とうとう最終局面だ。
これまでの戦いでラスボス「自在天」こと「陸上巡洋艦」ドブネスミの巨大な砲塔と
各部に配置されていた副武装をすべて潰すことができた。
それでもまだ1,000トン近くある巨大な車体は、多少のキズはあるもののいまだ健在。
そいつを神戸の古戦場、湊川の下流域まで引っ張って倒す。
すでに味方となった幽霊戦車隊はすべて湊川の西側に移動。
工兵戦車の幽霊たちが築いた戦車壕に入って、射撃準備を整えている。
湊川には架橋戦車が最後に残った僕たちを渡すため架けた戦車橋がひとつ残ってるけど、
ドブネズミの巨体では、そんなものは使えない。
当然あいつは35mの巨体で、湊川を塹壕のように越えるだろう。
僕たちのそばには、この場所で唯一の人間の形の幽霊である「マリオ」さんがいる。
彼は奈落の底から逃げ出した自在天を現世に行かせず、ふたたび地の底に連れ戻すため
ここに来た、昔の人物の幽霊。
現用戦車よりさらに大きい重戦車「マツナガ」の中の人を「親友」と呼んでいる。
「マツナガ」はマリオさんを、生前は信じた人に裏切られてばかりいた人物だという。
マツナガ自身もマリオさんを裏切り、殺そうとしたという。
しかし、マリオさんは「すんでしまったこと」だといって、すべて許している。
マリオさんは自他共に認める「底抜けのお人好し」なんだそうだ。
でも、マリオさんは僕たちにどう戦えばいいか教えてくれる。
ここの迎撃態勢も、工兵戦車や架橋戦車を指揮して、あっというまに整えたらしい。
それだけではなく、30.5cm巨大自走砲の「ハンス」をどこかに配置したりして、
たぶん自在天に策を仕掛けるみたいだ。
この湊川でもドーザーやショベルを持つ工兵戦車たちが、ついさっきまで
何かの工事をしていた。
「普請(工事)」のできる車がいて助かった。ともいっていた。
つまり、この湊川自体に何かが仕掛けられている。
そして今、とうとう自在天のとりついたドブネズミが対岸に姿を現した。
湊川を越えるために全速を出しているのか、すごい砂煙を上げている。
湊川東岸まで、あと100m。
『放てぇ!』
105mm長砲身を持つ重戦車であるマツナガの号令で、数十両いる幽霊戦車隊が
車体だけになった自在天に、一斉に砲火を浴びせる。
ドブネズミの車体装甲は全周350mm、一般的な戦艦並み。
しかも前面は傾斜装甲。ここの幽霊たちでは太刀打ちできない。
しかしそんなことは承知の上だ。
スコールのような砲撃を浴びせ、速度を落とす、勢いを殺すことだけが目的だ。
標的が馬鹿でかいんだから、誰も外しようがない。
さしもの自在天の突進も勢いがそがれ、スピードも少しずつ落ちていく。
僕たち、つまり戦後幽霊最強の「御前様」と規格外軽戦車の「アン」に「メアリー」、
ドゥーチェたちが乗りこんでいる、地上のどこかで完成寸前の未成戦車「イロナ」は、
彼らから北東の山岳地帯に陣取っている。
ここからは自在天の真横側面が見える。
『よう、生きていたか』
下から、ベテラン駆逐戦車の「ゴキ」が登ってきた。
彼は、自在天と親衛隊との戦いで手持ちの弾をすべて撃ち尽くしている。
『向こうですることがないからな。それと俺なら無電で全部の幽霊と通信できる。
とくにハンスの周波数を知ってるのは俺だけだ。
なら、そっちのおっさんと合流した方がいいと思ってな』
この老練でしぶとい戦いをするつわものも、マリオさんのことを総司令官と思っているんだ。
