ラスボス「自在天」こと「ドブネズミ」率いる規格外未成戦車幽霊部隊が東から迫る。
そして西側からは、意味不明にデカいのからザコまでごちゃ混ぜの幽霊戦車隊。
彼らが狙うのは、もうほぼ実体化していて幽霊ではなくなるはずの名称不明の戦車、
「イロナ」(仮名)こと「偏差値44」(と僕が思ってる戦車)。
僕とアンツィオ高校戦車隊のトップスリーは、実体化が進んで自力で動けなくなったイロナに
導かれるように、現実の世界と「同じ場所」にある、幽霊の国にやってきた。
そこは兵庫県の六甲山系であるはずなのに、神戸の街も、戦車道連盟の諸施設も全部
消えてなくなっている。もちろん大洗女子戦車隊も。
自在天が狙うのは「偏差値44」を撃破して「イロナ」を追い出し、自分が取って代わって
現実界に再誕を果たすこと。
しかし、自在天と同じ「奈落」に落ちていた幽霊のおじさん、マリオ(仮名)さんは、
それほどの罪人なら人間に産まれて、他の幽霊戦車を「現界」できる地位にはなれず、
たぶんウィルスになるのが関の山だと言い、生前「親友」だった人物の命が宿る幽霊戦車
「マツナガ」(仮名)とともに、西から来る幽霊たちに真相を伝えに行った。
そして、僕たち、イロナ、ゴキ、「おねえちゃん」、アイナ、アンとメアリー、弟1号、
同じく2号の4人と8両は、マリオさんの言うとおりに自在天の本隊をよけ、後背の山を目指して
北側のけわしい山地を進んでいる。
先頭を行くのはいままでと同じ、夜目が利く上にステルスの達人、駆逐戦車「ゴキ」だ。
変化は、突然前触れもなくやってきた。
『ちっ! しまった。
お前ら全速後退だ!!』
ゴキが突然そう叫ぶと、露出していた赤外線暗視装置を銃塔にしまう。
次の瞬間、彼の頭上を5、6発の砲弾がとおりぬけた。
『くそっ。何てこった!
スパッド、テメエの予想が外れたぞ!
遅滞部隊は平地じゃなくこっちにいやがった。それにヤツら、赤外線が見える!』
そう叫びながらゴキは、後進一杯でアクセルターンしてすばやく遮蔽物に身を隠す。
彼がさっきまでいたところに、また砲撃が殺到する。敵の第2射だ!
同じく暗視装置持ちの「おねえちゃん」とアイナも装置をキューポラにしまった。
あいつらはゴキの赤外線サーチライトを目標に射撃したらしい。
ゴキの低すぎる車高のせいで、修正前の射撃が外れたということのようだ。
しかし、初弾としては狙いが良すぎる。自在天の周囲にいる親衛隊レベルの猛者なのか?
何も見えなくなったとたん、連中も射撃をやめた。
発砲炎で位置を暴露するのを避けたというのか。あくまでヤツらの狙いは足止めらしい。
「ゴキ、敵の砲撃の威力はわかる?」
『少なく見積もっても、弟ズやアイナと同じかそれ以上だ。
ことによったら「マツナガ」以上かも知れねえ』
もしそうなら、姿を見せたとたん、最悪アイナを残して全滅だ。
長砲身105mm砲と同等以上かもしれないなんて。
赤外線が見えるなら、過熱したエキゾーストパイプだって見えてしまう。
僕らは一歩も進めなくなってしまった。
「でも、敵の数までは……」
『5両だ。数えるのが精一杯だった。
車種までは分からん』
うわっ。やっぱりゴキは歴戦の猛者だ。全速で回避しながら敵を観察してたんだ。
僕だったらそんな余裕はない。
「ドゥーチェ。すみませんが僕と斥候にでてくれませんか?
