失われた約束の地   作:米山ともき

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 Are you clear on the mission objective? Johnny

 

 

 

 

 

「ふーっ。だいぶ泳いだわね」

 

 僕が大洗艦の船底から潜って、酸素を半分使うまで泳いでたどり着いたのは、

ただの砂浜。とうぜんのことながら、誰も僕を見ていない。

 日本は全部海に接しているから難攻不落だと言う人と、逆にだから脆弱だと言う人がいる。

 僕は、はっきりと後者だと思う。

 海水浴場になるようなビーチは、全部上陸部隊の橋頭堡になりえるし、

人のいない砂浜からは、こうやってもぐり込み放題だ。

 主義主張関係無しに、だからこの国は戦争してはならない。

 海岸線には、防御効果は全くないのは、栗林中将が見抜いたとおりだ。

 前線と首都の距離が短いのもいたい。

 

 まあ、この時代では、戦争でうるおう奴なんてもういないけどね。

 

 

 

 ものかげで服を着がえ、ドライスーツや潜水具一式は、ビニールに包んで砂丘に埋める。

 決して気分のいいものじゃないけど、髪を総髪にして、グラサンをかけ、男の服装をする。

 すると完全に男にしか見えなくなる。いや、もはや正真正銘の男の本物なんだけど。

 ……すごくいやだけど、このさい四の五のいってられない。

 利用できるものはなんでも利用しよう。自分自身も含めて。

 ……でも、ポマードは心底いやだ。

 

 こうして僕は、白昼堂々、誰からのマークも受けずに、戦車道連盟北関東管区事務所まで

やって来てしまった。

 ここにたむろっている私服警官も、男ならノーマークだというのがかえって皮肉だ。

 手に提げた旅行カバンには、武装親衛隊大隊指揮官野戦服セットが入ってる。

 サニタリールームでさっさと着替える。

 銀髪ウィッグをかぶり、ニセバストを入れて、すこしだぶだぶの野戦服を着る。

 制帽は、わきにかかえる。

 別に問題はない。だってこの建物のなかは、戦車乗りのかっこうしたのばかりだから。

 やっぱりカモフラージュを身につけると、ほっとする。目立ちたくないから。

 

「よう、もう来ていたのか?」

 

 うしろからいきなり呼びかけられて、ぎょっとした。

 いつもこうだ。あっさりうしろをとられている。

 大河さんが僕を殺す気なら、とっくに殺されてるだろう。

 でもあんな目立つ……。

 

 ビン底トンボメガネはしていなかった。

 スプレーで固めているのか、ボサボサ髪じゃなく、七三に分けて、偏光グラスの普通のメガネ

それに、アイボリーのフォーマルなスーツ姿だ。

 偏光グラスだから、目はよく見えない。

 意外と、このひとも紫外線に弱いのかも知れない。

 

 

 

「なんだよ。そんなにおかしいか? この格好」

 

 僕と大河さんは、会議室やミーティングルームが集まっている階の、和室6畳間で、

座卓にお茶とお茶請けならべて、ざぶとんに正座して向かい合っている。

 お茶とお菓子は、ここの職員らしい女性が持ってきた。

 窓際にはきちんと障子があって、外からも見えない。

 なるほど、和室なら空室なのか人がいるのかもわからない。

 

「いえ、まともなので驚いてます」

「おいおい。おめえ、長生きできねーぞ」

 

 うん。たしかに口調と格好はまったくあっていない。

 Gジャン姿であぐらかいていた方が、にあっている。

 ただ、このひとが正座することにもなれているのは、姿勢の正しさからうかがえる。

 だいたい、どっかの大隊指揮官がベルリンで戦っているときのような格好の僕が

言えた義理ではないだろう。正座しながら。

 

「状況は、もうわかっているから説明しなくていい」

 

 大河さんはバッグから細巻きと携帯灰皿を取り出すと、ダンヒルで火をつけて吸い始めた。

 これで、なかなかさまになっている。

 そういえば、昔の映画やドラマでは、喫煙シーンだらけなのがあたりまえだった。

 いまは、女性の喫煙者の方が圧倒的に多いけど、なんか似合ってない人が多い。

 ニコチン補給してるだけって感じ。

 この人の場合は、単なる気分転換のようだ。

 半分吸ったら、もう消してしまった。惜しげもなく。

 あれは高いよね。ブラックストーンとかいうやつだわ。

 

