失われた約束の地   作:米山ともき

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 メルヘン回 戦車と幽霊「決着」

 

 

 

 

 

 御前様が、僕たちのいる高台の斜面からすべり落ちていく。

 エンジンをかけたまま。

 たぶん、僕がパーキングブレーキをかけておかなかったから、何かの拍子に

シフトが入ってしまって動き出したんだ。

 もう走っても追いつけない。

 ドゥーチェたちが乗ったイロナが動き出す。

 

「スパッド! イロナにデサントしろ!」

 

 ドゥーチェがそう言いながら砲塔の中に入った。

 僕もイロナの車体前部を駆けあがり、砲塔の天井にしがみつく。

 

 

 

 御前様はアイドリングのまま走っているんじゃなかった。

 はっきりと駆動力がかかっている。

 誰かが操縦しているんだろうか?

 

「御前様! どうしたんですか!?」

 

 僕の声が聞こえたからか、御前様は「自分で」停止した。

 イロナが御前様に横付けする。

 操縦席ハッチは開いたままで、誰も乗ってはいない。

 

「どうして……、動けるんですか?」

 

 御前様は止まったまま、ちょっとだけ砲塔を動かした。

 

『……。

 かくのごとき仕儀となったからには、わらわが何とかするしかあるまいと思うたのじゃ。

 おぬしがわらわを動かしておるうちに、この器が「れーざー」に「こんとろーる」されて

 いるのがわかっての。

「えんじん」さえ動いておれば、れーざーを操ればこのとおり自分で動ける』

 

 そうか……。

 御前様、オブイェークト195は「ドライブ バイ ファイバー」だったんだ。

 スロットルもギアもハンドルも、入力を全部いったん光信号に変えて、それぞれの機器で

電気信号に置き換えてアナログ化して操縦する。

 操縦系以外も光ファイバーで動かすんだろう。だから御前様が操縦系の回路を自覚すれば

自分の意思でこの戦車を動かせるんだ。でも、だからといって御前様が行ったら……。

 

「ダムを直接攻撃できるところまで進出したら、100mしか離れていません。

 ダムが決壊したら……、逃げられません!」

『始めに言うたであろう。この器からわらわは離れたいのじゃ。

 ……だから、それはかまわぬ』

「でも、レフレークトを使えば」

 

 御前様は、また砲塔を前に向ける。

 しばしの沈黙の後、御前様は意を決したように語る。

 

『あの堤にれーざーを当てるには「ふかく」が足りぬのじゃ。

 それにおぬしら、わらわを海に投げ捨てることができるか?

 ……ここにはできるものがおらぬだろう。

 もしこの器が壊れてわらわが解き放たれても、次に誰かが取り付けば

 わらわと同じ苦しみを味わうであろう。

 だからこうするしかないのじゃ。わかるであろう?

 この器は「どぶねずみ」もろとも海に沈めねばならぬ……』

 

 ……。

 僕にはもう言う言葉がなかった。

 本当にそのとおりだから……。

 

『そこで、わらわの最後の戦いを見ておくがいい。

 堤が相手とは、ちともの足りぬがな』

 

 それだけ言うと御前様は、低いギアで川への急斜面を下り始めた。

 そして、ダムがあるから水かさのあまりない湊川の川底まで着くと、今度は全開走行で

ダム目指して走っていく。

 

 ……僕たちは皆、心の中で御前様に別れを告げた。

 そうすることしか、もうできなかった……。

 

 

 

『始まったぞ……』

 

 ふたたび高地に戻った僕たちに、ゴキさんが御前様の、幽霊戦車としての最後の戦いの

始まりを告げる。

 御前様は、もう重金属の「矢」をダムの堤体に放っている。

 激しい衝突音が数秒おきに聞こえてくる。

 堤体の下半分に開いた大穴をさらにうがっている。

 僕は、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。

 

「レフレークスの、最後の1発を効果的に使うつもりなんだ……」

 

 御前様の前方には、APFSDSの装弾筒のかけらが散らばっている。

 連射が、ふいに止む。

 数秒後、ミサイルの弾体が押し出され、直後にロケットモーターが点火する。

 炎の尾を引くミサイルは、一呼吸置いて「ガン」という音とともに堤体に突き刺さる。

 しかし、安全距離内なのか信管が作動せず、数秒間ロケットの炎が噴いている。

 

