失われた約束の地   作:米山ともき

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 How Johnny Learned to Stop Worrying and Love the Tank.

 ……僕は、ストレンジラブ博士じゃない。

 

 

 

 夏の、あるよく晴れた一日のこと。

 僕ら、大洗女子学園戦車隊は、日本のへそにある高原地帯で、戦車道の試合真っ最中だ。

 

 戦車道全国高校生大会第一回戦の対戦相手は、全国四強のサンダース大付属だった。

 そんだけ強いくせに、なんで超弱小の僕たち大洗相手に、無線傍受というせこい策を

しかけてくるのかわからない。

 

 しかも、でかい阻塞気球をつかって傍受装置を打ち上げるなんて、初めから怪しんでください

と、いわんばかりね。

 これが戦車型のアドバルーンとか、いかにもイベント用の飾り付けに偽装していたら、

もうすこしバレるの遅れたかもしれない。

 

 隊長の西住先輩は、あっさり第一手で無線傍受を見破った。

 おそらくそれは相手が、答えを全部知っていることを前提の行動をしたからだろう。

 たしかにやっていることが、西住先輩の指示にあわせてただ先回りするだけのものだったから

いずれは発覚したと思う。詰めも甘いところがあった。

 

 そして、西住先輩は、まだ見破っていないふりをしてニセ命令を流し、釣られて出てきた

敵を1両屠って見せた。

 

 さらに今度は、僕たちがある丘の上に全車両を集結させるというウソ情報を流して敵を誘引し

空振りさせている間に、反対方向にいると思われるフラッグ車を包囲して叩くという

一発逆転の作戦に出た。

 

 もし、傍受を仕掛けた奴がさとい人間なら、やっぱり無効化されたことを理解するだろうけど

いまの僕たちは、携帯メールで通信しているから、これ以上の情報漏洩はない。

 あとは、相手が間抜けであることを祈るだけだ。でなきゃ負ける。

 

 

 

 

 

 僕らは5両全部で、敵主力をおびき寄せたのと正反対、サンダース側の発進地点に近い

相手のフラッグがいると思われる地帯に向かっている。

 とはいえ、こちらのペテンに敵が気がつくのは時間の問題だ。急がなきゃ。

 

 

 

「うーん」

 

 僕はさっきから例のSNSで、何回もダイレクトメッセージをこころみている。

 だけど、つながらない……。

 

「アキラくん。なにしてるの?」

 

 あゆみちゃんが、いぶかしがってる。

 気がつくと運転中の桂利奈ちゃんと、例によって丸山ちゃん以外が、僕の方を見ている。

 

「うん。もしかしたらElle çaさんなら、フラッグの隠れ場所のヒントくれるかもって」

「Elle çaさん。でてくれないの?」

「というか……。端末が圏外か、そうでないなら電源切っているみたい」

 

 受信状態にあれば、メッセージを預かって、コールしてくれる。

 メッセージをキープできないってことは、回線がつながっていない状態。

 フレンドなら可能な機能なんだけど、サーバーからユーザーがみえないって来ている。

 

「こまったねー」

「ホントに助けて欲しいんだけどねー」

「しょうがないわよ。こういういときだってあるわ。それに……」

「……なに? アキラくん」

「……こないだみんなでチャットしまくったでしょ」

「え? じゃ、怒ってるとか」

「ううん、冗談。そういうひとじゃないよ」

 

 僕は、あわてて否定した。

 だけど、ここまでで2カ所、隠れ場所候補を捜索して、空振りがつづいている。

 西住先輩があやしいとにらんだ場所は、あとひとつだけ。

 もし、ここも空振りだったら、全車で散開してさがすしかない。

 問題はそれだけじゃない。

 いままで追撃されてないということは、相手の主力はだまされてくれたってことだ。

 しかし、いくらなんでもかつがれたと悟ったおケイさんが、そろそろ引き返してくるだろう。

 偽電からもう30分はたっている。

 

 

 

