失われた約束の地   作:米山ともき

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 メルヘン回 戦車と幽霊 その⑨

 

 

 

 

 

『おーい! スパッド。てめーちょっと待てぃ!』

「え? なに?」

 

 最初、幽霊戦車「イロナ」1両と、アンツィオトリオと僕だけで始まった、この幽霊世界の

冒険者パーティーは、いまや総勢8両+1を数えるまでになってしまった。

 そのうち、足を負傷、つまり左の履帯まわりを全損した「おねえちゃん」が脱落し、

かわりにそこに落ちていた幽霊戦車、オブイェークト195、完成していたら「T-95」と

よばれていただろう「御前様」が一行に加わった。

 彼女はまちがいなくこの世界の未成戦車のなかでは最強なので、いちばん先頭に立って

盾の役と索敵をしながら進むことになった。

 ただ、御前様は操縦席が完成した中途半端な段階で放棄されたため、ドライバーがいないと

何もできない。また、エンジンがガスタービンなので、ベテラン戦車道選手でも動かせない。

 皮肉なことに、戦車道では素人同然の僕は無免許飛行機乗りで無免許ユンボオペだったので

御前様を動かせる唯一の人間と言うことになってしまった。

 ヘリやユンボの操縦経験が、こんなところで役立つとは思わなかった。

 そしてなぜか、進軍途中で後ろから血相を変えた駆逐戦車「ゴキ」に呼び止められた。

 

『お前速すぎ! 後ろからついてくる連中のことも考えろ』

 

「ゴキ」はシルエットが小さく重装甲、暗視装置持ちで戦車幽霊歴67年の大ベテランだから

いままでいちばん先頭にいた。

 

「ごめん。僕には後ろの様子がわからないから……」

 

 機能が回復した「御前様」なら、前方索敵能力はゴキよりはるかに上だし、

いきなり撃たれても相手が第3世代のエイブラムスやレオパルド2、ひとまるでない限り

絶対に倒されない。

 でも、ドライバーである僕の後方視界は当然ない。

 

『それだけじゃねーぞ。

 この御前様っていったい何者だ? アイナでさえ置いていかれる。

 弟ズなんか、はるか後ろだぞ』

「うーん。完成時の性能がどうなるのかまではわからないけど、車重が50トンちょいで

 エンジンは1,200馬力」

『アイナが60トン以上で馬力が同じ、俺が26トン半で700馬力。ついていけねえぞ』

 

 そういえばついてきたのは、アイナ、ゴキ、アンとメアリーの女海賊コンビ。

 よく考えたら、この戦車より出力重量比がいいのはGTひとまるだけじゃない。

 いま林に隠れているハンスはともかく、超韋駄天1両、韋駄天4両、中速1両、重戦車2両って

たしかにバランスが悪い。

 

 しかたがない。ドゥーチェたちが追いついた時点で、相談し直そう。

 

 

 

 

 

 

「君は編隊走行の経験がないからしょうがないとは思ってたけど。ねえ」

 

 ドゥーチェにもいい考えは浮かばない。

 それはそうだ。この場合なら御前様のグループと弟ズのグループに分けて、オフェンスと

ディフェンスの小隊に分けた方がいいんだけど。機動小隊に指揮官不在ということになる。

 だって、アンツィオのベテラン3人は、イロナを離れられないから。

 それに、わけたら統括指揮をとる人間も必要。

 

「わかった。じゃあこうしよう。

 御前様とゴキとアイナで遊撃隊になってもらう。

 君たちはこれから自在天とマツナガたちが戦う主戦場にいって、ひたすらひっかきまわす。

 とくに戦後戦車の幽霊がいたら、優先的に潰す」

 

 そこで御前様の立ち回りをどうするんだろう。対自在天用の決戦兵器なのに。

 

「御前様には、サーチアンドデストロイの「サーチ」をやってもらうんだ。

 御前様にとっては夜だって昼間だ。

 そして、標的に照準用レーザーを当ててもらう。まあ「レーザーポインター」だね。

 それをゴキとアイナは、サーチライトを切った暗視装置で見つけて、倒す」

『ここからでる光の束をぶつければよいのだな』

 

 御前様は理解が早い。生前もすごい人だったのかも。

 彼女は手近の木から順繰りに、幹に次々とレーザーを当てる。

 

『ふしぎな光……』

『ああ、遠くに当てても広がらないで点のままだ。

 これか? 技術者どもが研究していた殺人光線って』

「うーん……」

 

 輻射の誘導放出による光増幅。

 原理自体はそのころには知られていた。

 アインシュタインの偉大な成果のひとつ。

 

「さすがに、現在になっても人を殺せるほどのパワーは出せないけどね。

 そのかわり、いろんな道具になって役立っているよ。ほら」

 

 僕は市販品のレーザーポインターを出して、同じようなことをやってみせる。

 

『おお』

「教師が使う『指し棒』のかわりになるんだ。教室の後ろからでも使える。

 あとは手術のメスにつかったり、有線通信に利用したり。距離計にしたり。

 あとは、音楽聞くのや映画見るのに使ったり」

『音楽?』

「うん、昔あったレコードの針の代わり」

 

 もっとも僕が物心ついたときには、CD、DVDが当たり前だった。

 レコードなるものの存在は、じっちゃんの家に遊びに行ったときに知った。

 

『鉄針の代わりが光とか、まったく理解できねえな』

「え? 僕が見たのはダイヤの針だったなあ」

 

 ダイヤ?

