民族派極右団体の大立て者であり、裏社会の首領の一人として暗躍する男、蔵王与平。
今は改名して渋谷理法なる人物が、自己の勢力を伸張するため経営する学園艦。
それが「悪の花園」こと、花園青雲実業学園。
渋谷は、日本の軍事的プレゼンスを増加させ、特定国に対する国威発揚を図るために、
戦車に男を乗せてより強い陸上自衛隊、ひいてはかつての帝国陸軍の再来を目指している。
そのためには、戦車を女子だけのものにした国際的な不文律を破棄する必要がある。
当然渋谷は、最大の障害である戦車フェミニズムの総本山、戦車道連盟の抹殺を決意する。
その第一歩として、第63回戦車道全国高校生大会への出場枠を得ようとしていた。
しかし、全国大会の自由出場枠はただ一つ。
そのため、花園は出場を希望していた他校を恫喝して屈服させ、したがわなかった
渡世人養成学校「私立きわめみち高校」を抗争の末、実弾射撃で叩き潰す。
しかしそこに、どうしても全国大会へとコマを進めたい事情があるらしい、
茨城県立大洗女子学園が、悪の花園の前に立ちふさがった。
その生徒会長、角谷杏は、「悪の花園」からの脅迫を一蹴。
全国大会出場枠の最後のひとつをめぐって、戦車道の試合で決着を付けようといって花園艦を
洋上におびき出した。当然、正々堂々と戦うつもりはこれっぽっちもない。
角谷は暴力と権力で自分をつぶそうとするものに対して、容赦なく横暴と陰謀で対抗する。
事情があって大洗女子に在籍する性同一性障害者、山本玲は、身体的には男である。
彼は、幼少時から陸自空挺団のエースだった実父にスパルタ教育を施された猛者だった。
おまけに祖父は、旧式機でアグレッサーばかりこなした空自のツワモノで、アキラに
無免で飛行機を3,000時間以上操縦させているとんでもない人間だった。
ついでに大洗では、大統領角谷の陰謀で、無理矢理不細工きわまる戦車に乗せられていた。
そのうえ、中学時代には、好きな「男」に手ひどくフラれるというおまけつきだ。
ここまでくれば普通ならどうかなっていてもおかしくない。
しかしこの性別不明は、めげもグレもせず、毎日ポジティブに暮らしていた。女の子として。
こいつは角谷が作ってくれるごはんがあれば、それでいいのだ。
そしてもう一人。これも事情があって戦車道超名門校、黒森峰女学園から逃げるように
転校してきた、戦車道最大流派の西住流宗家息女である、西住みほ。
彼女もまた角谷の策謀で、いやいや戦車に乗ることになったひとりである。
しかし、この二人も、角谷があつめた札付きや、義によって助太刀に来た猛者連中とともに、今は花園艦の中で戦っている。(みほは夢遊病状態でだが)
その一方で、坂本商会のもつ「世界平均から100年以上進んでいる」テクノロジーを
駆使する者同士の電子戦も、量子の世界で静かに激しく戦われていた。
大洗艦と花園艦は、房総半島千倉沖南方海上で会合。並行して停船している。
花園艦の戦車隊が大洗艦に乗り込むためにタラップをかけたとたん、なんとその大洗側から
100個以上のガソリン入りのドラム缶が、低い側の花園艦に殺到した。
ガソリンでずぶぬれにされた戦車隊に火炎瓶が投げつけられ、そこにいた戦車は全焼した。
これが戦いの始まりを告げるのろしだった。
札付きと猛者の集団αチーム、潜入工作員のζチームが潜入。
角谷と元ヤンキィエリート中年、魔女科の教師、現役吸血鬼のΩチームが、逆潜入していた
花園の兵隊を全員とっつかまえ、吸血鬼セラスは、重火器をかかえて花園艦の武装を破壊する。
一方、花園の兵隊を殴れず、逆に殴られて意識を刈り取られたみほは、気絶した状態のまま、
闘争本能だけで、花園の男どもの股間を重さ8kgの鋼鉄製六角棒でつぶして回っていた。
ついには花園三幹部のひとり、仁隆郷司までをもオッドボールにして再起不能にしてしまう。
花園艦後部には、将来ブラック企業に供給するために、過酷な奴隷労働という「授業」を
うけ、従順な社畜となるよう仕向けられている、旧青雲学園の生徒たちが監禁されている。
園を委員長とする風紀委員全員からなるΨチームが救出担当だったが、すでに進入路には
理法の息子で、わけのわからないキレかたをする凶暴な蔵王権太初め、千人のごろつきが
待ち構えていた。もう、ガソリンはない。
アキラと存在自体が秘密である諜報員養成学校出身の高校生2人とその居候、大洗情報科の
スーパーハッカーの5人からなるζチームは、後艦橋に潜入する。
ところがスタンドアローンで外部から侵入できないメインサーバーをハックしようとして
反撃を受け、所在を知られてしまった。
新宿ギャングを率いる武装集団の長、佐渡屋とその部隊が向かってくるのに対し、中野予備校
出身の有川雄妻、酢堂大雑の2人がわざと捕まり、アキラたちを逃がした。
しかし、これも実はアキラの大叔父による諜報作戦のひとつだった。
コンタクトレンズに偽装した坂本製シンクライアント端末をつけた有川は、CICに連行される
ことでメインサーバーと理法本人の情報をスキャンして、アキラの大叔父、山本教授に送った。 通信自体は人間の脳波であるθ波と同じ波長の極超長波、シューマン共鳴波を用いる。
この電波は、地球の表面を常時流れているため、大規模な超長波設備が必要ない。
また、その性質からシンクライアントを持つもの同士は、
ダイレクトにデータを含む大脳間通信ができるのだ。
山本教授は、シンクライアントにつながる自分の脳の未使用領域と、古いノートの見かけの
量子コンピューターで解析した結果、問題のメインサーバーの正体をつかんだ。といった。
- これまでのいきさつ。ここまで -
大洗艦から乗り込んだζチームが、艦内LANに有線してみたものの、各サブシステムと
メインサーバーとのリンクが切れている状態だとしかわからず、その後、のっとったはずの
防御システムからハッカーの3年生が逆襲を受けるという事態におちいった。
また、吸血鬼セラスが花園艦上空を飛んだとき、やはりのっとったはずの
火器管制サブシステムが起動した。
つまり、のっとり中の大洗のサーバーを、メインサーバーがさらにのっとって、踏み台にして
起動させたと言うことになる。
現実に、のっとられたと思われる情報科サーバーをシャットダウンしたと同時に、
すべての武装が沈黙したので、もうまちがいないだろう。
そんなときに「折良く」、中野の有川が「シンクライアントを身につけたまま」捕まった。
山本教授から見れば、CICとそこにあるものがスキャンし放題となる。
「佐渡屋。潜入工作員を捕まえたんですかぁ~。ボク、わくわくします」
CICの内部では、後ろ手に縛られた(男変装中の)有川と(変装を解除した)酢堂が、
佐渡屋の手下にサプレッサ付きのMP7を突きつけられ、渋谷理法に引き合わされている。
Tシャツに短パン姿、女ならボブカットの小柄な少年という見かけのこいつが、
闇社会の大立て者と言われても、にわかに信じることはできないだろう。
本来の年齢は、そろそろ還暦のはずだ。
「あははっ。わざと手抜きして捕まってくれたんでしょ。
ボクがこんなだから気をつかわせてしまってごめんなさい。
それでは申し訳ないから、本気出してくれていいです。
……そうそう、ボクまた名前変えたんだ。
永戸梨穂っていうんだ。それとついでに、瞳が赤く光るようにしたんだよ。くすくす」
蔵王与平改め渋谷理法改め永戸梨穂の長広舌は、誰も聞いてはいない。佐渡屋含めて。
