「自在天を追うことも私の目的だったけど、君たちをここに呼んだのは
どうしても君に会わなければならなかったからなんだよ」
マリオさんが、僕に会うために、僕やドゥーチェたちをここに呼んだ?
どういうことなんだろう。
大昔の人確定で、死んだ後ずっと奈落の底にいた人が、自在天追跡中にたまたま会ったんじゃ
なくて、知っていて呼んだなんて……。
何が何だかわからない僕にマリオさんが見せたのは、僕にとっての近未来の映像。
――今から、30年後ぐらいの世界だった。
複合装甲に加えて、電磁装甲を装備したMBTが、廃墟となりつつある市街地で
やはり同程度の性能の、陣営の異なるMBTと交戦している。
洋上にいる水上艦の支援射撃は、ミサイルではなく艦砲。
音速の5倍以上の初速を持つ、5~6インチの誘導砲弾。
CIWSの代わりに超高速フレッシェット弾を撃つ、小型の電磁砲。
空には通常型巡航ミサイルではなく、より新しい概念の通常攻撃型低軌道ミサイルが
マッハ20もの速度で飛び交い、地上からの電磁砲火線網と激突して消滅する。
しかし、大都市にはもう数発の高運動エネルギー弾が命中した痕跡がのこっている。
東京都の特別区ひとつに匹敵する面積が、まるまるクレーターになっている。
どうして、こんなことになったのか……。
人々は九州と新潟から上陸してきた地上軍をさけて、関東平野に殺到する。
日本中の学園艦が鹿島灘に集結し、避難してくる人々を乗せるために待機している。
学園艦船団を護衛しているのは、わずか一個護衛群。
いや、もう一個艦隊と言うべきだろう。
彼らは海上自衛隊ではなく、日本国国防海軍と名乗っている。
なにがどうしたのかわからないが、すでに在日米軍は存在しない。
朝鮮半島は統一国家となっている。
分裂するとたびたび言われ続け、破綻すると希望的観測で語られたリパブリックチャイナは
政治形態を変えて、存在し続けている。
沖縄は独立し、局外中立を宣言している。
誰にも荷担しないことを条件に、ここに念願の軍事的真空地帯を作り上げた。
グアム島初めとするマリアナ諸島に駐在する合衆国太平洋軍は、まったく動いていない。
つまり、何がどうなっているかわからない「この国」は、西にある複数の国家と
単独で交戦している。ということのようだ。
西部方面(九州全域)、西部軍は4個師団になっている。(現:西部方面隊)
現在の倍の兵力だが、開戦初日で2個師団相当の損害を受けている。
そして今、北九州-博多ラインで関門海峡を死守している。
いや、死守命令が出ており、本州に撤退できないのだ。
国防空軍は開戦後数日で、稼働機数0%となり、全国に散らばる対空群が長距離ミサイルの
大軍と絶望的な戦いを続けている。
この世界は第二次大戦の終結後、建前上核兵器と原子力が存在しない世界になってはいる。
だが、この時代はわからない。
九州攻撃を担当しているのは、21世紀初頭に日本人が「特定ナントカ」と呼んで嫌った国々。
当然向こうも、こっちが大嫌いだ。
だが彼らの作戦は、西部軍の拘束と撃滅にあるらしい。
中部軍団、東北軍団、東部軍は新潟に侵攻してきた数個軍規模の敵地上軍を
押さえるだけで手一杯で、しかも戦線が一部破られ、師団規模の部隊が関越道を首都圏目指して
進撃中。彼らを止めるべく最終防衛ラインを張るのは、富士学校と東部軍教育師団の
教官と学生たち。
(それぞれ現:中部方面隊、東北方面隊、東部方面隊、東部方面混成団。富士学校はそのまま)
いまだ多くの国民が命からがら最後の希望として、太平洋の学園艦船団を目指して
絶望的な逃避行を続けている。
「あと10日、いや1週間でいい。持ちこたえて。おねがいだから」
誰の声だろう? 学園艦船団からの通信のようだ。
公式の指揮系統にない回線を使って、戦車教導連隊(現:戦車教導隊)の指揮官との直接通話。
しかし、富士学校と東部軍教育師団の精鋭は正面に引き抜かれており、師団規模の敵軍は
荷が重い。もはや旧式となった帳簿外のひとまるまで加えているありさまだ。
「腕と戦術で、なんとかします。でも約束できるのは、本当に一週間です」
教導連隊の指揮官の「国防陸軍大佐」が返答している。
機甲部隊だから、当然「女性将校」だ。
しばらくたって、今度は彼女に一般回線から私信が着信する。
「私だ」
「お姉ちゃん!」
電子技術の進歩は、今現在でも民生用が軍用をはるかに追い越している。
クラッカーや電子犯罪者との格闘が民生用電子機器の堅牢性をはるかに引き上げたのだろう。
