戦車道使用戦車って、なんであんなにいっぱい種類があるのよ。
僕は、戦車の識別が苦手だ。
中間テストでは、弾道方程式や運動エネルギー計算、戦車道史はノーミスだった。
でも戦車の図を見て、車種、サイズ(小数点第一位まで)、重量、武装、装甲厚を答える
という問題が全滅だった。
図に描かれた戦車の名前さえわかれば、あとは答えられるのにぃ。
そのせいで座学の成績が大変悪く、蝶野一尉からは及第点はやれないといわれた。
そして期末テスト。
やっぱり戦車識別が全滅だ。
蝶野一尉からは「敵味方識別も、見張り員である装てん手の大事な仕事よ!」と叱られ、
西住先輩や秋山先輩にも手伝ってもらって、追試のための補習授業と相成った。
でも、戦車なんてみんな似たり寄ったりの上に、大戦期戦車の種類は純然たる戦車に限っても
ベラボーに多い。
そのうえ突撃砲だの駆逐戦車だの試作でお蔵入りになったのだの水陸両用やなんやかや。
細かい仕様変更のタイプ分けまで全部覚えろって、どんな罰ゲームですか。
Elle çaさんも「それは暗記科目だから、教えようがない」と、突き放してくださいました。
戦車道門人の中には、あえてマイナーなだけの戦車だとか、試作でボツった戦車だけで
チームを作る変態が後をたたないため、プラモデラー以上の知識が必要になってる。
変態戦車マニアなんか、「私は敗北主義者です」って札下げて吊してやりたい!
だいたい日本戦車カテゴリーだけで戦車道に使えるのが戦前3種、戦中19種。
どれみても、同じにしか、チハにしか見えない! 八九しかわからない。
何百種類ものAFVのシルエットを全部覚えろって、無理ゲーです。
「ここでは西住殿の方針で、形と車体長、幅、車高を覚えればいいことになってるわ。
黒森峰なんかスペック全部書かされるのよ!」
「いいんです、秋山先輩。黒森峰だって僕なんかお断りでしょう。
だいたい大統領が戦車道を始めなけれ……」
「どの口が言う~」
「むぎぎぎぃ」
「目上には、『はい』以外言わない。
Noのときも『はい、ちがいます』よ! わかった?」
秋山軍曹にスパルタ教育される僕。
それを笑ってみている西住先輩。
何の因果の叫喚地獄……。
父親がもっと理不尽だから、このくらいはどうとも思わないけど、できないことはできない。
そして、とうとう追試の日が来た。
朝から頭が頭痛だから痛い頭痛で頭が痛い。
今回は僕一人だからペーパーテストではなく、蝶野一尉との面接試験ね。
まさか「雌牛には4つあって、私にはふたつしかないものは何?」って問題は出ないでしょ。
……自分で考えてとても寒いわ。気を取り直すつもりが、ますます落ち込む~。
もういいから試験場の視聴覚教室に急ごう。
室内に入ると、教官殿にここに来いと手招きされる。
配置は僕を中心に正面に蝶野教官が座り、左右に西住元帥と秋山軍曹が座る。
なんか異端尋問されている気分。
いや、きっと宗教裁判なんだ。
だって、僕の後ろには角谷大統領が座ってる。
そして僕は立ったままだ……。
蝶野凶漢は、大きめのタブレットを持ってきた。
写真のフリップでは、かさばってしょうがないからだろうね。
それを僕の方を向いた液晶ディスプレイにつなぐ。
「では山本。始めるわよ」
「はい」
「では、この車輌を答えて。名前がわかればいい」
うん、こいつは簡単。
「マチルダⅡです」
「よろしい」
一問目は通過した。なんとかなるかもしれない。
しかし、そうは問屋がおろさなかった。
「ではこれは?」
「マチルダⅡ」
「これは?」
「マチルダⅡ」
「これはぁ?」
「マチルダⅡ」
「……きみは、2ポンド積んでれば全部マチルダⅡなのっ?」
「え? ちがうの?」
「ちがうわっ!」
もう「ねんがんのアイスソードを」状態だわ。
だってみんな同じにしか見えないんですもん。
「しかたない。次行くわ。
まずこれは?」
わーい。ヤマ張っておいてよかった。
これはわかる。
「クルセイダーです」
「よろしい」
これでやっと2問正解だ。
先が思いやられる。
「ではこれは?」
「クルセイダー」
「これは?」
「クルセイダー」
「これは?」
「クルセイダー」
「これは?」
「クルセイダー」
いや、おかしい。
これは絶対引っかけ問題にちがいない。
外しまくっているようだ。
「きみは、巡航戦車は全部クルセイダーか?
