「ねえ、ゴキ。
君には兄弟がいるの? やっぱり君に似てるの?」
話のついでにドゥーチェが語った、ゴキの弟分の存在。
どんな奴か知りたくなった僕は、一人たたずんでる駆逐戦車「ゴキ」のかたわらまで行き
そう聞いてみた。
ゴキはどういうわけかしばらく黙っていたが、兄弟はわんさといて、全部幽霊で、
弟分のぞいて彼より強いと語った。
でも、一番重要なことは、彼が続けて語ったひとことだった。
『しかし幸いなことに、いま仲間に兄弟、いや姉妹がひとりいる……』
「それって……」
『本人(?)には言うなよ。
お前らがいう「アイナ」だ』
何かそんな気はしていた。
アイナだけ規格外れの性能を持っていたから。
でもそれなら……。
『これもいうなよ。たぶん「ドゥーチェ」も知ってて言わねえんだろうから。
あいつと「おねえちゃん」には、何の縁もゆかりもない。共通部品もない。
設計者も製造するはずだったメーカーもちがう。
むしろ、俺の主砲が「おねえちゃん」のお下がりだ』
そうなんだ……。
確かに、精神的には幼いアイナには、慕ってる「おねえちゃん」が赤の他人(?)とは
いえないと思う。
ゴキはさらに、秘密にしていただろう事を語る。
『あいつとあと1両だけ、開発タイプナンバーの他に、名前らしいものを持っている
どっちも「スタンダードパンツァー」というんだ』
そういえばここに迷い込む前に、ドゥーチェがいっていたよね。
「わたしのかんがえたさいきょうの『標準型戦車』」って。
アイナがそうなんだ……。
『アイナとそいつは一部を除いてうり二つだ。
車体のサイズが全部同じなんだから。
といっても、あのモヤモヤ状態では意味ねーかもしれねーがな』
「何がちがうの?」
『強いて言えば、あいつが機動力型、もう1両は重装甲型とでもいえばいいかな。
もっとも、もし量産化までいったら、どっちかに統一されただろうな。
本来、俺たちはできるだけ使い勝手と生産性を上げるのが目的で設計された。
種類が増えすぎた装甲戦闘車両を統合整理するのが、大目標だった。
だから「先輩連中」と比べて額面上のスペックが上がっているわけじゃないし、
作りやすさが優先だ。といっても
アメちゃんや露助の戦車みたいな単純マスプロ向きとまで割り切ってるわけじゃない』
ふーん。ゴキとゴキの兄弟たちはそういう存在だったから、
時間切れでできなかったジェット戦闘機たちみたいに伝説的存在にならなかった。
というか、だから無名の存在なんだね。
「でも、よくわかったよ。
戦車って突出した性能を持っている方が使いにくいって。
さっきのドブネズミなんか、ここだから強いっていうだけだもん。
1両しかなければ袋だたきにされておしまいだよね」
『ふーん。お前、あいつを見て「おっかねえ」って思わなかったんだ。
俺はおっかねえって思っちまったから、ボスについたんだ』
「みんな同じように強いんじゃだめなんだ。苦手なことを突かれて負ける。
あなたが生まれるもっと前に、銃剣突撃が得意な軍隊があった。
でも、その精強な兵士たちは腕をふるうこともできず、あたら機関銃陣地の露と消えた。
だから今度は、戦車ができた。
でも戦車だけで突撃したら、おおぜいの歩兵に死角を突かれて全滅した。
みんな同じ、じゃいけないんだ。
いろんな個性の持ち主たちが、互いに得意なことでかばい合って戦わないと負けるんだ」
『……。
そうかい。お前さんはそう思うんだ。
実はな、お前らがドブネズミって呼ぶデカブツ。
あれがな、元凶のボス。自称「自在天」そのものなんだ』
「そうだったの!?
そうなら、タイムリミットが決まってる以上、相手するのはおろかだね。
ドゥーチェやイロナに……」
そういって、僕が去ろうとしたとき、また別の「幽霊」が現れた。
でも、な・ん・だ・あ・りゃ。
『……』
ゴキが黙っているけど、耳を澄ましているという感じ。
向こうの呼びかけを聞きとっているみたい。
『本当にそうなら、主砲に仰角一杯をかけろ!』
ゴキが返事した。初めから降参ってどういうこと?
