チウサノ村を攻略するべく第100歩兵大隊は前進する。しかし守備している敵の戦力が不明のまま、彼らはいきなりドイツ軍守備隊の陣地から反撃を受けた。
初めての実戦であったにもかかわらず、彼らはすくみ上がる前に伏せて身を隠したので第一撃での死傷者はいなかったが、白人指揮官たちの質の問題からか効果的な応戦はできなかった。
それでもニッケイの将兵たちはパニックから立ち直ると、踏みとどまって攻撃を開始した。
度を失って逃亡せず、依然として組織的に崩れない第100を見た敵は、おそらく後方にいる部隊の所まで下がるために、整然と後退を始めた。
第100も部分的に反撃を始めた。このときB中隊第3小隊のジョー・タカタ軍曹が果敢に敵の機銃座に攻撃を仕掛けて倒される。しかし彼はいまわの際に敵の位置を教えてから息絶えた。
ハワイの職業人野球リーグで知らぬものもいない名選手、タカタの死はとくに大隊長、ターナー中佐に衝撃を与える。タカタが第100の、最初の戦死者となった。
B中隊第2小隊長で、第100唯一の韓国系将校だったヤングは、敵の後退が戦術的なものと見て、兵士たちに道路を避けて散開し、警戒しながらの前進を命じたが、ヤングとソリの合わないB中隊長のスズキ大尉は、道路上を進撃して迅速に敵を追えと主張する。
このとき、ターナー大隊長までスズキに同調したため、ヤングは軍法会議覚悟で抗命するが、第100の兄貴格、人格者のドク・コメタニに説得され、不承不承命令に従うことにした。
ヤングは全部隊の先頭に立って、「地形読み」の能力で先を読もうとする。
そして、右腕とも頼むマサハル・タケバ軍曹にだけ聞こえるように話しかけた。
「おそらく敵は、あの見通しの悪いカーブに我々が現れたら、火力をそこに集中してくる。
君は私が逃げろといったら、何も考えずに私について全力で走るよう皆に徹底してくれ」
「わかりました。
――全員、警戒前進。敵は近いぞ。
命令を聞き逃すな」
しかしタケバは、これまでヤングが小隊員にどんなにいやがられても、命令一下反射的に行動できるように積んできた訓練の成果を信じていた。
そしてヤングに関しては、どんな地図でも数分見ただけで同じものを紙に書けるということも知っていた。だから第2小隊だけなら、待ち伏せている敵の好餌になるとは思わなかった。
そのころ、ミツヨシ・フクダとサカエ・タカハシはラヴェル副大隊長や大隊のS2(情報将校)と掛け合って連隊本部と交信し、第100が敵と接触したことを伝え、戦線全体の敵情の伝達を受けていた。
第100が当たっている敵軍は現在再編成のために後退中であり、第133連隊以外の2個連隊が支えている戦線においても味方は優勢で、第100が順調に敵を圧迫しつつ進んでチウサノ村をおとせば敵は撤退することが確実視されている。
航空優勢は連合軍の手にあり、ドイツ軍は手傷を負わないうちにローム南方の山岳陣地に集結をはかっているが、そこまでに時間稼ぎの遅滞防御部隊を複数配置している模様だ。
ライダー少将は「初戦だけは勝たせてやる」という約束を守った。
第100の正面に撤収準備中の敵を当てたのだ。
しかし、B中隊はその遅滞部隊にぶち当たった。
第2小隊が見通しの悪い角を曲がったとたん、またしても75mmの榴弾と機銃の火線が彼らを襲う。マーク3アサルトキャノン、ヘルマン・ゲーリング師団の無砲塔戦車だ。
こいつにはマーク4とちがって、主砲は車体前方しか指向できず、機銃も車長ハッチに折りたたみ式防弾板をともなう1丁しかない。
ヤングの脳裏に今朝見たこの周辺の地形図が、寸分たがわぬ映像として再生される。
戦車隊の周辺で小隊全員の安全を確保できる場所は、――ある! 奴らの真横に栗の林が。
「総員全力疾走。我に続け!」
ヤングは小隊全員に聞こえるよう大声で命じると、トミーガンを短く連射させながらそのまま走って、戦車の機銃と主砲の射界外にいったん出て、それから林に向かって全力疾走した。
タケバらも続く。ヤングは後ろをふり返らず走る。全員が続くものと信じて。
敵の車長は機銃を構えていたが、やはり防弾板の制約で前方にしか向けられない。
