失われた約束の地   作:米山ともき

29 / 80
 Where's Johnny?

 

 

 戦車道、「乙女のたしなみ」とされる武道。

 試合のたびにいろいろ盛大にこわしまくるので、認知度自体は高い競技だけど、

実際の競技人口は多くない。

 戦車は買うのも維持にもお金がかかり、個人レベルでできるものではない。

 だから、有名なマイナー競技。という変な立ち位置。

 ある意味、プロレスと似ているかもしれない。それも女子プロレス。

 デンジャラスなんだけど、死なない程度に手加減しているというのもわりと似てるかも。

 プロリーグができないのも、半分は経費、半分はファンの数だろう。

 また、優秀選手のほとんどが別な意味のプロ、機甲科やぼー大に進むことも関係がある。

 戦車道もスター選手が出れば人気が出るかもしれない。あと、スーパーヒールも。

 でも、選手はみんな鉄の箱の中で戦うから、個人の人気は出にくい。

 そして、強い戦車が順当に勝っちゃうから、判官びいきの日本人の心に訴えるものはない。

 大戦期のドイツ軍(ただし、ブンデスベーアとヴァッフェンSS限定)が人気があるのは、

数で劣勢なのに、けなげにしぶとく戦い続けたからだ。そういうのは日本だけだけど。

 西住流や黒森峰は、物量で押しつぶすというイメージがあり、ヒールの印象が強い。

 

 そんなわけで、全国高校生大会も「どうせ黒森峰とプラウダのヒール合戦だろ」って感じで、

戦車道自体が好きという人以外からは、あまり注目されない。

 この辺は、強さを尊ぶ諸外国とのちがいかもしれない。

 たしかに、アメリカではヒールは弱い卑怯者に徹する。

 でも、日本で弱い奴がヒールになって負け続ければ、ヒールでいられなくなるかもしれない。

 強さを売りにする外国のタレントでも、知日家ならば、日本に来たときは人間くささや

親しみやすさをアピールする。

「あんな強面な人が、実は意外とおちゃめなんだね」というのが、この国ではうけるようだ。

 

 そうしうわけで、物量主義者丸出しで、金持ち学校のサンダース大付属高が、まったく真逆の

大洗女子戦車隊に足をすくわれたことに、溜飲をさげた人もいないわけではない。

 また、去年の大災害からいまだ立ち直ったと言えない地元では、久しぶりの明るいニュースと

して、喜んでもらえたみたいだ。

 しかし、まだまだこの国の多くの人たちにとっては、聞いたらすぐ忘れるレベルの、ささいな

できごとでしかなかった。

 

 

 

 第一回戦をかろうじて首の皮一枚で突破した僕たち、大洗女子の次の対戦相手は、

愛知県のアンツィオ高校。くだんのマジノを下して第二回戦に進出した。

 校名からしてイタリアンだけど、明治のころイタリア人の貧乏商人が、おんぼろの帆船を買って

学園艦にしたのが始まりだそうだ。

「日本初の学園艦」を名乗るが、江戸幕府も学園艦を作っていたことが明らかになっているので、

正確にはあたまに「外国人が建学した」がつく。

 いまは、フラットトップの学園艦だけど、あいかわらず貧乏な学校だそうだ。

 

 戦車隊の隊長は、安斉千代美と言う人。

 戦車道を盛り上げるために、わざわざ招かれた人だという。

 貧乏人の苦労人で料理好きということからか、大統領と懇意にしてる。

 というか、生徒会ぐるみで戦車道はじめる前から、つきあいがある。

 大統領も「ちょび子と戦うなんて、奇遇だね」といっている。

 ただし、勢いに乗せると大統領も手のつけられない暴走特急になるらしい。

 小山さんでさえ、調子に乗られるとどーにもならないと言ってる。

 つまり「静」の西住先輩対、「動」の安斉さんというところか。

 

 もっとも、うちには暴走特急ぶりでは、引けを取らない人がいる……。

 ……どうやら今回もやらかしたみたいだ。

 今回は勝手に出かけて、たらふく食べて帰ってきた。秋山先輩は。

 ……ちなみに、おみやげは、なし。

 