 そして、いまいるところが、敵フラッグが潜んでいると思われる、最後の候補地。

 僕らと遭遇する危険を考えれば、むやみに動くことは考えられない。

 ただ、もし僕が傍受者、あるいはフラッグ自身なら、主力との同行を提案する。

 事態が最終局面で、敵は全車集合をかけている。

 なら、フラッグを孤立させておく意味はない。

 自身も火力をふるいながら、9両の戦車に護衛してもらったほうが有益だろう。

 まして、フラッグ車の主砲は強力な76.2mm。遊ばせておくにはもったいない。

 

 大洗戦車隊は最後の候補地点の、周りを林にかこまれた草地についた。

 

 ここからは4班に分かれて、捜索する。

 あんこうとウサギとアヒルさんは単独で、カメさんカバさんは組んで、

それぞれ、戦車が通れそうな場所を進んでいく。

 車内通話は隊内通話につないだまま、ただし、目標に接触するまでは全員無言のこと。

 車外で車長たちが打ち合わせを終え、全車、エンジンを絞って静かに出発する。

 

 僕たちは、早々に行き止まりにブチあたってしまった。

 しかたないから、無言のまま、スイッチバックして引き返しかける。

 

 そのとき、反対側の竹やぶでは、女の子同士のお見合いが……。

 

 

 

 ドン、ドン。

 

 鉄板を叩く音がする。僕たちの戦車からではない。無線だ。

 そして……。

 

『右に転換! 急げぇぇえーっ!』

 

 磯部さんの絶叫。ターリホーだ。

 

『敵フラッグ車! 0765地点にて発見しましたーっ!

 でも、こちらも見つかりました!』

『――!』

 

 ついに発見した! 敵フラッグを。

 おそらく、お互いにはち合わせしてしまったんだろう。

 でも、アヒルさんでは交戦できない。

 こちらに向かっていちもくさんに逃げているはず。

 

「メールが来たわ。えーと、0615地点に全速で来いって」

 

 つまりそれが、アヒルさんが逃げている方向で、僕たちが待ち伏せできる場所ってことね。

 アヒルさんのエンジン、換えておいてよかった。

 もとの昭和6年のエンジンだったら、シャーマンちぎれない。

 

 敵は、行進間にもかかわらず、射撃を続けてる。

 自分がフラッグなのに、相手が八九だからって、追いかけてるんだ。

 

 磯部さんが、例の発煙筒に火をつけ、スパイクの要領で敵フラッグに打ち込んでいる。

 ジャンプせず、戦車に足をつけたままなら、百発百中だろう。

 向こうでは、一瞬たりとも気が抜けない様子だ。

 

『キャプテン! はげしいスパイクの連続です!』

『相手のスパイクを、絶対に受けないで。

 逆リベロよ!』

『……意味、わかりません……』

 

 要は、当たるコースに乗っておいて、直前でかわすってことかしら。

 それなら、之の字運動と違って、速度が落ちない。合理的だわ。

 

 理由はわからないけど、敵の射撃間隔が開いている。

 1分に1発撃てているかどうか。

 突然、パラパラと豆をまくような音と、離れたところから機銃の射撃音がする。

 砲撃できないからって、ただの赤リンのかたまりをばらまいてるの?

 ……それって、カッコわるい。

 

 そうこうしているうちに、僕ら含めた4両は、0615地点、包囲に適した野原に集まってる。

 

『八九式きました。

 突撃します。ただし、カメさんはウサギさんとカバさんで守ってください』

 

 最終局面だ。もう無線封止の意味はない。

 傍受されてようが知ったことではない。

 カメ、カバ、ウサギの3両が頭を押さえ、あんこうは敵の左90度で、側面を撃つかまえだ。

 

 アヒルさんが逃げてきた。

 磯部さんは、車内に入っている。

 あいかわらず、向こうは機銃を撃っている。

 