まあいい、これは外しても許してやるわ。どう?」
「A41重巡航戦車第1ロット」
蝶野凶漢があぜんとしてる。ざまあ。実物見てるからね~。
量産型のセンチュリオンとのちがいは、連装は同じでもペサ7.92mm機銃の代わりに
ホールステン20mm対戦車機関砲がついてること。
「まあいい……」
蝶野凶漢はうなだれている。
いまので合格にしてくれないかなあ。
「では、これは」
うん、こいつは外しようがない。鉄板ブルドッグだわ。
「チャーチルです」
「チャーチルはわかってる。タイプを言いなさい」
「……」
僕がだまってると、大統領が小声でつぶやいた。
「……それ、ダーの愛車」
「Mk.Ⅶですっ」
「そこの生徒会長、ヒントやらないように。
じゃあこれは!」
絶対引っかけだ。チャーチルと答えたら不正解だ。
「キリマン……」
「だからヒントやるなと」
「ブラックプリンスです!」
蝶野凶漢がつっぷした。僕らの人脈の広さをなめましたね。
「せんせー。休憩にしたらいいと思いまーす」
見ていられないという顔の、秋山軍曹が小休止を提案した。
確かにそういうことを将校に進言するのも、下士官の仕事だ。
しばしの休憩のあとに大統領は視聴覚教室を出され、かわりに冷泉画伯が入って来た。
正確には人間デジカメだけど。
そして追試は再開された。
「これは何? シャーマンじゃ点数あげないわよ。
孫番まで答えなさい」
「……わかりません」
あーあ、大統領がいてくれれば人とひも付けしてくれるのになあ。
「これは?」
「わかりません」
「これは?」
「わかりません」
「これは?」
「わかりません」
「じゃあこれはっ!」
「M4A3E8です。通称イージーエイト」
蝶野凶漢が「はあ? 何コイツ」ってお顔なさっている。
でもこれはわからないほうがおかしいのでは?
足回りと履帯が、ぜんぜん違うじゃん。
「これは知らなくても……」
「M26。ジェネラル・パーシングですっ。後ろにかくれてるのはM24チャーフィー」
蝶野凶漢が頭を抱える。
いやー。これは戦車音痴でもわかるでしょ。
なんか、秋山軍曹が僕を見ながらニラニラしている。
何とか立ち直った蝶野凶漢が、だまったまま駆逐戦車の画像を出した。
ええ、これはわかりますとも。ヤマ張ってますから。
「ヤークトパンターです」
「……正解。ではこれは?」
「ヤークトパンターです」
「……。これは?」
「ヤークトパンターです」
「……。君は傾斜装甲の駆逐戦車は、全部ヤークトパンターか。
じゃあこれ……。あ、間違えた」
「SU-122-54です!」
秋山軍曹があぜんとしてる。
有名なキワ物なのに、知らないのかなあ。
「なーるほど。きみの傾向が見えてきたわ」
凶漢殿、べつに傾向というほどおーげさじゃないですよ。
ときどき簡単な問題がまじってるだけで。
「じゃあこれから見せる物、全部正解したら、座学の単位あげてもいいわ」
引っかけ問題の羅列でもやるつもりにちがいない。
きっと西住元帥でも秋山軍曹でも頭を抱えるのを出すのだろう。
僕が答えられなくても……。
「これ!」
「T-54の1946年型です」
「これは!」
「T-55です」
