林の中、息をひそめるように逃避行を続ける5両の「幽霊戦車」。
その中の1両、「イロナ」と名付けた(僕にとってだけ)名称不詳の未成戦車には、
アンツィオ高校戦車隊の隊長と副隊長ふたりと僕が乗っていて、エンジンルームの上には
幽霊の(仮名)マリオさんがデサントしている。
この幽霊の世界では本名を知られるとまずいから、僕も「スパッド」という
TACネームを使っている。
突如、左10時方向から大口径機関砲の連射を受けた僕たちは、さらに右3時からも
30mmらしい機関砲の一連射を食らった。
5cmクラス榴弾の爆音の連打を食らって耳がイカれてる僕は、聞こえないかもしれないけど
叫んで報告する。
「右から機関砲射撃来ます!」
しかし、誰にも通じていない。右からの攻撃もイロナに当たる。
シュルツェンに当たっただけであっさり爆発する。1cm以下の浸炭鋼板も抜けないとは……
つまりこれも爆発で飛行機に大穴を開ける対空榴弾だ。何のつもりだ。
その直後、先頭に位置する駆逐戦車の「ブラッタ(ゴキ)」が何か叫んだみたいだ。
『お前ら、イロナがやばい! すぐ逃げろぉ!』
敵に属していたことのあるゴキは、相手のやりとりを傍受できる能力がある。
でも、一時的に耳がマヒしてる僕らには、何をいってるのかわからない。
『Fuchs ein von Ann!』
『Jawohl!』
『くそっ! 耳がバカになった人間どもには通じていねえ。
左頼むわ。俺は右に行く!』
『あ、ちょっと待て! ちっ、仕方ないか』
ゴキは右へ、「おねえちゃん」は左に舵を取る。
右に何かを感じた僕は、とっさにでている上半身を砲塔の中に引っ込めた。
その直後、イロナがものすごくゆれる。
『きゃああ!!』
イロナが叫んだような気がする。すこし聴覚が戻ってきたみたいだ。
「何があった! スパッド、外に出て見てみろ!」
ドゥーチェの叫ぶ声がやっと聞こえる。
被弾したらしいけど、とりあえず撃破はまぬがれてる。
何を食らったんだ?
「なにかどでかいものが当たったんだよ」
マリオさんは、ふわふわとゆっくりエンジンルームに降りてくる。
また空中に飛んで難を避けたらしい。
僕もハッチから身を乗り出して、被弾したらしい右側を見る。
「うげ!」
「どうした、スパッド」
「シュルツェンの……色が変わってます」
シュルツェンのうち、車体側の1枚が無彩色から砂色ベースの迷彩色に変わってる。
さっき見た使用済み砲弾と同じ現象だ。
「つまり、競技弾を食らったんでないなら、成形炸薬弾が当たったんだ!」
そうか、シュルツェンの「効果その2」か。
だったらもうシュルツェンの神通力はない。逃げるしかない!