 出てきた。敵フラッグが。

 車体に発煙筒を何本もはりつけて、煙をひきずりながら。

 でも、発煙筒の煙も、そろそろ薄れている。

 アヒルさんは、僕らの姿を認めると、右折して射線をあけた。

 敵がもうすぐ、あんこうの側面射撃の車線に乗る。いいぞ。

 あんこうが撃った!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ……え? あいついきなり止まった。

 間一髪であんこうを視認したんだ。

 砲弾は、奴の鼻をかすめて抜けていってしまった。

 戦車は自動車と違って、クラッチ切ればすぐ止まる。ガッデム。

 

 そしてあいつは、尻に帆かけて逃げ出した。味方がいるのと逆方向に。

 うっかりさんもいいところだ。

 僕たちは、当然全車で追いかける。

 行進間なら、砲の数が多い方がいい。

 やっこさんも、砲を後ろに向けてあわてて撃ってくる。

 もっちろん、当たんない。

 

 この光景を、ダージリンさんは含み笑いで、蝶野一尉は爆笑しておもしろがったという。

 そして、当のフラッグでは。

 

『なにか、わめきながら逃げてます』

『……うん』

 

 どれどれ~っとドア開けて、顔出してみる。

 あ、フラッグの車長がキューポラから顔出してる。

 ミニツインテじゃん。

 めちゃくちゃパニクってる。

 例の動画では冷静そうにふるまってたけど、こっちが地かあ。あはは。

 

 でもどっかで止まってくれないと。こっちは弾がもったいないので、射撃を止めてる。

 敵主力に追及されたら、こっちも行進間しかできないから、しとめる確率がだだ下がりだ。

 

『目標との距離、つまってきています。

 60秒後、攻撃を再開予定。順次発砲を許可します。

 前方に上り坂、迂回しながら前進してください』

『……わかってる』

 

 冷泉先輩はいつも冷静だ……。

 それでも敵は全速で逃げている。

 クレトラは、コーナリングでスピードが落ちない。

 旋回を余儀なくされると、こっちはきびしい。

 とくに、小旋回して直進を繰り返す旧式操向装置の戦車は。

 

『柚子、遅れるな』

『わかってるよ。桃ちゃん』

『がんばれー』

 

 絶対、大統領はこの状況でも干し芋食ってる! 「がんばれー」がもごもごしてる。

 

 しかし、延々続くかと思われたこの一方的な追いかけっこは、突然中断される。

 うしろから、まるで近くに落雷があったかのような轟音!

 ――とうとう、「奴」がやって来たんだ。ファイアフライが。

 

『いまのは』

『ファイアフライ。17ポンド砲です』

『なんか、すごい音だったよ』

 

 

【挿絵表示】

 

 

『……4両だけ?』

『距離、約5,000m』

『ファイアフライの有効射程は3,000m。まだ、大丈夫です』

 

 ついに、僕たちはおケイさんたちに追いつかれた。

 しかし、4両? 半分だ。あとはどこにいるんだ。

 

『どうするみぽりーん!』

『ウサギさん、アヒルさんは後方をお願いします。

 カバさんと我々あんこうチームは、引きつづきフラッグ車を攻撃します』

 

 まだ距離があるのに、向こうの主力はガンガン撃ってきた。

 フラッグも勢いづいて撃ってくる。

 僕たちは、前後からはさまれてしまった。

 

「こんどは……逃げないから!!」

 

 車長の梓ちゃんの呼びかけに、みんなが「うん!」とうなずく。

 みんな変わったな。と思う。

 カバさんの歴女軍団は、この状況を過去の有名な戦いになぞらえてる。

 誰も乱れない。

 

『ここで負けるわけにはいかんのだ!』

 

 気合いを込めて発砲する河嶋さん。しかし……。

 

『桃ちゃん。当たってない』

『うるさい!』

『壮絶な撃ち合いだねぇ』

 

 ……やっぱりあさってにむかって撃ってるんだ。

 そして、いってることと裏腹に、まるで人ごとみたいな大統領。

 でも、こんなにのんびり構えてていいんだろうか。

 

『打てぃ!』

『はぁい!』

 

 裂帛の気合いを入れる磯部さん。

 しかし、直後、轟音に包まれるアヒルさんチーム。

 エンジンルームに被弾。

 ショックでコントロールを失い、地面からつきだしている岩に当たって止まる八九式。

 後部が火炎に包まれ、撃破判定の白旗が揚がる。

 

『アヒルチーム。けが人は?』

『大丈夫でーす!』

『すみません。戦闘不能です!』

 

 何かが燃える音と、何かを吹き付ける音。

 まさか、火災が起きているの?