 

 

 というわけで、西住先輩は、アンツィオの新戦車の原語で書かれた本を持って、イタリア語や

ラテン語の読める、カエサルこと鈴木貴子さんの住まい、歴女組のシェアハウスに行ってきた。

 安斎さんが「三度のおやつを二度にして」買いこんだ戦車は、P40という自称重戦車。

 実質はおケイさんのシャーマンぐらいの戦車だった。

 だったら、おやつを全部我慢したら、何が買えるんだろう。

 もっとも、イタリア製の砲は一流だ。

 たとえばOTOメララ社は、いまでも優秀砲を輩出する、ラインメタルやクルップに

引けを取らない名門だ。

 この戦車を作ったアンサルド社も、重工業の老舗で、飛行機も軍艦も作った。

 いまでもいくつかの製造メーカーが、アンサルドの名をうけついでいる。

 P40っていうと僕なんかは、アメリカのカーチスP40戦闘機を思い浮かべるけど、

こいつの「P」はイタリア語の「重」の頭文字で、40というのは1940年度計画ということ。

 なんとものんびりしたことに、2年後の1942年いっぱいまでかかって、仕様の全然違う

試作車5両を作って、やっと21両完成したところで南部イタリアの皆さんの長年のレジスタンス

が実を結んでイタリア降伏、ムッソリーニ逃亡。

 P40は、北部イタリアを制圧したドイツ軍がパーツを接収し、ドイツの手によって60両が

完成。40両はエンジンのないドンガラとして、トーチカにされた。

 ドイツの手によって作られた完成車とドンガラは、よりによってグスタフ・ラインの戦いに

加わって、アメリカ陸軍史上最強といわれる日系人部隊、あの442連と戦っている。

 皮肉な話よね。

 安斉さんが手に入れたというのも、たぶん北部イタリアで戦った生き残りだろう。

 

 P40の前面装甲は、50mm厚の45度傾斜。中戦車ならよい部類。だけど鋲留め。

 T-34ショックで、設計変更したんだそうだ。

 これに通用するのは、カバさんのStuk40、48口径75mmだけだそうだ。

 主砲は34口径75mm、リーと同じでAPCBCしかないけど、威力はリーのM2の2割増し。

 強豪と戦うには心細い戦車だけど、僕たちにとっては無敵っぽい戦車だ。

 しかも、こいつが隊長車兼フラッグ車になるらしい。

 隊長が突撃番長だと、こういうことになるらしい。

 

 他に判明している戦力はセモベンテM41という突撃砲が3両。

 対マジノ戦では、P40のかわりにこれが1両多く出撃した。

 前面装甲は垂直50mm。主砲は固定式18口径75mm砲。

 だけど、この砲は「切り株」のくせに、リーの主砲の9割程度の威力がある。

 第一回戦では安斎さんがマジノのフラッグ、B1bisに特攻をしかけ、肉薄射撃で倒した。

 このときも、安斎さんはフラッグやってた。

 無茶をしないと死んでしまうんだろうか。

 

 ここまででとりあえず4両。

 のこりの6両は、タンケッテ(豆戦車)。

 CV(カルロ・ヴェローチェ)33という、機銃2丁だけ積んだ、八九より弱装甲の戦車。

 オリジナルは昭和ヒトケタのくせに、40km/h出たから、速い部類なんだろう。

 ……だが、どうせ更にいじっているに決まってる。フィアットのエンジンだし。

 はっきりいってしまえば、標的にしかならない戦車だけど、だからこそ、陽動+いやがらせ

要員として活躍するらしい。

 タンケッテラリーには、ここのOGもよく出てくる。

 みんなは、モータースポーツに興味はないから知らないみたいだけど……。

 

「あそこのラリーストは、伝説のドライバーに指導されてる精鋭部隊なんだよ」

 

