二週間遅れて開催された第二回戦、アンツィオ高校対大洗女子学園。
湊川神社で45円ずつお賽銭を上げたり、空と海の境目に行ったり。
いろんなグダグダがあって、サンダース戦から半年たったような気分だわ。
とくに獣人中二病が起こした復讐劇はさんざんで、大変な目にあって、そのうえ墓まで持って行かなければならない秘密まで背負わされた。
しかし表に現れた対外的な影響としては、戦車道全国高校生大会の日程が2週間延びたことと大洗女子学園職員に超人用務員がふえたことぐらいだった。
参加車両5両の、連盟側のオフィシャル立ち会いでの車検が終わり、各自始業点検ののち、僕たちは一団となって試合開始地点に向かっている。
……でもなんか、忘れているような気がする。
もしかしたら前回同様、リーの75mm砲弾のチェックを誰もしていないんじゃないかと思い、見てみたらやっぱりAPCBCが7発しかないーっ。18発不足です。
最近では他の誰も75mmのこと気にしてくれない……。
「あのね、みんな。
主砲の徹甲弾、7発しかないよ」
「えー?」
「うそー」
「どーすんの。アキラくん」
はいはい。
……そうですね。僕が自分で確認しないのが悪い……。
「僕が取ってくる。先に行ってて」
もーしょーがねぇっす。
ここで降りるっきゃない。
セーフティーゾーンとふもとの連盟キャラバンのあいだを往復するのはごめんです。
ここで降りればほとんど片道だけですむ。荷物つきで昇りだけど。
でもどこかで曲がるところを間違えたらしい。
……なんか、ものすごい数の的屋さんがいる~。
目の前に広がるのは、巨大な即席屋台村。
どうやら観客ゾーンに迷い込んだらしい。
スマホのコマンドコンパスでチェックすると、キャラバンの方角から2度はずれたみたい。
まいったわ。
あれ、このスマホに着信だ。だれ?
『アキラくん?』
相手は梓ちゃんだった。
「うん。そーだよ」
『砲弾はスーパー用務員さんが、荷車につんでもう出たって電話してきたの』
「荷車ですか?」
リーの砲弾6カートンなら、軽く150kgを超える。
いくら超人用務員といってもデコボコ道をリヤカーで追いかけるんじゃ、全然間に合わない。
『クロー、……クレー、えーと何とかダンプでこっち来るって』
「クローラーダンプ?」
『うん、それ』
クローラーダンプ。それは農場や造成工事なんかで使われる装軌式のダンプカー。
とうぜん駆動方式はあたりまえのように超楽ちんの純HSTだ。戦車よりのろいけど。
クレトラックのロシア現用戦車の経験がある超人用務員ならお茶の子さいさいだ。
戦車が走れるところなら当然走れるんだから、リーが止まって待っていれば間に合うだろう。
連盟の持ってきた6トン積みは、操縦席がキャビン型でエアコン装備。
あーあ、この暑いのにエアコンとはうらやましい。
競技用戦車は申しわけ程度の排煙用換気扇しかない鉄の箱なんだよぉ。
6トン積みとはダンプとしてはちっちゃいけど、クローラーダンプに巨大なのはない。
大きいのでも路上ダンプカーとおなじ11トン積み程度。
鉱山なんかで使われている巨大ダンプは装輪式だけど、あのポルシェティーガーと同じ電気変速方式なんだよね。
あんな巨大な物でも普及してるのに、何でポルシェがしくじるの?
それと超人用務員、もっと早く電話してきてよー。リーから降りないですんだのに。
ちくしょお、僕のことも迎えに来させてやる。
電話帳の「赤いふんどし矢吹」を開いて電話するけど、操縦中だからかなかなか出ない。
でも、出るまで鳴らしてやるー!