「これっ!」
「T-62Aです」
「じゃあこれ」
「T-64という失敗兵器です」
「だったらこれは?」
ん? 一気に飛んだなあ。
「T-72B2 ロガートカです」
2006年から作られてる、いまや最強のT-72ですよ。
ロシアがこれで名誉挽回だーって張り切ってる。
凶漢が「うがー」という顔になった。
でもすぐたちなおって、氷の微笑を浮かべながら、だまって1枚の画像を表示する。
うん、こいつは猛烈な引っかけ問題だわ。
うっかりさんは、M1エイブラムズと答えるだろうけど、そうはいかないのだ。
「M60-2000でーす」
「うがー!!」
やったわ、ついに凶漢が机の下に沈没したー。
しかし、敵もさるもの、ひっかくもの。
「これはどう」
「AMX-30です」
「これは?」
「レオパルド1A2です」
「これはなに?」
「AMX-40です」
「じゃあこれは」
「レオパルド1A4」
「次!」
「センチュリオンMk.13」
「じゃあ!」
「ベン=グリオン」
「ならば!」
「オリファントMk.1B」
「うー。これっ!」
ついにやけをおこしたわね、蝶野凶漢。
「レオパルト2A7+です」
ひとまると答えると思ったでしょ。残念~。
現用戦車は種類が少ないですからねー。
大戦中みたいに軽、中、重とあってさらにその中で何十種類もあるわけじゃないし。
ついにブチぎれた蝶野凶漢は、ひとつの画面の左右に2両の戦車の画像を出した。
「さあ、どっちがどっちだか答えなさい!!」
いやだなー。
最後のシメを、超簡単にしないでくださいよ。
「こっちが90式TK。こっちがレオパルド2A4です」
ついに蝶野教官、おしまいです。
今度こそ立ち直れないでしょう。
でも、これって簡単すぎです。しかし約束は約束ですから。
と思っていたら、西住先輩が「異議あり」とばかりに挙手する。
もしかして僕、間違えたぁ~?
西住先輩は、渋面弔意な表情だ。
何を言うんだろう。
「……私には、どっちもティーガーとしか思えません」
「はあぁ?」
「何ですって? 西住さん」
うそでしょ? 西住先輩とも思えないっす。
「先輩。何をおっしゃいます。ぜんぜんちがいますよ」
「……西住さん。ちがうかどうかは置いておいて、山本のいうとおりよ。正解なの……」
なんか承伏のできない西住先輩。
こんどはフリップを2枚用意して、冷泉先輩に何か頼んでる。
あー。絵を描かせるつもりだ。
西住先輩が絵を描くと、モデルとぜんぜん違う物になるのは有名だからな。
冷泉先輩は「ラフでもいいか」なんていいながら、しゃかしゃか書いている。
とにかく頭の中の写真集をフリップに投影してなぞるだけだから、激速。
ほんの5分で2枚の絵が完成した。
できあがった絵を、自信ありげな西住先輩が掲げてみせる。
マニアックなものでも描かせたのかなあ。
でも、冷泉先輩も知っているものだからどうかな。
「さあ、アキラくーん。答えてもらうわよ。
この2種類の戦車の名前」
運が悪かったですね、西住先輩。
それもヤマ張ってたんです。
「どっちもパンターでーす」
「ブブーッ!」
ねんがんのパンターをてにいれたぞ。
……え? ちがうの?