 もちろんナカジマさんは知っていた。

 サファリラリーの装軌車部門で、数年前から上位で完走している日本人ドライバーがいる。

 そのラリーストはアンツィオのOGだ。

 10年前にアメリカの伝説のドライバーとトレーナーが、彼女たちの期を指導していて、

それ以来、アンツィオのタンケッテラリーは長足の進歩をとげたという。

 トレーナーの方は、このときで50をすぎたベテランだったが、仰天ものの技を教えていき、

いまでもアンツィオチームの伝承技として使われているとか。

 その「足」を生かしてちょこまかといやがらせをするものだから、おとりに、おちょくりにと

大活躍する。ぐるぐるまわって機銃を撃ち続けるから、うるさくてしかたないらしい。

 

 古くからの戦車道参入校なので、全国大会は指定席だけど、某チハと同じくいつも一回戦敗退だったので、安斉さんがスカウトされた。

 そして「第一回戦突破」をめざしててこ入れを続け、3年目の今年になって悲願達成。

 相手が僕たちで、新型戦車も手に入れたので、第二回戦も突破してやろうと意気込んでいる。

 

 逆に言えば、僕たちにもチャンスがあるということだ。

 はっきりいえば、フラッグのP40ただ1両を倒せばいいのだから、対P40戦術ができればOK。

 

 

 

 この日、リーのエンジンの吹けが悪いのが気になった僕は、最初にエアクリーナーを見て、

まだ詰まっていなかったので、キャブを外して、車内でクリーニングしていた。

 

「やれやれだわあ。もうお昼だわ……」

 

 フロートが固着寸前だわ。

 これじゃ、混合気が濃くなりすぎる。

 

 いまは、当時に比べればケミカルもいいし、ゴムパッキンは当時のものなんか劣化して

使えないから、ただし書きを適用して、新品のゴムで作っている。

 さすがにキャブレターは1つしかないから、僕でもなんとかなる。

 航空機用エンジンなら、さんざんさわっているしね。

 これが複数キャブなら、ちゃんと同調まで取らないとならず、自動車部の機材が必要になる。

 でも、戦車で星形は、エンジン外さないとスパークプラグの交換ができない。

 飛行機なら、カウリング外せばすむけど。

 

 アメリカも日本も、戦時中は液冷エンジンのいいのが作れず、

多気筒化は星形でしかできなかった。

 アリソンとカワサキが水冷大好きだったけど、好きだからいいものが作れるとはかぎらない。

 まあ、カワサキはバイクでは、逆に最後まで空冷にこだわったけど。 

 水冷の優秀作は、ロールスロイスとダイムラー・ベンツ。

 前面投影面積の小さな水冷V型は、それだけで速い機体が作れる。

 堀越技師が、ロールスロイスのマーリンエンジンをうらやましがったのは、雷電作ったとき。

 P-51マスタングが傑作になれたのも、マーリンのおかげ。

 ある小説で、マーリンを有名な魔導師と思っているのがあったけど、実際は鳥の名前。

 しかし、聖グロの戦車でロールスロイスのエンジンを使っているのはないなあ。

 わかるのはいまでも2階建てバスを作ってるAECだけだなあ。

 

 そういえば、ドイツ戦車もマイバッハ・フリードリヒハーフェンの、ほぼ独占だね。

 さすがのポルシェおじさんも、戦車のエンジンで採用されたのはひとつもない。

 ……と、思っていた。

 レオパルド系列は、設計がポルシェ工房だから、戦車作ったらいいものができたんじゃないか

と、思っていた……。アレとかアレとかを見るまでは。

 でも、マイバッハ氏はダイムラー氏、ベンツ氏といっしょに自動車というものを発明した

人だからしゃーないよね。

 いまはダイムラー系列のウルトラ最高級車の名前だけど。マイバッハは。

 このころ、バイエルン発動機だったBMWは、自動車屋ではなく飛行機のエンジン屋だった。

 今のBMWのエンブレムは、回るプロペラを表している。

 

 しかし、このライト・サイクロン9気筒は、たぶん他にも問題がありそうだ。

 自動車部がファインチューンしたときも、焼き付きかかってたから、スリーブを新品に

交換するときに、メッキしなおした。

 クランクも動きが悪かったから、バランス取りをきっちりやった。

 ピストンリングも、自動車部の作った自家製だし、ベアリングも全部今どきのもの。

 全部ポート研磨したし、バルブまわりも全部リファインした。

 でも、なんかふけが悪くて、立ち上がりが悪い。

 潤滑系かなあ……。

 