軍人でありながら、傍受の心配なく私的会話ができるようだ。
「こっちはもうだめだな。私より上級の将官たちも幕僚も全滅した」
「……」
相手はどうもこの時点で西部軍を指揮している将官のようだ。
声では判別しないが、お姉ちゃんと言うからには、相手も女性だろう。
「敵はもはや十倍だ。
たった今、関門トンネルすべてに注水した。
これからは死ぬまで、眠ることもできない。しかしそれもあと数日だ。
そちらは半減よりひどい戦力で、突出してきた師団規模の敵軍を迎え撃つのだろう?」
「うん、でも船団が脱出するまでの一週間、私は最後の使命を果たします」
「……」
電話の相手はしばし沈黙する。
「お姉ちゃん?」
「わかった。ならばもうこれでお別れだ。
これから機動防御の指揮をとる。
作られた無敵神話の化けの皮がはがれたら、このざまだ。
……もう時間だ。先に行っている。
じゃあ、さようならだ」
「お姉ちゃん……。
わかりました。でも別れは言いません。最後まで生きて……」
通話がとぎれた。
ホストの民間通信会社が、回線を維持できない損害を受けたんだ。
あるいは、衛星が墜ちたのか……。
その3日後。西部軍の組織的抵抗が終了。司令部は全員が戦死した。
そして6日後。それまで寡兵良く戦線を支えていた戦車教導連隊を含む富士学校部隊は、
一個大隊程度を残すのみとなり、最上級指揮官であった戦車教導連隊長は部隊を解散し
総員を後方に下がらせる。
そして自身は、1両の旧式戦車ひとまるに乗り、かつてからの彼女のスタイルであった
キューポラから半身をのぞかせたままで、微動だにせず、関越道のど真ん中に単騎で陣取った。
敵軍はこれまでの彼女の神算鬼謀からか、罠を疑い手出ししない。
翌日の朝、彼女はたった一人で、敵軍に投降した……。
……約束の一週間、敵軍を足止めした彼女の運命が悲劇に終わった瞬間だった。
まだ乗り切れない多くの民間人を残し、学園艦船団が出航する。
しかし、この船団を受け入れる国はない。合衆国すら局外中立を宣言した。
警備の一個艦隊は、海軍作戦本部の命令を無視して作戦行動から離脱した艦隊だった。
船団に海中の群狼たちが迫る。
何の支援も受けられず、エスコートたちは奮闘の末、次々沈んでいく。
どうして、こんなことになったんだ。
市ヶ谷地区の大深度地下の統合幕僚司令部。
バンカーバスターですら打ち抜けないと豪語する最後の司令部。
そこでいま、二人の男が侃々諤々で言い合いをしている。
「なぜ、北海道の北部軍(現:北部方面隊)を他方面の増援に出さないんだ。
直ちに本州に移動させろ! 北海道は攻撃されていない」
「もう無理です。首相閣下。
北部軍には北海道の死守命令を出し、青函トンネルはすべて爆破しました」
北海道は侵攻があった際の、最大激戦地と目され、最強部隊が配置されている。
それはこの時代でも同じと言うことのようだ。
しかし、敵軍はあえてここを避けた。
なら海上交通が途絶する前に、北部方面の主力は首都に向けて移動させるべきだ。
だが、ここにいる統幕議長に相当する高官はそれをせず、北海道を孤城にした。
「北海道にはこの戦争の帰趨を決するものがございますから」
「……君は、世界を滅ぼすつもりか!」
まさか戦略核を搭載した低軌道ミサイルか何かか?
「絶対に我が国は勝利し、軍事的プレゼンスを獲得して東半球の覇者になる。
もはや合衆国から独立するときだ。
我が国は無敵の大国となる。我が国は世界の覇者となるべき国だ。
そう言ったのは君たちじゃないか! それなのになんだこのざまは!」
この国の政治家たちは、軽々しくもまたそんな巧言令色に乗ったのだろうか。
「ふっふふふふ。ははははは。
我々はみなさんが望んだことを代弁したに過ぎません。
20世紀の軍閥国家と異なり、今の我が国は国民が主権者。
小学生でも知っている事実です」
「だがそのように誘導したのは!」
「閣下、それは過大評価です。
そろそろ最後の腹をくくってください。
この戦争を始めたのは、あなたと言うことになっているのです。
最後の発射命令をお出しください」
「ふざけるな! ことわ……」
「それは、認めません」
室内に銃声が響いた。
国防陸軍大将が、総理大臣の口に拳銃を突っ込んで、引き金を引いたのだ。
「あなたに生きていてもらう必要はありません。
目玉一つあれば、十分なのです」
網膜認証さえあれば、最終的命令を出せると言うことなのか?
