陸上巡洋艦「ドブネズミ」
大戦中の巡洋戦艦の主砲を砲塔ごと乗せる怪物戦車。
垂直防御350mm、水平防御180mm、排水量ならぬ車重は1,000トン。
車体前部に前方車体機銃のように付いているのは、128mm副砲1門。
「甲板」には連装高角砲塔4つ、本当にモニター艦(戦艦主砲塔1つだけ載せた沿岸用小型艦)。
あれにとりついている命の呼び名は「自在天」。
「真名」は察しが付くけど、呼んだところで返事もしないだろう。
むしろこっちの意思が丸わかりになって危険だ。
『ふん、おのこなるものは皆あれだ』
いま、僕が操縦席に乗っている幽霊戦車、オブイェークト195は旧ソ連時代にT-90までの
T-72ベースの主力戦車を更新するために、車体も武装も新たに設計されたらしい未完の試作戦車。
だからこの「この世でありあの世でもある」場所で幽霊になっているし、「御前様」という
人の命もとりついてる。
しかし、幽霊戦車は一部でも中身ができていると、人間がオペレーターにならない限り
自分で動くこともできない。
自在天が狙っている、僕らが「イロナ」と呼ぶ未成戦車は、何者かの手によって再生途上で
ほとんど完成しかかっている。完成したらもちろん幽霊でなくなり、地上に行ってしまう。
今はイロナを動かすために、アンツィオのエース3人が乗り組んでる必要がある。
自在天はその戦車からイロナを追いだし、自分が代わりに地上に生まれ変わるつもりだ。
御前様の場合は操縦席まわりだけできていたせいで、エンジンが止まったままで
電力供給もできない状態だったから、すべての機能が停止したままだった。
そのエンジンはガスタービン。だから無免パイロットの僕しか動かせない。
「ええ、御前様。
力を得たら力尽くでなんでも片付けようとするでしょうね。
でも、こっちはせいぜい内火艇並みの大きさしかありません」
『つまり、鶏を割くに牛刀をということかの?』
すべて、御前様から見れば遠い未来の話なんだけど、この人は聡いのか、
一足飛びに結論を言ってくれる。説明の手間がはぶけるのがいい。
まことにそのとおりで、あれを作ろうとした人物は、あれを何に使うつもりだったのか
まったくわからない。
しかも「御前様」は、女性ながら一軍の将として戦場を経験しているように思える。
『それよりも、この者たちは矢羽根が尽きておろう』
「あっ、そうでした」
御前様の武装は、ドブネズミとの決戦のため温存していた。
夜でも昼のように見える御前様が照準レーザーで目標を指示し、赤外線暗視装置持ちの
駆逐戦車「ゴキ」と高速戦闘戦車「アイナ」が撃つというハンターキラー戦をやったんだ。
自在天のまわりにいた親衛隊である規格外戦車どもを半殺しにして、戦闘不可能に追い込む。
それは成功して、いまは自在天本体の他に敵はいない。
しかし、ゴキとアイナの砲弾がもうカンバンらしい。
ゴキに言わせると、撃ちつくすとここの時間で24時間、リロードに必要だそうだ。
「ゴキ、アイナ。
君たちは任務を果たした。速くドゥーチェたちと合流して」
『任務を果たした、か。
じゃあ行かせてもらう。がんばれよ』
『わかった。でもアイナは、おねえちゃんの所に戻る。
でも、その前に!』
アイナは砲塔を自在天に向けた。
アイナのスモークディスチャージャーから、化学煙幕が撃ち出される。
前方120度に展開した煙幕は、すぐに僕たちを覆い隠す。
『みんな、気をつけてね』
「アイナ、ここまでありがとうね」
『うん、た……イロナおねえさんのこと、おねがいね。
じゃあ、さよなら……』
「うん、さようなら」
あそこでおねえちゃんとアイナが助けに来てくれなかったら、終わっていたかもしれない。
本当にありがとう……。
一方でゴキは、アイナが去っていくのを見とどけてから、口を開いた。
『じゃあな、あんたたち。
俺は先に行って待っているぜ。……待っているからな』
待っているからな。に念を押し、ゴキは超信地で後ろを向くと、全速力で湊川に向かう。
化学煙幕は赤外線を通してしまう。なら二人とも視界は大丈夫だろう。
むろん御前様にも通用しない。だが、自在天は別だ。
『ふむ、あやつは戸惑っておるな。いきなり煙が湧いたのだから。
では、これから西に向かい、きゃつから一里の所まで下がる』
つまり、ここからさらに西に2km下がるということだ。
ミサイルを使うつもりなのかしら?