『Nachladen,Feuer!』
『おーっと、そこまでだFräulein。
手え上げろ。じゃなくて武装全部に仰角一杯かけてもらおうか』
『Küchenschabe! Gottverdammt!』
『あんまり汚ねえ言葉使うと、後ろからやっちゃうぞ。女海賊さん』
「あいつ、何のつもり?」
右側から、さっきの攻撃を仕掛けた奴らしいのが、主砲と機関砲に仰角をかけてやってきた。
目の前で仰角一杯は戦車でも軍艦でも「交戦の意思なし」。戦闘中なら降参だ。
ゴキと同じような駆逐戦車に見えるけど、ゴキよりずっとでかい銃塔、いや、小さな砲塔を
頭に乗せている。主砲はそれほど長くない。車体はⅣ号よりちょっと小さいぐらい。
なんかリーのごちゃごちゃした即席感を整理整頓して、機能的かつコンパクトにした感じ。
砲塔についてるのは機関砲だから、あれなら乗員は4人もいればいいだろうね。
車体の左右に、軍艦の砲塔のようなステレオ測距儀がついている。
基線長2m以上ありそうだから、かなり精度がいいはず。
『よう。やっかいな方をとっ捕まえたぞ』
ゴキの声がする。でも姿は見えない。
「ゴキ! どこにいるの!?」
『ゴキいうな。
後ろだよ後ろ! こいつの真後ろ』
そういわれても、ゴキは背が低くてステルス性のいい形だから、すっかりかくれてる。
それを利して気づかれないように近づいて、取り押さえたということのようね。
まさに「忍者」の面目躍如ね。
そういえば「おねえちゃん」の方は……。
……いたいた。壮絶な追いかけっこしてる。
『痛っ! このおーっ! ちょこまかと。
待て! 待たないかー!!』
その返事は、5.5cm(不発弾から)機関砲弾の一連射。
小さい車体に小さい砲塔。軽戦車といっていい奴がなぜか大口径の機関砲をふりまわす。
韋駄天のおねえちゃんだけど、砲塔から突き出た二つのペリスコープがネコミミみたいな
軽戦車も速度で互角だから、差がちっとも縮まらない。
おまけにこいつの運動性はスポーツカーなみ。
林の中の木々をパイロンにみたててスラロームしてるみたいに走り回ってる。
おねえちゃんは曲がるのが苦手みたいで、急減速してから旋回する。
差が縮まるどころか、開く一方。
そして……。
『うわああああ!』
あーあ、とうとうやっちゃった。
曲がりきれなかったおねえちゃんは木に激突。その木をへし折って止まってしまった。
ネコミミ軽戦車は、まっすぐ逃げるもよう。
あっ、そうだ。
「ドゥーチェ。11時600mの木が集まっているところに榴弾3発! 短延期で」
「なんでだ?」
「いいから早く撃ってください!」
カルパッチョさんが、信管が短延期にセットされている榴弾を1発6秒台で装てんする。
当時の英軍のベテラン野郎と同じペース。すげー!
榴弾3発があっというまに5本ぐらい集まっている木立の根元に吸い込まれていく。
1発目、口径のわりにたいした爆発じゃない……。でも続けて2発ぶち込まれて、
木々がバタバタと倒れ始める。ネコミミの進路をふさぐ形で。
さすがのネコミミも目と鼻の先で行く手を太い倒木の束にふさがれたら、なすすべはない。
ざまあ……。
僕はイロナから降りて、倒木の束に乗り上げてバク転したネコミミのようすを見にいく。
何か不穏な空気が流れているから。
『よくも、やってくれたなあ』
立木に激突して正面装甲が少しへこんだらしい「おねえちゃん」が怒りに燃えて、
ひっくりかえって気絶中のネコミミを撃とうとしている。
そこにドゥーチェとゴキ、それからゴキに捕まったへんてこな小型戦車がやってきた。
「ちょっと待てーい。ゴキが話があるってさ」
おねえちゃんは、だまって砲塔だけをドゥーチェたちに向ける。
事と次第によっちゃ、だまってぶっ放すかもしれない。
『一応、説得をする必要あんじゃねーかな。戦力は多い方がいい。
たぶん、お前らが倒した幽霊戦車どもも、いまごろ戦列復帰してるぜ』
それって。どういうこと?
えーと、撃破されても「器」はそのまま。ということは……。
『いまごろ別の「命」が入りこんで動いてる。
自我を認識しだしたところでボスが勧誘すれば、あっさり信じるんじゃねーかな。
幽霊やって67年目の俺でも誘いに乗ったぐらいだからな』
やっぱりそうなんだ。
そしてゴキは、もはや幽霊じゃなくって傘お化けみたいな妖怪の域まで達してると。
とりついたものの性能がいいと、中身が初代のままってこともあるんだ。
それなら他の戦車の説得もできそうだ。
「じゃあゴキ、さっそくネコミミを説得してよ」
『ゴキいうなってういってんだろ!