あ、本当にこのえたいの知れない幽霊戦車、微妙な位置についてる主砲を持ち上げたわ。
『スパッド、ドゥーチェを呼んでこい。また名前呼ばせる。
コイツは俺も知らん』
「わかった、呼んでくるよ」
これはドゥーチェでも知ってるかなあ?
不気味さではセンチネルAC-Ⅲのずっと斜め上を行くからなあ。
「なによ、私たちに用がある幽霊ってこれ?」
「そーです。何とも言えない不気味の谷です」
「……」
あぜんとしているわけではないみたいだ。
ドゥーチェはむしろ、口を結んでにらんでいる。
「vkquadrāgintā quīnque.nihilduo(P)Hだな」
『助けてくれ! 弟が沼にはまったんだ!』
え? あっさりわかったんですか。
まあ、知ってる人には忘れることができないフォルムだもんね……。
にしても。
「……戦車って、兄弟姉妹関係があるのが多いですね」
「コイツの場合、双子だよ」
『どうするんだよ? ツインドリル』
変な名前にされたドゥーチェがゴキをにらんでる。
うーん、でもねえ。
助けてやったはいいけど、そのとたん敵に戻ったらいやだなあ。
「わかった。助けにはいってやる。
でもお前はここで人質ならぬ車質ね。おーい、おねえちゃん」
『なんだ?』
「ゴキと二人で、この失敗兵器を見張ってて。
もし何かやろうとしたら、後ろの方のスプロケットふっとばしていいから」
うーん。確かに何かが失敗しているようなフォルム。
それと、ドライブとアイドラーが両方ともスプロケットだなんて珍しい。
「ドゥーチェ、どっちが起動輪ですか?」
「言ったろ。後ろだよ。
昔の戦車で後輪駆動をやると履帯が外れやすかったからね。
前もスプロケットなのさ」
「へえー」
ドゥーチェたちはイロナに乗りこみ、機関を始動させる。
僕らが持つことができるワイヤーはイロナのだけ。
でもイロナだけでは荷が勝ちすぎると、ドゥーチェは思ったみたい。
「アイナと、マリオさんもついてきて!
アイナ、人助け(?)だからいいだろ?」
確かにあの幽霊の双子だったら、イロナ1両で引っ張るのは無理。
アイナと、アイナのワイヤーをつかめる幽霊のマリオさんに来てもらうのがいいだろう。
マリオさんはやっぱりイロナにデサントする。
アイナみたいにモヤのカタマリだと、どこに座ってもストンと落っこちるそうだ。
そこには、助けを求めてきた不気味戦車とはおよそ似ても似つかない男前な戦車が、
すでに沼に半分埋まって、溺死しそうになっていた。
「ドゥーチェ。これとあれとのどこが兄弟で双子なんですか?」
「もっともな疑問だけど、いまはそれはおいておく。
vkquadrāgintā quīnque.nihilduo(P)V、履帯を止めろ。かえって埋まるだけだ」
『わかった。弟の頼みを聞いてくれたのか。助かった』
え?
こいつもあっちを「弟」って呼んでる。どーゆーこと?