その場にいた幕僚たちが、話が違うとばかりに立ち上がる。
「議長! あれはどこまでも使わないことで我が国の優位を担保するものだと」
「我が国は周囲の敵国すべてを敵に回しても勝てる力を有していると」
「――これでは、世界が滅び……」
「何を騒ぐ。
私は、絶対に勝てるなど一度も口にした事はないんだよ。
君たち同様、戦争がしたかっただけだ。
占領憲法の破棄。
合衆国からの軍事的独立。
世界の命運をにぎり、誰からも舐められないための戦略兵器。
全部君達も望んだ事だ。本望だろう?」
議長と呼ばれた男の目は、別に狂気など帯びていない。
むしろ冷ややかなほどに醒めている。
笑っているのは、口だけだ。
「――!」
「何だとお!? 貴様ぁ!」
「あんたは俺たちまで、たばかっていたのか?」
「周辺の豚どもからありもしない言いがかりをつけられて舐められたこの国の力を示し、
豚どもをねじ伏せ、黙らせるための軍拡だったのじゃないのか!」
このときになって、幕僚たちは初めてこの人物の道具にされた事を知って怒号をあげた。
その怒号の一斉射撃に、議長なる人物は一切返答しなかった。ただし口頭では。
その代わりに彼は、年齢からは考えられないすばやい動きで2丁の自動拳銃を引き抜いて
この「部屋」を、虐殺の巷に変える。
そして、大深度地下の司令室に、生きているものは彼以外誰もいなくなった。
彼は、総理の「目玉」を使って、北海道十勝平野の大平原に潜む黙示録のイナゴたちを
起動させる。
サイロのふたが開くありさまは、軍事衛星を持つすべての国が視認した。
黙示録の獣たちが、正当防衛の名の下に、世界中で次々と大地を蹴って離翔する。
学園艦船団の責任者らしい、小柄の女性が「本船団は民間人のみが多数乗るのみである。
国際法を遵守し、攻撃を中止されたい」とすべての周波数を動員して叫んでいる。
この人には、見覚えがある。どこで会ったんだろうか?
そのとき、ふいに僕の記憶が整理され、彼女の30年前の姿を蘇らせた。
――! この人は、角谷大統領じゃないか!
だったら、この人が通話していた相手というのは……。
……なんということだ。
何でこんなことになるんだ?
海中の群狼たちは、緊急通信を受信し、通常ではない弾頭を起動させる。
それらを搭載した魚雷が海中に放たれ、学園艦たちを指向する。
ただ1発の魚雷で、1隻の学園艦が何万人もの民間人とともに火球と化す。
サンダースが、アンツィオが、メイプルが、ポンプルが、ワッフルが。
黒森峰が、継続が、聖グロリアーナが、マジノが、プラウダが。
そして、ついに大洗女子が……、大統領が灼熱の火球の中に、消えて行く……。
どうしてこうなった!
気がつくと僕は、ただ一人で、たった今「すべてを終わらせた」人間と対峙していた。
大型ディスプレイは次々と破滅の使者が極超音速で飛び交っているのを表示する。
あと数十分で、世界は終わる。
もう誰も止められない!
「誰が、こんな事を望んでいるんだ!」
僕は彼につかみかかっていた。
すべてが手遅れとなった、この場所で。
「彼」は、肩をすくめて答えた。
「――誰も。
そうさ、本当は誰も戦争なんか望んでいない。
もちろん、市民諸君は戦争が嫌いだ。
ロシア人だろうと、イギリス人だろうと、アメリカ人だろうと、ドイツ人だろうと
中国人だろうと韓半島の人間だろうと、それについては日本人だろうと同じだ。
よーくわかっているさ。
しかし、何をするかを決定するのは国の指導者達であり、国民を自分が望むことに
巻き込むのは、政治体制のいかんを問わず、常に簡単なことだ。」
こいつ、何を言っているんだ。
自分が何をしたのか、わかっているのか!
「ふざけるな!
この国は、この世界はあんただけのものじゃない! 皆のものだ。
その人々が望まないものを……」
「自ら進んで望ませればいい。国民はいつも指導者たちの意のままになるものだ。
こう信じさせればいい。自分達が外国から常に攻撃されているとね。
そして平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す敵の手先だと
ふれて回ればいいだけのことだ。いつの時代でも同じだ。
ああ、少しちがうな。彼らが信じたいと思っていたことを信じてもらっただけだ。
まして、光の速度で世論が簡単に形成されるこの時代にあっては」
その元ネタを僕は知っている。
戦争は気が狂った人間が起こすのではなく、ナチの高官も人間にすぎなかったと
報じたジャーナリストの書いたインタビュー記事だ。
「あんたはいつからゲーリングになったんだ!?」
彼は僕に襟元を締め上げられたまま、首を振った。
「ちがうね。
『あんた』じゃない。『僕』だよ」
こいつは何がいいたいんだ?
