第二回戦前日の夜、貧乏な大洗女子は戦車道連盟が試合会場の近くに用意したバンガロー
代わりのトレーラーハウスですごすことになった。
当然ごはんは野外炊さん。
ひどいことになるのは知っているので、僕はつてを頼って廃棄寸前の「缶飯」や乾パンを
用意した。しかし……その半分近くを五十鈴先輩に食われたせいであわれ僕は欠食児童。
夜更けにこっそり、やっぱり貧乏だからうちと同じく野営してるアンツィオの食糧を
ちょろまかそうとした僕は、宴会中の敵のただなかに飛び込んでしまう。
しかし、正体不明のUMAあつかいだった僕は、アンツィオのみなさんが(よく言えば)
寛大な性格だったので、いっぱい食べさせてもらったうえ、隊長の安斉さんと副隊長お二人の
見送り付きで大洗女子の宿営地まで送ってもらった……はずだった。
宿営地のあたりで、いきなりすべての照明や、街の明かりが消えて周囲は暗闇に。
トレーラーハウスやキャンピングカーもいなくなっていて、原野が広がるだけ。
その「場所」で僕たちは「未成戦車」と「しょぼい中年男性」の「幽霊」に出会う。
そして僕たちはどこか別次元とかに行ったのではなく、同じ場所にいることは変わらないけど
「生」から「死」のフェイズに来てしまったらしいと教えてもらった。
戦車の幽霊の方は、試作車も完成せずに放棄された未成戦車が死のフェイズに出現したものに
「彼女」の生命がやどったものらしい。
しかし、その未成戦車を「地上」で再現しようとこころみる者たちがいるため、器である
戦車の方は、やがてここから消えてしまうという。
幽霊の「おじさん」は、内部まで再現されてしまったせいで操縦者を必要とした「彼女」が
僕たちを呼んだんだろうという。戦車が「現界」すれば、僕たちも「生」のフェイズにもどる
だろうとも。
でも、彼女がそこまでして僕らを呼んで動かなければならない理由があるはず。
それを僕がたずねようとしたときだった。いきなり2発の砲弾が飛来したのは。
「みんな! 伏せろ!」
安斉さんが叫ぶまでもなかった。
物理攻撃の通用しないおじさん幽霊以外は、口を大きく開け、耳をふさいで伏せている。
と、思ったら幽霊のおじさんも伏せている。
おじさんいわく。
「幽霊の攻撃は幽霊にしか通用しないよ。君らには通じない」
だったら早く言ってよ。
……というか、相互不干渉の世界なんだった。
いま撃たれた砲弾が、たとえば僕らには見えていない大洗女子のトレーラーハウスを
吹き飛ばしたり、地面に爆発痕をのこすことはない。
だからその中間の存在になりかかっている「彼女」の操縦ができるのは、僕らだけ。
そういうことか。
「敵はなに?」
伏せたままの安斉さんが叫ぶ。
スターライトとサーモグラフィー、レーザー測距儀のついた単眼鏡だけど、電気を使う機械が
全滅しているいまは、ただの望遠鏡。
それでも僕は伏せたままで、発砲音のした方向を見やる。
「戦車らしきものが2両。種別はわかりません」
やっぱりモザイクがかかっているようにモヤってる。
僕の場合は、形が明確でも車種の識別は無理だけど。というより、僕に識別できる戦車なら
そのほうがむしろ危険だ。勝ち目がない。
「ただ、両方とも例の『前掛け』をつけています」
砲塔まわりと、シュルツェンだけは形になってる。
砲塔は、あんこうに似ているけど切り株砲じゃない。砲身が長く、マズルブレーキつきだ。
「それと車体は、傾斜装甲のようです。
大きさは両方とも同じ。『彼女』よりひとまわり小さい」
片方は一枚板の傾斜装甲。もう一方は複雑に鋼板を組み合わせている。
何の意味があるのかわからない。
安斉さんは、ここまで聞くと伏せるのをやめ、すっと立ち上がった。
「それだけわかれば十分だ。全員、乗車。
おじさまは早く逃げ……」
「私はこのまま行くよ」
見ると、幽霊のおじさんはエンジンフードの上にあぐらをかいて座っている。
それはむしろ危ない。
「タンクデサントはかえって危険です。砲弾の破片とかでやられます」
「私はすでに死んでいる。何があってもこれ以上死ぬことはないよ。
それに君たちの決まりでは、これに男が乗り込んではいけないのだろう?」
うー。幽霊さんでさえそれ知ってるのか。ますますうしろめたい。
「では、せめてなにかにしっかりつかまっててください」
「その必要もないよ。私を見たまえ」
うわっ! そんな気はしてたけど、この人あぐらのまま10cmは浮いている。
そしてそのまま慣性に関係なくついてこれるっていうの? まあ幽霊だし。
「山本、早く乗れ! 動かすぞ」
もう、副隊長さんたちはのりこんでいて、安斉さんがキューポラから顔だけ出して
叫んでいる。
「僕もデサントします。そのまま見張りをやります。
ローダーがいるのなら、僕の仕事はありません」
「だったらキューポラから上半身だけ出してろ。君の仕事はあるから早く乗れ!」
僕の仕事、なんだろう?