それにこの「アン」は、まだ説得に応じていねえ。
そっちが目を覚ましたら、そっちの変態ツインテールが名前を呼ぶ。説得はそれからだ』
「誰が変態ツインテールよ!
自分もひっくり返って、みっともなく命乞いしたあげく消されかけたくせに」
「……ドゥーチェ。やっぱり助けなければ良かったと思いませんか?」
「ふーむ……」
ただでさえくせ者の上に、中身はひねくれたじいさんだって初めからわかってたたら
きっとゴキから追いだしてたよね(笑)。
でも、ゴキの本当の名前がないからなあ……。
しかし、それは同時にゴキが戦車歴67年の歴戦の猛者だということでもあるよね。
だからといって、引くべきときにも無理して戦うというほど自分を過信してもいない。
戦車姉妹が現れたとき、気づかれないようにその場を去るなんてこともできる。
そして今度は、不意打ちで敵を捕らえるなんてこともやった。
僕は、そういうつわものを使いこなせるかどうか試されてる。
ゴキだけじゃない、ドゥーチェもカルパッチョさんもペパロニさんもホンチョでエースだ。
そしてドゥーチェは、僕に全部まかせるといった。
いずれ僕が父の後を継いで、幹部や将官をめざすことになると思っているのかもしれない。
それは、大統領もたぶん同じだ。もっと大きなおもわくもあるのかもしれないけど。
こんな状況じゃ「僕は怠け者です」とはいっていられない。
『あいつ、正気にもどったぞ』
いまのところ「捕虜」と意思疎通ができるのはゴキだけ。
ドゥーチェは相手の「本名」を呼ぶために、ゴキの合図を待っていた。
ネコミミの前では「おねえちゃん」が主砲を突きつけて陣取ってる。
でも「おねえちゃん」は旋回が苦手みたいで、車でいう「切り返し」を何度もやって
ブチ切れそうになっていた……。アイナはそういう意味では器用だ、でかいのに。
『じゃあ、こいつらの名前呼んでみ』
「正直自信ないなあ。当てずっぽうだけどいってみるか。
……Puma yaguarondi」
『あん? あたしはメアリーってんだよ』
「当たりか。じゃ、お前はParvagravischartae」
『半人前の小娘に「お前」呼ばわりされる筋合いはないな』
なんか、なりは小さい部類なのにずいぶんな態度だなあ。この2両。
でも、スカートからのぞいている起動輪はゴキと同じで後ろ。
だからといって二重差動式とはかぎらないのは八九みればわかる。
そしてドゥーチェとゴキは仲間になれと説得するんだけど……
『ゴキ公は「センシャドー」とやらでも使えるだろうから、スポンサーがつくかもしれない。
しかし、私たちは見てのとおりの「ぁゃιぃ戦車」だ』
『そうね、こんなへんてこな戦車に乗りたがる酔狂な女などいないわね。
しかもクセが強すぎて、使い道に迷うわ。
だったらいまのボスについていた方がマシね』
『お前らまでゴキ言うなー!』
「しょーがないよ。あんたは万国共通で『ゴキ』なんだから。
……確かに私もあんたたちのことはよく知らない。
どんな強みやセールスポイントがあるのかも把握してない。
はああ、まいったなあ……」
この2両が客観的なのか、それとも悲観的すぎるのか、判断に迷う。
まして、現実に採用されなかったのは事実だ。
敵に回らないという約束もらうのも、至難の業ね……。
「君たち、ちょっと待ちなさい」
僕の後ろでいつのまにか、マリオさんがあぐらかいてふわふわ漂っている。
また助け船だしてくれるのかな。
「……正直、私の言う「戦車」と君たちはちがいすぎて、何と言ったらいいのかわからない」
ここにいる全員(?)がコケかけたような気がした。
「だが、ひとつだけわかることがあるよ。
それは、ゴキ君作るのは大変そうだが、君たちはそうじゃなさそうだということだ。
それに、材料も少なくてすむんじゃないかな?