「正直な話、連盟も困り果ててる。

 このままじゃ、いつまでたっても高校生大会の第二回戦がデキねえ。

 だからといって、連中の存在を『認める』ことなどお天道様が西から昇ってもムリだ」

 

 大河さんがいまかけてるメガネはまゆは隠さないから、困り顔しているのはわかる。

 口調とうらはらに、大河さんは正座のまま有田焼とおぼしき湯呑みを丁寧に両手でもって、

静かにお茶を飲んでいる。

 

「おい、おめえの携帯、鳴ってっぞ」

 

 いわれるまで、自分のスマホが鳴っているのに気がつかなかった

 メールの着信だ。

 え? 日吉さんだ。

 

「どうした」

「うちの情報科のスーパーハッカーからです。

 スクランブラーの秘密錠だ」

 

『まず、大洗サーバーの4CF3-ACB2フォルダにあるスクランブラーをDLするずら。

 解凍してインストールしたら、今日の秘密鍵をつかってアクティビティするっちゃ』

 

 つまり、主要な連絡先すべての携帯通話にスクランブラーがかかり、それ以外の携帯とは

まともな通話ができない。

 日吉さんは、エシュロンが聞き耳を立てていても解析できないだろうといってたけど……。

 ……メール文でも『土佐訛りの甲州弁』とはね。

 

 そして、作業が終わるのを見計らったように、今度は通話の着信音がする。

 

「はい、山本です」

『仮会長。日吉だっちゃ。

 艦内LANのハブが物理的に乗っ取られていたずら。

 ハブにカスケードしたうえで、メインサーバーの認証キーを盗んで、

 正規の端末としてふるまっていたっちゃ。

 いま、河嶋が風紀委員を総動員して、艦内すべてのハブを調べているずら』

「遮断はしていないでしょうね」

『こっちが無実だと証明する証拠ずら。そんなことはしないっちゃ。

 それよりも、そいつのケーブルが共同溝に伸びていたずら』

「じゃあ、連中のアジトは、甲板上のどこかだと」

『居住区画なのは、まちがいないずら。

 学園内は、情報科で「掃除済み」だっちゃ。

 有線だから、位置の特定までは無理ずら』

 

 ここから先は、大洗艦に帰ってからの話になる。

 考えてみれば、戦車の出し入れがむずかしい船底よりも、定員割れしていて

空き家のたくさんある甲板上をアジトにしていた方がいいかもしれない。

 

 

 

「なるほどね。連中が大洗女子のどこかに潜んでいるというのは事実みたいだな」

「ええ。やっかいなことですが」

 

 ここで電話のやりとりを聞いていた大河さんに、説明はいらないだろう。

 

「連盟としては表だって動けないから、あっしがここに来ているんだ。

 ちょっとあっしとつきあえ。

 着がえ? ああいい、そのままの格好の方が都合がいいんだ。

 エレベーターで地下駐車場まで降りよう。玄関からでない方がいい」

「はあ……」

 

 地下駐車場ってことは、大河さんはここまでクルマで来たんだ。

 あの格好にあわせて、自分で運転してきたのなら、欧州車のセダンかクーペだろう。

 どんな趣味しているんだろう。

 

 ……と、思っていた時期もありました。

 地下駐車場に鎮座していたのは……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 やーめーてー! なんで変態ひとまるがこんなとこにいるかなー。

 大河さんは、履帯に足をかけると、そのまま器用にフロントフェンダーに飛び乗った。

 さらに運転席ハッチから、運転席に入りこんだ。

 

「お前さんは、キューポラから車長席につけ」

「こんな機密のかたまりに、一般人乗せていいんですか?」

「乗ればわかるよ」

 

 なるほど、砲塔の中は全部ダミーだ。ほぼがらんどう。

 砲身は、実はただの棒で、砲塔に固定されている。

 とうぜん、砲耳から後ろは、同じ重さの金属の直方体。

 バズル部には砲弾マガジンも自動装填装置もなく、バラストおもりが溶接してあるだけ。

 拳でたたいた感じでは、複合装甲どころか、むくの鉄でガワだけ作ったみたいだ。

 本当のひとまるの定員は3人だけど、ダミー砲塔内には4つ座席がある。つまり5人乗り。

 

「こいつはな、デスバード6号。

 これは実はオール軟鋼製の『大型特殊自動車』だ。大特のナンバープレート付いてたろ?