本当ならマリオさんは相当な人物のはずなんだけど、僕にはいつ見ても
貧相なショボいおじさんにしか見えない。
明らかにドゥーチェやカルパッチョさん、ペパロニさんたちにはそうは見えていない。
どうも、僕には人を見る目が欠けているみたいだ。
いや、むしろだから「底抜けのお人好し」といわれても納得はできた。
ドゥーチェたちは、その点はやっぱり得心がいかなかったらしい。
でもドゥーチェは「裏切られてばかりいたのに人生を全うしたのなら、むしろ偉大」とも
いった。やっぱりそれなりの人物に見えているみたいだ。
「そろそろ自在天が川を越えるみたいだね。始まるよ」
そのマリオさんは、御前様の主砲防循から離れて「指定席」のイロナのエンジンルームの
天板に座っている。
もう「念話」でいちいち指図はしない。現場とは全部打ち合わせが済んでるんだろう。
対岸側では、工兵戦車たちがごく短い砲身の榴弾砲に仰角をかけている。
作業用の発破代わりに現場で使うものだ。
そしてそれを、示し合わせたように撃ちはじめた。砲弾が山なりの弾道を描く。
湊川は越えない。もっと手前、西の川岸に落ちる。
着弾した榴弾はいったん地面に潜った。信管が「短延期」らしい。その直後爆発。
――そのとたん、川岸一帯が長さ50mにわたって吹き飛んだ! そうとしか見えなかった。
あのあたりに工事用爆薬が埋めてあったにちがいない。
土砂の吹き飛んだあとの川岸は5mぐらい後退し、なだらかな岸の代わりに
高さ数メートルの垂直な壁になっていた。
たぶんユンボ役が削ったあと、ブル役が上から急いで土砂を盛ってきて仮埋めしたんだ。
爆薬を仕掛けておいてから。
一気に川幅が、自在天の全長の三分の二ぐらいまで拡張した。
それと同時に、マツナガ隊も砲撃を打ち切った。
架かっていた戦車橋は、川に落ちてしまった。
持ち主の架橋戦車はこのことを知っていたんだろう。回収の時間的余裕がないのもあるけど。
ここの幽霊たちにとって車体の一部欠損は「負傷」だから、いずれ治る。
消耗品的なものはもっとはやく回復するみたいだ。
アンに吹き飛ばされたイロナの車体側シュルツェンが、もうもとの無彩色に戻ってる。
つまり「再生」したということだ。
マツナガたちの榴弾攻撃で速度を殺された自在天は、あらためて前進強速で渡河を試みる。
もし対岸に「普請」がされてなかったら、普通の戦車が塹壕を越えるようにして
渡ることができたろう。
しかし、このときのこの場所はマリオさんの計略で即席の「対戦車濠」と化していた。
川幅が広がったせいで、自在天の履帯の前端が対岸に届く前に車体がかたむく。
そして垂直のがけになった対岸に車体をぶつけて、一旦停止した。
『今じゃ。
そなたら、我に続いてきゃつの脚を射よ!』
鋼鉄の「怪物ムカデ」を倒さんと「中世の弓の達人」が「全てを貫く矢」をつがえる。
科学が作り上げた機械同士の戦いなのに、僕にはそんなおとぎ話のように思える。
ディスプレイのなかで、自在天の右一番前の転輪が大写しになり、赤い光の視線が刺さる。
音圧と爆風で周囲のものをなぎ倒す135mm滑腔砲が吠え、御前様のかつての武器と
まったく同じ形をした超硬重金属でできた「矢」を、音の5倍の速度で撃ち出す。
その「矢」は、ねらった転輪の車軸を、見事に射貫いた。
「矢」は車軸にギガパスカル単位の、大気圧の1,000倍以上の圧力をぶつけ、鋼鉄がまるで
水であるかのように突き抜けていく。
