「山本くん。これでサンダース付属高校まで飛んでちょうだい。私を連れて」
性同一性障害者の僕が、生徒会長黙認のもとで入学した茨城県立大洗女子学園は、
突如それまでとぎれていた戦車道の授業を復活させた。
そして、剛腕角谷生徒会長の勢いはとどまることを知らず、そのまま、全国高校生大会にまで
出場することになってしまった。
つい昨日、そのトーナメント組み合わせ抽選会があったばかり。
そして今日、戦車道の授業の先輩である秋山さんに、いきなりナイフを突きつけられた僕は、
たぶん、僕の主治医の高橋医師の私物であろう「空飛ぶ自動車」のところにつれてこられた。
僕が、ライセンスもっていないにもかかわらず、飛行時間三千時間超えなのは公然の秘密。
サンダース付属は、大洗が第一回戦で戦う対戦相手にして全国四強だ。
そこに、正面から普通に行かないで、こういうもので隠密裡に行けというなら、
目的はもちろん、対戦相手のスパイだよね。
いや、野郎が相手なら、僕が少々荒っぽく立ち回って、情報集めてきてもいいけど、
女の人相手に、そういうことはやりたくないなあ。
フライトプラン無しで、しかも無免で飛ぶことについてはどうにでもなる。
海面すれすれを、水平飛行状態じゃなくホバー状態で35ノットぐらいで飛べば、
イージス艦のレーダーでも、小型船舶と誤認するだろう。
そうでもしないと、いきなり厚木や横田からスクランブルがかけられかねない。
つごうのいいことに、この空飛ぶ自動車「TF-X」は、サイドバイサイド式の
ティルトローター機。しかも同調のむずかしいエンジン二つのオスプレイ型ではなく、
エンジンに発電させ、コンピューターがフライ・バイ・ファイバーで制御するモーター駆動。
見たところ、離陸、飛行、着陸までプログラムするだけで自動操縦してくれるみたい。
VTOLをオートでできるなら(できなきゃ一般向けの軽飛行機にはできまっせんっ!)、
飛行経路と高度をインプットすれば、操縦者のお仕事はなくなる。
自動車の自動操縦すらある程度可能なんだから、こいつの完全自動化はできてあたりまえ。
ただ、今回は先の事情で、たぶん全部僕が手動でやる必要がありそうだ。
そうでなきゃ、秋山先輩に「半日練習すれば使えるようになりますよ」といってすむけど。
でも、僕はおもしろいからいいけど、秋山先輩、リスク大きくありませんか?
それに、西住先輩が、そんなことをしろといったのですか。
「……秋山さん。ご協力するのはやぶさかじゃありませんが、つかまったら帰れませんよ。
たしか、事前偵察が発覚したら、試合終了まで抑留されるはずです。
やっぱりやめませんか? 僕が西住先輩と会長に……」
「――西住殿は関係ないわ! 全部私が決めたことよ。
西住殿が悩んでるの。戦術の立てようがなくて。せめて相手の出場戦力だけでもわかれば」
それで突っ走っているというわけですか。そこまで西住先輩のことを想っているんですね。
……じゃあせめて成功の確率をあげないと。
「でしたら僕も同行します。そうすれば逃亡の確率もあがるでしょう」
「いいえ、あなたは車に残っていて。
私が探りを入れた映像を送るから、そっちでモニターしていて。
私が捕まったら、すぐに動画データを持って大洗に逃げて!