止める場所を探していたのか、30秒ぐらいして用務員はやっと電話に出た。
『なんだ? 山本。いま忙しい』
「矢吹、それはわかってるよ。
でもついでだから僕もいっしょにひろっていってくれないか?」
『……どこにいるんだよ』
「六甲山地に突如出現した屋台村」
超人用務員は自分のスマホを両手で操作しているようね。
タッチパネルを指がフリックしたりスワイプしてる音がする。
どうやら場所を検索してるみたい。
『あー、わりぃ。そこはもう過ぎちまった。
リーに砲弾届けてから迎えに行ってやるから、屋台村で待ってろ』
「なんつーいやがらせだよ」
『俺は意地悪でこんなことは言わん。本当にもうすぐリーとの待ち合わせ場所なんだよ』
まあ、コイツの場合本当のことしか言わないのは事実だわ。
ついでに陰ひなたなくよく働く。
あれ? ということはもしかして……。一応聞いてみよう。
「じゃあ、弾だけおいてすぐ来るんだな」
『馬鹿言うな。戦車隊でいちばんきゃしゃなお前の仲間たちに、カートンだけわたして
はいさようならはできねえだろ。もう時間もねえしよ。
全部箱から出して、サイドドアまで運んでやる。この際だから俺が手伝ってもいいだろ。
だいたいお前が最初に気をつけてればこんなことには』
「わーったよ。つまり時間がかかるからそのつもりでってことだろ」
『ああそうだ』
なんというか、律儀で親切(で薄情)なやつだ。
別に相手がかわいい女の子だからってことじゃない。あいつは誰にでもそうだ。
やっぱり僕の代わりに自衛隊に入ってもらいたい。
『屋台村まできたら、また電話する。
男なんだから細かいことでガーガーいうな。じゃあな』
ピッと音がして、電話は向こうから切られた……。
悲しい。悲しすぎる。
なんで男のくせに戦車に乗ってた元変態に「男なんだから」なんて言われなきゃならないの。
女あつかいしろー!! 中二病のくせにデリカシー皆無なんて。
……いや、そうじゃないんだ。僕やっぱり男にしか見えないんだぁー。しくしく。
きっとあいつのことだから、バールなんか使わなくとも素手で木箱ぐらいぶっ壊すだろうし、75mm砲弾なんか親指と人差し指だけでひょいっとつまんじゃうだろう。
わたされる山郷ちゃんたちはよたよたとたたらを踏むかもしれないけど。
僕がやるより早いのだけは確実だね。
じゃあ、屋台村で少し遊んでいこう。
あらためて見ると、とてもすごい屋台の数だわ。
的屋さんがいっぱいいるー。
ここが関西じゃなかったら、あの理事長さんの組合の的屋さんもきてるんだろうけど。
いやー。なんかちがう。
女の子の的屋さんがすごく多い、です。
ちょっとまった。なんかその子たち学生っぽくありませんかー?
あのブラウスにベレー帽、どっかで見たような気が……。
――あーっ!
秋山先輩が潜入取材したアンツィオの制服と同じ。
そういえば学校の中でも露天商や屋台やってたけど。
……そうか。
みんなしていい稼ぎになるとばかりに出てきたんだー!
何という商魂。
もう、本職さん1軒につき、アンツィオバイト屋台5軒の割合だわ。
だけど……
せっかく学園長が今日まで休暇にしてくれたのに、大洗の制服姿がひとりもいない。
うがー!
――大洗女子の公式掲示板で、写真流したるわ。
うーん、アンツィオ屋台みんなおいしそう。
みんなペパロニさんレベルなら、お世辞抜きでおいしんだろうなあ。
本職の的屋さん、顔色なしだわ。
リンゴアメとチョコバナナの的屋さんが、両脇をアンツィオ屋台にはさまれてヒマそうにしてるわね。
「こんちわ。リンゴアメ1本ください」
まるごと一個のりんごを串に刺して、溶けた飴をからめてつくる縁日の定番だけど、本当はヨーロッパ生まれの菓子なのよね。
この屋台はふつうにいう「軒下三寸」じゃなくて、きちんとした小屋造り。
エンジン発電機とプロパンガスボンベは外に出してある。
この店はベテランのおやじさんと、修行中の若い見習いさんのふたりでやっている。
「今日はねえちゃんが最初の客だ。いいから持っていきな」
おやじさんはそういって、リンゴアメ1本をただでくれた。
「え? いいんですか?」
「ああ。かっこうは奇天烈だが、ねえちゃんも関東もんだろ。
ってことは大洗だな」
キテレツはないと思うの。なんか双子弟ズのあの戦車を思い出す。
でも「ねえちゃん」といわれるだけマシかしらね。
また兄ちゃんっていわれたらどうしようかと。
「おじさんも関東から? 遠いのに大変ね」
「ああ。北関東組合の親方が、大洗が戦うんだから一軒ぐらい行ってやれっていうからな」
へえ、あの理事長さんが僕たちのこと気にしてくれるんだ。
で、こっちの方の顔役さんにも話をつけてくれたと。
「でもなあ、この女子高生どもなんなんだ?
