失われた約束の地   作:米山ともき

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 Johnny Will Fiy Forever and Ever !

 

 

 

 2日前のこと、連盟の評価試験部隊というふれこみのあやしいのが、あやしい戦車をもって、

大洗女子に乗り込んできた。そして僕らと1日「かくれんぼ」して遊んでいった。

 そして、その暫定リーダーのリアルフーテンタイガー、大河 真琴さんは、そのあとに、

元バレー部のアヒルさんチームにむかって、「その戦車ではもうだめだ」と言って去った。

 

 これはあれですね。前世紀末に「走りを極めたければ四輪駆動に乗れ」って言って去った、

白いバンダナのおせっかい焼きさんと、似たようなお話ですね。

 僕の中ではそれ以来、ラ○エボ=やられ役、ということになってしまいましたが。

 だって彼、その事件のあと、高橋先生たちに一回も勝ってませんから――!

 それに単に四駆といっても、オーラが見える人とか、死神先輩とか、イメージ悪いですね。

 僕的には。

 高橋弟さんの舎弟さんが、みんなにお詫びさせられた事件もあるし~。

 

 でも、西住先輩と大統領、あとは当のアヒルさんチーム以外はなんか動揺している。

 

 西住先輩、角谷会長、そして僕は、たぶん同じ理由で気にしていないんだと思う。

 はっきりいえば、「エースで4番ばかりのチーム」が一番使えないから。

 とくに角谷会長はそういう人。でなければ河嶋さんが戦車道からとっくに外されてる。

 アヒルさんチームは、スポーツとして考えれば、できる選手だ。

 なら、問題はないのでは。と僕の場合は考えてしまう。

 僕は「機械より人」という考え方が、空挺流の育てられ方をされているうちに身についてる。

 

 でも、他の人たちは、いい戦車があればポイントゲッターになるって思ってる。

 

 そんなわけで、僕らはそれぞれの思惑を抱きながら、大河さんの再訪をまっている。

 

 

 

 大河さんは、今度もくだんの化け物ヘリでやってきた。

 でも、今度は戦車を吊っていない。

 

 着陸したMi-26のカーゴベイが開いて、なかから1両の戦車がおりてきた。

 オリーブ色の、たぶん大きめの軽戦車だと思う。

 でも主砲は、どうも75mmみたい。

 リーのと見かけ同じみたいに見える。

 

 秋山先輩が、例によって西住先輩に解説している。

 解説できる。ってことは、れっきとした量産型なんだろう。

 戦車の世界では、量産された戦車がえらい。それは事実だろう。

 

 

 大河さんが操縦席から降りてきた。

 今日は、一人でこの戦車をもってきたんだ。

 

「よう。待たせたな」

 

 あいかわらずのかっこうの大河さん。

 しかし、今日はマスクはしていない。

 でも、どうせ巨大渦巻きトンボメガネのせいで、人相はわからない。

 

「あんたら、まあとりあえず乗ってみな。日本戦車が動かせるなら、これは簡単に動かせる」

 

 オリーブ色の傾斜装甲の車体。ボギーではない大径転輪の足回りだけど、

鋳造砲塔から受けるイメージは、アメリカのものだ。

 だったら動かすのが簡単というのも納得できる。それについてはアメリカ戦車がダントツだ。

 

 アヒルのみんなが乗り込んだその戦車は、まず周回コースを走り回る。

 かなり速い。普通に自動車が走っているのと同じくらい。

 そして、やっぱりクレトラックだ。旋回速度が落ちない。

 信地旋回なんかはできないけど、コーナリングで他の戦車はガクッと速度が落ちる。

 冷泉先輩や河西さんのような「旋回の達人」はちがうけど。

 

「整地での最高速度は、時速55キロを超える。あいつらが乗れば、待ち伏せ集中砲火以外で

 倒すのは難しいだろうな」

 

 つぎに、射撃場に舞台を移す。

 最初は静止射撃。それで当たるようになったら、躍進射撃。

 最後はアヒルさんの得意技、行進間だ。

 

「あいつら、ジャイロ使ってねえわりに、よく当ててるじゃねえか」

 

 あれにはジャイロスタビライザーがついてるんだ。リーにはないのに。(無印だから)

 

「まあ、装甲はチハ並みの25mmだが、傾斜だし。あいつらには関係ねえしな」

 

 軽量高速とバーターってことね。でもアヒルさん向きとはいえる戦車だわ。

 

「主砲は75mmとはいっても、B-25Hが積んでいた軽量砲だ。

 しかし、ここのリーよりは強いぞ。高速弾も撃てるし」

 

 ほー。あの元祖ガンシップが積んでたキャノンね。

 じゃあリーの立場ないじゃん。

 というか、アヒルさんならもう「鬼に金棒」って話ね。

 

 

 

 そして、新しい戦車に乗ったアヒルさんたちが帰ってきた。

 みんな、期待しながら待っている。

 僕も、けっこうわくわくしてる。

 

 磯部さんたちは、戦車から降りると、大河さんの前に整列して

「ありがとうございました」とあいさつする。

 

 そして、今度はそのまま、今まで乗っていた八九式のフロントドアをあけて、

乗り込もうとしている。

 

「おいおい、待ってくれよ」

 

 大河さんでなくてもそういうところだ。

 アヒルさんたちは、この戦車が気に入らなかったのだろうか。

 

「もう、そいつじゃダメだって、わかったんじゃねえの?」

 

 これだけ差を見せつけられちゃえばねえ。

 それにはさすがに異論はないわ。やっぱり八九はどうみてもアヒルさんには役不足だ。

 でも、磯部さんはこう言った。

 

「今日はありがとうございました。遠くからこんな戦車をもってきてくださって。

 私たちも、戦車自体には興味があったから、乗らせていただきました。

 ですけど、皆で決めたんですが、ご辞退させていただきます」

「なんでだよ?」

 