数をそろえられると言うことは、立派な強みだよ。
それだけ多くの人に行き渡ると言うことだからね」
確かに戦車道の試合で出場できる車両には上限があるけど、構造が単純ならば量産に向く。
そしてこの2両は、軽戦車としてはかなりの強さだ。
メアリーとかいう55mm機関砲戦車なら、数百発の砲弾を持ってる。
20両のチハに囲まれてもなぎ払うだろう。
「それに君たちは足が速く、旋回も得意だろう。
このゴキ君が隠形(おんぎょう)の術の使い手だから後れを取ったかもしれないが……」
『あんたまでゴキ扱いか』
「まあ、私は『ゴキ』ってなんなのか知らないけど……。
それはおいていて、単純に追いかけっこだったらどうなるね」
メアリーなら互角か、小回りが利くぶん有利かもしれない。
アンは……。
『負けない自信ならあるわ』
『……俺も、圧勝できるとは思わねえ』
こういう言い方がゴキだと思う。素直じゃない。
でも彼がそう言うなら、実力はあると見ていいだろう。
「そして、メアリー君は手数が多い。
さっきのように多勢に見せかけることができる。私なら君をおとりに使う。
そして私が見たところ、走りながらでも攻撃できるのは君だけだ」
見方を変えれば、戦車道ではまずいない行進間射撃の得意な戦車ということか。
「アン君は、一発の破壊力が大きい。
さっきの攻撃はイロナ君のもっている盾に防がれたが、なければどうなっていた?」
『……おそらく、私は死んでいました』
代わりに答えたのは、イロナだった。
「アン」の持っている主砲は、長くもなく切り株と言うほどでもない。
しかし、成形炸薬専門の主砲ならあなどれない。距離で威力が減らないから。
AMX30も、KJPz.4-5も、アイ・シャーマンも複合装甲が登場するまでは格上殺しだった。
IS-8改めT-10が西側に必要以上に恐れられたのも、距離に関わりなく400mmを貫通する
122mm成形炸薬弾の存在があったからだ。
「つまり今回のように、メアリー君がおびき寄せて、アン君が撃つというのはとても有効だ。
正面切って戦うのだけが戦いじゃない。それは猪の戦いであって人のそれじゃない。
人によっては、君たちは有力なコマになるだろう」
「攻」と「走」に優れるのなら「当たらなければどうと言うことはない」が現実になる。
もちろん乗り手も優れていることが必要だけど、確かに玄人好みの戦車だと思う。
「……それと、もうひとつ気になることがある。
君たちの主君のことだ。気が短くて失敗を許さない。
君たちが帰参しても、制裁の対象になるだけだろう」
『あっ、それ言えるわ。現に俺も切り捨てられたし』
「――!!」
ドゥーチェが何かに気がついたらしい。顔色が変わった。
「……もし『あれ』が敵の手にあったら。いや、どうだろう」
「ハンス以上にとんでもない奴がいるとでも?」
「……」
ドゥーチェは黙り込んだ。
しかし、答えはすぐに返ってきた。
巨大な砲弾2発という形で。
僕らの両脇、直径100mの円内に、それは風切り音をともなってやってきた。
まるで地震のように激しい揺れが僕らを襲う。
つづけて巨大な爆炎が、木々も何もかも粉砕する。
「みんな、イロナに乗れ!」
「マリオさん!」
マリオさんは例によって、上空はるかかなたまで舞い上がってる。
しかし今度は、僕たちに「念」を送ってきた。
「おおよそ東北東、君たちの言い方なら約二万めーとる先だ」
イロナに最後に乗りこんだ僕は、単眼鏡の電源がオンになったのを確かめ、
言われた方向をサーチ……、なんだあれ!!
