僕をこき使うだけこき使って(もっとも、行った先でもっと僕を酷使したのがいたけど)、
サンダースに潜入取材を敢行した秋山先輩は、収録してきた動画を「オフラインレベル」で
編集して、オープニングタイトルやエンディングテロップまでつけたのを作った。
あるやんごとなき方々のご協力により、堂々と高度をとって帰ってこられたので、
(そうでなければ浜松のE-767の誘導で発進した百里の戦闘機にインターセプトされて、
今ごろどこにいるかわからない)まだ明るいうちに大洗の学園艦に帰って来られた。
こっそり大洗艦の地上に着地し、再び自動車になったTF-Xで「秋山理髪店」まで行く。
そこで、なぜかコンビニの制服に着がえた秋山先輩を降ろした。
秋山先輩は、自宅兼店舗のガラスドアごしに、数足の靴をみつけると、玄関から入らず、
なぜかへいをよじのぼって、二階の窓からいきなりはいりこんだ。
おかしなことを、と思ったけど、僕の中では秋山先輩のイメージが180度かわっていたので
気にもとめなかった。規格外のひとのことをあれこれ考えても、しょうがないし。
それより、勝手に持ちだしたTF-Xを自動車部のガレージに返して、秋山先輩の学生証と
車の借用書をとってくる方が先。
そして、秋山先輩が二階の自分の部屋の窓を開けてみると、やっぱりあんこうズの
4人様があがりこんでいた。
秋山先輩の友だちが家に遊びにきたという、前代未聞のイベントに、ご両親様は
感激して中に入ってまっていてと、お通しになったという。
むろん、秋山先輩は「あれ、皆さんどうしたんですか?」と、いかにも今知ったみたいな
お芝居をしている。
でもふつうは、いくら親しくても驚くだろう。自分の部屋にいきなりあがりこんでいれば。
秋山先輩の部屋がどんな様子かはさっしがつくけど、それはどうでもいい。
とにかく秋山先輩は、USBメモリにしこんだ映像作品を、みなさまに見せたという。
TF-Xのナビコンソールにデータをながして、できばえを確認したとき、
そいつで修正作業したのをわすれたから、僕も今それを見てる。見たら消すけど。
いや、これだけじゃなく、今回の全航法データーもまとめて。
絶対出発前につくっただろう、オープニングタイトル画像が流れる。
戦車がパットンだろというつっこみはしなくていい。
直後、あきらかに接近飛行中に撮影したとわかる、サンダース艦の全景がうつる。
そのあとは、サンダースに潜入後、コンビニ制服からサンダース制服に着替えた秋山先輩の
「潜入レポート」仕立ての映像がつついた。
……つまり、どこかでくだんのコンビニ制服に着替え直してから撮影開始したんだ。
僕を脅迫してTF-Xを飛ばせたことを隠ぺいするために。
実は知能犯だったんだな。
もう、秋山先輩ノリノリだ。
もろ、バラエティ番組の潜入レポーターきどり。
なんか他校の生徒に「HAAAI!」なんて声かけてる。
人見知りはげしいなんて、信じられない。
まあ、ここの生徒がどうかは別だけど、いわゆるアメリカ人が過剰にフレンドリーなのは
別に日本人がシャイだからじゃない。
アメリカでは初対面でもフレンドリーにしないと、敵意があると疑われるからだ。
つまり、本当は日本人以上に人間不信だということのあらわれ。あんな国ではむしろ当然。
そして今度は堂々と、戦車道選手もいる戦車倉庫へ。
倉庫、というよりまるでアメリカ原子力空母の、格納庫甲板の中みたいだ。
そして、無印、A1、75両しか作られなかったA6をみて感激したあげく、敵選手に
「一回戦がんばってくださーい!」なんていっちゃう秋山先輩。
サムアップ、返されてるんじゃないよ。
……まあ、勝ってくださいじゃないからいいか。
シャーマンの方は3ダースどころか、かぞえるのもバカバカしい。
でも、一番人気のイージーエイトがないのは何でだろう。僕でさえ知ってるのに。
……だけど、朝鮮戦争で旧ソ連の主力戦車を倒しまくったE8がいたら、こっちの勝率が0だ。
そして……。
いよいよ、一軍全員会議のまっただなかに潜入した秋山先輩。
壇上には3人の女生徒、総隊長と副長2人かな。
メモを見ながら話しているひとには見覚えがある。
脱出する僕らに「降伏はムダだ、抵抗しろ」っていったミニツインテのひとだ。