 うーん。さすがにわかんない。

 並以下の戦車でも、この人たちなら一線級とでも戦えるのに。

 でも、アヒルさんたちは、僕とは違う考えを持っていた。

 

「私たちは、自分たちで見つけたこの子に愛着があります。

 それに、私たちが乗らなかったら、誰もこの子に乗らないと思うんです。

 そして、この子をまともに走られられるのは、今日までいっしょにがんばってきた

 私たちだけなんです。

 だから、私たちは、乗り換えるのはやめにしました」

 

 そういわれた大河さんは、しばらく何か考えていた。

 そして、なぜかおもむろに、カバさんたちに変な質問をした。

 

「そこの、妙な歴コスしてるあんたら。

 幕末最強剣士って、誰だと思う?」

 

 聞いてる方も聞かれた方も、質問も妙だ。

 なんでそんなこと唐突に聞くんだろ。

 

「千葉周作?」

「幕末で言えば、もう歳だな」

「山岡鉄舟」

「いい線だが、違うと思うな」

「河上彦斉」

「斬った人数で競うなよ」

「土方歳三」

「むしろケンカが強いと言うべきだな。

 天然理心は真剣前提で殴る蹴る投げるもあったから、当時の竹刀試合では勝てなかったのさ。

 それに新撰組は穏便に逮捕してる例が多いんだ。

 派手なチャンバラは池田屋ぐらいだろう」

 

 僕には、土方以外はまったくわからない。

 坂本龍馬? は、たぶんこの人たちの間では番外なんだろうね。

 ……でも新撰組って、いまのSATや特戦群の走りなわけだ。ふーん。

 

「じゃあ、誰なの?」

「桂小五郎。木戸孝允だ」

 

 カバさんみんなが顔を見合わせる。

 たしかに、切れ者であっても剣豪というイメージはない。

 

「練兵館の筆頭で、免許皆伝者だ。

 なのに、あの時代で、ただの一人も殺めちゃいねえ。

 それが強さの証明だよ。そんなのは、彼しかいねえ。

 で、何がいいてえかっていうとだな」

 

 そういうと、大河さんはニヤリと笑ってアヒルさんたちの方を向く。

 

「殺さずの戦車道。いいじゃねえか。

 八九式なんざ、いっちゃあ何だが、戦前の何もわかんねえころ、手探りてこさえた、

 どんな戦車にも勝てねえ、誰にも相手にされねえ、かわいそうな奴だ。

 だけど、あんたら、それでもそいつがいいという。

 だったらそいつで、撃った弾は外さねえ。

 撃たれた弾は、全部よける。

 どんな奴らが相手でも、絶対最後まで生き延びてみせる。

 八九でそれができた日にゃ、あんたら、日本一の戦車乗りだぜ。

 面白えとは思わねえか? 八九だって戦車冥利につきるだろうよ」

 

 

 

 アヒルさんたちは、我が意を得たり。って顔している。

 たしかに筋は通っていると思うし、事実そのとおりだとも思う。

 でもなんかもったいないなー。と思ってたら、やっぱり大統領が大河さんとこに行く。

 

「あのさあ。あいつらは乗らないって言ってるけどさ、くれるんでしょ? 私らに」

「はあ? 誰がタダでやるっていったよ。おぜぜはしっかりいただくぜ。当然だろ」

 

 大統領の顔が変わった。そりゃそーだ。

 でも、たしかにタダで進呈してくれるとは一回もいっていない。

 

「で、いくらなら売ってくれるのよ?」

「まあ、自衛隊の簿外品だったのを入札で買った奴だし。中古パーツも豊富だからな。

 ……うーん。思いっきり勉強してこんなとこかな」

 

 大河さんがどっかの商売人みたいに電卓を叩く。

 すると……うわー。大統領が怒った。

 

「――うちの運動部の遠征予算1年分じゃないの!

 そんな値段だったら、初めからご足労願わなかったよ。無駄骨だったねえ」

「まあまあ。短気は損気って言ってな。これならタダであげられる、ってのもあんだよ」

 

 でも、それじゃタダだっていうのが、訳ありにしか思えない。

 

「カヴェナンターっていうイギリスの戦車なんだが、マチルダと同じ2ポンド砲で、

 ここのリーの主砲並みの威力だ。装甲もそこそこで、時速48キロ」

 

 話だけならよさげに思える。

 でも、訳ありなのは事実のようだ。西住先輩と秋山先輩が大統領に耳打ちしている……。

 

 

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「うぎゃあああぁぁぁ! ギブ。ギブギブ!」

「てめえ。あの映画で乗ったスターシップ並みの失敗兵器押しつけようとか、いい度胸だ。

 何考えてんだ。あー? このスカポンタン!

 そんな走るオーブントースター、南極で売ってこい!」

 

 大統領、渾身の卍固め……。

 ほんとうは体重がないときかないけど、大統領は怪力ですからあ。

 

 

 

 こうして、大河さんは戦車をヘリに積み込むと、ほうほうの体で連盟に帰っていった。

 Elle çaさんも、あーゆー知り合いがいるとは、お疲れ様だわ。

 でも、もう二度と会うこともないでしょう。アディオス。

 

 ……と、思っていた時期が、僕にもありました。

 

 

 

 

 

 

 そして、大河さんが帰ったあと、僕たちはみんなで大洗名物、自動車部のガレージに行った。

 

 自動車部については、その全貌を知るものは、たとえ歴代生徒会長であっても、

いないとされている、謎の部活ね。

 モータースポーツと名のつくものは、すべて手がけていて、かつて戦車道をやっていたときも今も、メンテと修理とチューンをやってくれている。

 その手広さから、部門ごとに分かれて活動しているらしい。

 そういえば、鈴鹿のソーラーカー大会の参加車両も飾ってあった。

 

 活動資金は、完全に謎。

 もっとも、バックについているのが高橋先生や死神先輩なので、お察しだけど。

 

