2011年夏。第62回戦車道全国高校生大会決勝戦。
その日は、激しい雨が降っていた。
黒森峰女学園の戦車隊は、二手に分かれて進撃中だった。
この試合、フラッグ車と指定された戦車を撃破(判定)した側の勝利である。
黒森峰のフラッグは、一年兵の西住みほの座乗するⅥ号戦車E型ティーガーに
かかげられていた。
いま、みほの隊は、大きな川の岸壁の崖っぷちの狭い道を進撃していた。
そこに、対戦相手のプラウダ高校の主戦力が出現。砲撃戦が始まった。
プラウダ重戦車の砲撃は、みほの前にいた露払いのⅢ号戦車の足元を崩した。
さらに一発の至近弾を受けたⅢ号は、崖から転落する――
――かに見えた。
Ⅲ号は、崖の途中の出っ張りに引っかかり、一瞬停止した。
車長の赤星が叫んだ。
「エンジンが焼きついても構わん! ギア1速アクセル全開!」
Ⅲ号は、履帯が激しく空転し、崖を削りながら、それでも少しずつ崖をよじ登った。
「うおりゃあああぁぁぁ! 根性みせろ―――!!」
赤星の叫びに応えるように、Ⅲ号はついに崖をよじ登りきった。
しかし、道にたどり着いたところで、エンジンが終了した。撃破判定の白旗があがる。
だが、それがよかった。
Ⅲ号は、みほ車の車体部分を覆い隠すように、かく座した。
ルールでは、白旗車両をさらに撃つことは禁止されている。
つまり、みほは豚飯状態。相手は撃ちたくても撃てない。
「取ったどー!!」
手薄になったプラウダのフラッグ車たちは、黒森峰酋長にして、みほの実姉、西住まほの
毎度おなじみ後先考えない猪突猛進の前に、瞬殺されてしまった。
西住まほは、骨付き肉のあぶり焼きにかぶりついて、全国大会10連覇偉業達成を喜んだ。
他のものたちは、皮張りのドラムを何かの動物の大腿骨をバチにして叩いて叫び、鼓腹撃壌したのだった。
――こうして、原始人対野蛮人の戦いは、野蛮人の勝利に終わった。
それはさておき。
翌、2012年。
茨城県大洗町沖合い。巨大な「学園艦」と呼ばれる人工物。そのなかで……
……赤星が水没しなかったせいで、猛烈に困っている人間がいた。
文科省さんが、「はっきりいって何の役にも立ってねーし、予算ないから今年で廃校ね」と言い渡した、県立大洗女子学園。
そこの生徒会長、角谷杏大統領だった。
「馬鹿役人が「昔は戦車道がさかんだったようですが」なんていうもんだから、
買い言葉で「戦車道やろうか」っていってしまったけどさ、何の当てもないんだよね」
広報担当大臣が、角谷に追い討ちをかける。
「しかも強い戦車は全部売り払い、今あるのは旧式のポンコツばかりです」
「つまり桃ちゃんしかいないということですか! 終了です。わが校は終了ですう!」
巨乳副大統領の悲鳴が上がる。
「しかし、これですべてが終わったわけではありません。私、河嶋に、良い策がございます」
たぶん期待できそうもないね。いや、まともであろうはずもない。というか、ポンコツと
言われたのに平気なのかお前。
河嶋大臣の献策は、こういうことだった。
大洗市街で、夜な夜な無許可で戦車が走っているという目撃情報がある。
その戦車には、どうやら変態男どもが乗っているようだ。
その現場を押さえて、警察に突き出されたくなければ協力しろと脅し、
女装をさせて、大洗の主戦力にする。
もはや、わらをもつかむ心境の角谷大統領は、しかたなく命中率0%を誇る桃ちゃんの策に乗ることにした。
その日の夜も、変態5人組は、図面を元に精巧に複製された自分らの戦車に乗って、
ナイトクルージングを満喫していた。
車長格の、この集団のリーダーとおぼしき男の顔には眉がなく、目はいわゆる三白眼。
どうみても悪だ。
装てん手の男は、筋骨隆々として毛深く、変な形に曲がった極太の眉毛が特徴だ。
砲手の男は、一転して柔和な顔に、いつも微笑みを浮かべている。