とにかくもたもたしてるヒマはない。僕はいそいでいわれたとおりキューポラに収まった。
「セル一発でエンジン始動とはありがたいっすね」
アメリカの駆動系なら、外に出てクランクでエナーシャー(はずみ車)を回してエンジン始動
という必要はないみたい。古いタンケッテのCV33にはセルフスターターはないんだろうな。
零式や隼なら、搭乗員の「エナーシャー回せ」の合図で地上整備員がクランク突っ込んで
ぶん回し、はずみ車が十分回ったところで搭乗員が「コンターク」と叫んで接続、始動する。
エンジン始動と同時に車内灯が戦闘室を照らす。
あれ? じゃあこの中では電気が使えるんじゃ?
僕はLEDライトをつけてみる。やっぱり点灯した。
下半身だけでも乗ってれば、電気を使う機械が動くんだ。
じゃあ、この単眼鏡もつかえるかも。
あ、まともに作動してる。
「僕の単眼鏡がつかえます。ノクトビジョンもサーモもレーザーもいけます」
「オーケーだ。インターコムも使えるとわかったから、これからはヘッドセットで話してくれ。
それと君の暗視ゴーグルを、ドライバーにわたす」
ペリスコープ越しでも、ハッチから顔を出しても明るく見えるなら楽だろう。
僕はゴーグルを首から外すと、安斉さんに渡す。
あと、僕は何をすればいいんだろう?
「私は砲手をやるから指揮をとれない。君、悪いが車長役をやってくれ」
「え? 車長ですか?」
できるわけないでしょー。砲弾持ったことしかないのに。
「ああそうだ。
幸い戦車はこれ1両。隊の指揮をとるわけじゃない。
これを戦車じゃなく、ひとりの歩兵と想定して考えてくれ。
……君は、御尊父からそういう育てられ方をしていると角谷がいってたよ」
つまり、いま僕はたったひとりで敵中に孤立していると。
空挺流に考えるなら、敵を倒すより地形を活用して生き延びることが最優先だ。
でも待ってよ。それじゃ安斉さんは僕が実在するってこと知ってたんじゃん。
「君はドライバーに経路を、ローダーに弾種を、私に目標の方位と距離を指示するんだ。
今は君の判断に従う。それしか方法がない」
安斉さんがそう言った瞬間に、また「敵」が発砲する。
「急速前進! 13時にむけて50mダッシュしてください!」
「了解! つかまってろ」
戦車は瞬時に飛び出した。敵弾があっさり後ろにそれる。
バイクや四輪のゼロヨンダッシュみたいな、タイヤが路面にグリップする「間」も感じない。
接地面積がべらぼうに広くて、トラクションや荷重が分散する履帯ならではか。
エンジンが車体に勝っている感じもする。
戦車は究極のモノコックだから、車体がよじれるとかはないけれど。
「それからあとはいい地形を探しますから、それまで時速40kmで回避運動してください」
「少々荒っぽく行くからね。振り落とされるなよ!」
「牽制射撃もしないのか?」
安斉さんはそう聞くが、ここでは実効射しかしたくない。
「いえ、外れる射撃はしません。敵がどれだけいるかわかりませんし、こっちは単騎です」
「走行間射撃はやめて躍進か停止しかしないんだね。けっこう、合格だ」
試されていたみたい。いや、確認なんだろう。
そうでなきゃ初めから僕に装てん手を命じていたはずだ。
「どうやらここでは『本名』を知られるのは命取りのようだね。
だったらコードで呼び合おう。君もね。
ドライバーは『ペパロニ』、ローダーは『カルパッチョ』という。
私は、コードも本名のもじりだからね……。そうだ。
君は角谷を『大統領』って呼んでるんだってね。なら私のことは統帥(ドゥーチェ)と呼べ」
「……」
僕は、安斎さんに微妙な表情をしていたと思う。
「自分で死亡フラグ立てるな。って顔だね。
わかってるだろ? これもスタイルだよ。
戦車道やってるのが、みんな黒森峰や西住流のようにストイックなわけないじゃん。
どこかで遊び心がないとねえ」
それは、僕も聖グロリアーナやサンダースを見てて思った。
○○(ダー本名)さんやおケイさんは、特殊な背景の持ち主だからかもしれないけど。
団結のさせ方にもいろいろあるってことなんだろう。僕も日本式がベストとは思わない。
「君も、大人たち黙認で飛行機に乗ってるなら、コールサインかタックネーム持ってるよね?