 

 

 自動車部のひとたちは、走らせているよりいじっている時間が長いらしく、

部活中はそろいの黄色いつなぎ作業服だ。

 強化ガラスで仕切られた作業工場のなかでは、うちのではない戦車が数台、

バラされたり、組み立てられたりしている。

 事務室には「日本戦車道連盟認証整備工場」というパネルが貼られている。

 ということは、大洗自体が戦車道をやめていた期間も、ここでは戦車を扱っていたんだ。

 

「ふーん。じゃあ『壱号車』をなんとかウデに見合った走りができるようにしたいんだ」

 

 戦車道関係の窓口なのは、ナカジマさんという3年生のひと。

 そういえば、色を再塗装する前の八九式には、ペンキで「壱」という字が書いてあった。

 

「八九式は、リアエンジンリアドライブの変則的レイアウトだからね。

 いろいろややこしいね。

 しかも壱号車は、ガソリンエンジンの甲型だから、あとにできた「統制型ヂーゼル」の

 どれかを持ってきてポン。ってわけにもいかない。燃料系統が全然ちがうからね。

 やっぱり適当なガソリンエンジンをもってきて移植かなあ」

 

 おや、ここでも「困ったときのエンジン移植」ですか。

 

「さいわい、甲型は空冷じゃなくて、ダイムラーの液冷直列6気筒だからね。

 選択肢はいっぱいあるよ」

 

 ここで思わず僕は聞いてみたくなった。

 

「液冷直6だったら、BNR32とか積めちゃうんですか?」

 

 ナカジマさんは「ふっ」と笑った。

 

「そういうまねは、当時のものが全く再現できない状況でしかできないよ。

 それに現代の自動車エンジンは高回転過ぎて、変速機まで自作しないと無理。

 八九にGT-Rのエンジンなんて、八九が分解しちゃうよ」

「え? 戦車のエンジンの上限回転数ってどのくらいなんですか?」

「2,000から3,000回転」

 

 信じられなーい。

 それって、ディーゼルエンジンの回転数だわ。

 昔の人って、まわしてナンボのガソリンエンジンで無駄なことしてたのね。

 直6なら、今のフツーの乗用車用でも7,000は回るわ。

 どうせボア(内径)も太くて、1気筒あたりの排気量もむだに大きいんでしょ。

 だから今時の70トンのディーゼル戦車と、当時の軽戦車の燃費が同じってことが起きるのね。

(注:ディーゼルはガソリンの真逆で、1気筒あたりの排気量が大きくて、

 低い回転で最大トルクが出る方が燃費がいい。戦車もそうだが船舶にも向いている。

 乗用車の場合のディーゼルエンジンのメリットは、実は燃料代が安いことぐらい)

 

 ナカジマさんは、もう候補を決めていたようだ。

 

「とりあえず、こないだ廃車したⅡ号後期型のエンジンがあるから、それにしよう。

 だけど……」

 

 今度はナカジマさんは、河西さんに質問する。

 

「正直な話、操向装置やミッションはいじれないよ。

 現物があるんだから、いまの不便なので我慢してもらわなきゃならない。

 ダブルクラッチとヒール・アンド・トゥは同時にできる?」

「はい。今は考えなくても普通にできます」

 

 これは、今のこの国で、できるという人を探すのがものすごく困難なことだ。

 マニュアル車の走り屋だって、ヒール・アンド・トゥだけできれば御の字。

 

 八九式の場合、マニュアルミッションの構造に問題がある。原始的すぎる。

 変速機はメインシャフトとカウンターシャフトという2つの軸に、複数の減速比の歯車が

ついていて、普段は空転している。

 ギアを切り替えると、メインとカウンターの回転数が変わる。

 ただ、シンクロメッシュがついていない旧式のトランスミッションでは、

メインがカウンターに合わせてくれない。

 そのままシフトしようとしても、ギア比にあった回転じゃないから、ギアが入らない。

 シフトアップなら、カウンターが遅いんだから、アクセルを抜いて回転を落とせばいい。

 問題はシフトダウンで、カウンターが速くなるから、メインを回さなきゃいけない。

 当然クラッチ切ったままでは、メインが回ってくれない。

 そこで、クラッチを切ってニュートラルにいれて、クラッチをつないでメインシャフトだけ

回して、またクラッチを切って、ギアを落とすという技が必要になる。

 これをほぼ瞬時に、ばたばたとやってのけることを「ダブルクラッチ」という。

 ヒール・アンド・トゥは、右足つま先でブレーキをコントロールしながら、

かかとでシフトダウンのショックを緩和するためにアクセルの空ぶかしするという器用なまね。

 クラッチは普通は切りっぱなしだけど、ダブルクラッチを併用となると、難易度が倍加する。

 河西さんは、それをひと月少々で、マスターしたってこと。

 戦車道戦車でたぶん唯一シンクロメッシュがない日本戦車では、マスターするしかなかった。

 高橋先生でも、シンクロ外したレース仕様車でしかやらないレベルのことなんだけどね。

 でもねえ、アメリカ戦車やドイツ戦車なら、オートマすらあるのにね。

 

 そして、操向装置。つまりステアリングも大問題。

 日本戦車はクラッチ&ブレーキ遊星歯車方式という、機構が複雑、操作が困難、

そして曲がらない。という誰が得するんだよというシステム。

 リーのクレトラック方式みたいに、両方のレバーを前後させれば、リニアに曲がってくれるの

とはわけがちがう。

 なんとレバーが「高速旋回用」と「低速旋回用」の二組ある。

 旋回半径が2種類で、使い分けろと言うことなんだろう。

 ジムカーナの時は必死にギアシフトしながらアクセルワークを駆使し、レバーを使い分ける。

 普通だったらぎくしゃく走って、ふらふら曲がるのがやっとだろう。

 河西さんは戦車初めてふた月ほどで、驚異的なドラテクの持ち主になったということだ。

 八九に言わせれば「ワシが育てた」ってことになるのかな。

 実際、もっと旧式かつ単純なⅣ号やⅢ突の方が、まだ扱いやすい。

 冷泉先輩がドライバーのあんこうは、しょっちゅう操向装置をオーバーホールしてるけど。

 

