それは、アンツィオ戦の前の晩のこと。
……草木も眠る丑三つ時。僕らは六甲山系の中で今どこにいるのかわからなくなっている。
どうしてこんなことになったんだろう。
夕方に連盟差し回しのバスとトランスポーターで神戸港の大洗艦から、僕たちは次の試合会場
である六甲山系のふもとへ向かう。
チームあんこうだけは下見がてらⅣ号で先に会場入りし、いまは連盟のベースキャンプまで
降りているということだ。
ベースキャンプには運営本部や車検場、ファクトリーの他に、自前で宿泊施設を用意できない
貧乏な両校のためのトレーラーハウスなどが用意されている。
そう、アンツィオ高校も貧乏なことでは大洗女子に引けを取らない。
でなきゃ、戦中派のタンケッテのCV33なんかが主力なわけがない。
……いや、スペックは頭に入ってるんだけど、戦車道戦車には戦場で出会うことがないから
緊張感がなくて、形が覚えられない。
「あ、もちろんぜんぜんあてにしてないから、気にしなくていいわよ。アキラくん」
梓ちゃん、わかってるけどざっくり言われると悲しい。
いちど矛を交えた相手ならある程度はわかるんだけど……型番までは聞かないで。
しかし、なんで大洗のもっている戦車と同じものを、相手が持っていないんだろう。
Ⅳ号もⅢ突もかなりメジャーな存在なのに。戦車の歴史の上では。
現代なんか、T-72同士が撃ちあうことだってザラなんだけど。
……ああ、走行メカニズムだけ現代的なルノーB1なら、アンツィオに負けたマジノ女学院が
持ってたっけ。しかしCV33でどうやってあれに勝ったんだろう。
もしかしたらすさまじいのはドラテクだけじゃないのかも。
野外炊さんということになると、飯炊きの秋山先輩以外ろくすっぽ料理できるのがいないから
大統領ともーやだ先輩と僕が激務になるのは目に見えている。
大統領は料理人はだしだし、もーやだ先輩はむだに女子力が高いから。
そして僕は、家賃タダの代わりに万能執事の時田さんの下働きをしてるから。
と、いうわけで僕らの宿泊場所にわりあてられたスペースには、ヘリから投下された
「缶飯」が山積みになっている。
当然、消費期限はギリギリだと思う。
これは僕が、あくまでないしょであの空挺の小隊長さんにおねがいした物。
どうやら伊勢の陸自航空学校のコレスさんに頼んでくれたらしい。
連盟の試合運営本部がきたときには、すでに投下ずみだったそうだ。
そりゃそうだ。任務のついででもなければそんなことできないもの。
そういうわけで、僕が火をおこして大鍋にお湯を沸かしている。
ごはんの缶詰は白いごはんや炊き込みごはんなどいろいろだけど、全部アルファー化している
ごはんだから、湯煎しないと食べられない。
野戦食もいまでは他国と同じくレトルトのレーションが主流だけど、空から投下できないので
依然として缶飯も作られてる。
では、飾りっけのまったくない、つやけしオリーブ色の缶をなべに……
……え? なにこれ、PXで参観者向けに売ってる民間人仕様のカラフルなものじゃん。
僕以外は女の子ばかりと言うことからなのか。
でも、消費期限はあと一週間……。
ごはんは、椎茸めし、鳥めし、白飯。おかずはハンバーグ缶、マグロの煮物、鶏野菜、そして
乾パンセットにしかついてこないはずのウインナー缶もいっぱいある……。
……と、思っていたら単品の乾パン、オレンジ水あめとこんぺいとう付きも10kgぐらいある。
缶飯といえばこれぞ定番の、たくあんの小さい缶もいっぱいある。
これだけはあたりまえだけど、湯煎しないでそのままいただく。
お酒の友にもなるすぐれもののたくあん。
野戦食だから当然だけど、甘味はない……。
みつまめとか、パインの缶飯があってもいいとおもうんだけど。
乾パンセットにはいっているこんぺいとうとオレンジ水飴が、お菓子といえるかしらね。
コーンミートベジ缶は、そのままいただくより、お湯に溶いてスープにする方がいい。
というか、お湯があるならそっち推奨、と書かれている。
というわけで、これらは湯せんしないでそのままあけて、どばどばナベにほうり込む。
そして同じ分量のお水を入れて煮る。
なんかクラムチャウダーっぽいスープのできあがり。
「うーん。本当に兵隊さんになったみたい」
ウサギチームのみんなは、野郎めしである缶飯に好奇心いっぱいだ。
ただ分量まで兵隊向けなので、みんなシェアして食べている。
さすがにごはん二合は、成長期でも女の子にはキツイよね。
「ねー、アキラくん。おかわりないの?」
「へ? そのごはん、二合めしですよ」
僕だって、缶ひとつで十分満腹なのに。
「もっともっとー」
「あ、今度はお赤飯がいい」
「たくあん6つ追加ねー」
「……(無言でウインナーをかじっている)」
「じゃああたしも白いごはんひとつと、コンミートスープ」
僕は「はいはい」と返事すると、またゆであがった缶飯を取りに行く。
いやー、女子高生の食欲をなめていました。本当に。
みんなの配給が一息ついたので、やっと自分のごはん……
――な、ない。何もかもなーい!!
