失われた約束の地   作:米山ともき

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 Johnny Digs up the Tank in the marsh

 

 

 戦車道全国高校生大会第二回戦、対アンツィオ高校戦を数日後に控え、

僕らは練習に余念がない。

 そのかたわらで、今日は自動車部の戦車整備をやってるメンバーが、戦車倉庫に来ている。

 僕が、どうにも調子の出ていないリーのチェックをたのんだからだ。

 

「山本。やっぱり排気浄化の触媒が、抜けを悪くしてるね」

 

 ナカジマさんたちが、僕としては納得いかない吹けしかしないリーを調べて出した結論は、

「排気効率が悪い。それはオリジナルではつけることのなかった触媒と、

 今の騒音基準に適合させるためのサイレンサー」というものだった。

 

「いまのままで納得していないのは山本だけだから、そのままでいいって」

 

 女性にしては浅黒い肌のスズキさんはそう言う。

 でも、いってしまえば便秘なんだから、なんとかしないと。

 4サイクルの排気行程で、ピストンが上がりづらいわけだし、排ガスを出し切れない。

 

「オーバーラップができるようにしても、このエンジン3,000回らないからね。

 かえってスカスカになるだけだ」

 

 そういうのは、ボブカットのホシノさんだ。

 エンジンが高回転になると、吸排気が追いつかなくなるから、排気行程の終了前に

吸気バルブを開けちゃう。

 ピストンが上死点すぎて、吸気行程に入っても、排ガスが出きってないから、

慣性で出ていく排ガスのために、しばらく排気バルブもあけておく。

 この、両方のバルブが開いている状態のことを「オーバーラップ」という。

 ただし、低回転では吸い込んだ混合気まで排気ポートからでていってしまうので、

パワーがなくなり、燃費も悪くなる。

 燃費命のスーパーカブなんかは、OHCエンジンだけど、オーバーラップはゼロ。

 さらに低い回転でしか回らない戦車のエンジンなら、なおさらよね。

 

「つまりー。うちにはレース用アブガスがあることをいいことに、ヘッド削って圧縮比あげて、

 点火時期も進角させたのに、排気系はほったらかしだったと。にぱー」

 

 この人は、この4人の中では唯一の二年生。ツチヤさんだ。

 アブガスって言うのは、この人たちの場合はサーキットでつかう超ハイオクガソリンのこと。

 本当の意味は「アビエーションガソリン」。航空機用有鉛ガソリンね。

 

 別にハイオク入れたからって、エンジンの馬力が上がるわけじゃない。

 パワーアップさせるのは、ツチヤさんがいってた「圧縮比アップ」や「進角」っていう

チューニングテクニックの方。

 ただ、これをやると、ノッキングっていう異常が起きやすくなる。

 異音を発してエンジンが振動し、場合によってはこわれる。

 早期点火や異常爆発でエンジンが死んだりする。

 それを防ぐために、こういうチューンをしたエンジンにはオクタン価の高い、いっちゃえば

「燃えにくい」ガソリンを使う。ハイオクタンってのは高性能って意味じゃない。

 だから、レギュラー仕様のエンジンにハイオク入れるのは、お金払って性能落としてるだけ。

 戦時中に中島飛行機が「誉」っていう、小排気量でカリカリチューンのエンジン作ったけど、

ガソリンが低オクタンで、点火プラグが弱い火花しか出せないから、パワー出せずにいた。

 敗戦後に米軍が自分のところで使ってたハイオク入れて、C社のプラグに換えたら化けた。というのがひろまってるから、ハイオク=良質ガソリンってイメージだけど……。

 気をつけなきゃならないのは、航空機用の「本当の」アブガス。

 猛毒の鉛化合物使ってる上に、ガソリン税収めてない(飛行機は道路を走らないから)。

 地上を走るものに使ったら、環境基準違反と脱税で逮捕される。

 なにしろ、どぎつい色がついてるから、誰にでもわかっちゃう。

 だいたい、戦争前のハイオクガソリン製造工場では、日常的に鉛中毒事故が起こってた。

 

 

 

「いたいた。ここにいたよ」

「何してるのー?」

 

 ウサギのみんなが戦車倉庫に来て、リーに集まってくる。

 どうやら僕をさがしていたみたい。

 

「リーの調子がいまいちだから、ナカジマさんたちに見てもらってるの」

「えー、そうなの? どうなの桂利奈ちゃん」

「よくわかんないなあ。ちゃんと走ってるし」

 

 みんな、よくわかんない。って顔してこっちを見ている。

 でも、放っておくとたぶんシリンダーやピストンに汚れがたまって、ひどいことになる。

 あれ。そういえば、今日は放課後の課業開始がかかってないわね。

 気になった僕は、梓ちゃんに聞いてみる。

 