 

 そしてふたたび、17ポンドのあの轟音が戦場に響く。

 その目標は……。

 

 僕たちだった。

 稜線を越えて、斜め上から撃ち降ろしてきた砲弾は、リーのエンジンルームの天板に命中。

 くっ、よりによってこれからって時に。

 撃破判定になったようだ。エンジンがストールする。

 そのまま惰性でまっすぐ進んだリーは、窪地にはまるかっこうで停止。

 白旗が揚がる音がした……。

 

「すみません。鼻の長いのにやられました!」

 

 ああ、ここで脱落か。

 そうだよね。命中率の悪いAPDSを、わざわざ使う相手いないもんね。

 スピードがあって重いAPCBCの方が、弾道がよく伸びる。

 わかってた、知ってたのに、僕は何もできなかった……。

 

『ファイアフライですね』

『M3が……』

 

 4両がどこかに伏せてるんじゃなく、

増援は4両でも十分。ってことだったようだ。やれやれだ。

 そしてついに、のこり3両になった大洗。

 皆が、旗色が悪くなったことをさとっている。

 いまさらながら、敵が強豪だってことを思い知らされている。

 実力に差がありすぎる。

 

 17ポンドの射手は猛者だ。遠距離躍進射撃をものともしない。

 

 いままでのみんなの意気は、どっかにいってしまった。

 もーやだ先輩、武部さんが、うめくように言う。

 

『もうダメなのぉ?』

『……』

 

 後方のカバーがなくなったフラッグ車の38(t)が、前に出る。

 状況は、どんどん悪くなっていく一方。

 

『弁慶の立ち往生のようだ……』

『もはやこれまで』

『蜂の巣に されてボコボコ さようなら』

『辞世の句を詠むな!』

 

 カバさんは、こんな状況でも平常運転。というわけではなく、

これでも、まいっている……。

 

『もう……もう終わりだ』

 

 強気一辺倒の河嶋さんが、弱音を吐く。

 その38(t)の砲塔側面を、敵弾がかすめていく。

 みんなが、徐々に冷静さを失い、パニックと士気阻喪に陥っていく……。

 

『簡単に近づいてきたぞ』

『追いつかれたぞ!』

『ダメだーっ! ゆれたー』

 

 本当にもう、これで終わりなのか?

 僕はここで、何もできないまま終わるのか。

 

『みんな! 落ち着いてっ!』

 

 そんな絶望感を振り払うように、凛とした声が響いた。

 

『!』

 

 西住先輩だ。先輩はまだ勝負を投げていない。

 そして、先輩は懸命になって檄を飛ばす。

 

『落ち着いて攻撃を続けてください!

 敵も、走りながら撃ってきますから。当たる確率は低いです。

 フラッグ車を叩くことに集中してください。

 いまが、チャンスなんです!

 当てさえすれば、勝つんです。

 あきらめたら、負けなんです!』

 

 絶望を振り払うがごとき、毅然とした言葉。

 こんな先輩は、初めてだ。

 眠れる獅子が、いま、目を覚まし、咆吼をあげる。

 

『あきらめたら……』

『……負け』

『いやもうだめだよゆずちゃーん!』

『大丈夫、だいじょうぶ』

 

 みんな、カラ元気でもでてきたみたいだ。立ち直り始めている。

 あきらめたら、負け。か。

 

「あきらめないこと。そして、逃げ出さないこと」

 

 なんで、そのセリフをここで思い出すんだろうか。

 ……やっぱり、姉妹なんだね。

 いや、流派の教えかな。

 

『……』

 

 また、西住先輩のことばがとぎれる。

 しかし、勇気を振り絞って飛ばした檄が、皆を動かした。

 

『西住殿のいうとおりです』

『そうだよね。あきらめたら負けなんだよね』

『うん』

『華、撃って撃って撃ちまくって!

 ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たるって!

 恋愛だって、そうだもん』

 

 ……あ、当たってない人が……。

 でも、五十鈴先輩はもっととんでもないことをいう。

 

『いいえ、一発でいいはずです』

 

 そして、五十鈴先輩は、毅然とした口調で続ける。

 

『冷泉さん、丘の上へ。

 ……上から狙います』

 

 五十鈴先輩には、何か確信がある。あの、いつか華を生けていたときのように。

 

『稜線射撃は危険だけど、優位に立てる。

 賭けてみましょう』

『はい』

 

 五十鈴先輩の返事には、全く迷いがない。

 

『行くぞ』

 

 冷泉先輩だけは、まったく興奮していない。我を忘れるということがないかのように。

 そして、Ⅳ号だけが丘を登っていく。

 稜線射撃、と西住先輩は表現したが、ハルダウンの稜線射撃とちがって、

姿は丸見えだ。しかも丘の上だから、いい的だ。

 でも、西住先輩はそれに賭けるという。

 

 感じているのは、興奮ではない。むしろ冷静さだ。

 

 あんこうが何をするのか察知したのだろう。ファイアフライが

あんこうの後を追って、丘を登っていく。

 そして、Ⅳ号を視界に捉えたファイアフライは停止し、狙いを定める。

 17ポンドは傲然と火を噴いた。

 

『停車!』

 

 発砲音と同時に、西住先輩が叫んだ。

 横滑りしながら履帯が地面をかき回し、すんでの所で敵弾をかわす。

 Ⅳ号は、その敵弾がうがった穴の上をすべり、ようやく止まる。

 そのままスイッチバックして、敵フラッグの追跡を再開する。

 

 ファイアフライもまた、Ⅳ号を追跡するために、走り始める。

 

『ファイアフライが次の弾を撃ってくるまでが、勝負!』

『わかりました!』

 

 西住先輩も必死だ。

 しかし、僕はなぜか、いまのⅣ号からは闘気のようなものを感じない。静かだ。

 

 ついに、Ⅳ号は丘の縁まできた。

 敵フラッグの走る軌道を見おろす好位置につけて、停止した。

 しかし、敵はⅣ号の前を、真横90度右に向かって、全力で走っている。

 いちばん角速度のある、難しい見越し射撃。

 時間はない。当てられるのか?

 僕は、じりじりとした焦燥感の中にいる。

 ファイアフライが、またもⅣ号の後ろ姿を捉えた。

 一度。一度しかチャンスはない。敵も次は外さない。

 

『華を生けるときのように集中して……』

 

 集中。と五十鈴先輩はいう。しかしそれは、僕からはむしろ「自然体」に思えるのだ。

 いっさいの意識の働きを逆に断ち切り、無念無想のまま手にしたものと一体になる。

 右脳のインスピレーションに、すべてをまかせ、何も考えない。

 

 秋山先輩が、力強く、徹甲弾を装てんする。

 17ポンドからみれば、はるかに薬量が少ないPzgr39徹甲弾の砲口初速は、わずか秒速385m。

 この条件で当てるのは、至難のことだと僕にもわかる。

 貫徹力は、100m垂直でも60mmだったはず。急所にあてないと撃破できない。

 鋳造車体の屈曲部に当たったら、はじかれる。

 

『装てん完了!』

『華さん! おねがい!』

 

 うしろからは、ファイアフライがしっかりと狙いをつけている。

 名射手のオーラが立ち上っているような気がする……。

 しかし、Ⅳ号からは何も感じない。

 

『発射』

 

