失われた約束の地   作:米山ともき

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 They Call It War.Johnny(SuperBlack Shimada) 4th Part

  

  

  

  

  

 この世界で反社会的とみなされる男戦車道を仮装標榜する、実態は国際テロ組織の「T2」。

 それが、大洗女子が20年前に戦車道授業を中止した原因となった人物たちの「関係者」を

あやつって、親の復讐を手伝うかわりに、大洗女子を巻きこんだテロ事件を起こさせた。

 今回の『事件』の首謀者、自称「睦 白昼」という獣人中二病は、僕に大洗女子の生徒5人を

無事に保護してくれというメッセージの入ったメモリーカードを、ひそかに貼りつけていた。

 そのメモリーには、彼らを利用してバイオテロをたくらんでいた、テロ組織「T2」日本支部の

国内拠点と構成員のデータもおさめられていた。

 戦車道連盟の独立評価試験隊「デスバード」のチーフ、大河真琴さんは、データを受け取ると

即座に警察庁や防衛省のしかるべき部署に、そのデータを転送。

 警察庁や中央即応集団の通信密度が上がり、彼らが即座に行動したことがわかった。

 つまり、この情報が来るのを知っていて、事前に待機していたということだ。

 おそらくテロに利用されようとしていることを悟った中二病が、前もって各種機関に対して、

断片的に手はずをリークしていたものと思われる。

 

 中二病は、一味のうち大洗女子に在籍している女子5人に、第一機甲教育隊が駒門駐屯地に

もどってから、駐屯地を砲撃しろといって、ロシア製の自走砲をまかせた。

 その自走砲にT2が搭載していた砲弾は、致死性の高いウィルス複数をまぜた生物兵器だ。

 それを察知した中二病は、僕たちが彼女らを保護することを信じ、飲料水に睡眠薬をまぜて

彼女らに渡した。食事中にその水を飲んだ彼女らは、野外で眠りこけていた。

 空挺団から分派された戦闘チームと合流した僕は、彼らとともに自走砲がかくれる林に行き、

眠っている彼女らを保護し、砲弾を回収して自走砲を破壊した。

 

 そして、空挺団と分かれた僕と大河さんらは、中二病と、仇と名指しされる教育隊隊長、

島田一等陸佐の、最後の対決場に急ぐ。

 ――この『事件』の、終わりを見届けるために。

 

 

 

 大河さんが戦車道連盟北関東管区から持ち出したのは、工場から出荷されたままの状態の、

とぐろをまいているピアノ線の束、1トンぐらいだった

 これを戦車など、装軌車の前方にばらまいておくと、履帯や転輪を強く固縛して、

動けなくしてしまう。

 実際の例としては、1939年のノモンハン事件において、旧ソ連軍が日本の戦車旅団の足を止め

BT-7や対戦車砲による戦闘を有利に運んだというものがある。

 これを、演習場のだだっ広い草原に、適当にばらまいた。

 いろいろ状況が変化しすぎたため、地雷原代わりになればめっけものというつもりで。

 

 しかし、なぜか中二病ともう1両のT-72Sは、そこらじゅうをウロウロしている

教育隊の戦車たちをすり抜けて、この4km四方ぐらいの草原に向かっている。

 

 まるで、予定行動であるかのように。

 

 一方、連中の標的である第一機甲教育隊隊長、島田一佐の方はといえば、この局面で

控えにとっておいた第四中隊まで、御殿場市境方面に偵察に出してしまう。

 いま、島田一佐の手もとには、みずから座乗する10式と、幕僚たちが乗る82式指揮通信車、

あと、偵察教育も行う性質からか、威力偵察用の87式偵察警戒車がいるだけだ。

 他の支援車輌などは、駐屯地においてきたようだ。

 3両が前進を始めた。だが、途中で「シキツウ」と「RCV」の2両はヒトマルと別れ、

第四中隊の後を追って、全速で走り去った。

 そして、島田隊長のヒトマルも、例の開けた草原に向かっている。

 どういうことなんだろう。

 

「衛星軌道から、ここを見ている奴がいるってことだろうさ」

「どういう……ことですか」

 

 大河さんは、それ以上のことはいわなかった。

 察しろ。ということのようだ。

 

 ならば、ヤツらが戦車道の試合という名目をつけたのも、理解できる。

 堂々と6両で移動して、ここに乗りこめる。

 そして、3両ずつにわかれ、おとりじゃない方の3両には、いわれないとわからないレベルの

偽装をほどこしておく。

 たとえ前日まで成層圏よりもっと上から超高分解能の機械の目が監視していても、

あやしまれずにすむ。

 

 だったら、わからないのは、島田隊長の行動だ。

 第四中隊を全力で向かわせていれば、もうすべて終わっている。

 相手が子どもだから、タイマンでケリをつけてやろうとでもいうのか?