「今日の練習の予定は、どうなってるの?」

「五十鈴先輩が古い資料を整理してたら、どこかにまだ戦車があるってわかったの。

 だから、今日はまた捜索よ」

 

 ナカジマさんたちも、梓ちゃんの方を向く。

 戦車が新たに出てくるというなら、当然人ごとじゃない。

 いまあるのはたった5両、しかも二線級か戦力外。

 新しい戦車に期待が集まる。

 

「澤、車種とかわかる?」

 

 本当は、戦車道戦車にいちばん詳しいのはナカジマさんかもしれない。

 自動車部の戦車ファクトリーには、何十年分にもおよぶ経験の蓄積がある。

 連盟の認証工場でもあるから、仕様変更も書類だけですむ。

 試合前の車検も、ごく短時間で終わる。実にありがたい。

 だから、車種を聞いただけで、なにをどうするかすぐわかるだろう。

 

「すみません。聞いていません」

 

 残念ながら僕たちは、名前だけ聞いても大きさと速度しかわからない。

 だから、戦車の車種にも関心は薄い。ただ、これには理由がある。

 西住先輩は「戦車道で大事なのは、戦術とウデ」が持論で、主要戦車のシルエットでの識別と

スリーサイズ(車体長、全幅、全高)だけわかるように教育してる。

 ……もっともこれは、西住先輩が基本的に大洗ではクロスファイト主体で行くとしたことと、

余計なことを教えて、戦車を見ただけで萎縮しないようにと考えた深謀遠慮だった。

 ロングレンジの戦いが経験の浅い僕たちではできないってことは、Ⅳ号を仮想的にした演習で

わかっているし、そんなことをしている時間が初めからなかった。

 それにもし、ウサギのみんなが「鼻の長いの」とリーの性能を比較するだけの知識があったら、

サンダース戦を冷静に戦えたか疑問だ。

 この西住先輩の考えは、正しくて間違っていた。そして正解だった。

 

 

 

「山本。どうする?」

 

 ナカジマさんは、ウサギと捜索隊に加わるか、ここに残ってリーの面倒を見るか聞いている。

 どうしようかなあ。

 

「うーん。機械のことはアキラくんが強いからねー」

「私たち、みんなでまとまって行くし」

 

 みんな普通の女の子だからなあ。機械ってブラックボックスでしかない。

 あとからナカジマさんたちから直接レクチャーされても、わかんないと思ってるみたいだ。

 そもそも、言い出しっぺは僕なんだし。

 それにみんな、僕ならわかればいいことだけを簡明に説明してくれると思ってる。

 事実、いままでもそうしてきた。

 

「じゃ、アキラくんはナカジマさんたちと作業を続けるってことでいい?」

「うん。いいと思う」

「私たち、武部先輩についていくし。問題ないでしょ」

 

 梓ちゃんが、みんなに確認してるけど、とくに僕の残留で異議はないみたい。

 

「アキラくんは、どう思う?」

「うーん。僕もここにいた方が役にたちそうな気もするね」

 

 みんな、それだけマシンアレルギーがあるんだね。

 手分けして探すなら人手はいるけど、まとまって行動するなら1人減っても変わらないかな。

 

「みんな、ごめんね」

「うん、いーよ」

「その分、リーのことよろしくぅ」

 

 こうしてウサギチームは、6人で捜索することになった。

 

 捜索部隊の編成は、まず「本部」と称してなにもしない大統領たち三役。

 西住先輩、冷泉先輩とアヒルさんの隊。

 秋山先輩と、カバさんの隊。

 武部先輩と、ウサギチームの隊。

 

 これらに分かれて、学園艦を捜索することになった。

 みんなが捜索に出発したあと、「本部」も残った事務作業をしている五十鈴先輩のいる

生徒会室に戻っていった。

 戦車倉庫にいるのは、僕たちだけだ。

 

 

 

「エクゾーストマニフォールドやメインパイプ換えたら規則に違反するから、

 キャタライザー(触媒ASSY)をレーシング用に換えて、マフラーサイレンサーを

 リアクティブからグラスウール使ったストレートに換えるかな」

 

 ナカジマさんが言うのは、環境規制で後付けしなきゃならなくなったパーツを交換して

抜けをよくしてやろうと言うことだ。

 要は騒音レベルをクリアして、汚染物質を出さなければいい。

 それもうちの場合は、ファクトリーで計測した結果データの提出だけでいい。

 

「うん、それだけなら今晩だけでなんとかなる」

 

 ホシノさんも、クルマと戦車いじりでは、歴戦のツワモノだ。

 本当ならいくらいいCADがあっても、そんな早くできない。

 