「次は、多用途榴弾を撃ち尽くす……」

 

 御前様の主砲が再び火蓋を切る。

 今度は砲弾が堤体に当たるたびに大爆発が起きる。

 それが十回ほども続いたろうか。

 

 突然、榴弾の爆発より大きな爆発が、堤体で起きた。ミサイルが誘爆した。

 とうとうダムは決壊し、巨大な鉄砲水がダムの破片を飲み込んで、御前様に襲いかかる。

 あっというまに御前様も水に飲まれ、巨大な濁流が川の屈曲点で南へ、下流に向きを変える。

 その時、自然の岩やコンクリートの破片ではない、もっと整った何かが水面に浮かぶ。

 

「あ……、御前様が」

 

 御前様の砲塔だけが姿を現す。

 砲身を天に向けて、流されていく。

 

『おかげでこののろわしき器から離れられよう。かたじけなかったな。

 久しぶりに弓取り冥利に尽きるいくさであった……。礼を言うぞ』

 

 

 

 そのとき、僕の脳裏に砦の櫓に立つ、生前の御前様の姿が見えたような気がした。

 鎧具足に身を固め、女性にとても引けないだろう剛弓をたずさえて。

 砦を取り囲むのは、白地に笹竜胆の幟旗。

 櫓には矢がぎっしり詰まった矢筒が、所狭しと並べられている。

 御前様は矢を一度に二本引き抜き、一本を親指と人差し指でつがえ、もう一本を中指に持つ。

 そして大きく太い弓、太い弦をこともなげにすっと引くと左手首を返し、矢を放つ。

 すぐにもう一本の矢をつがえて、すばやく放つ。

 矢は一発も外れない。敵の鎧ごと急所を打ち抜き、次々と寄せ手を倒していく……。

 

 

 

 その幻想は一瞬で消えた。御前様が再び水にのまれたのと一緒に。

 コンクリートのかけらや土砂を巻き込んだ濁流は川岸までも巻き込んで、自在天に迫る。

 

『おのれ板額! わしを道連れに滅ぶというか!』

『ぬしも益荒男ならば、滅びるときは滅びよ!』

 

 そんな叫びが聞こえたような気がした。

 しかし、流域に溢れかえる土石流は怒濤のごとく突進し、瞬時に自在天の巨体すら

飲み込んでしまう。

 数百万トンの水と土砂とコンクリート片のかたまりの前には、1,000トンの陸上巡洋艦も

ただ突き飛ばされ、押し流されるだけだった。

 

 巨大な濁った土石流は、最後に神戸の街があるはずの三角州を覆い尽くして氾濫し、

何もかも……、流し尽くしてしまった。

 御前様も、自在天が取り付いていたドブネズミも。

 幽霊たちは川岸から500mは離れていたから、濁流の氾濫に巻き込まれずに済んだ。

 しかし、彼らもあぜんとしているのか、しわぶきひとつ聞こえない。

 僕たちも、山を下りて幽霊たちのいる場所にやってきた。

 とりあえず、イロナを守ることはできた。後は……。

 

 僕がそこまで考えたとき、突然、イロナの車内灯の色が白ではなく電球色に変わる。

 イロナの車体が無彩色ではなく、砂色ベースの三色迷彩に変化する。

 中の砲弾もプラスチックのようなかたまりから、連盟仕様の競技弾の色に変わる。

 

「試験開始。機関始動」

「了解。エンジン始動します」

 

 誰かの声が聞こえる。

 でもドゥーチェたちは、誰もしゃべっていない。3人の誰の声でもない。

 ここにいない誰かの声が戦車の中から聞こえる。

 イロナ自身のエンジン音にかぶって、回転数のちがう同じエンジンの音がする。

 その回転音が、突然きしむような轟音に変わる。

 

「チーフ、エンジンアンコントローラブル! 回転が上昇します。

 タコメーター、レッドゾーンを振り切りました!」

「キルスイッチでエンジンを止めろ」

「ネガティブ! スイッチが効きません」

 

 僕たちの声ではない会話が、エンジンの異常を告げている。

 そして、ものすごい破壊音が車内に響いた!