佐渡屋は、この二人が侵入警戒装置の監視カメラに写っていないことに不審を抱いている。
侵入者は、十頭身の巨人を除いてことごとく女だったはずだ。
この船の大仰なシステム群を信じていない佐渡屋は、自分たちで構築できる単純な
監視カメラを要所に配置していた。
実際、こんな肩幅の広い男たちはいなかった。
「ふふふ。君たちって例のあれ、中野予備の出ですよね。
じゃあ、いくらいたぶっても本当のこと言わないばかりか、うそ教えるんですよね。
ボク、知ってるんですよ。
……佐渡屋ぁ~。例の、マイクロナノマシンもってきてー」
実は先ほどから、酢堂のはいている安全長靴のかかとから、また別なマイクロマシンが
吹き出しているのだが、彼らは知らない。
光学ステルスまでほどこしたこれらは、永戸梨穂の周囲50cmをとりこかみ、彼から出ている
微弱なシューマン共鳴波を収集している。これは人工的な共鳴波に反応して引き寄せられ、
近くにあるシンクライアントに情報をおくるナノマシンだった。
「なるほどな。奴自身がメインサーバーシステムで、
共鳴波に紛れてサブシステムと交信していた。ということか」
大洗艦内情報科の大演習室では、生徒に状況中止が伝えられ、撤収が始まっていた。
情報科全てのサーバーがのっとりにあった可能性がある以上、Σチームは、
情報科サーバーを全てシャットダウンせざるを得ない。
山本教授の持つシンクライアント兼量子コンピューターは常温超伝導を使うため、
バッテリー切れの心配はない。しかし、完全チューリングマシンである古典コンピューターを
接続しなければ、ただの超高速計算機におちぶれてしまう。
教授は、演習室の隅っこに転がっている小さい黒い立方体を持ってきた。
それと古いノートパソコンに擬態している量子コンピューターを、ただのLANケーブルで
つなぎ、立方体にはさらにACアダプタに似たバッテリらしきものをつけた。
その状態で、有川雄妻から送られてきたスキャン情報を記録している。
5cm四方の黒い立方体は、マルチコアのLinuxコンピューターだが、アキバで2万円しない、
普通に現代の技術でできた、一種のおもちゃだ。クロック周波数もせいぜい1ギガ。
雄妻のシンクライアントは、画像データではなく永戸梨穂の構造解析後の諸元データを
デジタル信号で送ってくるために、送受信に時間はかからない。
すでに、永戸梨穂なるオートマトンの、機械部分の設計図は送られてきた。
というより、これは等身大の人間の形をした、やはりシンクライアントと量子コンピューター
それにマニピュレーターやセンサーのついた「ロボット」だった。
外殻は、チタン合金と焼結セラミックの複合構造。
現用戦車の有翼安定徹甲弾でないと、抜けそうもない。
こいつの「中央演算装置」や「記憶装置」は、どこかにかくされた永戸自身の脳だろう。
だが、それを探る前に、送信は中断された。
「ふふふ、これはね、大脳に張り付いてなんでもしゃべっちゃうナノマシンなんですよ」
永戸は、佐渡屋の部下がもってきた「毒物注意」と書かれた箱を、楽しそうに見せびらかす。
中に入っているのは微細粉末の入った小さな瓶と、点鼻薬の容器。
永戸は、それらをひとつずつ取り出し、ふたを開けて両方の口を合わせ、まぜあわせる。
「これをこいつらの鼻の穴片方に3滴ずつ、さしてやってください」
手下の一人がそれを受け取り、他の手下どもは2人をおさえつける。
薬を受け取った手下が、2人に投薬した。
やがて、2人から力が抜け、ドサリと崩れ落ちる。
「さて、それでは質問タイムをはじめましょう。まず、君たちの姓名は?」
「……」
「……」
薬が効いているはずなのに、無言でうつろな表情のままの二人。
「ふーん。ちょっと調べてみて」
永戸がCIC付きの医師をよびだし、2人を調べるよう命じる。
ベテランそうな風貌の医師が、最初に彼らの口元に耳をあて、続いて聴診器で心音を聞く。
「自発呼吸、ありません。心拍、ありません」
医師はそう言うと、ポケットから高輝度のペンライトを取り出し、2人の眼を照らす。
「瞳孔反射、ありません。完璧に死んでおります」
「ふん。つまんないな。あっさり自決されちゃうとか。
佐渡屋、もう用はないから、捨ててきて」
永戸に命じられた佐渡屋の手下たちが、彼ら2人の両脇を抱え、CICから連れ出していく。
なぜか佐渡屋本人が、その場を部下に任せて、あとについていく。
花園艦内、水線下区画に「火葬室」と書かれた大部屋がある。
そこは、普通は過労死、虐待死、自殺したものなど青雲側の生徒を、親の許可を得ずに
勝手に荼毘に付す部屋だった。
焼却炉につづくベルトコンベアーの上に、2人を乗せる佐渡屋の部下たち。
「おい、お前ら、銃で奴らを撃て」
佐渡屋の命令に怪訝な顔をする部下ども。
「念には念をだ。こいつら、中野のものだぞ」
4人の部下たちは、それぞれのMP7のセイフティを外し、銃口を有川と酢堂に向けなおす。
そのころ、花園のCICでは、いままで真っ暗なままだった兵装関係のディスプレイに
光がともった。
普段なら、フルカラーで色とりどりのさまざまなデータがリアルタイムで表示されている
ディスプレイは、いわゆる「ブルースクリーン」の状態だ。
ウィルスの妨害により、同時並行処理中の全てのルーティンがループしている。
そのため、一切の入力ができないフリーズ状態になっている。
大洗側が接続を切ったため、進入したマルウェアが、自動で行動を始めたのだ。
永戸は、状況を確認するとCPUとストレージの接続を切って、自分の持つ
サーバーからリブートさせる。
サブシステムのブートセクタも汚染されているため、ドライブ自体の交換を命じる。
容量からは考えられない小さなドライブだ。
部下からその古いドライブを受け取ると、永戸は、片手であっさりと握りつぶした。
ドライブだったものは、砂粒ぐらいになって、永戸の手のひらからこぼれ落ちていく。
サブシステムドライブ、物理フォーマット終了まで10分00秒。
論理フォーマットとクリーンインストールに20分ぐらいだろうか。
そのころ「火葬場」では。
佐渡屋の命令で、4人の手下がベルトコンベアーに乗せられた有川と酢堂に銃を向ける。
セレクターを3点バーストにセットして、同士討ちを警戒し、50cmぐらいまで近づく。
引き金を絞り、サプレッサが銃声を押さえた3発の銃弾がはき出されたそのときだった。
彼らの前から死体が消えた。
ベルトコンベアに12個の穴が空く。
と、同時に彼らはなにか重いものに足を取られて転倒し、コンベアに激突する。
死んでいたはずの2人の人間が、寝た姿勢のまま真横に転がり、そのまま彼らの足を払った。
雄妻がすばやく銃を拾って、上を向けてフルオートで撃つ。
天井に向かって火線が走り、照明をすべて消してしまう。
暗闇の中で人間が格闘する音がしたのはほんの数分で、あとは静寂が支配した。
「この船の、すべての全力が集中する配電盤に案内して!」
変装を解き、本来の姿にもどった雄妻が、両肩を脱臼させた佐渡屋にMP7を突きつけている。
「ほれほれ。肩を戻してもらいたかったらキリキリ歩けぃ!」
今度は逆に、ウイッグかぶってアキラに化けた酢堂大雑が、調子こいて佐渡屋の背中を蹴る。
アキラとの違いは、なぜか自分の肉でバストを作れていることだろう。
この世の誰も、彼らの「死んだまね」を見破ることはできない。
また、血液中には白血球を改造した「対ナノマシン用ナノマシン」がうろついている。