 そのとき、いきなりナカジマさんの携帯にメールが着信した。

 

「えーと、なになに。

『カバ班が泥沼に埋まった戦車を発見。ユンボ要員1名送ってくれ』

 ……だってさ。アキラ、行ってくれるか?」

 

 ユンボ。つまりパワーショベル。

 操作するにはオペレーターの免許がいるけど、大洗艦内なら敷地扱いで、無免の僕でもOK。

 ユンボってのは本当は商品名なんだけど、土木作業の人も農業の人もユンボって呼んでる。

 

「わかりました。行ってきます」

「あとすこしでオルターが来るから、便乗して行ってくれ。

 小型ユンボが3両現着してる」

 

 オルター。これも商品名で、装輪クレーン車のこと。

 オンロードも高速もラフロードも走れる、数十トンの吊り上げ能力を持つ。

 大型トラックの車体に、ビル建築現場の据え付けクレーンのようなクレーンがのってる。

 トラック部の助手席が空いてるんだろう。

 自動車部は、何でも持ってる。

 

 男の子が好きな乗り物の双璧は、電車と「はたらくくるま」と決まっている。

 なかでも人気があるのは、率先して難に赴く消防車と、機械と言うより生き物のように動いて

なんでもやっちゃうユンボだ。あとは自走できて、百トンの物を吊り上げる力持ちのオルター。

 とくに、自ら泥まみれになって大地と格闘するユンボは、同じ装軌車の戦車と比較されて、

『漢の乗り物』とまで言われている。

 ユンボのオペレーターには、バケットにつけた毛筆で達筆な字を書いたり、栓抜きで

コーラのビンをポンポンあけたり、ワインをグラスに注いだりできるツワモノがいる。

 ユンボの操作選手権は、いっちゃなんだけど戦車道の試合なんかより人気絶大だ。

 テクニックを芸術的にわかりやすく表現できるのが強い。乗員もひとりで、外から見える。

 そんなわけで、仕事に関係ないのに趣味でユンボに乗る人もけっこういる。

 だから、ヒトマルが砲身の上につけたコップの水をこぼさないで走れても、感心されない。

 ユンボを初めとする建機のオモチャやプラモデルもいーっぱい出てる。

 こういう模型を使い、作業員のフィギュアといろんな小道具で現場を再現するジオラマも

息の長い趣味だ。正直な話、一部の変態をのぞいて、戦車模型を買うのは戦車道女子か、

秋山先輩のような女性モデラーだ。

 戦車模型がウェザリングだけでもけっこう見られるのに対して、泥がついていてナンボの

ユンボ模型は、汚しのテクニックがリアリティの上で最重要だ。これぞ男の世界なんだって。

 僕があまりにも男っぽくないのを心配した父は、ユンボの操作をひととおり僕に仕込んだ。

 中学のころだ。災害出動が一番多い男性自衛官は、普通にユンボをあやつる。

 父のおもわくとはうらはらに、僕はちっとも『漢』にならなかったけど。

 18歳になった自動車部員の中には、ユンボオペを取得して、選手権に出る豪傑もいるけど、

やっぱり毎日仕事でのってる人にはぜんぜんかなわない。

 そんなユンボにも泣き所があって、走行性能は時速5キロレベル。

 といっても、用途に関係ない話だし、どうせ戦車だって移動するときはトランスポーターに

乗って行く。ユンボに必要なのは、脚力じゃなく腕力だ。あと旋回能力。

 そんなわけで、最初のうち、僕は戦車のほとんどが超信地旋回できないことにとまどった。

 いま、大洗女子にある戦車で言えば、超信地のできるのは1両もない。

 もっとも「超信地旋回」って言葉は、戦車道始めてからElle çaさんに教わったんだけど。

 ついでに、自在に旋回半径がとれないことにも面食らった。

 Ⅳ号や38(t)にいたっては、遊星ギアさえなかった。クラッチとブレーキだけで向きを変える。

 Ⅲ突には遊星ギアがついていて、向きかえするときは曲がる方のサンギアをリリースして、

空転するようにしてからブレーキをかける。

 クレトラックは一種の差動装置で、片側にブレーキをかけると、起動輪と機動軸の速度差が、

反対側の機動軸に足されるしくみ。だからリーだけが自動車のように曲がれるけど、片方だけを

完全に止めることは原理上不可能。

 ユンボは静的油圧操向変速装置。出せる速度の中では自由に曲がれるし、超信地もできる。

 しかも油圧オートマ。戦車も使えばいいのに、HSTを。何で使わないんだろ。

 八九式なんて理不尽すぎて、河西さんがかわいそう。

 