まず参加車輌の発表だ。ファイアフライが1両。じょーだんでしょ。
超弱小大洗に出すのは、高価な弾がもったいないよ。
車体が鋳造だから、僕も見たICだろう。でも砲身を白ペンキでぬる例の姑息策はしてない。
76.2mmが1両、あとは75mmが8両だそうだ。
75mmといっても、データベースで見るとリーのが28.5口径なのにM3戦車砲は37.5口径。
しかも、高速撤甲弾、HVAPも5発持ってる。まいったね。
えらそうなミニツインテと、女性としてはスポーツ刈りといっていい冷徹そうなひとを
したがえている真ん中の隊長さんは、「日本人から見たヤンキー娘のテンプレ」みたいな
(つまり、んなもんどこにもいない)、というかそのものな感じ。
彼女のあおりに「YEAH!」と応じる一軍の皆さんもたいがい。
いくらアメリカ人でも、授業やブリーフィングで、そんなことしない。
このひとたち、戦車道版「野中一家」でもやってるんだろうか。
この隊長さんは、野中五郎のような(むこうは講談の博徒)統率術をやっているみたい。
陸攻乗りの彼は生粋の江戸っ子だったけど、やっぱり時代劇博徒のテンプレやっていた。
それなら、副長格ふたりがむしろさめたひとなのもわかる。
まあ、このときはそう思ってた。
そして、フラッグ車を決めたあと、質問タイムになる。
さっそく堂々と挙手する秋山先輩。
もう、ふだんの人見知りは、猫かぶりとしか思えない。
まず、編成を聞く秋山先輩。
隊長さんのお答えは、臨時的に3両で1個小隊というもの。残った1両がなんなのか。
順当に考えればフラッグ車で、どっかに隠しておくつもりだろう。
そのフラッグ車の護衛はなしだという。やっぱり9両全部でオフェンスってことだ。
そして「敵にはⅢ突がいると思うんですけど」と、こっちの戦力をばらす秋山先輩。
それに「1両でも全滅できるわ」とかえす隊長さん。当然ジョークでしょうけど。
しかし、たてつづけに突っ込んだ質問ばかりするから、ベリーショートのひとが怪しむ。
いや、秋山先輩が質問はじめたときから疑惑持ってたはず。
だって、あのくせっ毛は、まずほかにいないだろうから。
「見ない顔ね」なんていまさらでしょー。
会場の選手さんたちもいまさらのように、そういえばどうのとかいっている。
ミニツインテも悪のりして「所属と階級は」とか聞く。ふつうは「官姓名を名乗れ」でしょ。
いや、「学年クラスと氏名」だな。学校なんだから。
そして……。
「え、あのー、第6機甲師団所属、
わざわざそれいいますか? 秋山先輩!
とゆーか、はじめから笑う体勢に入っている隊長さんとか。
「ハァ? そう返すか」ってあぜんとしてるミニツインテとか。
ひとりだけ生真面目に「ニセモノだー!」と「即座に」叫ぶベリーショートさんとか。
……もう、秋山先輩が入室した時点で、わかってたでしょ。あなたたち一軍全員。
「食わせもの」って意味では、実にアメリカ人的だと思います。
結果的に逃がしちゃったけど、それもこみで楽しんでるでしょ。
むしろ、秋山先輩の方が、どんなひとなのかわからなくなってきた。頭痛い。
そして、今頃、西住先輩の顔は「
ご愁傷さまです……。
もし、向こうの隊長さんが、それもこみで笑ってたなら、本当に食えない。
そして、大会に向けて、授業以外に朝練夕練もくわわり、戦車一色になった。
僕も、朝5時に起きて、6時には戦車に乗っている。
「アキラくん。徹甲弾装てんして」
「え? あゆみちゃん。徹甲弾って、なに?」
「はぁ?」
そうだった、ここはリー初期型の中。徹甲弾はAPCBC一種類しかない世界だった。
「ごめんね。徹甲弾ね」
「しっかりしてよ。もう。榴弾と徹甲弾のこともわすれてるの?」
お嬢さまのもとで、見せられた世界の印象が強烈で、とうぶん忘れられそうもない。
いっぽうで「戦車戦もおもしろい」ということを教えてもらった。
僕にとってはそれまで戦車というのは「人間が罠にはめてたおす動物」ぐらいのものだった。
最新鋭のM1エイブラムスでさえ、対戦車地雷の三段重ねに勝てない。
でも、お嬢さまがやってみせたことは、父であっても感心するかもしれない。
……だけど、おもしろいのは、あくまでスポーツとしての戦車道。
実際の戦争なら、戦車は乗らない。