「スパッド。イロナのワイヤーをこいつの最後部のフックにつなぐ。
マリオさんとアイナはイロナの前に出て。重連で引っ張る」
「わかったよ。アイナ、行こうか」
『うん』
イロナとあいつをつなぐのは、ちょっと骨だった。
カモでズボン半長靴の僕が、沼に入らないようにあいつのエンジンルームの上に飛び乗る。
そして投げられたワイヤーをキャッチして、よっこらせーどっこいせーと後ろの出っ張りから
生えているリング型のフックになんとかつなぐ。
「スパッド、遅いぞ。
マリオさんはとっくにアイナとイロナをつないだぞ」
ドゥーチェ、ムチを振りながらんなこといわないでください。こわいから。
そうしていま、僕らの目のまえには双子の兄弟戦車とドゥーチェがいう、全然似てない
2両の戦車がいる。
『弟を助けてもらい、感謝の念に堪えない』
『というか、この弟を見てよく話を聞く気になってくれたことに感謝する』
「うーん。なんといっていいのやら。
そっちの弟さん、こっちの弟さんの助けを求めたこと、後悔してない?」
『まったくの事実だから、しかたがない。
戦車は見てくれではなく、戦闘力だ』
なんか、すごく大人な戦車なのかもしれない。
「おい、スパッド。さっきの話の続きだけどさ。
……こいつらの砲塔同士、車体同士だけそれぞれ比べて見なよ」
「えーと、砲塔だけ横から見て……次に車体だけ横から見て……」
僕は、いわれたとおりそれぞれを手のひらで隠して比較してみたら……。
「――げっ、まったく同じじゃないですか!」
「だから双子だと言ったんだよ」
「こっちの弟さんの方が、車体が長いと思ってました」
「錯視効果だよ。同じ長さの線なのにそう見せないトリックといっしょ」
やれやれだ。
砲塔の位置が(極端に)ちがうだけで、こんなに別物に見えるなんて。
やっぱり見た目だけで判断するのは、金輪際やめよう。
「でも、本当は私らを襲撃するために、作戦発起点に向かって移動中だった。
そうなんでしょ?」
『……そのとおりだ』
『面目ない……』
まあ、そうなんだろうとは思ってた。
男前風の弟さんだけが沼にはまったみたいだけど、履帯のあとを見てると
キテレツの弟さんは無事に通り抜けてるんだよね。履帯のあとがふた組あるから。
後から続いてきた方の男前弟さんだけ泥に足を取られて沼にすべっていったみたいだ。
……ああ、そうか。
キテレツさんは、前面装甲、エンジン、砲塔と重量物が分散してるから重心が中心に近い。
だから上手く対処できたというわけか。
もう一方は砲塔が前部装甲にほとんどくっついているから、トップヘビーなんだ。
『こうなってしまった以上は、俺たちは君らに手向かうことはできなくなった』
『だがな弟よ、このままにしておくわけにもいくまい』
『そうだな弟よ、お前が沼にはまったことを、俺は通信してしまった。
集合中のヤツらが、ここを目指して進発したはずだ』
――!!
何両いるかわからない幽霊の集団が集結して、僕らを討ちに出発したって?
『いま、「自在天」の周囲には奴の親衛隊というべき強力な戦車隊がいる。
てっとりばやく自分の火力で君らを皆殺しにできなかったので、全力出撃を命じた』
『そして反対方向から、それ以外の幽霊戦車が君らを追い立てて、最後は包囲殲滅。
そう聞かされている』
正攻法もいいところだ。けれんみの欠片もない。
伝統的な金床戦法だ。
「ふーん……」
「ドゥーチェはどう考えます?」
「……実はイロナのエンジンテストには、まだ時間がかかるかもしれない」
「え?」
「まだ、船に乗っているはずなんだ。
陸揚げされるまでは、当然機関を動かしたりはしないだろう。
知ってのとおり、船は火気厳禁だからね」
この人は、イロナの正体と、いまの行動まで知っている。
単に「関わった」程度の関係じゃないのかもしれない。
でも、いまはそれは置いておこう。
稼がなきゃならない時間が、予想より増えたということが問題なんだ。
その時、また上空にいたマリオさんが降りてきた。
「状況はよろしくないね。
まず、東から自在天を囲んで10両ほど。
西からは20両ぐらいかな。かなり大きいのもいるね。
そいつらが鶴翼陣を取って、ゆっくり近づいてる」
やっぱり倒した幽霊戦車も戦列復帰したと見ていいんだろう。
これじゃ、ゾンビの群れを相手しているようなもんだ。
大将首を狙うしか勝機はない。と思うけど、方法が思いつかない。
「ドゥーチェ。『ドブネズミ』には弱点はないんですか?」
「どうだろうね。計画通りなら車体は、つまり舷側装甲は350mm。
上部甲板装甲は180mm。ハンスが抜けるのはコンクリでせいぜい2mだ。弾かれる」
冗談じゃない。これ以上の防御力を持っているのは戦中に就役した戦艦だけじゃない!