助けようとか考えちゃダメよ」
そういうことまで考えての、僕の起用ですか……。
個人としての僕は、そんなことやらせちゃだめだ。という。
でも兵士としての僕は、情報も無しに強敵と戦えない。という。
個人としての僕は、秋山先輩を見捨てられそうもないけど、
兵士として育てられた僕は、任務完遂が第一だ。という。
こまったな……。
「わかりました。ですがあなたがつかまっておらず、逃亡中のままでしたら、
僕は、可能な限りあなたを救出するために行動いたします。
それが今回の『作戦』に、僕が参加する条件です」
僕は、そういうことで、相反する僕自身と、秋山先輩との間におりあいをつけることにした。
それと、リスクは可能な限り減らさなくてはいけない。
この場合のリスクとは、当然飛んでいる間のこと。
この時間が長くなれば、誰かに目撃される確率が増えて、ふたりそろって御用になるという
最悪の事態になるかも知れない。
もうひとつ、TF-Xの航続距離は800kmだが、あくまで空中を巡航速度で飛んだ場合の話だ。
今回は激減するのは必至だ。
あ、それならいい手がある。
こいつが、見た目も自動車だってことを利用すればいいんだ。
それぞれの担任に欠席を届け出た僕らふたりは、午前10時にはには房総半島先端の
千倉港にいた。
車だってことを利用して、フェリーでここまで来たんだ。
もう、向こうの海にうっすらとサンダース艦の大きなシルエットが見える。
その少し向こうに、聖グロリアーナもいる。
ここからなら、船で大混雑の浦賀水道を迂回しても、タイムロスはまったくない。
なお、こいつがおいてあったらしい自動車部のガレージには、秋山先輩名義の「借用書」を
学生証と一緒においてきた。そのくらいはいいだろう。
秋山先輩は、どこから調達したのか、フェリーに乗船中にサンダース付属の制服一式に
着替えていた。
入手元は、恐ろしくて聞けなかった……。
そして僕たちは、シーズンオフの平日で、人気の全くない海岸駐車場まで移動した。
「じゃ、秋山先輩。離陸しますから動かないでくださいね」
TF-Xの車体に張り付いていた主翼を展開すると、車体に収納されていたプロペラポッドも
車体のハッチが開いて、いっしょに出てくる。
ポッドはエンジンではなく、モーターが収納されているから細い。
プロペラはまだ、たたまれてポッドにくっついてる。
次に、ポッドが途中から折れて、先端が空を向き、プロペラも開いた。
プロペラポッドを収納していた車体のハッチが元通り閉じて、飛行形態に「変身」完了だ。
VTOL機としては、オスプレイで悪名高いサイドバイサイドのティルトローター方式だけど、
左右のプロペラの同調から何から全部、進化した自動制御なので、スイッチを入れるだけで
簡単にふわりと空中に浮かび上がった。あっけない。
やっぱり設計開始が10年以上違うから、ずいぶん進化しているみたいだ。
エンジンは発電機を回しているだけなので、ここで燃料をバカ食いすることもない。
本当ならここからも、機械任せで水平飛行に遷移できるんだけど、今回はサンダースまで
手動で海面すれすれを、ヘリコプターよりもゆっくりと飛んで行かなくてはならない。
空自や在日米空軍のレーダーサイトの被覆下を飛んでも、横須賀のイージス艦のレーダーに
巡航ミサイルと判断されたらえらいことになる。もちろん早期警戒機にもだ。
モーターボートに間違われれば、たぶん問題ないでしょう。
とはいえ、手動で海面すれすれをホバリングなんて、えらい神経使う-!
船舶で常時混雑している浦賀水道を大きく迂回して、波にぶつからないよう
高度2mをたもちながら飛ぶ。
なんか助手席で、秋山先輩がヒャッハーしているようにみえるのは、何かのまちがいだろう。
おだやかな風と波の、黒潮流れる海面が、360度のパノラマとして広がる。
さすがに、フライ・バイ・ファイバーだ。ある程度の微調整は機体がやってくれる。
翼面加重の小さな、面積のせまい翼なのに、こんな無理をさせても危ないと思うことはない。
本来なら危険なサイドバイサイドの、オスプレイ型のローターなのに、
左右のモーターをコンピューターが細かく調節してるのから、
こんな遅いスピードでホバー飛行しても、海につっこんだりしない。
普通に飛ばす分には、初心者でもプログラム任せで、離着陸こみで手放しでいける。
飛んでいたのは、時間にして30分ぐらい。
サンダース艦は、浦賀水道に左舷を向けて停泊している。
むこうのブリッジからはこっちはみえている。
たぶん、見張り員が衝突を警戒している。
船舶と思っているなら、通信ぐらいは打っているだろう。
でも航空無線しか積んでないからわかんない。
水しぶきをあげながら、20ノットぐらいで、サンダースの船尾を抜けるルートを取る。
そして、船尾に隠れてホバリングしながら、上甲板まで上がる。
最後にサンダースの甲板の上までふわりとジャンプして、そのまま着陸。
プロペラと主翼をたたんで、自動車にもどる。
ふーっ。無事に済んで良かった。
僕たちはそのまま、人気のない通りをえらんで進み、ナビの示すサンダース校舎近くの
人工森林に身をひそめた。
上甲板の森林地帯に、とりあえず車形態のTF-Xかくして、行動を開始する。
秋山先輩と僕は、スマホの同じアプリを起動する。
互いの位置情報が、スマホの画面に表示される。
秋山先輩が、サンダースの制服の胸ポケットにさしているのは、ペン型カメラ。
タイピンは、超指向性モノラルマイク。どっちも普通に通販で買えるもの。
その記録は、秋山先輩のスマホと、このTF-Xの、ナビと航法装置兼用のディスプレイに
おくられ、こっちでも同時に記録される。
秋山先輩は、僕から見てもなかなかいい動きで、木の陰に隠れながら建物の裏手になっている
金網フェンスまでたどり着き、網ではなく支柱に足をかけて、すばやく乗りこえていった。
あれなら、近くに生徒がいても、さとられていないだろう。
問題なのは、むしろ先輩の今後の行動計画だ。
まさかと思うけど、戦車道授業に関する文書を盗みに、教員室や生徒会室に進入するとか
しないだろうか。
事前偵察の範囲を超えている。れっきとした建造物不法侵入罪で警察呼ばれる。
ここにくるまででも、ずっと西住先輩が悩んでいることを気に病んでいた。
ミヤタケ事件があった大洗女子みたいに、盗聴傍受システムぐらいはあるかもしれない。
データ通信が引っかかる可能性がある。電話で確認した方が良さそうだ。
「秋山先輩ですか。……あ」
だめだ、なぜか携帯帯域が圏外だ。データ通信も止まってる。
艦内でも学園領域では、衛星通信全部が遮断されてる。
秋山先輩の位置情報もロストしたままだ。
スポットECMだ。さすがサンダース。
まあ、本当は学内でのスマホ使用禁止を、徹底しているだけなんだろうけど。
どうしようか?