それは「矢」自身も液状化して消滅するか、再び外に出るかまで続くのだ。
自在天の一番前の転輪で大音響と激しい閃光が発生した。
アンがその一瞬で、車体の左右にあるステレオ測距儀で距離を割り出し、主砲を動かす。
5秒後に、再び起こる轟音と閃光。メアリーの5.5cmとアンの副砲30mm機関砲がうなる。
それらは低伸弾道のまま、目標に命中した。
照準よしと見たアンが主砲を放つ。口径の割に軽い音。
グレネードランチャーの発砲音を大きくしたみたい。でも弾は速い。長砲身砲みたい。
撃ったと見るや、向こうで大爆発を起こす。
御前様はそのままとなりの転輪に照準を移す。そしてふたたび矢を放つ。
アンの成形炸薬弾は、メタルジェットで転輪を貫き、強度の落ちた転輪を爆風で叩く。
3発目の命中弾で、ついに車軸がへし折れ、転輪は地面に落とした皿のように割れる。
この間、1分とかかっていない。
転輪が失われるにつれて、自在天は徐々につんのめった姿勢のまま右にかしいでいく。
わずかの時間で、とうとう右の車体の先端が川底にめりこんだ。
自在天はリカバリーしようと履帯を回そうとする。
しかしトラクションのかからない左の履帯は川底を浚渫するだけ。
たわんだ右の履帯は、転輪やドライブスプロケットから脱落してしまう。
転輪が5つ失われて、ようやく自在天は湊川の川底にかく座した……。
だけど、僕たちの仕事はまだ終わっていない。これからが作戦のキモだ。
マリオさんに導かれて、僕たちはさらに高いところに登る。
僕たちがたどり着いたのは、本来なら重力ダムでできている水道用貯水池の烏原貯水池。
ここにはいま、本来の分厚いコンクリートの重いかたまりの堤体ではなく、もっと薄い
曲面のきつい、黒四ダムをずっと小さくしたような無彩色のアーチダムの「幽霊」がある。
ダムの堤体は、現世の本物のように東を向いており、川はやっぱりダムから100m進んだ所で
南に90度方向に向きを変える。ダムの形以外はまったく同じだ。
マリオさんは、東に5,000mほど行ったところを指さした。
「あそこにハンスがいるのが見えるかい?」
御前様が砲塔を向け、各種センサーでサーチしている。
僕の目の前のサブディスプレイも、同じ画像を映している。
『ふむ、正しくこちらを向いておるな』
御前様がハンスを見つけ、スターライトカメラで光量を増幅した画面にズームをかける。
彼は安定した地盤を見つけて、正確に車体が正立するよう位置決めをしているらしい。
やはり彼は戦車というより砲兵だ。
そして、彼が何をしようとしているのかは一目瞭然だ。
――このダムを決壊させ、百万トン以上の土石流を自在天にぶつけて海に流す。
いくらドブネズミが装備重量1,000トンといっても、さすがにひとたまりもない。
ハンスの主砲は本来こういうコンクリートの構造物、例えば巨大要塞を破壊するためのもの。
うってつけの役割だ。
ただ、山や川の地形上、直接照準射撃はできない。
視界を遮られているし、彼にも暗視装置がない。
直接射撃するならダムの目と鼻の先で撃つしかない。当然濁流にのまれてしまう。
だからマリオさんは、僕たちを「観測班」としてここに連れてきたんだ。
今いる場所なら、ダムとハンスを両方とも直接観測できる。
『ハンスが誤差を計ってくれと言ってきた。
御前様よう、頼むわ』
『……』
僕の前のディスプレイは、ダムとハンスの両方を映しながら、一連の演算の結果を表示する。