10kgはあったはずの乾パンセットもない。
あれは試合当日の補給食にするつもりだったのに……
犯人は、言わずともわかる。
……目のまえにごはん缶各種合計20個、おかず缶各種15個、たくわん缶30個。
それらの空き缶を並べて、乾パンをお上品にひとつずつ、オレンジ水アメをちょっとつけて
音を立てずに美しくお召し上がりになっていた。しかももう5kgは平らげている。
五十鈴先輩は今日も平常運転だ。僕の計算が狂うー。
僕は幸せそうなお顔で乾パンをお食べになっている五十鈴先輩の前に立つ。
そしてだまったまま、左手をずいと差し出す。
五十鈴先輩は乾パンをお口に含んだまま、かなしそうに首を振る。
僕はさらに、右手も出す。
五十鈴先輩は残りの乾パンを自分の背後にかくし、正座をしてテコでも動かぬ構え。
僕は対峙したまま……。
……この攻防戦は、なぜか僕が西住先輩と角谷大統領に両腕をつかまれて退場となった。
「ぼ、僕だけ何も食べてないんですよー」
「アキラくん、華さんから食べ物取り上げたらどうなると思ってるの?」
「そーそー、朝がきたらここに五十鈴しかいないとかなりかねいないよね。
あんたひとりの犠牲ですむならそれがいちばんだねえ」
り、理不尽だー。
そして僕は、からっぽのお腹を抱えたまま、一人用のキャンピングカーの寝床で寝ている。
ウサギチームと離されてひとり寝は当然だけど、大統領が説明した理由がひどい。
「あ、アキラはいびきがひどすぎるから、一人で寝るよーに。
シャワーもついてるから心配しなくていいよ」
そう、僕には「ひどい傷あと設定」にさらに「ひどいいびき設定」までついたのだ。
それにあっさり納得するみんな。
いったいぼくはどう思われてるんだ……。
もうそろそろ夜も更けてきた。
僕がふて寝してると、キャンピングカーのトビラを叩く音がする。
「……なんですか?」
「アキラ、いるか?」
大統領だ。
きっと差し入れにきてくれたにちがいない。
だってこのへんは……
「ここらへんにはコンビニはおろか何もないし、食料の予備もなーい」
がくっとこけそうになる僕。
「でもね、そろそろ頃合いだよ。
てきとーにうろついてれば、いいことあるかもしれないよ。じゃあね」
「はあ? どーゆー意味ですか?」
「そーゆー意味。ホントにおやすみ」
つまり、自分の口からは言えないから察しろ。ということね。
食料はどこかにあるから、自分でちょろまかしてこいっていいたいの?
……つまりあーしてこーしろということ。まいったわね。
そんなわけで僕は、顔に野戦用ドーラン塗って作業服2型(難燃性機甲科用)に身を包み、
暗視用ゴーグルにスターライトスコープの単眼鏡をもって、七つ道具の入ったバッグを背負い
アンツィオの野営地に向かって、そろーりそろーりと向かっている。
もう、さすがに向こうの皆さんも明日に備えてお休みだろう……。
と思ってたら、えっ? 何これー。
全員で起きてごちそう並べてどんちゃん騒ぎの真っ最中!
何考えてるんだあんたらは。
おかげで暗視ゴーグルでサーチライトを直視して目が利かない。
目が痛い! 目がー!!