関西の的屋衆まで閑古鳥じゃねえか」
「あー、この人たちふだんから屋台やって小遣いかせいでいる人たちみたいだから。
料理も本職はだしだよ」
「……まったく、大洗艦に便乗だったから交通費はないようなものだけどなあ。
材料費丸損だあな」
「ホントですね」
まあ相手が悪かったとしかいいようがないわね。
あれ? お店の中が急に暗くなったよ。
「……ん? なんか明かりが消えちゃいました?」
「ああ、発電機がガス欠だな。
――おーい、ガソリン継ぎ足しとけ」
若い兄ちゃんが「へーい」と答え、鉄板でできたモナカ型の携帯タンクを持って外に出た。
兄ちゃんはポータブル発電機の、やっぱり鋼鉄製のガソリンタンクのふたを開けて、
携帯タンクにはじょうごをつけて、ガソリンをつぎたそうとして……。
……なんか変だ。エンジンが止まっていてない。
電圧が弱くなっただけで、発電機は動いてるんだ!
タンクの開口部からかげろうのようなものが見える。
ガソリンの蒸気だ!
脳裏に、前の年にあった爆発事故がよぎる。
「あぶない!」
気がついたら、タンクを持った兄ちゃんを思いきり突き飛ばしていた。
でも遅かった。
蒸発したガソリンが高い気温と空冷エンジンの熱で着火し、宙を舞う携帯タンクからこぼれるガソリンに火をつけた。
引火したガソリンが、内部からタンクを破裂させた!
爆風が僕をなぎ倒す。
兄ちゃんを抱えた格好になった僕は背中から受け身もとれずに地面に叩きつけられ、後頭部をもろに強打した。
「う、……痛い」
なんか、きもちがわるい。目が回る。
でも何だろう、あの火は?
……!
飛び散ったガソリンに火がついて、小屋造りの屋台を燃やしている。
おやじさんが、あわてて飛び出した。
炎は小屋の屋根まで達してる。もう消防車呼ばないと消せない。
何か忘れているような気がする……。
この屋台には……。あそこに落ちてるのは、さっきもらったリンゴアメ。
――裏に、プロパンがある!!
ホースを閉じなきゃ。
それだけじゃない。ボンベ自体持ち去らないと、爆弾と同じだ。
うう、くらくらする。吐き気までする。
でも、行かなきゃ。
ボンベ自体は、人がひとりで運べる小さいものが2つある。
頭痛がだんだんひどくなる。
なんとかボンベに手がかかる。まずボンベ自体の栓を締める。
次はホースを……、くっ、留め金がしっかりしていて外れない。
誰かが逃げろと叫んでる。
確か十徳をベルトポーチに……、あった!
でも十徳についているナイフは、本当に文房具レベルだから、ホースがなかなか切れない。
なんか髪の毛の焦げるにおいがする。熱くてくらくらがひどくなる。
……やっと、2本とも切った。
ボンベを、安全なところまで、くっ、2つ持てない。ひきずるのが、やっと。
「何やってるんだ! 放り出して逃げろ」
そうはいかない。10メートルでも、5メートルでも持っていかないと……
……なんか、視界が暗い。風景がモノクロだ……
まっすぐ、歩けない。
だめだもう、脚が崩れる……。
倒れる僕に、誰かが駆け寄ってくる。
特徴のある、縦ロールのツインテールに、将校服のような……。
ドゥーチェ……安斉さんだ……。
……。
『こちらは日本戦車道連盟、第二回戦運営本部です.