 そして、強化されるのはエンジンだけ。

 乗りこなせればすごくなるけど、ますます要求されるウデの水準が上がるってことでもある。

 

 もっとも、八九全体で言えば、欠点ばかりということでもないみたいだ。

 砲塔を動かさなくても、ある程度主砲が自由に動き、発射装置もショルダーストック式なので

狙いやすい。そして弾速が遅くて、弾の動きを目で追うことができる。

 弾速が遅いのは威力ではマイナスだけど、この特性のおかげで、佐々木さんは達人でも難しい

「行進間射撃」、つまり全く止まることなく射撃することが得意になった。

 これはもう、ガンマンが腰だめでも、抜き撃ちでも、転がりながらでも当てられるという域に

達しているのに等しい。考えなくても、弾道がわかるのね。

 

 そして、弾が軽くて小さいので、体の細い磯部さんでも装てんが速い。

 手数も多いということだ。

 

 もしかしたら、本当の意味での「戦車道」って、こういうことじゃないだろうか。

 

「あと、足回りなんだけど、やっと純正品の転輪用ベアリングの在庫がなくなった。

 これからはサイズが同じ現代物のベアリングが使える」

 

 戦車道規則の車両条項の但し書きには、当時を再現できない場合に限り、連盟が許す範囲で

純正ではない部品やアッセンブリを使えるという規定がある。

 エンジン換装も、「もう当時のエンジンは在庫無し」を理由にやろうというわけね。

 八九のベアリングの問題というのは、転輪の構造が抱えるアキレス腱。

 あの車体で小さな転輪、片側8個をつかうわけで、大きな転輪にくらべて回転が速い。

 当然軸受けのベアリングの寿命も短い。

 その上、当時の日本の工業のレベルは最底辺だったので、このベアリングがもたない。

 ベアリング割れたの知らないで走ってると、なんと転輪が外れちゃう。

 しかも、ドライバーが半端じゃない人だから、1日でいくつもベアリングをこわす。

 

 これからは最新のベアリングが使えるから、ますます遠慮なく走ることができるのね。

 履帯を留めるピンなんかとっくになくなってるから、今時の高張力鋼でできたピンに

とっくに代わってる。

 

「そして、もう板バネもアウト。だから同じ形のを最高の材料で作れる」

 

 実際、八九のサスペンションは、どシンプルな板バネ式。

 だけど、その単純さのおかげで、意外と地形追従性がいい。

 旧式戦車のサスは、ボギーにコイルバネがほとんどだけど、やっぱり金属疲労するよね。

 だからバネレート堅くして、ガッチガチの脚なのが多い。

 八九式は、転輪4つを組にしてひと組の板バネで支えるという、よく考えてない方式だけど、

この場合は表に出たということね。

 

 というわけで、我らがアヒルさんは、戦車としては悲しいけれど、マシンとしては最高という

ものになっていったのね。もちろんクルーも最高であることが条件だけど。

 

 トランスミッションがシンクロ無しでも、ドライバーが合わせれば問題はないんだね。

 機械的ロスが少ないってことなんだし。

 このときの僕は、単純にそう考えていた……。

 

 

 

 

 

 

 そして……。

 ついに来ました。「第63回戦車道全国高校生大会 トーナメント抽選会」

 ここに来たら、もう後戻りはできない。

 今日は戦車隊全員で、お台場の一角のとあるホールに来ている。

 

 

 

 借りている会場が広いので(権威ある大会であるし、決勝戦以外で唯一テレビクルーが

来る以上、ショボい会場は論外)補欠も三軍も全部連れてこい。ってことになっている。

 二軍三軍どころか補欠すらいない大洗女子は、当然全員で出張だ。

 

 僕たちは全員が造花の徽章を胸につけて、会場に入った。

 五千人収容可能なホールでも、100人がミニマムだったら、16校来れば超満員札止め状態だ。

 

 いやもうこの場違い感、バネエ。半端ねえー。

 僕だけじゃなく、オール大洗が。

 あ、西住先輩だけは、らしい雰囲気をかもしている。

 

 そうすると、ますます僕たち、スピードスターズになったみたい。こわい~。

 しかも、この場合のプロDは、熊本のあの人たち。

 

 

 

 僕たち大洗に向けられるのは、決して好意的な視線ではない。

 今年、戦車道を始めたばかりの学校が、いきなり全国大会にエントリーして、

好意的な目で迎えられたら、その方がどうかしてる。

 なんかおのぼりさんっぽいのがいる程度ならまだマシ、露骨に敵意のこもった視線さえある。

 

 でも、そんな雰囲気でも、西住先輩はもとより、大統領だって全然呑まれていない。

 

 あ、あそこにダージリンさんたちがいる。

 やっぱりすぐわかるな。あの人は。

 あと人数が多いのは、グレーのブレザー集団と、カーキーのパンツァージャケットの集団。

 片方は個性的で、片方は古式ゆかしい女学生の雰囲気だ。

 雪の深い地方に独特の雰囲気をまとった人たちもいる。朴訥で、無口だ。

 そしてどちらかと言えばダークでシックな制服の集団がいる。この中でも私語一つなく、

静まりかえった規律正しい集団が、ホールの後ろの方の席をしめている……。

 

 

 

 ついに僕たちがくじを引く順になる。

 西住先輩が壇上にあがり、衆人環視の中、ボックスに手をのばし、くじを引く。

 

『大洗女子学園。8番!』

 

