依然として西住先輩たちとの通話はまったくつながらない。
まちがいなく携帯の電源が切られている。
無線でも使ってくれれば、こっちにはつたわるんだけど、戦車からも降ろされているかも。
無線傍受機は、がぜん忙しくなっている。
習志野のコールサインがとびかい、デジタル暗号化通信がとぎれなくつづく。
もしかしたら、習志野の空挺団と特戦群は、出動待機命令がとっくに出ていたのかも。
木更津も通信密度が増えている。第一ヘリコプター団の全力出動だ。
警察無線の帯域も、パンク寸前になっている。
道府県警の公安部や、警視庁のSATに緊急呼集がかけられているのだろう。
しかし、この無線の混雑は、ほどなくおさまった。
傍受されるのをおそれて、短時間ですむバースト通信で、あらかじめ決められていた符丁と
目標だけを送ったんだろう。
つまり、さとられないように事前準備の時間をかせぐために、大洗で捕り物やっていたんだ。
T2を本気でつぶすつもりで、作戦を立てていたんだな。
あとは情報だけそろえばGoという段階まで、ひそかにこっそりと。
大統領と僕たちは、いい面の皮だ。まったくもう。
そのとき、ヘリの外を飛ぶ何かがちらっとみえた気がした。
僕は、ヘリの側面窓から外をよーく見る。
……OD色のブラックホークが2機飛んでいる。あのままいくと駒門方面だ。
父やじっちゃんの影響か、ノーズアート描くのが増えたなあ。
って、先行する1機は「リーベンチェズ」、振り袖を着た鬼娘。
まさか父が乗ってやしないだろな。統幕総務課長が市ヶ谷放り出してなんてことはないよね。
……いや、ありえる。ノリノリで空挺団引き連れて飛びまわるかもしれない。
いまだって空飛びたくて、うずうずしてるんだから。
はい、アキラ三代は、みーんな高いところが大好きでーす!! だから僕もいま幸せ。
……そうとも思わなきゃ、やってられない。
僕は、ただの高校生なんだ。
「チーフ。空挺団のヘリから通信が入っています」
Mi-26のコパイのひとが、大河さんに報告する。
どういうことだろうか。
大河さんが「こっちにまわせ」といって、ヘッドセットをつける。
「はい、こちら戦車道連盟所属JA11TK。感度良好」
通信相手と大河さんはすこしこみいった話を始めた。
もちろん、傍受機経由で僕も聞いている。
相手は第一空挺団の小隊長で、ヘリ1機で一個分隊を連れている。
小隊長に、大洗女子を代表するものはいるかと聞かれた大河さんは、僕のことを話した。
『ボンズが相手なら、話は早いな』
僕も小隊長のことは知ってる。
二等陸士からのたたき上げで、部内幹部候補生に選抜され、幹部になった人だ。
父がよく家に連れてきた隊員の一人で、僕が幼稚園児だったころには空挺き章(徽章)を
佩用していた猛者だ。
大河さんが今度は僕にヘッドセットを渡した。
「……というわけで、自走砲に立てこもる女子5人を無傷で制圧したいんです。
ものはヒヤシンスで、全員乗員室にこもっていると思います」
僕は手短に状況をつたえた。
もっとも、歩哨を立てている可能性がないわけではない。
もし、襲撃を受けたと彼女たちが悟ったら、発射薬に火を放って自爆するおそれがある。
つんでいる弾頭がほんとうに生物兵器弾なら、中身が広範囲に拡散するかもしれない。
また、別の危険もある。
彼女たちが無線で「任務失敗」を発信したときだ。
T2の構成員が、アジトなどから姿をくらますかも知れない。
当然、どちらも両方とも阻止できなければ陸自部隊にとっては任務失敗だ。
来てくれたのが精鋭中の精鋭部隊で本当に良かった。
『じゃあ、そっちのヘリで俺たちの機体についてきてくれ。
本当は俺たちは、大洗女子戦車道隊員に危害が加えられるのを阻止するために、
演習参加部隊という名目でここに来たんだ』
僕は、もう一度電子官報を見る。
参加部隊は、東部方面混成団の一部と中央即応集団の一部となっている。
なるほど、いわゆる陸自の「用意周到」ってやつだったんだ。
特戦群も演習名目で動いているのだろう。
父も「動脈硬化」のわりにはよくやってくれる。
メンタルだけではなく身体も動脈硬化だけど。酒の飲み過ぎで。
『おやっさんから、ひさしぶりにせがれをギュウギュウに締めてやれっていわれたからな。
「作業服」ないなら貸してやるぞ』
陸自で「作業服」っていうと、迷彩2型というコンピュータパターンの汎用迷彩服のこと。
空挺のは一般用とちょっとパターンが違う。機甲科用は難燃性素材でできている。
「それにはおよびません。ちゃんとカモ着てますから」
『それでは5,000mを20分で走るから、ついてこいよ。ボンズ。
遅れたらバリカンで坊主頭にしていいと将補殿がおおせだ。
ヘリのエンジン音で気づかれたら元も子もないからな』
今回は装備無しで、身体ひとつで進撃するぞってことですか。
このウィッグ、ずっとかぶってなきゃだめだろうなあ。やれやれ。
父が乗ってるだろう日本鬼子の方は、そのまま駒門の方に飛び、列機の方がMi-26の方に
向かってくる。
「はらよ。山本、これ持って行け」
といって大河さんが僕に手渡したのは、まいどおなじみ、スタングレネード。
それも2つ。
「それからこれもな」
そういわれてわたされたものはというと、手錠とギャグが5組。
「まあ、穏便にと言うことだ」
手錠と猿ぐつわで「穏便に」って、しかも相手は女の子でしょー!