ご来場の皆様にお知らせいたします。
ただいま臨時観客広場におきまして建物火災が発生いたしました。
消火活動と避難誘導および救護のため、試合開始を2時間延期いたします。
広場においでの皆様は、至急観覧席まで移動をお願いします。
繰り返し、お知らせいたします……』
「火事ねえ。
アキラもくたびれ損だね。巻き込まれてんのかな?」
「会長、何か来ます」
「四駆の、野戦車両みたいですね」
「ん? あれに乗ってんの、ちょび子じゃん」
「こっちに来ますわ」
「おーっ、ちょび子ぉ」
「……」
「で、何しに来た? 安斎」
「……。
角谷、この車に乗れ」
「あぁ? これから試合でしょ?」
「いいから乗れ! 山本玲が負傷した!」
「何だって?」
「ひなちゃん。アキラがケガって……」
「……うん、さっき放送していたでしょ。
火事に巻き込まれたの」
「あいつ、砲弾取りに行ったんじゃないのか?」
「あれって、アンツィオの隊長さんでしょ?」
「何か様子が変ね」
「何があったのお? 梓ぁ」
「アキラくん、ケガして病院に運ばれたって!」
「えー、どうして?」
「……」(だまって空を見てる)
「わからない、先輩たちに聞いてくる。
みんなはそこで待ってて」
「かーしま。西住ちゃん。
とりあえず様子を見てくる。後は頼んだよ」
「わかりました。会長」
「会長だけでいいんですか?」
「あいつの様子次第だけど、連れて帰れないようならそのまま私だけで帰ってくる。
ウサギは待機だ。あの車ではあとひとりしか乗せられない」
「……わかりました。
澤さん、最悪の場合、M3リーは6人で運用します」
「……はい」
「みんな、今は試合に備えて落ち着いて待機してろ。
すまないね。ちょび子」
「私はアンチョビだ。まあそれはおいておいてだな、
山本が搬送された病院までは、ここから車で20分かかる。
急ぐぞ」
「おう、大統領とアンツィオの大将。
待ってたぞ」
「矢吹、あいつはどうなった?」
「とりあえずCT撮り終わったところだ。
高橋医師には電話した。
切り傷はあるが、たぶん脳震とうだろうということだ。
ただな、ずっと気を失ったまま目を覚まさねえんだ」
「ねえ、用務員さん。
山本ちゃんは今はどこにいるの?」
「そこの病室だ。
会長、俺は玄関で高橋医師が来るのを待っている」
「ああ、頼んだよ。矢吹」
「角谷、えらく大男の用務員だな」
「あれで16歳だ」
「はあ??」
「……うん。気を失ってる。
寝てるんじゃないな」
「なんでわかるんだ?」
「こいつは寝てると、いびきがひどい。
息は普通にしてるねえ」
「おい、なにしてんだ角谷!」
「まぶたこじ開けて、瞳孔が光で反射するかをだな」
「そこまでするか? 普通」
「うーん。当分目を覚ましそうもないな」
「……」
「ああそうだ、ちょび子。
こいつに飯食わせてくれてありがとね」
「何のことだ?
それに私はアンチョビだ。って何してるんだお前、携帯プレイヤーとか取り出して」
「いや、せめていい夢が見られるようにって、BGMをね。
っと、イヤホン着けて」
「……いいのかなあ?」
「角谷……」
「……なんだよ?」
「山本って可哀想な奴だったんだな……」
「おい、んなこと言うなよ。
あいつにそんなこと言ったら怒るぞ。
……表面でどうふるまっていようが、ハンデであることに変わりはないんだ。
私らには、絶対にわからないんだ。軽々しく扱うな」
「そうだよな、すまなかった。
……ところで、BGMって何を聞かせたんだ?」
「紅蓮の補作詞版のMP3のリピート地獄」(※ 2012年当時は補作詞版はまだ未発表です)
「――!