やみくもに秋山先輩をさがしまわるのはだめだ。どうしても不審者になる。
ここは「スネーク」して、僕自身も情報収集にまわった方がいいかもしれない。
僕の分のサンダースの制服は、もちろんない。
でも、登校途中で、道具入りのバッグを持ったままだったのが良かった。
バッグの底にしまってある、ライトグレーの作業服上下に着替え、髪は一本みつあみにする。
そして作業帽を目深にかぶる。
さらに、小さい取っ手つきのプラスチックの工具箱(中身はいろいろ)ををとりだす。
僕は、TF-Xを運転して、サンダース付属の正門から堂々と校内に入った。
こういうときはとにかく「忍び込む」という気持ちを意識から排除して、無意識で行く。
ぼーっとしているくらいの精神状態でちょうどいい。
構えていると、人間っておかしなもので、逆にあやしい奴だと思う。
現に、このキテレツな車に乗っていても、誰もこっちを見たりしない。
単色じゃなくツートンなので、かえってどこかの業者の車に見えるだろう。
乗ってる奴も作業着だし。
「駐車場。駐車場っと」
さすがに目立つところには停められない。すみっこがいいわね。
校舎棟のうらがわに、だだっ広いトラックヤードみたいな駐車場があった。
なんかの巨大なトレーラーが10台くらい、まとまって停まってる。
トレーラーの荷台には大荷物がふたつずつ、シートとワイヤーで固定されている。
いっしょに来たとおぼしきマイクロバズ数台から、作業着を着た女性たちが降りてきて
荷物のシートを外している。
積み荷は、戦車だった。
僕が見たことのないタイプのものだ。
戦車を乗せてきただけあって、見かけはごついいかにもな軍用トレーラーだけど、
やっぱりというべきか、学校の備品だけあって、あざやかな色使いだ。
校章がドアとフロントにあしらわれている。
コアラの森さんとメイプルさんだ。
コアラさんは今度の全国大会に出場するけど、メイプルさんはうちのせいで出られなかった。
戦車たちは、乗員をのせると、つぎつぎとトレーラーから降りてきて、いったん整列する。
コアラさんの中にマチルダⅡとM3リーがいることはわかるけど、あとは見たことない戦車。
整列を終えた戦車からは、つぎつぎと乗員がおりてくる。
コアラさんのなかで1両だけ、長い主砲をもっているのがいた。
その砲塔から、装てん手の人が砲塔に手をかけ、車体上部に足をつけようとして、すべった!
その人はそのまま、片手を伸ばした格好で、アスファルトの舗装面に落ちてしまった。
なんか、顔をゆがめて痛そうだ。
僕は車を降りると、自分の立場も忘れて、その人の方に駆けだしていた。
例の「道具箱」を持って。
「手首を軽くひねったみたいですね」
僕はいままでの経験で、ある程度は見立てと応急処置はできる。
とりあえず「道具箱」から、ファーストエイドキットをだし、冷却スプレーを吹いておく。
この人のお仲間たちは、突然のことで、なにもできずに立ちつくしていた。
見た感じ、骨をやった様子はない。
関節もはれてくる様子もないし、1日おとなしくしていればよくなるだろう。だけど。
「とりあえずお医者さんに行きましょう。車とってきますから」
僕は、TF-Xに戻ろうとする。
とっさのことなので、当然ドアロックは掛けてない。
それがよくなかった。
僕がTF-Xまであと10mのところまで来たときだった。
いきなりローターユニットを収納していた側面トランクが開き、逆ガルの主翼がもちあがる。
ローターユニットが90度まがって上を向き、ローターブレードが展開する。
「わー! 飛んじゃうからやめてー!!」
僕はあわてて操縦席(アメ車だから当然左ハンドルね)にとりついて、叫ぶ。
パワーウインドウが開き、操作していた人間がこちらを向く。
「おもしろそうな車があったから、のってみたの」
会うのは二度目だ。
そう、お台場でセンチュリオンのプロトタイプに乗っていた、中学生ぐらいの女の子。
あいかわらず無表情で愛想がない。何でサンダースにいるの?