あのお嬢さまは、最後までただの1発も食らわなかったけど、そんなのはまれだ。
むしろ僕の場合は、生身で外にいたほうが、たぶん長生きできると思う。
それに、実戦なら「経空脅威」というものがある。
今の戦車だって、へたすりゃスツーカやシュトルモビクに負けかねない。
上部装甲は、戦車にとって永遠にアキレス腱だ。
いっぽうで、自分はやっぱり「男」なんだなと思い知らされた。
本当の女性で17ポンド砲弾を、1分に9発装てんできる人はどれだけいるだろう。
……自分はやはり「卑怯」なのかもしれない。
「アキラくん。次に当たるのはいきなり強豪よ」
「なんか真剣味ないよ~」
「ぼーっとしてちゃダメだよー」
「……」
「今日のアイス、アキラくんのおごりだからねー」
「ごめんごめん。反省しました。じゃ、終わったら74にいこうね」
アイスぐらい安いもんだ。
みんな、今度の対戦相手に萎縮するどころか、意気軒昂だ。
僕は考え直した。
大洗の不利は、僕が加わったぐらいで、どうにかなるレベルじゃない。
むしろ、僕が最善をつくしたって、全然たりない。
それより、ずいぶんみんな、タフになったものだと思う。
おなじ歳なのに、上から目線な感想だと自分でも思うけど。
だけど、この6人は、どのような意味でも普通の高校1年生女子なんだ。
アヒルの河西さん、近藤さん、佐々木さんのように、根性を鍛える鍛錬はうけてない。
カバさんチームの鈴木さんたちは、歴史好きだから、むしろ達観しているように思う。
勝ち負けは人生の常だって。だから最善を尽くす。それが戦いの歴史の教訓。
たとえ敗軍となっても、倒されるまではベストを尽くすべきだと。
生徒会チームについては、いうまでもない。本当はあの3人が、いちばん結束がかたい。
それに大統領には、なにかこの大会に期するものがあるみたいだ。
いまはまだ、それが何かわからないけど、時がきたら、自分でいうだろう。
その日の夕食がすむと、僕は高橋先生の、広すぎる書斎によばれた。
今日は先生の弟さんもいらっしゃる。
どうも、冷泉先輩の理論を越えた荷重移動を見ていらい、僕らに興味をもたれたようだ。
「よお。いい女になってきたじゃないか」
「……冗談でもやめてくださいよ」
「ほめてるんだがな。これでも」
ゴッドフッドさんは、僕に会ったらなんて言うのかな。
「君は女にもてるだろ。俺も若いころは以下略」といわれて終わるような気がする。
高橋先生は、例の「理論」にランチェスター則を組み込んで修正したシミュレーターを
起動している。最近知ったけど、高橋先生は若いころからLinux使いだった。
それもラン3のコマンドプロンプトから、なんでも構築している。
Linuxで、どんないいもの作っても、まったくお金にならないけど、それもいいらしい。
少年時代は、Basicっていうコンピューター言語で遊んでたとか。
液晶プロジェクターが、GUIに頼らない3D画像の、仮想戦場をうつしだす。
ムダなサービスが全然ないから、描画も速いけど、ムダにディティールにこだわったモデルが
そのリソースを食いつぶしてる。
「お前の先輩が探った情報によると、鋳造車体のIC、鋳造A1長砲身、溶接無印8両だな」
画面に表示されるのは、戦車のCGじゃなく、先生が趣味で選んだクルマのCGだ。
シャーマンたちは、おお、いかにもなシボレー・コルベットだ。
「無印が4代目C4。A1がC4の最終型、グランスポーツ。ファイアフライICは
イギリス・ロータス製DOHC32バルブ、フルアルミV8エンジンのC4ZR-1だ。
もし、『アイ・シャーマン』ならば『スレッジハンマー』だがな」
なるほど。ファイアフライ相当のコルベットは、エンジンがイギリス製と。細かいね。
スレッジハンマーは900馬力の公認チューニングマシン。
シャーマンにはそんなのまであるんだ。(※ アイ・シャーマンは戦後の改造型)
「今回は、ランチェスター第二法則だけだ。数量差があるからな」
戦力は質の差に比例し、数の二乗に比例するという法則。
大洗にとっては分が悪すぎるけど、まったくの真実だ。
各戦車には、クルーの能力を反映した修正値がついている。
今回から「指揮」というパラメーターが加わった。隊長の能力だ。