「すべてうまくいったようだっちゃ」」
後艦橋にいるζチーム。その中の一般人である情報科3年生に、山本教授からCIC内部と
「メインサーバー」の解析が終わったと伝えられた。
「だけどメインサーバーは、名前二回も変えた蔵王与平そのものずら。
坂本デバイスと同じ7.83Hz定在波をつかってサブシステムと交信してるっちゃ。
地球を周回している共振波にまぎれて、MACアドレス指定の機器でなければ拾えないずら」
「つまり、こっちから傍受してのっとることはできない……と」
「仮に送信できたとしても、アナログ化して脳波にコンバートする段階で、
リクエストのないデータは、与平の脳内ではノイズにしかならないずら」
人間の脳をハックすることができるのは、こことは違う別の世界の話だ。
戦車に光学迷彩を施す研究は進んでいるが、実際には周囲の風景にあわせて
迷彩柄を変えるといった方が近いようなものだ。坂本がどうかはしらないが。
「その上、与平として振る舞ってるのは、自動人形の『端末』だっちゃ。
本人の脳髄は、この船のどこか出入りできないところにあるずら。
あと、あのオートマトンは……」
「……現用戦車の、APFSDSでも破壊が困難よ」
彼らの背後に、いつの間にか貴原有希と、その手下どもの女生徒らが、フーテンタイガーと
同じようなスカートを引きずって、ご登場に及んでいた。
薄幸のGID当事者と、薄幸の究極貧乏人が、戦闘力皆無のスーパーハッカーをかばって
連中の前に立ちふさがる。
情報科3年は、彼女にしか見えないディスプレイで、脱出路をサーチする。
「後ろ30m、右10mに副長用司令室へのハッチがあるずら……」
「そこにいきなり行くと、退路を断たれるかも知れません」
「だったら、後ろ10m右壁に、非常用階段通路があるっちゃ」
「開けられますか?」
「ロックは外したずら」
確かにそのあたりの壁から、ドアなのか、少し浮いている部分があった。
「じゃ、あそこまで下がります。バゾクさんとあなたはそこに飛び込んで
内側からロックして隠れてください」
「君はどうするずら?」
「あえて、司令室まで連中を引きずっていきます」
「君は、女の子を殴れない。だっちゃね」
アキラは、角谷に渡された、サバイバルナイフを引き抜いて、貴原有希にむける。
「殴るも蹴るもできなくても、相手が女性なら速攻で無力化する方法があります」
貴原有希が率いる10人ほどが、ナイフを構えるアキラたちに、じりじりと迫る。
間合いを少しずつ詰めながら。
反対側の右の曲がり角から、やはり同じ出で立ちの昭和っぽい人たちがぞろぞろと
やってきた。挟撃されたようだ。
アキラたち3人は、ドアが開くことを祈りながら、非常出口を背にして連中と対峙する。
「5つ数えたらドア開けてにげて、そうしたら内側からロックしてここから離れて。
僕はここで防ぐ。何があっても出てこないでください。」
アキラ的には、むしろいられては困るのだ。
「5秒前。3、2、1、GO!」
ドアは、手をかけただけで軽く開いた。2人が飛び込み、アキラが自分の背で閉じる。
ドアの内側からなにかの機械音がして、そのあとかんぬきがかかったような音とともに
ドアは収納されて、開かなくなった。
奥からぱたぱたと、人が走り去っていく足音がする。もう、大丈夫だ。
「さてと」
アルゲマイネの制帽を斜めにかぶりなおし、口の端だけゆがめたアキラが貴原に向き直る。
「メル……貴原さん。僕はどっかの火星人の山本玲さんとちがって、あなたとキャットファイト
するほど暇じゃないの。……さっさと投げろよ。お得意の投げナイフを」
「ふーん、いい度胸ね。――どこまで続くかしら!」
ひゅう。と音を立ててアキラの首筋ぎりぎりに細身のナイフが飛んでくる。
あてる気ないなら投げるなよ。と思うアキラ。
「えっ?」
アキラはよけたつもりなのか、顔を動かした。よりによって、ナイフの真正面に。
普通の人間なら反応できない速さだから、150km/hは出てるだろう。
顔のど真ん中に刺されば死ぬ。一瞬身がすくむ貴原。
キン。
そのナイフを紙一重で、アキラはサバイバルナイフの峰でさばく。
ナイフはそのまま、手下の一人めがけて飛ぶ。
ぶざまに地面に転がってよける手下。
「さあ、投げなよ。顔で受けてあげるから」
「う、うるさい!」
貴原は愛読書のツルゲーネフ作『初恋』のページに隠してあったナイフ4本をまとめて
手に取り、今度は全部顔面に投げつける。
それをアキラは前へ飛んでよけると、小さく前転して貴原の0.5m前に立つ。
アキラのナイフを持つ右手が容赦なく振り下ろされた。そのまま一気に下まで振り抜く。
両目を見開き息を呑んだまま棒立ちの貴原。
貴原の頭からつま先までまっすぐな線が通って、真っ二つに切れた。服だけが。
「きゃああああ!!」
両腕ではだける服をおさえ、しゃがみ込む貴原。
アキラは、もうこいつには用はないと言う顔で、今度は女なのにごつい顔の手下に向かい
ナイフを振り下ろす。
またしても、服だけ真っ二つ。
アキラはさらに走りながらナイフを振るい続ける。
服を切られた女たちの悲鳴がこだまする中、黒い奔流となったアキラが駆け抜ける。
大洗艦と花園艦の後部では、風紀隊Ψチームと、蔵王権太の周りに集まる千人ほどが
にらみ合いを続けている。
「委員長。消防団から手押しポンプ借りてきました」
「何台あるの?」
「全部で5台……」
手押しポンプとは、ポンプ車の後ろに積まれている、荷車に乗った移動可能なポンプだ。
消防車自体が現場まで行けないようなときに、ホースを延長するために使われる。
ポンプを駆動するためにエンジンが付いている。
園が、消火栓を確認すると、この近くには海水をくみ上げるタイプのものがあるという。
ちなみに、地上にあるものは上水道につながっている。
「消防水利(ため池)じゃなきゃ、無限に使えるわね。
第2小隊。整列!」
直ちに園の前に、後藤を隊長とする風紀委員会第2小隊25名が整列する。
「後藤以下、第2小隊整列完了」
「よろしい。では第2小隊は5名ずつ分散し、5台の手押しポンプを操作してね。
復唱はいいから。着手!」
「右向け! 右!」
「駆け足。進め!」
「目標。前方の花園学園生徒」
操作、始めの合図とともに彼女らは次々とホースを展開し、つなぎ合わせる。
「放水。始め!」
5本の高圧水流が、花園の愚連隊どもに浴びせかけられる。
「くそっ! 艦前部の火はまだ消えねえのかよっ!」
悪態をつく権太。だが仁隆以下、そこにいたものは(半分はオッドボールだが)逃げていた。
その背後から、疲れを知らないような女たち6人の影が忍び寄る……。
そのころ、後艦橋にいた500人の女生徒を「無力化」したアキラの携帯に着信がある。
『まもなく、花園艦全電力停止』
「マズっ! とにかく外に出ないと」
後艦橋の司令室から機能を掌握できないかと苦闘中のアキラだったが、電源喪失なら
そんな必要はない。
とりあえずダメージコントロール画面を呼び出し、全隔壁を開放させ、はぐれた連中と
後艦橋屋上で落ち合うよう、携帯でメールする。
途中には戦意喪失したり、呆然と空中の一点を見ている女たちがいるが、
全部の隔壁を開け放った以上、閉じ込められて出られないと言うことはないだろう。
「おう、おとっつあんん。何だか知らねえが、隔壁のロック全部解けたぜ」
フーテンタイガーと常夫ク○ーは、とぼとぼと歩く意識のないみほの後をついていくうちに、