「ドゥーチェ! 変なものがいます。
シュペーやシャルンホルストの主砲塔が林から顔を出してます。
ただ、なぜか真ん中のが一門なくて、連装砲になってますけど」
「畜生おおおおぉぉぉ! ドブネズミだ。超許さん!」
「統帥じゃなく総統閣下になってますよ! それに……ドブネズミ?」
「2万なら有効射程ギリギリだ! スパッド!」
「はい、全車6時方向に転回しつつ全速前進です。
ハンスは……、南の杉林にかくれて、息を潜めていて」
『わかったんだな。隠れるんだな』
5m以上ある杉林なら、ハンスでも隠れることが出来る。
しかし……。
「いきなり夾叉なんて……戦艦みたいに高い位置に射撃盤があるわけでもないのに」
「ドイツならわからないよ。巡洋戦艦で空母を沈めた唯一の国だからね」
そうだ。
シャルンホルストが英空母カレイジャスを沈めたとか規格外過ぎる。
でも、やっぱり高所からの観察は必要なはず。まさか、飛行機の幽霊が……。
「なんか私の足元を飛んでるんだけどね。羽の生えた奴が2匹。
君たちの真上を丸を書いて飛んでいるよ」
またマリオさんの念話だ。
言われた方向に単眼鏡を向ける。
……なんだありゃ!?
「ドゥーチェ。高度100mぐらいに飛行機が2機います。
一つは複葉、もう一つは金属製単葉機……。え?」
「機種は何だ?」
「ど、胴体に履帯をはいています。戦車のように」
「……それは戦車だ。しかも空飛ぶ戦車。
もちろん完成しなかった」
陸上巡洋艦に空飛ぶ戦車?
もういいかげんにしてよ! 気が狂う-!
実物が出来ても、とても飛べるとは思えない構造だ。
少なくとも10tぐらいあるなら、ジェットエンジンでもつけないとね。
とはいえ、観測を続けられても気分悪い。
せいぜい時速200km程度で飛んでるのに何もできないなんて。
『エンジンの馬力なんてせいぜい数百だろ、ならそんなに装甲……うわっと!』
くそっ! また大地を揺るがすような轟音と爆発!
「スパッド。どこに当たった?」
「距離は正確ですけど、右にそれました。
苗頭ということが、まだ理解できていないみたいです」
「なるほど、距離があるならライフルの回転で弾道が曲がる。
そのクセをつかんでないのか」
たぶんコリオリ力なんかは距離時計で計算できてるんだろう。
でも、いつ直撃が来てもおかしくない。
『おい、ボスがお前らごと俺たちを始末するつもりだってわかったろ?
お前ら、力を貸せ』
何かゴキがこの機に乗じて、説得と助太刀依頼を試みている。
いくらゴキでも陸上巡洋艦や空飛ぶ戦車は……。
『俺には上をうろちょろしてる奴が見える。
ヤツらの鼻先に曳光弾を撃つ。
お前らは、そのすぐうしろを撃て』
あ、そうか。
ゴキは赤外線暗視装置つきなんだった。
しかも、副武装の20mmなら、トレーサーで敵の位置を示せるじゃないか。
『わかったわ。お前たちに加勢する』
『わかったよ。仕方ないわね』
アンが砲塔の30mmを、メアリーが主砲の55mmを、それぞれ上空に指向する。
メアリの機関砲は、仰角80度以上をとってる。
本当に高射機関砲だったんだ。
『おりゃおりゃおりゃ!』
ゴキが20mmの曳光弾を撃つ。
アントメアリーも、それぞれの得物を構える。
2門のブオーという連射音と、1門の断続的な連射音があたりを圧する。
ノクトビジョン単眼鏡のレティクルのなかに、単葉の方の飛行戦車の輪郭が見える。
ゴキのトレーサーは、そいつの約1m手前を正確に通りすぎる。
30mmとおぼしき弾丸が、奴の直線翼に次々と大穴を開ける。
55mmは、車体底部に……車体底部から破片が飛び散ってる。まさか直撃。
「……真っ二つに、裂けた」
そいつは空中で、まさに四分五裂になりはてて、バラバラと落ちてくる。