 

「クランクケース破損の模様。エンジンから出火しました!」

「燃料弁を閉鎖しろ!」

「燃料止められません! タンクに引火します!」

「駄目だ! 試験車両を放棄する。

 試運転棟隔壁閉鎖! 総員待避だ! 急げ!」

 

 慌ただしい怒号が飛び交ったと思った瞬間、イロナの車体が炎に包まれた。

 砲塔の上の僕が飛び降りようとするよりも早くイロナは火だるまとなって、弾薬が誘爆する!

 みんなを乗せたまま、イロナが轟然と爆散する。

 目のまえが、光で漂白されていく……。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 気がつくと僕らはみんな、無傷で原っぱに倒れていた。

 

(……何が、起こったんだ?)

 

 キーンと耳鳴りがする。

 ドゥーチェもカルパッチョさんもペパロニさんも、事態に理解が追いついていない。

 

(もしかして……)

 

 僕は周囲を見渡す。もしかして……

 

「……!」

 

 イロナはそこにいた。

 しかし、戦車の姿ではなく、最初に会ったときの、甲冑を着こんだ女性の姿で。

 ただ、以前と一つだけちがう事がある。

 帯剣がクレイモアから細身のセイバーに変わっている。

 

「……」

 

 ドゥーチェが、じっと黙り込んでいる。

 黙ったまま立ち上がる。

 僕たち3人も一緒に立ち上がった。

 

「エンジンテストに、失敗したんだ……」

 

 どうやら全ての事情を知っているらしいドゥーチェが口にしたのは、それだけだった。

 地上のイロナはどこかの港から陸揚げされ、引き渡し前の最終テストを屋内試験場で実施。

 しかし、原設計のミスか、制作中のミスかでエンジンが暴走、加熱して火災を起こし

最終的に全損してしまった……。

 変更したエンジンと車体の相性が悪かったのかもしれない。

 

 でも、一番大事な事は、もはやイロナが「現界」することがないということだ。

 ドゥーチェが、本当にすまなそうな目でイロナを見てる。

 もう暗視装置としては働かない単眼鏡で、あらためて彼女を見てみた。

 あちこちがぼやけた、ピントの合わない戦車のシルエットしか見えない。

 

「なんたる、事ぞ」

 

 え?

 男性の声が聞こえた。マリオさん以外の。

 マリオさんは、いつものとおりイロナが爆発する前に空中に待避してる。

 みんなが声の主を見る。

 

「……?」

 

 そこに立っていたのは、ずぶ濡れの壮年男性。

 イロナのと似たプレートメイル一式に黒い羅紗のマントを羽織っている。それはいい。

 その上に乗っている顔が問題だ。

 頭は月代(さかやき)を剃っていて、残りの頭髪は長く、垂れ下がっている。

 吊っている得物も西洋の剣ではなく、刃渡り四尺ぐらいの日本刀。

 帯に差すのではなく、紐で峰を上に刃を下にして吊っている。江戸時代より前の「太刀」だ。

 つまりこの人は、明らかに日本の武将だ。

 

 

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「自在天……さんですか?」

 

 おもわず間の抜けた質問をしてしまったのは、ドブネズミの主や強大な独裁者というのとは

かけ離れたお顔だったからだ。

 やっぱり僕の眼力はダメダメらしい。全然こわくないおじさんにしか見えない。

 本当なら百戦錬磨のいくさ人なんだから、殺気の一つも感じないなんてありえない。

 

「……これで、わしが現世に帰る事もならなくなったか。

 口惜しき事よ」

 

 彼がいま独り言でいったことが、僕の問いへの解答だった。

 いつのまにかマリオさんが、イロナのそばに降り立っている。

 

「イロナくん。盾を貸してくれないか」

 

 僕から見ればいたって現在的な身なりの、現代的な話し言葉のマリオさんが

イロナの盾、つまり車体部のシュルツェンを借りて、自分の左腕にはめている。

 一戦を覚悟しているという事だろう。

 でも、右腕は徒手のままだ。何の得物も携えない。

 