 いや、それでは第一機甲教育隊隊長は、救いようのない中二病患者じゃないか。

 

 そして、大河さん。

 この草原で、最後の戦いが起きることを予想していたかのようだ。

 もし、この三者で申し合わせでもしていたとでもいうなら別だけど、

時間的に可能なこととも思えない。

 

 そうか、T-72S。

 こいつらがほんとうに「アレ」を積んでるなら、こんな身を隠すもののないところに

でてくるのもわからなくない。

 

 そして、ヤツらは、この草原部の末端にやってきて、そこで停止した。

 向かい側から島田隊長が現れたとしたら、4,000~6,000mはなれて対峙することになる。

 

 もしかしたら、島田隊長は、僕と同じことを予想したんじゃないか。

 だったら、単騎で行動するのも、きちんとした理由がある。

 中隊のどれかが出会い頭で連中と撃ち合いになったとき、アレを撃たれれば中距離であっても

犠牲が出る可能性がある。たとえ中二病たちが、教官連中にとって素人同然であったとしても。

 そして犠牲が出たら、ことは政局になってしまう。陸自の受けるダメージは大きい。

 自分なら、どうとでも対処できると考えたんだろう。

 

 

 

 それから10分後。

 連中の真向かい、距離にして約5,000mはなれたところに、島田隊長の10式があらわれた。

 そして、その地点で停止した。

 そのまま、なにもしない。

 そうだろう、この距離では10式の新型120mmでも、命中確率は低い。

 自信を持って撃つなら、3,000mを切らないと。

 だけど、僕が思ったとおりなら、もうすぐ戦闘が始まる。

 

 10式のコマンダーズハッチが開き、中から人が出てきた。

 島田隊長なんだろうか? 

 ならば西住先輩と同じように、必ず自分の目で確認するタイプの戦闘的な戦車乗りなのか。

 どうやらそのようだ。

 陸自の略帽のベレーをかぶり、髪は長めのボブカットのようだ。

 服装は機甲科用の、作業服2型にみえる。布地は難燃性素材のはずだ。

 彼女は双眼鏡ではなく、大口径の単眼鏡をつかっている。

 とうぜん単眼鏡をのぞく目も、裸眼の方の目も、両方とも狙撃兵のように開けてるだろう。

 視界を確保するために。

 

「T-72から、レーザーが出ています」

 

 Mi-26のクルーが報告する。

 予想どおりだ。

 T-72Sは、レフレークス対戦車ミサイルを撃つ気だ。

 

 9M119M レフレークスM。ロシアの125mm滑腔砲専用の対戦車ミサイル。

 例のM60A2スターシップやMBT70のシレイラミサイルがせいぜい音速止まりなのに対して、

こいつの飛翔速度は、マッハ2以上。大戦期の標準的な戦車砲並みだ。

 最大射程5,000mを7秒ちょっとで駆け抜け、タンデム成形炸薬弾弾頭をもち、貫徹力は

均質圧延鋼板で700mm以上。

 側面や上面、後背に受ければ、ヒトマルでもやられかねない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 2両のT-72Sが、主砲から閃光を放った。

 5発でT-72が1両買える高価なミサイルが、音速の2倍で10式めがけて殺到する。

 

