この世界で最大のタブーとされている「男の戦車乗り」。
それが、文化も進んでいて、士道を何よりも重んじるはずのこの国に存在した。
まったくとんでもないことだ。
この国に、もう「士道不覚悟は死をもってつぐなう」などという風習はないが、
国際社会にあっても、男のくせに装甲戦闘車両に乗りたがるということは、
卑劣であり破廉恥なこととされている。
1950年に38度線を、男の乗った戦車の大軍で蹂躙した某国は、時の合衆国大統領をして
核攻撃命令をくだすという暴挙を真剣に検討させてしまった。
1950年といえば、屈強な男が装甲戦闘車両に乗ることは卑怯である。というテーゼが、
国際社会で常識になりつつあった。
枢軸国の戦車兵はすべて退役させられるか戦犯として裁かれ、連合国においても多くの戦車兵
は復員するか転科し、ごく優秀なものが、車外から女性戦車兵のために戦術や作戦を教育する、
「非乗車教導隊」として軍務にとどまった。
上級将校は諸兵科連合化の流れによって、すべての兵科を指揮するようになり、機甲師団では
大佐以下の指揮官は、女性におきかえられつつあった。
そんなさなか、その戦争は突然勃発した。
当時、その戦場にいたのは、ようやくものになりつつあった女性戦車隊の最初のメンバーで、
あたえられていた戦車は、M24チャーフィー軽戦車だった。
だれもそこが、一夜にして阿鼻叫喚の地獄になるとは思っていなかったのだ。
わずかばかりのチャーフィーに乗った彼女たちは、歩兵隊に守られた市民たちが南下する間、
彼らを守ってしんがりとなり、圧倒的多数のT-34/85の軍団に立ちむかう。
しかし、敵は大軍の上に、戦車の性能でもまさっていた。
彼女たちは、それでも果敢に戦った。しかし、あっという間に殲滅されてしまう。
だが、彼女たちの中で敵に後ろを向けて倒されたものは1両もなかったという。
この状況は、間一髪で前線から帰還することができた通信社の記者によって、写真とともに
世界中に報道されることとなった。
そのなかに、M24の焼けこげた残骸の前で、得意そうに笑う男の戦車兵の写真があった。
人々は、彼らをビースト(けだもの)と呼んで、はげしく憎悪した。
彼らは世界の敵となった。
今でも男の戦車乗りは、ビーストや吸血鬼よばわりされている。
当時は常任理事国のソビエト連邦が安保理をボイコットしていたため、アメリカ主導の
国連軍が即座に組織され、わずかに占領をまぬがれていた南端を基点として反撃を企図する。
と、同時に「ジェーンよ戦車に乗れ」をスローガンに、民間で長い間、日本で言う戦車道、
タンケリーマーシャルアーツの選手をしていた女性たちが、義勇戦車兵として国連軍に
加わることを熱心に望んだ。
当初は彼女たちの能力に懐疑的だった米英陸軍首脳だったが、訓練でみせた彼女たちの
めざましい成果に考えを改め、最新鋭のパーシングやセンチュリオンを配備した機甲連隊数個を
編成し、戦場に送った。といっても新鋭戦車は半数にみたず、のこりはシャーマンM4A3E8
「イージーエイト」だったけど。
女性戦車隊の半数は釜山から出撃。残る半数は仁川に強襲上陸した。
職業軍人でない彼女たちだったが、優れた技量、そして国籍すら違う部隊とさえ見事な連携を
見せ、男の戦車兵の乗ったT-34/85、250両以上をわずか一週間で包囲殲滅してのけた。
「美しくりりしい」女性戦車兵たちが、かのドイツのパンツァーレーア顔負けの勇戦敢闘をみせ
みごとに醜く卑怯者のケダモノどもを葬りさった。
世界の人々は熱狂し、このとき、真に戦車は女性のものとなった。
そして同時に、男が戦車に乗るのは、国際関係上絶対のタブーになったのだった。
当時の国連軍を形成していた諸国が、タンケリー・マーシャルアーツの歴史が長かったため、
民間の女性戦車乗りに最新鋭の戦車を与えて、某国戦車軍団を壊滅することができたが、