僕だけでは車種が分かりません」
「……ああ、わかった。でもイロナから離れたらその単眼鏡の機能が止まるぞ」
うっ、そうだった。
でも敵の車種と配置がわからなければ、手の打ちようがない……。
「やむをえません。ギリギリまで接近しましょう。
連中の攻撃は、僕たちには効きません。
逆に、僕たちにも攻撃手段はありませんけど」
「まあな。じゃ行くか……」
険しい地形のため、離れているといってもせいぜい数百mしかない。
結果的にはは遅滞防御部隊の方を引いてしまったけど、もし平地に進んでそっちに敵がいたら
もしかしたら2,000mぐらいで、いきなり撃たれていただろう。
赤外線が見える、ということは敵は強力だと思うべきだ。
良くない結果だったけど、最悪にはならないですんだ。最善でもないけど。
「5両いるけど、2両しかわからない」
ドゥーチェにわからないなら、理由はふたつしかない。
いい方は失敗作の度が過ぎて、誰も本当に知らないようなガラクタだということ。
悪い方は、1945年8月15日以降に設計された幽霊戦車だという可能性。
そして、この場合……。
「1両はスタンダードパンツァーだ」
とうとうお出ましか、アイナの、双子の姉妹。
赤外線暗視装置を持っていながら、あえてパッシブで使っていたんだから、
中身が残念ということはありえない。危険だ。
「もう1両は、イロナの駆逐戦車バージョン」
「そんなのがいたんですか!」
「計画だけね。試作とかいう以前に国の陥落が目のまえだった。
あと3両も駆逐戦車や自走砲っぽいな」
なるほど、単に僕らと交戦して数を減らすのが目的なら、この布陣なら平地側が向いている。
だけど、僕らの行動を阻害して釘付けにするのが目的なら、機動力を発揮できず
障害物おてんこ盛りの山岳がいいと考えたんだ。
しかも兵力分散を迷わずやっている。
自在天には、僕らの行動などお見通しというわけだ。やれやれ。
で、残り3両だけど、僕にわからない戦車でありますように……。
「……」
……しかし、僕の祈りは届かなかった。
「スパッド、わかるのか……」
「ふう……。
そのとおりです。僕は知っています。
残りの3両を」
冗談じゃない。
戦後にも幽霊戦車は確かにいた。
僕が考えないようにしていただけだ。
僕の知っている最悪でなかった、というだけの話だ。
「2両はアメリカ陸軍の計画突撃戦車、T110E3とE4です。
主砲は40口径155mmT7E1。試作戦車T30とちがってAPCBCやAPCRを撃ちます。
E4は180度の限定旋回式砲塔です。
あと1両は自走砲ではありません。FV215b、コンカラーのキテレツ版です」
「コンカラー?」
ああそうだった。そこから説明する必要がありそうだ。
「旧ソ連のIS-3やT-10といった居住性を犠牲にしてスペックだけはすごいことになった重戦車を
はるかかなたから狙撃するために作られたモンスター重戦車です。
エンジンもマーリン改のミーティアじゃなく、2,000馬力級のグリフォンをデチューンした
ものを積んでいました
威力はAPDS使用で、2,000mで垂直な均質を360mm以上まで抜きます。
成形炸薬弾なら、距離無関係で垂直370mm。
目のまえにいるあいつは、それの改良版ですが、図面引いただけで終わりました」
「英国面は迷惑だな。試作車ぐらい作ってくれればいいのに」
「アメリカは戦後3両の計画戦車を試作しましたが、こいつらは発注が戦争中と聞いています。
戦車道で使えますね」
「私もそいつらならわかる。ただ本当に作ろうという奴はドアホウだね」
そのとおり。
いくら強かろうと10両作れないものを戦車道の試合に出しても、囲まれておしまいだ。
……だから、そんなものにお目にかかることはないだろうと思っていた。
「なんだアレは?」
ドゥーチェがヤツらのさらに後方をじっと見てる。
「戦車らしきものがひとつあるな」
らしき?
とんでもない。あれはれっきとした戦車です。
もうやめてほしい。
あれが敵だったら、詰みだ……。
「でもあいつ、エンジンかかってないよ」
「え?」
本当だ、もしあれが生きているなら、独特のエクゾーストノートが聞こえるだろう。
もしかしたら、いまは「無人」の状態なのかもしれない。
「もしあいつが生きていないのだったら、エアインテークに泥でも詰めてやりましょう。
命が宿って動きだしたら、僕たちみんなおしまいです」
「……せいぜい200m先だな、行ってみよう。スパッド」
僕たちはそいつの前までやってきた。
たしかにエンジンはかかっておらず、まったく動く気配もない。
じゃあさっそくエアインテークに泥を詰め……。
「スパッド。参考までに聞くけど、こいつの真名は何?」
うーん。正直ちゃんと発音する自信はないけど、ドゥーチェに聞かせるだけならいいだろう。
「オブイェークトストーヂビノースタピャーチ」
「ロシアか」
「正式にはまだ旧ソ連でしたけどね。クーデターのゴタゴタとソ連崩壊で