 アナウンスとともに、Aブロック一番右のボックスに大洗の校名が表示された。

 西住先輩がカードを高く差し上げ、番号を呼ばれてからまた手もとにおろして見直してる。

 初戦の相手は「サンダース大学附属高校」。長崎を本拠とする超大規模校だ。

 この学校の事情は、僕も陸自幹部の子どもだから、多少は知っている。

 

 シャーマンを3ダース持っているという。なんといっていいものか……。

 うちは、寄せ集めが5両。戦力外さえいる。

 

 なんか「よっしゃー!」とグレーのブレザー集団から歓声が上がった。

 あの集団がサンダースね。

 はー。ちゃっちゃとやっつけて、楽をしたいと言うんですか。

 そーゆー態度だと、せいぜい引きずり回して、へとへとにしてあげたくなりますね。

 やりかたなんかいくらでもありますよ。それにこっちには西住先輩が……。

 

 ……西住先輩が「やっちゃった……」って感じでおろおろしてる。

 先輩、こういうところで弱気出さないでー。

 

 

 

「初戦から、強豪ですね」

 

 小山さんが、不安そうにそういう。

 僕らの後ろに座っているのはカメさんチーム。

 そうだろうね。聖グロリアーナと勝負ができる学校だものね。

 

「どんなことがあっても、負けられない。……負けたら我々は」

 

 低い声で、河嶋さんがしぼり出すようにいう。

 我々は、のあとを、河嶋さんは無言で飲みこんだ。

 

 そして大統領は何もいわず、じっと瞑目している。

 何か考えているのか、それもうかがえない……。

 

 

 

 

 

 

「では、このあとは自由行動とする。皆、気をつけて無事故で帰校するように」

 

 河嶋さんの宣言で、僕たちはホールの前で現地解散とした。

 会長と小山さんは、まだホールの中で事務処理関係の手続きをやっているところだ。

 

 全員、胸の徽章を係員に手わたして、ホールの敷地をでる。

 

 僕たちウサギチームは、適当にお台場で遊んで帰ることにしていたが、

僕だけは別行動になりそうだ。

 だって、ホールの正門前で、「あいつ」が待っていやがるから。

 

「こんにちは。山本さん、おひさしぶり。会いたかったわ」

 

 

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 ぼ、僕は別にお前になんか会いたくなかった。

 でも、何も知らない梓ちゃんは、当然聞いてくるよね。

 

「ねえ、アキラくん。この女の人、知り合い?」

「え、ええ、こ……」

「山本玲とは幼稚園と小学校でいっしょでした。吉川といいます。

 今日は山本が東京まで出てくるので、ひさしぶりに会うことにしたんです」

 

 吉川……お前、にっこり笑ってしおらしく言うなよ。

 みんながお前のこと「いい人」だって誤解するだろお!

 

 

 

「じゃあアキラくん。私たちはここらで遊んでから帰るからね」

 

 ああいう言われ方されれば、みんなも遠慮して二人きりにして送り出すわね。

 吉川は満面の笑顔で、彼女たちに手を振っている。

 

 そして、ここには僕と吉川だけが残された。

 

「あらためて、久しぶりだなアキラ。すさまじく似合ってないぞ。女子校の制服がな」

「お前もあいかわらず、女装して歩いてるんだな。吉川」

 

 そう、こいつ、幼稚園以来の腐れ縁の吉川は、男だ。

 男の、異性装の、ストレート(異性愛者)だ。

 そう、こいつはまぎれもなく……。

 

「おい、俺を変態とか言うなよ。好きこのんでやっているわけじゃないぞ」

 

 そうだ、こいつの場合は、男性装が全く似合わないのだ。気持ち悪いというレベルで。

 なんか、脚まわりの皮下脂肪の付き方まで、女性のそれに近い。

 だから、「まわりからの要望」により、本人がいうには「不承不承」女装している。

 だが、「まわりからの期待に応え」て、オネエじゃなく女言葉を使うのはどうなんだ。

 

「お前こそGID当事者とわかって、天下公認で女装できるんだから、

 子どものころからの苦労がなくなって、良かったじゃないか」

「言っておくが、彼女たちはその事実を知らないぞ。知られたら大騒ぎだ」

 

 そして、普段から女言葉を使うこいつは、昔からただ一人、僕とだけいるときだけは、

こんな風に「俺様言葉」を使う。僕もそれに合わせている。気持ちはわかるからね。

 

 

 

「でさ。お前、ここに来たいだけで、僕を呼び出したってのか?」

 

 僕ら二人がしけ込んだのは、男子絶対禁制の「戦車喫茶」だ。

 呼び鈴が大昔の戦車の形で、ベルの代わりに発砲音が鳴る。

 頼んだものは、脇の通路をとおってくる、戦車輸送車のミニチュアがはこんでくる。

 ケーキが、戦車をかたどってたり、ウエイトレスさんが戦車兵スタイルの制服だったり。

 

「そりゃ、俺はここには普通に入れるが、一人というのも味気ないんでな。

 女の子とくればデートになってしまうし、野郎のダチと来ればつまみだされる。

 ああいう風に」

 

 ああいう風?

 あーあ。時々いるんだってね。男性なのに無理に戦車喫茶に入ろうとするの。

 ん? 姫ぱっつんに黒えりセーラー、そして口ひげ? あちゃー。

 スーザンさんがウェイトレスさんに「ここは女性専用ですから」って止められてる。

 ちょーっと待ったあ。

 僕は席を立った。

 

「すいません。そのひと、ぼ…私の連れで、れっきとした女性です(そう、れっきとした)」

「あら、アキラくんじゃない。どーしたの?」

「スーザンさん。運転免許見せてください!」

 

 スーザンさんの免許種別欄には、「大型特殊二種」の取得歴がちゃんと書かれている。

 これは、公道で戦車を動かすために、女性であれば年齢不問で取れる免許だ。

 しかも、免許証の性別欄には、ちゃんと「女」とあり、写真は髭面だ。

 

 申し訳ありませんと平謝りするウェイトレスさん。

 当然だよ。僕や吉川みたいな妖怪変化入店させておいて、本物の女性を拒否しちゃ。

 

 

 

「ありがとねアキラくん。免許は気がつかなかったわ」

「席が空いてないみたいですし。よかったら相席しませんか」

「でも、お連れさんに悪いわ」

 

「アキラ、そちらの方、あなたのお知り合いなの?」

 

 吉川は当然、女言葉に戻ってる。

 

「今日はお前、僕と男言葉でだべりたいからここに来たんだろ?