 島田隊長は、閃光を認めた瞬間に全速前進を命じたようだ。

 まるで、ゼロヨンスタートのようにとびだしていく。

 10式の場合、アクセルベタ踏みにするだけで猛ダッシュするはずだ。

 HMT、油圧機械式方向変速装置は、純HSTと同じようにエンジン出力を全部油圧に変え、

変速機側でその油圧を軸回転力に変える、無段階自動変速機だ。

 ポルシェティーガーが電気でやっていることを、油圧でやっているようなものだ。

 ただ、純HSTが変換効率が悪く、ユンボのような遅くても構わない乗り物に使われるのと

ちがって、変換効率が恐ろしくよく、これを発明したといわれるH社では、モトクロッサーに

この変速機構を使っている。

 その上、HMTには、どんな速度でもエンジン回転をパワーバンドに保つ性質がある。

 せいぜい上限3,000RPMのディーゼルエンジンでは、瞬間的に最高出力になる。

 それは、この間「走るモックアップ」に乗せてもらって、よくわかった。

 しかし、こんな機構はレーサーか戦車にしか使えないだろう。

 クルマが常時7,000回転で走った日には、命がいくつあっても足りないんじゃないだろうか。

 ディーゼルのパワーバンド=もっとも燃費がいい回転だから、戦車でこそ生きるんだ。

 低速でもトルクがあるから、踏破性もよい。

 これにセミアクティブ油気圧式サスペンションの組み合わせだから、荷重移動の達人と同じ。

 そのため、10式は「世界で唯一ドリフトできる戦車」でもある。

 どこで使うのかわからないけど。

 

 島田隊長は、ヘッドオンで勝負する気だ。

 どうせ食らうのなら、HEATを減殺できる正面で、ということなのか。

 だけど、もうマッハ2のミサイルは、眼前にせまっている。

 このままでは島田隊長本人は、爆風をもろに食らう……。

 

 いや、そうはならなかった。

 10式が正面を向けたまま、斜行した。

 レーザー照準器は追いつけても、はいそうですかとミサイルが追いつくわけがない。

 案の定、レーザー反射光は、ミサイルのシーカーヘッドから外れる。

 標的が命中間近でこんな動きをすると、角速度が速すぎて追いつけない。

 ミサイルはそのまま直進を続け、はるか後ろの地面に落ちて、むなしく爆炎をあげた。

 

 あきれた。

 ドリフトのカニ走りの応用だ。

 飛行機ではラテラル・ロールという、機首とは違う方向に向かって飛ぶ激ムズ技があるが、

その戦車版だ。じっちゃんは、6時に付かれるかヘッドオンだと、これをやって相手をだます。

 だから旋回性能の激悪な高翼面荷重の直線番長104Jで、どんな奴でもカモにできた。

 でもまさか、島田隊長の戦車は「バレルロール・アタック」まではやらないだろう。

 

 こういうことができるからこそ、島田隊長は単騎行動に出たんだ。

 部下の戦車なら、ヘリすら墜とせる高性能ミサイルをまともにくらっていただろう。

 

『クソッ! しくじった。全速前進! 左右に散れ』

 

 中二病がとっさに命じる。

 もう、隠し矢は持っていないらしい。

 T2は1発だって出し惜しみしたはずだ。恐ろしく高価だから。

 それでもこいつらがレフレークトを持っていた理由は、生物兵器を見やぶったことをダシに

中二病がT2からせしめたんだろうと思われる。

 

 そして2両のT-72Sは、「サッチ・ウィーブ」に出た。

 どちらかが10式のうしろを取れれば、勝てるかもしれない。

 砲弾の方はタングステンではなく、廉価版の鋼鉄製有翼安定なんだろう。

 でも10式の3時と9時を取れれば、片方がやられてももう一方は砲塔のうしろを撃てる。

 

 しかし、島田隊長はそれにも乗らなかった。

 そのまま直進し、あっというまに前後関係が逆転する。

 T-72Sは2両とも急旋回をうって、10式の後ろに自分たちの正面を向けた。

 そのとき……。

 

 10式がすこし右に首を振り、一気に急ブレーキをかけた。

 車体はそのまま、戦車の前よりの重心を軸にスピンターンする。

 いや、もうあれは「マックスターン」だ。

 しかも、砲塔は一点を指向したまま。

 

 その瞬間、3門の戦車砲が同時に火を噴いた。

 

 10式はスピンターンから全速ダッシュ。

 2発の徹甲弾は、あっさり後逸した。

 10式の撃った弾は、中二病が乗っている方じゃないT-72Sの砲塔にびっしりくっついている

爆発反応装甲をまとめて作動させた。

 HEAT-MPを撃ったんだ。

 まだ10式の砲身は、T-72Sの砲塔のおなじ部分を指向してる。全速で機動しながら。

 中二病たちはその動きに追いつけない。

 10式の120mmが、今度はAPFSDSを撃った。

 狙いどおりその砲弾は、T-72Sの砲塔の爆発反応装甲が失われた斜め前の

むき出しの部分に、命中した。

 そこは複合装甲ではなく、中空装甲の部分だったらしい。

 貫徹する途中で徹甲弾は光のように、下向きに屈折する。

 砲弾の向かう先には、T-72シリーズの共通の弱点、砲塔まわりの予備弾倉があった。

 