「御前様。何をなさるのですか?」
『頃合いも良い。御味方が来たようじゃ。
ほれ、左の山の上じゃ』
自在天がいるあたりから、速射砲の連打の音がする。
左の山の上には5両の戦車が斜面に陣取って、自在天の「甲板」狙って砲撃を加えている。
――ちがう命が入った「イナゴ」たちだ。
マリオさんが連れてきたんだ。
「スパッド。聞こえるかい?」
そのマリオさんから念話が届く。
「はい、聞こえています。ご苦労様でした」
「いや、このくらいしかできなくて申し訳ないよ。
……スパッド、君たちにどうすればいいか伝えるつもりだったが、もう『御前様』は
私が何をしたいかわかってらっしゃるようだ」
『ふむ、生きているとき以上に考えが回るような気がするのう。
物覚えもよくなったようじゃ』
ああ、たぶん御前様は火器管制装置や各種制御装置のプロセッサやストレージを
自分の能力として使いこなしてるんだ。
だから今の機械のことをいちいち説明しなくてもいいんだ。
「……私としては、簡単に見やぶられては困るんだけどね。
まあ、だから君は御前様がしたいようにさせてあげてくれないか。
私は、君たちの所に寄らずまっすぐ川まで飛んで、最後の仕上げをするよ」
返事を待たず、マリオさんの念話は切れた。
そのまま西へ進む僕たちは、女海賊2人組が引き返してくるのに出会った。
どうしたんだろう?
「そっちではいま新手の味方が自在天と交戦しています。
先に湊川に行ってください」
『いや、その前に手持ちの弾を全部あいつにぶつけてやろうと思ってな』
『ああ、私は40発。メアリーは300発も持っている』
『なるほど、きゃつの弱点にたたき込んでこいといわれたのじゃな』
どうやらマリオさんの指示だったみたいだ。
しかし、弱点?
メアリーが僕の方を向く。砲塔が顔だというのなら、そういうつもりなんだろう。
『ほら、あいつの前部装甲にはデカい穴が開いてるじゃないか。
普通の戦車でも車体前部機銃は弱点だ。
あいつの場合、それに当たる場所に副砲がある』
「といっても12cm以上の大型砲みたいですよ。
防御も、重戦車並みだと思いますが」
今度はアンが、僕の方を向いた。
向くというより、ちょっと超信地旋回したんだけど。
『それなら、私の主砲なら1,000mまで近寄れれば、3発も撃てば何とかなるだろう。
そこから「中身」が見えたらしめたものだ。
倒せはしないだろうけど、深傷を負わせることぐらいはできる』
たしかにアンの成形炸薬弾は、カール君やRPG-7などでは比較にならないくらいの強さだ。
空飛ぶマーチやマルヒト型MATに匹敵しそうだ。
それに装甲が吹き飛んでくれれば、メアリーの大口径機関砲も効くだろう。
『そうか、それならばわらわもやりやすくなる。
スパッド、下がるのは半里ではなく、五町歩にする。
おぬしらのいいかたでは「おおよそ五百めーとる」だ』
「それなら、ここから引き返すようですよ」
『まあ、それでもぎりぎりでやれるじゃろうの。
それに、使える飛び道具も増える』
御前様の指示する交戦距離は、およそ2,500mだ。
この戦車にとっては、通常の戦闘距離になるんだろう。
大洗戦車隊は、一方的にやられちゃうな。
僕と御前様は、自在天の前方2,500mまで戻ってきた。
イナゴたちと自在天の対空砲座との勝負はすでにケリが付いていた。
連中は自在天の「甲板装甲」は普通に抜けるらしい。
また、ある程度距離があれば、5インチ砲程度の砲火には耐えられるようだ。
対空砲座は原形をとどめていない。5両の戦車が一方的に射撃を加えている。
しかし、自在天から見れば、せいぜい蜂に刺されているようなものだろう。
そして僕らの前、700mぐらいのところを疾走するアンとメアリー。
『気をつけよ。きゃつの小弓がそなたらを狙ろうておるぞ!』
御前様が叫ぶ。周波数のバンドがAMか短波の女海賊たちには、御前様は通信できない。
しかし、彼女らには聞こえたようだ。すぐに60km/hぐらいでスラロームを始める。
『気を引いてやろうかのう。
スパッド、「ぎあ」を「にゅーとらる」に入れて「ふるすろっとる」じゃ』
御前様は、なかなかわかってきていらっしゃる。
じゃあ、一気に40,000回転までぶん回しましょうか。そーれっと。
……うわー、珍走が1,000台集合してもこーはならねー!