んなもん聞かせていい夢見れるか!?」
「……うるさい、静かにしろ。
ここは病院の廊下だぞ」
「あっ、すまない」
「……わるいけどさ。またウチのセーフティゾーンまで送ってくれる?」
「そうだな。もうすぐ試合が始まるよな……」
……
……何かが、聞こえる。
何だろう……
「……ッド、スパッド」
誰かが僕を呼んでいるけど、答えられる状態じゃない。
強襲揚陸艦なんて初めて乗って、ひどい揺れの中アフリカから地中海を縦断してるから、ひどい船酔いになって舷側で朝ご飯を戻している僕。うえ~、気持ちが悪い~。
「君はこんなの初めてだろうから酔うのはわかるけど、もうすぐ作戦が始まるぞ。
艦首に全員集合だ。早く来い」
「はい、……了解、です」
誰かと思えば、大隊付き情報将校の少尉、ヤングだ。
ハワイ出身者ばかりのこの隊で、珍しく僕と同じロサンゼルスの出身。
……というより3歳年上のヤングは、僕の実家のすぐ近くに住んでいた「近所のお兄ちゃん」
僕の「幼なじみ」のひとりだ。
「なーんだ、あいかわらずだらしねえなあ。
俺っちがサレルノに行ったときは、ひっでー時化だったぜえ。
これからまた地獄だぞ。大丈夫かぁ?」
「……みんながみんな、あんたみたいだったら誰も苦労……うえっぷ」
「ダン。あまりスパッドをいじめないでくれよ」
ダンは、相変わらずだ。
悲しいことに童顔の僕より、ハタチそこそこのダンの方が大人びて見える。
ダンはアメリカ軍広しといえども、そうそう右に出るものがいないライフルマン。
百発百中とはいわないが、99発ぐらいなら当たるだろう。
1944年になってもまだ、僕たちの部隊には新型銃のM1ガーランドはまわってこない。
みんな旧式のスプリングフィールドM1903、ボルトアクションライフルだ。
僕らの場合は別に不自由しないし、ダンなんかは「ロックが確実でいい」という。
「いつから狙撃兵になったんです?」
「これの事か?」
なぜか、ダンの小銃には照準スコープがついている。
「別にスナイパーになってはいねえよ。上官が褒美にって申請してくれたのさ。
……ん? あんだよ、何が言いてえんだ?」
「いや、あなただけパープルハート持ってないと思いましてね」
名誉戦傷章。パープルハート。「紫の心臓」、ハート型の真ん中にワシントンのレリーフ。
戦死者か、戦闘中に負傷した軍人に贈られる勲章。
僕が補充される前にこの部隊にいた古強者はみんな持っている。
ヤングのにはクラスタ(柏葉)までついている。
戦場に出てから2回負傷したという事を意味する。
それも衛生兵の手当ですむようなものではなく、野戦病院に送られたが、動けるようになると病院から脱走して戦場に舞い戻ったらしい。アーヴィングから聞いた。
「だってよお、敵が俺だけ狙わねえんだから、しょうがねえだろ」
ちがう。絶対ちがう。
そいつがダンを狙う前に倒されてるだけだ。
彼の動きは常人に追えるものではない。
それもおそらく敵弾を無視しているみたいらしい。
みんなダンは戦場を戦争映画のロケと勘違いしているに違いないと言っている。
「上陸地点が見えてきた。船内に戻るぞ」
ヤングの言う「上陸地点」が、水平線の上に姿を現す。
イタリー沿岸の港町、ローム県のアンジオ市。
イギリス海軍の巡洋艦や駆逐艦がいまだに艦砲射撃を続け、街と言うより廃墟になっている。
僕らはそのアンジオの近くの砂浜に上陸し、第二戦線のための橋頭堡を築く。
「船内に戻ったら『日本語』は使うなよ。Private First Class Spud(スパッド上等兵)」
「了解しました。少尉殿」
やれやれだ。
またダンが聞き取り不能なビシン(ハワイ方言)で話し出すんだ。
しかしまあ、あんながらっパチがハワイの医大生なんてインテリなのだからわからない。
サイコロを「ドンブリ」に放り込むギャンブルの「チンチロリン」の胴元までやってる。
そしてこの部隊の合い言葉は、何と「真珠湾を忘れるな」だった。
ハワイ出身者からすれば、二階に上がっていたらはしごを外されたようなものなのだろう。
そんなわけで僕たちは3人でいるときだけ、誰の母国語でもない日本語で話している。
ネイティブスピーカーの僕は、陸軍に入隊してからは、言語兵として育成された。
本当ならそのまま通訳兼情報兵として、太平洋の情報部隊に配属されたはずだ。
しかし、この部隊が創設されたのを聞いて、僕は転属を希望した。
猛烈な反対にもめげずに、あくまで意志を貫いた。