 スーザンさんは(いろいろあるけど)口は硬いから、

 お前がオープンにしている諸事情は、話しても問題ないよ」

「ふーん」

 

 戦車喫茶にあっさり入れる男と、拒否されそうになる女の人の組み合わせという

シュールな場面はこうしてできあがった。

 まあ僕が、吉川に会わせてむりやり男言葉を使うのが、以前より抵抗を感じるからでもある。

 

「あら、アキラくん。あそこにいるのは、あなたたちの隊長さんじゃないかしら」

 

 スーザンさんに言われてそっちを見ると、あんこうズが5人そろってケーキ食べてる。

 たしかに西住先輩がいる。

 ギガイーター五十鈴先輩はと見ると、……なんでケーキ1個にコーヒー1杯?

 なんか、冷泉先輩が、ケーキを粛々と食べているのはなんなんだろう。

 

「おい、アキラ。これいってみるか?」

「マ○ランパフェ……」

 

 どうも今どきの鬼盛りパフェのようだ。値段も結構する。

 

「まあ、3人でシェアすれば、食べられるんじゃないかしら」

 

 そうですねスーザンさん。

 これを3人で食べれば、わだかまりなく和解……

 あのなー。僕らは別に、命のやりとりしてるわけじゃない!! どーしてそーなる。

 

 

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 そして僕らが、ドラゴンワゴンでは無理なのでウェイトレスさんが運んできたパフェを

シェアして食べているころ、向こうで異変がおきた。

 ダークグレー系の制服を着た女子高生がふたり、西住先輩たちの席を見おろすように

立っていた。旧知の出会いとかそういういい雰囲気ではない。

 僕は知っている。むしろ危険だ。

 

「副隊長? ……ああ、『元』でしたね」

 

 ショートボブの年下の方が、といっても西住先輩の同輩だが、そういった。

 どこの副隊長? いわずとしれた黒森峰だ。

 つまり、この人は去年のことをむしかえす気ね。

 まだ遺恨にしてるの。……いやだわね。

 しかたがないともいえるけど、僕たちは不快な光景にでくわしたみたい。

 

 西住先輩は、彼女じゃなく、もう一人の方を見ている。

 

「お姉ちゃん……」

 

 そう、もうひとりこそ、黒森峰女学園高等部機甲科三年、西住宗家の長女、西住まほだ。

 

「まだ戦車道をやっているとは思わなかった」

 

 そうだろうね。西住まほさん。

 西住先輩が戦車道やっているのは、大統領がなぜか戦車道を復活させると決めたからだ。

 先輩の代わりにあなたが来ても、たぶんそういうことになっている。

 

「お言葉ですが、あの試合でのみほさんの判断は、間違っていませんでした!」

 

 え? 意外すぎる人物がくってかかったわ。

 秋山先輩だ。

 初対面の人間にくってかかるどころか、影にかくれてしまいそうな人が。

 どうしたのかしら? いったい。

 

「部外者は、口を出さないでほしいわね」

「すみません……」

 

 やっぱり、ショートボブの彼女の一言でしおれてしまった。

 でも、これではっきりした。

 秋山先輩も、例の事件を知っている。

 

「……行こう」

「――はい、隊長」

 

 はあ、とりあえずこれで終わりか。

 と思っていたら、終わらなかった。

 

「一回戦はサンダース附属とあたるんでしょう?

 ぶざまな戦いかたをして、西住流の名をけがさないことね」

 

 なんというつまんない挑発してるんだろう。このボブ女は……。

 たぶんそれじゃ、自分のうさばらしにもなってない。

 というか、自分は小学生並みのお子様ですっていってるようなものだ。

 あんのじょう、西住先輩は何もいわない。

 

 だけど、あっさり発火点にいっちゃった人たちがいた。

 

「なによそのいいかた!」

「――あまりにも失礼じゃ……」

 

 もーやだ先輩と五十鈴先輩だ。

 義侠心の沸点。というより、もはや逆鱗に触ったようなもんだね。

 でも、ボブ女もひるみもしない。

 ま、現時点では格の差があるからね。

 

「あなたたちこそ戦車道に対して失礼じゃない? 無名校のくせに。

 この大会はね、戦車道のイメージダウンになる学校は、

 参加しないのが暗黙のルールよ」

 

 それはわかるよ。せめて試合らしい試合ができるようになってからこいって、

当然すぎる空気読めだわ。言い方はとことんいやみだけど。

 だけど、空気なんて関係ないのがウチの大統領。

 公序良俗と信義誠実にもとらなければ、目的に向かって最適行動を取るだけの人だ。

 

 しかし、これは一つのボケだったらしい。

 あっさり突っ込みが入った。予想もしてなかったけど。

 

「強豪校が有利になるように、しめし合わせて作った『暗黙のルール』とやらで負けたら

 恥ずかしいな……」

 

 うわーい。速攻でクロスカウンターはいりましたー。精神的によろめくね。

 こんなシニカルなことを、ニヒルに淡々というのは、当然冷泉先輩。

 つまり、冷泉先輩がめずらしく、他人のために怒ってると。

 棒読みに近い無感情なのは、例によって脳内せりふ集から、いちばんすてきなのを

光速で検索したからだろうね。ケーキ食べながらというのが、いかにも人を小ばかにしている。

 もちろんご本人にとっては、お前たち、いい歳してレベルの低すぎるやりとりはやめておけ。

ぐらいの意味なんだろう。

 

