失われた約束の地   作:米山ともき

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 メルヘン回 戦車と幽霊 その④

 

 

 

 

 

 僕とアンツィオ三人衆がいるのは六甲山系のどこか。ただし、死んでいるものが見ている

という光景のなか。当然、同じ場所にいるはずの大洗戦車隊のメンバーはどこにもいない。

 そこで僕たちは「偏差値44」(仮称)という未完成戦車の幽霊さんと、おじさんの幽霊に

出会い、さらになぜか他の「幽霊戦車」たちから付け狙われてしまった。

 危機にあった僕たちは、幽霊のおじさんの機転と、偏差値44仮称さんの「お友だち」2両に

助けられて、襲ってきた幽霊戦車たちを撃退した。

 ここでは真名を知られると意思疎通ができる。逆に言うと、本名を敵に知られたら

下僕にされたりするかもしれない。

 そんなわけでドゥーチェことアンツィオ隊長の安斎さんは、「三人」の戦車たちに

「おねえちゃん」「アイナ」「イロナ」と仮の名を付けた。

 僕たち自身も、コードネームやコールサインで呼び合っている。

 ふたりの副隊長さんたちは「カルパッチョ」と「ペパロニ」。僕は「スパッド」だ。

 

 

 

 かくして地上で絶賛魔改造中の偏差値44さんは、イロナさんということになった。

 あとは、幽霊のおじさんだけど、別におじさんで不都合はないような……。

 

「じゃあ、おじさまはマリオさんってことにしません?」

 

 突然、安斎さんが前ふりもなく決めてしまった。

 よくポンポン名前が思い浮かぶもんだ。

 でも、イロナさん同様、何か元ネタがあるにちがいない。

 

「ドゥーチェ。どうしてマリオさんなんですか?」

「背が低くてヒゲがあるからだよ。それだけ」

「それだけっすか!?」

 

 当然おじさんは意味なんかわからないだろう。

 

「はっはっはっ、かまわないよ。……でもねえ、背のこと言われると実は傷つくんだけど」

 

 やっぱりこのひと、それ気にしていたんだ……。

 

 

 

 それにしても……。

 

「なんであの戦車たちはイロナをねらってきたんでしょう?」

 

 安斎さんも考え込んでいる。

 いま、僕たち5人と3両は、出会った場所から離れて不規則に移動している。

 と、いうのはマリオさんが「伏兵側にいたのは2両じゃなくて3両だった」と言ったからだ。

 1両はイロナが攻撃を加える以前、たぶん戦車姉妹が見えたときに逃亡したらしい。

 マリオさんは「そいつはその場で回れ右をして、向こう側に去った」という。

 つまり超信地旋回のできる、戦車道では新鋭と言っていい戦車ということだ。

 しかも、そいつは姉妹の持っている赤外線暗視装置も持っている。

 マリオさんはアイナのキューポラについているそれを指さして、同じのがてっぺんに

ついていた。という。常に夜のこの場では、圧倒的なアドバンテージだ。

 つまり僕たちは、一番やっかいな奴を、こっちの情報つきで逃がしてしまったということ。

 そいつに気がつかなかったのは、側面の大部分が転輪という車体が低い奴だかららしい。

 

「幽霊戦車は撃破されると、中の命だけがたたき出されて、抜け殻はそこに残る。

 ということは、そのあと他の命がかわってとりつくことが出来るんじゃないか?

 それと関係ないかなあ」

 

 安斎さんは、半分はイロナにたずねている。

 幽霊戦車の出来るいきさつからすれば、妥当性がある推測だ。

 それが正しければ、たぶん嫌な結論が出ると思う。

 

『ええ。私が「現界」すると知って、この身体を乗っ取ろうとするものがいます。

「それ」は、自分が今度生まれたら現界させてやるからといって、仲間を集めました。

 いまではパンツァーガイストたちの多くが、現界させてやるという誘いに乗って、

 私を倒そうと追っています』

 

 ビンゴだ。

 でも、戦車でまだ良かった。

 飛行機だったら英国面が量産したろくでもないボツ企画の大軍を相手させられる。

 軍艦なら英国面だけじゃなく、軍縮条約で流産させられた(以下略)

 でもランダムに入り込もうとする他のヤツを押しのけて、自分だけ割り込むなんてこと

できるんだろうか。

 

『それなのにこいつ、私たちに迷惑かけられないとだまって姿をくらまして、

 あげくのはてに動けなくなってしまうのだからな。探したぞ』

『うん。私たちじゃなかったら、見つけられなかったと思う』

 