だめだ。本当にコウモリで変態になってしまう。
獣人中二病以下の存在、いや、あいつはもしかしたら……。
……いや、考えてもしゃーない。
もっとマシな方法ったって、麻酔のたぐいは化学兵器扱いだから戦闘部隊は持ってないし、
麻酔銃を人に撃ったら、れっきとした犯罪だ。笑気ガスでもそうだけど、死ぬかもしれない。
クロロホルムなんかで眠らそうとしたりしたら、殺人未遂罪になるかもしれない。
分量間違えれば、本当に中毒死、または窒息死する。アレは本当は危険。
正直な話、スタンガンでも持たされた方がまだいい。
たしかに僕が「たまたまあった」スタングレネードを使っても、相手が生物兵器を
拡散しようとしていました。またはそのおそれがありました。ってことなら正当防衛になる。
……かもしれない。
でも、音圧が160dBとか、まずありえない爆音を出す。
使われた相手が、なんらかの障害を負う可能性もある。
ヘリはヒヤシンスの隠れている林から、5km以上はなれた野っぱらに並んで着陸した。
ブラックホークからは、件の小隊長さんと、隊員が5人降りてきた。
手には89式はかかえていない。
任務が任務だから「戦闘装着セット」のうち、被服やテッパチ以外ものはヘリに置きっぱなし
みたいだけど、全員偽装網、よくいうギリースーツを着てる。
「ボンズはその、武装親衛隊一式か」
「ミニスカなんかで来られたらどーしよーかと思ってたぜ」
例の映画のアルゲマイネのポリゴンは、黒いレザーのミニスカに網タイツでしたけどね。
知らないでしょうけど。
「やっぱキモイですか?」
「ん? いや、大洗の制服だったら、中身がボンズでもムラっときちまうかもな」
「実際男でも何もかまわないし」
ちょっと待てい~!
……現役の兵隊さんが言うと、洒落ですまないです。
はぁー。まあいいや。気を取り直そう。
ほかにこの人たちが何を装備しているかというと……。
ショルダーホルスターにハンドガンふたつ吊ってる。
小隊長さんが、不審がる僕に1丁ずつ抜いてみせる。
片方は、最近うわさになっている極秘に調達されているやつじゃなく、みなれたミネベア。
「ほれ、マガジン見てみろ。プラ芯のゴム弾だ」
本当だ。
9mm弾が薬きょう部まで青いゴムにおおわれている。
でも、至近距離で撃ってはいけない。
プロボクサーの素手パンチとおなじ運動エネルギーになるから、死ぬかもしれない。
そのためゴム弾は、銃口から出たら先がわれて、空気抵抗で減速するようになってる。
利き手側でない左に吊っているもう1丁は、なんか黄色い。オモチャっぽい。
でも台尻から、電話の受話器についてるような巻き線のコードがのびてる。
まさかこれって。
「テイザーだ」
うわっ、針飛ばすタイプの単発式スタンガンだ。
何発も撃たれると死んじゃうー!