「あの、大丈夫ですか?」
ゴーグル外して目を押さえてのたうち回っている僕に、だれかが声をかけてきた。
しくじった。気配消すの忘れてた。
逃げなきゃ。いや、そんなこともできない状態。
スタングレネード食らったら、やっぱりこうなるのかしら。
「はい。おしぼりどうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
なに普通におしぼり受け取って目に当ててるのよ僕。
ここは敵地だー。捕まって捕虜にされて正体暴かれるー。
「なんでしたら、お顔も拭きますか?
かなり汚れているみたいですから」
「お気づかい、いたみ入ります」
わー、なに普通に会話してるんだ。
でも、これが軍用ドーランだってわかるひとはいないよね。泥と思われているみたい。
「ん? どうしたんだ」
別な人が加わってきた。将校服みたいな服装の、縦ロールツインテールという髪型の人。
でもそんなことよりも、この調子で人がふえたらもう逃げられない。
「この人、山歩きしていて迷ったみたいです。
お顔までこんなによごれていて」
あー、そうです。そういうことにしてくれると大変助かります。
「それは、大変だったねえ。
こんななにもない所じゃおなかもへってるだろ」
「ええ、なにも食べていないんです」
なんか、とてもありがたいことになりつつあるようです。
神様ありがとう……。
「おーい。全員注目!
いまここに大洗の天然記念物、めったに見ることができないウサギチームの7人目がいる!」
――ぎゃああああ! なんですってえ?
正体モロバレじゃないですか。
ああ、終わった……。みんなごめんなさい。
「カモ着て、頭ゆわえてるリボンまでカモ柄。
話に聞いていたけど、ここで実物を拝見できるとはね」
「えー、マジ?」
「チーム同士の交流にもでてこない、激レアの山本アキラが?」
「写真とっとこ」
「よく大洗のリーは6人で動かしてるっていわれてるもんね。
都市伝説だとばかり思ってたよね」
「というか、マジノの隊長がはっきりと『リーには6人しか乗ってなかった』っていってたし」
「動画や画像はあるけど、大洗の公式サイトじゃ名前しか書かれてないからね」
それ、僕がそうしてって大統領に頼んだんです。
だからウサギブログにも僕は書かないんです。
……でも、それが憶測を呼んでるなら、完全に裏目だわあ。
そういえば、マジノ交流戦のときは麻疹で寝てたんだっけ。
「隊長、どうします?」
キター! いよいよ拘留だ。
でも、どんな尋問されたって、大洗の情報は一言たりとも吐くもんか。
こういうときだけは、父と鍛えたど根性に感謝。
「せっかくの珍客だ。せいぜいもてなしてやろう」
でも、ムチを手にしたアンツィオの縦ロールツインテールの隊長さんがそんなことを言う。
あれで叩かれたら痛そう……。
「さー、エンカイの続きだ。
……君、立てるか? うちのメシはうまいぞ。いっぱい食ってけ」
え? 本当の意味でもてなしてくれるんですか。
捕虜じゃなくて。
「さあ食え、やれ食え、もっと食え~」
隊長の安斉さんのとなりに座らされた僕は、珍獣でも見る目つきのアンツィオのみなさんに
とりかこまれて、ショートヘアの方の副隊長さんが鉄板で作る料理をごちそうになっている。
できたてはおいしいんだけど、なんかおちつかない。
「あのう、みなさんはもう食べないんですか?」
みなさんはうふふとかくすくすとか笑いながら、僕の食べっぷりを観察している。
「じつはそろそろお開きにしようかと思っていたの。
同じメンバーでよくこういうことやっているでしょ。ふだんの出店も同級生相手だし。
だから、ちがう学校の人が私たちの料理を食べて、どう思うかに興味があるのよ」
そういうのは最初に僕を発見したロングヘアーの人、もうひとりの副隊長さんだ、
「材料使い切っても、学園艦に頼めばいくらでも追加できるから、
明日の分とか気にしないでじゃんじゃん食べろ」
「はい、じゃあえんりょなく」
まったく気前がいい。僕も遠慮? なにそれ? 食べられるの? という人間だから
表面だけでも悪びれたりしない。くれるものはなんでも食べる。
といっても、さすがに限度があるから、五十鈴先輩みたいな大惨事にはならない。
「これも、どうぞ」
そういってロン毛の副隊長さんがついでくれたのは、紫の液体。
これはもしかして……。
……普通にブドウのジュースだった。
ただし、既製品ではなかった。
こんな調子で飲み食いしまくった僕だったけど、肝心なことを忘れていた。
そう、あれだ。
「みなさん、日付変わっちゃいましたけど、いいんですか?」
明日は朝が早いのは、こっちも向こうも同じ。
「え? もうそんな時間?」
「あちゃー。また寝過ごしちゃう」
みんなで今更のようにどたばたと片付けをはじめる。
これじゃ終わるころには丑三つ時だろう。そして僕だけど、この人たちの戦車見てる。
さすがにこのまま帰れるとは思わない。
「ああ、山本くん。そろそろ帰るか。送っていくよ」
え? それでいいんですか? 隊長さん。
「安斉さん。僕はここでそちらの戦力を見ているわけですけど、帰していいんですか?」
隊長さんは、それを聞いても表情一つ変えなかった。
「何を言ってる。こっちの情報は『くせっ毛のエスピオナージ』が全部持って帰っただろ」
なんですって?