第2小隊はマーク3が再度攻撃を加える前に栗の林に逃げ込めた、はずだった。
しかし、敵の戦車はなおも彼らのいた位置に砲撃を加える。
ヤングは自分についてきた隊員たちをいそいで確認した。
小隊長付、第1分隊、第2分隊はいた。しかし、第3分隊がいない。
ヤングは曲がり角をもう一度確認した。第3分隊12名はまだそこにいた。
自分たちを襲う戦車の群れにおそれをなし、ヤングに付いていくのをためらい、道路脇の溝やワダチに伏せてしまった。そこに敵の砲撃が炸裂する。
敵の戦車は1個小隊4両。その先頭にいる車両の車長が機銃を構えなおし、第3分隊の負傷者にとどめを刺そうとする。しかし、その右手を遠くからのライフル弾が貫通する。
さらに、思わず右手を押さえながら何か叫んだ車長の帽子とヘッドセットが宙を舞う。
それが合図であるかのように、ミツヨシ・フクダとサカエ・タカハシが重火器小隊の対戦車チームをいくつか連れて、ヤングたちの方に向かって荒れ地を抜けてきた。
200mは離れたところから、スコープのないライフルで彼らを支援しているのはダンだった。
今の敵車長は彼に狙撃されたのだ。ただ、ダン自身は上出来と思っていなかった。
「ちっ、しくった。俺も度胸ねえんだなあ」
外したからといって撃ち返してこない「的」と、外すと味方を殺してしまう「敵」の違い。
ダンといえども「外せない」という気持ちが雑念になる。
練習で絶対に失敗しなくなるまで上達しても、本番ではそのとおりにはいかない。
うわずった気持ちが、あがりと焦りになる。
普段なら余裕でブルズアイの距離なのにと、ダンは思っていた。
彼は左腕を動かさず、右手の親指でボルトのおしりを押さえ、レバーを順手で起こして引く。
ボルトアクションライフルでは「逆手」でボルトを引いてはいけない。レバーが折れたりボルト自体が破損したりする原因になる。実際「順手」の方がリロードも速い。
さっきの撃ち殻薬莢が上に飛び、ボルトを戻してダンは次の敵に照準を合わせようとしたが、残りの3両の車長はすでに車内に逃げて、ハッチを閉じていた。
「手間取ったからな、しゃーねえか。
ドイツ野郎どもはやっぱ手練れだなあ」
ダンがそうつぶやく間に、タカハシとフクダが引きつれてきた60mmロケラン「バズーカ」の射手たちは、なんとか敵側面50mまで進出した。しかし「バズーカ」が火を噴く前にアサルトキャノンどもはスイッチバックを繰り返して来た方に向き直ると、そのまま引き上げていく。
ダンが倒したのは小隊長だったようだ。それに狙撃兵がいる状況では、ヤングたちが横から肉薄してきても応戦する手段がない。逃げるのは当然だろう。
そして第100の正面に展開していたドイツ軍は弾薬が残り少ないのか、警戒しながら下がっている。戦車どもは連中の後退までの時間稼ぎに出ただけだったようだ。
ヤングの第2小隊第3分隊は、戦死1名、7名が重軽傷を負った。
チウサノ村は廃墟同然のありさまで、雨をしのげる建物もなく、物資はすべてドイツ軍が持ち去っていた。火をたくことももちろんできない。全員ずぶ濡れのまま待機している。
9月でこのありさまなら、本当の冬がやってきたらどうなるだろう。
せめて進軍していない間は暖が取れないと、凍傷で倒れるものが続出するだろう。
凍傷はある意味、ヤケドより恐ろしい。
自分の小隊の1/3が死傷したということは、ヤングを苦悩させた。
それまで彼は、いざ戦場に行ったときに自分がどうなるかだけが不安だった。
腰を抜かすか、パニックになっておろおろするか。
ニセイたちが自分を認めてくれるか。
もし、自分が将校らしからぬことをしでかしたら……。
でも、本当に恐ろしいことは、そんなことではなかった。
指揮官は、人の命を預かっているのだ。それが一番大事なことだった。
今日の彼は腰も抜かさなかったし、パニックにもならなかった。
しかし目のまえでタカタ軍曹が戦死したとき、ヤングは悟った。
自分が指揮をしくじれば、部下が死んでしまうのだ。
それは自分が死ぬより恐ろしいことだ。
そして今日一番損害を出した小隊長は、ヤングだった。
(私が頼りないから、彼らがやられてしまった……)
雨の中そうやって座り込んでいるヤングの元に、タケバ軍曹が報告に来た。