もう結論は出ている。しかし、御前様は黙っている。
「御前様、どうかしましたか?」
『これをどう説けばよいのか、わからぬのじゃ』
目の前のメインディスプレイの表示が前方の風景から、3D画像に変わる。
そこにはダムの中央下部とハンスと御前様を結ぶ架空の三角形が、3DCGの地形図とともに
表示されていた。御前様は三角関数やピタゴラスの定理なんか知らなくともプロセッサに
実行させているんだけど、ご自身が理解しているわけじゃないから説明できないんだ。
「うーん。わかりました。
ゴキ、ハンスに通信お願い」
『ハンスは今何度ずれている?』
さすがはベテラン幽霊。要点の絞り込みがいい。
「右に1度35分12秒旋回して」
『目標までの水平距離は』
「6,153m」
『ハンスの標高と目標の差は?』
「下、26m73cm」
『……』
ゴキが黙っている。諸元計算してハンスに通信しているのかもしれない。
そのハンスが動いたようだ。しかし旋回角が足りない。1度未満だ。
「もっと右に回らないと」
『いいんだ。コリオリ力を織り込んだんだ』
あ、そうか。
地球自転に伴う角速度を忘れてた。振り子を振っているとだんだん向きが変わるアレ。
ゴキは弾道方程式を暗算で解けるのかもしれない。
生前は戦中期の戦車関係者だったみたいに思えるし。
ハンスが内蔵式のスキッドを車体底面から下ろして、自分自身を地盤に固定する。
直径40cmぐらいの巨大切り株砲が、彼の目の前に立っている山を飛び越えて、
向こう側にあるダムに砲弾を命中させる角度をさぐってる。
相手はダムだが、コンクリート要塞と戦うために作られたっぽいハンスには天職だ。
『ふふ、お前「ゴキの中の人」って何者だとか、ずっと考えてるだろ?』
「……」
そうだね。
初めて出くわしたときから疑問は持っていた。
興味が出てきたのは「開発タイプ計画」のことを聞かされたときからだった。
「御前様だけじゃなく、貴方も日本の人だったってオチはないよね」
『有名人か? という問いなら否だ』
「……」
こういうところが、やっぱりゴキだ。
しかも僕も知らない「御前様」のことも知っている。
でなきゃ「自分は歴史に残っていない人間だった」とか言わないだろう。
『総力戦研究所って、知ってるか?』
そうきたか。だから煮ても焼いても食えないんだ。
戦争の直前に、吉田とか岸とかあぶない連中がいっぱいいた「企画院」という商工省主導の
戦略機関があった。そこが来るべき日米戦の推移を研究させるために作った機関。
「ご存じかどうか知りませんが、おおよそ貴方たちが推測されたとおりの結果になりました」
『で、俺たちの研究を握りつぶした上等兵閣下はどうなった?』
ああ、上等兵殿が序列第一位のミコト様になったことを知らないんだ。
つまり、戦争が終わる前に亡くなった。ということだね。
この人は防衛省呼称、大東亜戦争がいつ、どうなって終わるかを正確にシミュレートした
頭脳集団の一員だったということなのね。
それにしても、「やってみなければわからない。日露だって勝ったじゃないか。
君たちはやたら口外しないように……」とか。
上等兵殿はすごい楽天的だ。僕に半分分けてほしい。
「たぶん、マリオさんが知っているでしょう。
……それより、どうしてあの国に行ったんですか?」
『ディーゼル機関』
「???」
あっちは本家本元だから、技術をもらいにいったんだろうか?