この人たちは秋山先輩が潜入しているのを知って、しかも好きにさせていたというんですか。
「大洗女子にはボンドばりの無茶なのがいるってうわさになっているのに、
堂々と乗り込んでくるんだから、たいしたもんだ」
いや、そういう意味ではあなたがたもたいしたものだと思いますけど。
でも、それならば……。
「じゃああなたは秋山先輩の正体を知ってて、鉄板ナポリタンをサービスしたんですか?」
そう、ショートの方の副隊長さんは、潜入画像でたしかにごちそうしていた。
「ああ、来る客は拒まずだからね。
飯をうまそうに食う奴に悪い奴はいない」
「私もせっかくだから、P26/40のおひろめを、もう一回やってやったしな」
なんか、変な意味でサービス精神旺盛な方々だ。
「また例の『空飛ぶ自動車』で来てくれないかと期待してたんだけど、
地味にコンビニ船で潜入してきたから、ちょっとがっかりしたね」
TF-Xのことは高橋先生にばれて、時田さんから徹底的にギャリソン流掃除術を仕込まれた。
そしてどんな汚部屋やゴミ屋敷も、あっというまに掃除できるようになった。
でも、アンツィオ高校もザルじゃないんだ。
映像見てる限りでは、残念女子の集団みたいだったけど。
「……それ、僕が操縦させられていたんです。先輩におどされて」
「なんだ、あいつが操縦してたんじゃないんだ。
女ジェームス・ボンドなのかと信じていたんだけどさ。
……ところで君、1年生じゃどっちの免許ももってないだろ」
「まあ、それはそうですが……
いや、そんなことよりわかってるならつかまえてうちの情報をとか思わなかったんですか?
僕だってこのまま帰しちゃうし」
御三人は、だまってお互いの顔を見あわせる。
え? うちの情報ってそこまで価値がないの?
「ふー。大洗女子の情報なら角谷がサイトで全部オープンにしてるじゃないさ。
はっきりいって大洗でわからないのは、君自身」
あ、そうか。
大統領は僕以外の情報を全部バカ正直に開示していたんだった。
もっとも、なにか魂胆があってのことだろうけど。
まあこんなしみったれた戦車隊だってわかってなければ、ベタ記事とは言っても
サンダースに勝ったことが全国ニュースになったりしないよね。
「実は忍者マスターだとか、本当は情報科で使い回すハッカー秘匿名だとか、
サーバーについている名前だとか、臨時雇いの傭兵に付けるコードだとか」
「外部に君のものとされる画像が出回っているのに、角谷会長が君のことだけは名前以外
いっさい伏せているから、画像の真偽も含めて都市伝説化してたんだけどなあ」
副隊長のお二人さんも、好き勝手言ってる。
「でもまあ、このままのほうが面白いから、君にあったことは私らもだまってるよ」
そうですよね。安斎さん。
都市伝説のUMAが、ふたを開けたらこの程度じゃ、某ネッシーどころのさわぎじゃない。
某着ぐるみの人は中身も一流らしいけど。
やっぱり夢は壊しちゃいけないよね。
そんな調子で僕たちは、大洗のベースキャンプ目指して30分ぐらい歩いていた。
そういえば安斎さんは、子どものころから戦車道やってるベテラン選手だと聞いた。
じゃあ、知ってるかもしれない。
「安斎さん、ちょっと戦車道ルールのことについて聞いていいですか?」
安斎さんは、ちょっと考えてから「私でわかることならね」と答えた。
「ルールブック3-01項なんですけど、1945年8月15日までに設計完了かつ試作着手というのは
何を想定した規定なんでしょう」
安斎さんは「話をしぼってくれといいたいが、君はそれ以前のようだから」とことわって、
話を始めた。
「まず、それ以後を認めたら、最新鋭とはいかなくても現用兵器で戦うことになるね。
これは都合が悪い。
それと、ここを境に技術のパラダイムシフトが起こっている。
つまり、ここまでのものなら、選手が自分の経験と勘で操作しなくてはならない。
機械は助けてくれない。
これが人間の技量を問うという意味で『術』ではなく『道』たりえるということ」