 そういえば、戦車道にまつわる疑問はもう一つある。

 

「ドゥーチェ。西住先輩が「戦車道戦車は内部をカーボンでコーティングされてるから

 なにがあっても大丈夫」っていってましたけど……」

 

 ドゥーチェの目がまん丸になる。

 そりゃそうだ。普通に考えてみた場合は。

 

「炭素系素材って、われやすいじゃないですか。

 飛行機に使われるカーボン複合材だって強度はあるけど、垂直方向からの力には弱いし。

 だからといって炭化タングステンや人工ダイヤの装甲とか……」

 

 そう、炭素繊維はメチャ軽くて引っ張り強度があって硬度も硬いけど、靱(じん)性がない。

 変形にたえる力がなく、運動エネルギーを食らうと簡単に壊れる。

 はっきゅんの主砲さえ防げない。

(※ 作者は以前、バイクのフェンダーをカーボンFRPに変えていましたが、

 倒れただけでただのFRPより簡単に割れました)

 ディスクブレーキのローターなんかにはいいけど。熱変形しないから。

 逆に均質圧延鋼板という名前の合金は、炭素繊維より軟らかいけど靱性のカタマリだから、

徹甲弾をはじき返す。剪断を含めた変形に強く、運動エネルギーだけでは破壊に限度がある。。

 もちろん、高圧液状化現象を起こす有翼安定弾や成形炸薬弾は防げないけど。

 実はカーボンナノチューブ? 冗談言ってはいけない。

 量産できるのはずっと未来だし、そのまえにアスベスト並みの発がん性をなんとかしなきゃ。

 

「……単に「カーボン」って呼んでるだけさ。

 ルールブックには『連盟指定の防護材』としか書かれていないね」

「やっぱりケブラーかなんかなんですか? ボディアーマーに使うような」

「にしては厚みがないんだよね。

 ……もしかしたら」

「もしかしたら?」

「そんなものは初めからないのかもしれない」

「……」

 

 これも、真夏の夜の怪談なんだろうか……。

 安全神話を信じさせるための、プロットアーマーだっていうのが正解??

 

「スパッド、冗談だよ。つまりね……」

 

 つまり、どういうことかというと。

 連盟指定の防護剤=トラウマプレートにしみこんだリキッドアーマー。特殊溶媒に溶けている

粒子が高分子炭素化合物。だから「カーボン」というわけ。最新の防弾チョッキと同じ理屈。

 力が加わった部分だけが鉄より固くなる上に、粘液の弾力もある(ダイラタンシー流体)。

 むろんこれだけで装甲になるわけじゃないし、有翼安定弾や成形炸薬弾はかえって苦手だ。

 あくまで万が一の保険。リキッドアーマーは片栗粉と水とか市販のプリンとかでもできるけど

腐っちゃう。だから「カーボン」は分解されたり腐ったりしないよう工夫されているそうだ。

 有翼安定弾や成形炸薬弾はやっぱり特殊セラミックで対抗するもののようだ。

 まあ、砂だけの地面を掘るのと、岩のかけらがいっぱい埋まってる地面を掘るのと

どっちが楽かというのに似てる。この場合のスコップは有翼安定弾ややメタルジェット。

 これらは装甲を液状化して、あけた穴から外にはき出して進むのが、穴掘りと同じ。

 他の徹甲弾は、地面に杭を打っているようなもの。だから厚みと弾力で対抗できる。

 セラミックは液状化せずに割れるし、亀裂が進むスピードが侵徹体の速度より遅いから

大きなかけらになって外に出にくくなる。で、スコップの速度が落ち、液状化効果もなくなる。

 御前様の補助装甲である「爆発反応装甲」は、金属のベースの上に薄く爆薬をしいてある。

 薄い爆薬の層が金属板の上で爆発すると、下向きの爆発が金属板で反射する力が強く

前後左右に広がるはずの爆発エネルギーも全部真上に向かう。

 これを有翼安定弾やメタルジェットにぶつけて向きを変え、勢いをそぐ。

 御前様のは最新型だから、ベースプレートまで複合装甲。一粒で二度おいしい。

 西側でも第2世代は、すごく必死にすずなりにぶらさげているのがいる。

 御前様の場合は第3世代だけど、車体の複合装甲がまだいまいち頼りないから。

 最新型のアルマータ車台のT-14でも爆発反応装甲を追加してる。上面装甲にまで。

 カツラかぶった戦車なんて……。

 

