失われた約束の地   作:米山ともき

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 Teach them a lesson.Johnny

 

 

 

 

 

 いま、僕の目のまえには一頭のけだものがいる。

 

 いや、オニケダモノだ。

 デーモンだ。オーガだ。トロルだ。ベヒモスだ。牛魔王だ。

 

 身長180~190cm。体重は90kg前後。

 筋骨隆々のいい体をしているが、残念なことに毛むくじゃらのビーストだ。

 あれだけパワーに恵まれているのなら、脱毛してなんでもいいからスポーツやれば

世界だってねらえそうな実力がありそうなのに。なんとこいつは、それだけの力を

男のくせに戦車に乗るという、まったく非生産的なことに費やしている。

 空挺団やレンジャーや特戦群に入れば、自衛隊最強の男になれるだろう。まちがいなく。

 

 まったく残念だ。

 そう、現状の僕では、はっきりいって勝てるレベルにはない。

 

 いやだわ。頭の中の独白が、まるっきり男じゃない。

 

 しかし、ほんとうに残念なやつだわ。

 赤マントに赤ふんどしに、赤いレスリング用のブーツ。

 髪の毛まで真っ赤っか。

 どこまで赤が好きなのよこのバカ。いや、獣人中二病。

 名乗りがふるってるわ。

『死界教典(ニブルヘイムエディタ)の簒奪者こと睦 白昼。永遠の16歳』ですって。

 頭がこれでは、ほんとうにけだものだわ。

 

 でも、こいつは僕たちがやっと押さえた、ケダモノ集団タスキーギー・タンクメン

略してT2に内通していた、大洗女子の生徒に身をやつしていた連中の一味を奪還しに来た。

 あの女生徒をここで逃がしたら、大洗女子にかけられた「男戦車乗りの支援者」という

濡れ衣をはらす有力な手段を失ってしまう。

 

 なんとしてもここで、食い止めなければならない。

 

 幸いなことに、コイツをはさむ形で、西住先輩がこっちにむかってきている。

 それまでコイツを足止めできれば、勝機があるかもしれない。

 

 しかし、コイツはこっちに増援がないと見ているのか、頭が残念なくせに慎重だ。

 何を用心してるんだろう。

 

 あーまた考えが男みたいになってる。

 もーいいわ。こんな獣臭いのを前にしてるんだから、しゃーないわ。

 仕掛けるか。

 しかし、こいつには僕の全体重を乗せた攻撃でなければ効きそうもない。

 ならば……。

 

 まっすぐ奴の顔を見すえて僕は飛んだ。

 真正面ではなく、右45度へ。

 顔をまっすぐ奴に向けていたのはフェイントだ。

 そのまま奴のサイドを抜けて、壁に両足をつけて、今度は向こうの壁めがけて飛ぶ。

 そして、反対の壁で今度こそ奴の方に飛んだ。

 三角跳び蹴りだ。

 決まった――。

 

 ……え?

 すべての衝撃が何かに吸い取られたみたいに、手ごたえがまったくない。

 斜め後ろから高速ドロップキックを食ったというのに、こいつ、身じろぎもしない。

 

「くそっ!」

 

 僕は後ろに飛んで、間合いをとろうとした・

 

 しかし、それより早く奴が動いた。左脚を軸に右足が飛んでくる。

 わずかに届かなかったけど、今度はその右を軸に同じ向きに回る。

 回し蹴りからさらに軸足を変えて後ろ回し蹴りか。

 なら、かがんで前進。着地前の向こうずねを蹴る!

 

「ふんっ」

「ぐっ!」

 

 くっ。後ろ回し蹴りと見せて、かかと落としに変化させてきた。

 奴の脚が、僕の左肩に落ちた。

 本来のかかと落としじゃない分、パワーはそがれてるけど、防いだ両腕がはじかれる。

 脱臼しなかっただけめっけものだけど、肩が悲鳴を上げている。

 体重があって、筋肉の長さがあるってことは、こんなに効くのか。

 くそっ! 押さえつけられて立ち上がれない。

 

「このままつぶしてやるよ」

 

 冗談じゃないわ。でもこいつ、おもくそ体重かけてきやがった!