それは、何となくそうではないかと思っていた。
仮にひとまるだけで試合をやっても、それはただの機械操作の演習にしかならない。
「それから、戦車のバリエーションが増える。
第二次大戦期は戦車のドッグイヤーだ。そういう意味でも面白い。
現代といえば、M1エイブラムズやレオパルド2が配備されてから何十年たったかな」
考えてみれば、それまでの移動トーチカからMBTという概念まで、たった数年で
移行してしまったのがあの時期だ。盛大に試行錯誤しながら。
いまの味も素っ気もない戦車と違って、僕にはぜんぜん覚えられないほどのパターンがある。
「でしたら、『量産され実戦配備されたもの』と定めた方が、わかりやすいんじゃないですか?
結局、現実にはそうなっていますし」
正直言って、試作着手というのは無意味すぎる。
そのていどのことは僕にもわかる。
安斎さんもその辺はわかってるみたいで、肩をすくめる。
「君が思っているとおり、あれは死文だよ。
ただ、規定としての意味はあって、一種の足切りの役目を果たしてる。
少なくともあれで、基準日までに設計を終えていないものや、試作着手が完全に
戦後のものは確実に排除できるよね。
そして、現実には試作戦車を持ってくるのは至難の業だ。
理由はわかる?」
これは戦車だけでなく、建造するタイプの機械全部に言える。
「まず、考えられるのは、ものにならないからこその試作止まりということ」
「それはそうだ。君は飛行機が好きなんだってね。
じゃあここにヴィッカース・タイプ559の実物があるから乗ってみるかい、と聞かれたら?」
いやに決まっている。乗らない人間からしたら何でと思うかもしれないけど。
「絶対にお断りです。まだ死にたくありません」
「そうだね。コンバット・プルーフがないんだから怖くて使えない。
戦車も同じだよね。主砲撃ったら砲耳が壊れたなんてことになったら目も当てられない。
他には?」
そう、ついていない証明は、コンバット・プルーフだけじゃない。
「真贋の区別がつきません。だって未完成なんですから。
いまの戦闘機なんか設計図と製造指示マニュアルだけで何トンですからね。
三面図だけで作れるのなんか、プラ模型ぐらいです。
アッセンブリや個々の部品の設計図面も全部なければ、適当に作られてしまいます。
つまり試作車レプリカには、再現に失敗している疑念が常につきまといます。
さらに切実な問題があります。仮に本物が作れたとしても、べらぼうなお金がかかります」
いまの戦闘機にも言える問題だ。
大量生産すれば単価が下がるのは、設備機械、治具形といった固定経費が割り算できるから。
人件費も同じ。同じ時間だけ工場を稼働させれば、出来高に関係なく同じだけかかる。
逆に言えば一品ものを作ったって、かかる固定経費は同じ。
へたすりゃ、パーツは手作りで、組み立ても手作りでなんてことすらありえる。
高いことで有名なひとまるが何台も買えるなんてことにさえ、なるかもしれない。
バイクのガソリンタンクのアルミワンオフものなんて、何十万円もするんだから。
「うん。だからデトロイトやチェリャビンスクでは昔のラインをいまでも稼働できるように
してる。イギリスだって当時あった会社がいまでも車を作ってるし、ロールスロイスも
健在だね。きびしいのは枢軸側だ。いま残っている現物だけがほぼすべてだ。
日本戦車なら、知波単が持っているものがほぼすべて。
リバースエンジニアリングによる再生産なら試作のようなうるさいことは言われないけど、
旧時代の技術が、たとえば砂型鋳造とかが失われたいまではもはや困難といっていい。
そういえば最近、西住家が金に糸目をつけずドイツ戦車の現物を買いあさったそうだよ。
うらやましいことだねえ。
もっとも国際戦車道協会の厳しい審査をくぐりぬければ、量産車のリバースエンジニアリング
じゃなく、試作図面から作った戦車を『本物』と認めてもらえるけど、そんな工房を持った上