何ていうの? 教えて」
TACネームときましたか。だったらじっちゃんが冗談半分で決めたのがある。
大人たちは僕が飛ばしていてもじっちゃんが操縦していることにしているから呼ばないけど。
「……Spud、といいます。
でも、大洗でこれ知ってる人はいません。一部を除いて俗名しか使いませんから」
「……なるほど、そうか。
じゃあスパッド、その名に恥じない勇気と献身をのぞむ。頼んだよ。」
「あまり期待しないでください。飛行機でしたら千五百時間は乗ってますけど」
「ふーん。君はとうふ屋の飛行機版か」
「高いところが好きなだけです」
あはは。あの人と比較されても困るなあ。
「……君たちはこの乗り物を戦車と呼ぶのか。また古い言葉だね」
後ろから声がする。そういえば幽霊のおじさんがデサントしてたんだっけ。
あいかわらずあぐらを組んだまま、エンジンフードの同じ所にとどまってる。
「それで、電撃戦をするんだね?」
「ええ、まあそうですね」
戦車が古い言葉?
いや、「ウォーカート」の訳語だから古くはないだろう。
それに戦前は、書類上は「戦車」と書いたけど、兵士も民間人も報道機関もマンガでも
普通に「タンク」と呼んでいて、ブン屋さんも「鉄牛」「鉄獅子」って書いたくらい。
戦車という言葉が普及しだしたのは戦後になって、例の田○模型が木製模型を売り出してから
(合成樹脂が大量生産されるまでは模型の材料は木だった)ということのようだ。
だけどこの人が現代の人の幽霊でなければ話は別。
四書五経だけじゃなく、「孫子」や「六韜(りくとう)」といった漢籍を普通に読む時代の
人ならわからなくもない。
孫子では戦争にお金がかかることの説明に「戦車」が引き合いに出されている。
六韜の「虎韜」、いまでも「虎の巻」といわれる巻では、車両を使う攻撃を「電撃」と
呼んでいる。(「電車」という言葉も出てくるが、やっぱり戦闘車両のこと)
おそらくそれがあるから日本では、本来「稲妻戦」とでも訳すべきブリッツクリークを
「電撃戦」と呼び習わしているのだろう。戦前の子ども向けの読み物にも見られる。
この場合の「戦車」とはチャリオットという馬車だと言われている。
騎兵と併用されていたが、西暦が始まってから急速に絶滅した。
ただ、チャリオット競技が戦車道のルーツとよくいわれている。
であれば「戦車が古い言葉」というのも納得できる。
ちなみに中国では戦車とはいわず「担克(タンク)」と呼んでいるし、ドイツやフランスでも
わりと「タンク」が普通に使われるらしい。ロシア語でもタンク。
戦車がタンクを意味するのは日本と韓国、中華民国。
イタリアでは「カルロ・アルマート(装甲車両)」。P40も「カルロ・アルマート・P40」だ。
まあ、おじさんがいう「戦車」や「電撃戦」も兵学書の方の意味だろう。
というようなことを頭のかたすみで考えながら、僕は敵戦車2両を単眼鏡で見ている。
いままで聞いたことをまとめれば、「彼女」が現実世界で完成し、エンジンがかかるまでの間
この「彼女」を守りきれば、僕たちも僕たちの「現実」に帰還できる。
しかし、あの戦車2両は明確にこっちに対する敵対行動を取っている。
それも破壊を目的とした。
であれば、「敵」に増援が来るかもしれない。
そうなるまえに、あいつらを片付けたいところだ。
「カルパッチョさん。ローダーズハッチからあいつらが見えますか?