「行き先さえ入力すれば、自動で飛んでってくれるのね。じゃあ飛ぶから」
「横須賀の『たかお』や『ダニエル・イノウエ』のESSMに墜とされるから、やーめーてー」
「どうしようかな?」
「だから、電源切って、降りてきてください。お嬢様。
ケガした人をお医者さんにつれていかなくてはならないの」
こういうときは、つとめて平静にふるまうにかぎる。
子ども扱いしたり、あわててみせるのはNGだって、経験が言っている。
「つまんないひと……。なんかしらけた」
『お嬢様』は、そういうと案外あっさりとTF-Xから降りて、とことこと歩いていった。
この、ぶっきら感は、デジャヴがある。
……いや、いまはそれより、けが人の搬送だ。
と、思い、戻ってみると。
ケガした人は、サンダースの戦車道授業の一環でここに来ていた人なので、
附属高校の医務室(というよりちょっとした病院)に行ったという。
装てん手の人が抜けてしまった戦車のクルーたちが困っている。
この戦車が、コアラさんの最強戦力だそうだが、このままでは参加できないとのこと。
「うーん。でもそれなら、弱い車輌から装てん手を連れてくればいいんじゃ?」
僕はそう思ったが、こいつの砲弾を扱える人が他にいないんだそうだ。
おいてある砲弾を一つ持ってみる。
だいたい15kg弱ってところか。別にたいしたものじゃない。
「あなたも、装てん手なの?」
やっぱりわかるらしい。全国大会指定席校の選手には。
「ええ。普段は75mmの、これよりずっと軽いのですけど」
僕は、砲弾を3発入りの木箱に戻すと、木箱を3つ両腕で持ち上げる。
そのまま長砲身の戦車のそばまで運び、エンジンカバーの上部装甲板の上にそのままおいた。
「ウチの人たちでも、その砲弾でそんなまねができる人がいるかしら」
不意に後ろから声がする。
くだんの『お嬢様』だ。
まあ、僕は、元の作りからして(普通の戦車道選手と)ちがうから。
でも、考えてみたら、装てん手が一番体力勝負のポジだね。
そんなことを考えていたら、今度はコアラさんの車長さんが、僕に声をかけてきた。
「あのー、すいません。ケガした子の代わりに、今日だけ装てん手お願いできませんですか?」
「は? といっても、僕にも用事がありますし」
「サンダース三軍との、模擬試合のあいだだけでいいですから」
模擬試合、ですか?
「やってあげれば? 『お姉さん』」
くだんのお嬢様が「お姉さん」にだけ妙なイントネーションをつけて、
なんか虚無的と言っていいような無表情のまま、そうおっしゃる。
「相手はサンダースの三軍、20両ね。
いいわ。1時間で終わらせてあげるから」
へ? ずいぶんなこという子だな。
せいぜい中学生ぐらいにしか見えないのに。
彼女はコアラさんのリーダーらしい人に何かを見せて、小声で話している。
「……は、はい。わかりました。
1号車操縦手、私と交代だ。試合開始後は校内に入って、装てん手につきそっていろ。
2号車から10号車は、砲弾と燃料の補充となせ。30分後に状況を開始する」
それだけ命じると、リーダーさんはメイプルのリーダーさんの所に駆け足で行ってしまった。
お嬢様は、僕の方を向いた。
そして、弾薬箱の山を指さして、歩き始めた。
僕もあとをついて行く。
1号車とかでは、まだタンクにけっこう残量があるのか、ジェリカンで燃料補充している。
そして僕らは弾薬集積所、というか単に弾が荷下ろしされた場所に来た。
お嬢様はたくさんある4cmクラスの小型砲弾に目もくれず、すみの大きな砲弾の場所へ行く。
「17Pdr.Gun Ammo」
Pdrというのは、何の単位だろう。
弾頭が17Ib(ポンド)なら、455g×17≒7.7kgだから、たぶんそうだろう。
口径じゃなく砲弾の重さで表現するのは、古いやり方だ。
19世紀終わりには、メートル法やインチで表現している。
たぶんイギリスだろうね。Royal Ordnance(王の砲)って書いてるから。
さらに先には、弾頭と薬莢が分離した大型砲弾もある。
「あなたがさっき持って行ったのは榴弾だから、本当に定数しか持ってきてないのね」
箱入りがあと7箱、5発づつまとめてしばった砲弾が、計30発ある。
箱には「HE」とあるから、残りは徹甲弾だね。定数は60発か。
「ここにある徹甲弾は三種類あるわ。区別つくわよね」
え? 徹甲弾は徹甲弾でしょ。
「いや、わからない」