(※ HSTはドイツがパンターでテストしていたが、油圧駆動が難しかったのか、

 量産されなかった。実用化されたのは、それこそユンボが生まれたころ。

 戦車ではレオパルドⅡ、エイブラムズ、90式、ルクレールなどでやっと採用)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 僕はそういうわけでオルターに便乗して、戦車の発見現場に着いた。

 どーせなら、100mm砲とか積んでて、ディーゼルで、せめてクレトラがいいな……。

 

 ……と、思っていた時期が、僕にもありました。

 やーめーてー!! B1bisなんて。だって涙が出ちゃう。女の子だもん。

 

 ……は、ともかく。

 B1はないでしょ、秋山先輩。あれ? いないですね。

 

「アキラくん。第Ⅰ発見者の集団は、邪魔だから帰ってもらったわよ」

「へ? 秋山先輩たち、帰っちゃったんですか? こんなしょーもないの見つけて」

「いや、秋山さんはよろこんでたから、いい戦車なんでしょ」

 

 ちーがーうー!

 あの人は戦車の実物だったら何でもいいんだ。だってコレクターだから。

 

 しかし、ひどい状態だ。

 ななめにかたむいて、半分水没してる。

 

「アンツィオ戦までに、レストア間に合いますか?」

「うーん。無理っしょ」

 

 そ-だろな。そーだろな。そーだろな。……。

 

 

 

 ルノーB1bis。

 「bis」が「改」なのは旧ソ連のジェット戦闘機といっしょ。

 ユンボで掘り出したこいつを戦車倉庫の前までトランスポーターで持ってきて、

今はナカジマさんとおそうじ中。

 他のお三方は、自動車部までもどって、リーのパーツ製作中。

 構成から言えば、こいつはリーの先輩みたいなもん。

 だーけーどー。主砲の17口径75mmは、1930年代初めの歩兵砲。

 撃てるのは、榴弾だけー。意味ねー。

 だいたい、リーだって車体砲を敵に向けるのに難儀してるのに。

 

「なんだこれ? 操縦装置がレバーじゃなくてハンドルだ」

 

 ハンドル? そんな装軌車初めてです。

 

「んー。僕はそんなの見たことないです」

「いや、現用戦車はみんなハンドルだし、ダブルラジアスのメリット・ブラウンとか、

 ティーガー系列もハンドルだよ。こいつもそうなん……なんか変だ」

 

 なんか聞き慣れないことばがじゃんじゃんでてくる。

 ラジアスは「半径」だから、旋回半径が2つってことかしら。

 

「それって、なにかいいことあるんですか?」

「アキラが戦ったチャーチルが、メリット・ブラウン操向装置だったじゃない。

 超信地旋回ができるの。こいつの場合なら、車体砲の指向対策だね」

 

 そういえばそーだった。そのせいで苦戦したんだっけ。

 

「うーん。いいことなのかそうじゃないのか、わからなくなってきましたね。

 だってこいつ、B1bisだし。旋回砲塔は一人用で、車体砲はドライバーが撃つし」

「……いや、なんか変だ。油圧がきてる……。

 こいつ、HSTだ!」

 

 わーい。旋回能力だけなら一番いいですね。

 でも、ナカジマさんは、難しい顔してる。

 

「HSTなら、ユンボと同じで、万々歳じゃないですか」

「そういう単純な問題じゃないんだ。

 HSTの研究自体は、戦中のドイツでガスタービンといっしょに行われていた。

 国内最大手の建機メーカーのOBの設計士も、そのこと自体は知ってる。

 問題なのは、日本ではその人の代でも実用化できなかったってことね。

 HSTっていうのは、さっき言ったダブルラジアスが進化してクロスドライブになって、

 それからさらに後、油圧シリンダーとかからオイルが漏れなくなって、ギアポンプの

 いいのができてからの技術だから、問題視するのがいる。

 戦車で言えば、現代の第3世代MBTからだし。現役の重機が使ってる技術だし。

 まして戦前派のこいつが積んでるのは、明らかに変ね」

 

 なるほど、ユンボは一日にしてならず。ということですね。

 でも、オーパーツなのは事実みたい。

 

「たぶん、二十年前の自動車部が、なにか理由こさえて後付けしたんだね。

 もっとも、B1の資料には全部『油圧式』ってことばがでてくるから、

 ことによったら世界初のHSTかも。まあミッションは流体式半自動だけど」

「……だったら、あえてふれないで、放置ってことでいきますか?」

「うちは、書類出せば通るからね……」

 

 

 

 気がついたら、もう夕方になっている。

 みんなも、捜索からかえってきたみたい。

 西住先輩の班は、戦車じゃないけど、なにかいいものをひろってきたらしい。

 出かけた人数で、かついで持って来れたようだ。

 