実は僕、形から戦車を識別するのが苦手で……」
なんか、カルパッチョさんがコケかけたみたいだが、すぐにハッチから顔を出し、
いまは9時方向、600m先にいる敵を見る。
「Ⅳ号の後期生産型の特徴があります。G型以降です」
「では、今の距離で交戦するのは危険ですね」
48口径75mmなら、500mで傾斜した100mmの均質圧延鋼板を抜ける。
彼女の側面も傾斜だけど、80mmはないだろう。
「向こうはなんとか時速30kmってところみたいです。
今向いている方向に全速で前進願います」
こっちが攻撃しないで距離を取ろうとすれば、連中はむしろ停止射撃でかたをつけようと
するだろう。それを避けながら1,000m以上稼ぎ、反転して射撃だ。
「待ちなさい。行く手のあの樹木線に伏兵がいる」
後ろのおじさんが、僕を押しとどめた。
僕は、半信半疑で単眼鏡の倍率を上げて、言われた場所を見る。
いた。林の切れ目から長い鼻を出してる。長砲身が2本。
砲の水平高さが低い。駆逐戦車だ。
「12時900m、林の中に駆逐戦車2両。伏撃体勢です」
このおじさん、なんでわかったんだろう。
幽霊だから見えたのかな。だとしたら有力な戦力ってことね。
「スパッド、照準器で敵を視認した。
私にやらせろ。停止時間50秒で1両食える。17ポンドならな」
「了解。弾種低抵抗!
現地点で急制動。敵撃破後、本車も前方の林に進入します。
もう1両のうしろを取ります」
「装てん完了!」
「停止します!」
戦車はその場でがくんと止まる。
サスがプアなのか衝撃が大きい。
でも安斎さんは、20秒で発射ペダルに足をかける。
操作関係はドイツ式のようだ。
「全員、耐衝撃!」
僕はローダーズハッチも開ける。
17ポンドは排莢と同時に盛大な煙と火花が散る、とても危険な砲だ。
しかし、これを精度と威力で上回るのは、長砲身88mmL71だけだ。
「発砲! 今」
砲口から炎とともに赤熱した76.2mm弾が、音速の3倍で飛び出す。
近くに落雷したかのような轟音を立てながら。
1秒もしないうちに、カメのこうらに砲身を生やしたような車両が浮き上がり、四散する。
「命中確認、撃破!」
ふしぎなことに飛び散った破片が、撃破されたはずの戦車のシルエットに再構成される。
しかし、そいつは砲身を下に向けてもう動く気配もない。
『あれにとりついていた「命」が離れたのです』
「彼女」がそう説明した。
なるほど。器じゃなくて中身のほうが撃退されるんだ。
ということは、こっちが撃破されたら、「器」の戦車はそのままで、「彼女」だけが
離脱すると言うことか。
いや、今はⅣ号モドキがどうしているのか見なきゃ。
そう思って単眼鏡を構えなおした僕の視線の先で、2両のⅣ号モドキがいきなり爆散した。
またスルスルと戦車の形に戻るが、今度は止まったままうなだれたように砲身を下げている。
ほぼ同時に「クオオォーン」というようなかん高い音が2つ響いた。
あんな音を立てるのは、かなりの長砲身だ。
「予定変更します。のこりの1両を食います。
弾種低抵抗、停止撃ち方用意。敵が向きを変える前に撃ちます」
「装てん終わり!」
「了解。照準よし!」
なんかすごく仕事が早い。
やっぱり自分たちで言うとおり「弱くないのではなく強い」のだろうか。
「この砲なら1,000mでも零距離だな。修正の必要がないくらい弾道が低伸する」
2両目の駆逐戦車はⅣ号ベースのものらしい、直線的なデザインだった。
ただ、Ⅳ号なら転輪は8個だ。これは6個しかない。
いきなり撃たれて泡を食ったのか、身動きも出来ずに17ポンドマグナムに倒されてしまった。
「え? 零距離って接射のことでは?」
「スパッド。西住や御尊父がそう教えたのか? んなわけないだろ。
零距離というのは、飛翔体が直線軌道をとる距離だ。無修正で当たる。
いっちゃなんだが、P40のアルサンド75mmがオモチャにしか思えないな。
……それよりも」
「ええ。あいつらを吹っ飛ばしたヤツらがこっちに来ますね」
ヤツら、そうだ。やっぱり2両の戦車だ。
1両は、彼女より一回り大きい。