稼働できるような金持ちは世界でもかぎられてるね。日本では一カ所だけ」
ふーん、そうなんだ。
……実は、日本戦車が知波単にある数十両だけというのは別におかしくない。
終戦と同時に製造会社では図面をほとんど焼いてしまったし、治具型工具類も全部処分した。
三式とかいう戦車なんか、GHQの命令で何百両のほとんどを破却して鉄くずにしたって
土浦の武器学校の助教殿が、見学に行ったときに教えてくれた。
戦後はアメリカ式の模倣から再出発した。だって日本の技術は戦中から時代遅れだったから。
こうして日本式戦車の系譜はとだえた。61式戦車は、純然たるアメリカ流戦車だ。
だからいま試作戦車どころか、チハ作ってと頼んでもお断りされるだろう。
競技中に破損するのは装甲板と履帯と転輪ぐらい。アセンブリ単位で壊れるものはない。
こんなのは材質さえあっていれば、普通に鉄工所で作れるだろう。
仮にエンジンが死んでも、代用になるものは連盟さえ認めてくれればいくらでもある。
「でしたら、P40はどうやって入手したんですか?」
これだってレア物にはちがいない。
西住先輩が鈴木カエサルさんに原書を調べてもらったくらいなんだから。
「イタリアまで行った。
こいつはイタリア降伏の時に生産が開始されたんだが、ドイツが接収して
100両分の車体を完成させた。ただ、そのうち40両はエンジンが間に合わなくって
トーチカ代わりに使われたんだ。アンツィオや『ゴシック・ライン』での話だ。
私がもってきたのは、そういうドンガラのひとつ。
ゴシック・ラインの山中にあったやつ。アンツィオは町だから、とっくに処分されてる。
エンジンはフィアットのSPAディーゼルがないので、連盟認証工場でHL120TRM、
つまりⅢ号やⅣ号のエンジンを積んだ」
「ゴシック・ラインですか。東部戦線真っ青の激戦地でしたね」
イタリア北部の山脈地帯を利用した要塞線。
ここでドイツの降下猟兵と北部イタリア出身の部隊が、1945年5月2日までねばった。
モンテ・カッシーノを含むローマ手前の『グスタフ・ライン』と並ぶ地獄の戦場。
よく誤解されてるけど、南部戦線は楽な戦場じゃないし、イタリア軍は精強だ。
アフリカのイタリア軍が連合軍を見るとすぐ逃げたのには理由がある。
彼らが、南部イタリアの出身だったからだ。
実は、ファッショイタリーは、ドイツ第三帝国のような一枚板じゃない。
ムッソリーニの支持基盤は、北部イタリアだけだった。
ローマを含む南部イタリアは、潜在的な反乱勢力だった。
ファッショ党は、軍隊からも好かれていなかった。
ムッソリーニが第一次大戦で19万人の「イタリア兵」を「殺し」た、ルイージ・カルドナと
いう、牟○口がかわいく思えるような将軍を元帥にして英雄として持ち上げたりしたから。
そんなわけでムッソリーニが第二次大戦に参戦すると、さっそく南部にレジスタンスが
出現した。女子どもまで加わって。
そんな状況で自分の支持基盤の北部兵を国外で戦わせるわけにはいかない。
忠誠度や戦意に問題ありありだが、南部出身の部隊を外征させるしかなかった。
国内に置いておいて、反乱を起こされたら目も当てられない。
しかしというかやはり、彼らは連合軍に出会うと、先に立ってイタリアへの道を先導した。
何しろいまも自分たちの家族がレジスタンスとしてファッショ党と戦ってるんだから。
早く本土まで連合軍を誘導しなくてはならない。
もちろん「同盟国」ドイツの足も盛大に引っ張ってやった。
そして、南部のレジスタンスたちは、ムッソリーニ打倒後の内閣や憲法まで用意して
ローマの政界や軍部の、ファッショ党ではない有力者とクーデターの計画を練る。
イタリア本土に連合軍が上陸したとき、タイミングを合わせてムッソリーニを捕らえ、
臨時政府を樹立して連合国と講和する。
もちろん彼らは、連合軍ともとっくに秘密協定を結んでいた。