試作車が完成したかどうかすら、わかりません」
「ここにいるってことは、試作車は完成しなかった。ということよね」
「制式名すらふたつの説があります。
テーヂビノースタチティーリともテーヂビノースタピャーチ……」
『わらわの器は左様な発音ではないそうだが、そなたのいわんとするところはわかるぞえ』
「うわっ!」
び、ビックリポンだ。
こいつには命がとりついていたのか。
『同じ日の本の民であろう』
「……え、ええ、確かにそうですが。
あなたもそうなのですか?」
つまり「中の人」も日本人だから、僕のいい加減なロシア語でも通じたんだ。
もしそうでなければ、超人用務員がいない限りわからなかっただろう。
そうしたら、僕が悪さをしようとしただけで敵認定だった。
『そうじゃ。何がどうなったのかわからぬが、いつの間にかここにおった。
しかし、わらわは目が見えぬ上に、動くこともままならぬ』
「ドゥーチェ、変な話ですね」
「うん」
図面がろくすっぽできていないアイナでさえ、動きまわり戦うこともできる。
この人は外見がすっきりはっきりしているのに、何で動けないのかなあ。
「スパッド、操縦席のハッチが開くぞ」
ドゥーチェはそう言って、実際にハッチを開けている。
どうなっているんだろう。
「……よく見るソ連現用と同じくらい完成してます。人間が乗って動かせ……
あっ、そうか!」
僕は今度は砲塔のハッチと、エンジン周りを見てみる。
コマンダーズやローダーズハッチは、作り付けのように貼りついている。
エンジンフードも開けることができない。
エアインテークやラジエーターグリルも、外見だけだ。
「つまり、この戦車の未完成の試作品はドライバー席まわりだけが完成しているので、
このひとはドライバーがいないと動けないんです。
当然エンジンもかかりませんし、電気を必要とする機能も全滅です」
「なるほど、FCSも砲塔の動力もアウトか。
だから「中の人」は、目が見えないっていってるんだね」
うーん。どうしようか。
この人にはそもそも敵に回る能力がない。
なら安心して去ってもいいように思うけど。
「あなたがどなたか存じませんが、いま僕たちには……」
「あとでドライバーを連れてきます。御前様」
ドゥーチェ。
そんな余裕ありませんよ。こっちには。
あそこの5両を排除することさえ至難の業なのに。
「ドゥ……」
「スパッド。昔の貴人女性らしいから「御前様」と呼んだ。
それに君のいうとおりなら、ドライバーさえいれば自在天との決戦で優位に立てる」
確かにそうだ。
この人の主砲を持ってすれば、自在天の傾斜380mm装甲だって段ボールと同じだ。
でも、あの図体だから、全弾撃ちこんでも奴を倒せるかどうかはわからない。
ドゥーチェのいうとおり、「優位に立てる」というところだ。
「御前様、そうすればあなたもセンサーが回復し、動くこともできるようになります。
意のままにというわけには参りませんが、操縦者に指示すれば行きたいところにも行けます。
代わりと言っては何ですが、いま私たちは強大な敵と戦っております。
私たちに加勢願うわけには……」
『ならば、ひとつ頼みがある。
そのいくさで、わらわのこの器をこわしてたもれ』
そうかこの人は、あまりにも不自由すぎるから、この戦車でいることをやめたいんだ。
『そしてこの器がよみがえったら、新たな命がとりつく前に海にでも捨ててたもれ』
なるほど、そういう処分の仕方もあるということか。
それなら負傷とちがって、未来永劫戦線復帰することはない。
空気がない状態なら、器としても死んだも同然だ。
「わかりました、御前様。御意に添えるよう努める所存にございます」
ドゥーチェがいうまでもない。どういう人なのか知らないけど、かわいそうだ。
ん? そのドゥーチェがまた御前様の操縦席をのぞきこんでる。
「ドゥーチェ。早く戻らないと……」
「……スパッド。もし御前様が起動できるなら、うまくすればヤツらを挟撃できる。
仮に攻撃ができなくても、あそこにいるろくでなしどもの注意を向けられる。
御前様は、この距離でヤツらの攻撃にどれだけ耐えられる?」
被弾すれば正面装甲に貼ってある「コンタークト5」が起動しちゃうな。
それも負傷扱いで、イロナのシュルツェンともども治るというなら……。
「いまだけに限定すれば、ヤツらの徹甲弾がカンバンになっても倒せません。
90式で互角以下、ひとまるなら運が悪くても相討ちにはできるというところです」
「そうか……。ん?」
どうしたんだろう。ドゥーチェが中をのぞくのやめて、両手をふってる。
「どうしたんですか?」
「私も、ドライバーの経験はかなりある。
しかし、このエンジンの起動方法がまったくわからない。
回転計が「40」まで刻んであるから、「×100」だと思ったんだ。
しかしよく見たら「×1000」だった。4万回転って何のエンジンなの?」
4万回転? ディーゼルじゃないな。
そうか、こいつのエンジンはガスタービンなんだ。