操縦手の男は、逆毛だった髪、つりあがった細い目、上の門歯が異常に長い出っ歯である。
副操縦手の男は、おネエが入ったようなおかっぱの男である。
「ようやくこの日がやってきたな。材料集めから製作、不具合調整までで5年かかった」
戦車は、しごく平凡なM4A3E8.エンジンフードのメッシュとか、他のと違う履帯とか、
なかなかの力作であった。
そして、彼らは戦車の隠し場所までやってきて、戦車を隠して帰る。はずだった。
そんな彼らを、四方からサーチライトが煌々と照らし出した。
逆光に浮かび上がるシルエットは、どチビのツインテール。角谷大統領だった。
「やーやーやー。やってくれたねえ。変態諸君。
こんなことをしたらどういうことになるか、わかってるだろうね。
逃げようとか考えないほうがいいよ。大洗女子学園風紀委員1個中隊が諸君を包囲している。
抵抗すれば、今すぐ携帯で110番に通報するからそのつもりで。……さて、君たちに……」
リーダーの眉なしは、この事態に、もはやこれまでと覚悟を決めた。
「そうか、とうとうことが露見したのか。ついに、我々の命運はここに尽き果てたということ
だね。わかった、いさぎよくお縄になるから、警察に通報してくれたまえ。抵抗はしない」
どうみても悪人面の変態が言うセリフではない。
「あのねー、私のお願いを聞いてくれれば、そんな手荒なまねはしないから」
角谷は「脅し」だということを理解してもらおうとするのだが、今度は毛むくじゃら筋骨隆々
太眉変態がそれをさえぎる。
「変態と生まれてこのかた、いつかはこのような日が来るものと覚悟は決めていた。
それがたまたま今日だったと言うだけだ。さあ、警察を呼べ……」
「いやー、だからあなたたちだって戦車好きの変態とバレれば、もう人生がおわる……」
「僕たちは単に戦車が好きなだけだ。別に女の子をどうこうするつもりはないよ。
でもね、だからといって僕たちが変態ではないなんて、屁理屈こねるつもりはないよ」
柔和な微笑みを浮かべる変態がそう言った。
「僕たちは悪いことをしているという自覚はあった。だけどどうしても戦車に乗りたかったんだ。
でもそれが、この世界では悪いことなんだ。これは僕たちが受けるべき報いだよ」
ツリ目出っ歯の変態が殊勝なことを言う。しかし彼らの罪は許されない。
「あら。警察呼ばないの? しかたないわね。私が呼ぶわ。……もしもし、110番ですか?
この携帯の座標で、戦車に乗った5人の変態男がいます。すぐに来てください!」
オネエの入った変態が、とうとう自ら通報してしまった。
「あのー……」
角谷は、自分の目論見がここに潰え去ったことを悟った。
そして、えらい騒ぎになってしまった。
茨城県警機動隊の74式重特型警備車、73式重人員輸送車と名付けられた戦車と装甲輸送車
2両ずつが出動。これに分乗する婦人装甲機動隊員の他に、通常の「特型警備車」「遊撃車」で
現場に駆けつけた普通科機動隊員1個小隊が、変態たちの戦車を包囲することになった。
なお、装甲とは、7.62mmNATO弾が貫通しない板全般を指す。が、これも22口径小銃弾まで
引き下げる動きがある。「重」でない男性用の特型警備車でも、いわゆる「防弾車」も、これを
満たさない程度の防御力しかない。防げるのは拳銃の通常弾までだ。
重要人物の乗る車輌については、女性の乗った装甲車が、四方を囲んで防御するのが普通だ。
「あなたが通報者ですね。ご協力感謝いたします。おかげで凶悪犯罪を未然に防止することが
できました。のちほど県警本部長より、感謝状が贈呈されます」
機動隊の指揮官が、角谷に礼を言う。でも、角谷には、それを受けるいわれはない。
「ちがうよ、この人たちが自分で自首した……」