「戻ってきませんね。沙織さんと1年生チーム」

 

 五十鈴先輩の声だ。

 ということは、「本部」もここにきたってことだ。

 

「なあに、頭の中に測量器具一式をもってるようなアキラがついているから、

 迷子ってことにはならないさ」

 

 はあ、大統領。僕は今日はずっとこんな調子で、ウサギと別行動でしたけど。

 なんかどこかでずれがおきているみたいなので、僕はB1のサイドドアから顔を出す。

 

「あのー、会長。僕を呼びましたか?」

「あー? なにやってんの。アンタは!」

 

 冷泉先輩の携帯にメールが着信したのは、ちょうどその時だった。

 着信音は、猫の鳴き声のような電子音。

 

「遭難、したそうだ」

 

 メールを読み上げた冷泉先輩が、ぼそりと言う。

 秋山先輩が「どこでですか?」と、驚いて聞き返す。

 

「船の底だが、どこにいるかわからない。と」

 

「何か表示があるはずだ。それをさがして伝えろと言え」

 

 河嶋さんがイラついてるけど、いってることはめずらしくまともだ。

 冷泉先輩が、こんどはもーやだ先輩の携帯に掛電している

 

 

 

「はい」

「?」

「これ、船の地図ねー。捜索隊行ってきてー」

 

 大統領が、なぜかこの場で紙の図面を、西住先輩に手渡している。

 いつも持ってるんだろうか。じゃなくて!

 

 

 

「僕も行きます!」

 

 全長何キロもある船の底の区画だ。

 真面目に普通に遭難者がでるのが、学園艦だ。

 どうやらみんな、むやみに動きまわって消耗するより、動かず助けを呼ぶことにしたようだ。

 それは正解。

 だけどなんでそんなことろに……。

 

 僕は、バッグに入っている作業着に着替え、空のバッグに「ガンバレ食」の民生版を詰める。

 要救助者が消耗してるだろうし、ヘタすれば僕らも二次遭難しかねない。冗談抜きで。

「ガンバレ食」っていうのは、自衛隊で航空機や船舶から脱出した際の救命キットに入っている

救命糧食の別名。本来民間には流れないけど、製造している会社が同じものの包装違いを、

民間用に売っている。

 

 

 

 西住先輩たちと僕は、こうして捜索隊を組織して、大洗艦の船底めざして出発した。

 

 途中であった船舶科員たちから、情報が得られた。

 以前に船底部のガラクタ置き場になっているところで、戦車らしき物をみたと話したそうだ。

 

 そして、中甲板区画も降りて、作業用エレベーターで、さらに深部をめざす。

 もはや、探検に近い。

 船底区画は、普通なら潜水艦が潜ってる深度。

 出入りする人間もほとんどいない。

 もしかしたら、行方不明者のなれの果てが……。

 

「なんかお化けがでそうですね」

 

 ただひとり、カンテラ付きのヘルメットをかぶっている秋山先輩が、いやーな顔をする。

 このような学園艦の場合、喫水下はメガフロートをくみあわせて船の形を作り、その外側を

バラストタンクにして、内側が人間が出入りする居住区になっているので、浸水の心配はない。

 もちろん、こんな水面下でも、1気圧に保たれている。

 学園艦は潜水艦の技術も使われているようだ。

 大統領は「学園艦には竜骨がない」っていってたけど、それは構成要素がたがいに

水圧を受けて、ちょうどアーチのようにまとまって、見えない竜骨を形作っているんだな。

 

 しかし、よくこんな、ほぼまっ暗なところまで地図も無しに降りたもんだ。

 西住先輩のもらった図面は、本当に概略しか書いてない。

 僕らは、聞いた話から位置を想像して、本当にまっ暗な中をすすむ。

 正直、ここでゆーれいさんとこんばんは。になっても驚かない。

 

 もはや、非日常の不気味空間で肝試しでもやっている気分。

 

 突然、何かが落ちる音がした。

 西住先輩と秋山先輩が悲鳴を上げてしがみつきあう。

 意外だなあ。西住先輩は腹が据わっていると思ってたけど、普通の女の子な部分もあるんだ。

 

「だいじょうぶですよ」

「五十鈴殿、ほんとうに肝が据わってますよね」

「? 麻子さん。大丈夫?」

 

 五十鈴先輩は平常心のかたまりだから、どうということはないみたいだけど、

冷泉先輩の様子が、まともじゃない。

 

「お」

「お?」

「お化けは、早起き以上に無理」

 

 え?