「いやに弾薬のあつかいになれていそうなのに。知らないの?」
「お恥ずかしながら、お嬢様。戦車道初めてたった3か月弱のひよっこです」
「……それで、体にいちばん負担がかからない砲弾の持ち方とか知っているの? 面白いわね」
うーん。それは師範代クラスの人に、ほぼマンツーマンで教わったからね。
危険防止については、銃弾も砲弾もかわらないし。
しかたないわね。とおっしゃってから『お嬢様』は説明を始めた。
「この先端が丸いのがAPC。CはCAP」
APはアーマーピアシング、文字通りの徹甲だね。
Cがキャップ、ということは、徹甲弾がなんかかぶってるってことかしら。
だとしたら……。
「徹甲弾本体に、軟金属の被帽というものをかぶせてるの。
目的は弾頭先端部の保護と、直角に当たらなかったときに装甲板に張り付いて、滑りを防ぐ」
軍艦が装甲をまとっていたころの海軍さんの徹甲弾は、みんなそうだね。
だとしたら、先端が円錐形のこれは、むくの弾頭じゃない。
「だったら、これには『風帽』がついてるの?」
お嬢様は一瞬目を見開いて、知ってるなら知ってると言えという表情をした。
「そうよ。APCにコーンをつけたAPCBC。低抵抗徹甲弾」
「海軍式では『風帽付き被帽徹甲弾』とかいいますけど、陸にもあったとは思いませんでした」
ふーん。いままでリーの徹甲弾は、むくだと思ってたけどちがうんだね。
僕がそう思い込んでいたのは、じっちゃんが「海軍と陸軍がものすごく仲が悪くて、
海軍が砲の技術をなにも教えなかった」っていってたから。でもそれって日本限定なんだ。
初速が速く、速度が落ちにくくなる工夫。
「だったら、これはわかる?」
これは逆に空気抵抗が大きいんじゃないかしら。
先端は風帽付きより鋭く尖ってるけど、そのあとに平らな円盤状の突起が生えてる。
そして、一回細くなって、薬莢のネック手前でまた太くなる。
これがライフルに食いつくリングなのはわかるけど……。
「ぜんぜんわからない」
「これは、17ポンドにしかない76.2mmAPDS。装弾筒付き徹甲弾。
硬い金属の芯を軽い金属の筒で包んで発射して、筒の方は割れて、空気抵抗で脱落するの。
貫徹力はけた違いだけど、傾斜面に当たるとはじかれやすい。
そして、弾道がまっすぐ伸びやすいんだけど、これは世界で初めて採用したものだから、
装弾筒がうまく外れないで、遠距離では命中率が悪くなるの。
だから、砲手にもウデが必要」
新発明にはよくあることだね。
でも、他の戦車はどうなんだろうか。
リーには、こういうスペシャルな徹甲弾はないね。
お嬢様は、砲弾を見ながら、唐突に僕におたずねになった。
「弾の威力を増すには、どうすればいいと思う? 口径は変えないで」
これはいきなり素人に聞くことではないなあ。
……銃器の知識で考えてみる。
「バレルを長くする」
そうすれば、同じ火薬量でも、推進力を受けている時間が長くなるから威力が増す。
弾の威力は重量に比例し、速度の二乗に比例する。
「それから?」
「発射薬を増やす」
これは同じ38口径拳銃でも、普通の弾と357マグナムのちがいを考えればわかる。
薬莢にネックがあって、弾頭の後ろが太くなるライフル銃の弾が、拳銃弾より殺傷力が
高いのも同じ理屈。
そういえばこの砲弾も、ネックのない戦車砲弾ではなく、ライフル銃の弾みたいな形だ。
当然、ほぼ同じ口径のリーの砲弾よりも、発射薬の量はだんぜん多いだろう。
「あとは?」
「弾頭を重くする」
これは口径を大きくするのがいいんだけど、材質を変えればできないことではない。
「徹甲弾なんだから、それに加えて硬度も必要よ。
でもそうすれば、速度が上げにくくならない?」
うっ。たしかにそれはバーターだわ。
「砲身もドイツみたく、むやみに長ければいいわけじゃない。
寿命が短くなるし、精度も高くないと使い物にならない。
いいところ60口径長までね。あとは発射薬でなんとかする。いまの戦車もそう。
……重金属の化合物で、炭化タングステンというマテリアルがあるわ」
なにがいいたいのか、わかってきた。
でも、傾聴しておくか。
「結晶構造がダイヤと同じ三角錐。だから硬い。
それに鉄の2倍の質量をもっている。
これで口径より小さい弾芯をつくり、外側を軽合金の弾殻でおおう。
そうすれば軽量でも貫徹力のある砲弾になる。それがHVAP(高速撤甲弾、APCR)」