艦内の倉庫区画のようなところに出た。
シャッターが巻き上げられて、出入りできるようになったそこで、
3人、正確にはみほ以外の2人は、とんでもないものを目にした。
「これはなんだクマ……」
「見てのとおりだろうさ。中古のMBTどもだ」
1ヘクタールはありそうな「倉庫」には、用途廃止されただろう20世紀末頃の西側戦車が、
おそらく稼働状態で、ワイヤーで固定されている。
「M60A1~A3、レオパルドⅠ、いやⅡの初期型まであんな。
戦車道ではめったにお目にかかれねえセンチュリオンの、L7積んだ晩期型が一番多いぞ。
おいおい、M60A2なんて珍品まであるじゃねえか」
そいつの車体は、M26パーシングと大して変わらないが、乗っている砲塔が今日から見ても
未来的な形で、そこから榴弾砲のような太く短い砲身が突き出ている。
「きさん。何がどう珍品クマ」
「こいつはな、対戦車ミサイルと成形炸薬弾だけを撃つという意味不明な戦車だ。
152mm対戦車ミサイルを撃っても、すぐ発見され、ミサイルが当たる前に反撃される。
だから、ボツったんだよ。砲弾より速ええミサイルなんざ、今だってねえよ。
ミサイル撃つのはヘリコと歩兵のお仕事さ。
ホントは『チェロキー』って言うんだが、格好から『スターシップ』って呼ばれてる」
みほは、とみると、その珍品戦闘戦車の前で、砲身を見ながら突っ立っている。
意識は、まだない。
「おい。おとっつあんよ。こいつら、オットーもハーマンも満タンみてえだぜ。
なにやらかそうって言うんだよ」
「いま、ざっと数えてみたクマ。500両はあるクマ。この学校にこれを動かすだけの
女生徒はいないクマ。つまり、男どもが乗るクマな」
「500両だあ? じえーたいさんの戦車より多いじゃねえか」
「奴ら、戦争をするつもりクマな。戦車倉庫は、たぶんここだけではないクマ」
「そういやあ、この手の奴にはことかかねえな。昔、漫画映画でこけたブローカーまがいが
万角諸島に某大国が上陸してくるからって、機銃やRPG船に積んで、懲役くらったなあ。
この蔵王ってのもその類かよ?」
「……あれ? 私……」
へんてこな戦車を見上げていたみほの意識が戻ったようだ。
「わたし、いったいいままで何をしてたの」
「みほは何もしてないクマ。悪い奴らは私が成敗……」
「あんたはその六角棒でな、花園のチンピラどものキンタ……」
「あーる日、○太が歩いていると~クマ」
「いいじゃねえか。ここにはお姫様と身の丈2m以上の悪人と、そしてあっしが……」
(著作権が切れていないので、「○太の大冒険」は書けません)
別にそんな歌くらいなんでもないみほだった。
たしか「お○の方」とか吉田松陰が出てくるもっとひどいのがあったような……。
みほは、自分が○太の大冒険そのものになっていたことなんか、当然知らない。
「えーと。松陰神妙にしろい! だっけ?」
「……」
「……おい、おとっつあんよ」
「みほ。私は君をそんな歌を歌うような娘に育てたつもりはないよ」
「素に戻ってるぞ。素に」
そのとき、3人の背後に、銃器で武装した数人の男が現れた。
「動くな!」
「武器を捨てろ!」
「背中を向けて、壁に手をつけ」
「私たちをどうするつもりクマ?」
のほほーんとした態度で問い返す常夫ク○ー。
「お前たちは、見てはならないものを見た」
「じゃあ、あっしらに生きていてもらっちゃ悪りいんじゃねえの」
フーテンタイガーは、ウルトラロングスカートのすそをつまんで持ち上げる。
「定番のごあいさつだ。2人とも、見るな!」
スカートから、安全装置のレバーが外れた手榴弾らしきものがいくつも転がり出る。
一瞬ひるむ男たち。
手榴弾らしきものは数秒間男たちの方に向かって転がり、爆発……
……せずに、強烈な光を放った。
100万カンデラの光と、1.5m以内にいる人間に160デシベル以上の爆音を見舞う。
普通だったら、どんな方法でもだせない光と音量だ。
みほも常夫ク○ーも慣れたもので、とっさに伏せて目をつぶり、両手で耳を押さえ、
口を大きく開いた。フーテンタイガーも、当然そうしている上に、耳栓もつけている。
しかし、とっさにスタングレネードだとわからなかった男たちは、もろにそれをくらった。
「うぎゃあああぁぁぁあああ!」
転げ回り、絶叫する男たち。
その両耳からは、血が流れている。音圧で鼓膜が破れたのだ。
常夫ク○ーが、奴らを片っ端からぶん殴って気絶させる。
「せいぜいギャングごっこレベルの素人で助かったぜ」
「船外ゴミ捨て用のダストシュートがあったから捨てて来るクマ」
一方、みほは改めてM60A2「スターシップ」のドライバーハッチを開け、作戦用地図を見て
驚くことになる。
「これ、戦車道連盟本部周辺の地形図に、北富士演習場の開会式の見取り図。あと、
西住本家を中心にした熊本市の地形図だわ!」
フーテンタイガーも蔵王改め永戸が、何をしたいのか察したようだ。
「奴らが、どっかのガッコ、叩きつぶしたことがあったよな。
狂ってやがる。奴ら戦車道連盟と主要な高校生選手、あとお前さんの実家をまとめて
消し去るつもりなんだ。野郎の乗った型落ち戦車でな」
「……なぜ、そんなことを」
「女でじえーたいに行きてえ、ってのはそういねえし、
戦車だって戦車乗りの人数しか作れねえ。だからすげー高え。
それに、女は腕力や戦争では男にかなわねえだろ。
だからさ、戦車道ってもんをなくしてえんだよ。
そーしたら、強え軍隊が作れる。気にくわねえ周りの国に比べて。
そう考えやがったんだろうな。蔵王だか渋谷だか永戸って奴はさ、テロやる気だぜ」
「そんな……」
そこにやってきたのは、小麦粉1袋100kgを4個かかえた常夫ク○ー。
「おとっつあん。どこにそんなもんがあったってゆーんだよ」
「ここは倉庫区画クマ。何だってあるクマ。
こいつらまとめて始末するクマ。手伝えクマ。
まずシャッターを手動で下ろすクマ」
そうしておいて、戦車倉庫から、例の「スターシップ」1両だけ持ち出した3人は、
そいつに乗って上部階層を目指す。
「私だけ、なんでデサントクマ?」
「おとっつあんが乗れる戦車なんぞ、この世にはねえよ。
歩けって言わねえだけでもありがてえと思いな」
フーテンタイガーは、車体前部に一つだけあるドライバーシートに座り、
車体の真ん中のハッチから顔を出して、ステアリングを操作しながらそんなことをぬかす。
そうでなくとも、スターシップはアメリカ戦車らしくなく、詰め込みすぎでせまくるしい。
でかい砲塔に152mm短砲身の、70年代版KV-2といってもいいキテレツ戦車だ。
M46パットンがドイツから押収したクロスドライブの旋回装置を採用して以来、アメリカだけ、依然としてレバー方式を採用していた。
他国と同じステアリングハンドル式になったのは、M48からである。
なお日本の74式はハンドル式だが、バイクのハンドルと同じというものだ。
「それより、キューポラに手突っ込んで、機関砲撃てるようにしておきな」
M60シリーズのキューポラは、M3リーのように機銃塔を兼ねている。
とくにA2の場合は、リーを思わせる形をしている。
「あとお嬢ちゃん。今のうちに152mmに榴弾込めときな」
「灰色の、砲弾じゃないのは何ですか?」
「ミサイルだ。使うことがあるかもしんねえ。
戦車と戦うこたあねえだろうから、榴弾でもでかい奴の方がいいだろう。
このスターシップ以外は、主砲はほどんどL7だ」