別にパドリオ元帥が、連合軍の上陸にビビって勝手に降参したんじゃない。
たしかにクーデターまではうまくいき、ムッソリーニは捕まって、臨時政府は手はずどおり
連合国に降伏した。
しかし、イタリアにはケッセルリンク元帥麾下のドイツ第10軍がいた。
彼らはイタリアが連合軍に寝返ったときに、すばやくイタリア全土を押さえてしまう。
なにしろ彼らは精鋭中の精鋭、「緑の悪魔」第1降下猟兵師団を中心に、ヘルマン・ゲーリング
空軍装甲師団などを加えた強力な部隊だったのだから。
逆に言えばヒトラーが、どんだけイタリアを当てにできなかったかという証明だ。
アメリカ第5軍に彼らよりさらに恐ろしい例の部隊がいなければ、ローマが陥とせたかどうか
わからなかったと思う。
なにしろ終戦直前まで、米英二個軍の戦力を持ってしてもドイツ国境を突破できなかった
のだから。ドイツ軍もエリートだったが、北部イタリア兵もそれだけ強かった。
それはともかく。
「つまり、実働車じゃなくスクラップを買ってきたと。それでしたら
おやつじゃなくごはんの方を質素にすれば、あと9両ぐらい買えたんじゃないですか?」
「ほー、あれだけ食っておいて」
「どの口がおっしゃるのかしら」
「お前を鉄板で炒めてやろうか」
やばっ! みんな本気モードだ。
スクラップと言われたのが気分悪いのか、ごはんを質素にがいけなかったのか。
たぶん両方だと思う。
「え、えーと。
それでしたら火葬戦記なんかではいろいろメチャクチャな戦車がでてくるじゃないですか。
ああいう需要はどうなるのですか」
もうなんでもいいから、話を元に戻そう。じゃないと本当に唐揚げにされちゃう。
「ふん、話をそらす気か。
作る奴はいっぱいいる。だけど公式戦には出てこないな。
連盟がまず許可を出さない。
理由はわかるよな」
作る人間はいっぱいといっていいほどいるなら、理由は分かりきっている。
「つまり、単に均質圧延鋼板で作った実物大のプラモデルに過ぎないからですね」
安斎さんが両眼をつぶって両手を広げる。お察しということだ。
「ああ、おまけにそのRHAが、普通に現在ものの成分だったりする。性能が良すぎだ。
ひどいのになると『わたしのかんがえたさいきょうのひょうじゅんがたせんしゃ』とか
平気で持ってくる。あれなんか断面図しかないんだぞ。しかもフロントドライブの」
ああ、それは模型業者さんの妄想の産物だろうな。
それを具現化したものを持ってきて審査しろっていっても、おととい来やがれが関の山。
日本でいう「HENTAI」は外国ではcoolらしいから、戦車プラモを作る男性ってのも
変態紳士の国なんかでは趣味人扱いらしい。
だから妄想の産物が、外国製プラモではよくあるそうだ。
でも、それが許されるのって模型までだよね。ガワだけできてればいいから。
タ○ヤしか認めない秋山先輩に言わせると、美少女フィギュアなみにありえないらしいけど。
「あんな人間が存在しないのと同じ」くらいバカバカしいそうだ。それには同意。
たしかにタ○ヤ模型も架空兵器どころか試作止まりも製品化しない。
沈んだ船は別として、基本的に取材できないものは作らない。
だからこの会社が模型化しない戦車がでてきたら、まず根拠のないスクラッチということ。
それじゃ連盟が認めるわけがない。
結局、安斎さんのように戦時中の実物見つけて、レストアするしかない。
「しかたないから連中も自分たちでサバゲみたいな野試合やってるよ。
でも、主砲が用意できなくて安い37mmなんか積んでるから、全然撃破が出なくて
サバゲ同様自分でヒットコールして退場するんだそうだ」
なんですかその無意味さ加減。
まあ、装甲は鉄板切ればできるだろうけど、試作戦車の魅力であるすごい主砲がないとは。
でも当然かも。日本だったらN鋼管あたりに頼んでやっとだろうから。
しかも、一門いくらになるかわからない。
そうするともうひとつの都市伝説、というか『怪談』はどうなるのかな。