Ⅳ号D型「あんこう」は、指揮:+100、コマンダー:+110、ローダー:+50、
オペレーター:±0、ガンナー:±0、ドライバー:+180。
八九式{アヒルさん}は、コマンダー:+50、ローダー(兼任):+50、ガンナー:+150、
ドライバー:+150、オペレーター:+50。
Ⅲ突「カバさん」は、コマンダーが+20以外、全部±0。
M3「ウサギさん」は、コマンダー:±0、ローダー1:±0、ローダー2:+100、
ガンナー1:±0、ガンナー2:±0、ドライバー:±0、オペレーター:±0。
ただし、チームのモラール(士気)に-100のペナルティがある。
38(t)「カメさん」は、指揮:-50、コマンダー:-50、ローダー(兼任):±0、
ガンナー(兼任):-200、オペレーター:±0、ドライバー:+50。
ただし、チームのモラールが100-50=+50になってる。
「カメさんの『指揮』は、どっちですか?」
「現在の副隊長だ」
なるほど、河嶋さんの交流戦での壊れぶりからすれば、こうなるか。
アヒルさんの評価が極めて高い。
対するサンダースは、無印C4のうち7両は、すべての能力が+60。モラールまで+60。
あとの3両も基本おなじだけど、隊長騎のC4は、指揮が+150、コマンダーも+150。
C4グランスポーツは、指揮+100、コマンダーも+100。
C4ZR-1は、ガンナー+170の修正が、平隊員たちとちがう点だ。
大洗は、解体屋寸前、初代クラウン、岩崎GTO、ハイエース、スバル360の5両のまま。
いよいよ、仮想空間でのサンダース対大洗女子の戦いが始まる。
サンダースは、2個小隊を斥候にして、隊長の小隊が後につづく。
フラッグ車は、後方で完全に姿をかくしている。
先行する敵2個小隊と、先行するあんこうが互いを視認する。
サンダース側は全車両に発見マーカーがつく。
大洗は、まだ情報共有にタイムラグがある。
被発見マーカーは、あんこうとコルベットC4が6両。
カバが伏激体勢に入る。最終命中率42%。決して高くない。命中せず。カバも被発見。
後方のC4ZR-1が、カバさんを射撃。いい地形なのに思ったように効果が出ない。
距離1,200。弾種APDS。最終命中率77%。乱数は、32……。命中だ。跳弾はなし。
基本貫徹力、217mm。車体前面80mm+傾斜修正+入射角修正=82mm。貫徹、撃破。
C4ZR-1の上に装てん中マーカー。10秒からスタート。女子高校生なら激速の部類だ。
17kgのAPCBC。当然ねらいはあんこうだ。あんこうは発見している手近のC4と戦闘中。
ファイアフライは直ちに移動するより、あんこうを食った方が良いと判断したようだ。
アヒルがファイアフライを発見した。その場で射撃、直ちに隠ぺい状態にうつる。
砲弾は最終命中率90%! しかし、貫徹力がたった1mm! はじかれて終わり。
6両から目視されているあんこうは、姿をくらますことができない。
ファイアフライがリロードした。射撃。
距離1,100m。初期命中率94%、修正命中率65%。乱数は17。命中。跳弾確率0%。
厚いところでも装甲30mmのⅣ号D型が、17ポンドの直撃食らったら即死だ……。
次に発見されたのはウサギ。あんこうの指揮修正が消えたとたん、発見されてしまう。
たちまち無印どもの砲火の前に槍ぶすま。
アヒルさんは、全くしっぽをつかませないが、とうとうフラッグ車カメさんが見つかった。
満を持して狙いをつけるファイアフライ。あんこうよりずっと小さな38(t)なのに、
距離1,500で、最終命中率91%……。
「もう一回、やってみるか?」
いや、もうやる意味などないでしょう……。
「いえ、わかりました。先生、大洗の勝利確率はどのくらいですか?」
「かぎりなく、0に近い。微分法の世界だ」
「……」
ふつうに考えればそうだろう。でも、それで終わるとは、思いたくない。
「だからおもしろい」
「そうだな、兄貴」
いいたいことは僕にもわかる。この兄弟は、人間が機械を、数理を超える瞬間を
何回も目の当たりにしたのだから。
「でも、僕たちが必ずしもご期待にそえるとは思ってません」
「それは、不敵にわらいながらいうセリフじゃねーぞ。
お前って、敵が強ければ強いほど燃えるタイプだろ」