「尾栓の閉鎖器が、見たことない形ですね」
「砲弾を撃つだけじゃなく、ミサイルランチャーでもあるからな」
みほは、HEATとHEが並んでいるラックからHEをとりだすと、信管を「短延期」に合わせ
見たことのない方式の閉鎖器と格闘しながら、KV-2のそれとは違う一体型の砲弾を装填した。
重いことは重いが、一刻を争うという場面はないだろう。
短延期にしたのは、「吹き飛ばす」より「ぶちこわす」場面の方が多そうだからだ。
「ついたクマ」
3人がたどり着いたのは、戦車倉庫真上の空調室。
換気用の大型ファンが回っている。
「この換気ダクトが、例の戦車倉庫のクマ。
こいつに、この小麦粉をぶち込むクマ。
ころあい見計らって、火種を入れるクマ。
粉じん爆発で戦車全滅クマ」
「この床板も吹き飛んで、あっしらまで巻き添え食うぞ」
「私は小麦粉400kg放り込んだら、全速力で逃げるクマ。
粉末が充満したと思ったら、スタングレネードを投げ込むクマ。
導火線は、時間いっぱいにするクマ。
その間にみほとお前は、スターシップに逃げ込んで、私を追うクマ」
風紀委員軍の放水攻撃のせいで、後部甲板の市街地、といっても学園本体と、花園の生徒宿舎
それと青雲側の生徒を監禁するための独房群だけがある街区に、散り散りになって逃げた
花園の千人あまりの生徒たち。
権太の周辺にいた親衛隊格の強者どもも、放水に追われて逃げる間に、ばらけてしまった。
そのとき、連続する大きな爆発音とともに、地震のような揺れが襲いかかり、
彼らの足を払った。
「なんなんだよいったい!」
どうみても巨漢の中年にしか見えないくせに、おつむの中身が心許ない蔵王権太が
何とか立ち上がる。
だが、周囲にいたはずの手練れどもの姿が見えない。
土煙が収まると、彼の親衛隊どもは、6人の女たちに、一方的にたたきのめされていた。
「花園三人衆のうち、2人は哀れな最期を遂げた。残っているのはお前だけだ」
隻眼の女剣士、並のアウトローでは太刀打ちできない指名手配犯が宣告する。
おかめの面をつけた、見た目には普通の女が、花園の強者を2、3人まとめて10m以上かなたに
放り投げる。
全身赤ずくめの「少女」が、加速装置でもついているかのような、すさまじい速さで、
兵隊たちを翻弄している。
そして、後ろからは世界ランカークラスのレスラーたちが迫る……。
……蔵王権太、1ラウンドKO負け。
きまり技、ジャパニーズオーシャンサイクロンスープレックスホールド(6人合体技)。
後ろからせまりくる爆炎に追われて、全速力で舷側方向に逃げるスターシップ。
その数十m先を全力疾走する常夫ク○ー。
幅10mの通路のどん詰まりに、シャッターが降りている。防火壁だ。
火災のせいで、自動で降りたようだ。
常夫ク○ーが、停車したスターシップに向かって歩いてくる。
「あれは開かないクマ」
「よし、嬢ちゃん。さっそく榴弾撃ってくれ」
常夫ク○ーがエンジングリルの上に伏せる。
152mmガンランチャーが、無修正で榴弾をシャッターにたたきつける。
短延期の信管が、榴弾がシャッターを突き破って、半分ほど頭を出した瞬間に作動する。
10m四方の大型シャッターが跡形もなく吹き飛ぶ。
スターシップはそのまま防火壁をくぐり抜けると、今度はやけに広い空間に出た。
まるで空港の格納庫を思わせる空間だ。
「向こうに大きな扉があるクマ」
いますぐ炎に包まれる心配が去ったので、普通にその巨大扉に近づく。
「エレベーターのドアのようクマ。こいつ、動くクマ」
そこには、上に行くボタンだけがついている。
常夫ク○ーがそのボタンを押すと、ドアの向こうでごろごろと重々しい音がする。
何かが降りてくる感じだ。
空気の抜けるような音を最後に、ドアの向こうの音が止むと、ドアが上下に開き始める。
ドアの向こうには、巨大な一枚板があり、その向こうには海が広がっている。
「空母の舷側エレベーターと同じもののようだクマ」
スターシップは前進して、その巨大リフトにのる。
常夫ク○ーは今度は、リフト側の操作盤で、上の階へのボタンを押す。
さきほどと逆に、巨大なドアが完全に閉じると、リフトが騒音を立てながら上に向かう。
一方、ここは花園艦の全電気系統が集まる配電盤にキュービクル。
佐渡屋の網膜認証で、その部屋に入った雄妻と酢堂。
2人はその危険区画で、短機関銃を構える。
「やるわよ」
まず、高圧電力が集中していると思われるキュービクルを撃ちまくる。
内部の電線同士がショートしたのであろう、被覆が焦げるにおいがする。
遠からずここは、猛火に包まれるだろう。
漏電を検知したブレーカーが、次々と落ちる。
照明も落ち、非常用電池が作動し、赤い非常灯が点灯する。
「ん? なんだこれ」
酢堂が指さす先には「非常停止」と書かれた、透明プラスチックのふたがされた
あやしいボタンがある。
「やめろおぉぉぉ!」
「ふんっ」
佐渡屋が叫ぶが、酢堂は透明樹脂板を割って、中のボタンを押し込んでしまった。
「し、知らねえぞ。どうなっても知らねええぞおぉぉ!」
両肩を脱臼したままの佐渡屋が、顔面を蒼白にさせ、両腕をだらりとさせたまま逃げる。
何度も転びながら。
「なんなんだよ?」
酢堂の疑問には、配電盤室の自動機械音声が答えることになった。
『高速増殖炉エイブル、ベーカーを停止します。制御棒降下、20%』
『一時冷却液体ナトリウムを、非常電源により冷却します』
『制御棒降下停止。核分裂反応、プルトニウム生成、依然続行中』
『冷却弁開放できません。液体ナトリウム、温度上昇中』
『非常用電力供給不可。炉心冷却不能』
「なんだって? この船は禁制の原子力で動いてたってのかよ」
「そうみたいね、酢堂。しかも増殖炉よ。
炉心が爆発したら、世界中にプルトニウムが何キログラムばらまかれるかわからないわ」
とうとう電力ケーブルの被覆がすべて燃えだした。
CIC内部でも、艦内火災と、増殖炉のコントロールが失われた事を報じるアラートが
鳴り響いている。
端末は次々とダウン。もはや破滅を止めるすべなどなかった。
そんななかでも、ひとり永戸梨穂だけは、実に楽しそうだった。
CICの一角、耐火金庫と思われる大きな箱。
それは永戸梨穂本人の脳髄を収めた、生命維持装置だった。
そこから永戸は、脳髄と携帯用維持装置のパッケージを取り出すと、今度は端末の身体の
後頭部が開く。
そこに自らの脳髄を収め、完全にサイボーグとなった永戸梨穂。
「ふふふ、とっても楽しみです。だってボクにはどんな放射線も通用しない」
完全に無人となったCICから、狂気をまとった永戸が出て行く。
同時刻、大洗女子学園情報科実習室。
「花園艦の構造解析が終わったよ。角谷君。最悪だな」
大洗艦の緊急センターの機能を集約し終えたこの部屋に、角谷が入って来たのは、
状況が始まってから4時間が経過した午後10時頃だった。
そしていま、角谷はアキラの大叔父、山本教授から、最終的な析結果を聞いている。
「花園艦の動力は、禁断の原子力だ。しかもどこで情報を仕入れたものか知らないが、
分裂反応で生成した中性子をウラン238に吸収させてプルトニウム239に変え
さらに燃料にする高速増殖炉だ」
「教授。理屈でしか聞いたことがありませんが、それってかなり危険なタイプですね」
「高速中性子を使うから、冷却剤に水が使えず、中性子の速度を落とさない金属ナトリウムを
使うのが普通だ。だかこれは、もし漏れたら火を噴くぞ。水に触れても燃える」