 そうしてマリオさんは、膝をついてうなだれている自在天さんに歩み寄ろうとした。

 自在天はマリオさんに気づくと、マリオさんをにらみ、両手を宙に掲げた。

 彼の両手に棒のような光の束が現れたと思うや、それはとんでもないものに形を変えた。

 

「種子島!」

 

 たぶんすでに装てん済で、火皿にも火薬が盛ってあって、ハンマーには燃えている火縄。

 でも、マリオさんは何もかまえず、まっすぐ歩くだけ。

 鉄砲発明以前の人で、何なのか知らないのかもしれない。

 

「危ないっ!」

 

 誰かが叫ぶのと同時に、種子島の火蓋が開き、発火薬に火縄が押しつけられた。

 銃口から丸い弾丸が飛び出す。

 火縄銃は至近距離では小銃より怖い武器だ。胴体に当たればほとんど即死。

 鎧や盾で防ぐ事もできない。

 僕は思わず目を閉じる。

 

 一瞬ののち、金属同士が衝突する激しい音があたりを圧した。

 

「……」

 

 毎度の事ながら、おそるおそる目を開く僕。

 マリオさんは無事だった。

 毎度の事ながら、心臓に悪い。

 マリオさんは自分の目の前に盾をかまえている。

 そのかまえ方が普通じゃない。

 

「被弾経始に、昼ごはんの角度だったかな」

 

 そう、マリオさんは盾を水平から30度、左腕自体を45度にかまえて、種子島の弾を

かなり浅い角度で受け流したんだ。

 

「いままでさんざん幽霊たちの飛び道具が火を噴くのを見てきた。

 それからすれば、まったく遅いね」

 

 確かに戦車砲の砲弾は、超音速で飛ぶ。

 でも僕たちと出会ってからのわずかな経験で、装甲の有効な使い方を会得するなんて。

 もちろんそれがただの鋼鉄の盾なら、そんな事をしてもムダだったろう。

 しかしその盾は、対物狙撃銃の高速徹甲弾すら防ぐ厚さ1cm近い浸炭鋼板の盾だった。

 種子島の弾だったことも、受け流すことができた要因だった。

 火縄銃のような丸い弾は、ライフル弾のようにきりもみ旋回せず、前転しながら飛ぶ。

 これはエアガンのBB弾も同じ。

 前転しながら飛ぶ弾はきつい傾斜のついた鋼板にあたったら、抜けないなら転がってしまう。

 

「おのれ……」

 

 自在天がかまえていた火縄銃は、再び光の粒子となって消え去る。

 彼は膝撃ち姿勢からやおら立ち上がると、今度は腰の太刀を抜き払う。

 マリオさんが持っているのは盾だけ。それ以外は寸鉄も帯びていない。

 

 自在天は太刀を正眼に構える。

 振りかぶらないのはさすがだ。マリオさんは盾を持っている。

 自在天が太刀を振りかぶっても、むしろ盾を構えたまま突進するかもしれない。

 だって、種子島の弾丸の軌道を瞬時に読んで、受け流す形に盾で防ぐような人だから。

 だったらまっすぐ太刀を構えて、リーチを生かした方がいい。

 

 マリオさんは盾を自在天に向け、右手は肘を曲げて顔の前で拳に握る。

 二人ともそのまま動かない。いや、動けない。

 二人とも後の先を取ろうとしてるから。

 

 いや、マリオさんが盾をおろし、構えを解いた。

 そして、そのまま後ろを向いてしまった。

 自在天がつられて太刀をかまえたまま走り出す。

 

「――!」

 

 マリオさんが回転した。

 逆時計回りに、盾を持つ左腕を裏拳のように自在天の太刀にぶつけて払いのけ、

そのまま自在天の顔に右フックを食らわす。変則のクロスカウンターだ。

 自在天の身体が顔につられて吹っ飛ぶ。

 

 だけど、これで自在天は完全に逆上した。

 