「そうです! 通報者はその女子高校生です。我々はその人の学校の生徒100人以上に
囲まれて、立ち往生していたのです!」
眉なしの悪人面が角谷をさえぎった。自首ではないというのだ。
「そうだろうさ! 戦車に乗るような腐った変態が、自首などするものか!」
5人の変態たちは、男女入り交じった機動隊員たちの棍棒で殴られ、鉄入り安全靴で
蹴られ続けた。それでも変態たちは、何一つ抵抗しなかった。
5人が「制圧」されたと思われたころには、誰一人顔の原形を保っている者はいなかった。
ようやく彼らは、特型警備車に確保され、連行されていった。
角谷は、ただ呆然として、見ていることしかできなかった。
向こうから、重特型警備車の乗員らしき女性の声がした。
「なにこの砲身。むくの金属棒だわ……」
変態5人組は、拘留期限いっぱいの3週間の間、取り調べを受けた。
「これは当然のことよ。男のくせに戦車に乗るなんてハレンチなまねをしたんだから。
私だって、国選でなければお前たちの弁護人になったりしなかったわ。
いくら最初から容疑事実をすべて認めていたとしてもね。
私も積極的に弁護したりしないから、そのつもりで。
だいたい私だって貴様らの弁護人に選任されてからというもの、
毎日嫌がらせを受けてるのよ。全くなんだって私がこんな……」
接見にあらわれた女権主義で名高い折邑知布由弁護士は、口を開くなりそう言い捨てた。
「ええ、ご迷惑をおかけします。ですので有利な事情を主張,立証は当然、弁護人質問も、
検察の尋問に対する応戦もご辞退いたします。我々は何を聞かれても、すべてその通りです、
としか申しません。先生は承認すればいいです」
リーダーの変態はそう答えた。初めから私選弁護人も頼まず、自分で弁護するからと
断っていた。裁判所側では不規則発言の連続で審理を不可能たらしめるのが目的と解釈した。
そのため、ここに折邑弁護士がいるという次第だ。初めから被疑者に厳しい弁護士をわざわざ
選任したのである。
それに対して変態たちは、忌避もしなかった。
「我々は、弁護士の方がいると言うだけで十分です。これが不当な裁判であるという疑義がなく
なります。先生は座っているだけで報酬がもらえるという、簡単な仕事をしていてください」
眉無し変態は、笑ってそういった。
この男は、笑うと不思議と憎めない顔になる。
「ちょっと待ってよ。検察側はあなたたちを内乱予備罪や銃刀法違反、騒乱罪に公然わいせつ罪、
凶器準備結集罪、道路運送法、道路交通法その他10以上の併合罪として無期懲役を求刑する
つもりよ。高裁まで行ったら新たに内乱罪でも訴追するのよ。理屈の上では死刑になる可能性
もあるわ」
「それが判決であれば、我々は従います」
眉なし三白眼の変態は、まるで世間話でもしているように落ち着いている。
それがむしろ折邑弁護士には腹立たしい。被告人にも、不当な量刑を受けない権利はある。
しかし、それはあとで考えることにした。もう一つ聞かねばならないことがある。
「はあ……そう。じゃ、保釈の方はどうするの?」
「請求いたしません。我々は拘置所から法廷に通います」
「なんだってのよ! 本気で私に仕事するなって言うの! ふざけるな!」
この日から折邑弁護士は、この依頼の優先度を最高にし、いままで一応目を通していただけの
資料集の精査を本気で始めた。女性であることよりも、弁護士の本分を意地になって通すことを
選んだのだ。(怒れる女1人目)
都内某所。
国際連合某基金日本協会の親善大使(国際か国内かは忘れた)である女性と、気鋭の女性検察官であり、100年に一度の逸材と言われている志埜布幅 把子は、あるホテルの一室で、なにやら話し合っていた。
「私は男が戦車に乗ること自体が許せない。気持ち悪い。冗談ではない、世界中のすべての