「いまは、どういう状況ですか?」
「制御棒が中途半端に降りた状態だ。どんどん反応が進んで、炉心暴走になる。
それでもナトリウム冷却なら、非常電源がない状態でもメルトダウンまでは
行かないだろうが。それが上手くいっていない兆候が見られる」
「炉心溶融に至ったら?」
「圧力容器が爆発し、さんざんため込んだプルトニウムが何キログラムも放出される」
「ほこりの大きさ一粒で、人間を死に至らしめる猛毒が。ですね」
「世界の半分。ことによったら全部が終わるだろう……」
火災警報が鳴り響く中、花園艦に乗っていた元青雲の学生たちも、花園側も、
大洗艦めざして逃げ込んでくる。
風紀委員中隊は、手際よく彼らをさばいている。
青雲側と花園側では収容場所が異なり、花園の関係者は全員セラスのデコピンくらって
気絶したまま、電源の入っていない巨大冷凍庫に放り込まれる。
あと20分もすれば、花園艦には誰もいなくなるはずだった。
そのころ。
あちこちから吹き出す炎をさけながら、未脱出者がいないか探していたアキラの前に
見知った人影が歩いて行くのが見えた。
「西住先輩だ。何をしようと言うんだ。連れ出さなきゃ」
みほに見える人間は、微妙に服装がちがうのだが、アキラは気がついていない。
そいつは艦底部にあるコントロールパネルを操作して、動力を原子炉につながる
発電機と直結し、ある座標をめざして航行するだけの単純なプログラムを施した。
そのままラッタルを上がって、今度は原子炉の制御室へ向かう。
アキラもそれを追った。
非常灯の赤い光に照らされて、まだ生きているタッチパネル式ではなく、
ダイアルやボタンの並んでいるコンソールの前に、みほらしい人物が立っている。
そいつは、その上に並んでいる2つの配管についているバルブを閉めた。
ここにきて、アキラもそいつがみほなのか疑問を持った。問いかけてみる。
「西住先輩?」
「ちがいますよ。ボクはみほじゃなくて永戸梨穂です。
君、もしかして山本玲? あなたに会うのも楽しみだったんです。
男なのに戦車に乗ることを連盟に認めさせた、ただひとりの人でしょ。
サインください。っていいたいけど、そんな時間ないよね」
永戸は、みほみたいな顔で、およそ似つかわしくないことを言う。
「あーあ。せっかく戦車を男の手に取り返して、シ○人やチ○ンが怖くて何も言えないような
強力な国防軍を作りたかったんですけど。
君は連盟なんかに丸め込まれてるから、将補の息子のくせにこんなまねをするんです。
不愉快ですね、全く。
だからこういうことをするしかなくなっちゃったじゃないですか」
「あんたいったい、向こうとここで何をしたんだ」
アキラには何となく察しが付いていたが、こいつは自己顕示欲旺盛な奴と思い、わざと聞く。
「そんなに怒らないでくださいよ。いいことなんだから。
まず、この船の推進ポンプをここの発電機と直結にして30ノットで前進するようにして、
舵機を黄海の方角に向けたんだ。そしてね、
ナトリウム冷却装置の、圧力逃がし弁を閉じたんですよ」
永戸は、みほみたいな顔に、無邪気な笑顔を貼り付けて、恐ろしいことを言う。
「そうすれば、ナトリウム配管に異常な圧力がかかって破裂する。あんなふうに」
カラスに仕切られた工場のような部屋で、むき出しの配管のいくつかが
銀色の液体の噴水をあげている。
金属ナトリウムだ、床にたまれば酸素と反応して、激しく燃えるだろう。
「もうむだですよ。手動で船を動かす入力装置は、いまごろ自爆装置で吹き飛んでます」
階下から爆発音が一瞬聞こえた。やられた。と、アキラは思った。
「そしてこの船が黄海を突っ切り、大陸のどこかに付く頃には、高速増殖炉の圧力容器が
爆発して、メルトダウンした炉心の中身が、ええ、プルトニウムです。
大陸と半島に大量にばらまかれるという次第です。心が躍るでしょう」
「いいかげんにしろ! 貴様っ!」
アキラが永戸の頭部にフックを見舞った。
しかし、金属の塊を殴った手応えとともに、拳が激痛を訴える。
「ふふふ、それで骨が折れてないなんて、どういう鍛え方をしてるんだろうね。
でも、もうむだだよ。だって君は、そこの計器が示しているとおり、
1時間あたり6シーベルト以上の放射線を浴びてるんだから。もうすぐ死ぬよ」
ふいにめまいを覚えたアキラが壁にもたれかかる。
その脇を抜けて、永戸梨穂は部屋から出て行った。
「くそっ。ここからでなきゃ……」
アキラも、よろめきながら原子炉区画からはなれようと歩く。
みほたちがたまたま発見した、空母のサイドエレベーターのようなリフトは、
花園艦から大洗艦に脱出するのに都合がよかった。
みほたちの乗ったスターシップが大洗側に移動すると同時に、乗り込んでいた工作チームに
先導された、監禁されていた旧青空学園の生徒たちが、順次大洗艦に乗り込んでくる。
おかげで、もうすぐ花園艦は無人になる。
「急がせろ!」
角谷が血相を変えて、交通整理をしている風紀委員たちに詰め寄る。
「かまわないから、誰も彼もこっちに乗せて。すぐにでも大洗艦はシンクロを解いて
花園艦からはなれないと。被曝しちまう!」
「間違いない。この受像器が感知した青緑の光は、チェレンコフ光だ」
チェレンコフ光は、そこで臨界が起こり、核分裂反応が起きている証左だ。
山本教授から見ても、破滅に向かうカウントダウンがスタートしたということになる。
「山本教授。これがモニターしているのは、米太平洋軍団の通信ですよね?」
死神先輩が、モニターの一つを指さす。
「グアムABから、スピリット2機が出撃準備に入っただと?」
「どういうことでしょう」
「おそらく、花園の原子炉が暴走状態なのを察して、メルトダウンを起こす前に
船体に大穴を開けて、沈めてしまおうというのだろう。
武装はおそらく『バンカーバスター』スマート爆弾だ。
厚さ6m以上のコンクリートでもぶち抜ける」
死神先輩のかわりに暗号解読モニターを見ていた高橋医師が、新たな情報を読み上げる。
「コールサインXXXXおよびYYYYは、目標の船首から艦橋構造物の間に、
各2発のEGBU-28を命中させろ。と言っています」
山本教授の目が、これ以上はないと言うくらいに見開かれた。
「ダメだ。米軍はその部分に大量の80cm砲弾と発射薬があることを知らない。
おそらく、こいつらが誘爆すれば、花園艦内部を爆炎が走る。
装甲に誘導されて、原子炉が破壊される……」
――世界破滅への、最悪のシナリオが始まった。
花園側からの撤収は、完了したと角谷は判断した。
後誰かが残っていたとしても、自己責任で逃げてもらうしかない。
事態はそれだけ逼迫している。
そこで、花園艦に潜入させた者2人の姿を見かけた角谷。
「やあ、雄妻ちゃん。敵中枢から無事に逃げて来られて重畳だね。
もっともそれが君たちの……」
「角谷。山本玲が、帰ってきていない」
角谷には、それがどういうことか理解できない。
「どういうこと? 君らといっしょに行動してたんじゃなかったの?」
「途中ではぐれたそうだ。誰かを追っていくのを見た。というものがいる。
いまでも、ヘタしたらあの中だ」
すでに大洗側からのシンクロは解除されているが、さきほどから花園は速度を上げつつあり、
大洗はどんどん引き離されていく。
角谷は、自分のスマホを取り出し、アキラを呼び出す。
一方、大洗艦の舳先部分。
「スターシップ」を海に沈めて始末するために、みほたち3人がここにやってきたところだ。