「ガスタービンでしょう。僕が見てみます」
そういって僕は「御前様」のドライバーズシートに着座してみる。
キリルはわかんないけど、たぶん始動要領はBD-10なんかのターボジェットや
ヘリのエンジンと同じだ。だったらペパロニさんでも無理だろう。
エンジンをかけられるのは、僕だけかもしれない。
「えーと、圧縮空気は……あるみたいだ。
だったらAPU(補助動力装置)が……うん、いける。APUを始動します」
後ろから補助動力装置が起動する音が聞こえる。
「動かせそう?」
「五分五分でしょう。ガスタービンも暖機に時間がかかります。
APUの動力をエンジン本体に伝えて、じょじょに回転を全開の25%まで持って行くのが
一次暖機です。それからその回転を維持したまま数分間回して、軸受けなんかが
きちんと回るようになったら、燃焼室に燃料を噴射して点火させ、二次暖機をします。
動き出せるのは、それからです」
『わらわの頭の中で、なにか動きだした感じがするぞえ』
少しずつ電流が流れているみたいだ。
でも、まだ電圧計が動くほどじゃない。
電子機器用の二次電池は上がってる状態なんだろう。
でなければ「御前様」が「目が見えない」とはいわないはずだ。
中途半端に操縦席ができているから、逆に放電しちゃったんだな。
「視力が回復したり、武器が使えるようになるまでには、動きだしてからも
相当時間がかかります。
走っているうちに、目も、身体も回復するはずです」
『わかった。では、なにかあったらそなたに言おう』
ここが正念場その一だ。
まず、敵の配置と車種はわかった。
正面攻撃に出ると、こっちは全滅確実……。
「スパッド、私らは何をすればいい?」
「敵が御前様の存在に気がついて、混乱したらラッシュするしかないと」
「なるほど、ならこっちは双子の弟ズを先頭に立てて、尻を向けている奴から蹴っ飛ばす」
「でしたら、敵が向きを変え始めたら、エンジンをレッドゾーンまで回して爆音で合図します。
あとは回避運動に専念します。皆さんのようにできるかわかりませんが」
「装弾筒付徹甲弾までなら、その戦車なら昼飯も有効だろう。
あとハンドルだから、クロスドライブか流体式じゃないのか?」
クロスドライブなら、2本のレバーを使う例もあるけど、それは戦後すぐの米軍だけ。
ステアリングハンドルなら、ルノーB1やゴキはともかく、20世紀末ならHSTだろう。
(※ あくまで20世紀末以降ならばです。むろんカモさんもHSTと思うしかないのですが)
「そうですか。
だったらユンボのつもりで操作すれば、僕でも動かせると思います。
ドゥーチェは向こうの準備を」
「わかった。そっちをよろしくね」
ドゥーチェが去ったあと、回転が25%に達するまでは何もすることがないので、
「御前様」について考えてみる。
弱点といえるのは、砲塔側面の上部だけだ。
それ以外なら昼飯でなんとかなる。
正面装甲の上の追加装甲「コンタークト」の新型なら複合装甲も兼ねているから、
西側のラインメタルのAPFSDSでないかぎり、たとえ155mm弾でも防げるはずだ。
砲塔下部もそうだ、その上円錐形をしている。
くわしいことはまったくわかんないけど、計画通りなら主砲は135mm滑腔砲。
弾数はやっぱり43発かな。うち6発は「レフレークス」レーザー誘導ミサイルかもしれない。
残りの半分は有翼安定、半分は成形炸薬多用途榴弾だろう。
操縦席は装甲カプセルに守られている。これもこの戦車だけの仕様。
本来であれば、砲手席も車長席も、それぞれ装甲カプセルで守られることになっていた。
「御前。回転数25%に達しました。二次暖機に移行します」
『そなたにまかせる。よきにはからえ』
「……御意」
無事始動できるかどうかは、燃料投入のタイミングにかかっている。
よくストールさせて、じっちゃんに怒られていたな……。
でも、ここは飛行場じゃない。補機を再始動してくれる圧縮空気車はいないんだ。
「燃料、投入します」
行け、行ってくれ。ストールはしないでくれ。
30%。やった! 燃焼室に火が入った。
ゆっくりゆっくり回転を上げる。ガスタービンはガサツにあつかうと簡単にストールする。
室内灯がつく。操縦席モニターに電源が入る。
しかしまだ、画面は青いまま。
やっと電圧計が動きだした。いったんアイドリングまで落として、暖機と潤滑を行う。
「御前、前方が見えますか?」
『まだじゃ』
あと5分は回さないと、全力運転はできない。
容量固定油圧モーターにエンジンの動力分岐。油圧計が動くけど不十分。
まだ向き変えさえできない。
暖機終わりまでが長い。まだ気がつくなよと思いながら、単眼鏡でヤツらを見る。
『奴らが何か言ってきておるようじゃが、声が小さいのう。
聞き取れぬ』
「通信帯のバンドがちがいます。ノイズにしか……雑音にしか聞こえないはずです」
ヤツら、こっちに通話を試みている。
返信がなければ攻撃してくるだろう。早く暖機終われ!
