎撃戦闘機隊と、艦隊攻撃の爆撃機、雷撃機の部隊が出撃。
ミッドウェイの守備隊は、旧式戦闘機のF2Aバッファローが主力で、練度も低く、
わずか15分の戦闘で壊滅した。
しかし、地上部隊は激しい抵抗をみせ、日本航空部隊は十分な戦果をあげられずに帰投した。
幸運にも、もう近くまで来ているはずの日本艦隊に、僕らが発見された兆候はない。
僕はそっと、神に感謝の祈りを捧げた。
見つかっていたら、僕はもう生きていなかったかもしれない。
僕たちには、0700もって出撃せよと命令が下った。波状攻撃ではなく全力出撃だ。
同じころ、ミッドウェイの攻撃隊が数波に分かれて第一航空戦隊と交戦している。
中には実用化されたばかりのTBFアヴェンジャー艦攻や、陸軍の双発爆撃機B-26もおり、
艦爆隊とまじって航空魚雷を放ったが戦果をあげられず、護衛の戦闘機を伴わない彼らは全滅。
僕らは順次、空母の甲板を蹴って出撃していく。
全力出撃だったため、各機種ごとに発進するしかなく、そのため時間を惜しんだ司令官が、
全部隊の空中集合をせずに、発進完了した部隊をそのまま敵に向かわせた。
こうして僕たちは、戦闘機、艦爆、艦攻とそれぞれバラバラに進撃していった。
タイミングを合わせての同時攻撃はできるだろうか。
いや、互いがどこにいるのかさえ、もうわからない。
僕たちホーネット雷撃隊、VT-8の15機は、敵のいると予想される海域に着いた。
しかしそこには何もなかった。
僕たちは敵を求めて探し回ることになる。
0920。雲を抜けた僕たちは、偵察情報と異なる座標でいきなり敵、第一機動艦隊と遭遇。
その場にいたのは、僕たちだけだった……。
……ん?
僕は本を読んでいた間に寝てしまったらしい。
アメリカの艦攻乗りになった夢なんて、僕らしいとも言えるけど、ひいじいさんは怒るな。
ベッドに入ってちゃんと寝よう。明日は正念場だから……。
翌日のHR。出席を取り終えたミヤタケ先生はとんでもないことを言った。
「戦車道授業の担任は、ここの担任の先生だったからいない状態だったけど、
今日からこの僕の担当となりました。
このクラスにも戦車道の履修者がいますけど、よろしくね。
楽しみだなあ。えへへ」
いや、僕は予想してたけど、直面してみると利根四号機から空母発見の報告を受けた、
草加参謀長の「覚悟してたけど、あらためてやっぱりと思った」気分がよくわかった。
大統領が点呼を取り終え、僕らは戦車倉庫の前に搭乗車別に整列した。
ミヤタケがなんか歪んだような笑いを浮かべながら、皆の前に立つ。
「今日から戦車道の担当になりました雅武香仁です。
Ⅰの1のAで僕のことを知ってる子もいるけど、皆さんと戦車道ができてうれしいです。
これからみんなで楽しく戦車道の授業にいそしみましょう。」
そして大統領が「総員乗り組み」と合図する。
全員が戦車に駆け足で向かう。
「あー、ちょっと待て」
ミヤタケが皆を呼び止める。
「山本ぉ~。お前だけ今日から戦車に乗らなくていいから。保管中の弾磨きやってろ」
Dチームのみんなが「なんで?」という顔になった。
僕は笑顔で「わかりました」と答え、弾の並んでいるスペースへ向かう。
この辺も織り込み済み。
「さあ、みんな戦車に乗って、乗ってったら」
ミヤタケが皆を追い立てている。これからが見物だわ、もっと暴走してね。
全戦車が暖機運転を終えて、西住先輩の号令でAチームを先頭に出発しようとしたその時。
――ミヤタケがリーのサイドドアを開けて、乗り込もうとしている。
みんなの悲鳴が上がり、梓ちゃんが抗議する。
「先生! 何をする気ですか?」
「何って、いっしょに乗るんだよ。担任だから当然だよね。これも授業の一環……」
桂利奈ちゃんがエンジンを切り、6人はミヤタケの入って来たドアの反対から逃げ出す。
それを見とがめた西住先輩が「全車、機関停止!」と叫んだ。
皆が口々に抗議する。
「先生! 戦車から降りてください!」
「何やってるんですか!」
「ふざけるのもたいがいにしろ!」
「先生は何をしようとしているかおわかりですか?」
「いやだね。担当教師の、当然の権利だろ。君たち早く乗りたまえ。いっしょに走ろうよ」
それがミヤタケの返事だった。
当然、そこにいたみんなが激怒した。
「では、私たちは授業をボイコットします!」
梓ちゃんが叫んだのをきっかけに、全員で戦車倉庫から立ち去ろうとしている。
驚いているミヤタケは、隊長である西住先輩に「何とかしろ!」と叫んだ。
「戦車道は、男子禁制の女子のみの武道です。それは決してゆるがせにできません」
西住先輩は、厳しい表情で、凛とした声でそう返事した。
「本日の授業は不可能と判断します。隊長権限で中止します!」
「――だって、あいつも男……」
ミヤタケは僕を指して何か言いかけるが、なぜか誰もハナにもかけず、去ってしまった。
あとに残るは生徒会三人衆と、弾を磨いてる僕だけ。
「先生。申告します。
我々の戦車38(t)は、機関不調により本日は参加できません。
よってEチームは、機関修復まで自室待機いたします」
大統領はそう言うと、河嶋さんと小山さんを伴って、生徒会室に帰ってしまった。
あとに残るは、ミヤタケひとり。いや、僕がいる。
怒ったミヤタケは「畜生、畜生、畜生」と地面に八つ当たりして帰ろうとするので、僕は
「先生、僕が残ってます。授業を続けてください」
といって、涼しい顔で弾磨きを続ける。これからたっぷり3時限。
しっかり監視しててくださいね。
あなたの暴言のとおり、僕は「男でも」ありますから。自然人としてですが。
そう、これは「終わりの始まり」なんですよ。先生……
注:「アメリカ原住民(ネイティブ・アメリカン)」というのは白人側の呼称であり、
イヌイット(エスキモー)も含んでしまう。
インディアンたちは「自分たちは『インディアン』である」と主張しているので、
ネイティブ・アメリカンという呼称の方が不適切である。