 しかたない。さいわい両腕が自由だ。

 僕はこっそり左のそでから「寸鉄」をとりだし、右手で握って奴の「弁慶の泣き所」に

振り下ろす。

 

「痛でっ!」

 

 たとえバケモノでも、いちおう生物だったみたいだ。

 鍛えようもなく、肉もついていないところは、やはり弱点だった。

 しかし、獣人中二病にも、痛覚があったとは驚きだわ。

 

 そして、奴はまた「音無のかまえ」にもどった。

 どこからでも打ちかかってこい、といわんばかりに。

 しかし、僕の左上半身がいうことをきかない。

 

「ふん」

 

 僕が動かないとみるや、ふりおろすように右のストレートを放ってきた。

 左腕の上がらない僕は、後ろに跳ぶしかない。

 

 間一髪だった。拳の速さが人間じゃない。

 奴の拳は床にあたって激しい音を立てる。

 しかし、奴の拳はまったく無傷。

 リノリウムの床材の方に、ひびが入っている。

 そのまま奴は上半身をかがめてファイティングポーズを取り、つま先立ちでステップをふむ。

 

 こんな化け物、それこそ角谷大統領でもなければ退治できない。

 どうする……?

 こんどはまちがいなくガンガン打ち込んでくる。

 パワーとスピードの両方がある筋肉ダルマなんてありえないー。

 

 そのとき、奴のうしろの方からドスドスと重そうな足音で、かけてくるものが現れた。

 長い何かをかかえて、どすんどすんと走ってくる。

 

 西住先輩だった……。

 なぎなたや合気道の道着に紺色のはかま。足には戦車用の安全長靴。

 しかし、道着の上から着ているものがふるっている。

 

「これ着てきたから、おそくなっちゃった。ごめんねアキラくん」

 

 鎖帷子=チェーンメイルなんかじゃない。

 予備履帯を組み合わせて作った「履帯帷子」だった。

 いや、「帷子」って「カタピラ」に漢字を当てたものだから、意味が二重だ。

 だけど、あれはⅣ号の履帯じゃない。もっと小さな軽戦車用だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ……まさか、実家からもってきたの?

 西住流って、あんなもの着て鍛錬するの? 100kgはありそーだ。

 しかも手に持ってるものと言えば、Ⅳ号の側面につけられている、柄の長いオノ。

 それを、バトラックス(戦斧)のように片手でもっている。

 ……殺る気満々だ。先輩……。

 

「諸行無常。是生滅法。生滅滅已。寂滅為楽」

 

 つまり、さっさと涅槃に行けーっ! とっとと往生せいやっていうことだ。

 

「ふっ。俺は帝釈天なんかじゃない。本物の悪鬼羅刹よ!」

 

 あーあ。こいつの中二魂に、火がついちゃった。

 

 知るかボケ! とばかりに西住先輩はまるで重さなんかないかのように、長斧を振り下ろす。

 すげー速えー!

 さすがの獣人中二病もよけることができず、すかさず腕で受けた。

 鬼の腕が斬れる……。

 

 いや、オノの刃は、中二病の二の腕の筋肉に食い込んで止まってる。

 そして、肉の弾力が、オノを押し返した! なんなのそれ。

 腕は、皮すら切れていない。まさか本物のオニ?

 

 そして中二病は、両手で斧の柄をつかむと、西住先輩をぶん投げようとする。

 だが、さすがの悪鬼羅刹でも、総重量150kgにせまる物体を投げるどころか、

持ち上げることもできないようだ。

 そのまま人外と鬼神の力くらべが始まった。

 しかし、それなら装備重量100kgを切っている中二病の方が分が悪い。

 

 今だ!

 僕は中二の後ろに回り込み、ローキックでしこたま奴のむこうずねを蹴り飛ばす。

 すると今度は中二病は、西住先輩を持ち上げるのをやめ、その場でフルスイングした。

 西住先輩が、ガラス窓に叩き付けられる、……わけがなかった。

 斧の本体が外れて柄がすっぽ抜け、奴の両腕だけがぶんまわる。

 そのサイクロンに、僕が巻き込まれた!

 クリーンヒットした僕は、軽く10mはふっとんだ。

 

 後方伸身宙返り(右手だけで)で、なんとか立ち直った僕の横を、こんどは何かが

ごろごろ音を立てて走っていく。

 重いものを乗せた台車だ。

 それを押しているのは、近藤さん、佐々木さん、河西さんのバリボーガールズ。

 上に乗っているのは小さなヨロイ。というかハインラインの小説に出てきそうなアレ。

 たしかあれは……。

 思い出した。大統領がいま目のまえにいるような重量級の敵と戦うために、25mmの

浸炭鋼板を曲げて作った、機銃弾すらはね返す、角谷専用バトルスーツだ。

 そもそもサイズからして普通の高校生は入らないけど、背中の燃料電池パッケージによる

パワーアシストがあっても、あれ着て動きまわったり、白兵戦できるのは大統領だけだ。

 たぶん中身は、体格的に大統領にちかい磯部さんだろう。

 何をする気?