 五十鈴先輩が、静かにそう告げる。

 その瞳は、何を映しているのか。

 

 その瞬間、2両の戦車が同時に火を噴いた。

 17ポンドの発射の閃光はものすごい。

 

 同時にⅣ号の砲口からも、砲弾が撃ち出される。

 

 ……砲弾は、徐々に放物軌道を描きながら、まるで吸い込まれるように

シャーマンの車体上部、エンジンルームのあたりの、垂直面に、当たった。

 車体から火花が散り、次の瞬間、爆煙が上がる。

 同時に、Ⅳ号の車体後部装甲のど真ん中に、17ポンドが金属音を立てて命中した。

 

 ……判定は……。

 

 敵フラッグからも、あんこうからも、判定装置の白旗が揚がった。

 そして、僕らのフラッグ車、38(t)は、まだ生きている。

 みな、初めてのことに驚愕して声も出ない。

 ただひとり、おケイさんだけがすぐに事態を把握した。

 大洗の勝利。そして、自軍が負けたことを。

 

『大洗女子学園の、勝利!』

 

 アナウンスが響く。

 観客がどよめく。

 

 そして、ようやく僕たちは、我に返った。

 

 

 

 あんこうのみんなが、外に降りて、勝利の喜びを分かち合っている。

 勝ったんだ。僕たちが、四強といわれる、あのサンダースに。信じられない。

 みなが歓声を上げて、西住隊長に駆け寄り、大統領はVサインを掲げる。

 

 まさかが起こった。本当に勝ったんだ……。勝率限りなくゼロの僕たちが。

 

 

 

 

 

 

 観客席の前に集合した車長たちが、試合終了の礼をする。

 ものすごい拍手が、観客席からわき起こる。

 皆が信じられないという顔を、驚きの顔を、しかし拍手と歓呼をおくってくれている。

 

 誰もが認める、超弱小の大洗が、まさかの逆転劇を演じた。

 あざやかな采配で、サンダースを翻弄し、一転、不利に陥っても堪え忍び、

最後に、みごとな一弾で、勝利を手にした大洗女子を、すべての人が賞賛していた。

 そう、敵であったサンダース、とりわけ隊長のおケイさんが。

 

 おケイさんは、まったく屈託というものを感じさせない明朗な態度で、こっちにやってきた。

 

 そしてしばらく西住先輩を見つめ、にいっと笑うといきなり西住先輩を抱きしめた。

 あわあわする西住先輩に、大声で素晴らしい試合だったと褒め称える。

 無線傍受の非を詫びて、西住先輩に最大限の賛辞を送る。

 そして、増援が4両しかなかった理由。

 これは、「道」というものに対する、彼女のケジメだった。

 戦車道は戦争に非ず。彼女はそう言った。

 それでいいのだ、と僕も思う。

 本当に命を張っているのであれば、生き残ることがすべてに優先する。

 結果がよければ、どんな手段をとってもかまわない。たしかにそうだ。

 しかし、戦車道は命のやりとりではない。

 勝つことしか考えない交戦規則よりもはるかに厳格なルールがある。武道としての。

 敵情をつかむのも、その場で冷静に何手も先を読むことも、同等の条件で、自力だけでやる。

 その技量と修練の成果を示す場であり、不撓不屈の精神を示す場が、戦車道の試合。

 他の武道と、何ら変わることはないのだ。

 おケイさんは、僕たちに身をもって道のありようを示し、そして仲間たちの元へ帰った。

 負けてしまった。それも一回戦敗退、しかも相手はこの弱小ぽっと出の大洗。

 そりゃもう、くやしくないわけないだろう。

 だけど彼女は、そんなことおくびにも見せずに、堂々と僕たちを賞賛した。

 ……真に尊敬に値する。いや、こちらです。感謝を捧げるのは。

 

 たぶん、無線傍受は、おケイさんの指示ではない。

 ミニツインテが、だれよりもうなだれていた。

 おケイさんは、何とも名状しがたい表情を浮かべ、彼女の肩に手を置いて、

このときばかりは真面目な声でいった。

 