「2回戦、この戦車で勝てるのかな……」

 

 戦車の外から、つぶやく声がした。

 西住先輩だ。

 もうお昼なのに、何をしに来たんだろう。

 

「西住殿?」

 

 さらに入り口から、張りのある声がする。

 秋山先輩だ。

 最初のころは、こんな元気にはきはきした物言いをする人だとは思ってなかった。

「第一印象は七度ついて回る」の例外だなあ。このひとは。

 そして、今度はもーやだ先輩と五十鈴先輩まで手弁当でやってきた。

 ふたりは、西住先輩がどこにもいないので、戦車倉庫だろうと思ってきたようだ。

 正解です。

 ある意味では、あんこうチームの唯一の常識人のもーやだ先輩は、

西住先輩の分までパン類を買ってきた。

 

「秋山さんも、ここでお弁当ですか?」

 

 五十鈴先輩も、お弁当なんですね。恐ろしくて考えたくない分量の。

 それじゃあみんなで食べようか。と、もーやだ先輩がいうと、Ⅳ号の方から……。

 

「私にも分けてくれ」

 

 この抑揚のない声は、とーぜん冷泉先輩だ。

 どーしてここにと聞かれた冷泉先輩は、ことばだけは格好良く「自主的に休養」、

つまり、ざっくりいうなら授業をエスケープして寝ていたと答える。

 さっそくもーやだ先輩に、お祖母様にいいつけると叱られた。

 どうも、冷泉先輩の弱点は、お祖母様のようだ。

 まあ、五十鈴先輩もいるから、もーやだ先輩がひとりでシェアしなくてもいいわよね。

 ……うーん。僕も腹減ったけど、出て行くわけにも行かない……・。

 

 

 

 先輩の皆さんは、だべりながら楽しくお昼している。

 僕は、ひとりでじっと空腹に耐えている。車内には、ケミカルのにおいしかしない。

 そして自然と話題は、サンダース附属に勝った、先の試合の話になる。

 西住先輩にとっては、ギリギリ勝っただけで、納得いく勝利とは言えないみたい。

 だって、A級戦犯のアリサさんの大活躍のおかげだもん。

 でも、勝利は勝利だと力説する秋山先輩に、西住先輩は、きまりわるそうにこう言う。

 

「そう……だよね。勝たないと、意味がないんだよね」

 

 なんか、西住先輩の声のトーンが、さがってる。

 でも、こんどは「勝ちは勝ち」と言った秋山先輩が、疑問を投げる。

 

「ん、そうですか?

 楽しかったじゃないですか」

 

 うん、心情的にはよくわかる。

 むろん、秋山先輩は、西住先輩がどんな気持ちでそういったのかわかっているんだ。

 サンダース戦も、聖グロ戦も、練習も、帰りの寄り道も全部楽しいじゃない。という。

 もーやだ先輩が、知ってか知らずか、それにあわせて自分も戦車に乗るのが楽しいといった。

 西住先輩は、それで何かに気がついたようだ。

 

「……そういえば、私も楽しいと思った。

 まえはずっと、『勝たなきゃ』って思ってばっかりだったのに。

 だから負けたときに、戦車から逃げたくなって……」

 

 え?

「戦車から」「逃げたくなって」だって? 「負けた」から……。

 だから、戦車道のなかった大洗に来た?

 僕は、今まで見たことと会わせて、何か違和感を感じた。

 正確には、僕は知らず知らずのうちに、偏見でものを見てたんじゃないだろうか。

 

 ――あの「事件」の印象から。

 

 秋山先輩が、いよいよ本題に入る。

 例の「エクレール」での邂逅にからんだ話だ。

 

「私、あの試合、テレビで見てました!」

「あっ」

 

 うん、僕にもわかっていたことだった。

 去年の第62回全国大会の、黒森峰対プラウダの決勝戦のこと。

 ……だれも幸せにしない、悲劇のこと。

 