「こっちはぜんぜん違うわよー」
「西住殿は間違っていません」
「ああ、描いた私が言うのも何だが、まるっきりちがうぞ」
どういうことなんだ。
僕は、戦車の道の険しさの前で凍り付いていた。永久凍土のように……。
(真相は意外とこういうことかもしれない)
こんなわけで結局、筆記試験はかろうじて60点にしてもらった。お情けで。
サンダース戦も終わり、いろいろあって、用務員が一人増えたころのこと。
僕は西住先輩へのちょっとしたリベンジをたくらんでいる。
ある日の放課後、ついにその機会がやってきた。
いま僕は、軍神、もーやだ、平常心の先輩3人といっしょに用務員室に向かっている。
いまんとこ、超人用務員=獣人中二病だってことを知ってるのは、大統領と僕だけ。
あとはみんな彼を、大けがをした上に記憶を失って波間に漂っていた遭難者だと思ってる。
でも秋山先輩(西住先輩が絵に描くと、なぜか階級章をつけた黒い犬になる)は、
やっぱり野生児同士何か感じるのか、決して近寄らない。
そして冷泉先輩は人に教えるということができない。賢者だから。
というわけで、このメンバーで彼の勉強のめんどうを見ている。
超人用務員は、本気で大検受けて大学で苦学生やるつもりだ。
あいつは僕とちがって有能な働き者だった。
人が見てようが見てまいが、つねに全力フルパワーだ。
普通の人間にムリなことでもやってしまうので、徐々に周囲に受け入れられてきている。
そして仕事が終わると猛弁している。
ただ、ほとんど小学校レベルからのやり直しだ。
英語は話す聞くは一般レベル。ロシア語は日常生活レベルの読み書きまでできる。
(でなきゃ、ロシア戦車が扱えなかった)
体育実技ではとっくに高校卒業レベル。というか、日本記録だって塗り替えるだろう。
高校生になれないからムリだけど。
しかし、小学校の時にはすでにストリートチルドレンだったから、義務教育も受けてない。
ただ漢字の書き取りだとか、英単語のスペルを覚えるとかは、一人の時にがんばってる。
コイツは恐ろしいことに、休み時間に読むものは国語辞典だそうだ。本気度高い~。
僕らが行くのは、もっぱら詰まったところを教えるためだけ。
超人用務員は室内でも人前では作業帽をかぶっている。がんこな白髪をかくすためだ。
いまはきずあとが治りきってない顔を隠すため、中東の人のようなつけヒゲをしてるけど、
あと一週間もすればいらなくなりそうだという。
彼は、今日もどっちゃりと付せんだらけにした参考書を持って待っていた。
算数は、もっぱら僕。
改めて植木算とか鶴亀算とかいろいろやってみると、ふだんどれだけ代数に頼ってるかわかる。
昔の人は、代数や数式を使わないで、微積分に近いことまでやってたそうだ。
といってもおたがいにクイズを出して競ってる趣味だったので、体系的学問にならなかった。
西住先輩が、いちばんいろいろ聞かれている。
実は、西住先輩は文学少女。
とはいえ用務員から詩とか和歌とか、才能が必要なものまで聞かれるのでたいへんだ。
でも、散文の読み方はかなり身についたみたいだ。
しかも小学校レベルはもう終わり。次から古文も混じる中学レベル。
下校時刻になったので今日はおしまい。となったところで僕は4枚のカードをとりだした。
これからリベンジの始まりだー。
ただの人間(超人用務員にこういう言葉をつかうのはまれだ)は、あんなもん区別できなくて
あたりまえだー。ということを証明してやる。
僕は用務員の前に4枚のカードを並べた。例の試験で出た戦車の厳選4点セットだ。
4枚のカードには、例の難易度が低いといわれた謎戦車のフリップの縮小コピーも入ってる。
「ねえ、矢吹。これなんだかわかるか?」
おっとっと。
気をつけないと男言葉になりそう。でも気づかれていないみたいだ。
「うーん。これはレオ2、これが90、これはパンターD型。で、これが……」
と、超人用務員が答えかけたところで、3人の先輩方が「しーっ」と止めた。
用務員はしかたなく、カードの裏になにか書いて、僕に見えないように西住先輩にわたす。
「うん。正解」
にんまり笑う西住先輩。
そんなにこの戦車、有名なのー?
リベンジに失敗した僕は、ガールズトークできゃっきゃうふふの先輩方のあとを
しおしおと歩きながら、学園をあとにした……。ちくしょお。
僕は失念していた。あいつが復讐のために戦車についても猛弁していたことを。