 

 

「スパッド。結局『遊撃隊』の成果いかんはあんたにかかっているわけだけど……。

 まず配下の2両は戦車道戦車の中では攻、防、走いずれも超トップクラスの無双戦車。

 しかし、これから戦う相手にはそれすら凌駕するようなやつらがごろごろしていると

 思った方がいい。

 だから性能に頼らないで、敵の弱点を突き、自分の弱点はさらさない。

 できれば撃たれる前に倒す戦いをしなくちゃいけない」

「ドゥーチェならともかく、僕には無理そうです」

 

 それは、本当にベテランの戦車兵しかできないんじゃないかなあ。

 空中戦では相手に悟られる前に倒すのが大原則だけど。

 

「だから、戦車道の戦い方は忘れてもらう。

 というより、君は初めから知らないでしょ。

 試合場は、最初からアウトレンジ戦ができない場所だけ。すでに相手を視認できる距離。

 そんな戦場での立ち回り方なんて。いわば最悪の出会い頭だけ想定してるのが戦車道」

 

 まるでCQB戦(建物内部での近接戦闘)だ。

 なるほど、だから「腕と戦術」の比率が現実の戦争よりも重くなるんだ。

 ということは逆に考えろってことよね。

 こちらの優位を最大限に生かし、相手の得意を封じる。

 闇を生かし、闇討ちに徹する。

 アウトレンジは難しいかもしれない。遠距離戦なら敵の防御力が増す。返り討ちの可能性も。

 じゃあ、そういうことにくわしい「先生」に教わろう。

 

「ねえゴキ。上面、下面、後ろ以外で、どんな戦車でも弱いところってあるの?」

『……車体下部だな。できれは側面下部。転輪の生えているあたりだ。

 だが新しい戦車ほど、転輪がでかくて狙えない。俺を見ればわかるだろ』

 

 たしかにそうね。

 とくにゴキやアイナは「オーバーラップ転輪」、輪軸に段差をつけて互い違いに組む方式。

 かくれる面積が大きい。

 

『それと以外と知られていないのが、バーベット。

 もっとも砲塔が車体とほぼくっついていても、継ぎ目は狙い目だ』

 

 でも、近接戦闘でもないかぎり、まぐれでしか当たらないだろうな。

 

『主砲の防循を人間の顔と考えた場合、断面が半円形に近ければ、「あご」に当てることで

 下向きに反射した弾が、車体上部に刺さることもある』

「ショットトラップっていうけど、狙ってできるのはよほどの腕っこきね。

 たいていは(アン)ラッキーショットとして起こるわ」

 

 会心、または痛恨の一撃というわけだ。

 それも現代戦車では起きない。被弾経始で砲弾が弾かれることはないから。

 いずれにしても、敵戦車の砲の軸線上にいるという危険とバーターだ。失敗したらやられる。

 

 その時、いままで黙って話を聞いていた「御前様」が口を開いた。

 

『……そうじゃのう、峰打ちでよかろう。

 かのマリオなるものは、寄せ手を下げながら川まで下がると申したな』

「ええ、そうですね」

『橋を架ける車がおるとも言っておったな』

 

 御前様も、いくさ人なのだろうか。

 もしかしたら、マリオさんが傍受を警戒して明かしていない作戦がわかるのかな?

 御前様は、何かを考えているようだ。

 だまったまま砲塔を、会下山の北にある小さな湖に向ける。

 

『……そなたたちには、満天の星が映ってきれいにみえるのであろう。

 目が良すぎるのも、風情がないものよ』

 

 本当ならあそこには、日本最古クラスの明治5年にできた重力ダムがある。

 でも、そんなものがなくても、あそこは湖なんだ……。

 

「スパッド、あれ変だぞ」

 

 僕もドゥーチェの指さすものを見る。

 え? うそだ。

 ここにはあり得ないはずのものがある。どういうことだ。

 

「ドゥーチェ、信じられません。

 ここには人工物は一切ないはずなのに」

 

 本来重力ダムがあるはずの場所に、アーチダムが建っている。

 

「人工物?

 だったら君の周りにあるものは、いったい何だ?」

「……戦車の幽霊、です、よね。

 ――じゃ、あれは!」

「たぶん、計画倒れになったダムなんじゃないか?

 いま気がついたけど、あそこにもっととんでもないものがあるよ」

 

 ドゥーチェが、湖のさらに北を指さす。

 ペパロニさんとカルパッチョさんもあぜんとしている。

 

「鉄道の……、線路?」

 

 どういうこと?