「500両もあるからな。正直珍しいもんでもねえし、戦車道じゃ使えねえからよ」
そこからちょっとはなれたところで、みほと常夫ク○ーが内緒話をしている。
「お父さん。私あの人、どうも良く知っているような気がするんだけど」
「私は通りすがりのクマだクマが。私も知っているような気がするクマ」
そんな3人のわきを、速度を上げた花園艦が通り過ぎていく。
「なんだアレ?」
フーテンタイガーが見つけたのは、その花園艦から脱出する高速内火艇。
その上には、マルヒト式LMATを構える、永戸梨穂。
『あはははは。よくもボクの素晴らしい計画を邪魔してくれましたね。
これは些少ですが、お礼ですよ』
スターシップの通信機を通じて、永戸の高笑いが3人に聞こえた。
「ちいっ! 嬢ちゃん。砲手席に着け」
フーテンタイガーはそう叫ぶと、自分は車長用キューポラに飛びこんだ。
そのまま12.7mm機関砲を、永戸に向かってぶっ放す。
「上手い」
みほが思わずそうつぶやく。
12.7mmの弾幕は、確かに数百mかなたの永戸にヒットしている。
マルヒト式LMATは、照準を着ける前に砕け散る。
しかし、普通の人間が12.7mmを食らえば、1発で粉みじんになるのに、
永戸は弾を跳ね返している。重装甲の義体なのは間違いない。
「嬢ちゃん。シレイラ撃つぞ。これでも音速で飛ぶミサイルだ。
速度がそれほどでもないから、誘導は何とかなる。ジョイスティックで合わせればいい。
船体をロックしろ。船がバラバラになれば、奴は重装甲だから海に沈むだけだ」
「はい。やってみます」
「よし。撃ち方用意。弾種、MGM-51!」
フーテンタイガーは直径152mmのミサイルを、造作なくガンランチャーに装填した。
「目標、捉えました」
「よし、撃ち方始め。外すなよ」
携帯対戦車ミサイルを吹き飛ばされた永戸だったが、まだ余裕の表情は消えていない。
「なら、全速で逃げるだけです。この艇は40ノットは出るんですよ」
フルスロットルをくれる永戸。
スターシップが砲撃するのが見える。
「むだですよ。どんどん速度を上げて、見越し射撃できないようにしますから」
彼が思ったとおり、砲弾はあさっての方向に飛んでいく。
しかし、スターシップの砲塔は、次弾でも撃つのか、彼の高速艇を指向する。
だが、砲は艇の現在位置を向いている。未来位置を狙わなければ撃っても当たるわけがない。
「ふふふ。そのウデではもう当たりませんよ。
まして、こんな小さな内火艇に。ん?」
視界のかたすみに、黒い点をみとめた永戸が、そちらの方を向く。
それは、スターシップが先ほど放った、シレイラミサイルの弾体だった。
後ろを振り返った永戸は、驚愕の表情のまま、目を見開いて固まる。
「ウソだろ。戦車の砲弾が、動く船を追尾するなんて」
スターシップは次弾を撃つためではなく、このミサイルをを誘導するために、
永戸の乗った内火艇の現在位置を指向していたのだ。
――そして、彼の目の前に彼の宿敵の放ったMGM-51シレイラが着弾し、艇体を引き裂いた。
「ウソだ。ウソだ嘘だうそだ!!」
海に放り出された永戸は、そのまままっすぐ海底に、垂直に一直線に引きこまれる。
「ボクのような愛国者が、なんでサヨクの西住の手にかかって死ななきゃなんないんだぁ!!」
東京湾沖に、大陸棚はない。
やがて、数十気圧に達する水圧が、永戸の身体を押しつぶしてゆく……。
光さえ差さぬ永劫の冷たい暗闇。
そここそが、彼の墓碑銘なき墓場となるのだ。
大洗艦からかなり引き離されてしまった花園艦の甲板。
ようやくそこにたどり着いたアキラが、へたりこんでいる。
「ああ、ボクの人生。とくにいいこともなしで終わりか」
などと気分に浸っているところで、携帯が着信音を鳴らす。
「放射線で壊れたもんだとばかり思っていた……」
別に核爆発があったわけではないし、EMPが起きたわけではない。
また、アキラが浴びたのは、ほぼ中性子線だ。携帯は壊れない。
だが、アキラは仮に回収されても、程なく死んでしまうだろう。
「もしもし……」
『アキラか? いまどこにいる』
角谷だった。
アキラは、なんとか今の自分の状況を伝えた。
『なんてことだよ……』
「いいですよ大統領。他の皆は無事なんでしょ。
ならこの化け物を何とかすれば……」
『それで問題が起きた……』
角谷は、グアムの空軍基地からステルス爆撃機が誘導貫通爆弾を搭載して発進すること。
そして、大叔父の懸念を伝えた。
「はあ……じゃあ僕だけじゃなく、誰も彼も……」
『死にゆく君に、こんなことを伝えるのは本当に心苦しいが、
……いま、そこにいるのは君だけだ。最後の使命を全うして欲しい』
「……わかりました。
では、僕は、何をしたらいいのですか……」
『前方2基の主砲塔の弾薬庫に、手動注水弁を開いて、注水してくれ!
位置は、メールで送る。……ごめん、私にはもうなにも』
「……いいんですよ、会長。これで、気分よく、死んで行けそうです。
電話切りますから、メールを送ってください」
メールが、ほどなく届く。
アキラは添付画像を確認する。
「なんだ、ここからならラッタルを降りれば、行けるじゃないか……」
降りるだけなら何とかなりそうだ。
登れと言われても、できそうもないけど。
そんなことを思いながら、艦底部へ急ぐアキラ。
すでに、2機の「スピリット」は、貫通爆弾を積んで、グアムを飛び立った。
おそらく、花園艦の20km以上手前から、バンカーバスターを投下するだろう。
残り時間、あと、約30分。
確かに、画像で指示された場所には、2つの大きなハンドルがついた「弾薬庫非常注水装置」
が、存在していた。
アキラは、渾身の力、といってもいつ死んでもおかしくない半死人のそれを振り絞り
やっと一つ開けることができた。
脇の太いパイプから、ごうごうと音を立てて、第1砲塔の下、バイタルパート内に
海水が流れ込む。
ここまでにかかった時間は5分。
次はもっとかかるだろう。
アキラは、次のハンドルにしがみつき、何とか回そうと力を込める。
しかし、力が尽きていたのか、ハンドルは回ろうとしない。
気が遠くなる。
僕、いよいよダメなのか。
ちくしょう。せめて最後のつとめぐらいはまっとうしたかったな……。
アキラがそう思ったとき、アキラの手に、女性のものらしい白い手が添えられる。
そして、その手の持ち主は、水道の蛇口をひねるように、ハンドルを回してしまった。
「セラス……さん」
アキラの背後には、時田執事と角谷がだまして血液を摂取させたため、
どこにでも出入りできるようになった、セラス・ヴィクトリアがいた。
アキラはもう立つ力もなく横たわり、角谷のメールに「成功」という2文字の返信をした。
「セラスさん。ありがとう。おかげで、最後のつとめだけは果たせました。
もうすぐ、米軍の爆撃機が来ます。
……早く、逃げて、ください」
瀕死のアキラは、そういうだけが精一杯だった。
セラスが、アキラに言葉をかける。
「You have performed your duty.」
そして彼女は、大きく口を開く。
そこには、無数の鋭い牙が並んでいる。
そして、セラスはアキラの首筋に噛みついた。
「や~め~て~。吸わないで~。人間として死なせて~!」
アキラの絶叫が、空しく響く……。
4発のバンカーバスターが花園艦に突き刺さり、艦底部まで貫通して大穴を開ける。
前進を続け、すべての隔壁が開放された花園艦は、艦首から沈んでいく。