 あのとき、黒森峰のもう1両のティーガーを、副隊長としてあずかる西住先輩は、

隊長のお姉さんと分かれて、1隊を引きつれて、分進合撃か、奇襲攻撃をねらっていた。

 戦車1両がやっと通れる、崖っぷちの隘路を走っていたことからすれば、予想のうらをかく

奇襲を狙っていたんだと思う。

 おりしもその日は大雨で、車体から身を乗り出して周囲を観察していたのは、西住先輩だけ。

 あとは皆、クラッペやペリスコープからかぎられた視界を見ていたか、砲手や装てん手は

まったく周囲を見ていないか。

 見ていたものも、雨のせいで視界が悪い上に、水滴がさらに外を見づらくしているだろう。

 

 しかし、おそらく西住先輩という黒森峰の規格から外れた指揮官を脅威に感じていただろう

プラウダ高校では、西住先輩の作戦を研究していたにちがいない。

 どういう結論からか、プラウダは西住先輩たちの進撃路を割り出し、重戦車を中核とする

打撃部隊を抽出編成して、先輩にぶつけてきた。

 

 そして、砲撃戦が突然始まった。

 西住先輩が対処行動を取れないうちに、列の先頭を走るⅢ号戦車が砲火を浴びた。

 もし、このときこのⅢ号が撃破されたのなら、まだよかったかもしれない。

 

 敵弾は至近弾となり、Ⅲ号の向きを、左を流れる川の方に向けさせた。

 さらにもう1発の至近弾が、Ⅲ号を川に突き飛ばした。

 Ⅲ号は、急な傾斜のついた斜面を、のぼろうと体制を立て直しながら、しかし重力に勝てず、

大雨で増水した深い川に落ちていった。そしてⅢ号は、砲身を上に向けてみるみる沈んでいく。

 

「西住殿は、戦列を離れて、助けに向かったんですよね」

 

 そう。西住先輩は、その時我を忘れて、乗車を捨ててガケを下り、川に飛びこんだ。

 

「でも、私の戦車はフラッグ車だったから、そのせいで、撃たれて負けて……」

 

 それが、最大の問題だったんだ。

 フラッグ車も、西住先輩の隊も、西住先輩の指揮を受けられなくなって立ち往生した。

 とっさにうしろにいた別のⅢ号が、登り斜面を超えてティーガーの前に出ようとしたけど、

間に合わなかった……。

 西住先輩は、強い流れに逆らって沈没地点の上まで泳ぐと、迷わず潜水し、

Ⅲ号のハッチを開いて、乗員全てを戦車から脱出させた。

 

「十連覇、できなかった……」

 

 そういう西住先輩の声は沈痛だった。

 もしかしたら、人一倍そのことに、責任を痛感しているのかもしれない。

 そう、キーパーの不在のゴールにたたき込まれたシュートが、決勝点になってしまった。

 ……だけど、これはそれだけの話なんだろうか。

 

「私は、西住殿の判断は間違ってなかったと思います。前にもいいましたけど……」

 

 そう、秋山先輩は「ルクレール」でもそういった。

 これは、究極の選択なんだ。

 

「助けに来てもらった選手の人たちは、西住殿に感謝していると思いますよ」

 

 それはまぎれもない事実だ。

 だって、あそこでその人たちを助けることができたのは、西住先輩ただ一人なんだから。

 他には誰も気がついてなかった。

 テレビ中継のカメラさえ、キューポラから身を乗り出す西住先輩をずっと映していた。

 プラウダだって、Ⅲ号が川に転落したと気がつかなかったから、攻撃を続けたんだ。

 ……つまり、西住先輩が助けに行かなかったら、まちがいなく5人とも亡くなってた。

 Ⅲ号があっという間に沈んでるってことは、すごい勢いで空気が出ていってるってことだ。

 10万トンの航空母艦だろうが、この大洗艦だろうが、浸水しないから浮いてるんだ。

 あのタイタニックだって、沈むのにどれだけ時間がかかったか。それでも大勢の犠牲が出た。

 そして、あんなに力強く泳いだり、急流の中すばやく潜水したりなんで、僕でもむずかしい。

 ……体脂肪率一桁の僕は、沈んだら最後浮いてこないけど。

 とにかく、西住先輩は、自分なら助けられると確信して行動してもいる。

 だったらもう、それしか選択肢はないじゃないか。

 