弟さんはそういうけど、さあ、どうなんだろう。
すくなくとも、ふた月前は、そうではなかったと思う。
戦いというものは、始まる前に勝敗は決まっている。
だから、戦いが始まる前までが実質の戦い。実際の戦いは、その結果の反映だと思っていた。
戦いの場で敵が強いときにできることは、せいぜい手こずらせてやることだけだと。
そういう意味では、僕はあきらめの悪い人間だったかも知れない。
だけど、今、サンダースという強豪を相手にして感じている気持ちは、それとはちがう。
そう、度しがたいことに、僕はわくわくしているんだ。運動会の前の日の小学生のように。
ただただ、楽しくてしかたがない。勝ちも負けも、もうどうでもいいから戦いたいんだ。
「楽しそうだな……」
「――ええ、先生。僕はもう、何も恐ろしくありません」
いや、僕は大洗女子に来たときから、少しずつ変化していたのかもしれない。
「勇将の下に弱卒無し」というくらいだから……。
翌朝。また今日も戦車道の朝練が始まる。
しかし、けさはひとつだけ、いつもと様子がちがっていた。
業務用のテレビカメラをもつカメラマン。長いロッドの先に風切り音防止の毛のカバーを
かけた大型マイクをかまえる音響さん。そしてレポーターらしい女性がいる。
けげんそうに、その人たちをながめている僕らの前に、大統領がでてきた。
「あー。全員、予定どおり練習をこなしているように。こっちは気にしなくていいから」
といわれても、気になるものは気になる。
僕らの興味の視線を背にうけながら、カメさんチームの3人だけが、その人たちの方へ行く。
そして、どうやらインタビューが始まったようだ。
大統領が背筋をのばし、身振りをまじえて、インタビューに答えている。
時間がかかりそうだったので、西住先輩の指図で、カメさんぬきの朝練がはじまった。
なんの取材かしらないけれど、ああいうのは大統領にまかせておくのが吉だ。
河嶋さんだって、戦闘のさなかでなければ、おちついた秀才にみえるからね。
いっぽうで、それとは別に……。
情報科が不夜城になった。
全国大会組み合わせ抽選会より以前に、生徒会がどこかからサーバーマシンを大量に買って
情報科に配備している。こういうものに中古はないも同然だから大変だ。
情報科では、表向きはメールサーバーの増強作業をしていることになっていたが、
本当は何をしているのか、口止めされているらしい。
どこからかやってきた機種のわからないヘリコプターが、直接情報科に横付けして、
サングラスにスーツの男が、手錠付きのアタッシュケースを持って入っていったという
うわさも流れていた。リアル坂本商会がきたという尾ひれまでついて。
そして、抽選会後、しばらくして……。
せっかく、なけなしのお金をつぎこんで、サーバーを増強したのに、期待(?)したほど
メールなんかこなかった。自意識過剰なんじゃないかと思ったくらい。
そのお金、戦車道に欲しかったなあ。
西住流は、最高師範の西住しほ氏が「西住みほが何をしようが、当門流とは無関係」と、
はやばやとコメントを出し、流派全体でこの件を無視することにしたようだ。
反西住派にとっても、僕らの存在など道ばたの石っころだ。知ったこっちゃない。
テレビの録画中継自体の視聴率が、とびぬけて大きいわけでもないから、関心のあるのは
関係者と、戦車道のファンに限られるのだろう。
次の日にメールが2倍になっただけだった。
通常のメールを除けば、大洗をおちょくった(熊本弁)無内容なメールだけだ。でも。
「応援してくれるメールもないわけじゃないよ」
とは、大統領の弁。
「決まった試合を、決まった面子で、決まったようにやってるだけでいいのかってね。
戦車道歴3ヶ月。おおいにけっこう。やるだけやってみろ。
高校生大会は、名門校クラブじゃない。
あと、大洗が1両でも撃破できたら、それは勝ったも同然だとか。
まあ、激励してくれてるつもりなんだろう……」
「いやがらせしてくる人ばかりでもないんですね。
……ところで、やっぱり、西住先輩を中傷してる連中っていますか?」
角谷大統領は、左右にいる河嶋さんと小山さんの顔を見た。
ふたりとも笑っている。
「それがね。まったくないんだよ。わかるだろ?