女性の尊厳を冒涜するものだわ! 志埜布幅、わかっているわよね」
この親善大使刀自は、児童(この場合は満18歳未満)に対する性的被害防止のために制定された某法律の強化を推し進め、単純所持だけでなく、被害者児童が存在しない創作物の制作も単純所持も認めさせまいとする強硬派フェミニストとしても名をはせている。そして、今国会で改正強化された法律は、両院全会一致で可決が確実視されている。(怒れる女2人目)
志埜布幅検事は、今回管轄外である茨城地裁まで出向いて、起訴と訴訟指揮を行うことを自ら申し出た。戦車に乗りたいという変質者を根絶するためには、それが必要だと彼女の使命感がささやく。
「当然です。公の秩序又は善良の風俗と公共の福祉を死守するため、最終的には、
彼らの極刑を持って、この事件を終結させます。必ずや!」(怒れる女3人目)
そして、大使刀自は思う。
この成果を持って、今度は「戦車保護及び搭乗の制限に関する法律」を制定してやるわ。と。
県警から感謝状をもらったついでに変態5人の釈放を求め、門前払いを食った角谷大統領は、
やむをえず自分も含めた素人集団で、第63回戦車道全国高校生大会に臨み、第一回戦で黒森峰
女学園と戦った。
大洗5輌に対し、黒森峰はパンターF型88mmP砲装備わずか1輌。
しかし、2,000mかなたから、たった5発の砲撃を食らって大洗は全滅した。
乗っていたのは蛮族西住姉妹と赤星、直下、マウ子の5人だったという。
そして野蛮人集団は、前人未踏記録を更に伸ばし、11連覇したのだった。たった1輌で。
こうして、大洗は本年度かぎりで廃校が確定した。
角谷大統領は自分のしたことを棚に上げ、検察に一泡吹かせるために、変態5人の即時釈放運動のフィクサーとなる。そして、影から変態男子どもを扇動するのであった。(怒れる女4人目)
この刑事裁判の第一審は、当然茨城地裁を舞台として行われる。
内乱罪すら想定される裁判だというのに、なぜか裁判員裁判となってしまった。
さすがの志埜布幅検事といえども、いきなり前例のない内乱罪での起訴はためらわれたのだ。
世論は味方するだろうが、高裁判事が躊躇して、場合によっては地裁からのやり直しになりかねなかったからだ。
だったら、裁判員を全部女性で固めて、彼らの凶悪性を白日の下に晒すまで。彼女はそのように考えたのだ。
裁判員及び補助裁判員、合計8名は、すべて女性かつ暇人だった。
審理が長期化する場合は、ままあることだという都市伝説がある。
しかしなぜか、女権活動家とか、男女共同参画評論家とか、女性問題ジャーナリストとか、 戦車道関係者とか、おまけに女性人権事件を得意とする弁護士までいるという何だかな構成だった。そして、茨城の裁判なのに、なぜか野蛮人姉妹の母親もいた。
名前を挙げるのは意味がない。なぜなら裁判員は最後まで番号で呼ばれるからだ。
裁判員は、呼び出された候補者から抽選で選ばれる。
最初は40人ぐらいのところからスタートして、裁判所の端末でランダムに抽選され、最終的に
裁判員6人と、補助裁判員2人が残る。後の全員は日当の半分もらってお帰りになる。
しかし、野蛮人姉妹の母親ははっきりと疑義を持った。初めに8人しかいなかった女性が、
終わってみると8人とも残っていたからだ。以後、当該母親のことを「裁判員4番」と呼ぶ。
その後、裁判長、被告弁護人、主任検事の順であいさつがあった。
裁判長と2人の判事は全員女性、弁護人も女性、検事も女性。
弁護人はただ穏やかに、この審理が公正の名の下に行われることを望みます。とだけ語った。
対照的に主任検事は、この事件は不届き千万なならず者による女性の権利と尊厳に対する挑戦
であり、自分は女性を代表して、このような凶悪事件が二度と起こらぬよう、一罰百戒の実現を