とっさのときにこっちをさきに抜くように、左のホルスターに台尻を向けて吊っている。
しかし、正規の装備品じゃないのに用意がいいなあ。
「けげんな顔するなよ。
制圧対象に女子がいるとわかったんで、とあるところが用意して昨日持ってきた。
『とあるところ』だ。わかったな。
だができればこいつらも、あれも使わずにすませたい」
最後に降りてきた2名はそれぞれ「カールくん」と「空飛ぶ日○マーチ」をもってきた。
たしかに、あれを使うようじゃ本当に終わりだ。
そして僕は、バケモノ空挺団の一軍連中の最後尾を、ひいひい言いながらランニング。
カールくんどころかマーチしょってる隊員様にもついて行けません。
でもここで負けたら、髪の毛をバリカンで五分刈りにされるという恐ろしい運命が待っている。
くそー。負けるもんか。髪は女の命なんだから。
そして、何とか僕は5,000mを18分で走りきって(あほんだらー)目的地の林の前についた。
「ボンズにあわせて、手加減しすぎたな。装備もないし、こんなんジョギングだ」
本気で言ってるんですか? 高校生男子の日本記録だって15分台ですよ。
でもまあ、たしかに息を切らしてるのは僕だけだ。空挺バケモノすぎ。
しかし、本当なら林の入り口に見張りがいてもいいはずなのに。
「だれもいないな。ちょっと周囲を調べてみろ」
いま、僕らは、林から30mぐらいはなれたところにあるデコボコ地帯にかくれている。
無線監視カメラとか、ちかよったら発動するトラップなんかがあるかもってことかな。
『林の外周に沿って、M18が数個仕掛けられていました。ワイヤートラップです』
M18クレイモア。いうまでもない指向性対人地雷。
リモコンじゃなくワイヤー起爆にしたのなら、「鹿威し」の代用だろう。
爆発音とか悲鳴とかで、敵の接近を知るための。
「信管抜けるか?」
『できそうです。ん? これは』
「何だいったい」
『これは、たぶん教育用の模型です』
「なんだって」
おそらく、中二病が本物といつわって渡したんだ。
歩哨になって危害を加えられたりしないように……。
お前、ほんとうに彼女たちを安全に引き渡したいのか。
「でしたら、彼女たちはヒヤシンスに閉じこもっているかもしれません」
「爆発音がしない限り、油断してくれているということか。ボンズ」
「そう願いたいです」
本当にそう願いたい。
そして僕の願いは、僕の想像を超えた形で実現する。
小隊長さんを先頭に、前方確認を厳にして僕たちは前進する。
小隊長さんのもつ画像型地雷探知機でサーチしながらなので、本当にゆっくりだ。
みなテッパチの下の顔を、目出し帽でかくしている。
僕もそうしている。暑いけどしかたがない。
顔の肌の色で察知されたら元も子もない。
そうしてそろそろと、20分も進んだころだろうか。
「おい、あれはなんだ」
小隊長さんが、小声で注意喚起する。
光を反射する双眼鏡のたぐいは、うかつにつかえない。
小隊長さんはひとりで先行する。
手招きに応じて、ひとりずつしゃがみ歩きで木に隠れながら接近する。
小隊長さんが、木の陰に隠れた。
「なんてこった」
木の先には、すこしだけどひらけた場所が広がる。
「ヒヤシンス」2S5ギアツィントS自走砲がそこにある。
僕は、そこで信じられない物を見た。
「……これはいったい」
まるでピクニックでここに来て、お昼のお弁当でも広げるように。
ビニールシートをしいて、たぶん最後の食事と思って皆で作っただろう料理を広げ、
……5人が、横たわっていた。
ちょうどそこのところだけ、山野草の花がいっぱい咲いている……。
この血塗られた戦場で、信じられないようま平和な光景だった。
「自決したのか?」
「おい。調べてこい!」
小隊長さんが、隊員を二人指名して調べに行かせた。
僕は、ただ最悪の事態でないことを、祈るだけだった。
小隊長さんが指名した二人の空挺隊員が、交互に5人を調べる。
ほんの1分ほどが、とてもとても長い時間に思える。
ひとりの隊員さんが、こちらにむけて顔を上げた。
心臓が締め付けられる。
そして、彼の口が開く……。
「脈拍も、自発呼吸もあります。眠っているようです」
よかった。死んでいたわけじゃないんだ。
じゃあどうして、こんなところで食事中に眠りこけてしまうんだろう。
「たぶん、コイツですね」
隊員さんが持ち上げた物は、やはりシートの上に置かれたプラスチックの給水器。
もう一人の隊員さんは水をそこに転がっていた紙コップに取ると、試験紙を突っ込んでいる。
「やはりそうですね。睡眠導入剤の反応が出ました」
そうか、そうなんだ。中二病、君という奴は……。
この人たちだって、僕がふだん目にしている普通の高校生たちだ。