 しかも、軽便鉄道や昔の地方線なんかじゃない。

 れっきとした幹線、いや、それ以上の規模のもの。

 これって……。

 

「なんで山陽新幹線がここにあるの!?」

「でもスパッド、あの線路には架線がない。非電化だ……」

 

 そしてさらにとんでもないものが、その線路の上を走ってきた。

 無彩色だけど、おそらくツートンカラーに彩られた流線型のSLが牽引する、特急列車。

 

「うそでしょ」

「あいつ、いまの在来線特急より速いぞ」

「……」

 

 僕も含めたみんなが、ぜんぜんわからない列車。

 在来線の電車特急の営業速度は130km/hぐらい。

 それ以上の速度で営業運転する蒸気機関車……の、幽霊。

 おそらくJRの前身、日本国有鉄道がまだ鉄道省だったころのもの。

 ……そんなものが。あったんだ。

 

 

 

 御前様の砲塔が、また12時を向く。

 

『話を戻すがな、わらわが自在天とやらと対峙するには、馬廻り衆がじゃまであろう。

 しかし、倒してしまったのでは、また命を吹き込まれてよみがえる。そうであろう?』

 

 まったくそのとおりだ。

 本当にゾンビ相手に戦うようなものだ。

 さっき倒した連中は、マリオさんが味方につけてくれるだろうけど。

 

『ならば、片脚をもいでしまえばよいのじゃ。

 できるなら先ほどその娘がやったように、弓も奪えればなお良いがな。

 しかし、その娘の姉がそうであったように、大きく傾けば弓を自由に振り回せぬ』

 

 そうだ。砲塔を持つものはすべて30度以上傾斜すると、砲塔が勝手に下を向こうとする。

 軍艦でも、戦車でも砲塔の旋回ができなくなる。

「おねえちゃん」も渾身の力で、やっと砲を水平に向けた。撃ったあとはもう無理だった。

 駆逐戦車でも片脚がやられれば、それだけで攻撃不能も同然だ。

 

「ドゥーチェ。それなら十字砲火にしましょう。

 僕らが撃ったら、その方位と距離を測り、撃てば効率よく敵を無力化できます」

『ならば、測距は私がやろう』

 

 アンだった。

 そう言えば彼女の車体前部には、かなり基線長の長いステレオ測距儀がついている。

 

『私は見えるのであれば、1,000m以上かなたの標的に砲撃を当てることができる。

 そういう目的で、私は作られた』

「アンはなりは小さいが、実は中戦車を超える防御力も持っている。

 そういう意味では、彼女も規格外戦車だ。

 命中精度がいいのは、照準装置の他に弾速も早いからでもあるんだ」

 

 アンとメアリー。

 なぜかカリブ海で勇名をはせた女海賊の名をなのる戦車たち。

 アンは射撃の名手で、メアリーはカトラス振り回しての接近戦が得意。

 うーん、できるなら大洗の38(t)とはっきゅんとリーを、アン2両とメアリー2両にしたいなあ。

 どこの国の戦車かわかんないけど、どっかに落っこっていないかな。

 

「じゃあ、戦場めがけて急ごう。

 もう海の近くで砲撃戦が始まりそうだ」

 

 本当だ。たがいに相手を察知し、陣形を組みつつある。

 本来なら大都会が広がっている平地だ。

 両軍とも最大射程で撃ちはじめるだろう。そしてそのまま陣形をくんで両軍とも前進。

 大将の自在天と「マツナガ」は、最初の位置から動かない。

 中世の合戦みたいな戦い方だ。

 

 

 

 僕たちは、戦場を目指して急ぐ。

 自在天らの部隊が4km手前まで迫ったら、僕らは先に全速で斜め後ろに回り込む。

 ドゥーチェたちは1,000~1,500mはなれて、斜め前に陣取る。

 弟ズが例の「ダブル昼飯」で盾役を兼ねながら前衛について、後ろからイロナとアンが撃つ。

 メアリーは近くに敵が来たときの即応予備。

 

 そして、10分も下ったころだった。

 

『しばし待て。何か来る』

 

 御前様が何かに気がついた。全員が臨戦態勢に入る。

 

『待つんだな。僕なんだな』

「ハンス?」

「いったいなんで?」

 

 どうしてハンスが山を登ってるんだろう。

 それに、よく気づかれなかったものだ。

 

『マリオさんに言われた極秘任務中なんだな。

 何しろといわれたかは、みんなにも言えないんだな。

 あいつらをやり過ごしてから、いわれた道を忍び足でここまで来たんだな』

 

 ふーん。

 つまりハンスは「要石」として動いてるんだ。あとで効いてくるように。

 何をさせる気なのかは、僕には読めないけど。

 