そう思ったとき、「彼」のネームプレートが視界に入った。
「……!!」
「わかっただろう?」
「彼」の姿が壮年男性のそれではなく、制服を着たまま「僕」の姿に変わっていく。
ネームプレートに書かれた「名前」、それは「山本玲」だった……。
「わかっただろう!
この「僕」に、「男」としてしか生きることを許さなかったこんな国など、
こんな世界など! 滅んでしまえばいい。
そのために、そのためだけに今日まで僕はずっと屈辱に耐え、猛烈な努力を積み重ねてきた。
誰も僕のことを理解しないと知ったその日から、すべての人間は、僕の敵になったんだ!
だから、お望みどおり滅ぼしてやった。今日が満願成就のその日なんだ!」
僕は哄笑し、僕は涙を流していた。
まったくそっくりな、二人の人間が。
世界が滅ぶ、ほんのわずかな時間のあいだ……。
目のまえにあるのは、マリオさんの手。
そして僕は、涙を流し続けていた。
ゴキさんも、ドゥーチェも、カルパッチョさんもペパロニさんも、
突然涙を流し出して、嗚咽する僕に驚いている。
「僕は……」
僕は歴史上の、誰よりも恐ろしい虐殺者になる。
マリオさんがかざしていた手をさげた。
「君は、もうその軌道からは外れている。
君は本当なら、兵士の教場に行っているはずだった」
高等工科のことだ。本当なら父の言うとおり、そこに進んでいたはずだ。そして大学校に。
そしてそこで僕は、世界のすべてを呪うのか……。
男だけしかいない世界の、たったひとりの「女」として。
いや、きっと僕は、男でも女でもないんだ……。
「だが、君はいまそこにいない。
今、君のまわりには君を救おうとしている人たちがいる」
それは、わかってる。
今の僕は、たったひとりぼっちじゃない。
「だからね。だから君は、人を信じなさい。
裏切られても、なお信じなさい。
百人に裏切られたなら、次は大丈夫だと思って、信じなさい」
おそらくは今もって世界一の「お人好し」だった人が、また涙を流している。
僕と一緒に、泣いている。
「君はこれからも、苦しみ、悲しむかも知れない。
だけどね、苦しみ悲しみを知らない人間に、いったい何ができるだろう」
ただの人が言ったのだったら、僕は聞かなかったかも知れない。
しかし、目のまえの人物は人一倍苦しんで悲しんできた人だ。
世界の半分から理解されなかった人だ。
だけど、残りの半分は、この人を助け、支えてきたんだ。
「必ず、必ずそれが、君を救う日が来る。
君の流した涙が、君の進む道を指し示す日が来る。君の力になる時が来る。
だから、破滅に向かってはいけない。
何があっても、そっちに進んではいけない
君が私と同じ所に来ることを、私は決して望まない」
僕はただ涙を流し、うなずくことしかできなかった……。
「君のそばには、私とよく似た人がいる。
だから私は、心配はしないよ。
止まない雨がないとか、明けない夜はないとかは言わない。
また雨は降るだろうし、昇った太陽はまた沈む。
だけど、雲の上に、夜の反対側に、確かに太陽はある」
……地の底でこれからも永劫の苦しみが待っている人が、泣きながら僕を励ましている。
この世界には確かに光があると。
今の僕に、そんなことができるだろうか。
まだできないと思う。
でも、だったら僕にできることはひとつしかない。
生涯かけて、この人を裏切らないことだ。
だって、この人はこんな僕を信じているのだから……。
「君が救われたならば、今度は人を救える人になりなさい。
君の苦しみも悲しみも、そのためにある。
私には最後までそれができなかった。誰も、救えなかった」
この人の一生が、走馬燈のように僕の脳裏を駆け巡る。
つらさに満ちた生涯だ。
そして今もって、誤解されたままの生涯だ。
倒れたままの自在天のかたわらに座っていたゴキさんが、胸のポケットから何かを取り出す。
ハーモニカだ。
慣れた手つきで全部の音が鳴ることを確かめると、目をつぶり暗譜で曲をそらんじた。