「最凶のフラッグ車じゃないですか! いまどきの対艦巡航ミサイルがいりますよ」
「最低地上高は2mと破格だけど、メアリーどころかゴキだって入り込めない」
「じゃあ、打つ手無しですか」
タイムリミットがいつかわからないのでは、やっぱり元凶を潰しに行くしかない。
なのに、そいつは現状では無敵。しかも幽霊どもは、リアルでどうかとは無関係に
計画値の性能で動いている。ドブネズミでも整地で時速40キロで走れるんだ。
そしてドブネズミに付き従っているのは、アイナの兄弟姉妹。規格外の連中。
『……来たな!』
『おう。やるぞ!』
突然両方弟たちが、僕たちの真横に出る。
両サイドがくっつくんじゃないかと思うほど接近して平行に走り、アベックターンで
「昼飯の角度:午後1時半」をきれいに決めると、2両とも「12時」に主砲だけを向けた。
「ダブル昼飯……」
これはこの2両が、それぞれ極端な位置、前端と後端に砲塔を持っているからできることだ。
キテレツさんが左、男前さんが右に位置して、くっつくぐらいで横に並んで1時半を向いても
たがいの主砲がぶつかることもなく、同じ目標を狙うことができる。
アベックターンも、双子だからできることだ。
そして、林の中の一点をねらい、同時に発砲する。
75mmクラスじゃない、もっと大きい口径の長砲身の、甲高いが音圧の大きい発砲音だった。
ただ、同じ砲が同時に撃ったとしても、音圧デシベルは6dB上がるだけだけど。
それと同時に、キテレツさんの正面装甲に赤熱した徹甲弾が当たり、斜め上に弾かれる。
敵の発砲音は近距離。しかもこれは例のヒットマンだ。
向こうからも金属音が2回、弟ズの攻撃も弾かれたらしい。
キテレツさんの装甲はゴキより厚いのか、痛いともいわずなんとかふんばっている。
「おねえちゃん」がその方向を赤外線で探る。そして無言で発砲した。
どうなるんだ?
『ちっ、履帯を抜いてやろうと思ったのに、「鼻」に当たった!』
例の、「APFSDSでなければ抜けない」デカい鼻か。
アイナは……、例によって「おねえちゃん」の陰に隠れている。
「おや、君だったのか」
マリオさんの「念話」が聞こえた。
そのままマリオさんは地上1メートルに浮かんだまま、ほとんど瞬間移動みたいに
林の中に消えていった……。
ほどなくして、マリオさんを砲塔に乗せたヒットマンが、僕らのところにやってきた。
アイナをのぞく全車が、装てん状態で身構えている。
「マリオさん。この『戦車』をご存じなんですか?」
「スパッド。私が知っているのは君たち流にいうと『中の人』だね。
まさか、こんなところにいたとはね……」
中の人?
じゃあ、生前のマリオさんが、これに取り付いている「命」と知り合いなのか。
「正確に言えば、私は親友だった彼に、裏切られたのさ」
とてもにこやかな顔でいえることではない。
しかし、マリオさんは平然とそういった。
でも、そうならこの戦車は、マリオさんに負い目があるということになる。
「Septemchartae Leo。裏切ったってどういうことなの?」
あれ? こいつ「鋼鉄親父」じゃなかったの?
てっきりそうだと思ってたんだけど。
「ドゥーチェ。こいつ、寿賀氏尾理じゃないんですか?」
「つまらんボケを入れるな。ボケ」
わざとボケたわけじゃないのに。
たまには当てたかっただけなのに……。
「……どうなのよ!」
ドゥーチェが怒気をはらんでいる。
やっぱりマリオさんの見え方が僕とちがうらしい。
『こやつが、身分も、財力も、人望も、地位も、もちろん身長も、
何もかもわしに劣る分際で、わしを出し抜こうとしたからだ。
親友だと? こやつが勝手に言っているだけだ。
わしはこやつを対等の友と思ったことなど一度もない。所詮子分よ』
「私はいまでも青春時代からの親友だと思ってるよ」
この鋼鉄親父もどきのヒットマン、なんだかなー。
でも、それじゃ裏切ったもヘチマもないじゃん。
マリオさん……。
『このお人好し加減からしてどうにもならない。
自分で友だと思っていた者にことごとくだまされ、離反され、寝首をかかれそうになり
それでも許すというのだから、話にならぬわ』
「でも、私は結局病気で死ぬまで生きていたよ」
なんか、マリオさんがどういう人なのか想像がつかなくなってきた。
『わしにも殺される一歩手前までいったではないか』
「ああ、あれはきつかったねえ。本当におしまいだと何度も思った」
『それなのに貴様は……、わしが病で死んだとき、わしの墓の前で人目もはばからず
大泣きしおって』
「だってさ、本当に悲しかったんだ。無二の親友なんだから」
『違うと言っておろう! この泣き虫が……』
「……そうだね、私は泣いてばかりいたなあ」
『下品に大騒ぎするのも大好きなくせに』
「うん。どんちゃん騒ぎの大宴会が大好きだ。
お酒ぶっかけ合って、ずぶぬれになるのはもうたまらない」
『その上、ヘボ詩人だ』
「恥ずかしいから、言わないでくれよ」
『いつも貧乏くさい格好ばかりして』
「皆が大変なときに、贅沢はしたくないよ。もともときらいだし」
『とにかく、わしは、わしはそんな底なしのお人好しのお主が大嫌いだったんだ!