彼女、西住みほは、報われない英雄なんだからさ……」
そうなんだ……。よかった。
角谷会長はいいことを言った。報われない、賞賛されない、しかし真の英雄。
ならば僕たちが、西住先輩こそ本当の英雄であることを、証明しなくてはならないだろう。
もっとも、逆の意味で関心をもった連中はいた。
僕は知らなかったが、情報科の猛者たちには、いい遊び相手ができたみたいだ。
番組制作スタッフらしい人たちは、その後もちょくちょく来て、僕らの練習風景を撮影したり
角谷会長にインタビューしたりしていた。
彼らの仕事が、どこかで放送された形跡はまだない。
そして大統領も何を話しているのか、彼らが何をしているのか、まったく明かさない。
第一回戦は、1日1試合。8日を費やして行われる。
会場についての異議申し立てのリミットは、試合前3日まで。
四強の試合は、後半4日に組まれる。
大洗女子対サンダースの試合は6日目。つぎの日はボンプル対プラウダ。
第一回戦最終日が、知波単対黒森峰……。
僕たちは、会場に向かう学園艦の中で、ぎりぎりまで練習を続ける予定だ。
どういう縁で僕たちを教えることになったのかわからない蝶野一尉は、全国大会が終わるか、
僕たちが敗退するかまでの間、職務専念義務免除を受けて、つきっきりで指導してくれている。
ある日、じっちゃんが「明に会いに市ヶ谷地区に行くんだが、ヘリでそっちに寄るから
お前も来い」って電話してきた。市ヶ谷地区って、防衛省の総本山。
要するに、父がある人からの頼みで美術品あつかいの古式銃を買うので、
いくらぐらい払ったらいいか、じっちゃんに鑑定してほしいと言うことなんだそうだ。
父は統幕入りしてから、とても通えないからって、寝袋と着がえもちこんで、月曜出勤したら
金曜の深夜まで、水戸の実家に帰らない。
コンビニからチャペル付きの結婚式場まである市ヶ谷地区なら、寝袋があれば
父なら死ぬまで暮らせるだろう。演習場で野宿すること考えれば天国だ。
僕は、いってしまえばじっちゃんの老眼鏡代わり。
なまじ若いころ視力がよかった(最高6.9相当)せいで老眼もひどく、古式銃のメンテも、
じっちゃんの指図で僕がやっていた。
じっちゃんはフリントロック以前の銃には興味がなく、雷管使用のパーカッション銃ばかり
集めている。薬莢式に移る過渡期のものが、とくにいいらしい。
この国では実銃を持つのがきわめて困難なので、さすがに僕も実銃をあつかわせてもらった
ことはない。じっちゃんの古式銃ではかろうじて近代的っぽいのは、ドライゼとシャスポーだ。
スナイドルや村田、スペンサーやウインチェスター、あと誰かさんのS&Wmodel1なんかは、
金属薬莢だから全部アウト。
戦車道はじめて、やっと同軸機銃の実物にさわらせてもらった。
弾丸は、曳光弾とは名ばかりの赤リンのかたまりだけど。ちょっと飛んでおしまい。
で、これこれこういうわけで市ヶ谷地区までいきますから休ませてくださいと
蝶野教官にいったら、私も同伴者ということでついていくから連れて行け。といわれた。
その日は自習になったけど、どうせ西住先輩がいるから問題ない。
それよりも、ウサギのみんながジト目で見てる……。休めていいなって気持ちと、
75mmの弾、だれが持つのよ~。という、うらめしい気持ち。
そして僕は、父が死ぬほど嫌がるのを承知で、女装で行く。
だってペガサスマーク持ちの女性幹部がいるところで「馬鹿息子が」とはいえないだろう。
でも、紫外線が弱点の僕は、夏は半袖でもアームカバーは絶対必要。
「日の光は苦手ではない。大嫌いなだけだ」という某吸血鬼さんがうらやましい。
そういえば、僕はキリマンさんに「紫外線浴びたら死ぬ」っていってたかもしれない。