 

 

 平地の戦況は、全然思わしくなかった。

 マリオさんの指示は「損害が出ないようにしながら徐々に湊川へ後退」のはずなのに、

「マツナガ」は全軍突撃を命じたらしい。

 しかも、各戦車の強弱や速度も無視して教科書どおりの陣形を組ませ、押していくだけだ。

 自分だけは最後尾にいて、そこから自在天に砲撃を仕掛けている。3,000mぐらいで。

 しかし、当然のことながら、必ず当たるけど、必ず弾かれる。

 

 前進中の部隊は、単に「全速前進」としか言われていないから、もう陣形がバラけている。

 速度差がありすぎる。

 後ろにいる、これぞ「戦車って不格好」の見本のようなうすらデカい集団は、10km/h以下で

のそのそ動いている。

 いかにも急造品といわんばかりの固定戦闘室を車台にのせて、デカいカノン砲を積んだ

2両の突撃砲の後ろを、3つ砲塔を積んだへんてこな怪物が、あえぎあえぎ前進している。

 一方で中戦車のカテゴリーにはいる連中は、30km/hぐらいでバラバラに前進中。

 マリオさんが言っていた非戦闘車両は別命を受けているのか、ここにはいない。

 そして、この連中は移動中で動揺も激しいまま行進間射撃してる。

 ましてここは永遠の夜。絶対当たるわけがない。

 

「スパッド。やっぱり君たちだけで行動しろ!

 マツナガは無知もいいところだ。しばいてくる」

 

 怒ったドゥーチェは僕ら以外を全部率いて、マツナガのところに向かう。

 計画がおじゃんだ……。

 同時にアンとメアリーには、コンビでの自由行動を許した。

 

「うーん。マツナガ軍の先頭にいるのはあんこうみたいなのばかりだな」

 

 僕にはそう思える。

 というか、砲塔なんかいまのあんこう=Ⅳ号D型とそのまま同じなのが何両かいる。

 さらに、7mほどの車体にあんこう砲塔と機銃塔2つをつけた意味不明の重戦車もいる。

 ティーガーと思われる車体に、なぜかパンター砲塔みたいなのを乗せた雑種がいる。

 

「もしかしたらあの連中、失敗兵器の大集団?」

 

 本当にそうなら、あまりにも悲しい。

 

 

 

 一方で、自在天側は。

 自在天自身は停止したまま、「馬廻り衆」が両翼にひろがって布陣する。

 半包囲できるだけの戦力はないが、自在天の前方で十字砲火を浴びせるつもりだろう。

 自在天自身は「火器」の存在も特性も当然知っている。

 だから馬廻り衆を長射程重防御の幽霊で固めているように思われる。

 本当は得意の高機動戦術でほんろうしたいところだろうが、自分自身を含めてそれ向きの

戦車がまったくいない。

 

 日本における銃火器大量使用の最初の例は、織田・徳川連合軍と武田勝頼が戦った

「長篠の戦い」(そう、あの鳥居強右衛門が前哨戦で名を歴史に刻んだ戦い)とされているが

騎馬止めの柵の後ろから三段撃ち、というのはフィクションだ。

 実際は設楽が原におびき寄せられた勝頼軍一万五千を、三万の織田徳川連合軍が取り囲んで

十字砲火でフルボッコにしたといった方がいいだろう。野戦築城の方は事実。

 正直な話、当時の鎧具足も西洋のプレートアーマーでも、火縄銃の弾丸は貫通する。

 小銃クラスの銃弾を止められる鎧なんて、それこそ「カーボン」と同じ防弾チョッキだけ。

 

 見ただけでも、まずアイナやイナゴの砲塔違いがいる。巨大砲塔に長砲身カノン砲。

 そして、大口径対空機関砲を連装にした砲塔をもったスタンダードパンツァーがいる。

 さらに、スタンダードパンツアーの駆逐戦車型、突撃砲型がいる。主砲は105mm以上。

 くわえて、更にデカい戦車ども。

 比較するのもばかばかしいドブネズミがいるから実感がわかないけど、相当大きいはず。

 主砲違いが3種類、おそらく長砲身88mm高角砲の連装らしい対空戦車型、

もはや重砲レベルの長砲身主砲を持つ駆逐戦車型。考えるのもあほらしくなってきた。

幻想世界でなければ存在し得ない、狂気の産物ども。

 まさに「正気を疑う」とはこのことだ。あくまで現実の世界なら。

 

『馬鹿馬鹿しいだろ?』

 

 ゴキが鼻で笑っている。

 

『使える戦車を統一仕様でたくさん作るはずの計画で、あんなふざけたものを用意する。

 ……知ってるか? 国防軍兵器第6課って』

 