それは勇ましい曲でも、明るい曲でもない。しかし、しみいるような演奏だった。
滝廉太郎の「荒城の月」。
廃城の過去の栄華と今の無常をしのぶ歌。
「気障なまねをと思っているんだろう。
自分でもそう思っているんだ。いちいち顔に書くな」
なんか、ゴキさんが被害妄想的になってる。
僕、そんなに微妙な顔ばかりしてるかしら。
しょうがねえなと言いたげに、ゴキさんは笑った。
やがて、ゴキさんのそばで倒れている自在天の身体が、徐々に薄れていく。
「相(フェイズ)が転移しているんだ……」
ここで聞いたことを思いだして、そうつぶやく僕。
この世とあの世と、別々に存在しているのではなく、同じ場所にある。
あるけど互いに互いを認識できない。
彼が帰っていった場所も同じ、ここにあるけど見えないんだ。
ゴキさんは、またハーモニカをくわえる。
今度は何を吹くのだろうと思ったら、「千の風になって」だった。
なぜ、第二次大戦の終わり頃に亡くなったこのひとが、と思ったけど、
マリオさんだって、亡くなった後の未来の情報を知っている。この人も多分そうだろう。
祖国の滅びを知っていて止められなかった人の、これは自分をも含めた鎮魂歌なんだ……。
その旋律は、永遠の夜の世界で寥々とたなびいていく。
曲を吹き終わったとき、ゴキさんはまた「開発タイプ25」の、駆逐戦車の姿に戻っていた。
『そちらのお嬢さんがた、初めて会ったときは失礼したな。
あんたたち、美人だぜ』
わざと僕を外しているあたり、やっぱり会ったときのままのゴキさんだ。いやゴキだ。
でも彼は、今度は僕にだけ聞こえるようにいった。
『お前さんを「美人」という趣味はないんだ。すまんな。
俺がひっくり返されたときからわかっていたんだ。
あっちの旦那も知ってただろ。悪気はねえよ。
なりたくてなったんじゃねえこともわかっている。難儀だよな。
でもな、俺もこの「器」にしばられたままさ』
そう言われて、また御前様のことを思いだした。
そしてこの人も、好きで戦車になっている訳じゃない。
僕は、ドゥーチェたちを呼んだ。
「ドゥーチェ。僕は思うんですけど、何とかしてこの人やイロナを助けてあげられませんか?」
イロナは幽霊でなくなる寸前だった。
そしてドゥーチェは、ゴキさんに幽霊でなくなることを条件に協力をさせた。
「スパッド。ここに来る前に言ったことを覚えているか?
そしてこの人が言ったとおり、私たちはまだ親がかりの学生なんだ。
まして、日本戦車道連盟の組織の「深部」に手を出せるまでの力もない……」
いつのまにかイロナも、僕たちの近くに来ている。
そして、むごい話を聞くことになる。
「ましてイロナは、その連中がどうして作ろうとしたかさえわからないマイナーな戦車だ。
コンバットプルーフを得ていないことも、今回の事故で向こうにもわかってしまった」
つまり、イロナに関しては絶望的ということらしい。
考えてみれば17ポンドは後付けだ。
中速で重装甲でそこそこの主砲というなら、実物が退役と同時にみんな戦車道関係者の
手に渡ったM26パーシングなんかがいくらでもある。僕がヤマ張ったパンターもある。
『別にいいさ。無理しなくてもな。
こういう「器」も、いつかは消える』
僕を含めた皆が、ゴキさんの方を向く。
彼は続けた。
『つまり、機械の幽霊ってやつは、記録と人々の記憶が消えたときが寿命らしい。
戦車幽霊だって、もう何両かは姿を消したのさ。
だから、俺たちに気をつかわんでくれ。アイナみたいに完全に無理なのもいるし。
忘れてくれた方が、むしろ助かる』
え?
……それって、現時点では完全に絶望的ってことじゃない。
ゴキさんは、パソコンやスマホやインターネットを知らないから……。
「それだったら、もう完全に絶対に、皆さんが消えることはありません。永久に」
『ぬわんだと? どういうことだスパッドぉ!