 この姉妹は、情に厚い戦車たちのようだ。

 だけど、姿から考えられる実力からすれば、彼女たちが敵に回っていればもう終わってる。

 それより、気になるのはあそこから逃げおおせた駆逐戦車らしい敵だ。

 マリオさんが地面に描いた簡単な絵では、転輪(車輪といっていた)がやたら大きく、

車体は平べったくて、長い砲身が前面から突き出ている姿はカブトガニを逆さにしたみたい。

 

「ドゥーチェ。結局逃げたヤツって、どんな戦車なんですか」

 

 安斉さんは腕を組んだまま考え込んでいる。

 

「私が知っているヤツだったら、いろいろやっかいだね。

 まず、おそろしく足が速いんだ。

 そしてフットワークも良くて、すばしっこい。

 走行システムは、いまの戦車と同じものだから」

「パワーパック一体式の、二重差動方式ですか」

「うん、そうだ。

 それだけではなく、サスペンションがトーションバーじゃなくって

 スイングアームみたいなスプリング式のユニット型。だから思い切り車高を低くできた。

 前面投影面積が小さいから、傾斜装甲といっても厚いのが使える。

 つまり、見つけるのも、捕捉するのも、倒すのもむずかしい」

「その上、目もいいと」

「主砲も強力なはずだ。計画では生産型は105mm長砲身を積むはずだった」

 

 冗談じゃない。105mmって、74なんかと同じじゃない。

 

「……ちょっといいかなあ。今の話を聞いて思ったことなんだが」

 

 マリオさんが、また何かに気がついたらしい。

 今度は敵影が見えるということではなさそう。口調ものんびりしている。

 安斎さんが「一旦停止」とペパロニさんに命じ、あとの2両は僕がハンドサインで止める。

 

 

 

 3両とも止まってエンジンを切る。

 そうすると、いまさらながら不気味に静まりかえっていると感じる。

 カルパッチョさん、ペパロニさんはハッチを開けて、砲塔の後ろで立っている

マリオさんの顔を見ている。

 戦車姉妹も、マリオさんに砲塔を向け、彼が話すのを待っている。

 マリオさんは、静かに口を開いた。

 

「逃げた車両が足が速い上に機敏で、姿を隠しやすいのなら、私たちをつかず離れずで

 追いかけているかもしれないね。

 武器が強力なら、狙い撃ちの機会をうかがっているかもしれないし、

 あるいはもう、仲間を呼び集めているかもしれない」

 

 それには気がつかなかった。

 でもそれなら、止まるのはあぶないんじゃ。

 

「しかし、あいつは攻撃してこない。

 それに、他の幽霊の伏せ討ちもいままでなかった。

 もしかして、他に私が知らない攻撃方法があるのだろうか」

 

 ――!!

 ある。それもこっちに反撃を許さないものが。

 

「――すぐにスモークを張ってください。間接射撃が来ます!」

 

 その推測が当たってるなら、奴は重砲なんかの間接射撃用の諸元を送信している。

 何も相手が主力戦車ばかりとはかぎらないじゃないか。うかつだった。

 

「全車煙幕を張りながら散開!

 ドゥーチェ、イロナにはスモークディスチャージャーはないですか?」

「ないが、代わりになるものならある。ペパロニ、エンジン始動。

 燃料煙幕を出しながら、林に隠れろ」

 

 戦車姉妹は発煙弾発射装置から化学煙幕らしいものを放って、すぐにそれにかくれながら

避難を始めた。こっちもエキゾーストから黒い煙を出しながら走り出す。

 

「初歩的な煙幕発生装置だ。

 高温の排気ガスに燃料を吹き付け、不完全燃焼させて煙にする。

 しかし、幽霊のはずのこの戦車でそれが出来るとは思わなかった――」

「――! 来ます!」

 

 まるで高速鉄道の風切り音みたいな音が接近してくる。

 そいつは、僕たちから20m離れたところに「着弾」した。

 いや、6インチ級の着弾じゃない。重量物が地面に叩きつけられ、舞い上がった土砂が

盛大にふりそそぐ。

 みんなあわててハッチを閉めて、戦車の中に入り込む。

 操縦士のペパロニさんはいいとしても、この砲塔はあきらかに2人用だ。

 3人で閉じこもると押しくらまんじゅう状態。女性二人が僕に密着してる。

 ごめんなさい、いろんな意味で。

 