「反省会するから」

 

 それを聞いたミニツインテさん、選手名簿によるとアリサさんという人が、

すごく情けない顔になっちゃった。

 きっと、とことん総括されるだろう。ご愁傷さま。

 

 反省会……。

 そうだね、あのアリサってひとには、山ほど反省しなきゃいけないことがある。

 

 カンニング云々もそうだけどね。

 まず、隊長に相談もしないで、独断でつっぱしったこと。

 チームを何だと思っているんだろう。

 そして、策士策に溺れて、チーム全体を遊兵にして、

そのあげく自分が孤立して包囲されたこと。いいわけの余地無し。

 その策にしても、西住先輩にすぐ見破られてしまうようなものだった。

 そして、事態を悪くするだけしてから、隊長に救援を求めたこと。

 八九式を発見したときに、ただちに報告していれば、最悪の事態は避けられたかもしれない。

 さらに悪いのが、逃げだした八九式を追いかけてしまったこと。

 本当に1両で僕たちを全滅させる気だったんだろうか。

 フラッグなんだから、最優先すべきことは、姿をくらますことだろうに。

 そのうえ、逃げるときに冷静さを欠いて、味方の方に逃げなかったこと。

 そのせいで本隊に追撃戦の行進間射撃を強いて、効果的な戦いができなかった。

 味方の方角に逃げれば、危機から早く脱出でき、おケイさんたちも待ち伏せができた。

 そして、結果として自分が撃破され、チームを敗北させた。

 

 こうなるともう、おケイさんが本当にかわいそうだ。「無能な働き者」の好例じゃない。

 もしこれから先、高橋先生が彼女をシミュレートすることがあれば、

指揮修正もコマンダー修正も、-100だろう。

 ホウレンソウ。報告、連絡、相談はどこでも大事なことだ。

 

 でも、彼女の敵失のおかげで、僕たちは紙一重の勝利を得ることができた。

 なにしろ、こっちはアヒルさん、僕たち、あんこうの3両を撃破されたのに、

サンダースの損害は、たった2両だ。60%対20%。きわどいにもほどがあった。

 本当に敵の自責点だけで勝ったに等しい。

 もし、アリサさんが自己顕示欲の強くない、謙虚な人物だったら……。

 ……僕たちは確かに敢闘した。しかし、この勝利は、僕たちの実力では決してない。

 

 

 

 おケイさんたちは、飛行機に乗りこむために、縦隊を組んで、戦場から去っていった。

 そして、僕たちも撤収作業を始めたその時。

 

「Fa 223 ドラッヘ……」

 

 ローターの立てる轟音に、空を見上げると、そこには骨董品のヘリが飛んでいた。

 戦時中のドイツで作られた、世界初の量産ヘリ。

 TF-Xや、しょっちゅう事故ることで有名なアレと同じサイドバイサイドローター。

 この方式で成功したのは、こいつだけ。それだけ左右の同調が難しい。

 胴体にはハーケンクロイツに「黒森峰」の白抜き文字。

 ……そうか、あの人たちも来たんだな。

 

 このとき、あんこうでは大変なことになっていたんだけど、僕たちはまったく知らなかった。

 

 

 

 ドラッヘといれかわりに、今度はいまどきのヘリコプターが、なじみのあるガスタービンの

爆音を立てて、ドラッヘのいた駐機スペースに着陸した。

 新聞社がパイロットごとリースしてる報道ヘリだ。

 サイドドアが開くと、まだエンジンが回っている機体から記者やカメラマン、

報道アナウンサーと、ビデオカメラをもったスタッフが、急ぎ足でこっちに向かってくる。

 彼らは、もとからいた制作スタッフの人たちと合流して、生徒会三役や大会役員らに

取材をしているようだ。

 来たのが1社だけってことは、前からいたスタッフさんたちがつきあいのある人たちだけに

教えてあげたってことかもしれない。

 カメラマンが写真を撮るというので、僕たちは戦車から離れる。

 肖像権でもめることが多いので、最近は必要最小限の人物しか撮影しない。

 