「第3分隊の戦死者1名、重傷で後送が必要なものは2名、衛生兵の手当で済んだもの5名。
重傷者以外は、分隊長含め戦闘に支障はありません」
ヤングは立ち上がり、タケバと向かい合う。
「戦死したのは、誰か」
「ケイチ・タナカ二等兵です」
ヤングはしばし考えた。彼は自分の自責の念をタケバには見せなかった。
「わかった。彼の元に行こう」
ヤングが口にしたのは、それだけだった。
タケバもまた、ヤングに付いていった。
亡くなったタナカのまわりには、同じプラトーンの戦友たちがいた。
分隊長の伍長はヤングが来たのをみて硬直した。
命令違反と部下の死の責任を問われるかと思ったのだ。
しかし、ヤングは彼に何も言わず、そのままタナカの亡骸のそばにひざまずいた。
「タナカ君。私がふがいないばかりに、君を死なせてしまった。
全部私の責任だ……」
「GIキム」と陰口をたたいていた小隊員たちは、ヤングが全部の責任を分隊長に負わせるのではないかと思っていた。しかし彼は誰かを叱ることもなく、自分を責めていた。
タナカの友人、第1分隊のジェシーとチャールズ、第2分隊のウメバヤシは、今朝タナカから「もう会うこともないから」とライターやたばこ入れをもらっていた。
そのときは、まさか本当に彼が死ぬとは思っていなかった。
彼らは、タナカの亡骸を前にして叫ぶ。同じ分隊の仲間たちに。
「なんでお前たち、小隊長のあとを追わなかったんだよ!」
ヤングはそれを手で制した。
分隊員たちは、自分たちがヤングを疑い、走って逃げるよりその場に伏せることを選んだことを悔いていた。現にヤングと一緒に全力で逃げた小隊員たちは皆無傷なのだ。
やがて従軍牧師が現れて、その場で略式のミサを執り行う。
タナカを皆が地に帰すまでの間、ヤングは直立不動の姿勢のままだった。
ヤングはそのあと重傷者2名の元を訪れ、パープル・ハート(名誉戦傷章)を渡しながら、自分の非を詫びた。
ラベル少佐がヤングに夜間斥候任務に誰か出せと言ってきたのは、そのときだった。
ヤングは少佐に「自分が行きます」と返答し、それなら自分が、と言うタケバを止めた。
「今夜は私の戻りを待つ必要はないよ。
全員で食事を取ったら、タコツボの中ですぐに休んでくれ」
「え? では就寝前の装備点検と服装検査は?」
ヤングはかすかに笑うと、「今夜から、いや、金輪際服装検査なんかやらないよ。GIキムは、今日でおしまいだ」とだけ言って、鉄兜を脱いで支給品のニット帽をかぶった。
戦闘中は鉄兜をかぶらないと軍紀違反になる。そのことを指摘したタケバにヤングはこう答えたという。
「見ろよこの鉄兜を。外帽と内帽のふたつをかぶるようになっている。だからすごく重い。
視界を妨げる上に頭にのしかかって判断を邪魔する。私には向いていないな。
それにこれをかぶっていると、せっかくの夜なのに一目で米軍とばれて撃たれる。
この帽子なら、兵隊か民間人か、影だけではわからないよ」
そしてヤングはこの日を境にセレモニーや観閲の時をのぞいて、戦場ではニット帽で通した。
誰も彼もあぶないから鉄兜をかぶれというのだけれど、これだけは頑固に守りとおした。
ラベル少佐は、ターナー大隊長の様子を見に行った。
今日の戦闘でもまったく指揮らしい指揮ができておらず、戦死者が出たということが彼に与えた影響の大きさがうかがい知れたからだ。
もう夜も遅い時間だというのに、ターナーはまんじりともしないで起きていた。
彼が一気に老人になってしまったように、ラベルには思えた。
(この人には、最前線の大隊長は向いていなかったんだ)
いままでの第100には、確かに彼のような理解者が必要だった。
いらん子大隊の第100がいま最前線で戦っているのも、ターナーのおかげと言っていい。
しかし、いまラベルの目のまえにいるターナーは「大隊長」ではなかった。
そしてこれからも「彼の息子」が死ぬたびに、彼は苦しむだろう。
「明日は予備の中隊と共にいてください。あとはすべて自分がやりますから」
そういうラベルに「ああ、そうするよ。すまない」と、力なく答えるターナーだった。