「くそっ! このまま逃げる」

 

 ペパロニさんはペリスコープまで砂に埋まったイロナを、しゃにむに発進させた。

 積もった土砂が崩れ落ちる音が、ザラザラじゃなくドカドカという感じで激しい。

 そうとう降り積もったみたい。砂や土だけじゃなく大きいかたまりもかなりある。

 

「うっ、エンジンがせきこんでやがる。さっさとかくれてエアクリーナーの掃除しないと」

 

 あっ! マリオさんのことわすれてた。

 僕たちをスルーできるってことは、逆にここの土砂なら生き(死に)埋めだ。

 僕はあわててハッチを開けて後ろを見る。

 

「私なら、大丈夫だよ」

「どわっ!」

 

 ハッチを開け、顔を出したとたん見えたのは、そのマリオさんの顔のどアップだった。

 

「どうやってやりすごしたんですかっ!」

「危ないと思ったから、あそこの山より高く跳びあがったんだ。

 で、いまもどってきた」

 

 このおじさん、しょぼいみかけとうらはらに、すごい身体能力だ。

 いや、浮遊能力かもしれないけど。幽霊なんでもありすぎ。

 

 

 

 煙幕ばらまいててんでんばらばらに逃げ、しかも赤外線を阻害する燃焼煙幕も功を奏したのか

僕らはうまく敵の目をくらまして、林の中にかくれることができた。

 

「しかし、あれはいったいなんだったんでしょうか?

 特科の演習ならけっこう見ましたが、あんなすさまじいのはありませんよ」

 

 そう、昔も今も火力支援といえば152~155mm榴弾が定番だ。6インチだね。

 まれに203mm、8インチ砲もつかわれるけど、それなら航空支援呼んだ方がいい。

 でも、いまの一撃はそれよりも大きい。500kg爆弾なみだ。

 

「ふーむ」

 

 安斎さんがうなってる。

 といってもまったくわからないというのではなく、ありえねーって顔だ。

 

「心当たりはあるんだけどさ……、ふたつほど。

 で、マリオさんに聞きたいんだけど」

「はい」

「飛んできたのはいくつで、太さはどのくらい?」

 

 そうだ、マリオさんは鳥の視点で見てたんだっけ。

 うまくすれば、敵それ自体もみているかも。

 

「飛んできたのは、ひとうだけだね。

 太さは、中ぐらいの木の幹ぐらいかねえ」

「ふたつじゃなくて、ひとつ……。

 それで決まったわけじゃないけど、たぶん12インチのベトン弾だろうな」

 

 12インチですって?

 横須賀の記念艦三笠の主砲と同じじゃない。

 んなもん、装軌車両に積めるものなの?

 ベトン弾って、コンクリートの要塞を撃つための弾。

 じゃあ、固定砲? でもそんなものの未成兵器なんてあるのかしら。

 

「そして、やったヤツならあそこだよ。

 ほら、筒先が林からのぞいているだろう」

「スパッド、確認して!」

 

 ん、それらしいものが確かに見える。

 いわれなければわからないけれど。

 単眼鏡の倍率を最大にする。ヤツに光が反射しなくても、そばの木を目標にレーザーを当てて

距離は測れる。

 

「ここから4,684mですね」

 

 撃ってすぐ陣地変換できないのなら、やっぱり固定砲かなあ。

 測距しなおすのが大変だから、仰角も戻せないんだろう。

 自走砲だったらお間抜けさんだけど。

 

 

 

 ……お間抜けさんもいいところだった。

 

「ハイ、Ursus? Ursae? どっちでもいいや。

 君は我々の捕虜だ」

『わっ。お、おどろいたんだな』

 

 僕らの目の前に、超巨大なクローズトップの自走砲が鎮座している。

 シルエットだけなら、いまどきの自走砲と(主砲が太くて短いことをのぞいて)大差ない。

 車体機銃らしきものが車体前面に生えていることからすれば、操縦席、エンジン、戦闘室の

順にならんでいるのだろう。

 ただ、いままで画像で見た大戦型自走砲とくらべると、なにもかもやたらとデカい。

 車体はアイナこと妹さんがかわいく思えるほどでかい。

 全高は、かるく4mはあるだろう。

 主砲は、そう、記念艦三笠のをぶった切ったような、そんな代物だ。

 車体底のうしろ半分が、可動式のステーで地面に降りてスキッドになっている。

 お間抜けといったけど、これではそうおいそれと動けるわけがない。

 