 10式がまだTK-Xと呼ばれていたころ、ウチが空力性能と動力性能の試験をまかされたんだ。

 戦闘能力は全くない。だがな、動力系と足回りは本物だ。

 試験が終わったあと、枯れた民生技術しか使ってないからってことで、売りつけられた。

 たしかに自動車屋の方が、もっといい技術持ってる。こいつだって、周回遅れだ。

 というか、武器装甲に関する技術以外は、今は全部民間製品の方が進んでるな」

 

 へー。このひとたちって連盟の仕事以外に、陸自の下請けもやってるんだ。

 しかし、いくら財政難だからって、売るのはないでしょ。

 たしかに、国土が狭くて峠道の多い日本以外で、変態の需要はないだろうけど。

(トウゲが国際語になるくらい、峠道は日本特有)

 あれ?

 じゃあ、大洗女子に来たアレとコイツ以外に、デスバード隊は4両持っているんだ。

 

「いつか大洗に持ってきたのが、1号ですか?」

「いや、あれは42号」

 

 ……なんか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がする。

 話を変えよう。

 

「……戦車の空力試験と動力試験って、そちらではどのようにやるんですか?」

 

 僕が持っているのはオフロード走りまくって、障害物競走するというイメージ。

 でも大河さんは、僕の方を見て、よくぞ聞いてくれましたって顔をした。やばっ。

 

「峠の下りで走り屋の車と追いかけっこするに決まってるだろ!」

「不整地でも、グラベルでもなく、ターマックですか?」

「不整地テストなんて、技術隊が専門のテストコースで、いくらでもやるだろうが。

 戦車といえどもクルマなんだぞ。

 まして女が乗るんだ。峠を攻めても乗ってる人間が快適でなくてはならねえ」

 

 まさか、そんな理由でひとまるは変態になったんだろうか。

 だとしたら、とてもかわいそうだ。

 

「……なんか聞いたら後悔しそうですが、どこを走ったんですか?」

「そうだな、あっしは箱石とアポロ。こっちの担当は、筑波パープル、いろは下り、八方ヶ原、

 赤城山、妙義山、碓氷峠、あと当然秋名山だな」

「……まさか、走り屋のあとについて走ったわけではないでしょうね」

「もちろん地元の走り屋チームのご協力の下、夜に走ったよ。

 関東で走ったときは、『元』走り屋だけどレジェンドクラスのが前を走った」

 

 まさか!?

 僕は、がばっと身を乗り出した。

 

「その人まさか、インプに乗ってませんか?」

「いんやー。BRZのプロトタイプだったってさ。もちろんそんな名前が付く前だがな。

 つまり、どっちもテストランだったのさ」

「86(T社呼称)って、今年(2012年)の春に出たばかりじゃないですか」

「ちっちっ。中身のメインはF社だよ。生産にはT社はまったく関わっていねえよ。

 まあ、設計に参加したOEMだな。だからBRZでいいんだ」

 

 スーパーメカニカル装軌車と、シンプル・イズ・ベストの現代の古典のバトルなんて……。

 ……見てみたかった。ドリフト合戦。

 そして、大河さんは、そのドライバーがこの走るモックアップといっしょに写ってる画像を

スマホで見せてくれた。サイン色紙ももらったそうだ。まあ今でもプロだからね。

 彼の顔は童顔のまま変わってない。頭がバーコードになっている以外は。……悲しい。

 というか、画像のスミに写ってる、目が細いではきかない熟年のひとが気になる。

 

「うーん。こうなるとやっぱり『白い彗星』のサインも欲しいねえ」

 

 ひとりごとのつもりなんだろうけど、しっかり聞きましたからね。

 あとで、取引材料にしてやろっと。

 

 

 

 そして、ひとまるに見える何かは、連盟の建物の地下からこっそり出発した。

 戦車道連盟の地方事務所から戦車が出てくるんだから、私服の人たちもノーマーク。

 正確に言えば、NATO弾で穴があいちゃう非装甲車だから戦車じゃないけど。

 しかし……。

 

 今まで僕が乗ってきたリーは何だったんだろうか。

 あれがダイムラーのウニモグなら、コイツはメルセデスのEだわ。

 いや、むしろAMGかもしれない。

 ジェントルかつスパルタン。1両欲しい……。わけない! そんなお金があったら

素直にAMG買うわよ。

 