うん、ファランクスという艦載機関砲に積まれてるM61バルカンの弾がまさにそれ。
でも、戦車砲弾由来だったとはね。
あー。そういえば僕らの初期型リーには、高速徹甲弾の設定がない。
ついでにいえば、ジャイロスタビライザーもついてない。
もっとも、西住先輩は、いまのスタビライザーからすれば不正確きわまるから
そんなん使うより、手動照準になれてた方がずっと実用的だと言ってたけどね。
「でもそれでは、弾の密度が軽いから、1,000m超えると速度が激減して、命中率が悪くなる。
だったら弾殻でなく、撃ったら外れる装弾筒にして、弾芯だけ飛ばす。
それがこのAPDS。同じ火薬量で、速度と運動量は2倍になる」
「じゃあ、この3種類を区別して装てんすればいいんですか。お嬢様」
「そういうことね」
1号車の操縦手さんと副操(通信手)さんに手伝ってもらいながら、60発の砲弾を種類別に
ラックに収める。
本来のメンバーではこんなに早くできないそうだ。
僕は一度に10発はもってこれるから、しかも駆け足で。
弾込めているだけの楽なお仕事。とか思ってたけど、楽なのはどうも僕だけのようだ。
まあ、比較対象が西住先輩や大統領だったってこともあるけど。
弾薬補充中に聞いたところでは、コアラさんは全国大会前の調整で、模擬試合を
サンダースに申し込んだらしい。
コアラさんもメイプルさんも、べつにシャーマン使っているわけじゃないけど
戦車道チーム同士は姉妹関係にあるような、ある意味では同盟関係みたいらしいね。
お嬢様は、両校の隊長副長4人と何か話してる。
かなり年かさの高校生と普通に話せる、というか相手しているというのも妙ね。
たしかに頭がいい子なのはまちがいないけど。
秋山先輩については、たぶん気にしなくていいだろう。
いまは通常授業の時間。
つまりいくら制服を着ていても、うろうろしてたら怪しまれる。
本当に動けるのは放課後になってから。
それに、教職員室や生徒会室、戦車道の関連施設をあさっても、今回の戦闘序列とか
作戦行動計画が出てくるとは思えない。
そういうものは、幹部が携帯してるだろうから。
……要するに、警察がパトカーでやってこないかぎり、放課後までは自由時間だ。
そして、残念ながら秋山先輩がこの時間にうろつくぐらい不用心な人なら、
すでにこの時点で、僕にできることはなにもない。
あとで夜中に潜入して、軟禁されている部屋から救助するしか。
ほかの車輌を見ていると、けっこうもたついている。
というより、普通の女子高生が普通に作業してれば、あんなものだろう。
西住先輩は、きちんと兵士課業のできるひとだけど、皆に鬼軍曹的な教育はしていない。
ただ、「それであたりまえなんだ」という風に最初に教え込んだ。儀礼的な部分以外は。
考えてみれば、イロハのイの字なんだけど。女子高生的には決して普通の行動じゃない。
みんな逆に先入観がないから、あっさり受け入れたんだ。戦車道ってそういうものだと。
もちろん僕に関しては、初めから何も感じないことだった。
西住先輩も、たぶん僕みたいについ毎朝、ふとんを数分で「四角く」たたむんだろうな。
それが「普通じゃない」って事は知ってるんだろうけど。
ようやく、コアラ・メイプル連合軍の全体ミーティングが始まった。
といっても、車長集合でブリーフィングだけど。
というか、さっきから話をしてるのはお嬢様のような気がする。
気のせいかなと思うけど。
そのあいだに聞いた話では、
コアラさんの方では、今回3両の戦車をお試しでつかって、何とか使えるなら買うっていう
評価試験も兼ねた模擬試合だとか。
いま、僕が乗っているのもその1両で、「センティネル・オーストラリアン・クルーザーⅣ」
というらしい。あと2両のセンティネルAC-Ⅲも借りてきている。
だけど、AC-Ⅲの砲弾はみたとこ9cmクラスで、艦砲のように装薬と弾頭が別。
リーぐらいの主砲弾でひいひい言ってる人らに使えるのかな。ⅢもⅣも。
AC-Ⅰってのはもとから持っていて、こいつはマチルダⅡとおなじ2ポンド。
あとはマチルダⅡ、M3軽戦車、M3リーが各2両。合計10両
メイプルさんの方では、ラムって酔っ払いそうな名前の戦車を10両。
M4A5って型式番号のついたカナダ製シャーマン。だけど主砲は6ポンドという57mm。
17ポンドってどれだけ? って気になる。