だから潰そうとした。
小娘、それのどこが悪い!』
もう思わず「Everythinng!」と叫びたくなった。
マリオさんが何でこんなのを「親友」って呼ぶのかわからない。
「底なしのお人好し。けっこうじゃない。
それで立派に生涯をまっとうしたのなら、むしろ偉大だわ。
あなたは器こそ立派だけど、中身が全然ないじゃない。
その上自称大魔王のドブネズミにあごで使われている。
あんたはただのダメ親父だわ」
『!!』
ヒットマンが砲塔をドゥーチェに向けようとする。
僕は思わずドゥーチェをかばおうとして、そのドゥーチェに止められた。
ヒットマンは、そのままなにもしなかった。
『……そうだ。わしは底なしのダメ親父だった。
賢い部下が気に入らぬ事ばかり言うから遠ざけて、おべんちゃらの上手い者をそばに置いた。
子どももまどもに育てられなかった。子どもたちは贅沢に慣れた豚に育った。
行き当たりばったりで、先のことは何も見えなかった
だから皆、最後はわしを見捨てた。
わしが死んだとき、泣いてくれたのは……、わしが裏切ったこの男だけだった』
「だから親友だって言っているじゃないか。いまでもそう思っているよ」
『そうだ……、お主はいつもわしを助けてくれた。
若いとき、悪さのし放題だったころから』
「正直、いま思うと恥ずかしいよ。彼らの言葉で言う中二病丸出しのどきゅんだったから」
『あのころは認めたくなかったが、わしはお主にヤキモチを焼いていたのかもしれぬ。
お主が、わしより高位高官になることも、わし以上の権力を握ることも恐れていた』
「そんなつもりはなかったよ。私はただ、私ができる仕事をしたかっただけだよ」
マリオさんは、ヒットマンに寄り添うように、上面装甲に手を添えた。
『それがどうだ。誰もお主のことがわからなかった。
生前どころか、死んだあとまで!』
「うん、なかなか愉快な人間になっているらしいね。「自在天」から聞いたよ。
もっとも、現実の私を見て、すごくがっかりしていたけどね」
マリオさんは、こんどは僕らの方を見た。
「君たちはまだ春秋に富む身だ。だからいま親友だと思っている人間がこの先
自分を裏切るなんて想像もしないだろうね。
でも、中年になってしまうと、金や地位や利害や異性のことで
いともかんたんにドンパチ始めてしまうんだよ。面白いだろ?」
この人は、それを本当に面白そうに言う。
「だから、私だけはそうはなりたくなかった。
私が人を裏切っても、人を裏切り者にはしたくなかった。
でも、現実は甘くなかったね」
『そうだ、こやつほど人にだまされ、裏切られ、煮え湯を飲まされそうななった奴はいない。
それなのにこやつは……、人を信じることをやめなかった! 誰も彼もを許そうとした。
そしてこのわしまで許そうとしている。どうしようもない、お人好しだ……』
「……すんでしまったことは、もう言ってもしかたないよ。
大事なのはいつも、これからどうするかだよ」
お人好し。そうなのかもしれないけど、たぶんそれだけじゃない。
この人を放っておけないと思う人もきっといた。僕はそう思う。
「さて、自在天の所に行く前に、私にはすることができたみたいだね」
「?」
みんなの頭に疑問符が浮かぶ。
この人は、その自在天と決着を付けるためにここに来たはず。
「自在天が仮にイロナ君にとりついたとして、イロナ君の器が幽霊でなくなったとしても
彼が人間になる確率は皆無なんだ。
いいところ、君たちの言う『微生物』になれたら御の字。
普通はまあ、この地上にどれだけいるかわからない、生き物と物体の中間の存在にしか
なれないだろうね」
それじゃまるっきり詐欺じゃん!