……あ、もしかしたら』
ゴキさんも気がついたらしい。
あの歌知っているってことは、21世紀のことも死者の誰かから聞いているはず。
「ゴキさん。ノイマン式計算機とか、完全チューリングマシンとか、半導体とか、集積回路とか
聞いたことはありませんか?」
『完全チューリングマシンならドイツに行ったんだから見ているさ。
真空管の山でできた、タイガー手回し計算機のお化けだ。
ノイマンはリレーのかたまりで、アメ公のアイオワ級が積んでいる弾道計算機だ。
半導体やICやLSIなんかも聞きかじったことはある。
回路をチップレベルまで小さくできるんだってな』
そこまで知っていれば、話は早い。
仕返しだ、倍返しだ、ゴキさんにも絶望してもらおう。
「ちょうど御前様が幽霊になったころ「第二次産業革命」ってのが起きてね……」
『……。
信じられねえ。
だったら俺たちの情報って、二進法のビット数に置き換えられて、端末機にリクエストすれば
世界のどこでも閲覧できるってことじゃねえかよ!』
「しかも、仮想空間での「ゲーム」になっちゃってるんだって」
「ああそうよ。だからいったでしょ、世界どこでも『ドイツのゴキブリ』でとおるって」
『何だよそれ。それじゃこれから生まれてくる人間の記憶にまで残るじゃねえかよ』
そうそう、ドゥーチェのいうとおりさー。
ここでだめ押ししてやる。
「それだけじゃないよ。電子情報って一回放出されたら、自分の複製まで作られるからね。
画像だってどんどん解像度が良くなって、ほとんど銀板写真とかわらない水準だし。
もうゴキさんの姿は立体映像になって、3Dプリンタで模型にされるんだよ~」
わっはっは、絶望するがいい! 人をクリーチャー扱いした報いだぁ~。
「だから逆に、希望もっていいと思うわね」
は?
ドゥーチェ、それどーゆーお話ですか??
「世界中のどこでも正確な情報が得られると言うことは、財力のある人がコレクションとして
再現する可能性があるってことよね。いつになるとはわからないけど」
「あの~。それってポジティブすぎるんじゃ……」
「君が言ったじゃない。
正確に3Dプリンタ動かせる情報があるってことは、技術が進んだら簡単に実物ができる。
将来は明るい。ってことよ」
がーん。
またまたリベンジ失敗だ。
「スタンダードパンツァー関連だって、これから何が出てくるかわからないわよ。
昔なら保存状態が悪くて散らばってしまう紙資料だって、スキャンすれば残るじゃない」
そっか。
そういう事もあり得るんだ。
「君たち、もうお別れだよ」
マリオさんがいつのまにか、僕たちのかたわらに来ている。
イロナが現界できなきゃ、僕たちも帰れないんじゃなかったのか。
「君たちをここに呼べたのは、イロナ君という媒介があったからでもあるんだ。
ここは死者から見た世界。死者でない君たちはもともとここにいられない。
君たちが、ここでなすべき事も終わった。だから世界が元に戻ろうとするんだ」
ここでマリオさんは、僕を手招きした。
そして、僕にだけ言った。
「君は気がついているらしいけど、あとの三人にはね、私がこんな風には見えていないんだ」
やっぱりそうなんだ……。ふう、僕の眼力って。
「がっかりしないでくれないか。
君が見ている私の姿ってね、本当は私がそうなりたがった姿だと思うよ。
別にああいう立場になりたかったわけじゃなし。
本当は酒飲んで歌うたって、友だちに囲まれて、平和に暮らしたかったんだ。
……だから、何か聞かれても濁しておいてくれないかな。
お墓は普通のを建ててもらったし、もう終わってしまった事だからね」
なんか、それは不思議と納得できた。
だから僕は「わかりました。誰にも言いません」とだけ答えた。
アンツィオ三人衆以外、話しても信じないだろうし。
「じゃあ、これで本当にお別れだよ。気をつけて帰るんだよ」
僕たちは一列に横に並び、みんなの見送りをうけて、地上に帰ろうとしている。
マリオさんも、イロナも、ゴキさんも、うすぼんやりと透けていく。
「どうもありがとう。もう会うこともないと思う」
『私たちのことは、気にしないでください』
『もう本当に忘れちまえ。俺も忘れるから』
あーあ、最後までゴキさんはゴキのままだな。
そしてみんなが見えなくなる前に、双子の弟ズたちも駆けつけてきた。
『おーい、向こうに帰ったら、兄貴によろしくな』
『兄貴は幽霊じゃない。たぶん会う事もあるだろう』
彼らは、そう僕に向かって言っている。
そうか、彼らには「兄」がいるから、両方とも弟なんだ……。
『食いしん坊もいいけど、変なもの食って腹こわすなよ』
『あんたらまだガキなんだから、夜更かしはほどほどにな』
これは小さくて強力な、女海賊たち。
最初はびっくりしたけど、世話になりっぱなしだった。