本土で僕たちは第100がどうなっているのかわからずに、ずっとやきもきしていた。
10月に入ってから、ようやく第100が第5軍に加わってイタリアに上陸したことが全米で報じられるまで、皆ずっと不安を抱えていた。
果たして第442連隊戦闘団は、実戦に出る機会が与えられるのかと。
しかし皆の喜びは、長く続かなかった。
ジョー・タカタが先陣切って戦い、最初の戦死者になったからだ。
死の間際に渾身の力で敵の位置を仲間に伝え、力尽きたという英雄的な死に様が伝えられてもなお、ハワイニセイたちのスターだったタカタの死に皆が悲しんだ。
タカタには、陸軍特別戦功十字章(DSC)が追贈されることとなった。
DSCの上には上下両院の承認が必要な「メダル・オブ・オナー」しかない。
どちらも「死ななければもらえない」といわれており、生者で叙勲されるのはよほどのスーパーマンだ。
まして僕たち日系部隊には、縁のないものだと思っていた。
本当ならシルバースター勲章だって、おもわず最敬礼したくなる。
日系兵が陸軍特別戦功十字章を受章したというニュースは全米を駆け巡り、人々を驚愕させる。
もちろん、どんな勲章であれ、タカタの命と釣り合うものでは決してない。
しかしタカタ軍曹は、その命をもって日系市民の未来を開く礎となった。
それもまた、事実だった。
それがきっかけになったのかどうか、それはわからないが、それから以後の第100は彼に続くかのような猛戦を繰り広げた。
兵士だけじゃなく、将校、それも白人の将校まで前線に出てしゃにむに戦うようになった。
次の目的地ボルトウリノ川まで進撃した3日間で第133連隊は戦死者59名、負傷148名を出し、そのうち第100大隊員は、戦死21名、負傷67名。死傷者は連隊全体の42%に及んだ。
そしてこのとき真っ先に立って大隊を率いていたラベル少佐が、ドイツ砲兵隊のロケット攻撃で負傷、後送されることになってしまった。
ラベル少佐の応急手当が終わったところに、ターナー中佐が見舞いに来た。
「いままでありがとう。お別れに来た。
私は療養のためという理由で、大隊長を解任されたんだ」
もう、彼は限界だった。精神と体力の両方で。
彼は戦死者が出るたびに、息子が死んだかのように打ちのめされた。
そんなとき、連隊長から将校斥候を出せと命じられた彼は、部下の白人将校に数名の兵をつけて偵察に出した。
戻ってきた彼は「前方に敵影なし」と報告し、報告を信じた連隊は行軍隊形で進撃し、敵の待ち伏せを食らってしまった。
その将校がサボったのか、それとも偵察に向いていなかったのかわからない。
とにかくターナー中佐は適性を欠く人選をしてしまい、その責任を取らされたのだ。
第100は、結成時からの大隊長と副大隊長を一度に失った。
二世兵を信じ、名誉回復の戦いをともにした彼ら。
とくにニセイたちから「親父」と慕われたターナー中佐は、これで軍人としてのキャリアに終止符を打って、二度と戦線に戻ってくることはない。
しかし、このあとの大隊長が誰になるにせよ、「ボーイズ」が「親父」のことを忘れることは決してないだろう。
そのあとも第100の大隊長は次々と交代する。終戦後解隊されるまでのわずかな期間で、大隊長はのべ12人を数えた。
それからあと、誰もが嫌がる連隊の夜間偵察は、「ヤングのお仕事」になってしまった。
いやなのもしかたがなかった。
なにしろ出かけるときにみんなで地図を見たら、あとは暗闇の中、記憶と勘を頼りに敵の勢力圏に出かけて、配置を調べてこなくてはならない。生きて帰れる保証もない。
実はラベル少佐が負傷するまで、第100の前方偵察を引き受けていたのはヤングだった。
ラベル少佐は初戦闘の日から彼を「ふしぎな男」と思っていた。
夜間偵察を頼むと、嫌がるそぶりも見せずに引き受ける。
ヤングは目的地の地形図を本部で数分間見つめて、「イエス」と言うと単身で行ったことのない場所をすいすい歩いて行く。
そして絶対に敵に出くわすことなく、敵情を持って帰る。
それを全部、いま見ているかのように白地図に書き込んでいく。
彼はメモも懐中電灯も持って行かない。
そして、彼がどうしてそういうことができるのか、彼にも説明ができないのだ。