『あいもかわらず、何も見えぬぞ』
「二次電池とバックアップ電源が安定しないと、センサーもFCSも動かないです。
僕が動かすことだけはもうすぐできます」
『殺気を感じるぞえ』
うっ、T-110が2両ともこっちを向き始めた。
だけどあとの3両はそのままだ。
一度撃たせるか。
ギアをニュートラルに入れ、スロットルを徐々にひらく。
油圧は40メガパスカルを超えた。いける。
ステアリングを左に切ると、戦車は徐々に超信地で左を向く。
11時、早弁の時間まで旋回させよう。
『きゃつら、矢を放ったな』
御前様には目が見えなくても、気配でわかるらしい。
T110たちはすでに超信地でこっちを向いていた。
発射音が聞こえたときには、もうすでに砲弾2発は、御前様の手前30mと、
頭上50cmをとおってずっとかなたにと、それぞれ着弾した。
連中から見ても数十年未来の、駆逐戦車なみにシルエットの低い目標の上に、
あいつらには赤外線の目はない。
さっきはスタンダードパンツァーやコンカラー改が指図していたのだろう。
その2両のどちらか、または両方が加勢したら、フルスロットルで合図する。
ちょうどその時、頭の中に聞き慣れた声が響く。
「こちらはうまくいったよ。そちらは大変なようだね」
マリオさんの念話だ。たぶん味方全部に話しかけているんだろう。
うまくいった。ということは西から押し寄せてきた連中を味方にできたんだ。
『いまのは、誰じゃ?』
「マリオさんという、戦車ではなくて男性の幽霊です。人間型の」
『……そのような者がここにいるとはな』
そうか、ここは僕らのいいつたえでは「賽の河原」なんだった。
人型の、姿をともなった幽霊なんて普通はいないんだ。
マリオさんの念話が続く。
「しかたがないから予定を変えよう。
いそいでそこの連中を倒すんだ。
私はそちらに向かう。自在天の影響の方がそっちは強いから、私の念が彼らには通じない。
いそがないと、自在天自身が君たちの隠れているあたりを攻撃するだろう。
まず、乱戦にもちこみなさい」
そのためには、敵の過半数はこっちに向かせる必要がある。
前進するか。いや、もう1両来た。
キテレツコンカラーだ。
コンカラーはもともと狙撃専用戦車だし、走り出すと砲身ロックが勝手にかかるから、
静止射撃しかできない。どうせこっちは撃てないのだから、避けまくるだけだ。
だけど、これで向こう側には大戦型戦車しかいなくなった。
よし、ゆっくりフルスロットルだ! ヘリだと思って慎重に。
ドゥーチェ、合図しますから、気がついてくださいね。
「スパッド。私は今このいくさ場のすべてが見えるところまで上がっている。
君が敵勢の3両をうまく引きつけて、相手は分散された。
君の状況はどうだい?」
「動くことだけしかできません。応戦は無理です」
「そうか。……」
マリオさんの声が聞こえなくなった。
もしかしたら、今度はドゥーチェ側と念話で「通信」しているのかも。
「スパッド。ドゥーチェは『アイナ以外の全力で襲いかかるから、死なない程度にがんばって
そこに踏みとどまれ』といっている。できるかい?」
「うー……。
微力を尽くします」
正直なところ、ドゥーチェたちの救援が間に合うまで、5、6発は食らってると思う。
動かし方はユンボと同じでも、工事現場に弾は飛んでこない。
「では、これから先の方針をいうよ。
君たちはそこの敵を制圧したら、私を呼んでくれ。
西にいた幽霊たちは、これから隊伍を組んで東進し、自在天の本隊と戦闘に入る。
彼らは応戦しながらゆっくりと西にある枯れ河に向かって後退する。
君たちは倒した敵にかまわず、山を下りて自在天らの背後を突いてくれ」
枯れ河だって?
いまの湊川は二級河川で、会下山の下のトンネルを通って大きく西に蛇行しながら
神戸港に流れている……。ん? なにか引っかかる。
山の下にトンネル掘ったってことは、治水工事したってことじゃん。
そうか、かつて湊川は暴れ川だったんだ。だから明治になるまで神戸は村落だったんだ。
そうなら、もしかしたら本来の湊川、マリオさんが「枯れ河」と表現した工事前の旧湊川が、
ここにはあるのだろう。たぶんもっと東側に。でも、枯れるほど流量が少ないのか?