 もちろん僕は知らないけど、ゴキも僕が知っているとは思っていないみたい。

 だからゴキは、そのまま話し続ける。

 

『陸軍の戦車調達を担当する部署だった。仕様決定、メーカーの選定、案の採用、全てここに

 権限があったはずだった。

 しかし、我らが指導者殿にはお気に入りの技術者がいて、第6課の頭越しによく戦車の案を

 持ってきた。指導者殿も第6課を無視してごひいき大先生の戦車を採用しようとした。

 戦車メーカーと第6課は結託して、大先生が作る戦車と同じコンセプトで、なおかつ

 戦場での使用に耐えるものを作って対抗した。

 ついにブチ切れた大先生は、もはや戦車といえない怪物を持ちこんできた

 第6課がそれに対抗しようとして作成したのが、開発タイプ計画。

 本当の目的は、ふえすぎた戦車の統合整理ではなく、マオスというバケモノをつぶすこと。

 ……そしてめでたくケンカ両成敗になった。時間と金とマンパワーを盛大に浪費して。

 ただでさえどこでもそれらが足りなくて、どうしようもなかったというのにだ』

 

 有能な働き者が、よくおちいる罠だ。

 どこでも手を抜けず、優先順位もつけられず、全部おじゃんにする。

 ……じゃあ、そんなことを知ってるゴキって何者なの?

 

『もう、すぎてしまったことだ。

 お前たちはそういう賢い愚か者から学べばいい。

 お前たちの間では、弱いのがわかっているのにシャーマンばかり作ったアメ公って

 バカの見本らしいな。

 ちげーよ。後継車両の試作車が、結局代わり映えしなかったからなんだよ。

 だったら、動いているラインを止める意味なんざねえよ。

 結局な、日本と同じなんだ。海運能力が戦車の仕様を決めた。

 戦車にあわせて船をでかくするわけにはいかねえ。ガントリークレーンも同じだ。

 それに、ドイツ戦車の敵はシャーマンじゃない。制空権だ。突き詰めれば制海権だ。

 アメ公にとっては制海権の争奪と維持が最優先だった。戦車に余計なリソースは

 割いていられなかったのさ。兵隊にとってはたまったものじゃないが、仕方ねえ』

 

 木を見て森を見ず――。

 まさにそうなのだろうと思う。全体観がないからあんなドブネズミみたいなものを考える。

 ハードウェア信仰ここに極まれりだ。

 

『御前様、だったかな。

 敵を見たら、車輪の重なっているところを光で示してくれよ。

 一組も吹っ飛ばしたら、デカい奴はそれだけで傾く。

 あんたはたぶん俺の倍の重さだ、それでもそれだけデカい転輪がいる。

 でもな、うすらでかいのは、あんたの3倍の重さだ。平地を走るだけで精一杯だ。

 傾いたらしめたもんだ。片っ方の足回り全部がヘタって何もできなくなる。

 車体にたいして過剰な足回りの俺やアイナの逆だ』

「じゃあ、スタンダードパンツァーは、どうやってかく座させるの?」

 

 そう、転輪の一つや二つはどうと言うことはないように思える。

 

『暗視装置付きは、榴弾で暗視装置を吹き飛ばせ。

 視界がいきなり数十mまで落ちる。それから履帯を切ればいい。

 対空型は、砲塔を榴弾で連打すれば、せいぜい30mmの紙装甲だ。

 砲塔だけきれいさっぱり吹き飛んでくれる』

 

 だったら急がなきゃ。

 マツナガ軍の先鋒は、もうすぐ敵前2,500mまで到達する。

 引かせるのなら、ぎりぎりのタイミングだ。

 

 ん? ドゥーチェがマツナガの所に着いたみたいだ。

 飛び降りて何か口論してるな。

 

『ふむ、きゃつは位の高い人間だったらしいのう。

 小娘の言うことなど聞けるかとかぬかしておるのじゃろう。

 わらわもよくそのようにあしらわれたものじゃ。

 ……言って聞かぬのなら、力を見せてやるのが一番じゃろう』

 

 僕の前のCRTディスプレイが、マツナガをアップで映す。

 赤い光の点が、マツナガにともっている。

 距離、4,900m。

 

「御前! いくらなんでもミサイルを撃つなんて」

『脅すだけじゃ。見ておれ』

 

 レーザー照射はマツナガから離れて、ドゥーチェがいる側の反対側の地面を照らす。

 

「撃てば自在天たちにも気づかれます」

『それも込みじゃ。平地を走りまわる我らを射貫くことなどできまいて』

『御前さんよう、せめて俺たちには合わせてくれよ』

 

 そういえばさっきもゴキに怒られたんだっけ。

 それって僕の責任だ。どうしよう。

 