 さて、このひとまるもどきは、所沢や狭山を通り過ぎて、さらに山奥へ向かうようだ。

 大河さんは、本来のひとまるにはないシースルーモバイルビューアーをかけて、360度の

視界で、車内灯しか光源のない車内から、ハッチを閉ざして運転している。

 ときどきワーニングが鳴るのは、車間が不足していたりしているからだろう。

 乗用車なみのセーフティアシストがついているみたい。

 

 そして、ひとまるもどきはなんと、悪名高い正丸峠に入っていった。

 対向車が来たらどうするの? というか、通れるんだろうかと心配になる。

 

 対向車が来るたびに、後退で路肩から斜面に逃げてかわすこと1時間、僕たちは、

山あいにかくれるようにして建っている、屋敷といっていい純和風家屋についた。

 うん、ひとまる(もどきの大特)以外の戦車では、絶対にこんな所には来られないだろう。

 途中で後ろに貼りついてくるカローラレ○ンGT-APEX前期型が、スーパーチャージャーの

音を響かせてあおってくるのを、ひとまるもどきがブロックしているように見えたのは、

何かのまちがいだったにちがいない。

 

 

 

 大河さんと僕は、その、ある意味押し出しの強いお屋敷の、二十畳ぐらいの座敷に通された。

 なるほど、大河さんがフォーマルな格好で来た理由がやっとわかった。

 こういう所に来るのだったら、いつものスタイルでくるわけがない。

 しかし、僕はといえば、武装親衛隊の少佐の迷彩服。

 こんなことなら、女性に化けるときはすごくフェミニンな格好をする酢堂氏をまねて

白ワンピでも着てくればよかった。中野式変装術だけでも体得したいなあ。

 

 和屋敷らしく、座敷を囲むように廊下がめぐらされている。

 その廊下から、どすどすと恰幅の良さそうな男性の大股歩きの足音がきこえる。

 

「この屋敷のあるじだ。強襲戦車競技を開催するテキ屋衆の元締めさんだ」

「強襲戦車競技って言うと、「野帳場」で寺銭とって裏で賭博やっているあれですか」

 

 タンカスロンの元締めって、もっと雲の上の人だと思ってたけどね。

 神農商業協同組合さんがやってたんだ。

 

 上座の障子が開いて、あるじが入って来た。

 スキンヘッドにヒゲ、黒い羽織に袴のおじさんだ。

 だけど、まちがっても江田島平八ではない。もっと丸い顔だ。

 彼はそのまま、床の間を背負って、上座に正座する。

 

「お久しぶりでございます。理事長」

 

 大河さんが、ふだんの伝法口調を引っこめて、三つ指ついてお辞儀をする。

 僕も、それにならう。

 

「そちらこそ、息災そうで何よりです」

 

 意外なことに顔役さん=理事長さんは、自分もお辞儀をして、ていねいな言葉で返事をした。

 大河さんは、この人たちの生業にもかかわっているようだ。

 

「最近は縁日の数もめっきり減りましたからな。

 タンカスロンは店も出せますし、私らにとってはありがたいことです。

 今年もととこおりなく開催できておりますが、なにかやっかいごとでもおありですかな」

「……タンカスロンの試合を開催していただきたいのです。ただし、非公開の」

「ほう……。例の事件がらみですかな」

 

 なるほど、『事件』はこの業界の稼業人のかたがたにも知れわたってるんだ。

 よくごっちゃにされるけど、「渡世人」と「稼業人」は別のものだ。

 グレーゾーンだったり、渡世人に転職しているのもいるけど。

 このひとはまっとうな稼業人だ。床の間の掛け軸が「神農黄帝」だ。

 

「ええ。ですので今日は、その大洗女子の舵輪を預かるものをお連れしました。

 ……あいさつしなさい」

 

 一瞬、自分がうながされているとわからなかった。

 大河さんは伝法じゃないと調子が狂うなあ。

 

「大洗女子学園。生徒会仮会長、山本と申します。

 本日は軒先三寸借り受けたく、まかり越しました」

「君、それは渡世人が的屋をやるときのあいさつだ」

 

 しまった。生兵法は何とやらだわ。

 

「まあいいだろう。今日はこちらさんの顔を立てるつもりだったからね。

 だが、庭場(会場)と刻限は、こちらで決めさせてもらう。

 こちらは一文のもうけにもならんからな」

 

 理事長さんは、少し気遣わしげな顔をして、会場の地図をだして、日付と時間を書いた。

 