「実は、西にいた幽霊たちは私が思っていたより多かった。
しかしそのうちの何両かは、戦うための武器を持っていない。
聞いてみたら普請をしたり、橋を架けたりする車なんだそうだ」
え? 野戦工兵車両や架橋戦車がいるの?
……ありえる。コンカラーのファミリーだ。
設計図だけでおしまいになったのがごろごろいる。目の前のあいつと同じに。
そう、あのキテレツコンカラー。英国面バリバリの狙撃屋。
「私は、彼らを見て一計を案じた。
計略の内容は、鍵になる者たちの所に行って直接話す。
自在天に聞かれれば、この策は失敗だからね。
時間がない。みんな一刻一秒を惜しんで行動してくれ。
では、またね」
マリオさんの念話がとぎれた瞬間、キテレツコンカラーが満を持して発砲した。
正面に当たると悟った僕にできたことは、とっさにステアリングを切って
時計を30分巻き戻すことだけだった。
合成傾斜20度の前面装甲に命中した砲弾は、跳弾もせず、コンタークト5を作動させることも
なかった。ただ、薄く伸びて広がり、表面に貼りついたようだ。
「HESH(粘着榴弾)!」
僕はとっさに首を引っ込めた。
……しかし、何も起こらない。
どういうことかと、僕はゆっくり慎重に顔を出す。
粘着榴弾。これぞ英国面としか言いようのない対戦車弾。
通常の榴弾よりさらにヤワな外殻をもち、装甲に命中すると中の炸薬ごと広がって貼りつく。
その後信管が作動して炸薬に点火。爆発で装甲板を叩いてその内側を剥離させ、乗員などに
損害を与えるという、榴弾にもなるという砲弾。
しかし、信管は着弾のショックで作動しては元も子もないので、複雑なものになっている。
結果、不発率激増。
74式もイギリス製L7A1が主砲だったから、当初の榴弾はHESHだった。
……そして当然、不発弾に泣かされ、多用途榴弾に置き換えられてしまった。
いま当たったのも不発弾。そんなことまで再現されているとは。
現在の装甲板はHESH対策で内側に飛散防止の皮膜が貼ってあるし、爆発反応追加装甲には
そもそも効き目がない。コンタークト5は複合装甲でもあるし。
御前様にいたっては、乗員がみんな装甲カプセルで守られてるからなおさら無意味だ。
でも、すぐ動かなければ。次はキテレツの指示でT110どもが撃ってくる。
……ことは、なかった。
『うおおおおお!』
キテレツどもの後ろで爆発音と雄叫びが上がる。
ドゥーチェたちが残っていたヤツらを倒したようだ。
前の3両は、目に見えてうろたえてる。
その一瞬の狼狽が、命取りになった。
『スパッド! 生きてるかー!』
『弟よ、やるぞ!』『おう、弟よ!』
盾役の3両が、次々と88mmや75mmの徹甲弾をマッハ3でたたき出す。
戦後幽霊どものケツをけ飛ばすために。
闇の中でも互いが見えるくらいの、100mを切った距離で撃たれた砲弾は、
次々と敵戦車の後部装甲に突き刺さる。
いくら戦後設計といえど、後ろは均質圧延の数センチ。
連中の内部に食い込んだ低抵抗徹甲弾が炸裂し、彼らをいったん飛散させる。
器が元の形に戻っても、とりついていた命はもういない。
『スパッド、スタンダードパンツァーはどこだ?』
「え? ゴキたちが倒したんじゃないの?」
会うなり、ゴキはとんでもないことを叫んだ。
『俺たちが倒したのは、駆逐戦車1両だけだ。
だからすぐここまで来られたんだ』
『うむ。だからお前を倒すためにこちらにいるものとばかり思っていた』
弟ズも、もう1両の標準型戦車を見ていないという。
まずい。
「ゴキ。アイナはどうしてるの!?」
『もといた場所に、置いてきぼりだ……。
うっ、しまった! 奴はアイナだけ倒して逃げるつもりだ』
「御前様! すみませんが全速を出します。
目が見えなくて怖いでしょうが……、耐えてください!」
僕はすっかり暖まったエンジンを、ためらいなくフルブーストさせた。
『そなたを信じておるぞ。行くが良い!』
最近のガスタービンは、大戦頃のジェットとちがってレスポンスがいい。
猛ダッシュした「御前様」は、この荒れ地で他の幽霊たちとは次元の違う走りを見せた。
旧ソ連とはいえ、50年の技術格差は別次元だ。
しかし、ドゥーチェはスタンダードパンツァーのHL234エンジンは1,200馬力と言った。
御前様と同じパワーだ。
御前様の状態が万全なら、ここから敵を探し出し、狙い撃つこともできただろう。
レフレークトを使えば、大戦型戦車は逃れることはできない。
でもいまは、盾になるために急ぐことしかできない。
「くっ。スパッド! 急げ」
ドゥーチェの叫ぶ声が聞こえた。
前方を全速で走るイロナの後ろ姿が見える。そして僕たちはすぐに追いつく。
「もう「おねえちゃん」がかっ飛んでいった。でも間に合うか」
「あっ! あそこです。アイナがいました」
見つけた!