あと一歩で、第三次世界大戦という大惨事に発展するところだった。
いまでも、その某国の戦車軍団を動かしているのは、男の戦車兵だ。
もっとも、その国の後ろ盾になっている大国たちは、それを否定しているが、公然の事実だ。
そして最近売り出し中の、某変態パワードスーツと同じイニシャルを持つ大規模武装集団も、
女性を奴隷としか見なさないため、男どもが平気で戦車に乗っている。
イスラム教を国教とする「正当な」国家群は、教義のため女性を兵士にできないので、
やむなく男性の歩兵に大量の対戦車兵器をもたせたり、超音速ミサイルの研究を某大国に
依頼するといった方法で対応しているのにである。
なお、航空機が装甲をまとうこと自体は、大目にみられてはいる。
飛行機乗りは、騎士道の体現者と思われているからだ。
「火葬作戦」の実施を命令した航空軍司令官を撃ち殺し、反逆罪で刑場の露と消えたのも
彼らだった。世界はその全貌を知って戦慄した。
今では、民間人への爆撃や、機銃掃射のたぐいは戦争犯罪である。
だが、航空機が戦車レベルの装甲を身につけたら、とうぜん空は飛べない。
シュトルモビクのような空飛ぶ対戦車猟兵というべき「襲撃機」は、鈍重なので
戦闘機の標的にしかならない。戦車の相手は、小回りのきくヘリのお仕事だ。
ただし、ヘリは固定翼機にくらべて、余裕重量がきびしいうえに、戦車より高価だ。
AH-1コブラだって、10億円する。値段が高いことで有名な変態ひとまると同じ。
アパッチなら倍する。エイブラムズが4両買える。
それを、林に隠れた歩兵のスティンガーでおとされたら、泣くに泣けない。
でも、女性の戦車兵を用意できない国々は、中古のヘリと携帯対戦車兵器に頼るしかない。
まあ、今の世界ではそんだけ男戦車乗りは忌みきらわれている。
連続殺人鬼に連続婦女暴行魔をあわせたレベルできらわれる。まさに吸血鬼あつかい。
僕はヌエだから戦車に乗っているけど。
ヌエだとばれたら、きっと男女両方から袋だたきにあうわね。
そういうミレニアムレベルのどーしよーもないのが、この国にいた。
それだけなら、さっさとこの世から脱出してくださいで終わりだけどね。
その「タスキーギータンクメン」、略してT2のアジトが大洗艦にあって、
会長自らがそいつらのスポンサーになっていた。という疑いがかけられてしまい、
なんと、角谷大統領が公安に逮捕されてしまった。たったいま。
しかし、名前からしてふざけている。
自分たちは世界から言われなき差別をうけ、権利を奪われているから戦うとでもいうの?
332ndや442ndの名前をだせばいいとでも? 許せないわね。
……と、ヌエの僕には怒る資格なんかないんだろうなあ。
さて、僕の手元には、このことあるを予想していたらしい角谷大統領からの『封緘命令書』が
ある。午前8時までに何もなければシュレッダーで処分。あれば開封というもの。
そして、事態はとうぜん後者。
「山本。会長から受領した封緘命令書を開け。もう午前8時はすぎている」
そう河嶋さんから言われた僕は、封筒を開封。中身を皆の前でひろげた。
それには、こう書いてあった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
辞 令
生徒会長非常事態宣言の発動にともない、普通Ⅰ科1年A組生徒、山本玲を生徒会仮会長に
任命する。この辞令は、公開された日の午前0時にさかのぼって効力を有するものとする。
非常事態が終了するまでの間、生徒会仮会長に生徒会長と同じ権限を与える。
生徒会仮会長に、非常事態の速やかな解決のため、行使できるすべての手段を用いることを
無制限に許可する。その責任は、本職がもつものとする。
命令、布告、その他の法律行為については、仮会長に本職の氏名を使用することを許可する。