「しかし、ここは大洗からは遠い。

 普通なら学園艦ごと出向いて、はしけで近くの港に戦車を運ぶところだろう。

 だが、大洗艦は港から出られない。どうなさるおつもりか」

 

 大河さんが僕のおもわくを読んで先回りするような行動を取っているのは、何か事情があるの

だと思う。だとしたら乗りかかった船だ。頼んでみる価値はあると思う。

 

「大河さん。第2あきつをお借りできませんか?」

「……」

 

 この船の原型となった「あきつ丸」は、よく「陸軍が作った空母」と誤解されているが、

本当は「神州丸」のような揚陸艦に、自衛のための飛行機を乗せたというべきものだ。

 いまのヘリ搭載ドック型揚陸艦の走りと言っていいし、現に大河さんたちは巨大ヘリの

Mi-26をつかって、戦車輸送船として使っている。

 

「……わあったよ。お前さんには借りもあるし、この件が片付かないと連盟も困る。

 ヘリごと使わせてやる」

 

 話がまとまったところで、僕らは時間もないからおいとますることにした。

 たいしたおもてなしもできませんで、と顔役さんは最後まで低姿勢だった。

 

 

 

 

 

 

『……理事長さん。手はずどおりにことは進んだかしら?』

「……あなたの言うとおりになりましたな。彼女がここに来て『庭場』を借りに来ることも。

 そのときあなたは、御殿場にある庭場を貸せとおっしゃった。

 だからそうしましたが、それでこの『事件』は収束するのでしょうね」

『はい。あとは連盟と私にお任せください。土地をお借りする場所代については、

 きちんとした筋からお支払いを受けられますので。

 それと、「訓練展示」のときには、貴方の組合からだけ、出店を認可します』

「……そこまでしていただくと、何かむずがゆさを感じますな」

『ただ、……どちらにいたしましても、ことは貴方の手をもう離れております。

 そのことだけは、ご承知のほどを』

 

 

 

 

 

 

 僕はまた大河さんの運転するひとまるもどきに乗って帰途についている。

 会場は御殿場の山麓。日時は明日から数えて3日後。しあさって。

 ふう。スタングレネードもモロトフ火炎手榴弾も、それになにより連中を生け捕るための

あれがまにあわない。

 ダメ元で大河さんに聞いてみるか。

 

 

 

「……使うことがあるのかわからんが、なぜか北関東管区には腐るほどあるぞ」

「えっ?」

「なんなら、2号ことMi-26で前の日にばらまいてやるよ。

 ……それよりお前、なにか見過ごしてないか?」

 

 見過ごす? なんのことだろう。

 

「お前さん、あっしと話していたときに、ガッコから電話があったろ。

 その時に何話していた?

 学内のLANに割りこまれてたんだろ。物理的に。

 ルーターにどうやって認識させる? MACアドレスとかはどうやって知る?」

 

 普通にやろうとすれば、すごく時間がかかるし、発覚する可能性も高い。

 それって、もしかして……。

 

「だいたいだな。おめえ、女ってみんな同じだと思ってないか?」

「あーっ!! しまった」

 

 何で気がつかなかったんだろう。固定観念だった。

 まずい。すごくまずい。

 すぐにでも動かなきゃ。

 僕が戻るまでの時間も惜しい。

 スマホを取り出して、スクランブラーを起動して、河嶋さんに電話だ。

 河嶋さんも気を張っているのだろう。呼び出し音1回で出てくれた。

 

『なんだ、山本。とくにかわったことはないぞ』

「ハブに刺さっていた、ケーブルはどうなってましたか?」

『途中で切られていた』

 

 やっぱりそうか。これはダミーだ。

 あくまで学園の外から操作してると見せかけるための。

 

「河嶋さん。今動かせるすべての風紀委員を動員してください。

 生徒にT2のシンパ、内通者、またはメンバーそのものがいます!」

『なんだとお! ウチの生徒にケダモノとつるむようなのが……』

「この場合、いると考えた方がいいと思います。

 最悪を想定して動きましょう。

 情報科を重点的に捜索してください」

『……わかった。納得はできんがな。

 日吉にここ数日の暗号化通信を当たらせる。

 それと、いいたくはないが、ミヤタケがしかけていた盗撮カメラの監視網な、

 会長の指示で、要所は残していた』

 

 ……それこそ納得できないけど!