まだ、アイナは無事のようだ。しかし……。
「アイナの直前に「おねえちゃん」が!」
「おねえちゃん」はアイナをかばって撃たれたようだ。
左の足回り全部が無残に吹き飛び、破片となって散らばっている。
「おねえちゃん」自体は、大きく傾いて止まっている。
『おねえちゃん! おねえちゃあん!!』
『……うう。お前は、早く逃げ……ろ』
「スパッド! 索敵しろ!」
僕らはいったん止まって、単眼鏡をサーモにして撃った奴をさがしまわる。
どこだ! どこにいる。ちくしょうめが。
――あっ、いた! 赤い光が。
「8時方向距離910に赤外線源!」
くそっ! 御前様さえ完調ならここまで来る途中でキャッチしてるだろうに。
僕の声を聞いてドゥーチェとイロナが再発進。8時に向かう。
僕はそのまま進路維持。間に合うか?
とっさに、ドゥーチェが大声で叫ぶ。
注意を引きつけ、時間をかせぐつもりだ。
「カルパッチョ、APDS(装弾筒付徹甲弾)用意!
Vexillumchartae Typeprogressumvigintiquinque!
お前は、『イナゴ』だ!」
『……なに? イナゴだと?』
口調は荒いが、声は女だ。
「そうだ、お前は日本全国どこでも『イナゴ』で通じるんだ!」
ゴキにイナゴ……。
ゴキの家族って、みんな害虫なの??
「くらえっ!」
装てんの時間をかせいでいたドゥーチェは、砲手席に戻るなり虎の子を撃った!
88mmに負けない轟音を立てて、装弾筒を切り離した剛体弾芯が『イナゴ』に襲いかかる。
向こうで火花が飛び散ったのが見えた!
それに遅れて「ギイイィィン」というような金属音。
「弾かれたっ!」
17ポンドの、それも虎殺しのAPDSが弾かれるなんて。
……そうか、アイナはモヤってるけど、全ての装甲にきつい角度がついてるのはわかる。
ゴキは「もう1両は同じ形で重装甲型」っていっていた。
おまけにイロナから見たらイナゴは「昼飯」。
だったら、17ポンドじゃ……。
「カルパッチョ! もう1発だ!」
『ムダよ、奴らがくたばるのを、そこで見ているがいいわ!』
「イナゴ」が物干し竿をぶっ放した。
あと少しなのに、間に合わない!
「おねえちゃん……」
――僕は思わず、目を閉じた。
耳をろうするすさまじい音が聞こえた。
僕は、目を開けるのが怖くて、なにもできなかった。。
『許さない。お前だけは何があっても許すもんか!』
アイナの声だ。
何が、何が起きたんだ。
僕は、何とか目を開き、轟音がした場所を見て絶句した。
アイナが、あのアイナが……。
「おねえちゃん」の前へ出て、「イナゴ」の砲弾をその身に受けたんだ。
正面装甲に、えぐれたような傷がある。
低抵抗徹甲弾の被帽が張りついて、しかし貫徹できず、そこで炸薬が破裂したんだ。
『許すもんかぁあああっ!』
アイナが全開でロケットスタートする。
そのあとに、僕が御前様を「おねえちゃん」の盾になるように滑り込ませる。
ふいに、操縦席が明るくなる。
いままで何も映していなかったCRTディスプレイに、何かのコマンドの文字列が出現し、
次々と下から上へ流れていく。
サブルーチンがシステムとハードウェアのエラーチェックをかけているみたいだ。
いままで作動していなかった各種センサに灯がともる。
操縦席のCRTがノクトビジョンになり、前方の光景を昼のようにうつしだす。
『明るいのう。いまは昼なのか?』
「いえ、ここは永遠の夜です。昼のように見えるのはここではあなただけです」
レーザー照準器も動いている。
前方にいる「イナゴ」に、赤い光の点が浮かんでいる。
「御前様!」
『ふむ、鉄の矢か。弓取りのわらわにはちょうどよい。』
その間にも起伏の激しい障害だらけの地形を、アイナは速度を落とすことなくかいくぐる。
四輪のラリーストが、グラベルのコースを走っているように。
イナゴは静止したまま、アイナを砲塔で追尾している。
しかし、アイナの無意識のフェイント気味の動きを追いきれない。
「スパッド。スタンダードパンツァーのサスペンションは、オイルダンパー付きのスプリングを