『次行くぞ』
今度はゴキも直撃狙いだ。何しろ相手は羽布ばりの複葉機。
20mmでもおつりが来る。
そして3つの火線が空中で交差し、マッハ2以上で地上から降り注ぐ豪雨となる。
残りの1機、いや1両は、大口径機関砲のこれでもかという弾幕に包まれて
マグナム食らったスイカのように、あっけなく破裂してしまった、
いいときにぴったりの戦車たちが加わったおかげで助かった。
陸上巡洋艦は木々を押し倒しながら、一旦引き上げたみたいだ。
「だけどねえ」
僕らは速攻であいつらの「墜落現場」に急いだ。
たぶん地上で元の形に戻っているはずだから。
「やっぱりねえ。元に戻ってる。
これじゃまた空に上がるの、時間の問題じゃない」
ドゥーチェのおっしゃるとおりだ。
だからといって、「器」を壊しても、またすぐに元に戻るだけ。
どうしたら……。
『別に撃破する必要はない』
めずらしく、「おねえちゃん」が口を開いた。
『部分的に壊れただけなら、全壊したときのようにすぐに再生しない。
命が出ていかなければ、負傷と同じだ。治癒には時間がかかる』
ふーん、じゃあ無力化狙うだけなら、半身不随の方がいいんだ。
『んじゃ、盛大にぶっ壊すか』
ゴキが複葉機の方に後進一杯で体当たりをかました。
複葉戦車はあっけなく横倒しになり、バキバキと嫌な音を立てて
倒れた方の主翼がへし折れる。
『もはや戦車とはいえねえ軽さだな。機銃弾防ぐのがやっとだろう』
単葉の方は「おねえちゃん」が長い主砲でつついてひっくり返し、たたまれた主翼と尾翼を
ベキベキ踏みつぶしてる。
昔のグラマン(現ノースロップ・グラマン)の艦戦のように、主翼を後ろにたたんで
地上走行するらしい。
プロペラも車体に収容して、ハッチを閉じる形式だ。変に凝っている。
『命がとりついても、全治半年だな。はっはっは』
おねえちゃん、容赦ないです。
それはそれとして……。
「ドゥーチェ。履帯もなんとかして、たとえば切断した方が」
「こいつらクリスティだぞ。履帯がなくても転輪で走れる。無駄だよ」
……なるほど。
起動輪が後ろで、しかも一番後ろの転輪に密着してる。
転輪と言えば、エアこそ入っていないソリッドだけど、れっきとしたゴムタイヤだ。
一番前の転輪に、ステアリング機構がついてる。
「まあ、本当は舗装道路でしか使えないシステムなんだけど、のろのろとなら動ける」
「はあー」
なんか、いらない部分ばかり凝りまくってるなあ。
「ただ、クリスティはサスだけは使えるんだ。
スイングアームを長いコイルバネで支える」
「バイクと同じですね。ホイールトラベルが大きいから路面追従性がよい。
だったら速いんじゃ」
「まあそうだけど、泥が入りやすい。
旧式だけど板ばねもバカにしたものじゃない。
リーフ同士がこすれ合って、ダンパーみたいな働きをする。
転輪がいっぱいいるけどね。
トーションバーにも限界があるから、ゴキたちは新しい方式のサスの実験台でもあった。
ゴキの弟分なんか、74式やひとまると基本同じ「油気圧式」だよ」
へー、ゴキには「兄弟」がいるんだ。
興味あるね。いろいろと。
「ねえ、ゴキ。
兄弟がいるの? やっぱり似てるの?」
ゴキはしばらく黙っていた。
『……いることはいる。わんさとな。しかし、ぜんぜん似ちゃいねえ』
「え゛? もしかしてみんな幽霊?」
『ああそうだ。一匹残らずな。
……弟分のぞいて、とんでもねえ奴揃いだ』
ゴキでも十分強者なのに、ゴキ並みに新しくてもっとつおいのがごろごろいたら
すげーやばいじゃん。
『ああ、お前の顔に書いてあるとおりだ。強いことは強い。
しかし幸い、いま仲間に兄弟、いや姉妹がひとりいる……』
え? ゴキの姉妹?
……どれだろう。