 冷泉先輩に、朝以上の強敵がいたとは。(彼女の早起きは、僕にとっては普通)

 思わず吹き出しかける僕を、秋山先輩が「何がおかしい」という目でにらむ。

 秋山先輩は、実は上下関係にうるさい。

 さっきも五十鈴先輩に「殿」付けしていたし。

 

 しかし、計画もなしにさがしていても、目印になる物もない。

 さっきから目についた角にはチョークで印をつけ、だいたい何m歩いたか記録してるけど、

ほぼ迷路。概略地点に着いてからは、いわゆる「左手の法則」でむだのないよう捜索してる。

 

「第17予備倉庫近くだったら、このあたりだと思うんだけど」

 

 西住先輩はそう言うが、その「倉庫」だけで300m四方はある。

 突然、ドギューンという音がして、冷泉先輩が青ざめる。

 秋山先輩の、携帯の着信音だ。

 

「西を探せ、グデーリアン」

「西部戦線ですね。了解です!」

 

 松本さん。秋山先輩にそれはないような気がします。

 魂の名前ならパットンとか辻正信とかあるでしょう。源田実でもいいです。

 

「西と言われても」

「大丈夫、コンパス持ってます」

 

 五十鈴先輩、方角わからなくっても平然としてます。

 しかし、秋山先輩が取り出したのは、磁針式のコンパス。

 用意がいいと感心すべきか、こんな鉄だらけのところで使えるのかと言うべきか……。

 帰りについては心配してない。

 例によって、冷泉先輩が僕なんかより数段正確な「脳内地図」を作っているだろうから。

 

「しかし、なんで西なんだ」

 

 いや、たぶんルノーを見つけたときと同じでしょ。

 

「卦。だそうです」

「え?」

「当たるも八卦当たらぬも八卦。ですね」

 

 本当なら、五十鈴先輩の言うとおりなんだろうけど、一回当てているから。

 しかし、五十鈴先輩の何があってもマイペースにはおどろかされる。

 

 

 

「あ」

 

 それからしばらくして、僕たちは唐突に遭難者たちを見つけた。

 やっぱりみんな座り込んで、動かず待っていた。

 

「みぽりん」

 

 もーやだ先輩は、意外としっかりしていた。

 落ち着いて、助けが来るのを待ってた様子だ。

 

「やったー」

「救助隊だー!」

「助かったぁ!」

 

 優希ちゃん、あやちゃん、あゆみちゃんがもーやだ先輩に抱きついて泣いている。

 

「もう大丈夫だよ。ふふ」

 

 もーやだ先輩、お母さんのようです。

 ウサギのみんなは、顔に泣いたあとが、しっかりしている梓ちゃんにさえ。

 

「よしよし、もう心配ないからね」

 

 この人はきっと、こんな感じでみんなをはげまして、助けを待たせていたんだな。

 みんなが落ち着くまでは、救命糧食配ることもできなさそうだ。

 そうだ、そういえば沙希ちゃんは……。

 

 ……やっぱり意味不明だ。

 無表情で黙ってたったまま、空間の一点を見つめている。いつもの……。

 いや、なんかへんてこなオブジェを眺めてる。不格好な戦車の砲塔みたいな。

 

 ……戦車の砲塔でした。

 車体は、数々のがらくたに埋まってるみたいだけど。

 あれは、ティーガーの砲塔だ。秋山先輩が言うまでもなく。

 やったー。うれしいなっと。

 

 ……と、思ってた時期が、僕にもありました。

 

 

 

「ごめんね。僕がついていかなかったから……」

 

 とりあえず僕は、持ってきた「ガンバレ食」をみんなに配る。

 

「ありがとう」

「たすかった」

「おなか、減ってて動けなかった」

 

 ガンバレ食は乾燥したクッキーみたいなA食と、ゼリー状のB食、これで250キロカロリー。

 あとは、水も配る。もう何時間も何も口にしていないだろうから。

 

「あっ」

 

 みんなが不意に笑う。食べ物の包みといっしょに一枚の紙片が出てきたから。

 

「“がんばれ! 元気を出せ! 救助は必ずやってくる!”って、もう来てるじゃん」

 

 ああ、あの紙切れは、民生用にも入っていたんだ。

 でも、こんなことでもみんなの元気になるなら、よかったと思う。

 

 これでなんとか歩けるようになったみんなを、やっぱり冷泉先輩が最短ルートでで引率する。

 帰りは、行きの三分の一の時間もかからなかった。

 わかってるけど、冷泉先輩はすごいや。

 

 

 

 上甲板の大洗女子まで戻ってきた僕たちに、会長はお風呂を用意して待っててくれた。

 みんなは当然、一風呂浴びに行く。

 僕がいっしょにお風呂に入らないでいいように、会長は最初のころ気を回してくれた。

 その頃から僕は、あの人を「大統領」と呼んでいる。

 ……本当に大統領並みの重圧に耐えていたなんて、まったく知らずに。

 