 でも、今度は、戦いを放棄したから負けた。それも十連覇がかかった戦いを。という事実が

西住先輩をさいなんだ。

 Elle çaさんがいうには、西住流は「勝利絶対」をドグマティックに教育するという。

 西住一族直系のものが負けることは、戒律破りの背教行為以外の何者でもない。

 まして、十連覇がかかった戦いだ。

 もしかしたら西住先輩は、苦しみながら戦っていても、試合では無敗だったのかもしれない。

 なら、この負けは、今までの自分自身を自分で否定したことになる。

 西住の家にドロを塗り、反西住派を勢いづかせ、一族の罪人になってしまった。

 もうこれじゃ、救われようなんかないじゃないか。

 

 やっとさっきの違和感の正体がわかった。

 西住先輩は、迫害されて追いだされたんじゃない。

 自ら、逃げ出すことを選んでしまったんだ。

 戦車から、黒森峰から、西住の家から。

 

 そう考えれば、あの「ルクレール」でのやりとりも、納得がいく。

 逸見という人は「副隊長」と声をかけた。

 この人が責めていたのは、西住先輩が副隊長を放りだして、黒森峰を捨てたことなんだ。

 姉の西住まほは、戦車道から逃げたことを怒っているんだ。

 もちろん、西住先輩に対する迫害や白眼視がなかったといえば、ウソになるだろう。

 だけど、この二人は、負けたことを責めていたわけじゃなかった。

 西住先輩が自分でさっきいったとおり「負けた自分が重荷になって、戦車道から逃げ出した」

ということが許せなかったんだ。お前はそこまで情けない奴だったのか、と悲しかったんだ。

 期待していたのに。と……。

 むろん、赤の他人がいる前で、そんな内心の想いなんて、とうてい言えることではない。

 

「戦車道の道は、ひとつじゃないですよね」

 

 五十鈴先輩は、自らも道を極めようという求道者だ。

 もちろん彼女が追求するのは勝ち負けじゃない。表現のすばらしさだ。

 おそらく、偏狭な教条主義は、五十鈴先輩の一番嫌うところだろう。

 

「そうそう。私たちが歩いた道が戦車道になるんだよ!」

 

 もーやだ先輩は、何もわかってないもかもしれないけど、素人と達人は、同じような結論を

持っていることが多い。

 それは、野心、虚栄心、自己顕示欲といったものを初めから持っていないものか、

逆に修行の末に断じ尽くしたものだから、同じものを見ているのかもしれない。

 そしてたぶん、この言は正しい。僕はそう思う。

 

 

 

 そしてさらに、対アンツィオのための演習はつづく。

 河嶋さんが「勝ったからといって気を抜いてはいかん。次も絶対に勝ち抜くのだ。

いいな。腰抜けども」なんて利いた風な訓示を垂れる。河嶋さんが……。

 しかしみんな、なんかすごく意気軒昂だ。というか燃えている。

 どーしてここまでポジティブなのかな。すこしわけてほしい。

 

 というのは、とてもショックなことがゆうべにあったから。

 

 夕食のあとに歯をみがいていたら、なんかあごのあたりに違和感が……。

 ……よく鏡を見ると、あごにうぶ毛よりもたくましい毛が……。

 

 ――これって! 「ヒゲ」とゆーやつじゃないですかぁ!!