『たぶんお前さんが思ってることの逆だ。教えに行ったのさ。
あの時代、戦車のエンジンにもっぱらディーゼルを使っていたのは日本とソ連。
日本は石油が自前でまかなえなかったから、戦車はディーゼルにしろって決められてた』
「ガソリンのもありますよ。八九式とか」
『それはイ号甲型だ。ロ号乙型からはディーゼルだよ。全部な。
必要は発明のなんとやらで、戦車用ディーゼルだけは突出して発達していたんだ。
その点、ガソリンは飛行機に回したかったのはドイツも同じ。
まあ、それだけじゃない。大先生でさえろくなものができなかったくらい、
戦車用のガソリンエンジンは難しい。自動車用よりずっと大きいからな。
本当は飛行機にも向かない。ガソリン機関より軽い内燃機がなかったから使っていただけだ』
ガソリン機関は1気筒の大きさに限度があるからだ。出せる速度に限度があるからじゃない。
現代の、音速よりずっと低い速度しか出さない飛行機でもジェットやターボフロップで、
ヘリもガスタービンなのは、ガソリンエンジンが本当は飛行機に向いてはいないから。
戦車だって、いまではガソリンエンジンなんかつかっていない。
ガソリンエンジンは乗用車ぐらいの小さいエンジンに向いている、
『ドイツに渡ったのは昭和16年の夏だった。
もう独ソが戦争していたからシベリア鉄道はだめで、アメリカ通ってドイツに渡った。
そのころはとっくに開戦前夜だったから、針のむしろだった。
ドイツ人やイタリア人は、まったくおとがめなしなんだがな。
(当時の合衆国はドイツ系が最も多く、またイタリア系と言えばおっかない連中がいる)
華僑や朝鮮系の住民は石投げられないように「I'm not a Japanese」なんて札下げていたよ』
「……そうだったみたいですね。
でも、総力戦研究所にいたあなたが、なぜ技術派遣団に加わってドイツに?」
総力戦研究所にいたと言うことは、軍人、ただし軍政系統の、または技術行政の人物だろう。
海軍かもしれない。そうでなければ国家単位で兵器行政を論じることはないかも。
どのみち祖国の敗亡を冷静に認められる人物だから、当時の軍人の規格からは外れた人物だ。
しかし、技術畑の人物ではないはずだ。
当時はたった数年で技術革命が起きるとは、誰も思っていなかったから。
『もう言ってもいいだろうな。
俺は海軍の艦政本部の開発関係にいた士官だったのさ。
ディーゼルは速度が出ないという意味で、まだまだ軍艦向きじゃなかった。
それで勉強かたがた、民間の技術者の引率で向こうに行った。
ところが、ドイツ海軍と日本海軍は全くの別物で、砲術に関しては技術が互角。
ディーゼルについてもポケット戦艦用がやっとで、大型艦用はやっぱりできない。
潜水艦用ディーゼルだって似たようなもので、電気関係では英米の後塵を拝していた。
アメリカには天才がゴロゴロしてたしな。
……つまりドイツ海軍には、俺の勉強になることはまったくなかったんだ。
だったらタンクの勉強でもしてやるかと思ってさ。
技師たちとクンマースドルフの試験場施設に行ったんだ』
今では大型船だって全部ディーゼルだけどね。
それにしても飛躍だなあ。
なんで海軍さんが戦車なんだろう。
『何で船乗りが? とか思ってるだろ』
「うん」
『本当に顔に出るな。
……俺は第一次上海を皮切りに、向こうで何年か戦ったんだ。特別陸戦隊でさ。
ふふふ、陸式がタンク嫌いな分、俺たちは陸戦隊でずっと装甲車や豆タンクを愛用してた。
海軍って、敵弾はじき飛ばしてなんぼじゃねえか。むしろ、当たり前に思えたんだ。
二・二六の直前だって横鎮の参謀長が「見学用」ってウソついて、
タンク調達して海軍省に持ってきたくらいなんだぜ。陸式が反乱起こしたら必要だってな。
タンクは本当に地上の軍艦だよ。トラックや兵隊が民間船だ。
軍艦が守ってやらなくてどうするよ。さすがにドブネズミは誇大妄想がすぎるがな』