 自在天は太刀を両腕でかまえ、四方八方からの斬撃を加える。

 それでも、振り終わりに両手首を絞って、握力をかけている。

 だからマリオさんが盾で流しても、スウェーでかわしても、止まるところできちんと止まる。

 だけどよくみてみると、あれだけ打ちかかられているマリオさんは、全く下がっていない。

 見えないくらいゆっくりと、前に進んでいる。

 自在天は下がっては打ちかかるのをくり返してる。

 プレートメイルを着て、馬上ではなく徒でこれをやるのはキツそう……。あ! そうか。

 マリオさんは軽装で、盾も使って最小限の動きで受け流すのに徹している。

 素手だから、さっきみたいに顔面打撃しか狙えない。

 だから自在天が弱るか、自分で鎧を脱ぎ捨てるかするまで待ってるんだ。

 でも、これができるってことは、マリオさんは武芸もかなりの達人ってことじゃない。

 僕、わからなさすぎぃ。

 

 

 

「……あのおっさん。気が長すぎだ。

 おい、ちょっと肩貸せ」

 

 何か今度は後ろから聞いたような男性の声が。

 そして僕の右肩に人の上腕らしいものが置かれ、右に何か鉄パイプのようなものが……。

 

「目ぇつむってろよ。ぶっ放すからな」

 

 なんでここに拳銃かまえた男の人がいるんですか?

 とか考えてる場合じゃない。

 両手の人差し指で耳をふさいで、目を思い切りつぶって発砲に備える。

 

「――っ!」

 

 それからほんの数秒で、後ろにいる男性はおもむろに拳銃のトリガーを引いた。

 大口径の拳銃とかではなく、一番ポピュラーな9mmパラベラム弾の銃声が響く。

 

「ぐおっ!」

 

 じ、自在天の声だ。

 あの人を撃っちゃったの? 撃っちゃったの?

 それから、カランと何かが落ちる音。

 

 男性の肘が僕の方から離れる。

 僕はおそるおそる目を開いてみる。

 

「うぐぐ……」

 

 そこに見えたのは、右手の甲を左手で押さえ、ひざまずく自在天。

 取り落とした太刀が、そのそばに転がっている。

 

「すまねえな。驚かせちまって」

 

 ……自在天を撃った人の声。

 でもこれって、ゴキさんの声じゃない?

 しかし、頭の中に直接響くのではなく、きちんと真後ろから聞こえる。

 振り向くと、そこにいたのは……

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ……旧海軍の、カーキー色背広型の「第三種軍装」を着込み、右手にルガーP08の

アーティーラリー(砲兵)8インチのロングバレルにストックをつけたものを持った、

陸戦隊の士官が立っていた。

 

「もしかしたら、ゴキ……さん?」

 

 顔に傷あとの残るその士官は、くっくっくと含み笑いしている。

 まあ、まちがいないよね。

 

「そこの戦車のお嬢さんが人型になったのを見てな、俺もできるんじゃねえかと思ったのさ。

 得物は器が反映するみたいだな。

 そっちのお嬢さんも、剣がイギリスのではなくなってる。

 これは有名な銃だが、銃身が長いな。

 生前の俺が使っていたのは、ストック付きでもモ式の方さ。

 大陸でもドイツでも弾丸に困らねえ」

 

 モ式、マウザーC96。

 7.63mmのタイプなら半自動カービン銃の代用品になるんで、正式採用した国はないけど、

世界中で100万丁も使われた。と、じっちゃんが言ってたな。

 

「往生際悪すぎらあ。

 あんた、英傑なんだから、戦術で負けたんならいさぎよくしなよ。

 これはあんたの知ってる鉄砲同様、そのヨロイは抜けるし、

 あんたの知ってるのとはちがって、あと31発撃てる。

 どうするね?」

 

 自在天が左手で取り落とした太刀を拾う。

 即座に「BAM!」と再び銃声が響く。

 今度は自在天の左の二の腕が、ガントレッドごと撃たれた。

 ゴキさんも1発撃って慣れたのか、立射で構えている。

 自在天は両腕撃たれたのに立ち上がって、今度は僕とゴキさんの方に向かって来る。

 

「しかたねえな。『是非もなし』ってやつだ」

 

 銃声とともにバレルが跳ね上がり、尺取り虫のようなトグル・アクションが次々と

空薬莢を上に吐き出す。

 咄嗟射撃の常で、一番当たりやすい腹部を狙っている。

 通常の自動拳銃の倍近い長銃身から撃たれた9mmパラベラム弾が、中世もののヨロイの

鉄板に正確に1cmの穴をうがつ。ちょうど正三角形になるように三つ。

 いきなり勢いを止められた自在天が、何が起きたのだと目を見開き、そして自分の腹に

開いた穴を見る。そして驚愕の形に口を開いたまま崩れ落ちる。

 

 

 

 地面に大の字になって横たわる自在天。

 もう、自分の力では立ち上がれないようだ。

 

「……もう、わかってるだろ?