望む。と、いささかテンパり気味に、顔を紅潮させて鼻息も荒く演説した。
裁判員4番は、内心で引きまくっていた。しかし周りの裁判員たちも、主任検事に同意しているように見える。悪い意味で女らしい。普段仲が悪い同士でも、共通の敵が男なら、たちまち
戦友大親友になるのが女。まあ仕方ない。彼女はそう思った。
裁判が始まった。
傍聴券は抽選開始0秒後にはさばけてしまった。
傍聴を希望していた変態男子たちは、裁判所の向かいの道路で気勢を上げるが、
それは圧倒的多数の女権活動家たちのブーイングにかき消された。
法廷は、女性たちの熱気であふれかえっていた。
ただ一人、被告人の弁護を勤める折邑弁護士には、針のむしろどころではない空気だった。
被告人5人は、とてもそうは見えなかったが、普通にまじめな顔をしている。
検事席に、志埜布幅検事が、ニヤニヤ笑いながら着席した。
定刻になり、判事たちが入室。全員起立する。
裁判長が礼をするのに合わせて、一同礼。その後着席。
被告人は弁護人のそばに座ることも出来るが、彼らはそれを拒否。裁判長の対面に、
傍聴席を背にして着席した。
公判初日。
最初に人定質問が行われる。被告人たちの姓名、本籍、住所、生年月日、職業の確認。
といっても、彼らはこの時点ですでに全員無職になっている。
そして罪状認否。起訴状に書かれている事実の認否だ。
ここでは彼らが戦車を作り、乗り回したと言うことしか書かれていない。
彼らは当然、その内容を認めた。
次に冒頭陳述。
通常の自白事件であれば、検察官しか行わないが、裁判員裁判では、弁護側も行う。
ここで述べられるのは、事件の動機背景などについて、検察側から見た陳述と、弁護側からの
反論となる。
志埜布幅検察官は、彼らの動機が戦車を使った動乱を起こすためにあり、女性のみに与えられた権利である、装甲防御権を侵害し、自らの卑劣な欲望とわいせつな欲望を満たすための行動であったと陳述した。曰く、装甲に守られようと考える男は、度し難き卑劣漢である。
折邑弁護士は、彼らの行動は単なる好奇心によるものでしかなく、武装もなく、交通関連法規
以外の違法はないため、検察官の陳述は失当であると論じた。
そこにいた全員が驚いた。女性の弁護士が、戦車に乗った男たちをまともに弁護しているのだ。
戦車にのることそのものを処罰する罰則は確かにない。
だが、女性がそんなことを言い出すとは、被告人たちも含めて思っていなかったのだ。
日を改めて、被告側の弁論。
被告人たちは主体的に自らを弁護しないため、折邑弁護士の被告人質問は、必ず志埜布幅検事
からの「誘導質問である」という異議にさえぎられる。
そして証拠人調べ。
数名の機動隊員に混じって、「通報者」とされる角谷杏も招致されていた。
角谷は、これは自首事件であると証言し、このことが一切考慮されていないことを持って、
審理続行は不当と取られるように証言した。また、くだんの女性機動隊員が「砲身はむくの
金属棒」と語っていたのを聞いた。とも証言。武装蜂起が動機とする検察側の主張に対する反証
とした。しかしながら、志埜布幅検事は、「物証がない」ことを示し、証言の信憑性を下げようとする。
そして、検察側弁論。
この事件には被害者がいないので、弁論するのは検事側のみである。
この事件は、極めて悪意に満ちた背景が存在し、歪んだ欲望を正当化するために、最終的には同志の蜂起を促して、女性のみの権利である装甲に守られる権利をも男が享受するいかがわしい目的を達するための準備行動であったと断じ、副次的に女性に対するわいせつ行為の予備行動でもあったので、厳罰に処することを求むとした。
裁判員の論議に入る前、検察の論告、求刑と、弁護人の弁論が行われる。
検察側の論告はこれまでの繰り返しであり、被告人は内乱予備罪、騒乱罪、公然わいせつ罪、