「いや、いそうなところに行ってみると、やっぱりいるというだけ」なんだそうだ。
「軍紀は破るためにあるもの」つまり実戦の役に立たない規則は一顧だにしなくなってから、ヤングは自分自身のことにも無頓着になっていった。
夜、偵察から帰ってきて、皆がタコツボの中で眠っているのを確認すると、自分は地べたにそのままごろ寝してしまう。泥だらけの格好で。
タケバ軍曹が「疲れてタコツボも掘れないんだろう」と考えて、ヤングの分まで掘っておいても、やっぱり地べたにごろ寝してる。
しかたないのでヤングが帰ってくるまで起きて待ち、このタコツボに入ってくださいと言っても、「いいよいいよ」と言って寝転がるなりもう眠ってしまっている。
でもここはボーイスカウトのキャンプじゃなく、敵がうじゃうじゃいる危険地帯なのだ。
そんななかでそんなことを続けていれば、自然とまわりの見る目が変わる。
しかし僕は知っている。それは単にヤングが元に戻ってしまっただけなんだ。
まあ、もともと食べ物なんかはシェルビーにいたころから兵隊食堂で食べていたし、将校待遇もいっさい受けていなかった。
ただそれには「将校は貴族で兵士は平民」という白人たちの「伝統」が、ヤングにはばかばかしかったということもある。だって合衆国には貴族も平民も初めからないから。
そしてヤングが日系市民の中で育ったということも大きく影響している。
男は口先じゃなく行動で語るものだ、という考えに染まっているのだ。
そんなヤングをラベル少佐は「白人ともアジア人とも違う別ななにか」と評していた。
そして兵の間で、いつしかヤングのあだ名は「サムライ」になっていった。
第100はローム目指して北進を続け、蛇行して流れるボルトウリノ川を何回も渡った。
もう1943年も暮れだ。川の水は氷のように冷たく、暖もロクに取れない兵士たちは次々と凍傷にかかった。
川の周囲は地雷原だらけ。先行する兵が安全を確認すると、1日に1回支給されるティッシュペーパーを使って白い目印をおいていく。
B中隊はここでも迷子になってばかりいた。スズキ中隊長とヤングの仲はあいかわらずで、スズキはムキになってヤングのいうことを無視した。
そのたびに誰かが地雷を踏んでしまう。立ち往生するスズキを正しい道まで引っ張ってくるのはカネコの役目になった。
第100が最後に川の始まり近くを渡り終わったとき、対岸の標高数百メートルほどのいくつかの山は、ドイツ軍の立てこもる陣地となって、第5軍の前に立ちふさがっていた。
第100は友軍に合流しようとふもと目指してブドウ畑を進む。しかし先頭でまたも爆発音。
いくつか地雷が爆発したのだ。
地雷と言ってもドイツのは地べたで爆発するオーソドックスなものばかりではなく、起動すると人間の頭の上まで跳び上がって爆発し、散弾をまき散らすものもあった。
この跳躍地雷は「跳ねっ返りベティ」と呼ばれて、皆が嫌がった。
このとき地雷にふれたのは、先頭にいたジョンソン副大隊長と、タロー・スズキB中隊長だった。
ラベル少佐の後任のジョンソン少佐は着任早々から第100の流儀を理解し、自ら先陣に立っての負傷だった。
スズキ大尉は腕をやられていた。神経が切れる重傷だった。
後送される直前に彼が呼んだのは、ヤングだった。
「まったく。こんなことになるなら、もっと貴様の言うことを聞いておけばよかったな。
貴様が正しいことはわかってたが、日系じゃない貴様に従うのがしゃくでな。
……すまなかったな。いやな上官だった」
彼は自分が愛用していたコルト・ガバメントを、ヤングに渡した。
「これは俺が大学の予備士官課程の射撃大会で優勝して以来、肌身離さず持ってきた銃だ。
俺はもう戦場に戻れないかもしれん。だからせめてこの銃を戦いに連れて行ってくれ。
頼むよ」
確かにスズキの片腕は、もう感覚さえなく、動かすことさえできないようだ。
ヤングは、彼の頼みを聞くことにした。
「わかりました、承ります。
……自分も生意気な部下で、申し訳ありませんでした」
「お互い様さ。その銃は貴様が生きてステーツに帰ってきたときに返してもらうぞ」
「はい、微力を尽くします」