『おぬし……』

「御前様。どうしますか?」

『わらわの「れーざー」が示すとおりに走らせよ。

 あとの二人との間合いはわらわが見ておる。

 射るぞ、首を引っ込めておれ!』

 

 御前様がレフレークトらしいミサイルを空中に放り出す。

 ミサイルはしばらく慣性で飛んだあと、ブースターに点火。

 6秒ほどで5km弱をかっ飛んで、マツナガの真横に着弾。盛大に爆発する。

 

『敵勢が何事かと騒いでいるようじゃ。

 動くぞ! ついてまいれ』

 

 40m先に、さっそくレーザーの灯がともる。

 ええい! ままよ。

 

『マツナガとやらも言うことを聞くようになったようじゃのう。

 味方が引き返してゆく』

 

 すんでの所で先鋒が倒される事は回避できたようだ。

 倒されたあと蘇っても、そいつらが味方につくという保証はない。

 ここは、自在天の影響範囲の中だから。

 

 

 

 僕たちは敵前衛部隊の真横に停止した。

 御前様だけは午前10時の「超早弁」を向き。アイナは御前様の車体に隠れて砲塔だけを出す。

 御前様の全高は、アイナの車体高とほぼ同じだ。Ⅳ号よりも背が低い。

 ゴキは、例によって車体下部を隠せる地形にすばやく潜む。

 

『まず、きゃつらの「目」をつぶす。よいか?』

『はい』

『ああ、榴弾だな……、ん?』

 

 ゴキが急に黙り込む。

 また何かを傍受しているんだろうか。

 

『マツナガの部隊にウスノロでぶっサイクなのが3両いただろ?

 あいつらが止めるのも聞かず、トッカンさせろとうるさいらしい。

 なんでも、自分らは夜襲の訓練ばかりしてきたから闇にはなれている。

 ブリキとバカにされてきた先輩たちの汚名を晴らしたいんだとさ』

 

 また、旧日本陸軍みたいな事を言う。

 ブリキが悪いんじゃない。ブリキと理解して使い方を考えない硬直した頭が悪いのに。

 弱いことが悪いんじゃなく、グーにチョキを出し続けることが悪いんだ。

 

『やらせておけと伝えよ。

 敵が我らとそやつらの両方に対峙しなければならぬのなら重畳。

 さきに敵の目を潰しておけば、そやつらの「吶喊」も成果が出るやも知れぬ。

 では、我らは我らのいくさ働きを始めるかのう』

 

 ゴキの方はもうとっくにイロナ宛てに発信している。

 向こうの方でも、向かっていく3両を放置して迎撃陣形を組み始めた。

 

『海賊どもが「履帯切りを手伝ってやる」とか言ってきたぞ

 メアリーがあのトッカンバカどもの後ろに隠れて近寄って、アンが撃つってよ』

 

 たぶんメアリーが走りながら、曳光弾を乱射して指示するのだろう。

 でもそのためには、かなり接近する必要がある。

 軽量な対空機関砲塔なら、軽戦車のメアリーを捕捉できるだろう。

 

「御前様。暗視装置を潰したら、次は対空砲塔をおねがいします」

『ふむ、わかったぞえ』

 

 

 

 

 

 

『では、始めようかの』

『赤い光線は見えた。スパッド、距離を言え』

「2,195m!」

 

 御前様のレーザー照射にあわせて、ゴキとアイナの主砲が火を噴く。

 射撃間隔は10秒に1発とローテンポだが、御前様がレーザーを向け直す時間が必要だ。

 そして、デカウスノロ三人衆が、時速ユンボ並みで迫りつつある。

 たぶん駆逐戦車はもう少し速く動けるんだろうけど、非常識な大きさのデカ物に

ひきずられているんだろう。

 前方と側面に敵がいるせいで、自在天側はどうするかまよっている。

 そこへ、メートル単位まで刻んだ距離にあわせて照準した榴弾が飛んでくる。

 榴弾の二動信管は「瞬発」に合わせている。どこかに当たればすぐ爆発する。

 大戦末期の赤外線暗視装置は露出式。ただのサーチライトと望遠鏡だから、

榴弾食らえばステーやハッチも巻き込んで吹っ飛ぶ。

 そして、爆発光をみとめたウスノロ軍団も射撃を開始する。

 夜襲に自信ありと自分らで言うだけあって、あさっての方向には撃っていない。

 駆逐戦車組で言うなら、むしろ健闘してる。弾速も速いし。

 しかし彼らの徹甲弾は、大物どころかアイナ相当の標準型の正面も抜けない。

 というかむしろ、砕けている。まるではっきゅんの砲撃……。

 ――あっ、そうか!