 無線傍受機が、めちゃくちゃな金属音をがなり立てる。

 T-72Sの1両の、ハッチというハッチがすべて吹き飛び、黒い煙とともに炎が上がる。

 砲塔が少し浮いて、かたむいたまま止まっている。

 

 おそらく乗っていた者たちは、死んだのもわからずに死んだだろう……。

 

 さらに、中二病側の不幸はつづく。

 

『うがっ!』

『ドライバー、どうした! 急に止まるな!』

『わからねえ。エンジンは回ってるのに、全然進まねえっ!』

 

 この草原に適当にまかれていたピアノ線を踏んだのは、彼らの方だった。

 

『つまらんな』

 

 女性の声だ。

 島田隊長の声だ。

 まったく感情のこもっていない、しかし、地の底から聞こえてくるような声。

 

 10式は停止し、その場で超信地し、中二病に対して「昼飯」の角度をとる。

 避弾経始が無意味なAPFSDSであっても、車体前面なら昼飯の意味はある。

 コサイン分だけ見かけの装甲厚がふえるんだ。

 

 中二病たちが慣れないFCSと格闘してもたもたしているうちに、10式は演算を終えている。

 T-72Sは10式の正面を向いている。距離およそ2,000m。

 現代戦車であれば、長距離ではない。

 

 T-72Sが1発の砲弾を放ったときには、10式は3発放っていた。車体正面装甲に向けて。

 2発のHEAT-MPが、貼りついている箱形のコンタークトを一掃する。

 最後に飛んできたAPFSDSが、地ならしのすんだ急角度の車体前面にヒットする。

 

 奇跡的というべきか、T-72Sの砲撃も10式に当たっていた。

 しかしその砲弾は、砲塔側面につけられているモジュラー装甲のブロックに刺さる。

 何重もの特殊鋼板とセラミックの箱が、タングステンではない安物の弾を受け止めてしまう。

 

 T-72Sの装甲は、Mのような安物ではなかったが、T80UやT-90、あるいは今世紀に改修を

受けた強化型T-72のような上物でもなかった。

 本家ラインメタルより強力なD社製のAPFSDSは、すでに2発のHEATをくらって

もろくなっていた複合装甲の、セラミックの割れ目を突いた。

 そして装甲の破片とともに、車内に飛びこんだ。

 

 

 

 また傍受機からは、荒れ狂う金属の嵐の叫喚が聞こえる。

 しかし、まだ無線機が生きている証拠の空電が聞こえてくる。

 

『……よう、お前ら、生きてるか……』

 

 傍受機が信じられないことに、中二病の声をひろう。

 この人外はタングステンのかけらが高速で飛び交ったあとでも、なお息があるのか……。

 

『こんなになっちまってよお、生きてるわけ、ねえよな。だが、まだまだだ』

 

 T-72Sの砲塔が、なおもきしみながら回り始めた。

 

『ちっ、ダメだ。装てん機がイカれちまってら……。

 ああ、空が青いな』

 

 見ると、T-72Sの砲塔の、コマンダーズハッチがちぎれてなくなってる。

 

『すまねえな、みんな。俺の力が足りなくて。

 すまねえな、母さん。こんな死にかたするなんて……』

 

 一方で、島田隊長は戦車内部に戻り、何かを持ってふたたびキューポラからあらわれた。

 01式軽対戦車誘導弾。「撃ち放し式」の対戦車ミサイル。

 

 自分の手でとどめを刺さないと気がすまないというかのように、島田隊長は

35kgのランチャーを、軽々とかついで、狙いを定める。

 

 傍受機から、また何か聞こえだした。

 瀕死の中二病が、歌を歌っていた。静かなバリトンで。

 

 それは、賛美歌「我をも救いし」だった。

 アメイジング・グレイスの日本語版。

 悪行を重ねてきた自分でも、救いの手はさしのべられたという、感謝の歌。

 

 あまりにも場違いな歌を、似合わない奴が歌う。

 いや、彼は本当はそういう奴だったんじゃないのか?