生徒会事務局員は、非常事態終了まで仮会長を正規の会長とみなし、命に従うものとする。
2012年□月△○日
茨城県立大洗女子学園 生徒会長 角谷杏(会長公印)
追伸
アキラ。お前ぐーたらしすぎだ。少しはこの学校のために働け。このなまけ者め。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これはたしかに、何もなければ見ないで処分すべきものだ。
しかし、僕は、これがパンドラボックスだと知らないであけてしまった。あーあ。
「というわけだ。山本、さっさと腹をくくれ」
河嶋さん。何もかも知っていたんですね。
ちなみに西住先輩の命令書には、会長代行として生徒会事務局に加わることと、
午前0時にさかのぼって、生徒会長非常事態宣言を代行名で発布することと書かれていた。
そして、やはり同じように「なまけ者。たまには働け」と書かれていた。
知らない人間が読めば、「角谷、お前がいうか」だろうけどね。
この場合、有能ななまけ者は、やっぱり西住先輩だ。
「アキラくん。会長はふだんからあなたが自分から何もしない。っていってたの。
だから、私たちも何も言わないから、自分で考えて大洗女子と会長を救って」
小山さんまで、そんなことをいう……。
……もっとも、今日の夢に出てきたのは、別な女の子だったけど。
やれやれだわ。僕は「無能な怠け者」なのに。
せめて大統領の半分は働かなくてはいけないなんて。
「会長は、貴様が何をやっても、すべての責任を持つとまでいっている」
僕は、大統領にそこまで信頼されるようなこと、やってきましたっけ? 河嶋さん。
「言い方を変えるわ。
アキラくん。この大洗艦のどこかにT2とかいう連中がひそんでいて、
いまもたくみに回線を乗っ取って外部にデマをばらまいて、
戦車道連盟を脅迫し、その罪をこの大洗女子にかぶせたのよ。
あなたは、許せるの? 会長は無実の罪で逮捕されているのよ」
ここでみんなを見放したら、父も僕を見捨ててくれるかもしれないなあ。
……いや、殺されるな。
命令を受けておいて、敵前逃亡する意気地なしを息子に持った覚えはない。と言って。
まして敵が、男のくせに戦車に乗るケダモノで、この学園艦の総勢3万人を悪事のまきぞえに
しようとしているのに、指をくわえてなにもしないというのなら。
うん、いきなり僕を射殺するかも。「こいつもケダモノだ!」といって。
ここで逃げるなら、僕は大統領に罪をきせたケダモノども以上の人間のクズになるみたいだ。
だけど、さっきからこのふたりに、なにか違和感を感じる。
何かが変だ。
そうだ。このふたりがさっきから僕に向けている視線には、好意のかけらもない。
……なるほど。
このふたりは、大統領の無二の腹心だ。大統領を裏切るくらいなら自殺するくらいの。
だったらなおのこと、大統領はこのふたりには、僕が何者なのかあかしているはずだ。
そういえば、このふたりはさっきから、「ケダモノ」という呼び名を一回も口にしてない。
「ケダモノ」と言うだけで、世界中どこでも最悪のタブー野郎とわかるのに。
つまり、僕は、ためされている。
お前は本当にGID当事者なのか。それともそれを装った餓鬼畜生なのか? と。
そして大統領は、僕に試練を課した。
お前につづく者たちのために、お前自身が手を汚して、ケダモノどもを始末しろと。
あなたたちの仲間であることを、自分の行動で証明しろと。
しかし、物理的にはやはりケダモノである僕が、同じケダモノを始末する。
笑えない。最悪の冗談じゃないか。
いや、戦争の本質、闘争の本質とはそれなのだ。
「仲間」を守るために「敵」と戦うのだ。
敵が明らかに敵である以上、何かしてくる前であっても叩いてつぶすのが闘争だと。
大統領がこの場にいれば、まちがいなくそういうだろう。
お前は何なのか? 仲間か? 敵か? それとも傍観者か?