リンクで動かしている外付けだ。形はちがうが仕組みはゴキと同じだね。
ステアリングはクロスドライブ(歯車式二重差動方式)よ」
なら、アイナはひとまるはともかく、74式程度の運動性があるということになる。
現に彼女の動きは、演習場で見る74とまったく遜色ない。
『くそっ! 当たればそれまでの紙装甲が!』
「なーにを言ってる。アイナの車体上部は前面90mm28度。側面50mm60度だ。
ティーガーⅡや貴様に及ばないと言うだけだ」
「中戦車」の代表がⅣ号やシャーマンなら、アイナは速度の速い重戦車、いやもはやMBTだ。
それも第一世代の主砲90mmのMBTでは倒すのは困難。61式なら一方的に倒される。
せめてレオパルドⅠやM60A1でないと止められない。
いっぽうで御前様は、自分で自分自身をチェックしている。
『ほう、やけに寸詰まりの鏑矢があるのう。他にも筒におさまった棍棒のようなものもある。
これらも飛び道具なのか?』
そうか、成形炸薬弾とレーザー誘導ミサイルもあるんだ。
「さようです、御前様。棍棒のような武具は、ある程度なら御前様が操ることもできます」
『して、わらわは何をすれば良いのじゃ?』
「矢は43本しかありません。それにこの戦場には御前様でないと戦えない敵がおります」
『そのようじゃの。それにわらわも一騎討ちに水を差すほど無粋ではない』
そうこうしているうちに、アイナはついに距離50mでイナゴと向かい合う。
そのまま双方が正対して撃ちあう。いや、撃ったのはイナゴだけ。アイナの姿が消えた。
停止射撃と見せかけて超信地で向きを変えダッシュ。全速を出してスピン気味に急旋回。
イナゴの真横につけている。距離10m。
『よくも、よくもおねえちゃんを!』
アイナがイナゴの真横に向かって「物干し竿」をぶっ放した。
轟音と閃光、そして何かが壊れる音。
周囲を包む、もうもうたる爆炎……。
『……』
不意に上から何かが落ちてくる。
その長い物体は、ドスっと音を立て、地面に突き刺さる。
それは、「イナゴ」の砲身だった。防循と砲耳の装甲カバーもついている。
アイナは防循と砲塔の接合部に、HVAP(高速撤甲弾)をたたき込んだんだ。
『あああああぁぁ!!』
「鼻」を根こそぎむしりとられた「イナゴ」が絶叫する。
『お前も……、苦しめ!』
『いやああああぁぁあ!』
アイナが何をしたかったのか理解した皆が、泣き叫ぶ「イナゴ」を放置した。
「イナゴ」は、嗚咽しながらよろめき、闇の中に消えて行く。
やれやれと思った僕が「御前様」を動かした、その直後。
僕らの後ろから飛んでいった砲弾が、後ろを向けていたイナゴのエスケープハッチを砕く!
「おねえちゃん」の、砲撃だった。
『武人の情けだ……。それと遺恨は残してはならない』
「イナゴ」は四散し、そしてまた命を持たぬ「器」に戻る。
僕たちは「おねえちゃん」を見つかりにくいところまで曳いていった。
『……私がいなくてももう大丈夫だ。お前は私よりずっと強い』
『おねえちゃん……』
『なに、しばしの別れだ。足が治るまでの。
これからはお前が、イロナや皆を守るんだ。わかったね』
『うん、わかったよ。おねえちゃん』
「アイナ」も、これで独り立ちしたようだ。
……しかし、別れを惜しんでいる時間はない。
足止め部隊が全滅したことを察した「自在天」が、いつ28cmを撃ってくるかわからない。
僕たちは、急いでここを去ることにした。
『……。
皆さん、妹を頼みます』
『ああ、まかせとけ』
『……ゴキ、お前には言っていない』
『んだとお?』
そのとき、マリオさんが上空から幽霊たちの残骸があるあたりに降りてくる。
降下しながらマリオさんは、黙って裾野のほうを指さした。
「みんな、マリオさんを信じて、山を下りよう」
ドゥーチェが何かを振り切るように言う。
僕たちは新たな盾役である「御前様」を先頭に、一列になって黙ったまま下に向かう。
そして、下の平地では、自在天の部隊と寝返り部隊との戦闘が始まろうとしている。
(想像図)
もちろん「しずかちゃん」じゃありません。