 あんたは死んでるんだから、いくら重傷でもこれ以上死ぬことはできねえ」

 

 人間化したゴキさんが自在天のそばにしゃがみ込む。

 あいかわらず、ルガー・パラベラム・ピストーレ・ヌルアハトを構えたまま。

 マリオさんは盾をイロナに返し、自在天のわきであぐらをかいている。

 やっぱり地面から10cm浮いている。もうなれたけど。

 

「口惜しきかな……。

 ああ、わしは人が良すぎた。

 人が良すぎて、わしを弑すものが出てこようとは思ってもおらなんだ。

 我をして天下の人に背こうとも、天下の人をして我に背くこと許さぬ。

 そう言い放つ貴殿のようであれば、かような仕儀にならずともすんだであろう。

 わしはそう思っておった……。ところがじゃ」

 

 そんな事を言われてもマリオさんは何も態度を変えず、むしろ楽しげに言い返す。

 

「いやー、ごめんね。こんな底抜けのお人好しで。

 裏切られた回数は、いまだに世界一だし。

 普通なら、とっくにくたばってるとか自分でも思うよ。

 まわりの半分は敵に回ったよね」

 

 マリオさんはそんな調子で頭かきながらそんな事を言う。

 でも自在天が言ったその言葉、

先にマリオさんがいったのとずいぶんちがう伝わり方しているな~。

 

「わしは、もっと人に厳しくすれば良いのだと信じておった。

 わしは、伝え聞く貴殿のような血も涙もない人間たろうとした。

 なのに、わしは二度も謀反を起こした男を、また許そうとした……」

 

 血も涙もないって言われても……。

 正直言って「自在天こそまったくそうじゃないの?」としか思えない。

 そのとき、また脳裏に何かの幻想が浮かぶ。

 

 

 

 ……それは、どこかの城だった。

 一人の老人が、鉄の茶釜を前に腕を組んで座っている。

 

「これとひきかえに、わしの命を助けるなどと、あのうつけはどこまでお人好しなんじゃろう」

 

 老人は、両腕で茶釜をかかえた。

 その中には、黒色火薬がぎっしり詰まってる。

 

「わしは、また帰参したところで、またぞろ謀反を起こすであろう。

 そういう人間に生まれついてしまった……。

 貴方様が、わしを殺せぬと言うのなら、しかたありますまい」

 

 老人はふところから火縄を取り出し、火をつける。

 

「思えばひどい人生であった事よ。

 誰も彼も裏切って生きて、この歳になってもまだ誰かを裏切る。

 貴方様ならわしを殺すと思うておったが、殺さぬと言うなら仕方ありませぬな」

 

 老人は火の付いた火縄の、燃えていない方を茶釜の火薬にさして、ふたを閉じる。

 

「わしが自分で、わしを殺しましょう……」

 

 

 

 そのビジョンは一瞬で消え、また目のまえには倒れた自在天と二人の人物がいる。

 

「お人好しは、別に恥じゃないと思う。

 私はお人好しだったから、無理に事をすすめようとはしなかったと思うんだ。

 本当は皆と仲良くことを進められれば良かったんだけど、

 時代が悪かったとしか、いいようがなかったよね。

 この子たちがやってきた時代だったら、私も奈落の底に落ちるようなことはなかった……

 かもしれないね」

 

 この子たち。つまりは21世紀の僕たちのことだ。

 そのとき、ゴキさんが何か思いだしたようだ。

 例のあれ、聞くのかな?

 

「あんたが地の底を発って自在天を追う少し前に、新米の罪人が送り込まれてこなかったか?