『こ、降参するんだな。だから撃たないでなんだな』

 

 僕たちは3両でこいつを取り囲むように現れ、主砲を向けたまま脅している。

 こいつも図体のわりに臆病なのか、おとなしいやつなのかわからない。

 ドゥーチェは、かさにかかってさらなる要求をする。

 

「なら、あんたに目標を指示したヤツは、いまどこにいる?」

『むこうの山の中腹あたりなんだな』

 

 ふむ、あそこね。

 単眼鏡のモードをサーモグラフィーに変えてその中腹のあたりを探す。

 

「見えるか?」

「いました。赤外線ライトをつけてます。直線距離は6,582m。仰角は28度」

「じゃあヤツに狙撃される心配はないわけだ」

 

 たしかにこの距離なら、ミサイルでなければ直接攻撃は無理だ。

 でも、ドゥーチェはどう対処するつもりなんだろう。

 

「よし、デカ物。お前はいまから『ハンス』だ。

 諸元は聞いたな。撃たれたくなければ、あの(ピー)の手前2メートルに

 ベトン弾をたたき込め。できるな?

 ……それともここで死ぬか?」

 

 

 

 10分後、イロナに乗った僕たちと妹戦車は、例の(ピー)みたいな駆逐戦車がどうなったのか

見るために、件の山を登っていた。

 ハンスの見張りは、こわもてなおねえちゃんにまかせた。

 ハンスはなんかヘタレっぽいのに腕だけは確かで、目標の2メートル±30cm手前に

ちゃんと12インチ砲弾を落としてくれた。

 どうなってるのか見ものだ……。

 

 あいつは、伏せていた場所にまだいた。

 正確にいえば、そこから動けなかったのだ。

 だって、ひっくり返ってるんだもん。履帯を空回りさせながら。

 

「ドゥーチェ、こいつの名前は?」

「名前なんか、ない。

 現実には装甲板数枚切り出したところで大戦が終わった。

 だから開発タイプ番号しかないんだ」

 

 すると何を考えたのか、こいつはじたばたするのをやめてしまった。

 

『……殺すなら、さっさと殺せ。もうハラはくくっている』

 

 あれ、名前呼んでないのに勝手にしゃべりだした。こいつコミュ力高いなあ。

 

「こいつ、野郎みたいです。

 ハンスもそうだけど」

「みたいだね、スパッド。

 ……いやね、私らはあんたがどうなっているか見に来ただけ。

 ひっくりかえって動けないなら別にいい。このまま放っておくだけだ。。

 戦車が他に来ても、ワイヤーを掛ける人間がいなければお前を起こすことはできない。

 ずーっとそのままひっくり返っているがいい。あばよー」

 

 ドゥーチェ、大統領以上にえげつないっすね。

 なんかこいつがあわれになってきた。

 

『え゛。それだけはかんべんしてくれー!

 そこの美人のお姉様、どーか助けてください』

「美人のお姉様って、僕のこと?」

 

 かっこつけるなら最後までつけてればいいのに。コイツもヘタレだなあ。

 でも、たとえ相手が戦車でも、美人って言われれば気分がいい。

 

『ちがう! お前じゃねーっ!

 お前らが乗ってきた戦車のお嬢さんたちだ!』

「ドゥーチェ。やっぱり助けるのやめましょう」

 

 一瞬でもコイツを哀れんだ自分に腹が立つ。露骨にお前じゃねえはないだろー。

 

「まあまあスパッド。戦車に人間の審美眼を要求するのはかわいそうだ。

 ……ところでお前、私に協力すれば助けてやってもいいぞ。どう?」

『しますします。なんでもいたしますからお慈悲をー』

 

 こーゆーやつは、まちがっても信用してはいけない。

 ドゥーチェのことだから、利用するだけして捨てていきそうだ。

 そのほうがいい……ん?

 なんかマリオさんがきょろきょろしてる。

 

「またなにかありそうですか?」

「……いや、私の取り越し苦労ならいいんだけど、

 こいつをさらに見張っている奴がいないかと思って」

 

 そういえば何かむずがゆさを感じ……

 あっ! この(ピー)、さっきから前照灯をこうこうとつけていやがる。

 もしかしたらやばい。イロナに乗ってきたのが裏目に出る!

 

「ドゥーチェ、マリオさんが……」

 

 と、僕が言いかけた時、視界のかたすみで何かがちかっと光った!

 

 

 

 

 

 

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