 ぎゃー! もう耐えられない。

 自分では乙女のつもりの僕が、じっちゃんみたいになるなんてー。

 ……

 

 

 

「お前の場合は完全に爺さん似だな。確実にダルマヒゲになる」

 

 高橋先生。淡々と死刑宣告しないでくださいよ。

 いやだー、いやだー、ヒゲは嫌だ。

 まるで、男みたいじゃないか。ただでさえ男みたいな身体がいやなのにぃー。

 

「まあ、生えてしまったものは仕方がない。これでも使え」

 

 そういって先生が取り出したのは、経便カミソリでも、5枚刃でも、シェーバーでもない。

 専門家用のかみそりだ。

 

「あのー。ヒゲって剃ると濃くなるのでは……」

「お前の場合は、剃らなくとも濃くなる」

 

 あああああ。なにかが終わってしまうぅぅぅううう。

 

 もらったカミソリを眺めてみる。

 古風な紙の箱に入った、年季の入っているもの。

 大昔は、誰も彼もこういうのでヒゲを剃った。

 カミソリって刃物は、他の刃物と使い方がちがう。

 ほとんどの刃物は、刃渡り方向に引いて使う。カミソリは刃渡りと直角に押して使う。

 横に引いたら、すぱっと切れちゃう。

 

「ゾーリンゲン、メイド イン ジャーマニーはいいとして、この'39が気になるな」

 

 いくらなんでも、2039年製ってことはない。

 カミソリのホルダーも、いまではお目にかかれないポリエチレンじゃない合成樹脂。

 つまりこいつは、1939年製。カメさんやあんこうと同い年ってわけですか。

 東西分裂前のドイツ製品。どおりで減っている。

 牛革のカミソリ研ぎですってから、ヒゲに当ててみる。

 刃物の扱いは慣れてるから、できるとは想う。

 ゾーリンゲンだから、さわっただけで切れるのか、と想ったけどそうじゃない。

 かりっと削るような抵抗感がある。

 それできれいに剃れている。もうヒゲは皮膚にもぐって見えない。

 

 だからといって落ち込むネタがふえたことに変わりはなーい。

 しくしくしくしく……。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 そして、また朝がきて、僕は学校に行く。戦車に乗るために。

 今日はまず、徒渉訓練からー。

 

 渡河するときは、戦車のエアクリーナーが水に浸かったらアウト。

 マフラーの方は、排気ガスが出っぱなしだから別にいいの。

 もう、これからとことん「女の子」ってことを意識するわっ!

 これ以上男になったら、アタマがおかしうなるわ。

 

 そんなわけで、目のまえの川が、自分の戦車で渡れるのかどうか、それが重要。

 でも、車体の方の「ハコ」だって、水密構造じゃないから。潜水戦車は別として。

 あまり長い間、じゃぶじゃぶやってるわけにはいかない。

 だから、未知の川に出くわしたら、歩いて偵察にいって安全なルートを見つけることが必須。

 

 学園艦の演習場の模擬河川ではそういうことはしなくていいの。

 川に入った戦車の挙動を覚えることが目的になる。

 

 つらいのはカメさんだわ。

 小山さんの座る操縦席の前のクラッペは、もう水浸し。

 あとで水抜きが大変よねー。

 

 今度は、僕たちの番。

 実は、渡河は僕らにとって鬼門なの。

 操縦席が高いリーの場合、進行方向の先がどうなってるのか、水の反射でわかりにくいの。

 だからよく、根にひっかかったり、大きな岩でいきなりエンストしたりする。

 この日も、何回か止まったり、エンストしたりで、リカバリーで苦労した。

 

 そして、西住先輩は、目標をP40を倒すことと、いやがらせに徹するCV33の対策と決めた。

 あ、また僕、女の子らしくなくなってるわね。

 ……で、P40対策だけど。担当はカバさんⅢ突ってことになったわけ。

 CV33は、どーやって追っ払うかなんだけど。

 そこで、西住先輩は、仮想敵を作ることにしたの。

 

 P40役は、消去法であんこう。

 CV33役は、ドラテクナンバーワンの八九式。

 そして……。

 

 ……Ⅳ号にはひらがなで「ぴよぴよ」と、八九には白ペンキで「かるろべろーちぇ」って

書かれたの。

 う……か、かわいらしくていいと想うわっ。

 

 カバさんとあんこうが、1,500mはなれて向かい合う。

 この距離なら、一方的に「ぴよぴよ」を倒せるらしい。

 しかし、カバさんにそんな遠距離射撃は無理だった。

 五十鈴先輩は、危害を与えない演習弾を、切り株砲であっさり当ててみせるのに。

 