そして曹長から上等兵に降格された。たぶん今後も下士官になれないだろう。
別にそれはかまわない。実戦部隊にいられるならば。
血のつながった人間を、敵国の捕虜扱いして尋問なんかしたくない。
この部隊には、やっぱりそう思って日本語が話せるのを隠しているのがいっぱいいる。
船内に入ると、ビシンでガヤガヤ話している一団とすれ違う。
もう半年以上激戦のカッシーノ山で戦った歴戦の、すでに古参兵の雰囲気漂う連中だ。
格好は本土にいたとき同様、お世辞にもしっかりしてるとは言えない。
上着がズボンからはみだしてるの、ズボンの裾を半長靴に入れていないの、靴が汚いの。
ボタンなんかロクにかけずに、だらしなく襟元がはだけてる。靴紐を結んでいないのも。
連中はヤングを見かけると、にこにこ笑いながら敬礼をする。
ヤングも将校なのに服装を注意するどころか、なんと笑って歩きながら答礼してる。
ヤング自身、もう戦闘配置なのに鉄鉢かぶらないで、ニットの帽子のままだ。
「ヤング、ヘルメットかぶらないで戦場に行くと、50ドルの罰金ですよ」
ヤングは、ん? それがどうした。という顔をした。
「いいんだよ。鉄鉢は頭が重くなるし、視界も悪くなる。しかも上下二つだ。
生き残ること、みんなを生きて還らせるのが私の役目だ。
戦地でいちいち規則を気にしていたら、生き残れないからね」
……なんですかその「規則は破るためにあるのよ」は。
現実にヤングのニット帽は、まったく黙認されているようだ。
途中でA中隊の将校にあったが、ヤングが敬礼するのに対して答礼を返すだけだった。
僕たちを乗せた上陸船団の舟艇は、ついに艦首をアンジオの砂浜にのし上げる。
出撃時刻、「ゼロ・アワー」は間近。全員がLSTのランプドアの前に整列し、その時を待つ。
1941年12月7日
それまでの平和な日常は、炎とともに崩れ去った。
20年の雌伏から解き放れた海鷲の群れに、パール・ハーバーは蹂躙された。
この日、僕たちは思い知らされた。
僕たちがアメリカからも、日本からも「敵」にされた恐怖を……
マッキンレー高校の12年生だったダンにとって、その日はただの日曜日になるはずだった。
彼はその日も普通に起床し、歯をみがきながらラジオのスイッチを入れた。
しばらくの間ハワイアン音楽が雑音混じりに流れる。
しかし、それはいきなり逆上したアナウンサーの声に変わった。
「これは演習ではありません! これは本物の戦争です!
繰り返します。これは演習に非ず! パール・ハーバーが攻撃されています!」
彼だけではなかった。
ハワイにいたすべての日系二世、親である在米日本人にとって、それはまさに奇襲だった。
日の丸を翼に描いた艦載機300機以上が、この日、オアフ島全域を襲った。
悪夢だった。
自分たちと同じ顔をしたパイロットたちが、オアフ島に魚雷を、爆弾を、機銃掃射をみまう。
誰も、そんなことになるなんて思っていなかった。
ここに住んで数十年。いままで赤貧の中で必死に築き上げてきたものが、音を立てて崩れていく。誰もがそう思った。
この日だけで合衆国陸海軍は5隻の戦艦、180機の航空機を失い、加えて陸軍飛行場4カ所が攻撃を受け、合計で3,303名の戦死者と1,272名の戦傷者を出した。
それだけではない。
ホノルルの市街地も、イオラン宮殿はじめ四十数カ所にわたって空襲を受けた。
ダンは右往左往して逃げまわる人々の中に、日本語で金切り声を上げながらさまよう片目を失った老婆を確かに見た。
ハワイ準州(当時)の人口の実に1/3を占める在米日本人、日系二世のなかにも、この日の日本軍の攻撃で死傷したものは、あまた出た。
この日の民間人の死亡者は67名、負傷者は60名。このなかには片脚を失った3歳の女児はじめ多くの日本人名が記されている。。
「昨日、1941年12月7日という日は屈辱のもとに生きる日となるでしょう。
この日にアメリカ合衆国は日本帝国の海・空軍の意図的な攻撃に突然さらされたのです。」
翌日、ワシントンで上院と下院のすべての議員の前で、ローズヴェルト大統領は宣戦布告無き奇襲攻撃をこのように非難した。
一人の女性議員をのぞき、圧倒的多数で合衆国議会は枢軸国に対する宣戦布告を決議した。
スニーキー・アタック、卑怯なだまし討ち。
この頃までにすでに悪くなるだけなっていた排日感情は、このフレーズで大爆発した。
それは、僕の故郷であり、成人するまで住んでいたロサンゼルスでも同様だった。