 チョビ髭の人相の悪いのとか、

 立派なヒゲの、風采だけはご立派なのとか、坊主頭で丸いメガネの……」

 

 やっぱりなー。20世紀の何とか列伝のゆくえ。

 僕が答えをにごしたから。

 

「君が死んだ時代は、よほど非道な奴ばかりいたみたいだね。

 私が出発するちょっと前に、何千人も団体でやってきたよ。

 だからいちいち顔なんか見てられなかった」

 

 ゴキさんが「あちゃー」って顔してる。

 僕も以下同文だわ。

 

「わしはそこまで非道なことはしておらぬ。

 何の咎もない老若男女を捕まえてきては、瘴気を吸わせて殺すだの、

 空から無数の火を放ち、無辜の民を誰彼構わず街ごと焼き払うだの、

 民を逃がしてやりもせず、鋼鉄の車をあまた放って街ごと……」

 

 自在天が怒っている。当然だよね……。

 この人は本当は、民衆を大事にしてきた。

 古き仕組みを壊したのも、権威をないがしろにしたのも、その他のあれやこれやも、

全部自分の野心からだったわけじゃない。あるべき社会の理念は持っていたんだ。

 でも、人間はみんなこの人を裏切った。裏切らなかったのはサルとタヌキだけだった。

 

「でもね、怖がられるのを身上にしたかったのなら、身の回りは用心しないとね。

 戦場で私をさんざんやっつけてくれた敵の将軍がいてね、すごく切れ者だったんだけど、

 部下には残忍でね。私の所に聞こえてくるほど、部下をいじめ抜いてきて、

 しかもその人たちを身辺に置いていた。

 結局、部下たちに殺されたときいたよ。本人からね」

 

 昔から、いや昔だからこそ、ひどいパワハラ上司がいたんだね。

 本当に、マリオさん含めてどこの誰なんだろう?

 いや、候補はいるんだけど、カマ掛けてみようか。

 

「マリオさん。あなたが必死に隠していたあなたのお墓、僕が生まれてから10年ぐらいで

 とうとう見つかっちゃいました」

 

 今度はマリオさんが、あちゃーって顔になる。

 

「あーあ、とうとう見つかったか。

 絶対に見つからない自信があったんだけどね」

 

 ビンゴだ。Elle çaさん情報だけど、確信はなかった。

 

「ふう、まいったなあ。恥ずかしいよ……。

 ……みんなガッカリしたんじゃないかなあ。あまりにも何もなくて」

「ええ、お骨とあなたの官職刻んだ石しかありませんでした。

 ……でも、みんなあなたらしいと思っています」

「あれ? 私は血も涙もない冷酷で強欲な大悪人だったんじゃないのかな?」

 

 ゴキさんは、心当たりがなくなってかえって困惑している。

 ゴキさんの時代では、確かにまだそういうイメージだったから。

 国民が無条件でお上に従って、命まで差し出すことが美徳とされた時代。

 そんな時代では、マリオさんのような人は大悪人だ。

 ……もっともゴキさんなら、話せばわかるかも知れない。

 そのゴキさんも、マリオさんの時代がいつなのかは千年単位でわかったみたいだ。

 

「私はね、いくさで自分の国が滅びるのがわかってしまったんですよ。始める前に。

 でもそれは、あなた方がずいぶん昔に戦争の本質を書き残してくれたからなんですよ。

 あなたがおっしゃったとおり、戦いに今も昔もありません。

 だからあなたは、ずっと未来のからくりの幽霊を動かして、この人が作った強大な軍団を

 見事に打ち破った……」

 

 ゴキさんは自分のかたわらにルガーを置き、体育館座りで話を続ける。

 

「兵は国の大事、死生の地、存亡の道、察せざるべからずなり。

 私たちも廟堂にこもって、勝算を測ったのです。

 しかるにいわんや算無きに置いてをや。勝算皆無、数年後に祖国は破滅と出ました」

 

 しかし、この人たちの結論は悲観的に過ぎると退けられた。

 このときだけではなかった。あのミッドウェイの時もそうだった。

 机上の空論。この一言ですべてを誤った。

 自分たちの方が「迷信」を信仰していたのにね。

 