……アルゲマイネSS女王様のCV、最後まで決まらなかったそうだから。
江東区にある公共用の「東京ヘリポート」にヘリを駐機させて、あとは総武線各停で
市ヶ谷までいく。
制服着用では電車の座席に座れない蝶野さんは、職免なのをいいことに、私服だ。
僕ら3人は、父の執務室「統合幕僚監部総務部長室」に通された。
蝶野さんは、ここに来る前にいつのまにか、ふだんの通常礼装に着がえている。
父からみれば、招かれざる客が2人もいるけど、じっちゃんがアポ取ってるからしゃーない。
父は僕の女装をみて、ほおの筋肉がひくひくし、蝶野教官がだれかわかると、血管が浮いた。
しかし、懸命の努力のすえ、じっちゃんだけを視界に入れて、引き出しから何かをとりだす。
じっちゃんは、それをしばらくみて、不審そうな顔をした。
「ものはまあ、コルトドラグーンでまちがいないがな。銃床が象牙の削りだしというのがなあ。
玲。ちょっと手伝え。バラしてみるぞ」
竜騎兵。つまり銃火器を武装とする騎兵のためにつくられたピストルがドラグーン。
44口径といっても、燃焼速度が速すぎて爆薬にしか向かない黒色火薬が発射薬だから、
いまのマグナムみたいなパワーは出せない。そんなにつめたら爆発する。
現代なら大口径だけど、この時代では小さい部類。弾速が遅いのを重さでカバーしている。
小銃でも小さい口径。幕末ヒロインが愛用したスペンサー銃なんか、56口径だ。
まあ、そのひとは角谷大統領なみに怪力だったから、あつかえたらしい。
スペンサー銃は、男でも手をケガするひとが続出した銃だ。
幕末ごろには、男なんか腕力でねじ伏せる怪力女が何人かあらわれる。
これは雷管リボルバー拳銃といっても、そのなかでも古いタイプなので、銃身をはずして、
弾倉だけとりだすということが簡単にはできないから、分解は手間がかかる。
にぎりが純正品でないということは、へたしたら形はそのままで、現代銃に改造されている
おそれがある。もしそうなら、警察に「知らないでもってました」と届けるしかない。
じっちゃんは当然こいつの構造も知っているので、僕がバラしながら、じっちゃんが調べる。
そして、僕たちが検分しているのをよそに、将補と一尉のあいだでは、
なにやら火花が散っている。
空挺の父は戦車が大嫌い。執務室に火薬をぬいた現役のパンツァーファースト3の実物とか、
マルヒト式軽MATの実物大訓練用模型とかを飾っているくらい嫌っている。
もちろん富士教導団戦車教導隊の蝶野さんは、空挺団に強烈なライバル意識をもっている。
しかも、父本人にも、ふくむところがあるみたいだ。
こうして、落下傘徽章とペガサス徽章の対決、第1ラウンドがはじまった。
大人げないといってはいけない。お互いにいいたいことは山ほどあるのだ。
まあ、父は下のものにはやさしいところがあるから、頭ごなしに黙らせることはしない。
なんか、富士学校のお歴々が、戦車へらしたくていろいろ工作している父にクギをさしにきて
大げんかしたみたいだ。校長は陸将。だけど上にはつっかかるのがうちの父。
「ふん。普通科1人と、そこのLAM(パンツァーファースト3)で倒せるものに、
大枚はたいていられるか。歩兵に弱く、ヘリに弱く、地雷に弱い。
その上74は紙装甲、90は北海道から出られない。ヒトマルに至っては戦車じゃない。
峠の走り屋と競争したいのか?」
たしかにそうかもしれない。戦車がドリフトするなら、ふつーに変態だと思う。
「将補こそ『X-WING』をつくりたいとか。どこの宇宙戦争ですか?」
もちろん蝶野さんは知ってていってるからたちが悪い。
「ふん。多用途襲撃機の量産の暁には、戦車なぞ過去の遺物にしてくれる。