ロシアの戦車って、サイレンサー付いてるんですか?
『うるさい!』
『調子こくな、ボケ!』
とでもいいたいのだろうと思う。
女海賊たちが機関砲弾を1発ずつ撃ってきた。
しかし、自在天も気がついた。
「前部車体砲」がこっちを指向する。
『放っておけ。
射たところで当たらぬわ』
御前様のおっしゃるとおりだった。
自在天の砲撃は、右に左にバラバラに飛んでくるだけ。
『十町歩から中に入らなければ、この目立たぬ身体に当てられまいて』
完璧に見切ってらっしゃいます。本当に何者なんだろうか。
昔の戦車乗りだったのだろうか?
いや、しゃべりが古すぎる。
そうこうしているうちに、女海賊たちは射程距離に潜り込んだようだ。
遠くからまず「ドドド……」というような重低音が連続して聞こえ、自在天の前面で
次々と小さな爆発が起こる。
次にそのとなりから、口径に比べて軽めの発砲音が聞こえた。
1秒するかしないかのうちに、自在天の前面装甲で今度は大きな爆発が起きる。
しかし、自在天の車体副砲はいまだ健在。爆炎の中から長い砲身がアンたちを狙って動く。
同時に主砲塔は、僕たちを射界に納めている。
『よかろう、勝負じゃ。
スパッド、まずわらわが「よし」と申すまで亥の刻に向かえ。
しかるのち、寅の刻に進め』
御前様は、僕たちが進路を時計の時刻で指し示しているのを理解したらしい。
昔の刻限は十二支と同じ配列で、24時間法。子の刻が午前0時、丑の刻が0200時。
亥の刻は24時間法の22時だから12時間時計では11時。寅の刻は午前4時なので2時になる。
きっと江戸時代に戦車があったら「昼飯の角度」じゃなく「真夜中の角度」なんだろうな。
あれ、なんか自在天の主砲の左の1門の真正面に出てしまったよ。
『よし、止まれ』
止まったとたん、御前様は主砲をぶっ放した。
弾速はそれほどでもない。じゃあ多用途榴弾なの?
御前様は4秒間隔でさらに2発射撃した。
2発は砲塔に当たって盛大に爆発したけど、1発は主砲の軸線に乗って、
そのまま砲腔の中に吸い込まれる。しかし、目立った変化はない。
『今度は寅の刻に進め』
たぶん御前様は、自在天の主砲の砲腔軸線目指して走ってるような気がする。
でも、この距離でぶっ放されたら、たぶん500kgの鋼鉄のカタマリにつぶされる。
『よいぞ、止まれ』
やっぱりそうだ。
ここからは主砲の砲口が真円に見える。
しかも御前様は、砲口の奥めがけて照準用レーザーを照射している。
照射するだけで、あとはなにもしようとしない。
今にも撃たれるかもしれないのに。
『ふふふ、さあ来るがよい』
自在天がかすかに砲身を動かしたような気がする。
その時、レーザーが測定中の距離が微妙に変わる。
なんか、僕には御前様が「ニヤリ」と笑ったような気がした。
ひきしぼられた弓の弦が離れたような感覚。
突然、目のまえに炎と閃光。
『これならどうじゃ』
レフレークスだ。
ミサイルが炎の尾を引きながら、まっすぐ右の砲口に吸い込まれていく。
レーザーの距離計が、急に変化する。
自在天が主砲を撃ったんだ。
しかし、次の瞬間……信じられないことが起こった。
僕は思わず首を引っ込めた。
2門の28cm砲の、根元が光る。
一瞬ふくれたように見えたそれは、即座に破裂する。
主砲が2門とも腔発を起こし、砲身が根元から折れた。
何とも表現しようがない大きな音を立て、砲身が地面に転がる。
「これは……」
『ただなんとなく、こうすればよいような気がしただけじゃ』
いや、僕には何が起きたのかはわかってる。
最初の多用途榴弾は砲腔の中で爆発し、火薬の燃えかすと弾殻の破片をばらまいた。