ここは女子校だ。「仲間」でないものを、おいておくわけにはいかないのだよ。
その表明が、この「辞令」なんだ。
男と女のはざまで悩む僕に、覚悟を決めろ。お前は女なんだろ? と問うているんだ。
「少し考える時間をください」
ほかに適任者はいませんかと、聞くわけにはいかない。
目のまえにいるのは、小山柚子さんや河嶋桃さんじゃなく、女子校の生徒会幹部なんだ。
「30分やる。私たちが何がいいたいのか、お前にはわかるはずだ。
それに、角谷杏とは、お前にとって何者なんだ?」
ええ、わかってます。河嶋さん。
そして、やっぱり知ってるんですね。僕が何で、なぜここにいるのか。
でも大統領。あなたは僕を買いかぶりすぎだ。うらみますよ。
本当に何をしてもいいなら、この船の船底に注水しますよ。
さもなきゃ、青酸ガスでもまきましょうか。
……いや、もちろん冗談ですけど。
でもね、角谷杏は、僕の恩人だ。
初めて僕を助けてくれた人間だ。だから、こんなことをした奴は許せないさ。
ええ、僕はものすごく怒っています。
こんなこと、断じて許しませんよ。ええ、許しませんとも。
だけどケダモノに怒る自分がいる一方で、お前もケダモノのくせにという自分もいる。
頭がぐちゃぐちゃだ。
「すこし、頭を冷やしてきます……」
この頭でものを考えるのは無理だ。
僕は、生徒会室、そして校舎の外へ出た。
「山本、まだ会長の真意がわからんか……」
「……西住さん。『プロジェクトPZ』のPZって、何だかわかる?」
「PANZERですか? 副会長」
「……そうね。普通はそう思うわね……今はそう思ってもらっていいわ」
「……?」
気がつくと、僕は戦車倉庫の中の、M3リーの前にいた。
ウサギチームのみんなが、所在なさげにたたずんだり、しゃがみこんだりしている。
だれも、しゃべろうとしない。もともとしゃべらないひとりもふくめて。
……ちがう、一人をのぞいて、声をたてずに泣いていたんだ。
《……おい。お前、これからどうする気なんだ?》
誰の声なんだろう? 自分の声なんだろうか。
《お前は、この娘たちを守るんじゃなかったのか?》
よしてよ。僕はしょせんケダモノの吸血鬼だよ。
《お前は、何なんだ? 男か? 女か? それとも何なんだ》
……。
《お前は、男でも女でもなく戦車なんだよ。戦友よ》
え? 戦友。
僕は、うなだれていた顔をあげた。
もう、声だと思っていたものは聞こえない。
ただ、そこにあるのは、生命なき機械の甲冑。戦車たち。
作られたとき、「彼」を作った国は、まだ戦車というものがわかっていなかった。
だから、戦争が始まったとき、彼はすでに「代用兵器」あつかいだった。
しかし、彼の後を継ぐはずの戦車は、ようやく形になったばかりだった。
彼は、彼の国が戦争に加わる前に、同盟国へ多くの兄弟たちと送られていった。
熱砂の砂漠で、極寒の凍土で、足を取られる泥濘の地で。
彼の兄弟たちはつきつぎと倒れ、兵士たちの墓標となった。
彼は激戦の中、自分より強い敵と戦い、気がつけば味方にさえ自分より弱い者はいなかった。
まだ生き残っていた彼の兄弟たちは、次々と故国に呼び戻されては、溶鉱炉の中に消えた。
「代用兵器」だった彼は、その後「限定制式兵器」へ、そして最後には「使用不適兵器」
つまり、引退してスクラップになるのをまつ運命となったのだ。
彼は、本国に引き揚げられたが、たまたまその時、太平洋でついに反撃が始まった。
彼は、スクラップにされる寸前に軍に呼び戻され、残り少ない兄弟たちとともに、
太平洋上のギルバート諸島という、南海のサンゴ礁に上陸した。
ヨーロッパでは、もう戦えない。しかし、太平洋にいる敵の戦車は、彼より先に作られた
M3軽戦車でさえ圧倒できるブリキ製だった。
彼は、マーシャル、ウェーク、トラック、マリアナと、中央太平洋軍とともに連戦した。
そして、終戦をグアムでむかえた。
彼は占領軍の一員としてトーキョーに赴き、そこで軍から除籍されて、くず鉄屋に売られた。
しかし彼は、その後40年以上も解体されることなく、くず鉄屋の倉庫のかたすみに置かれた。
そして、彼がふたたび日の光をあびたのは、甲板に都市のある巨大なフラットトップの上。