 まあいいや。使えるリソースは何でも使おう。

 

「僕が戻る前に事態が動いたら、僕に連絡しなくてもいいです。

 すぐに動いてください」

『わかった。皆にも伝えておくぞ。仮会長。

 急を要するときは、私は代行の指図で動く。それならいいだろう?』

 

 さすがに河嶋さんも、ここにおよんでメンツにこだわるつもりはないようだ。

 ふう。最大の懸念が払拭された。

 

「ええ、そのようにおねがいします。

 あと、私服の連中はどうしていますか?」

『要所に突っ立って見張っているだけだ。この学園には容疑者がいるのにな。

 我々がグルになっていると頭から信じていやがる』

 

 少しは建設的に動いてほしいものだ。

 大統領を絞ったって、油なんかとれないのに。まったく。

 僕は、もどるのは4時間後ぐらいになると伝えて、通話を切った。

 

 

 

「……でもなんで、大洗がねらわれたんだ?」

 

 大河さんがひとまるもどきを運転しながら、いまさらな事を聞いてきた。

 もちろん、連中が表舞台に出てくるには、うちのようなぽっと出が楽だからでしょ。 

 

「弱いし、戦車道始めて間もないから、とってかわりやすいと思われたんでは?」

「ふーん、そうかねえ。連盟認証工場持ってるくらい気合いの入った学校だぜ」

 

 ……そういえば、なんで20年前に戦車道やめたんだろ。

 大統領も、詳しいことは知らないみたいだった。

 いや、どうだろう。何か知っているのかもしれない。

 そうでなきゃ、刑事たちが来たときに、あんなベタなお芝居するわけがない。

 ……もしかしたら、大統領は自分でもなんとかできたんじゃないか?

 じゃなんで、あっさり捕まったんだろう。あのひとなら事前に雲隠れしそうなもんだけど。

 そして、捜査らしい捜査をしない私服警官たち。

 

「大河さん。戦車道やってた当時の大洗女子について、何かご存じですか?」

「そうさな。公立校の悲しさで、強豪とはいえなかったけどさ。

 寄せ集めに近いラインナップながら、授業としては結構盛んにやってたな。

 履修生が多かったんだ。だから陸自も先行投資として教官派遣したりしててこ入れしてた」

「将来の戦車兵候補として、ですか。やっぱり富士教導団から?」

「いんや、第1機甲教育隊だよ。東部方面混成団のな」

 

 東部方面混成団とは、東部方面総監部の教育部隊だ。

 第1師団と第12旅団を教育任務から切り離すためにつくられた、東部方面の教育隊。

 全陸自の教育部隊である富士学校とはちがう組織ね。

 たしかに富士学校が肝いりしたら、北海道にもっていかれるかもしれない。

 

「なんでやめたのか、ご存じですか?」

「さあねえ。あっしは知らないよ」

 

 バレバレのうそだ。あなたは知っている。でも答えない。

 いや、おそらく口にしてはいけないんだろう。

 陸自が戦車兵の供給元にしていたというなら、やめるならそれだけの何かがあったんだ。

 なんとなく、想像がついてきた……。

 ……大統領。つまり生徒会長しか閲覧できない文書を見てもいいってことなんですね。

 なら、帰ったらさっそく調べよう。

 

 今の段階でも、スマホで調べることができることは調べよう。

 第1機甲教育隊は連隊規模だから、隊長は一等陸佐だ。

 え? どーゆーこと? 偶然の一致かしら。

 もう一つ調べてみる。ある人物名を。

 島田なにがしという一等陸佐を。

 

 ふーん。

 これが事実なら、いま、西住流の蝶野さんが教官に来ているのはなんでだろ。

 そして、なぜ第1機甲教育隊は、大洗女子の戦車道復活にかかわってこないのだろう。

 勘当一歩手前の西住先輩を取り込むこともできるだろうに……。

 

 

 

 大河さんが北関東管区に寄らず、まっすぐ「上陸地点」の砂浜に行ってくれたおかげで

僕は予定より2時間以上早く大洗艦に帰投できた。

 そのまま中甲板を通って、直接校舎にもぐりこむ。

 全部、生徒会幹部でなければつかえない通路を使って。

 

 会長室では、西住先輩、小山さん、河嶋さん、日吉さんの4人が僕を待っていた。

 

「みなさんがおそろいということは、やっぱりいたんですね」

「……ああ、情報科にな」

 