 

【挿絵表示】

 

 奴に向かって全力疾走していた3人が急停止する。台車のブレーキ踏んづけて。

 磯部さんだけが、慣性の法則で奴に向かって飛んでいく。

 でも、たぶんぶつかっても、はね返されるだけ。

 と思ったら、狙いは別だった。

 

 なんと、磯部さんは両手両足を使って、奴にしがみつく。

 一気に奴の上半身の重さが倍以上になる。

 いくら人外の獣人中二病でも、これにはさすがにバランスを崩して転んだ。

 今度こそチャンスだ。

 

「死ね死ね死ね死ね」

 

 西住先輩が斧の柄を捨てて、腰に差していた素振り用の8kgの六角棒をふりおろす。

 僕を含む4人は、とにかくげしげし蹴りまくる。

 これで何とかコイツを倒せる。そう思ったときだった。

 

『緊急放送! 捕虜が逃走した。繰り返す、捕虜が逃走した!

 校舎内の全風紀委員は、直ちに追跡せよ。

 敵は、内通者と風紀委員に偽装した者4名の計5名』

 

 しまった。また後手に回った。

 コイツが暴れるのは、それ自体陽動だったんだ。

 しかも、内通者の女生徒が一人とはかぎらなかったことも見落としてた。

 そして、みんなおかっぱヘアの風紀に化けて、風紀の集団の中に紛れ込む。

 コイツが中二だからって、T2全員がそんなわけないじゃない。

 

 獣人中二病はそれを聞くと、磯部さんがぶらさっがったまま、むくっと起き上がる。

 

「ふん。もうお遊びの時間は終わりだ。帰らせてもらうぜ」

 

 さんざんぶん殴ってけりまくったのに、何も効いていない。

 そして奴は、ものすごい勢いでコマのように回転して磯部さんをふり落とすと、

そのままドロップキックで窓をけやぶって、ここ、校舎の3階から飛び降りる。

 ドスン! と、デカい地響きを立てて着地。そのままダッシュして夜の闇に消えていく。

 一体何なんだよあいつ。

「人外」って意味をはき違えてない?

 

 なぜか、西住先輩が僕の背中を指さしている。

 あ? いつのまにか、僕の背中にガムテープで紙が貼ってあるー。

 

『挑戦は受けた。御殿場に先に行って待っている。

 20年前の因縁は、そこで返してやるぜ。

 by死界教典(以下省略)』

 

 まただ。また20年前。

 しかも、因縁と来た……。

 

 

 

「図られた。せっかくの生き証人をむざむざと……」

 

 河嶋さんも、本当に悔しそうだ。

 内通者どもが、よりによって風紀委員の交代の合間に、みんなおかっぱの風紀委員に化けて、

それも、自分の髪の毛を本当のおかっぱにして紛れ込むなんて。

 なにがあったかしらないけど、メチャクチャ本気だ。

 20年前に、ここで何があったっていうんだ……。

 

 緊急呼び出しブザーがいきなり鳴った。

 こんどは何があったっていうんだ。僕は会長席の電話のハンズフリーボタンを押した。

 かろうじて叫び声にならない、緊迫した声がひびく。

 

『会長室ですか!? こちら、船体後部ウエルドック管理室です。

 漁業科の漁船が1隻乗っ取られました。ゲートを開けて勝手に出ていきます!』

 

「……奴ら」

「なんてことを……」

 

 周到すぎる。ずっと前から準備していたんだ。本当に。

 僕たちが雁首そろえて、何もできないなんて。

 

 乗っ取られた漁船は、大洗艦の航法レーダーから、すぐに消えてしまった。

 あれだけうじゃうじゃいる私服の公安連中は何をしているの? こんなときに何もしない。

 

 

 

「本当に、大河さんがおさえた戦場で、連中と一戦交えるしかないみたいです」

 

 僕は、西住先輩の方を向く。目があった先輩は、うなずき返す。

 

 

 

 つぎの日の午後。

 僕たちは大洗に寄港した連盟第11独立評価試験部隊、通称「デスバード」の保有する

戦車輸送船「第2あきつ」の乗客となった。

 

「アキラくん。肩のぐあいはどう?」

 

 梓ちゃんが心配している。だけど、残念な事を言わなければならない。

 