 僕は、また自動車部の戦車ファクトリーに足を運んだ。

 発見した戦車が、(そもそもどうやってあそこに持ち込んだのか)運び出す方法すら

思いつかない場所にあったから。

 じゃあ頼む。といって、大統領は承諾してくれた。

 

 

 

 ナカジマさんは、僕のスマホに写っている画像を見て、また難しい顔をしていた。

 

「ふう、おもしろいね。これはやりがいがありそうだ」

「その割に、表情がいかめしいですけれど。やっぱり引き上げが難しいんですか?」

 

 最大の問題は、やっぱりそれだと思う。

 何十メートルではきかないだろう。

 

「それは、人のいない区画をぶち抜いてでもやってみせるよ。

 問題は、こいつ自体だ。

 ほら、砲塔の上部装甲に『モヒカン』があるだろ?」

 

 いわれてみれば、この砲塔の上部装甲は平らじゃなく、目立つ段差が縦方向にある。

 

「こいつは、ティーガーはティーガーでも、競作に負けた方のポルシェティーガーだよ。

 それの、試作型。ほんとうにそうなら、すごくやっかいだ」

「え? ポルシェ博士は、戦車も作ったんですか?」

 

 僕は、えらく間抜けな声で聞き返した。

 だってあの、フォルクスワーゲン作って、ポルシェ工房の礎作った彼が戦車を作ってたって。

 じゃあ、きっとすごいんじゃ。

 でも、ナカジマさんはコンペに負けたっていってた。どゆこと?

 

「彼はさ、ヒットラー氏のお気にだったからね。向き不向き関係なく仕事をもらってた。

 でも、本当は戦車は門外漢で、試行錯誤ばかりしてた。

 それが実を結んだのは、戦後、彼の死後のことだった。あと『博士』は名誉称号だから」

 

 フェルディナント・ポルシェ。

 自動車界では、ダイムラー、ベンツ、マイバッハの三偉人より優れた業績を残した天才だ。

 デビュー作は、インホイールモーターの電気自動車。

 その後彼は、スポーツカーを設計し、自らレーシングドライバーとして運転し、

たびたび優勝している。

 そして、1930年代までレーシングマシンとスポーツカーで世界を席巻。

 ナチ政権成立後、ヒトラーのもとで、念願の大衆車を制作。後のフォルクスワーゲンだ。

 戦後すぐになくなり、孫のフェリー・ポルシェが今につづく名車、911を設計した。

 ポルシェ工房は、レオパルドシリーズの図面も引いている。

 

「なんで、ポルシェがコンペで負けるんだ。といいたそうだね。

 ひとつは、エンジンがダメダメだったから。

 スポーツカーと戦車のエンジンは真逆と言っていい。

 この戦車は、ポルシェ101/1というエンジンを積んでるが、故障ばかりのひどいエンジンだ」

 

 まだまだ理由がありそうだ。ナカジマさんは「単に負けたんじゃない」って表情だ。

 

「つぎに、変速方式に機械式ではなく、電気式を用いた」

「電気式自体は、こなれた技術ですよね」

 

 そう、ポルシェ氏は自動車でも電気式変速機を使っている。

 それと船舶ではアメリカの三年計画艦隊の戦艦群が、電気式変速機を採用した。

 さらにいうなら、ディーゼル機関車では、機械式、流体式より電気式が多いだろう。

 

「しかし、それがうまくいかなかった。

 機械式ダブルラジアスのヘンシェル社の試作車に、運動性で負けっぱなしだった。

 本当はツインモーターの電気式の方が、操縦も簡単なはずなのにね。

 でも、これは突貫作業で解明してみたい。すごく興味がある。

 しかし、こなれていないがための欠陥はまだある。脚まわりだ」

 

 うーん、それはいただけない。すべてのクルマの命じゃない。

 

「トーションバーを短くして、縦置きにした。

 たしかに、車体内部は広くなる。

 しかし、この時代にそれは無理だった。ひんぱんに部品交換しなくちゃならなかった。

 ただ、乗り心地自体はよかったともきく。

 しかし、完全に欠点としか言えないことがある。

 ……なんと、航続距離が、満タンでたった80km」

 

 なんですとー!