電撃戦なら機甲部隊より、空中機動部隊の方がうわてだわい!」
「それが将補の構想である『陸自総空中機動部隊化』ですか。
その財源で、機甲師団が20個は作れそうですわね」
「これだから過去にこだわっているものは度しがたいのだ。
それに私の構想は、『陸自の空軍化』だ!」
ふつうなら、ぶっ飛びすぎててわけわからない。
つまり、男の歩兵を装甲で守れないなら、空飛ばした方がずっと安全じゃない? ってこと。
敵の強力な部隊や、要塞化陣地を迂回して後方拠点をあっさり落とすのが電撃戦なら、
ヘリボーンの方が、もっと迅速にできるんじゃね? ってこと。
それに上部装甲は、装甲戦闘車両の永遠のアキレス腱だし。
でも絵に描いたもちじゃなければいいけどね。だって、この構想は燃料馬鹿食いする。
戦車なら、エンジン切って待ち伏せてたり、天候悪くて前進できないときは、ガス食わない。
まあ、空中戦車のXウイングだけは評価してもいいけど。
航空機は、地上にいたらなぶり殺しにされるだけだから……。
ついに父は「パンツァーリート」の5番を、原語で歌い出した。
戦車がついに敵弾に捉えられ、撃ちぬかれ、鉄の棺桶になるところだ。
父は「5番だけ」ドイツ語で歌える。というか、これだけは大好きなようだ。
よくしたもので、今度は蝶野さんが、そのものズバリの「空挺部隊の歌」という
アメリカの軍歌の「8番」だけを歌い出した。もちろん英語で。
この歌は「雪の進軍」がかわいく思えるほどの自虐ソングで、
とくに、パラシュートのひもが身体にからまって墜落死した新兵の死体のありさまを
歌ってる「8番」は、もうスプラッタ。やめてー。おねがいだからー。
「おい、明よ。これはどうやら本物のようだ。
それにな、グリップの裏書きと一連番号が本物なら、思い切り高く買ってやっていいぞ。
転売すればもとがとれる」
不毛な論争に終止符を打ったのは、じっちゃんの鑑定結果だった。
どうやら、お近づきになりたくない二つ名の人物の愛銃のひとつだったらしい。
常に喪服のような黒い服を着ていたというひとだ。
ちょうど、その時。
部長室のドアが開いて、父の当番をつとめている陸士の人が入ってきた。
「部長。正門脇で機甲科と民間人がこぜりあいしているようです!」
なんだよそれ。ただでさえここはいろんな「民間人」がやってくるデリケートな場所なのに。
「はあ、中央警務隊から人をやって、機甲科をしょっぴいいてこい」
「まってください。小官が行きます」
即座にそう答えたのは、もちろん蝶野さん。
できれば、警務官に同僚を引き渡したくないだろうし、穏便に済ませたいにちがいない。
そして蝶野さんは、返事も待たずに飛びだしていった。
「身内だからって、かばい立てするんじゃないだろうな?」
そういうなり、父もずかずかと部屋を出て行く。
「じっちゃん。なんかろくでもないことになるかも」
「……まったく、しかたのないやつらだ」
じっちゃんと僕、それに当番さんも父の後を追った。
(「ひとまるこちゃん」は、pixiv様にも掲載)
え? ヒトマルってこうでいいんでしょ?
その生涯を通じて、ハチロクに負け続け、「解体屋寸前よりダメな奴」と言われながら
不遇のうちに生涯を閉じたラリーカー、ラ○サーエボリューショ○。
戦車になるはずだった妹、ひとまるは兄の無念を晴らすため、戦車のくせにドリフトを覚え、憎っくきかたきのハチロクに挑む。……はずだったのだが、
待っていたのは、大幅にパワーアップした86(BRZ)だった。
はたして、ひとまるは兄の仇を討つことができるのか?
がんばれ、ひとまる。負けるな、ひとまる。
もはやおまえは戦車じゃねえし。