「はあ。ではよく『幽霊戦車』っていわれる都市伝説の正体はそれですか」
「パンツァーガイストか……」
「ええ、よく夜中にシルエットだけの戦車が走っているという」
「ああ。人里離れた山奥とかで、こんな時間にたまに目にするといわれている……」
「……」
「とはいうがその実、さっきも言った『試作工房』のテストを目撃しているというのが真相。
そこの戦車は、まず国内に出回らないから、話に尾ひれがついてるだけだ」
「まず、ってことはごくまれに出ることはあるんですね」
安斎さんはちょっと上を向いてしばらく考えてから、声のトーンを落として言った。
「金持ち相手に阿漕な商売をしている、ちょっと見には青森県の業者みたいな
戦車ディーラーがいてね。そいつが詐欺同然の値段で売るらしい。原価の三倍以上で。
戦車のことにくわしくないのに強いのを欲しがる金満客がカモにされる。
でも正直、認証付の試作戦車はおろか、マイナーなだけの戦車でも買えればまだいい方で、
あまりに無知だと、新しくて強そうだが1945年8月15日ルールに引っかかってアウトの
M46や戦後センチュリオンあたりの二束三文の値打ちしかないガラクタを売りつけられる」
それってもしかして、キリマンさんをたばかった奴じゃない。
「どっかの双子の金満女子高生なんか、ひとまる売りつけられたらしい。
まあ、あきらかにウソだろうけど」
うーん。デスバード6号のような「大型特殊」かもしれないですね。
でも、よけいなことをしてくれる奴がいるもんだ。
「そんな工房や業者がいるから、まず遭遇しっこないウルトラレア戦車まで覚えさせられる。
僕としては腹が立ちます」
「ちがうよ。それはあくまで戦車の歴史を知るためだよ。
試作車について知らなきゃ、戦車の成り立ちが理解できない」
……あ、そうか。
XF-103とかXB-70とかがあるから、なんで実用機にマッハ3の機体がないのかわかるのと
同じか。どおりで試作戦車には僕から見ても変態が多いわけだ。
でも、その変態ぶりにも意味はあるわけね。
「まあ私にも、試作戦車に夢を見た時期はあったよ。せいぜい中学二年までね。
戦争が終わったせいで開発中止になった戦車には、もし実用化されてたらという
ロマンがある。でもそれを実現するには世界の長者番付に載らなきゃならない」
それ、わかるわあ。
トリープフリューゲルなんか論外だけど、Ta183フッケバインなんて中二心を刺激される。
「あれ、変ですね?」
もうだいぶ歩いた。
双方のチームのベースキャンプは、せいぜい2,000mしか離れていない。
なのに、周囲はまっ暗。なにも見えない。
「確かに変だ。
私たちのベースキャンプの明かりも、競技本部の方もまっ暗だ」
「隊長、それだけじゃありません。
向こうに見えるはずの、神戸の明かりも見えません」
「なんだこりゃ!
スマホのスイッチが入らない」
「地形は、そのままなんですが」
そうだ、目のまえに広がる平地に、僕たちの寝泊まりしているトレーラーハウスがあった。
でも、いまはなにもない。
僕は腕にはめている耐衝撃仕様のデジタルウォッチを見る。
「時計の表示が、バカになってます」
「ソーラー電波腕時計もダメだ、まったく動かない」
「コマンダーコンパスが、ぐるぐる回っている……」
「夢でも、見ているんじゃ……」
「いや、それはないな。あいつがみえるか?」
安斎さんが指さした方に、いつのまにかひとりの女の人らしい影が見える。
そのひとは、こっちに向かって歩いてくる。
「みんなに見えるということは、夢なら私ら4人は同じ夢を見ているということだ。
ありえん」
僕はLEDライトを取り出した。
まだ電池はあるはずなのに、こいつまでバカになっている。
女の人はひたひたと、僕たちの方へ歩いてきた。
なんだろう? おかしい。
とっさに逃げようとかいう気が起きない。
僕も、安斎さんたちも、その人が来るのをじっと見守っている。
彼女は、僕たちの目のまえまで来た。