そういえば、最初に戦車を考えたチャーチルも海軍卿(大臣)で、陸軍は懐疑的だった。
確かに「砲塔」なんて海軍の発想だ。逆にⅢ突なんかが陸軍の発想だ。
地上の軍艦なんて発想が行き着きすぎて「多砲塔戦車」やドブネズミみたいなものも
出てきてしまったけど。
そう考えれば海軍さんの方が戦車にシンパシー感じるのも、ありありな気がする。
この人はシーレーンのことも陸上のことも両方知ってるから、アメリカがシャーマンに
固執した理由もわかったんだな。ドイツやソ連は戦場が陸続きだから重戦車万歳なんだ。
日本の場合はアメリカよりさらに海運が貧弱で、埠頭も小さく船も小さい。
だからチハの大きさが精一杯だった。
『俺たちはずっと陸海空一体で戦ったから、上等兵が「陸軍は歩兵だけでドイツと同じことが
できる」とのたまったときは、ダメだこりゃとしか思えなかった。
まあ、それはさておき、ドイツで戦車用ディーゼルがものになったときにはもう、日本も
ドイツも毎日四発重爆撃機の大群に焼かれていた。
……そのころだったな。
俺たち派遣組のうち何人かが、ガスタービンやロケットなんかのドイツ独自の先進技術持って
ドイツ海軍の残り少ない潜水艦にのって、日本に帰ることになったのは。
もうドイツでできることもなかったからな。
クンマースドルフではいろんな戦車や車両を見た。ドブネズミはなかったけどな、
大先生の作ったハツカネズミってバケモノが3両あってな。ムダな事してやがると思ったよ。
あれとか開発タイプ100を作る努力をスタンダードパンツァーに回した方が、
よほど良かったんじゃないかな。アイナもモヤのかたまりじゃなかったろうさ。
幽霊じゃなかったかもしれねえがな……。
俺は責任者として、後から出る潜水艦に、いろいろな兵器や機械の実物と一緒に乗った。
技師たちは図面と一緒に先の潜水艦に乗せた。
シンガポールで俺たちは日本の潜水艦に引き継がれた。そして、比島沖で沈んだんだ……。
夜、浮上航行していたら、よりによって潜水艦にやられたよ。俺は魚雷の爆発で死んだ』
当時の通常型潜水艦は昼間浮上してエンジンで航海して、夜に潜ったそうだ。
昼間もし飛行機を見つけたら、見つかる前に潜っちゃえばいい。
レーダー能力が貧弱な潜水艦が夜間に浮上していたら、水上艦のレーダーで捕捉されて
いきなり撃たれるかもしれない。襲撃するのだってどうせ目で見て撃つんじゃないから
夜の方がむしろ成功率が高い。金剛も信濃も対馬丸も夜になってからやられている。
日本海軍では、逆の事をサブマリナーに教えていた。この人もその犠牲者だ。
まあ、そんな縁があって「ゴキ」の中の人になったのかも知れない。
『ところで、お前ら。
どうして生前の俺のあだ名を知っているんだ?』
「はあ?」
「え?」
「どうしてそうなるのですか?」
「いや、『ゴキ』って『ゴキブリ』の……」
ドゥーチェ。はっきり言いすぎです。
でも、あだ名が「ゴキ」ってどういうこと?
『……つまり「油虫」のことか。
まあ、確かにこの身体は平べったいし、急発進して急加速、高速巡航しているかと思えば
いきなり向きを変える。確かに油虫の動きだ。なら納得だ。
俺のあだ名、つまり「ゴキ」ってのは、苗字から来てるんだ。
だから最初お前らを、何かなれなれしくて生意気な奴らだと思って怒ってたんだよ』
ゴキ……さんが、何か変な感心のしかたしてる。
……普通、怒るでしょ。Gあつかいされたら。
「ゴキブリ呼ばわりされて、嫌じゃないんですか?」
我ながら間の抜けた質問だけど、気になるものは気になる。
『つまりおぬしらのいう虫は「御器被り(ごきかぶり)」のことであろう?
たまに家の中で器をかじっておる。(※)
うっそうとした森に住んでおるようじゃが、「きしょくわるい」と思ったことはないぞ』
(※事実、金属以外の何でも食べます。電気コードをかじって火災を起こすことも)
え? 御前様の認識もちがうんですか?