「けがというほどのものじゃないけど、お医者さんはあさってまで左腕を使うなって」

 

 つまり、今回僕はリーで装てん手はできない。

 通信だけやってくれていた大統領を欠いたカメさんチームもゆけないし、小山さんは

大洗女子に残って、僕たちのいない間の学園のすべてを掌握しなきゃならない。

 河嶋さんが、僕の代わりにリーに加わることになった。

 学内の危機管理は、園風紀委員長に一任した。

 もっとも、僕たちが第2あきつに移乗するのと同時に、私服たちも引き上げてしまったので、

もう、これ以上の危険はないのかもしれない。

 そのようなわけで、大洗女子戦車隊は、カメさんチーム欠の4両で御殿場をめざす。

 

「アキラくんは、どうするの?」

「梓ちゃん。僕は大河さんとヘリに乗りこんで、見届け人の一人をやる。

 それとは別に、やることがある。

 できれば、連中に加わってる生徒5人を、無傷で助けたい」

 

 これはいつわらざる、正直な気持ちだ。

 戦車に男が乗れば、女性では適用されない刑法、銃刀法、道路交通法、破防法などが

適用される。極端な場合、内乱罪の適用の可能性さえある。

 しかし、女子であれば今回の場合せいぜい威力業務妨害止まりで、不起訴もありえる。

 

「でも、20年前から行方不明になっている戦車って、どうなったのかしら?」

「……どうなったのか、いまでもわからないらしいよ」

「どんな戦車だったの?」

「たしか、帳簿上は……2m、171、76W、だったな。何のことだかわからない。

 西住先輩は例によって、この世界に絶対に倒せない戦車なんかない。って考えだから」

 

 別に西住先輩が自信家とか、精神主義だとか言いたいわけじゃない。

 僕だって「人間にこわせない機械はない」と思っている点ではいっしょだ。

 人間は人間によってのみ、倒すことができる。

 負けたとしたなら、戦車ではなく、相手が強かったのだ。

 戦車は、どこまでも人間の強さの補正でしかない。

 どちらかが三倍以上多いときは、もはやその補正すらあやしくなってくる。

 ランチェスター第二法則が効いてくるのが、ここからだから。

「戦いは数だよ兄貴」っていうのは、まったくの真実だ。

 絶対に勝ちたければ、六倍以上の数がほしい。

 ここまでくると、軽戦車と重戦車の差異でさえ、絶対的ではなくなる。

 現に、鴨緑江まで迫った国連軍だって、参戦したリパブリックチャイナの「人民の津波」に

押し戻された。高度な機械化軍団と雑多な銃だけ渡された民兵同然の軍団の戦いだったのに。

 

 

 

 出発の翌日の夕方。

 第2あきつは伊豆半島をまわって沼津側にぬけ、さらに進んで清水港に投錨した。

 僕たちはそのまま船の中で一泊し、あくる日の夜明け前から部隊の上陸を始めた。

 DB2(Mi-26)は「庭場」と船を数回往復して必要な物や人を運び、戦車隊はトレーラーに

乗って、清水ジャンクションから御殿場ジャンクションまで東名に乗り、「庭場」に向かう。

 庭場は、誰かの所有地ではなく、くだんの組合理事長さんが「入会権(いりあいけん)」と

いう地上権を先祖代々持っている土地ということだった。

 うかつなことに僕は、御殿場に関することを、このとき全部忘れていた。

 

 庭場は、駒門公園の近くから入った、原野と山林がひろがる広大な土地にあるらしい。

 

 

 

「来たか、きみたちも」

 

 大型の4WDを若い衆に運転させて、組合の理事長さんが待っていた。

 きみたちも、ということは、連中はすでについているということか。

 今回は戦車に乗らない僕は、理事長さんの車に乗せてもらう。

 戦車たちは、このクルマの後についていく。

 

 顔合わせの場所に着くまで、たいしてかからなかった。

 ここは、山林が遠くに見える、だだっ広い原野のどまんなか。

 獣人中二病は、やっぱり例のスタイルできた。

 1回すでにみている僕のほか数人以外から、悲鳴と絶叫が上がる。

 平然とした顔をしているのは、やっぱり五十鈴先輩だけだ。

 このひとを驚かせるのは、至難のわざにちがいない。

 あとの連中も、獣人ほどではないが、そうとう鍛練を積んでいる連中。

 僕らぐらいの年齢だとすれば、何か理由があって小学校時代からハードトレーニングを

積んでいなければ、あんなからだにはならない。

 あとは、うちにいた内通者らしき女子が5人。

 いや、もうはっきりとメンバーだろう。獣人以外の男どもと同じ、僕がふだん着ている

戦車兵用のカモフラージュを着ている。

 僕は、アルゲマイネがヴァッフェンの迷彩野戦服に替わっただけの、例の格好。

 丸ブチのだてメガネでもかけてくればよかったかもしれない。

 