こうなったら、撃つ前に砲身内部を掃除しなきゃいけない。必ず弾が詰まる。
実はライフル砲の寿命は、ライフルの出っぱりがすり減る以前に来る。
突然砲身に砲弾が詰まり、砲そのものが爆発する。いわゆる腔発だ。
最初それは、発射薬の燃えかすが原因と思われた。
確かに砲身の掃除をまめにすれば、ある程度腔発は防げる。
しかし、砲撃回数がある数に達すると、必ずライフル砲は砲弾がジャムして腔発する。
経験則から得られたその数を「砲身命数」と呼んだ。命数が来る前に交換する必要がある。
現在では、その原因は判明している。
どんなにていねいに掃除しても、ライフルには発射薬が燃焼したときにできる炭素の化合物が
薄いコーティングのように貼りついていくのだ。
そして積もり積もったそれが、ある日突然発射された砲弾を止めてしまう。
腔発はそのようにして起こる。これは現在でも防ぎようがない。
だから砲身を早めに交換することで対処するしかない。
昔と今の滑腔砲では起きなかった現象だ。「溝」があるライフルだから起きる。
左の主砲についていえば、御前様が砲腔内で榴弾を破裂させた時点でもう終わっていた。
右の主砲については、もっとアグレッシブなやり方をした。
自在天が砲撃準備を終えたと見た御前様は、砲身内で鉢合わせするタイミングを狙って
レーザー誘導ミサイルを撃ったんだ。貫徹力700mm以上といわれているやつを。
レフレークスはみごと砲弾を引き裂き、止めてしまった。
20世紀末期の戦車であることがそれを可能にしているが、御前様は直感でそれを
思いついたんだ。もうほとんど曲芸だけど、彼女はやはり大した「弓取り」だ。
さらにもう一つの武装である車体前面砲は、アンの成形炸薬弾を立て続けに食らっている。
メアリーとアンは、車体砲が自分たちを狙う前に迅速に移動し、死角に入る。
そして2両とも超信地旋回で、車体砲に向き直る。
最初の1発も無駄になっていない。ケースメイトから煙が上がっている。
その煙めがけて照明役のメアリーの機関砲が連打され、アンが、やはり軽い発射音で
2発の主砲弾をお見舞いする。砲身は普通の長さで発射音が軽いのに弾速は速い。
彼女の武器は、いったいなんなんだろう?
砲撃はケースメイトの付け根部分に当たる。
1発目が大きめの榴弾のような爆発を起こし、ケースメイトがぐらついた。
さらに2発目が、今度は車体砲をケースメイトごと横殴りにもぎ取った。
車体砲ケースメイトが、大きな音を立てて転がっていく。。
やはり、成形炸薬弾は複合装甲がない環境では強力だ。
威力が距離に無関係。砲弾初速も低くてもいい(命中率には関係あるが)。
当たってきちんと作動しさえすれば、傾斜装甲でも当たったところが曲面でも関係ない。
歩兵が持って運べる大きさ重さでも、対戦車兵器になり得る。
空飛ぶ○産マーチ(パンツァーファウスト3、あだ名は1発のお値段から)は携帯兵器とは
とてもいえないけど、先祖のパンツァーファウストだったら子どもでも老人でも撃てた。
上方からの5両の攻撃は、駆逐艦砲塔並みの防御しかない対空砲座をすでに沈黙させている。
もはや自在天=ドブネズミの火力は皆無になっている。
アンとメアリーは、ケースメイトが脱落して「中身」がむき出しになっている穴に
さらなる砲撃を加えている。
山上の5両は、今度は180mmの砲塔上面装甲に、ありとあらゆる砲弾を浴びせている。
御前様は、もはや根元だけになった主砲にレーザーを照射している。
レフレークスを撃つのか。
砲塔の上面装甲の破片が、バラバラとまき散らされている。
上から見たら、ひどいことになっているにちがいない。
『ふふふ、見ておれ。