 そのまわりでは、カメさんが「かるろべろーちぇ」と鬼ごっこしてる。

 なんか不安だけど、今回は何とかなるんじゃないだろうか。

 というかもう、今回は隊長車同士がデュエルすることになりそうだし、

そんなら、あんこうチームの方が有利な気がする。

 

 そして、この日の演習が終わった。

 あいかわらず、解散の音頭とかは、隊長じゃない河嶋さんがやってる……。

 

 もーやだ先輩は、戦車に乗りだしてからやせたといってるが、僕にはむしろ

腰回りにお肉がついたような気がするわ。……うらやましいです。

 冷泉先輩は、低血圧が改善したとかいってるけど、単に早く寝るようになったのでは。

 西住先輩は「戦車乗りは血の気が多い」とか、さらっといってる。

 

 だけどこの日は、それで終わらなかった。

 まず、河嶋さんが先輩に戦術会議にこいという。

 小山さんは、交換部品のリストを作るの手伝えという。

 佐々木さんは、照準をもっと早く合わせるにはどうすればと聞く。

 十分以上に速いと思うけど……。

 河西さんが、どうしてもカーブがうまく曲がれないという。

 シャーマンのクレトラの動きに、失敗操縦装置の日本戦車でついて行ける人に

操縦苦手な西住先輩が何を教えろと。

 砂漠の狐のコスプレの松本さんが、躍進射撃の時間短縮をしたいという。

 ストップアンドゴーの練習だから、全員の練度と連携を強化するしかないわよ。

 六文銭の杉山さんは、おしりがこすれていたいって。

 女の子には大事なことだわ。おしりの皮が厚くなったらたいへん。

 梓ちゃんは、戦車にクーラーつけられないかと無茶をいう。

 そりゃ、エアコンの発明は1906年だからかまわないけど、室外機をどうやってつけるの。

 

「先輩ぃー。戦車の話をすると、男友達が引いちゃうんですー」

「私は彼氏に逃げられました」

 

 あやちゃん。それはね、バー○ーやリ○ちゃん人形の話をするのとおなじだわ。

 世論調査では、「戦車は軟弱だから嫌い」と「興味はない」をあわせれば、

全男性の98%以上になるのだから。

 むしろ着せ替え人形の収集家の方がまだ理解される。

 優希ちゃん。彼氏に逃げられたのは戦車の……やめとくわ。かわいそう。

 

 そんなにいっぺんに詰め寄られて困り顔の西住先輩を助けたのは、やっぱりお仲間だった。

 メカニカルのことは秋山先輩だ。

 事務仕事は、五十鈴先輩が名乗りでる。

 操縦は当然冷泉先輩。

 恋愛関係は……。

 

 でも、もーやだ先輩は、西住先輩に「一人でがんばらなくてもいいんだからね」という。

 みんな、あの話を聞いてから、西住先輩への接し方をよく考えるようになってきている。

 角谷大統領は西住先輩のことを「報われない英雄」っていったけど、

これからは、そうではなくなると信じたい。

 

 といっても……。

 秋山先輩は歴女の皆さんと戦車話に興じてるだけだし、

冷泉先輩は、マニュアルに書いてあるとおりにするだけという。

 人間デジカメでデジタルデータをアナログコンバートしなくても運動中枢に送れるうえに、

視界にマルチディスプレイを持ってて、検索速度もスパコン並みの冷泉先輩は、

ただひとつ、人に教えるということができない。

 山下画伯が「景色をそのまんま書き写すだけ」というのといっしょだわ。

 そして、もーやだ先輩は、ウサギのみんなに逆に慰められてる……。

 

 結局、お役に立ててるのは、五十鈴先輩だけだったみたい。

 書類を調べていたら、まだどこかに戦車が眠っていることが判明したんだって。

 

 

 

 そして、次の日も、僕は吹けきってないリーのエンジンと格闘していた。

 きょうは、ナカジマさんほか、スズキさん、ホシノさん、ツチヤさんにも来てもらった。

 ツチヤさんといっても、例の豆腐屋さんのラリー仲間じゃない。

 

 そして、この日はみんな、戦車を探しに捜索に出ていった。

 

 

 

 

 






  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。