『アメリカ人だけは別だな。親の仇のようにスリッパ持って潰そうとする。
日本ではイナゴと蜂の子以外の虫を食う習慣がないから食わないが、
欧州でも亜細亜でも阿弗利加でも、油虫は料理して普通に食ってるぞ。
イギリスでは生の油虫大食い競争とかやってるし』
「あれって戦争前からやっていたんですかぁ~~~」
こっちのイメージだけでゲテモノ食い競争だとばかり思ってた。
ただの大食い競争だったとは……。世界は広い。(アメリカではもちろんゲテモノ扱い)
『食って当たらない唯一の虫でもあるらしい。(※)
なにしろ死んでも1年も腐らないからな。油虫は自分で殺菌剤を分泌してる。
でも火を通さないと寄生虫が恐いのは肉と同じだな』
『わらわはいくさの最中に、塩焼きにして食したぞ(※)』
(※あくまで多数派の野生種の話。豚肉の倍の高タンパクで日本でも昔は食われていました。
人家に住むゴキは有害物質や細菌、ウィルスをまとっているので絶対食べてはいけません)
なんですかそれ……。だんだん気持ち悪くなってくるぅ。
「まあ、食べたわけじゃないが、イタリアに行ったときに虫かごに入れて飼ってるのは見た」
ドゥーチェまでそんなことを言う~~~!
(※ ゴキは鈴虫やカブトムシ並みに人気があります)
だめ、ダメ、絶対駄目! 諸君、僕はゴキブリが大嫌いだ!!
ゴキさんがいま言った事実を直接知ったら気が狂う~~~~!!
『……おお、ハンスが準備完了と言ってきたぞ』
ハンスがゴキさんに、すべての用意が調ったと通信してきた。
撃つ準備を整えたらしい。要塞砲と考えれば30分もかからず射撃体勢に入ったのは見事だ。
でも、……やっとこれで、ゴキブリ談義から解放される……。
『ハンス。試射を始めろ。
目標、6,200から開始。
……苗頭がどれだけ出るかな』
「ハンスは自在天とちがって、経験の蓄積があるみたいだよ」
カノン砲でも榴弾砲でも、ライフル砲であるかぎり数千m先を撃つと、ライフイングの回転が
砲弾の進路に影響して左右への誤差になる。
稲の苗が曲がるように見える事から、日本の砲術用語で「苗頭」という。
僕は御前様から、ハンスの通話は受信できないからイロナのところで聞けと言われて、
彼女のヘッドセットの一つを借りて、ドゥーチェたちと一緒にみんなの通信を聞いている。
僕が操縦席にいなくても、御前様はゴキに何をどう報告すればいいか理解したので、
「自分の声」で伝えてくれるようになっている。
『射撃解析値受領したんだな。試射するんだな。
観測と修正、頼むんだな』
『ああ、まかせろ』
ゴキさんは「軍政系統」の海軍さんだけど「砲術科」で、地上戦の経験も、豆戦車だけど
戦車乗りの経験もある。だから67年も倒されずに幽霊戦車を続けられた。
「自在天は地面にめり込んでいるけど、まだ悪あがきを続けている。
向こうからも牽制させるけど、アンと御前様にも頼めないかな」
マリオさんが念話で向こうにも牽制射撃を依頼したようだ。
もう半身不随の自在天に聞かれても構わないということみたい。
いままで対岸で様子を見ていたマツナガ他が、再び攻撃を仕掛け出す。
といっても彼らには新たに自在天の傷口を増やす事はできないから、榴弾のみだ。
『あんたはもう弾を半分以上撃っているだろ? あたしに任せな』
アンが御前様にそう言ってから、自分だけ少し前進。
爆炎につつまれている自在天の「身体」に向かって主砲を撃つ。
主砲口径は明らかに75mm以上だと思うけど、発射音が「どすん」とこない。
それなのに、弾のスピードは戦車砲のそれだ。だから命中率はいい。
しかしそれなら弾は高回転で回っているはず。遠心力でモンロー・ノイマン両効果が
弱くなるはずなのに、威力は重戦車を倒せるレベル。
フランスの「G弾」みたいにベアリングを挟んだ「外筒」つきなんだろうか?