わらわの得意技を披露してしんぜようぞ!』
御前様はふたたびレフレークスを撃った。いや、1発じゃない。2発続けてだ。
ミサイルは両方ともレーザー照射をロックオンしてる。
1発目が砲塔に飛びこみ、爆発。ただちに2発目も飛びこむ。
1発目が開けた大穴に。
一瞬、砲口と砲塔のあちらこちらから光の筋が伸びたような気がした。
そのあとまるで水風船が破裂するかのように、中からの炎とともに砲塔が木っ端微塵になる。
「終わった、……のか?」
さすがのドブネズミも砲塔吹き飛ばされて平気なわけが……。
……いや、終わっていなかった。
何かがうなっているような音が、車台だけになった自在天から聞こえ、すぐに咆吼になる。
『猪口才な奴らよ。その程度でいい気になるな。
お主らなど、踏みつぶしてくれよう』
自在天本人の声だ。まるで地響きみたいに重低音で響いてくる。
わーい、絶対聞けないはずのものを聞いちゃった。じゃなくて、こわいっ!
『やれやれじゃのう、いといみじきをこ(ものすごい超弩級の大馬鹿野郎)が。
我らをかようなムカデ脚で踏みつぶせるとでも思うたか!』
御前様が怒鳴り返す。
いや、そこは「うつけ」でいいんじゃ?
『ふむ、青史に名を残す醜女(※)がよくいう』
『そちこそ冠者(悪ガキ)の分際で。どうせ奥方の尻にでも敷かれておったのじゃろ?』
(※ 一時期そう言われていた。名前の書き間違いが原因らしい)
僕の脳裏に鎧具足の男女が悪魔のように笑いながら、挑発し合っている場面が見える。
でも、ブ○と言われても平然とやり返す御前様が、まだ見たことのない西住しほ師範とか、
あのおっかない島田隊長とかとだぶってくる。いやだー!
というか、自在天には御前様の正体がわかるのだろうか?
古典の教科書に出てくるあの人とか、瀬戸内海の海賊のあの人とかはフィクションだし。
逆に御前様はいいとこ突いてる。確かに正室さんは怒らせたら何するかわからない。
それよりも僕、そろそろ自在天が恐いんですけど……。
『さて、「おいたのすぎるどきゅんのやんきい」を湊川まで引きずって参ろうか』
「……は、はひ。
それではさらばでござる~~~~~!!」
ドキュンとかヤンキーとか、どこでそんな言葉おぼえたんですかぁ!?
そう思いながら僕は超信地じゃなく、普通のUターンで西に向かう。
『あ、「あくせるぜんかい」でなくともよいぞ。
あの「いいとししたおこちゃま」が付いて来られないと、すべて「おじゃん」じゃ』
あはは、そうですよねー。でも恐いから、全速で逃げたい。
アンとメアリーは、御前様と自在天がいがみ合ってるスキに、もう逃げちゃったし。
しかたないからリアビューをディスプレイで見る。
自在天の巨大な履帯が、地面をすごい勢いでかみ砕きながら追ってくる。
もう多少のでこぼこなんか、粉砕して真っ平らにしてる。
あ、日本製デカブツ戦車が履帯にはねられた。ごろごろ転がって海にぽちゃん。
いーやーだぁー!!
『ふむ、「ごーる」はもう近いぞ』
かなたに見える湊川。治水工事する以前の、正成らが戦った当時のままの。
だけど、確かに水かさはたいしたことはない。あんなものなのだろうか?
コンカラーベースらしい架橋戦車3種類が戦車橋をかけていて、幽霊たちが対岸に渡ってる。
ドーザーブレードの付いた施設作業車(工兵戦車)が、何か工事していたみたいで、
そのまま対岸の川岸を登っている。
架橋戦車が耐えられる重量は80トンぐらい。普通の戦車なら渡れる。
普通じゃなさ過ぎるのが、後ろから迫ってくるけど。
『早く渡れとせかされておる。もう構わん。「ぜんそくぜんしん」じゃ!』
まってましたぁ~! アクセルベタ踏みっ! 一気に時速70キロ越え!