最後の食事と決めて作っただろう料理は、年齢相応のかわいらしいものだった。
ほんとうに、山歩きにきたみたいに。
誰もケガしないように。
誰も傷つかないように。
「ボンズ。目を覚ましたら本当に自決するかもしれない。
大河という人からあずかったものがあるだろ」
「僕に、この人たちを拘束しろと」
「男の俺たちにやらせるのか? お前は『女』なんだろ。
時間がない。早くしろ」
パラパラと、ヘリのローターブレードの音がゆっくりと近づいてくる。
「よし。お前ら、この子たちをギアツィントに積み込め。
ボンズはギアツィントを操縦して、林の外に出ろ」
「えっ? また僕ですか」
「そのためにお前を連れてきたんだ。
単なる男の俺たちは、装甲戦闘車両に乗ることはできない。
男でこういう物に乗っていいのは、法的には女であるお前だけだ」
確かにそうだ。
女に見えなくても、僕は女だ。ということになっている。
それを指摘した人物は、まだとらわれの身だ。
なら、いくしかない。
「林の外に出たら、生物兵器弾頭をロクマルに、女の子たちはDB2号に乗せる」
「――小隊長さん」
「生物兵器なんて初めからなかった。俺たちも知らなかった。
ギアツィントに誰が乗っていたかも知らない。そういうことだ。
この子たちはピクニックに来て眠りこけ、悪い夢を見ていただけだ。
わかったな。さっさといけ」
そういうことですか。わかりました。
あなたのご厚意に感謝します。
僕は心の中だけでお礼を言い、ヒヤシンスの操縦席にすわる。
でも旧ソ連のAFVって、ギアシフトにハンマーがいるとか言ってたな。
ダブルディファレンシャル方式では常識のステアリングハンドルじゃなく、
2本の操向レバーがシートの左右についている。
まさか、今どきクラッチ&ブレーキとかないよね。HSTとかぜいたくはいいませんけど。
一応セミオートマみたいで、クラッチはない。
シフトを入れて走り出す。
なんか、以前に動かしたことがあるような感触だ。
おっ! これって、クレトラックだ。
いやー、クレトラってだけでうれしいです。(※正式にはギア・ディファレンシャル方式)
林を抜けると、2機のヘリがエンジンアイドリングで駐機している。
隊員さんたちがバケツリレーならぬ砲弾リレーで、ブラックホークにブツをつんでいる。
Mi-26からは、連盟の人たちが降りてきて、眠ったままの5人の女生徒を運び入れる。
砲弾を運び終えた隊員さんたちは、発射薬を装薬ケースから取り出し、車内に並べる。
ぼくは、もう100m進んだところで、ヒヤシンスをとめて降りてこいと言われた。
リアゲートが閉まったことを確認した僕は、エンジンをかけるとさっさと100m動かして、
大急ぎで飛び降りた。
だって、後ろから空飛ぶマーチとカールくんが狙ってるんだもん。オカマ掘ろうと。
「対戦車戦闘。撃ちー方ーよぉーい」
「84RR、装てん。弾種、対戦車榴弾」
「LAM、ブロープのばせ(マーチの対戦車モード)」
「前方よし。後方よし!」
「照準よし」
ヒヤシンスの後ろでは、流れるような動作で発射準備が進行する。
2門の対戦車無反動砲の射手に、二人ずつしがみついて固定している。
「撃ち方用意完了」
「よし。撃ち方ーはじーめーえ」
ひべべべべーい!
僕が逃げたのも確認してよー。
「ボンズ! 本気で逃げろよ。死んじまうぞ(笑)」
こうして「演習標的:自走砲模型」は、演習に参加している中央即応集団の一部によって
こっぱみじんに破壊された。死傷者無し。
もちろんマーチの撃ち殻も、おっかない砲弾30発とともにいずこかに回収された。
そして、地上には僕だけが残り、離陸していく某ボカロの描かれたヘリを見上げてる。
「これで仕事がひとつ済んだな。次の仕事にかかろうか。生徒会仮会長殿」
まただ。また知らないうちに大河さんにうしろを取られた。
今度は真後ろ10cmのところから声が聞こえた。
「次の仕事。ですか?」
「ああそうだ。君はことのてんまつをすべてその目で見とどけて、会長に復命する責任がある。
そろそろ始まるぞ。ヘリに乗れ」
ヘリからはなれた草原で、ヒヤシンスの残骸は盛大に黒煙を上げている。
中二病がそれを見ているのかどうか、それはまだわからない。
だけどもう、よけいな通信をしてくることだけはないだろう。
僕たちを乗せた巨人ヘリ、Mi-26は、赤鬼と鬼神の戦う地獄に向かって飛ぶ。
知ってて何もしない僕を乗せて。
正義の反対は悪じゃない。また別の正義だ。といったのは誰だろうか。
ほんとうはどこにも「正義」なんかないのかもしれない。
戦いの犠牲になる人間がいる以上は。
このころの僕に、答えなど出せるはずもなかった……。