凶器準備結集罪、銃刀法違反、道路車両法違反、道路交通法違反、軽犯罪法違反など10以上の
罪状を列挙し、併合罪として被告全員に無期懲役を求刑した。
弁護側の最終弁論は、検察側の上げた罪状は、被告人自供、角谷の証言、証拠物の戦車の状況からして交通法規以外の違法は認められないとして微罪であると主張した。
いよいよ裁判員たちと裁判官たちによって、判決が作り上げられる段階に入った。
裁判員たちも当初は「検察の言うとおりでいいんじゃね? 被告も何言われても認めてるし、
男が戦車に乗るなど言語道断だから」という考えでまとまっていた。
しかし、自らフェミニズムの旗手と任ずる裁判員4番は、ますます強くなる違和感を感じていた。なぜなら、「男のくせに戦車に乗った」ことを罰する規定など、確かにないからだ。
そういう裁判を認めてしまえば、今度は形を変えて自分たちもそういう裁かれ方をするかも
知れない。これは魔女狩りだ。裁判員4番は、もともと同調圧力など何とも思わない人間だった。
むしろ、女性が社会的不正義をあえて行おうとすることに義憤を感じた。(怒れる女5人目)
「異議がある。諸君は彼らが戦車に乗ったと言うが、彼らは戦車などに乗ってはいない」
いや、それこそが前提だろうと、裁判官も含めた全員が刺すような視線を向ける。
裁判員4番は、彼女らに説明をした。
自分は戦車道の家元であるが、あれが戦車かと問われれば、否、と答えるしかない。
そもそも武装がないものが、どうやって戦うというのか。
あれはいわば「原寸大の精巧な模型」でしかない。
弾丸を撃つ能力を全く欠いた、模型銃と同じだ。
当然反論がある。
実砲に換装すれば、弾薬を入手するだけで直ちに戦車になる。
被告人たちには、それを可能とする能力がある。と。
では、男性である彼らが、、どうやってそれらのものを入手できるのか。
偽装した身分証もない。彼らの計画性を立証できる証拠はない。
女性の協力者とか、ただ戦車に乗りたいと言うだけであれほどのものを作る必要はないとか、
戦車に乗りたがるだけで異常者だから何を考えていてもおかしくないとか、議論は百出するが、「根拠は何か」と聞かれると答えようがない。
これは、裁判員4番自身が、すでに思考実験していたことだった。
では、何を根拠に、検察官はあれほどの罪状を挙げたというのか?
罪刑法定主義の元で、不文律による処罰をすると言うことは、恣意に渡ると言うことでしかないではないか。裁判員4番はそう主張していた。
これに反応したのは、以外にもジャーナリストらしき人物と、弁護士と思われる人物だった。
いや、むしろそうだったからかも知れない。
これは検察の横暴ではないかと怒り始めたのだ。(怒れる女6人目と7人目)
すると、他人の権利をないがしろにし、まず罪ありきで人を罰すると言うことは、そのことそのものが自分たちに向けられた刃となることを悟った残り全員が、求刑が違法不当である。証拠は何もない。検察の推定ではないか。我々は乗せられた。と怒り始めた。(怒れる女8~12人目)
そして、判決が言い渡される。
主文 被告人甲乙丙丁戊を、懲役6月に処す。この裁判確定の日から1年間その刑の執行を
猶予する。
裁判所の玄関で、「不当判決」と大書された、『判決等即報用手持幡』が、なぜか検察側で
あるはずの女性側で掲げられた。
裁判所前に集っていた変態たちは、勝ちどきを上げた。
被告人当の本人たちは、完全に判決を受け入れるつもりだった。
仮にそれが死刑判決だったとしても。
しかし、弁護人は「罰金刑相当だ。実刑は重すぎる」と変態たちをせき立てて、
ただちに即日控訴した。
検察側の志埜布幅検事も、その足で東京高裁に控訴。今度は訴因に内乱罪を加えて。
東京高裁の前庭は、女性たちと変態たちで二分された。