ライフル砲の時代はそういう事情で、高初速砲には成形炸薬弾は装備しなかった。
低初速で砲身も短い、つまり砲弾にあまり回転を与えない榴弾砲が、戦車に襲われたときの
ために持っていたというのが普通だ。榴弾砲なら弾の直径も大きいからなおさらだ。
だけど、彼女の主砲は、当時の常識とはかけ離れている。
『試射が来るぞ!』
ゴキさんが叫ぶ!
ハンスが、山の向こうにあるダムの堤体の下の方を狙って、30.5cmベトン弾を撃つ。
紛れもなく重低音が響き、ハンスの周囲だけが昼間のようだ。
12インチの巨弾が赤く光りながら放物線を描く。
そしてそのまま、ダムに向かって飛翔する。
苗頭の心配はなかったようだ。前に撃たれたときも、ゴキさんをひっくり返したときも、
左右のぶれはなかった。20口径未満の超短砲身なのも関係あるかもしれない。
『五秒前。三、二、一』
御前様が車体のプロセッサとクォーツ発振器を距離時計の代わりにして残時間を読む。
『弾着。今!』
ゴキさんが赤外線サーチライトとボッシュライトでダムを照らしている。
その堤体のど真ん中、狙いより10度くらい上にベトン弾が当たった。
命中点には直径1mぐらいの穴が開いている。ひびが入って周囲のコンクリートが
はがれ落ちている。
しかし、ひびから水が漏れているが、貫通とまではいっていない。
『ハンス。方位良し。仰角1度30分下げ。再度試射』
『了解したんだな』
1分もしないうちに次弾がダムに飛来する。
今度は堤体と地面の境目当たりに着弾。
砲弾のエネルギーは半分以上、地面を掘り返すのに使われる。
『下すぎた! 仰角0度45分上げ。もう1回試射だ』
『了解したんだな』
6kmかなたから、観測班がいるとはいえ間接射撃で、よくやってのけるものだと思う。
ハンスには主砲も含めて大戦当時の旧式な機材しかない。
機動砲兵としてなら、今でも通用するんじゃないかな。……経空脅威さえなければ。
『よっしゃー! 試射成功。
ハンス、効力射だ!』
ついに3発目の試射で、ダムの堤体下から1/4の当たりに命中。
あそこにドカドカ当たれば、まちがいなく穴が開いて、ダムのかけらや土砂の混じった
土石流が自在天を襲う!
『効力射、了解なのだな!』
ハンスにとっては今のままで連射すればいい。
30秒に1発のレートで、ハンスは連続射撃に移行した。
12インチの艦砲と考えれば、普通の射撃速度だ。
散布界は、半径3mほど。
5発当たった時点で、ひび割れから水が勢いよく噴き出した。
9発、ダムの堤体にクモの巣のような亀裂が走る。
あと一息。
10発目、11発目が当たった時点で、命中痕がひとつの大きな穴にになった。
とどめの1発があれば、ダムは決壊する!
「……」
「え?」
「どうしたんだろう?」
12発目が飛んでこない!
みんなが顔を見あわせる。
『ハンス、どうした!? あと少しだ!』
『砲弾が……、もうないんだな』
ゴキさんの叫びに帰ってきた返答は、弾切れだった。
ドゥーチェは眉根を寄せている。
どうしたんだ?
「ドゥーチェ、どういうことですか?」
「……ハンス、つまり30.5cm自走迫撃砲はあの巨体だが、砲弾もデカい。
満載で16発なんだ。
最初に私らに1発撃ち、次にゴキに1発。
いまも試射に3発撃っている。残りは11発だったんだ……」
「じゃあ、もう打つ手はないんですか!?」
その時だった。僕は何かがおかしいと思った。
あそこにいたはずの御前様がいない!
御前様が斜面をすべっている。
うかつだった! パーキングブレーキをかけておかなかったんだ。
ペパロニさんとカルパッチョさんがイロナに乗りこむ。
「スパッド! 走っても追いつけんぞ。
イロナにデサントしろ!」
そういうドゥーチェは、もうイロナのキューポラに潜り込んでいる。
走り出したイロナの砲塔の上に、僕は急いで駆け上がった。