「えー、別にとってもらってもいいのに~」

「いやあ、そんな大きな記事にならないと思う。

 いいとこ、会長の顔写真ぐらいじゃないかなあ」

 

 僕はそう思った。西住先輩は、たぶん顔写真でも固辞するだろうな。

 この人たちは、全国紙や在京キー局の人じゃなく、茨城県の地方マスコミのスタッフだろう。

 むしろ、よく高校生大会なんかの第一回戦ごときを取材するものだなと思う。

 

 日も暮れて、戦車たちはトレーラーに、僕らはバスに乗って名古屋沖で待つ大洗艦へむかう。

 そのときになって、みんなは、もーやだ先輩と冷泉先輩がいないことに気がついた。

 

「冷泉のお祖母様が倒れたので、冷泉には先に大洗町に帰ってもらった。

 武部につきそってもらっている」

 

 大統領が説明したのは、それだけだった。

 冷泉先輩の身寄りは、お祖母様だけで、学園艦ではなく大洗町の方に住んでいるそうだ。

 大事にならなければいいんだけど……。

 

 

 

 大洗艦は夜8時には出航し、翌朝早くには大洗港に入港した。

 

 まず、あんこうの残り3人は、身支度を調えると、冷泉さんのお祖母様が入院している、

水戸にある大きな病院へ向かった。

 お祖母様はもう、自分で起き上がることができるらしい。

 

 次に、くだんの取材陣は、ローカル紙や局じゃなく、全国最大手だった。

 それも地方版だけじゃなく、三面記事や全国の朝のニュースですこしだけ報じられた。

 

 学園艦には夏とはいっても、部活合宿や学園艦居住者、受験の補習などで生徒の半数は

乗り込んだままだ。学校自体も開いている。それに教職員は通常どおり出勤してくる。

 戦車道とはかかわっていない生徒たちは、戦車隊がなにかしでかしたらしい。だけど、

親に聞かれても意味が全然わからない。というわけで、僕たちはあっちこっちで、

なんやかやと説明に追われた。

 

「うーん。わかりやすくいうと、今年できたばかりの野球部が、夏の甲子園で一回戦突破。

 しかもその相手はベスト4入り確実の強豪だった。という話です」

 

 部活の人でなければ、話を聞くためだけに学校にきた皆さんに、僕はそう話す。

 そういえば親御さんたちにも伝わるんじゃないかな。

 

 と、思っていたら、なんかものすごい騒ぎになってしまった。

 運動部でも地区大会レベル、インハイいっても必ず負ける、文化部の入賞は県レベルでも

無理という学校だったから。気を吐いていたのは自動車部だけだけど、高校生の競争相手が

いなかったから、話題になりづらかった。

 

 そしてなんとも手回しのいいことに、生徒会新聞の号外が出た。

 紙版と電子版で。

 河嶋さんも、仕事できるんだなあ。と思って読んでみると、どうもあらかじめ作ってあった

としか思えない文章だ。

「私の作戦で勝った」とか、堂々と書いてるし。会長談話は実際を踏まえた内容ではない。

 経過のところだけつぎたして、朝から刷っていたんだろう。

 勝ちありきで、記事を作っていたんかい。

 

 でもまあ、この騒ぎは1日だけだった。

 そりゃみんな、次もフロックはないと思うよね。

 しかし、僕らの注目度は、学内では少し上がった。

 

 そして……。

 ……大洗町では、商工会の皆さんが盛り上がり、町役場では町おこしの緊急会議が開かれ、

茨城県庁では、電話が殺到して、初めて何があったか知った。

 

 大洗女子のHPのアクセスはすこしずつ伸び、全国いろいろなところから、徐々にメールが

送られてくるようになった。

 

 

 

 こうして、僕らというチョウチョが羽ばたいて、そしてどこかで風が吹き始めた。

 

 

 

 

 

 

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