 あいつら日本の幽霊戦車なんだ。

 たしかに、相手がシャーマンなら勝てるかも知れない。

 でも「開発タイプ計画」の戦車は、地味に規格外だ。

 大物の方は当てこすりで作ったデカけりゃいいんだろ的な代物だから微妙だけど。

 しかし、当時の冶金技術の低い日本の、単なる徹甲弾ではクルップ鋼レベルの装甲相手では

スペックどおりの貫徹力さえ発揮できない。海軍は陸軍嫌いだから、APCBCも教えなかった。

 その海軍もヴィッカース鋼、つまり戦艦金剛の装甲と同じものは最後までできなかったって

じっちゃんがいっていた。

 日本のデカ物の方は、非常に残念だ。

 前から見ればいわゆる「背負式」に小砲塔と大砲塔が段を付けて配置されている。

 大砲塔の備砲は、歩兵砲より大きいけど野砲では小さい部類のようだ。10.5cmかな?

 小砲塔は、たぶんチハの改良型。この戦場ではまったくの豆鉄砲。

 その戦車は直接射撃ではかなわないと考えたのか、曲射弾道で上面狙いだけど、お察しだ。

 夜間に観測員もなしで間接射撃が当たるかっちゅーの。

 まだ僕らに暗視装置を潰されていない連中が、3両に集中射撃を浴びせる。

 長砲身88mmやら128mmだのそれ以上だのを車体の上の戦闘室にあびせられかけた駆逐戦車は

貫徹するとかしないとかじゃなく、戦闘室を消滅させられ、車体だけがあとに残ってる。

 日本のデカ物は、向こうのデカ物駆逐戦車の煙突みたいな主砲、巡洋艦クラスのに砲塔を

殴られて、なんと砲塔が外れてころがっていった。

 しかし、自在天がわの攻撃もそこまでだった。彼らが稼いでくれた時間のおかげで

僕らが全部の暗視装置を潰すことができたから。

 それだけではなかった。

 連中の発砲炎を見たメアリーが、デカい日本戦車を盾にして敵の履帯に曳光弾を連射する。

 そこめがけて、アンが主砲の成形炸薬弾を撃つ。

 アンの攻撃を食らった戦車は、足回り前半分を履帯ごともぎ取られる。なんかすげー。

 装甲に直撃なら、バカデカい方でも死亡確認かもしれない。今回は殺しちゃダメだけど。

 こっちは続けて3両の対空戦車の砲塔に、数発ずつ榴弾をおみまいしてボロ切れに変える。

 日本戦車はといえば、デカノロ号のぞいて逃げに入っている。メアリーの安全も確保した。

 あとは、まだかく座していない連中の、片側の足回りをぶちこわすお仕事だ。

 こちらは少しずつ移動、相手の視程外から一方的に「皿割り」を始める。

 ドゥーチェたちの本隊は計画通り、湊川めざして引き返していく。

 みんなが安全距離まで待避するまでの時間も稼がなくてはならない。

 もっとも、敵もそれどころではない。

 自分たちの視力がおよばない距離、といってもせいぜい500mだけど

そこからいきなり高速弾で脚を撃ちぬかれるんだから。

 こっちも同じ所にとどまらず。それだけの距離を保ちながら、ヒットアンドアウエーを

ひたすら繰り返す。

 ゴキやアイナが何発撃ったかなんて、もう覚えていない。

 御前様が照準している戦車に対する、最適攻撃位置を考え、そこに向かうだけで精一杯。

 

 

 

 一番最後まで超信地で粘っていた煙突駆逐戦車が、信地旋回になる。

 超信地のやり過ぎで重い車体の負担がかかりすぎ、片側の履帯のピンが外れた。

 履帯ははずれ、むき出しになった転輪が地面に刺さる。

 接地圧が一気に上がった履帯とサスペンションはそれに耐えられず、駆逐戦車は停止した。

 御前様がレーザーを当てながら指図する。

 

『かまわぬ、車輪を全部吹き飛ばしてしまえ』

 

 それで終わりだった。

 きしむような音を立てながら、駆逐戦車は車体下部や装甲スカートまで地面にめり込ませた。

 巨大な主砲も、筒先を地面に突き刺している……。

 

 すべての「馬廻り衆」が傾き、あるいはつんのめった形で主砲を地面に向けて、かく座した。

 

 

 

『スパッド。俺は砲弾がカンバンだ。

 再生するにはここの時間で24時間必要だ』

『アイナも、もう弾がありませーん』

「御前様。ここにいるのは僕らと、あっちを西に向かっている軽戦車コンビだけです。

 もう逃げ……」

 

 と、僕がいいかけたとき、また特急列車の通過音のような音がひびき、近くに着弾する。

 大量の土砂をまき散らし、大地に大きな穴を穿って。

 

「しまった……」

 

 自在天の砲塔が俯角をとって、僕たちを指向している。

 奴の28cm主砲の、直接攻撃可能距離まで出てしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

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