彼は、彼が作られる以前からあった女子の競技、タンケリーマーシャルアーツの競技仕様に
改造され、殺しも殺されもしない戦いに従事した。
しかし、そこでのタンケリーマーシャルアーツは短期間で終了し、すっかり年老いた彼は
なぜか甲板下のウサギ小屋で、静かに余生をおくることになった。はずだった。
そして彼は、いまは「2本の刃物をかまえ、赤い眼をつり上げるウサギ」というコミカルだが
物騒なシンボルマークを描かれた姿で、同じく年老いたかつての宿敵たちと、ここにいる。
かつて、殺し殺される間柄だった連中と僚友としてともに戦うという、数奇な運命。
リーの来歴は、そういうものだった。
ここにいる戦車たちは、彼らが戦った戦争のさなかでさえ、旧式の役立たずだった。
しかし、彼らは倒されることなく、戦争を生きのこってここにいる。
そしてあまつさえ、戦車道でサンダース附属という強豪を、打ち破ってみせてさえいる。
彼はこれからも戦うだろう。歴戦の老雄らしく。
たとえどんな敵が相手でも、この娘たちを守りながら、その甲冑、その武器となって。
敵弾をその身に受けながら。
「アキラくん……」
梓ちゃんが、僕を呼んでいる。
「私たち、ここで終わりなの?」
「ケダモノの一味って、呼ばれて生きるの?」
「そんなの、いやだよー!」
「昔の友だちは、私たちのこと、どう思うのかな……」
戦友。そうだ戦友だ。みんな戦友だ。
角谷杏も、西住先輩も、ここにいるウサギのみんなも。
ならば僕が、装甲になろう。
ならば僕が、武器になろう。
ならば僕が、もう1両の戦車になろう。
「大丈夫。僕に考えがある。
角谷会長は、警察につれて行かれる前に、僕にすべての権限をくれた。
ケダモノどもとは、僕が戦う。
そしてみんなの、無実を証明する」
そして、ケダモノの僕が、みんなの仲間だという資格があることを証明する。
いいじゃないか、ケダモノでも。
ケダモノだから、ケダモノの血に汚れるのは、まったくかまわない。
今思うことは、ただひとつだ。
この大洗艦に巣くうケダモノどもは、同じケダモノの僕がたたきのめす。
みんなを泣かせた、苦しめた、その落とし前をつけてやるよ!
僕の「野郎の力」は、そのためにこそあったんだ。
ケダモノめ――貴様らが、男に生まれたことを、後悔させてやる。
このマザーファッカーのディングルベリーどもが!
「……わかりました。無能非才の身ではありますが、拝命させていただきます」
29分30秒きっかりに生徒会長室に戻った僕は、そう宣言した。
河嶋さん、小山さん。僕は謙遜ぬきに本当に無能で非才ですからね。
ついでに怠け者ですから、皆さんをこき使いますよ。覚悟してください。
となれば、まず河嶋さんからだ。
「広報主任。全クラスの学級委員を通じて、現体制に移行したことを全校に通知してください。
ただし、学外には知らせないでください。
その後は対外情報収集と、学内情報の管制をおねがいします。
3時間ごとに、発生した事態の情報と対応について報告をおねがいします」
「うけたまわった。ほかには?」
「園委員長以下、全風紀委員の指揮権を委譲します。
最適と思われる行動をおねがいします。さしずの必要はないと思います」
「こころえた。まかせておけ」
ふだんとちがって、河嶋さんにまかせて大丈夫な気がする。
次は小山さんだ。この人にもやれることを全部やってもらおう。どうせ僕にはできない。
「小山副会長には、通常業務に関する会長権限を全部委譲します。
会長決裁も、会長名でやっていただいてかまいません。
他の学園艦や、全国生徒会会長会に対しては、会長は大洗艦にいるものとして
対応してください。外部に会長不在を知られてはなりません。
もし、事態が外部や世界に知られるようなことになったら、
この大洗艦は口封じのために、連中もろとも事故にみせかけて爆破されるでしょう。
くれぐれも、よろしくおねがいします」
「かしこまりました。仮会長」
決して大げさな話ではない。最後の手段として、いつでもできるようにしているはず。
そして、西住先輩。
ただ、今の西住先輩は、連盟に対するつてがなく、家から縁を切られたも同然の身だから、