 さすがにボブ女も、鼻白んだようだ。

 そこで、もーやだ先輩が、おいうちをかける。

 

「もし、あんたたちと戦ったら、絶対負けないから!」

 

 でも、語尾がふるえてます。もーやだ先輩……。

 

「ふん。がんばってねぇ」

 

 ボブ女は、あっさりたちなおって、余裕でお帰りになってしまった。

 

 微妙すぎる空気になったことを察した五十鈴先輩が、「ケーキ、もう一つ食べませんか」と

きわめて意外な提案をする。もうひとつ、がとても意外。

 そこは「私は10個」ではないかと。ひかえめにいっても。

 どうも五十鈴先輩にとっては「別腹」が普通の人と逆みたいだ。

 それに挙手をした冷泉先輩が「もうふたつ頼んでもいいか」と応じた。

 どうやら体中の糖分が、常時パワーバンドで回っている大脳にもっていかれているようだ。

 

 

 

 とりあえず、修羅場だけは回避できたみたいだ。

 でも、やっぱり西住先輩は気まずそうだ。

 吉川とスーザンさんは、西住先輩の対応に、妙に感心している。

 

「しかしだな。お前んとこの隊長。ハラすわってんな。

 あのボブ女、最初から最後まで、アウト・オブ・眼中だったじゃんか」

「そーねえ。あそこまで完璧にガン無視するとか。

 みほちゃんって、そういう子にはみえないんだけど」

「あーなると、強豪を笠に着て必死に挑発したのがかえってみじめだな。同情したいね」

 

 うーん。そういうことじゃないんだよね。きっと……。

 

「いや。西住先輩には純粋にいうべきセリフがなかっただけだと思う……」

 

 ふたりがけげんな顔をした。

 僕は、知っているかぎりのことを話した。

 

「……もしかしたら、黒森峰では、とても仲がいい人だったのかもしれません」

 

 本当にそうだったら、救いがあるんだけどね。

 

 

 

 僕らは、西住先輩たちが店を出たあと、パフェを30分かけて食いつくし、

戦車喫茶「ルクレール」をあとにした。

 勘定は、スーザンさんがもってくれた。

 割り勘にしようとしたけど、さっきの借りがあるからと断られた。

 

「でも、ここに霧ちゃんもいなくてよかったわ。

 もしいたら、あのボブの子、問答無用で平手打ちされてたわ。

 霧ちゃんはああいうふうに、自分の実力じゃなくて名門とか強豪とか、

 自分の背景を笠に着ていばることが、本当はきらいだから」

 

 そう、僕も最初のころ、あの人を誤解していた面がある。

 みずから「ニセモノ」を任じて平然とそれっぽくふるまう人は、少なくとも偽物じゃない。

 相手に対するリスペクトが根っこにあるなら、なおさらだ。

 

「だから、スーザンさんも、校章も代紋もみせないんですね。

 でも、白鳥さんは、セレブなレストランで、レギュラーメニューを頼むか、

 お好み焼き屋やカラオケになら行きそうですが、ああいうブレンド1杯千円というような

 中途半端なところへは、こないんじゃないかと」

 

「あら、わかったようなこというじゃない。山本さん。

 まあ、似たようなものかしら。ただ、レストランで頼むのは日替わりメニューですし、

 お好み焼きよりもんじゃ焼きの方が好きですけど」

 

 僕らはいきなり声をかけられて、びっくりした。

 声かけられるまで、白鳥さんとは気がつかなかった。だって……。

 

「……こんにちは。今日は『イギリス巻』はしてないんですね。

 鬢の縦ロールがなかったら、わかりませんでした」

 

 そう、キリマンさんは、この日は髪の毛をおろしていたからだった。

 

「一応ね。あなたたちを大会に送りだした手前、どうなったか見届けようと思ったの。

 あの会場にいくらなんでもイギリス巻ではいけないわ。

 角谷さんたちには、激励とあいさつをしてきました。

 あら、そちらのかたはお友だち?」

 

 キリマンさんは、吉川が僕の連れだとわかったようだ。

 

「はじめまして。山本のおさななじみの吉川といいます。

 ……一応、男です」

「まあ」

 

 そう、吉川には何も後ろめたいことはないから、平気でオープンにする。

 ふた昔前なら変態だろうし、ひと昔前でもれっきとしたマイノリティだろうけど。

 今の時代なら「個性」ですんじゃう。やっぱりうらやましい。

 

 

 

 そんな僕たちの前を、1両の戦車が履帯をカタカタいわせながらやってきて、とまった。

 かなり大きめの戦車に何とも不釣り合いな、中学生ぐらいの幼さの残るきゃしゃな女の子が、

車長用キューポラから上半身を出している。

 その子は地図らしいものを見て、目的地を探している。

 

 ん? これも連装砲塔だなあ。

 正確には、マウントはちがうけど、シオマネキにはちがいない。

 Ⅰ号Ⅱ号でもなく、デスバードでもなく、対空でもないから、これがあれか……。

 

「あら、これはセンチュリオンじゃなくて?」

 

 キリマンさんが、女の子に問いかけている。いったいどういうことなんだろう。

 

「そう。これはセンチュリオンMkⅠ……」

「センチュリオンでは、戦車道にでられないのではなくて?」

 

 戦車のオーナーらしい女の子は、キリマンさんの方を見た。

 よく聞かれるんだけど。って顔に書いてある。

 

「これ、MkⅠだけど、ほんとうは1945年1月に完成したA41の試作6両のうちの1両。

 ベルギーにも行ったの。だから、戦車道の試合には出られるわ……」

 

 なんか、キリマンさんがぼーぜんとしている。

 きっと、なにかあったにちがいない。

 