やっぱり直線だけで構成された幾何学的なデザインで、17ポンドより長い砲を持ってる。
もう1両は、さらに大きい。
ほとんどモヤのカタマリみたいで形になってないけど、サイズならひとまるぐらい。
さらに頭ひとつ分だけ、ひとまる子より背が高い。
そして、もう「物干し竿」としか表現できないようなながーい主砲を持っている。
とりまわしが大変そうだ。
「発砲音からすると、あいつら2,000m以上かなたから1発で当ててるぞ。
それに、夜目も利くようだ」
「なんか砲塔の上に、大型の望遠鏡みたいなものをつけてますね」
「あれはたぶん、赤外線暗視装置だ」
「ドゥーチェ。大戦期にんなもん実用化した国があったんですか」
「あったさ。だから連中にはこっちがはっきり見えている。
なのになにもしないで、黙って普通に近づいてくるだけだ。何がしたいんだ?」
そういえば、「彼女」も何も言わない。どうなってるんだろうか。
やがて向こうのエンジンの音も普通に聞こえ、無彩色の姿まではっきり見えるようになった。
しかし、そいつらはさらに接近してくる。たぶん巡航速度で。
やがて3両は、たがいに砲塔正面を向け合って、20mぐらいで静止して対峙した。
そしてそのまま、身動きもしない。
「はあ、……もしかしたら、ちょっとやってみるか。
おい、Armapugnareaudeat Pardus F typus atque Vexillumarma.
私らとも話をしろ」
じれてきたらしい安斉さんが、僕にはわからない言葉で連中に呼びかける。
『……』
『おねえちゃん。このひと、私たちの名前知ってる。怖い』
『バカ、よけいなこと言うな』
なんと、この戦車たちは姉妹で、しかもおもくそデカい方が妹らしい。
しかも、図体に似合わず、気弱キャラみたいだ。
スルスルと動いて、自分より小さい「おねえちゃん」の影にかくれてしまった。
かくし切れてないけど。
「ドゥーチェ。何語で呼びかけたんですか?」
「ラテン語だよ、スパッド。
日本戦車じゃなければどこの戦車でもラテン語が通じると思ってさ。
あたりだったようだ」
「良く名前なんか知ってましたね」
「言ったろ。中二病を発症するまでは、試作戦車に夢見る乙女だったって」
いや普通、試作戦車に夢見る方が中二病でしょう。
『大丈夫です。この方たちは私のともだちですから』
彼女はこともなげにそう言うが、戦車に戦車の友だち……。
……何かがいろいろと変だ。どうすればいいんだろう。
「つまり、味方が増えたって事だ。スパッド。
やっぱり本名知られちゃ逆にあやつられかねないから、名前付けるか」
「え? 皆さんみたいに戒名つけるんすか?」
「……なるほど、君はそういう風に思ってるわけだ。
だったら君の果てしなく恥ずかしい顔面装甲の分厚い本名でもばらすか?」
「ううっ……」
たしかに僕の本名は、今や死ぬほど恥ずかしい上にあつかましい。
メアリー・スーの方がずっとマシだ。もういやだ……。(※2012年下半期現在)
「んじゃあ、『おねえちゃん』は普通におねえちゃんで。
妹君はアイナ。今思いついた。
そしてこいつだが、……イロナにしよう」
僕はなんか聞き覚えがある名前が出てきたので、やっぱり由来を聞きたくなった。
「イロナって、昔のイタリア女優のイロナ女史ですか?」
「昔の……ねえ? 違うと言いたいがあたりだ。なんで知ってる」
「じっちゃ……僕の祖父が金髪ロン毛大美人が大好きで、VHSにとったの見せられました」
「ほおー。芥川賞をとった超話題作のの映画化をね」
原作は、選考委員が一人辞めてしまうレベルで問題作だった。
今でこそ誰も何も言わないけど、当時は背徳的すぎるテーマだったから。チートハーレムは。
そしてイロナさんが出た映画も相当ヒットした。
メガホン取った人物が原作者なのに、映画は登場人物も舞台もストーリーも全然ちがう。
原作を改めて読んだら、わけがわからなくなった。
でも、それはどうでもいい。
そんなわけで「彼女」は「イロナさん」になった。
でも、これからなにすればいいんだろう。戦車3台に増えたし。