 一味の中の、大洗の生徒を、巻き添えにしたくないというような。

 

 この歌は、たぶん彼にとっての「母が教えたまいし歌」にちがいない。

 だとしたら、あまりにも悲しい。

 

 

 

 その一方で――。

 

 ものの10秒ぐらいしかたっていないのに、照準を終えた島田隊長は、

容赦もためらいもみじんもなく、ランチャーの引き金を引く。

 自分自身も、戦車やランチャーの部品にすぎないとでもいうかのように。

 

 標的を捉えた01式軽MATが撃ち出された。盛大に炎を吹いて、自律誘導を始めた。

 島田隊長の無情な意志が、ミサイルの形をとって、瀕死の彼に襲いかかる。

 ミサイルは戦車の寸前でホップアップし、さらに下向きに急降下して

薄い上面装甲を狙う。

 

 そして――

 よりによってミサイルは、ハッチの吹き飛んだ砲塔の穴に飛びこんだ。

 メタルジェットにならない7割の爆発エネルギーの方が、車内で炸裂した。

 

 砲塔は真っ二つに裂け、宙を舞う。

 さんざんいためつけられた車体は、中で起きた爆発に耐えきれず、四分五裂した……。

 あとには、もはや戦車の残骸とさえ言えないものが、炎に包まれ燃えていた。

 

 ……歌はもう、きこえない。

 終わったんだ、なにもかも。

 

 

 

 デスバードの黒い機体の、Mi-26が「4444」の白抜き文字だけを目立たせて、

島田隊長の10式から100mぐらいはなれたところに降りる。

 僕はこれから、僕の仕事をしなければならない。

 

「行って来いよ」

 

 Mi-26の後部ランプドアが開き、僕は外に出た。

 実にイカれた武装親衛隊の野戦服に、シュールなぱっつんのウイッグをつけて。

 狂わなければ、もうやっていられない。

 これが現実か。これこそが、「鉄の掟」か。

 

 狂乱する一歩手前で、僕は10式の方に向かう。

 そうでなければ、こうもやすやすと人間を殺せる輩の前になんかいけない。

 

 その人は、初夏のまばゆい陽光を背に、僕の方を向く。

 人の形をした影にしかみえない。

 どんな顔なのか、どんな表情なのかさえ、まったくわからない。

 

 かくして僕は、戦車道島田流の総帥にして第一機甲教育隊の隊長である、

島田千代氏の前に立つ。

 

 

 

「お前が、山本将補のせがれか」

 

 彼女の第一声は、それだった。

 無表情としか、いいようのない声。

 僕は、この夏の日に、寒さすら覚える。

 まったく現実とは思えない。

 悪い夢を見ているかのようだ。

 

 しかし、現実は僕を逃がしてくれそうもない。

 気がつくと、僕の口が勝手にしゃべっていた。

 

「お初にお目にかかります。島田先生。

 僕は大洗女子学園生徒会仮会長、山本玲と申します」

 

 そんな言葉がつらつらと出た。

 きっと僕は、もうこの人の前で狂ったのだ。

 

「半端物風情が、この私に何の用だ?」

 

 どんなに恐ろしくても、僕は僕のつとめを果たさなければならない。

 いま、獄窓にあえいでいるはずの、恩人を救わなければならない。

 そのためには、大洗女子と、この人と、中二病たちのあいだで何があったのか、

全部知らなければならない。

 

「仮会長として、大洗女子にかけられているすべての嫌疑を晴らすため、

 20年前の事件と、この事件の全貌を、お聞かせいただきたく参上いたしました。

 戦車道連盟職員の大河真琴氏は、すべてはあなたが知っている。あなたに聞けと」

 

 その大河さんは、ヘリのキャビンにもたれかかり、こっちをみている。

 

「聞いてしまったら、元には戻れないぞ」

「承知で推参いたしました」

 

 とっくに元になんか戻れない。

 もう9人も死んだんだ。

 

 そして、僕だけがそれを知っている。

 

「大洗女子の20年前、空白の一年間に何があったのか。

 それを知って、会長角谷杏に復命するのが、仮会長として命じられた使命です。

 この事態を、完全に終わらせるために」

 

 しばらく、沈黙がつづいた。

 

 沈黙が重い。でも、相手に口を開かさなければならない。

 耐えるしか、ない。

 

 永劫に思える時間のあと、島田隊長のシルエットが語る。

 

「ああ、私はな、確かに10年前、この小童どもの親たちを皆殺しにした。

 そして今日、この餓鬼どもを返り討ちにした。

 事実は、それだけだ」

 

「それは、……いったい、なぜそうなったのですか」

「……私が望んだことだ。そして、皆が望んだことだ。

 聞きたかったら、勝手に聞け」

 

 こうして真夏の氷原で、僕は覚めない悪夢の一部始終を聞くことになる。

 

 

 

 

 

 

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