僕は、ここにいない戦車姉妹や、優しい大男のハンスにも、心のなかでお礼とお別れを言う。
そして、いよいよ僕たちのフェイズシフトが始まった。
すべての視界が、一度闇に閉ざされる。
さようなら、幽霊たち。
マリオさん、ありがとう。
さようなら……
僕たちは、あのフェイズに行く前のままで、大洗戦車隊のいるトレーラーハウス群の
真ん前に戻ってきた。
LEDライトも、単眼鏡も、ペパロニさんに貸した暗視ゴーグルも普通に機能する。
戻ってきたんだ。
「?」
「どうした? カルパッチョ」
カルパッチョさんが、手首の旧式な腕時計を見て、何かいぶかしんでいる。
「あれから30秒しかたっていません。針がもどっています」
皆がそれぞれの時計やスマホで時刻を確認する。
あんな長い時間行動していたのに、こっちの現実では本当に1分経過していなかった。
「時間の流れが、ここと向こうはちがうんだね」
ドゥーチェ、安斎さんがしみじみという。
僕も、確かに満腹のままだ。
「ところでさ、山本はマリオさんが何者かわかったんだろ?」
「そうみたいね。お墓の事とかいってたわね。山本さんは」
「いったいあのすげーおっさん、何者なんだ?」
マリオさんとの約束もあるけど、この人たちに「すげー」と映ってるなら
まして話さない方がよさそうだね。誤解のスパイラルになりそう。
「……いえ、僕はカマかけただけで、マリオさんが当てられたと早合点したんです。
むかしむかしのあるところにいた、お人好しのアマチュア詩人だろうと思います。
それに、もうあのフェイズに行く事もありませんし」
それでいいんじゃないですか? 空と海の中間で昔の人にあったなんて、
僕たち以外信じる人はいないでしょうから。という意味を言外に匂わせる。
別にうそはついてない。彼が詩を書いてお金をもらっていないのは事実だから。
「ふーん。知らないでカマかけたってだけか、残念だねぇ……。
しかし山本、『Spud』とは、君のお祖父さんも粋な名前つけるね」
「安斎さん。その名前はじっちゃんの友だち、アヴロ・カナダ社のテストパイロットの
コールサインなんですが、何かいわれがあるんですか?」
安斎さんの目が、一瞬だけ丸くなる。
どうも違う人の事と思っていたみたいだ。
「そうか、だったらいいや……。
――明日はお互い早いからな。ここでお別れしよう。
みんな寝てるんだろ」
意味深だけど、聞かなくていいことなら別にいいや。
それに、僕には新しい課題ができた。
この大会を、何としても勝ち抜かなければならない。僕だけのためじゃなく。
しかし、ウサギチームの装てん手に過ぎない僕に、何ができるのだろうか。
「山本ぉ、明日は私らが勝つぞ。祝勝会に呼んでまたたらふく食わせてやる」
「そうはいきませんよ。ペパロニさん、僕は負けられません。
残念会に行きますからね」
「このやろっ!」
冗談抜きで、もう負けられない。「戦友」の時間は終わりだ。
「じゃあ山本さん、おやすみなさい。
ふふふ、私、初めからあなたのことわかっていました」
じゃあ僕、みんなにわかっててからかわれたんだ。ひっどーい。
……ん? 何だろう。
こんな夜中に遠くで騒ぎが起きてるみたい。
「あれ、なにかしら?」
カルパッチョさんが、神戸の町の方を見ている。
埠頭から煙が上がり、消防車のサイレンと半鐘の音が、かすかに聞こえてくる。
埠頭になぜが「第二あきつ」が停泊してる。
なぜ、あの船が?
「姐さん、あそこにあるのは連盟の……」
「……」
安斎さんが、黙ったままその光景を見ている。
まさか、あそこで燃えているのは……。
「山本、あれがイロナだ……」
やっぱりそうなんだ。
試作戦車を再現する「工房」が制作した「偏差値44」は、第二あきつに積まれて神戸港に、
そして連盟施設内の試運転棟とかでテストを受け、そのさなか炎上、爆発して失われた。
「これから話すことは、いっさい他言無用だ。
だけど、君にはもはや他人事じゃないから、話しておく……」
……サンダースが敗退した直後あたりに、アンツィオが例の「アコギな戦車ブローカー」から
試作戦車を買わないかと持ちかけられたということが発端だった。
当然安斎さんは断った。ぼったくられてたまるかと言って。
すると相手は無料で貸し出すから、使ってみないかと言い出した。
ただより高いものはない。まして相手がこいつならと考えた安斎さんは、
そんな話に耳を貸さず、さっさと追い返した。
「そしたら、奥の院の黒幕が直接電話を掛けてきたんだ。
何代目かの島田千代さまだ」
これを使って大洗に勝て。そう言われた。
安斎さんは島田のもくろみもわかったし、西住と島田の抗争にかかわりたくなんかないから、
その話も断った。
ならば、アンツィオを二回戦に出さないだけだ。と脅された。