 スーパーカブなら1リットルのガソリンでおつりが来る。

 

「結局エンジンだね。戦時中はⅣ号のエンジン2基に交換して航続距離は倍になった。

 あと、発電機とモーターは腐っていたことにして、別なのを使おう。

 サスもへたってたことにして、新規に作る。でも……」

「それだけやってたら、ヘタしたら最後まで間に合わないかも」

「そうだね、その前に君たちが敗退するかもしれない。

 しかし、これは自動車屋としての純粋な興味。

 完成したら、私らで乗る」

 

 このときはまだ、このティーガーPが「失敗兵器」の代名詞だったことも、

もっとしょーもないものがあったことも、僕は知らなかった。

 しかし、戦車界ではポルシェってマッドサイエンティスト扱いなんだ。

 高橋先生なんか、神あつかいしてるけどね。

 

 そういえば、ポルシェ氏って、ヒトラーとスターリンの両方から好かれたんだっけ。

 ポルシェ氏はヒトラーに「閣下」をつけず、「ヒトラーさん」と呼んでも無事だった。

 もしかしたら、やっぱりあぶない人だったのかも。

 

 しかし、へんな変速操向装置の戦車が2両も出てきた。

 B1はもとより、聞いたとおりならティーガーの方も売れ残って捨てたんだろうな。

 

 

 

 次の日、戦車道練習前の朝の時間。

 ナカジマさんたちは、さっそく船の床を何枚もぶち抜き、例のポルシェさんをオルターで

回収しようとしてる。

 

 そして僕は、たまたま廊下で西住先輩たちを見かけたので、昨日の話をしようと追いかけ、

……なにかにぶつかった。他の生徒だった。西住先輩のクラスの、2のAの人だ。

 その人は、何と僕より背が高く、167はありそうだったけど、僕にあっさり吹っ飛ばされた。

 仰向けに倒れたまま動かない。

 

【挿絵表示】

 

 

「大丈夫ですか? しっかりしてください」

「ん? 僕なら大丈夫……」

 

 その人は、何とか僕に起こされると、消え入るような声でそういった。

 

【挿絵表示】

 

 

 うわ、なんというか……。

 美少女じゃなく、すでに「美女」の域だわ。

 儚げな雰囲気。小顔に切れ長の目で、僕よりまつげが長い。

 まつげだけは、僕の唯一の自慢だったんだけどなあ。

 すらりとした、モデル体型。

 ……すごく、うらやましい。

 おのれが、ますます悲しくなる。

 

 そのひとは僕の手を振り払うと、そこらへんに散らばった物をひろい、あわてた様子で、

僕に背を向けて歩き去っていった。なんか危なっかしげだけど。

 

 戦車道が落ち着いたら、ちゃんと謝りに行こう。

 でも、なんかあの人の印象が消えない……。

 

 

 

「よお、アキラ。Ⅰ科2のAの猫田に会ったんだって? 面白かったでしょ」

 

 大統領がそう聞いてきたのは、お昼休憩の時だった。

 

「面白いというか。じっちゃんのノーズアートのリアルがいるとは思いませんでした」

「アンタのじっちゃん、相当趣味悪いね」

 

 趣味悪い? いや、もしかしたらそうかもしれない。

 

「んー。父が空挺の大隊長だったころまでの、乗機のヘリに『日本鬼子』のアート描いて

 ましたし、まあそうかも」

 

 父も悪趣味だ。いやみのつもりなんだろう。大人げない。

 

「じっちゃん、ちゃんと絵が描けるんだ。アンタには遺伝しなかったみたいだけど」

「そうですね。でもじっちゃんはプロに混じって航空祭の時の展示機のアートも描いてました」

「ふーん。そりゃ本格的だ。でもBD-10には描いてなかったね」

「あれは、機首に絵が描けるほど大きくありませんから」

 

 そしてこの話は、それで終わった。

 だけど、あんなひとなのに、今まであった記憶がない。

 何でだろう……。

 

 

 

 この日は無事に課業を終え、すべて問題なしで終わる。はずだった。

 この日の恐怖は、ベッドに入って眠りについたあとだった。

 

 

 

 気がつくと、僕だけが特別に使う許可をもらっていた生徒会専用浴室でお風呂に入っている。

 湯船から上がって、脱衣所にあがろうとトビラを開けた。そこには……。

 ――服を脱いでいる小山さんがいた!!

 

【挿絵表示】

 

 

 小山さんは、僕に気がついた。そして……。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ……お、恐ろしい夢を見てしまった。

 普通なら夢なんて、10分もすれば忘れてしまう。

 なのに、この夢はアタマにこびりついてはなれない。

 目が冴えて、眠れないぃぃ。

 

 僕は、手近にあったルーズリーフを広げると、今見た夢の記憶をはき出すように書き留めた。

 1時間ぐらいかかったろうか。

 

 しかし、はき出してしまえば、忘れられるかもしれない。

 でも、死神先輩に相談した方がいいかも。

 だって、基本的にモノクロの夢しか見ない僕が、どピンクの夢を見たんだから……。

 

 

 

 次の日、小山さんの顔が正視できなかったのは、いうまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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