 戦車は3両いた。

 全部鋳造でできた、車体と砲身が長い、中途半端な重戦車とも中戦車ともつかないのが1両。

 やっぱり中途半端で長砲身なんだけど、こっちは全部溶接の、角張った戦車。

 そして、アリサさんがのっていた、全部鋳造のシャーマン。

 でも砲身のさきに目立つマズルブレーキがついている。たしか「二段式」というやつだね。

 履帯も、あれより気持ち幅があるような気がする。

 ふだんなら戦車を見れば熱狂する秋山先輩も、今日は怒って黙りこくっている。

 愛する戦車に、これからけだものが乗るのだから当然だろう。

 

 ふう、これでは筆記試験の結果が思いやられる。

 形を見て車種を当てられないなんて。うちの戦車とはちがうことしかわからない。

 

 それにしても、他の人にとってはどうでもいいことだが、僕にとってはむかつくことがある。

 奴ら、砲身と車体のおしりを、わざと真っ赤な塗料で塗っている。

 まちがいない。レッドテイルズフェアリーを模しているんだ。

 飛行機が好きな僕にとっては、実に許しがたい。

 

 タスキーギー・エアメンズ。

 合衆国陸軍航空隊、第15空軍 第332戦闘航空群。

 当時、激しい差別のもとに置かれていた黒人、アフリカ系アメリカ人のみで作られた部隊。

 

 スピナーと尾翼を赤く塗るのがシンボルだったころから「Red Tails Fairly」とも呼ばれる。

 

 そのころまでに、南北戦争からの歴史によって、奴隷から解放された彼らであったが、

依然ぬきがたい差別がよこたわり、彼らは社会の下層にいることを余儀なくされていた。

 悪名高いアパルトヘイトと同じ事が行われ、どこでも何をするにしても、居場所すらも

白人と黒人はわけられていた。

 それまでの戦争で戦功のあった黒人たちの尽力によって、全米に少しだが「黒人専用」の

大学ができていた。

 第二次大戦が始まり、ドイツやイタリアが大学の学徒をパイロットとして養成していることを

知った合衆国軍でも、同じ事を始めた。これにより在学中に士官の資格を得たパイロットたちが

多数、戦地に赴くことになる。

 そして、「黒人専用の大学」にも少数だが、この飛行士養成課程を持つ物があった。

 そこを修了した学生たちは、黒人の地位向上のために、軍に志願する。

 しかし、軍もまた差別隔離社会であったことは変わりなく、白人の部隊に黒人のパイロットを

配属させることは、認めがたいことであった。

 しかし、志願者は増え続け、やがて、これもまた「黒人専用」の戦闘機隊が編成されることになり、「黒人専用」の基地、タスキーギーで養成を受けた。それが332nd.

 彼らは白人たちの迫害を受けながら欧州の空で勇猛に戦い続け、英雄として名をあげた。

 人種差別がまだまだ残る、公民権運動以前の合衆国で、彼らが正当に評価されることはなかっ

たが、2006年になって、部隊全体として合衆国最高勲章であるゴールドメダル(議会金星章)を

授与される。アフリカ系アメリカ人であるオバマ氏が大統領に就任するのはその3年後だ。

 

 その人たちを、こいつらは自分たちと同じけだものの地位まで引きずり下ろそうというんだ。

 

 

【挿絵表示】

 

(念のためにいえば、332ndは442ndのように、マイノリティ自身が合衆国に作らせたものでは

 ない。また、某有名監督の邦訳版のない日本未公開映画は、『トラ・トラ・トラ』のはるか

 後に作られた『パール・ハーバー』並みにフィクションである。332ndの護衛下でも、

 25機の爆撃機が失われている。損失0というのは作り話だ)

 

 

 

 獣人中二病が、大地を踏みしめながらこっちにやってくる。

 西住先輩とあひるさん以外は、悲鳴を上げて逃げ出した。

 さすがの五十鈴先輩も、安全な距離まで歩いて行って、遠目にこっちを見ている。

 どこまでも冷静な人だ。

 

「よう、またあったな」

 