 河嶋さんの口も重い。

 よりによって、けだものに内通しているような生徒がいたのだから。

 しかも、今日までそれに気がつかなかったのだから。

 僕と同じだ。

 すべての女性が、「けだもの」を憎みきっていると思い込んでいたんだ。

 固定観念のおそろしさだ。

 

 しかし、この行動のためにわざわざ大洗女子に入学して、今日まで「草」として

潜伏していたのだったら、数年かそれ以上の時間をかけた計画だったということになる。

 なんでそこまでして、大洗女子で騒ぎを起こす必要があるのだろう。

 

 やっぱりなにか裏がある。20年前に大洗女子が戦車道をやめたことには。

 

「その生徒はどうしています?」

「風紀委員会の『特別室』にご招待している。

 何も話そうとしない。だんまりをとおしている」

「つかまるときに、外部に連絡は?」

 

 それに答えたのは、西住先輩だった。

 

「スマホを取り出して、何かしようとしたけど、なんとかその前にとりあげたの」

「かなり荒事慣れしていた奴だっちゃ。代行がいなければ逃げられていたずら。

 スマホは起動していなかったっちゃ。今、解析中ずら」

 

 日吉さんの言うとおりなら、本当に間一髪だったんだろう。

 

 この学園の秘密のアーカイブ。

 いまのうちに急いで見ておく必要がありそうだ。

 

「みなさん、すみません。

 これから会長権限で調べなければならないことがあります。

 1時間だけ、時間をください。

 1時間後に、となりの生徒会事務室でもう一度打ち合わせをします」

 

 そして4人は退室し、会長室には僕だけが残った。

 20年前の秘密。そんなものがもしあるのなら、この部屋に隠された記録でしか

見ることはできないだろう。

 僕は、会長だけが手にできる電子錠を手に取った。

 臨時に、僕にだけ使用権が付加されている。

 

 それを会長専用端末に接続する。

 学籍番号の入力画面で、自分の学籍を打つ。

 

 アーカイブを開ける。

 そこにあったのは、マイクロフィルム化した文書を、さらに画像にしたものだった。

 

 そして、戦車道をしていたときの日報月報類、決裁文書などはきちんとのこっているのだが、

ちょうどやめた時期のものが、極端に少ない。

 さらに不可解なのは、その時期の副会長に関するものが、何もない。

 単に空席だったというわけではない。誰かが代わりをやってなければ、学園艦は機能不全だ。

 つまり、いたはずだし、いないと説明がつかないんだけど、副会長のかかわっているはずの

文書類が、ばっさりとない。

 わかっているのは、その時期に第1機甲教育隊からきていた、三佐と一尉、

あとなぜか、幹部教育が終わったばかりの新人の三尉が突然帰ってしまったこと。

 帳簿に残っている戦車がⅣ号1両なのはわかるけど、あとは「売却」が9両、「投棄」したもの

7両。でも車輌原簿は20両分ある。3両行方不明だ。

 まあ、投棄したもののうち1両も行方不明だから、持ち去られたと断定はできない。

 

 そして、7人の氏名不詳の生徒が、いっぺんに「退学」させられたこと。

 通常の強制退学の手続さえとられず、学籍が抹消されている。

 

 かえってわけがわからなくなってしまった。

 

 しかし、その年になにか大事件があったと言うことはまちがいない。

 でも、高橋先生に聞いても知らないだろう。だってその時は高校生だから、ここにはいない。

 

 ……ん? 会長席のビジネスホンが鳴っている。

 まだ1時間は経ってない。

 

「はい、会長席です」

『アキラか? 河嶋だ。

 日吉から、つかまえておいた生徒が、あのスマホでメンバーに定時連絡していた形跡があると

 連絡があった。

 そして、もう定時を過ぎているらしい』

「じゃあ、T2が奪還に来るかも知れないと」

 

 こんどは、会長専用端末からビデオ通信が着信した。

 園委員長だ。

 

『仮会長。5分前に不審者が校内に入ったわ。

 男が1人。この陽気にトレンチコートなんかはおってるわ』

 

 校内の監視カメラが、その男を追っている。

 そいつは別に忍び込むという風体でもなく、堂々と廊下のまんなかを歩き、僕たちのいる

管理棟をめざして進んでくる。

 

「そいつの目的は、捕縛された仲間の女生徒の奪還だと思われます。

 そちらを手薄にしないでください。僕が見てきます」

『すでに代行が向かったわ。

 でも戦車倉庫から出たから、合流する前にどちらかが奴と接触すると思うわ』

 