こうしてジョンソンとスズキは後方に搬送されていった。
地雷原とトラップは、フクダ中尉が自分の小隊を率いて慎重に取り除く。
その後を第100全員でふもとまで進む。そこが友軍の、明日の攻勢発起点だった。
「よお、お前らが良くここまで来られたな」
「ここは戦場だぞ。お前らの『卑怯な目くらまし』なんか通じねえぞぉ~」
「チビどもが、粋がってんのも今のうちだぜ。
小便チビって座り込むなよ」
「近眼は直ったのか? 近眼じゃ鉄砲撃ってもあたらねえぞ」
第100のニセイたちに、下卑たヤジを飛ばす連中がいた。
テキサス師団こと、第36師団の兵たちだ。
そのテキサンどもの中には、厳寒のフォート・マッコイで毎日殴り合った奴らもいた。
「あいかわらず、口だけは達者な奴らだ」
そのテキサンどもを1個小隊は病院送りにしたサカエ・タカハシがつぶやく。
もう第100には、そんな挑発に乗るほど思慮のない兵は誰もいなかった。
しかし、小柄な日系兵を初めて見た第5軍の将兵たちも、決して好意的ではなかった。
互いに眉根を寄せ、小声でなにか話し合っている。
「足手まといにならなければいいが」などという声まで聞こえる。
ボルトウリノ川が始まるここは、標高数百メートル級の、箱根山ぐらいの山々がつらなる山岳地帯。ドイツ軍は南にいた部隊をここに集め、第15軍団を食い止めるつもりだ。
ここを取られると、南イタリーでただ一つの大型空軍基地であるフォッジア飛行場が連合軍の手に落ち、ロームまでの制空権を奪われてしまう。だから敵も必死だった。
第100も第34師団の陣列に加わり、いよいよ作戦開始地点に向かう。
第5軍のすべての師団がここにそろい、あとは作戦開始を待つだけだ。
「時計合わせ。1分前!」
指揮官の合図で全兵士が自分の腕時計を1分前に合わせる。
「30秒前」
全員が銃に弾薬を込め、セフティーを外し両手で構える。
部隊が集結したのを見たドイツの守備隊が、ひっきりなしに榴弾や迫撃砲を撃ってくる。
いままでと段違いの激しさだ。
「5秒前、トゥリー、トゥー、ワン、
ゼロアワー!(出撃!)」
各小隊長を先頭に、全員が「ゼロアワー」の声と同時に走り出す。
走り出した第100めがけ、いままで沈黙していた機銃陣地がうなりだす。
全員がなれた様子ですばやく散開し、遮蔽物に身を隠しながら慎重に距離を詰める。
後続は……、と見ると、他の大隊、連隊、師団は敵の制圧砲火の中に飛びこむのをちゅうちょして、まだ前進できないでいる。
味方が当てにできなくても、第100には前に進む以外の途はない。
分隊長の合図で、土のうで補強された機銃の巣に向かって全力疾走する。
だれかが機銃弾を食らう、しかしもう死ぬとわかっても彼は仲間のために倒れまいとする。
その彼にさらなる銃撃が加えられ、力尽きて倒れるころには仲間たちが機銃陣地の近くに達して伏せている。
分隊長が合図する。立ち上がって陣地の中に躍り込む。
他の全員も銃剣をひらめかせ、「チクショウ」「バンザイ」「クタバレィ!」と叫びながら、ドイツ野郎どもを達人が使う12インチ(30cm)のロングブレード銃剣で、あたり構わず滅多刺しにする。敵の息の根が止まるまで。
そんな惨劇が、前線のここそこで始まった。
「てめえら、そんなところで何をしている。
あいつらの働きを無駄にしたいのか? レッド・ブルの名が泣くぞ!」
第100の、生死すら度外視したような突撃を見たチャールズ・ライダー師団長が、師団本部もろとも最前線まで出てきたのだ。
危険だからお下がりくださいと連隊長たちが押しとどめようとすると、「ならばお前らが前に出ればいいだけのことだ!」とどやしつけ、銃弾がびゅんびゅん飛んでくる中を仁王立ちして、敵陣をにらみつける。そこでは第100だけが猛然と戦っている。メディックたちも負傷兵を見つけると、銃弾の雨の中に平気で飛びだしてゆく。
師団長がそこにいる以上、第34師団の他の将兵も前に進むしかない。
しかし彼らもチュニジアで勇戦したレッド・ブルだ、敵の激しい銃砲撃でたちまち死傷者が出るが、第100に負けじと戦い始める。
こうしてグスタフラインの一角で、「ナポリ・フォッジア作戦」と呼ばれる戦いが始まった。