だけどそいつの下半身は、リーにしか見えない。もちろん僕だからわかるのだけど。
もう1100時になろうとするころ、コアラの隊長さんとお嬢様が戻ってきた。
「エンジンのガバナー調整して。できるでしょ? 『お姉ちゃん』」
お嬢様のなかでは、僕は(変なイントネーションの)お姉ちゃんに昇格した。
ガバナー調整って事は、いわゆるリミッター外しだけど、車とちがって戦車の場合は
何か理由があるからエンジンにリミッターかけてるわけで、大丈夫? とは思う。
うちの戦車じゃないから知ったことではないけど。
さて、出発か。と思ったが、まずメイプルさんたち10両、次に副長が指揮するコアラ軍7両が
団子になって最高巡航速度で、行軍隊形で走り去っていく。
前方警戒しながら戦闘隊形で進軍ってセオリー無視だ。
どうもお嬢様の指示らしい。電撃戦も度が過ぎてる。
「ハッチ開けて後ろ見てみて。おもしろいのがあるわ。『お姉ちゃん』」
いや、これとおなじようなのがいるだけでしょ。
そう思った僕は砲塔ハッチを開けて、後ろの2両を見る。
どうということはない。太く寸詰まりになった主砲を1門積んだセンチネルと、
2門積んだのがいるだけだ。
そう思って、車内に戻ろうとした……けど。なに?? 2門?
うぎゃー!! 連装だ。シオマネキじゃない普通の連装だー。
同じ大砲が2門生えてる、まごうことなき連装砲塔だ。
誰から見ても連装だ。ある漫画家に「連装砲塔は戦車ではあり得ない」って言った
自衛隊の偉いさんの立場というものが崩壊するー。
「面白かった?」
「ゲシュタルトが崩壊しました。お嬢様」
「イギリス製だけど、アハトアハトがふたつ生えてるの。楽しいでしょ」
うーん。「楽しい」で片付けていいものなのか……。
そして僕たち3両もダッシュ。
やっぱり前方警戒とか、まったくしてない。
お嬢様は、僕にも中に入ってろって言う。
目標地点は、お嬢様がタブレットでなんちゃらマップで示している。
各隊の行き先も、北緯(35度)何分何秒、東経(139度)何分何秒で指示してる。
演習場は、幅2km、長さ10kmだという。
大洗の人工地形の、面積4倍。
僕たちの3両は、艦尾方向に向かって右ギリギリを走って、いや、60km/hで爆走してる。
サンダースは、やっぱりアメリカっぽいのか、川や山林といった障害地形があまりない。
戦車で登れない山もない。
ただ、砂漠地形といっても、サハラや鳥取のような砂だらけばかりではなく
岩だらけというところもあり、そういう場所なら戦車でも守備力アップ、発見率はダウンする。
ところが、お嬢様はそういう場所もスルーした。
やがて、数分前に先行したはずのコアラ残りとメイプル軍に追いつく。
連中はチームごとに固まって、距離を開けて疾走中だ。
あいかわらず警戒態勢も臨戦態勢も取ってない。
つまり、目的地に着くことしか考えてないんだ。
そして僕たち3両は、みるみる彼女らを抜き去っていく。
ずいぶん走ったような気がするが、時計はスタートから6分しかたっていない。
いま、僕ら3両は斜面の下り方向におしりを向け、要するに稜線に隠れている。
僕が砲塔のハッチをあけて上半身を出すと、頭だけが坂の上の平原にでる。
まあ、巧みに隠れている。AC-Ⅳの17ポンドは俯角も大きいので「稜線射撃」とかができる。
「ここはサンダースのスタート地点から3kmぐらい」
そう、僕たちはこんなところまで進出して、演習場境界近くの斜面で、幅方向を向いて停車。
ここに来るまでにサンダース三軍に遭遇してないから、これから来るって事だ。
左手、つまりいま来た方向に、高さ50mぐらいの丘があって、平原を二分している。
丘の幅がだいたい1.5km。20両の戦車がとおるなら丘を迂回するのは当然としても……。
「来た……」
砂煙を上げながら、サンダースがやって来た。
20両を各4両の5個梯団にわけてる。第1~第4小隊と中隊本部だな。
各小隊のシャーマンは、いわゆる「シャーマン」。
秋山先輩みたいにタイプまではわからないけど、37.5口径75mmの鋳造砲塔のやつ。
だけど、本部小隊は、砲塔のうしろに「バズル」ってのが伸びていて、砲身が長い。
あ、1両だけ、砲塔はでかいくせに、砲身が細くて短いのがいる。指揮戦車か。
シャーマンたちは、丘の手前で一斉に停止した。
その、「一回り大きいシャーマン」の車長がハッチから身を乗り出す。