戦車道界に対する影響力も皆無だ。
それでも、西住の一族だ。戦車を使わせれば右に出るものはいない猛者だ。
「西住先輩。おねがいしたいことがあります。
一歩間違えれば、大洗女子が戦車道界から永久追放されかねないことですが」
「アキラくん。何をするつもりなの?」
「奴らの誘いに乗るんです。
何らかの形で連中の『高等部』とやらと試合を組むんです」
「でも、そんなことをしたら……」
「へたしなくても、大洗戦車道は終わりかもしれませんね。
しかし、連中の首根っこを押さえつけない限り、僕たちの無実は証明されません。
まして、連中はこの船に図々しくもひそんでいるんです。
どんな申し開きをしても、とおりません。
奴らをつかまえ、おとしまえをつけさせるしかないんです。
最後に僕たちが勝つと信じて、おそらく完全黙秘を続けている大統領を救出するためにも」
そして僕は、Elle çaさんにメッセージを送ろうとした。いや、送るまでもなかった。
向こうからダイレクトメッセージが来たからだ。
『この通信には、逆探のしっぽはついていないだろう。
だけど、もう大洗関係者の通信端末は監視されているだろうから、手短に書くよ。
1200時にデスバード隊長が、連盟北関東管区にくる。
以上。健闘をいのる』
通信受理したときには、Elle çaさんはログアウトしていた。
「北関東管区って、さいたま市にあるわね」
「大河さんは、連盟の重職にある人だと思うけど、どうやら僕らを無実と思っているみたい。
いや、それを含めて確認したいんだろうと思うけど……。
問題はどうやって、重監視下に置かれている大洗艦を出て、さいたま市まで行くかだけど」
もう、大洗艦に狙いは絞られてるんだから、監視の主力はこっちに全部来ているはず。
ラッタルにも監視の私服警官がうじゃうじゃいる。
「このあいだ、会長からもらったこの船の地図だけど、バラスト水のタンクに点検口があるわ。
……アキラくん。ダイビングはできるでしょ?」
……なるほど。ドライスーツ着て海にもぐれと。
僕なら、おもりはいらないから、その分とおくまで行ける。
「皆さん。僕はこれから唯一の『頼みの綱』にあってきます。
ですので、その間のことはよろしくおねがいします」
「わかった。行ってきてくれ」
「アキラくん。こっちは気にしなくていいから」
二人の視線は、さっきの無感情なものではなくなっている。
あと、西住先輩にたのんでおくことがある。
「西住先輩」
僕はメモ帳を取り出すと、何行か書きつけて、それを破って西住先輩にわたす。
「これに書いてあるものは、用意できますか?
2つめについては、いくらでも必要です。
つてがあれば、おねがいできませんか?」
「何がしたいか、わかったわ。
けど、これについては皆で、全国のつてを頼らないと、必要なだけ集まらないわ」
「僕も、Elle çaさんや大河さんにも頼んでみます。
もっとも、現時点でこの人たちが味方になってくれるかは、微妙ですけど」
あ、大事なことを忘れてた。
「河嶋さん。情報科の日吉さんに……」
「3年の『土佐訛りの甲州弁』か? 何かかぎつけて、とっくに動いている」
なるほどなあ。あの人がこんなおいしい事件、ほっておくわけないか。
自分の裏をかくハッカーがいたなんて、こけんに関わるだろうからなあ。
僕は、3人からしっかりやってといわれて、学園をあとにする。
自分の部屋で、髪をまとめ、その上から銀髪変則ぱっつんのウィッグをかぶる。
そして、アルゲマイネの女王様じゃなく、れっきとしたヴァッフェンSSの野戦服一式を
用意する。例の映画を見たという『大隊指揮官』なる人物が無記名で送ってきたものだ。
よろしい、ならばクリークだ。
僕は、高橋先生に用意してもらったドライスーツとダイバー道具を身につけ、
所持品カプセルをもって、高橋邸の地階から、直接中甲板区画をぬけ、本当の船底におりる。
メガフロート浮力構造部分を会長権限で通りすぎ、バラストタンク区画の点検ハッチから
潜水して、さらに注排水口点検扉から、緑色ににごった海水の中に出た。
さあ。三千世界のケダモノを殺す、一心不乱の大闘争だ。心がおどる。