その花園艦から、鋭角的な軌跡を描いて、何かが飛び去っていった。
「お、帰ってきたねえ」
大洗艦避難訓練の状況中止時刻である、午前5時。
東の水平線から、朝陽がゆっくりと登り、星々の輝きを失わせる時間。
その、反対側、まだ夜の終わっていない西の空から、それはすさまじい速度でやって来た。
アキラを抱きかかえたセラスは、空中の一点で突然静止すると、
そのままゆっくりと降りてくる。
「やあ、アキラ。結局死なずにすんだみたいだね」
「いえ、死んでるんだなあ。これが」
角谷の問いに、口を開けてみせるアキラ。
そこには、どう見ても人間のものではない、立派な犬歯が生えていた……。
………………
…………
……
……
…………
………………
「アキラくん。眠っちゃダメよ」
僕は、西住先輩に起こされた。
頭がまだぼーっとしてる。
だって、僕たち、西呉王子グローナの映研とアニ研が共同制作した、3Dフルポリゴン
チャリティアニメ映画のために、昨日24時間ぶっ通しでアテレコしたんだから。
大統領や西住先輩といっしょに。
僕の扱いが最高にひどい。
SSの女王様で、中性子線浴びて瀕死になった上、最後はドラキュラだから。
西住先輩は「オッドボール量産装置」にされたんで、この映画の話は絶対してはいけない。
役名は変えられているけど、会長や西住先輩は、見る人が見たらわかるだろうなという造形。
僕が全く違う姿なのは、ある意味助かった。
でも、制作費聞いて呆れた。
それそのままどこかに寄付すればいいじゃん。と本気で思った。
かぎられた上映館で、ほとんど前売り会員制で見せるだけの収益よりはるかにでかい。
だが、キリマンさんに言わせると、こういう形で経済振興に寄与するのも
この人たちなりの「ノブレス・オブリージュ」なんだって。
実は、気になるのは僕たちがあてがわれた録音部屋に、他の役の人がいなかったこと。
僕ら同様、西グロに借りを作った人間をかき集めたのかもしれない。
だから、お互いに顔を合わせないよう、同時に多くのスタジオで録音したのかも。
着ぐるみの限られた視界から、僕は、前の円卓に座っている7人の女子高生を見てる。
僕と西住先輩が着ているのは、大洗のマスコットキャラの、大きな着ぐるみ。
なんか大統領が商工会に頼まれて、「戦車道連盟に話し合いに行くついでに、
往復で大洗をアピールする」っていうのを、二つ返事で引き受けたんだ。
で、着替えさせられたのは、僕と西住先輩。
「君たちぐらい屈強でないと、このミッションはむり」という大統領裁定で決まった。
たしかに、ウサギの他のメンバーなら、いまごろ熱中症で搬送されてるかも。
全国大会の出場校を1校に絞る話し合いは、古参戦車道の学校4校と、新参者の
角谷会長、キリマンさん、スーザンさんが対立する形になっている。
4校側は、うちうちで北海道のメイプル高校に決め打ちしていたみたいだけど、
大統領とキリマンさん、スーザンさんが断固反対で、話し合いを壊す発言ばかりしている。
とうとう見かねた連盟の役員さんが、「もうじゃんけんで決めたら」と宣告した。
「そーだね。じゃあ三本先取の負け抜け戦で行こうか。私が一番手でいいよ」
そう宣言したのは大統領。
いいんですか? 一番手で。
6人倒さないと行けないんですよ。
「では、私が二番手で」
「それなら私が三番手ねえ」
これは、キリマンさんとスーザンさん。
一番手なら文句でないだろうという会長の読みは正しいし、もしかしたらあの2人とは
密約でもあるのかもしれない。
だけどそうなら、勝ち方工夫しないと、八百長疑われるよね。
まず、角谷対キリマンさんの勝負。
あっさりキリマンさんのストレート負け。え?
次に、角谷対スーザンさんの勝負。
これまたスーザンさんのストレート負け。
もうみんな完全に八百長疑ってると思う。やりすぎだよ。大統領。
そして、グレゴール高校との勝負。
会長が八百長なら勝てると踏んでいるのかミエミエ。
そして「最初はグー」で勝負が始まった。
結果は……。
パー対グー。
グー対チョキ。
チョキ対パー。
また、ストレート勝ち。どうなってるの?
今度は、ビゲン高校さん。
……またもストレート勝ち。おいおい。
そして、伯爵高校さん。
まさかリアルでブロッケンさんやセラスさんはいないとおもうけど。
またまたストレート勝ち!! なんなんだよ。
そして今回の本命だったはずの、メイプル高校さん。
チョキ対パー。
チョキ対パー。
チョキ対パー。
なんと、メイプルさんは、三連続パーを出すという奇手に出た。
しかし、大統領には全く通じなかった。
もう、何かとんでもないことが起こってるって感じ。
いま起こったことを、ありのまま話すぜ。と言いたい気分。
こうして大洗は、出場権を手にいれた……。
「本当のことを言うと、私たち全く八百長してなかったわよ」
「そーそー。アンジーからそんな気遣いは無用だ。って言われたの」
キリマンさんとスーザンさんの言うことが本当なら、ガチ18連勝で終わらせたってこと?
にわかに信じられなーい。
「でも、以外とアンジーがじゃんけん強いってことは知られてないのよね」
スーザンさんも実際にやりあうまでは、半信半疑だったという。
「あー。私ね、これでもじゃんけん生涯無敗。あいこもなしだから」
大統領。もしかして、初めからじゃんけんにもっていくつもりで、おふたりに協力して
もらったんですか。はー。
「ねえ、アキラ。あんたのじっちゃん、撃墜王なんでしょ」
会長がいきなりそんなことを聞いてきた。
「ええ。まあ本当の戦争じゃないから、記録にはなりませんけど。
スコアが欲しくてアグレッサーになったとは言ってました」
「もしかしたら、若いころ、じゃんけん強くなかった?」
「今でも強いですよ。全く勝てません」
それと、大統領がじゃんけん強者なのと、何の関係があるのかしら。
「君のじっちゃん、一撃離脱や巴戦じゃなく、見越し射撃で勝ってない?」
ああ、そういうことか。
「お見込みのとおりです。統裁官からは相手が進んで射線に入っていくように見えるとか」
「アキラくん。見越し射撃って、ジェット戦闘機でもできるの?」
西住先輩の言うのももっともだ。戦車では必須科目だけど、戦闘機のスピードで、
瞬時に相手の進路を読んで、そこに弾をまいておくなんて、普通は無理。
戦闘機の戦果の8割は「一撃離脱」。つまり相手に悟らせないよう接近して一発で撃墜。
ドッグファイトの戦果は2割でしかない。
しかし、見越し射撃を得意とするエースはいた。
マルセイユさんとかラルさんとか、そればっかって人。
例外中の例外。
「よほど目と反射神経と空間把握力に恵まれないと無理ですが、いないわけではないです。
僕のじっちゃんも、その類だったわけで」
「ふーん。そうなんだ。でもそれと会長がじゃんけんに強いのと何の関係が?」
大統領はまた、「にひ」と笑っている。
「つまり、私は相手が拳を振り下ろす段階で、相手が何を出すか見えるんだ。
それに瞬時に合わせて出すから勝てる。バレない後出しじゃんけんだね。
拳の形に特徴があるから、あとで教えてあげるよ」
それが、生涯無敗大統領の答えだった。
たしかに、究極の見越し射撃だ。勝てるわけがない。
そして、僕らは大洗に帰ってから、じゃんけんの秘訣を教わった。
結果、僕のじゃんけん勝率は、8割までいくようになった。
身体能力はすごいけど、どっかとろいところのある西住先輩には、無理だった。