 僕は受話器をもう一度顔に当て直し、河嶋さんに指示する。

 

「聞きましたか? そこにいる生徒を奪還しに、男が一人で来ます。

 警戒を厳にしてください。捜索隊は必要ありません。

 僕と代行が行きます」

『わかった。気をつけろ。無茶はするなよ』

 

 受話器を置いた僕は、予想接触地点に向かう。

 先に行って待ち伏せていよう。奇襲できるかも知れない。

 

 奴のやってくる廊下を特定し、教室の影に隠れる。

 足音が規則正しく近づいてくる。

 重い音だ。歩幅も大きい。

 歩数にくらべて近づいてくるのが速い。背が高い奴だ。

 体重も重いだろう。90kgはありそうだ。

 つまり、感じとしてはデブじゃなく、身体能力はある。ようは強い奴だ。

 

 足音は規則正しく、僕が潜んでいるわきを抜けていく。かに思えた。

 奴は不意に立ち止まった。

 

「おい、そこに隠れてるの。出てこい」

 

 ふう、まだ僕も未熟らしい。あっさりばれたわ。まいったな。

 しょうがないから、いさぎよく出ていくことにした。

 ヘタな小細工は、通じないだろう。

 

 そこにいたのは、身の丈185ぐらいの背の高い男だ。

 背が高いだけでなく、肩幅もある。

 しかし、何を考えているのか、髪の毛とか、真っ赤っかに染めている。

 しかもその髪の毛が無造作に長く、腰まであるのを首の後ろでしばっている。

 まちがっても、ポニーテールのつもりではないと思いたい。

 着ているものは、この暑いのにバーバリのトレンチ。

 しかし、足にはなぜかズボンが見えず、かわりに編み上げのブーツ。

 もしかしてこいつ、よくいるタイプの変質者!

 

「ふん。暑苦しいか」

 

 そう言うと男は、トレンチのボタンをはずし始めた。

 これから「ガバッ!」とやる……。

 ――いや、いきなり脱ぎ捨てた-!!

 

「ふっふっふ」

 

 ……よくいないタイプの変質者だった。

 なぜか真っ赤なマントに、真っ赤なふんどし。

 そして全身毛むくじゃら~。

 顔はといえば、もう酒呑童子だ。いたとすればこんなまさに鬼面だろう。

 

【挿絵表示】

 

 

「け、けだもの……」

 

 いやもう戦車に乗ってなくても、けだものとしかい言うようがないっす。

 

「けだものか。良く言われるぜ。

 だあがっ、俺の名は『死界教典(ニブルヘイムエディタ)の簒奪者』こと睦 白昼。

 永遠の16歳だあっ!」

「……はぁ?」

「俺の名は『死界教典(ニブルヘイムエディタ)の簒奪者』こと……」

「……じゃなくて、来年になったら17でしょ?」

「だったらその時は『永遠の17歳』だ!」

 

 ……中二だわ。

 獣人中二病だあ。

 しかも、自己申告によると僕と同年代だ。

 

 つい僕は、敵の前だというのによろめきかけた。

 

「……ところでお前、男だろ?」

 

 瞬時に現実に引き戻された。ため息が出た。

 どうみても男が女装しているようにしか見えないんだ。こんなのにまでそう思われて……

 

 目のまえの獣人中二病は、そんな僕のリアクションに妙な顔をしている。

 

「においでわかる。と言いたかったんだがな」

 

 よけいひどいわーっ!

 そんなに僕って男臭いのっ!?

 

 そんな僕の隙を突いて、獣人中二病はいきなり右フックを見舞ってきた。

 ボーリングの球ぐらいはありそうな鉄拳が、うなりを立てて襲いかかってきた。

 かろうじて、紙一重でかわす。

 

 すると今度は、強引に裏拳に変えてきた。

 さすがにこれはくらってしまった。

 壁に叩き付けられる寸前で両足を縮め、壁を蹴るようにして後ろに飛んで、間合いをとる。

 

「なあ、男が戦車に乗ると、けだものなんだろ。

 だったら、けだものが戦車に乗る分には、初めからけだものなんだから別にいいだろ?」

 

 うーん。言われてみればそんな気が……。

 ……いやちがう! つい納得しそうになってしまった。あぶねー。

 本当になんなのこいつ? 調子が狂うったらありゃしないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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