相互に怒号の飛び交う中、変態5勇士は法廷に向かう。
あいかわらず、拘置所の中から。
折邑弁護士は八方手を尽くして釈放を求めたが、当の本人たちがそれを潔しとしないのだ。
結果、高裁の判断も、内乱罪の不適用を追加した以外、被控訴人に対する判決は変わらず、
検察のその余の訴えは、棄却された。
しかし志埜布幅検事は、それでも諦めなかった。
ついに最高裁に上告。しかも今度は「男性に装甲に守られる権利の不存在」を理由に、
今までの主張のすべてに理由があるとしてであった。
最高裁は、憲法判断がからむとして、大法廷5人の裁判官で審理した。
その結果。
結局今までの判決は、破棄されなかった。
権利不存在については、多数意見と少数意見に分かれた。
水島裁判官、吉田裁判官、杉山裁判官の多数意見は、公共の福祉と公序良俗の見地から、
女性にのみ装甲に守られる権利が存するとしても、平等原則違反はなく、男性にかかる権利が
ないとしても違憲ではない。とした。
島田裁判官は、本件にはそもそもこの論点は無関係であるとして判断しなかった。
野上裁判官は、憲法が戦争放棄を規定する以上、論点になり得ないとして判断しなかった。
最高裁玄関。
変態男子たちは、5人を凱旋将軍のように迎え、我らの希望とたたえた。
大使刀自は、完全に怒り狂っていた。
すでに案が出来ている「戦車保護及び搭乗の制限に関する法律」案を、どうやって請願して
やろうか。そればかりを煮えたぎった頭で考えていた。
5変態のリーダー、眉なし三白眼男に、支持者からマイクが渡された。
彼自身は、この期におよんで言いたいことなどないが、誰も彼も誤解しているようなので、
一席ぶつことにした。
「男子諸君! 諸君はこの一連の訴訟に勝訴したと思っているかも知れない。
しかしそれは誤りだ! 我々は完全に敗訴したのだ」
そこに集っていた変態男子は、全員わからないという顔をした。
「最高裁では遂に、男が戦場で装甲に守られる権利があるかどうか、憲法判断が行われた。
そしてその結果、憲法上、男は装甲戦闘車両に乗る権利はないと確定した。
これが敗訴でなくて何であろうか」
その場を完全に沈黙が支配した。男も女も、黙ったまま三白眼の次の言葉を待つ。
「我々はこの判断に粛々と従うことを、5人全員で決定した。
よって、本日ただいまこの時刻をもって、我々は変態を辞めることを宣言する!」
男も女も、それぞれの考えを口にしてざわつき始める。
「我々はこれから戦車を、見ない。触らない。近づかない。興味も持たない。
我々が持つ、戦車に関する一切のモノを破棄する。
諸君らとも、今後関わり合いを持つことはないであろう。
なによりも、いかなる理由があろうとも、女性がされて不快に感じることは、
それすなわち、れっきとしたセクシャルハラスメントである。
よって我々は、それを償うために、拘置所に身をおきつづけた。
男性諸君、もはやセクハラはやめようではないか。
……そちらの大使様に問いたい。これ以上私が口にすべきことがあるであろうか」
――返事はなかった。ただ彼女は憤怒の形相で元変態をにらむだけだった。
彼ら5人は、男性陣と女性陣の中間のすきまをとおって、
「傷だらけの人生」を高歌放吟しながら、去っていった。
その後、彼らがどうなったのかはわからない。
追記
その後、大使刀自はあらゆる政治的伝手を利用して、「戦車保護及び搭乗の制限に関する
法律案」の請願を成功させた。
この法案は両院の委員会、本会議で賛成全員の元可決される見通しである。
またその際、元裁判員4番女史も、大使刀自に全面的に協力したという。
しかし、元変態たちにとっては、もはやどうでもいいことだった。
-こんな奇面組は、いろいろといやだ- 完
参考:公式ムック「アルティメットガイド」