「だから私は伝手を頼り、ある人物にすべてを丸く収めるよう依頼した。
その結果が、あれだ……。
知らなければ良かった。幽霊たちのことは。
私はイロナに、むごいことをしてしまった……」
ある人物とは、言われなくてもわかる。
連盟内評価試験部隊「デスバード」のチーフ、大河さんだ。
第二あきつで運んで来たのも、デスバードが戦車道界の勢力地図と無関係な集団だから。
そして、あの人は誰のせいにもならないように、始末を付けた。
「……そう、ですか」
「ああ、そうだよ……」
イロナには悪いけど、僕らは助かった。
安斎さんがもし勝つためには手段を選ばない人だったら、大洗女子は目のまえにいる
三人のベテランがあやつる、17ポンドを積んだ魔改造偏差値44と戦う羽目になっていた。
いくら西住先輩でも、イロナ相手に大戦初期のⅣ号で立ち向かえるはずもない。
戦車道をやっている女性は、男以上に葉隠精神や騎士道精神を大事にするという。
島田隊長は、あんなことがあったんだから仕方ないかも知れないけども。
でもやはり、安斎さん、ドゥーチェは角谷大統領の友人たるべき人物だった。
「わかりました。今晩のことは何もかもすべて、誰にも言いません」
僕がそう言うと、安斎さんは複雑な笑みを浮かべて、
「じゃあね山本。明日は、いや、朝になったら「初対面」だよ」と言った。
三人は手を振って、もと来た道を帰っていく。
楽しげに、意気揚々と。
空は、あの世界で見た光汚染のない満天の星空じゃないけど、変わらぬ星と銀河、そして
中天には満月がかかっている。
その空を、何筋もの流れ星が輝いて、儚く消えて行った。
僕は、僕に割り当てられたキャンピングカーに向かった。
意外な人物が、いや想定内の人物がそこにいた。
「アキラ、山ほど食わせてもらえたかい?」
ジャージ姿の角谷大統領だった。
「何のことでしょうか?
僕は空腹で眠れなかったので、少しうろついていただけです」
大統領は、僕が幽霊の世界に行ったことをのぞいて、それですべて察したみたいだ。
「ああ、そうだった。
君は腹ぺこのままだ。そういうことにしておこう。
……そうだ、これをあげよう」
そう言うと大統領は、後ろ手に持っていた本を、僕に渡した。
「私のお古で悪いけど、なんかあげなきゃいけないって気になったんだ。
でもね、私はたまたま起きてきただけ、君もたまたま起きていただけね。そういうこと。
じゃあ今度こそ、本当におやすみ」
「はい、おやすみなさい」
大統領はカメさんチームのトレーラーハウスに戻っていった。
僕もキャンピングカーの寝床に戻った。
たぶん僕は、大統領の前でも「微妙な」表情をしていたにちがいない。
「世界を滅ぼした僕」は、きっとこの人のことは知らなかったんだろう……。
僕は寝床で、あらためて大統領に渡された本を見る。
とうてい今時の女子高生が読まない本だけど、大統領なら別におかしくない本だ。
「魏武帝注孫子 対訳付き……」
死後追贈で初代皇帝になった万能の天才が、いっぱい書き込みした孫子だ。
付せんが十何枚か貼ってある。
戦車千両、輸送車千両、十万組の装備、内外の戦費、外交費、消耗品、メンテの費用、
それに一日千金を出費して、初めて十万の軍を動員できる、か。
まるで機甲部隊だ。
戦争の原則は、昔も今も変わらないか。マリオさんが言うとおりだ。
「ああ、あった」
その章にあの二人がいっていた下りがあった。
『だから戦争は戦下手がすみやかにすましたという話は聞くが、戦巧者が長引かせるというのは
覩たことがない。注釈:下手くそでも速戦で勝つこともあるということ。覩たことがないとは
これまでにないということである。』
マリオさんたちが言ったとおりだ。
大統領も書き込みしている。
「勝っているときに引き際を見定めないで欲を張ると、元も子もなくす」
本の終わりの方に大きな付せんが貼ってある。
そのページを開くと、おそらくこの本で一番大事だろう事が書いてあった。
「……注釈:怒りや恨みの感情で戦争を始めてはいけない。
そのときは怒っていても、そのうち怒りは消えて、喜びに変わる。いまは恨んでいても、
そのうちうらみも消えて、楽しくなる。しかし、死んでしまった人、滅んでしまった国は
二度と元には戻らない……」
またあの幻影を思い出し、涙が出てくる。
僕のつらさ苦しみが、僕の力になるだろうと、マリオさんは言った。
前なら、何がわかると思っただろう。
でも、今は苦しさ悲しさを知らない人間になにができる。という事を信じたい。
この世界には、たぶん無駄なことはなにひとつないはずだから。
そして僕は、いつの間にか眠りについていた。
目が醒めれば、あの人たちを相手に戦う、全国大会第二回戦が幕を開けるのだ。