中隊本部ののこり3両の車長も出てきた。
これからどうするのか決めるつもりだろう。
僕は、七つ道具のひとつ、「単眼鏡」をとりだして、左目に当てる。
そうしているときに右目もあけっぱなしなのは、狙撃手と同様。
単眼鏡の目盛りを見て、角度を測る。
車長の身体の出ている部分が0.7mとして、0.7ミルだね。なら約1km
指揮戦車の車長が、ほかの3人に指示している。やっぱり彼女が総隊長だ。
「車体長が6.5ミルだから、約1,100ヤードね」
「歩兵ミルですか?」
「そう。だってこのころのイギリスもアメリカも、というかアメリカはいまも
ヤード・ポンド法だから。砲兵ミルなら約1,000m」
ミル。というのは角度の単位「ミリラジアン」のこと。
概算だけど円周の6,400分の1が1ミルってことに、NATOでも自衛隊でもなっている。
都合のいいことに、角度1ミルは、1,000m先で1m、1,000ヤード先で1ヤードになる。
前者を「砲兵ミル」、後者を「歩兵ミル」という。
お嬢様が使ったのはヤード・ポンド法の歩兵ミル。
そういえば西住先輩はシュトリヒとかいう角度を使ってるけど、僕にはわかんない。
世界的には、陸海空どこでもミルで通じるからどうでもいい。
どうもお嬢様は、どちらもすばやく暗算で換算できるようだ。
「あの指揮戦車、砲塔はでかいですけど、主砲はショボいですね。
もしかしてダミー砲身?」
そう言うとお嬢様は「ぷっ」と吹いた。
無表情以外の表情は初めて見た。
「あいつがいちばん長砲身。短く見えるのは砲身を半分以上白ペンキで塗ってるから。
あれは、シャーマンVC ファイアフライ巡航戦車。主砲は17ポンド。
真っ先に狙われるから、ああして短砲身に艤装してる。
でも、戦車道選手には無意味。みんな知ってる」
「シャーマンなのに、イギリス戦車ですか?」
「17ポンドを乗せることができる大型砲塔の戦車が、イギリスにはなかったの。
だから、M4A4に白羽の矢が立った。
VがA4で、Cは17ポンド。無印を使ったICファイアフライもある」
「土蛍とは、ぶっそうですね。そういえば、イギリスはシャーマンもらってから、
自国の将軍の名前に変えないんですね」
「あなたは物知りなのかちがうのか、わかんないわね。
アメリカ戦車に、リーとかグラントとかシャーマンとかあだ名をつけたのはイギリス人よ」
それならそれで、疑問に思うことがある。
百人隊長のプロトタイプだの、エドワードさんとかは玉数がないからしかたないけど。
ファイアフライはそれなりに作られたはず……。
「サンダースにはあるのに、なんで聖グロリアーナにないんでしょうね?」
お嬢様は、「ふふん」と無表情のまま鼻を鳴らす。
「それがあそこのダメなところなの。純イギリス戦車、それもチャーチルとマチルダと
クルセイダーの3派にOGが分かれていて、ほかの戦車を導入させないんだって。
コメットはおろか、もとが植民地人のつくった戦車なんてとんでもないって。
おかしいでしょ?」
「ご自分たちがイギリス人でもないのに。ですね。お嬢様」
まあ、本末転倒のいい見本だけど、だから「術」じゃなくて「道」なんだろうな。
ダージリンさんは決して物わかりの悪い人でないから、苦労してるのが目に見える。
五代前からの帰化人だから、OGたちからは逆にいい扱い受けてないかもしれない。
サンダース三軍は、二手に分かれて、丘を迂回することにしたらしい。
それを伝達して、ふたたび動きだすまでに2分少々。
試合開始から、まだ14分42秒。
片方に2個小隊8両と、二分した本部の2両が加わって、10両ずつ。
お嬢様は、こうなることを読んでいたのか。
サンダースの大将騎は、向かって左。つまりこっちから見て手前の方についた。
「試合開始後15分ちょうどに、私たちは左10両の背後を取る。
そのとき、彼女たちは丘に分断されている」
お嬢様が、インカムに向かってしゃべりだした。
僕は、お嬢様から耳にかけるタイプの骨振動ホンを借りている。
お嬢様は、砲手席に着いた。車長が代わりに外の監視をする。
「『お姉ちゃん』、いそがしくなるわ。合図と同時に低抵抗を装てんして。
私が撃ったら、即座に続けて低抵抗を装てんしてね。連続5発。それが限度でしょ。
1発何秒でできるかが勝負。イギリス兵は1発6秒だったそうよ」
ふー。
僕だって別に肉体労働が好きなわけでも、得意でもないんですけど。