自在天との差がどんどん開いていく。
でも、考えてみれば自在天の本当の目的ってイロナを倒して、器だけになった「偏差値44」に
自分が入りこんで「現世」に行くことなんだよね。
だったら対岸にいるイロナめがけてしゃにむに突き進んでくるのは確実だ。
なぜ、湊川に連れてくる必要があるんだろう?
湊川に近づくにつれて、発破でも仕掛けたのか、硝煙のにおいがしてきた。
3両いた架橋戦車のうち2両は橋をたたんで車体に背負って後退している。
「スパッド! 君らで最後だ。急げ!」
対岸でドゥーチェが叫んでいる。
「いそぎなさい」
すぐ近くでマリオさんの声がしてる。
と思って見回すと、マリオさんは御前様の主砲防循の上に座っていた。
上からのぞき込むようにして、僕を見ている。
「仕上げは完了だ。普請のできる車がいて助かった。
それに、あんな風に川に橋を架けるなんてね。
君たちの「電撃戦」は、文字通りの速戦なんだなあ」
橋と車両は切り離しができる。
回収するときは、またドッキングしてたたんで背中に背負う。
陸自最新型の91式戦車橋では、展開、撤収とも5分は必要だ。
それよりも古いコンカラー架橋戦車じゃ、僕たちがわたってから撤収を始めたら
ここにもう自在天が来てしまう。
「あの橋の持ち主の車が、橋を放棄すると言ってくれた。
自在天は、この川で止めるよ。
そうしたら、私は今度はハンスの所に行く」
『なるほど、やはりその策であったか……』
二人で納得しないで、僕にも説明してほしい。
でも、そんな時間はもうなさそうだ。
もう御前様は橋のたもとまで来ている。
そして、湊川まで来て、僕にもようやく飲み込めた。
「御前様、このまま一気に渡りきりましょう!
もたもたしてたら、仕掛けがふいになります」
『わかった。馬の早駆けと同じじゃな。
ならばお主、向こう岸のれーざーだけ見ておれ』
橋の延長、対岸の一角にレーザーの光点がともる。
なるほど、バイクの「一本橋」と同じか。
落輪しないためには、進路前方をじっと見ていないと行けない。
検定とちがって15秒も乗っている必要はないんだから、かえって楽だ。
僕らは全速力のまま、戦車橋に乗った。
全速で走ってもバランスをまったく気にしなくていいのがありがたい。
そして、ものの2秒で対岸まで渡りきる。
そのまま対岸を50m走ったころ、対岸の迎撃態勢が見えてきた。
川岸から500m離れたところで、マツナガ他が野戦築城された塹壕に入って射撃体勢にある。
アンとメアリーが上流側200mぐらいにある高地に陣取ってる。
ドゥーチェとイロナもそっちに登りつつある。
しかし、マリオさんはたぶん相当昔の人なのに、戦車での迎撃態勢を構築できるなんて。
「すごいです……」
「いや、戦いの基本というものは何千年も前に確立しているものだよ。
私もね、兵学書に真っ黒になるほど書き込みをして勉強したんだ。
うん、努力だけなら、人の何倍もやったなあ……」
いや、たぶんいくさ上手の人って、マリオさんや御前様のようにすばやくものの本質を
見極められるんだろう。努力だけって事はないと思う。
この人たちって、生前はどんな地位で、いつの時代の人たちなんだろうか。
「君たちはアンとメアリーの方についてくれないか。
君たちが、自在天を止める鍵になる」
「はい、わかりました。
御前様、あそこの高台に登ります」
『急げ! きゃつがもうそこまで来ておる』
暗闇の中から、自在天の車台だけになった姿がうっすらと見えてきた。
マツナガたちの陣で、工兵戦車たちが発破を撃つため備砲に仰角をかけている。
川の「仕掛け」を作動させるために。
同時に戦車組は、直接射撃で僕らが渡ってきたばかりの、湊川の東岸を狙っている。
僕は御前様に高地に登り切らせ、そこで超信地旋回する。
そしてついに、自在天が渡河を始めるまで、秒読みに入った。