「ゆえに小敵の堅は、大敵のとりこなり。小は大に立ち向かえない。

 おのれを「小」と認めることができなかったのです。

 彼を知らずして己を知らずば、戦うごとに必ず危うし。

 いやもう、知っていて無視したんです。それも同じことなんです。

 髪の毛を持ち上げても力持ちとは言わない。

 日月が見えても、目がいいとは言わない。

 雷鳴が聞こえても、耳がいいとは言わない。

 当たり前のことを当たり前にやるだけだから、勝つことができるものは英雄とは言われない。

 英雄が出る国ってのは、負ける国なんです」

 

 そう、ロシアでナポレオンを破ったのは、冬将軍じゃなくクトゥーゾフだ。

 アイゼンハウアーもブラッドレーもエイブラムスもニミッツも、勝ち易きに勝ったから

英雄とは言われない。

 戦術的勝利で、戦略の劣勢をひっくり返すことはできない。

 

「初めから私の祖国は『不敗の体勢』なんてものはできなかった。

 対外戦争は、いつもバクチだった。

 輸送部隊、補給、国力、一番大事なものがつねにあとまわしだった。

 だから勝つものは勝算を確実にしてから戦い、負けるものは戦いを始めてから

 どうやって勝とうかと考える。とにかく勝敗はなんとやらでした。

 そして、『ゆえに兵は拙速を聞くも、いまだ巧の久しきを覩(み)ざるなり』と。

 運と敵失に助けられた我が国は、上手に戦えば必ず勝てると思い込み、

 矛を収める時機を失しました。最後は泥沼の中で滅びに瀕した……」

 

 ん? それはよく聞くけど、意味が違うんじゃないのかな?

 疑問に思うと、どうもそのままにしておけないな。

 

「ゴキさん、そのフレーズって『兵は拙速を尊ぶ』とか『拙速は巧遅に勝る』とか

 そういうことなんじゃないの?」

 

 ゴキさんとマリオさんはそろって僕の顔を見た。

 それはちがうよ。と言いたげに。

 

「お前さんが誰から聞いたか知らねえが、『兵は拙速を尊ぶ』って言葉はどこにもないんだ。

 巧の久しきってのは、戦上手な連中への警告なんだよ……」

「スパッド、『聞拙速』というのは、戦下手が速戦に出たことで勝ったのは聞いたことがある

 と言う意味なんだ。拙い速戦の奨励じゃないよ。どうしてそういう意味になったのかなあ。

 そして『未覩巧之久』であって『巧之遅』じゃない。

 勝てるからっていろいろ欲張って戦争ばかりやっているうちに、肝心の国がなくなることが

 本当に恐ろしいことだ。っていいたいんだよ」

「チョビ髭の国も、我が祖国もそうだった……。バクチの綱渡りだ。

 バクチならいずれ必ず負ける。でも勝ってるバクチから撤退するのは難しい」

 

 そうだよね、それも第二次大戦までだけじゃない。

 朝鮮戦争だってどっちも相手を滅ぼすまで戦うって意地張ったから、

泥沼のシーソーゲームになって、あまたの死人を出しただけ、すべての街を焼いただけで

結局戦争始める前と、何も変わらないで終わった。

 ベトナムだって「ドミノ理論」っていう「被害妄想」のために泥沼になった。

 ユギオでは互いに、ベトナムではアメリカが戦術的勝利を量産した。

 でも、最後の勝ちなんて得ることはできず、戦わなかった方が良かったってことになった。

 

 

 

 マリオさんが立ち上がり、僕の方を向いた。

 めずらしく深刻な顔をしている。

 自在天と戦っているときでさえ、こんな表情はしなかった。

 どうしたんだろうか。

 

「スパッド、自在天を追うことも私の目的だったけど、君たちを呼んだのは

 どうしても君に会わなければならなかったからなんだよ」

 

 僕に会う? この人が?

 大昔の人であるマリオさんが、僕に直接会う必要があるって……。

 

「私の手のひらを見なさい」

 

 僕の目のまえに立ったマリオさんが、両の手のひらを僕に向ける。

 僕の脳裏にまた、何かのビジョンが映し出される。

 それはマリオさんがいた時代でも、僕の現在でもない。

 もっと先の時代だった。

 

 

 

 

 

 

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