それに、ウイルスだったら、宇宙が消滅するまで永劫生き続ける。
まさにマリオさんの言う「物体」の性質もあるから。
感染力を失ったウイルスは「不活性化」という状態になるだけで、死んだわけじゃない。
免疫力もウィルスを不活性化して体外に追いだすだけ。
個体のウィルスには、死というものがない……。
遺伝子と入れ物だけの存在。本当に化学式で表される「物質」そのもの。ただの有機化合物。
逆に僕たちは、日常的に生き死にを繰り返してる。
数年たてば、物体としてはまったく別なものになってしまうんだから。
「そうなったら、生きたまま無限の苦しみの中におかれる。いや、自覚はないだろうけど。
だから私は、彼をアビシナラカに連れて帰りたいんだ。
そして、このことを西の方にいる皆に伝えなければならない」
『……お主が、今言ったことは、すべて事実なのか?』
「罪が消えないうちは、罰はつづくんだ。
あるいは生き物に産まれても、つねに食い殺される側かもしれない。
仮に人間に産まれたとしても、産まれてこなかった方が良かったということにさえ。
……ところで君も、自在天の言うことを信じたのかい?」
ヒットマンは、しばらく黙っていた。
人間なら、悔しそうな顔をしているのかもしれない。
『器の力に屈しただけだ。本当は悔しくてしかたがない。
あの平べったいのを始末できなかったときも、部下どもにわしをいたぶらせ
わし一人で貴様らを全部倒すまで帰ってくるなと言い放ちおった』
「誇り高い君に、それは屈辱だったろう。
でも、西に集結している幽霊たちが真相を知って離反すれば、多少は勝ち目が見えてくるよ。
君が証人になって、連中を説得するんだ。つきあってくれないか?」
『……』
「マツナガ」
『?』
「コイツの仮の名よ」
ドゥーチェがまた勝手に名前を付けた。
もっとも「自在天」が僕の思っているとおりの人間なら、火を噴いて怒るだろう。
三国演義の呂布と並ぶ、裏切りご免の代名詞……あれえ?
「自在天も、私ぐらいのお人好しなんだ。
ただ彼の場合、かわいさ余って憎さ百倍なところがあってね」
あーあ、ビンゴだ。
そのせいで死んじゃったんだもんね。
「まあ、客観的時間ではほんの四半刻前かなあ。
私のことを何か知らないけどすごく過大評価していたから、そのぶんがっかりしてたなあ。
その後すぐ行方不明になったけどね」
「あの、マリオさん。その「四半刻」って地上の時間にしたら……」
「数億倍かなあ。現地の主観的時間なら数兆倍だよ」
どんな地獄も天国にしか見えないところで、それは嫌すぎる。
いーやーだー。
自在天本人は、絶対どんな説得にも応じないだろう。
「じゃあマリオさん、私たちもいっしょに……」
「ドゥーチェ。それにはおよばないよ。
たぶん、私たちだけで説得できるよ。なあ、そうだろ」
『ふん』
「でもさあ、ふたりとも頼りないうえに情けないじゃない。大丈夫?」
『――なんだとぉ、小娘!
よかろう、やってやろうじゃないか。あとで吠え面かくな。
いくぞ!』
そういうと「マツナガ」は、マリオさんを乗せたまま、ずんずん西進していった。
どうも簡単に乗せられる性格のような気がする。不安だ……。
「ありがとうドゥーチェ。手間がはぶけたよ」
マリオさんが僕たち人間組にだけ、念話を送ってきた。
親友といってたけど、生前は手を焼かされたのかもしれないな。
「……それから、私たちの帰りを待つ必要はないよ。
自在天たちを迂回しながら背後の山に登って、そこで待っていなさい」
そうしてマリオさんの念話は切れた。
「マリオさんはルートまで指定しなかった。スパッド、君が決めろ」
ドゥーチェは横を向いたまま、決定権を僕に投げた。
やはり試されているんだろう。
「道は険しいですが、見通しの悪い北側の山沿いに進みましょう。
開けたところでは、遅滞行動部隊がいるかもしれません。
足止めされたらやっかいです」
「それしかないか……」
そうか、ドゥーチェも迷っていたのか。
相手は、プロ中のプロだからね。
結局、僕の決めたルートを、ゴキを先頭にした単従陣で手探りで進むことに決した。
正直とても不安だけど、なるようにしかならないだろう。