 ふう、これからやりあうためにきたのに、そのあいさつはないだろう。

 僕はもう、怒りもあきれもとおりこして、ただただうっとおしい。

 

「お前はどれに乗るんだ?」

「今日は乗らないよ。だれかさんに美味しいかかと落としをごちそうされたからね。

 今回は生徒会仮会長として、試合の見届け役だ」

 

 奴は僕の左肩を、ドンと手のひらでたたいた。

 僕は平気なふりをする。

 

「そうか。せいぜい気張れよな。わっはっは」

 

 

 

 両方の隊長に、やはり見届け人の理事長と大河さんが、ルールを説明している。

 なんと、連中の隊長は獣人中二病だった。喜んでいいのだろうけど。

 

 試合形式は、双方、待機場所の森林から出撃。不期遭遇戦で殲滅戦というもの。

 この戦場では、原野で鉢合わせしたら、こっちは瞬殺される。

 しかし、原野といっても濃い森林がまばらなだけで、地形は起伏もあり、ブッシュも多く

雑草は長く伸びて密集しているところもある。またなぜか大小の非舗装の道や、道路といっても

よいようなものまである。ここはどういう所なんだ?

 

 大洗側の待機場所は、この原野の入り口近くのまとまった森林地帯。

 こっちと反対側に行けば、道路や市街地に出る場所だ。

 僕以外の全員が、そっちへ向かっていく。

 けだものどもは、逆の方へ。

 

 

 そしてここには、僕たちと、理事長さんの大型四駆と、Mi-26が残った。

 

「理事長さん、私といっしょにあのヘリに乗ってください。

 山本。君も来なさい」

 

 そう大河さんにうながされ、僕たちは理事長さんの車ごと、Mi-26の胴体に乗り入れる。

 カーゴスペースには、例の物が、束ねられたままおかれている。

 

「試合場と、奴らの台数を見て予定を変えた。

 ……やたらとばらまいても、意味ねーだろ」

 

 なるほど、奴らの進路の前にまくというわけだ。まあ、それしか方法がないだろう。

 それはいいけど、なんというか、ここにはただの無線機にしては大きすぎる機材がある。

 

「これからこの場所でかわされる、すべての無線通話を傍受するが……

 お二人には、その内容については、沈黙を守っていただきます。今後もです。

 ……もっとも、聞いてしまったら、そんな気も失せるでしょうがねえ」

 

 連盟にとっては僕らはエサで、まっとうな試合をやる気などないことはわかっている。

 しかし、それにくわえて、何をしようというんだろうか。

 

 Mi-26のエンジンがうなる。

 内装は旅客機仕様なのか、あのうるさいエンジンやローターの音はかすかだ。

 やがて、ヘリは砂ぼこりを巻き上げながら、まっすぐ上空へ上がっていく。

 巨体の割に早い。もう高度1,000mぐらいにきた。

 

 不意に僕は、何か大事なことを忘れていたのに気がついた。

 御殿場、あの山のふもと。所有者のいない入会地。ここは……。

 そして、駒門という地名。見たことがある。あれはたしか……。

 ――第一機甲教育隊の、駐屯地だ!

 

 開始時刻になった。ヘリから発光弾をぶら下げた落下傘が投げられる。

 それと同時に、例の傍受機が通信を傍受した。

 

『教育隊隊長より達する。全中隊、状況開始』

『一中隊、状況開始』『二中隊、状況開始』『三中隊、状況開始』

『四中隊、別命あるまで待機』『教育隊本部は、所定の位置まで移動する』

 

 何だって!?

「状況開始」って、ここで、東富士演習場で、実弾演習をするの?

 

 

 

 大洗女子戦車隊は、上空に輝く発光弾をみて、機関を起動し、出発しようとした。

 その前へ、警務隊の制服を着て、完全武装した陸自の隊員が飛びだして、皆を静止した。

 驚いてⅣ号から飛び出す西住先輩。

 

 警務隊の隊長は、身分証を見せ、自分たちが駒門駐屯地の所属であると告げて、こう言った。

 

「ここから先は、第一機甲教育隊の、本日の演習区域になります。

 民間人は、立ち入ることはできません。

 状況が終了するまで、その場で動かず待機してください。

 ただし、町の方にご用がある場合は、おっしゃってください。

 なおここでは、携帯、スマートフォンの電源はお切りください」

 

「いったい、何が起こっているというの? 試合のために借り受けたんじゃないの?」

 

 西住先輩の疑問に答えるものは、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ
操向装置のその後~現代まで。


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次回は「変態編」
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