 僕は、戦車によじ登って、彼女が見ている地図を見る。

 いや、地図じゃなくって、イベントのパンフだった。

 ……案内図が不親切なこともあるけど、勘違いしすぎている。

 

「あのね、『ボコ・ワールドフェスティバル』だったら、お台場じゃないよ。

 あっちの方、有明にある東京ビッグサイトだから」

「え? ちがうの」

「うん。ちょっと離れてるね。

 でも、今から行って終わりまでいると、帰るの遅くなっちゃうね」

「うん。でも学校終わってからでたら、道が混んでたから」

 

 まあ、6時限まで受けて、HR終わってから出て、しかも戦車じゃね。

 

 茨城の僕も、もちろんこのへんは地理不案内。

 わざわざビッグサイトなんて行くこともないし。

 同級生には、定期的に行くのがいたけど。

 

 でもドライバーの人が、スマホのナビで会場名を検索したら、なんとか行けそうみたいだ。

 それだけ確認すると、僕はスカートがまくれないよう、気をつけて戦車から降りる。

 

「じゃあ、気をつけて。イベント楽しんできてね」

「うん。ありがと……」

 

 僕は、人外だからこわがらせないよう、できるだけ愛想のいいつもりの笑顔で見送った。

 女の子は、僕に手を振ると「戦車前進」と号令して、去っていった……。

 

 

 

「く・や・し・い・わぁ」

 

 キリマンさんが、もう無念ともやりきれないともいう顔で、絞り出すような声で言った。

 くだんの女の子ではなく、センチュリオンの方みたいだ。

 

「どーしたんですか。あの戦車になにか?」

 

 うーん。なにか変なものでもつかまされたんだろうか。

 

「聞いてよ! 私もいよいよ戦車道始めようって思って、業者をウチに呼んだの。

 その業者がね、『お嬢様にはこれなどどうでしょうか』っていって勧めたのが

 センチュリオンMkⅢ(後に3)だったのよ。

 そうしたらあなたが持ってきたダージリン様の伝言では、戦車道試合には出られないって

 ことだったじゃない!」

 

 あー、そういえばそんな伝言持って行ったなあ。

 

「だから私、またその業者呼んで、青筋立てて怒ったのよ。

 そしたらそいつ、お嬢様の格に見あったものをと考えて、確認をおこたりました。

 こんどはきちんとしたものをお持ちします。といって持ってきたのが

 A43ブラックプリンスの、やっぱり試作6両のうちの1両だったの。

 初めは、ダージリン様とペアルック。ってよろこんでたのよ」

 

 うーん。それですめば万々歳のような気もしますけど。

 

「したらなに! あいつ時速17キロしかでないドン亀じゃない!

 業者は、しかたないからロールスロイスから中古のミーティアエンジン取り寄せて

 のせるっていうの。そしたら大改造になって、大出費になったわ。もう1台買えるくらいの。

 もし、センチュリオンの試作ならいいんだって教えてくれれば、そっちにしたわよ。

 ……はじめから、人の足元みて、ぼったくるつもりだったんだわ」

「なーアキラ。この人たしか名にし負う大富豪だろ。写真見たことあるぞ。

 戦車の1両や2両で、ここまでなげくものなのか?」

「吉川。本当の大金持ちって、1円どころか1銭を大事にするんだよ。

 意味のないぜいたくはしないし、白鳥さんだってもっと戦車にくわしければ、

 コスパのいい、出物が多いの指名買いしてるよ」

「……あんなにいろんなのがあるのに、把握しろという方が無理だわ」

「ふー。白鳥さんが財閥総帥家だからって、高いの売ろうって、商魂前面じゃないですか。

 で、白鳥さんを手玉に取った、その商魂たくましい業者はどこの方?」

「たしか、青森県にある……」

 

 戦車売りにも「千三つ屋」っているんだね。

 なんかしらないけど、ご愁傷様です。

 

 帰りは晴海から出ている高速船で、直接大洗艦に帰ってきた。

 僕は半分へろへろになって、高橋邸にやっとたどりついた。

 あー、大変な1日だった。

 

 

 

 そして、翌日。

 学校に向かおうとする僕が、人気のない路地に入ったとき……。

 

 背中にナイフを当てられた。

 見なくてもわかるけど、たぶん僕もつかってるサバイバルナイフの、刃渡りのある奴だ。

 やれやれだなあ。

 

「……秋山先輩。そのヤボな道具しまってください。

 僕になにかやらせたいなら、いいですよ。つきあいますから」

 

 背後でナイフを、さやにしまう音がする。

 

「そう、なら話は早いわ。山本くん、ちょっとつきあって」

 

 そこには、強気な顔の秋山先輩がいた。

 何か思い詰めているようだ。こういう人はおいつめられると、なにしでかすかわからない。

 

 

 

 秋山先輩にうながされ、学園艦内の人工地形の一角に行く。

 秋山先輩は、油断なく、僕を前に進ませ、自分は後ろからついてくる。

 

「はあ。これはまた」

 

 こんなものがもうあったとは。

 あきれるというほかない。

 

「テラフギアのTF-X?」

「……の模造品を、こっそり自動車部が作ったものよ。

 だけど、肝心のパイロットがいなかったから、いままで倉庫で寝てたの。

 でも、すぐ飛べる状態よ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 いえいえ、これ本当は、高橋先生が自腹切ったものでしょう。

 機体記号ついてますよ。ジュリエット・アルファ(以下モザイク)って。

 ナンバープレートだってついてますし、車検シールも貼ってあります。

 ふーん。それでこれで飛んでくれと。

 それで、僕を(脅してでも)つれてきたと。

 

「で、これで私をつれてってほしいところがあるの」

 

 まさかと思うけど、……いや、マジでありえる。この人、何考えてるかわかんないから。

 

「いま、三浦半島沖にいる、サンダース附属の学園艦までね」

 

 ボンドカーでスパイですか……この人いったいどういう人なんでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

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