ボルトウリノ川の始点にある、低い山々。
ドイツ軍はそこに兵力を集中し、高地群に陣地を築き上げて連合軍を待ち受けている。
タケバ軍曹が言う。
「少尉。あなたがシェルビーで高地を攻める訓練ばかりさせてきたことが役に立ちそうだ」
ヤングはかすかに笑った。
「一番難しいのが高いところに陣取る敵を攻めることだから、これができればあとはどういう状況にも応用が利く。と思ったからやったんだ。
だけど、こんな山だらけの国に送り込まれるとまでは思っていなかった。
……ん?」
ヤングはハンドサインで全員に「静かに」と伝える。先に敵がいる。
タケバには「私が見てくる」と小声で言って、人ひとりしか行けない獣道を用心深く進む。
突然、ヤングの行く手に銃弾が飛んできて、彼はとっさに地面に伏せた。
「小隊長!」
おもわず叫ぶタケバ軍曹。
そのさらに後にいた隊員たちからは、ヤングが撃たれて倒れたように見えた。
「小隊長がやられたぞ」
「くそっ! 突撃だ!」
「吶喊用意!」
「ここは突撃するしかないっ!」
「総員着剣!」
「ラッシュ! ラッシュ! ラッシュ!」
「うりゃあああぁぁああ!」
「突撃ぃぃぃいい!」
オザキ曹長以下勘違いした小隊員たちは銃剣をライフルに装着し、筒先並べて怒濤のごとく雄叫びあげて吶喊すると、やみくもに何かに向かってぶすぶすと銃剣を突き立てる。
「わーっ! 止め! 止めろー」
彼らが「生け垣」にひたすら銃剣突撃している真下で、起き上がることもできず伏せたままのヤングが止めようと声を上げるが、誰の耳にも入らない。
「仕方ないな!」
ヤングはひとり伏せたまま、匍匐前進で生け垣の向こうにいるはずの敵を攻撃できそうなところまで進むと、胸ポケットにぶら下げたパイナップルのような手榴弾をにぎり、ピンを抜いてきっかり3秒待って向こうに放り込む。
生け垣の向こうで爆発が起こって、そこで皆が生け垣に夢中になって突撃していたことにやっと気がつく。
……そして生け垣の向こうでは、ドイツ兵3人が、ぶるぶる震えながら両手を挙げていた。
彼らが第100の、初めての捕虜ということになった。
この一件は従軍記者たちによって「恐るべき日系二世の銃剣突撃」と誇張されて伝わった。
なにしろ小隊の銃剣突撃なんて、シビル・ウォー(南北戦争)以来誰もやったことがない。
もちろん本土組の僕たちも、さすが第100はすごいもんだ。としっかり勘違いしていた。
そのころ、第2小隊が捕虜をつかまえたその近くで、ひとりウロウロしている軍曹がいた。
「あー、まいったなあ。
兵隊ども、俺をおいてどこ行っちまったんだよぉ」
「――ちがう、お前が兵隊を置いてきぼりにして勝手に暴れただけだ」
「どわっ! ――敵かと思っただろーが、エイキ」
勝手に暴れ回っていたダンは、いつのまにかB中隊の戦闘区域に入りこんでいた。
そしてエイキ・コバシカワ軍曹のプラトーンに出くわしたのだった。
「みんなが言ってるぞ、お前についていったら確実に死ぬって」
「なんだよその死神扱い」
「事実だからしゃーねえだろうよ」
「言うかミキオーっ! てめーこないだの負けさっさと払え!」
「静かに! 味方が奇襲しようとしてます」
ナカミネ二等兵が、暗闇の中にB中隊の1個小隊を見つけた。
皆が周囲をうかがう。もし敵がいるなら支援ができるだろう。
しかし、その小隊はすでに着剣して警戒前進しているのに、狙う敵がどこなのかわからない。
「2個分隊の人数しかいない……」
コバシカワは、もう7~8人は死傷したのだろうと思った。
彼らの先に機関銃巣があるなら、彼らの突撃に合わせて攻撃して気を引けば、向こうの犠牲が出ないかも知れない。
向こうの指揮官らしい人物が、部隊を手で止める。
彼は副長や分隊長らしい下士官3人に何かを指でさし示す。
彼らは慣れているらしく声も発しない。
部隊は小隊長らしき将校と、副隊長と思われるベテラン下士官のもとで二手に分かれ、音も立てず道から外れて斜面の林に消えて行く。
「どこに行ったんだ?」
「茂みが濃くて見えないな」
突然、手榴弾が爆発して光がひらめく。
そしていきなりさっきの連中が飛ぶようにして現れ、2カ所でなにかもみ合うような音がしたが、すぐに静かになる。
ダンとコバシカワは、兵士たちを連れてそちらに向かう。
「誰か?」
副長らしい軍曹が、誰何しながらガバメントを抜いた。
「タケバか?」
「コバシカワ。いったいどうした」
「小隊とはぐれた」
コバシカワが足元を見ると、互いに掩護できるだけの間隔を開けて巧妙に偽装された機銃巣が2つ並んでいた。気づかずに片方だけを襲えば不意打ちを食らう。
「だから二手に分かれて……」
後にまわりこんで同時に攻撃したということか。しかしタイミングが合わなければぶちこわしになってしまう。先頭にいたもう一人は将校だ。先頭に立っているのならば日系の指揮官か。
白人の小隊長は後から日系兵士を追い立てるだけで、自分は後にいる。そのせいで自分たちも方位を失ってうろうろしている。
「タケバ、どうしたんだ?」
その将校、少尉の階級章をつけた人物がこっちの方に来た。
「小隊長。彼は第1小隊のコバシカワ軍曹です」
「エイキ・コバシカワであります。分隊ごと小隊とはぐれてしまいました。
……メットは、なくされたのですか?」
その少尉は、鉄兜の代わりに毛糸のつば付きキャップをかぶっていた。これは非戦闘中の略帽だ。そういえば……とコバシカワは考えた。
「私は第2小隊長のヤング・オーク・キムだ。鉄兜は嫌いなんだ」
彼はそう言って笑う。
コバシカワも「最近『G.Iキム』がどうかしちまったらしい」というのは聞いている。
規律委員みたいに服装違反を取り締まっていたのが、突然自分から率先してだらしなくなったあげく、軍紀違反の常習者になったと。
しかしまさか戦場で鉄兜をかぶらないというのは軍紀違反と言うだけではない。
「命知らずにも程があります。少尉殿」
「そうかなあ。鉄兜かぶってても戦死した将兵はたくさんいるよ」
「そーゆー問題じゃありません!」
「別に誰も私のマネはしないからいいんじゃないか?
それに命知らずって言うのは、そこのダイスマスターのことを言うんじゃないかなあ。
『国定忠治』や『次郎長』を地でいっている」
「こいつは敵味方問わず死神だと言うだけです」
コバシカワは最初、ヤングのような「秀才でいばりん坊」は訓練場では強いが、銃弾飛び交う戦場に来るとメッキがはがれてヘタレになるもんだと思っていた。
ところがこのコリアン将校は、メッキがはがれたらギャングのボスになってしまったようだ。
そのボスが『博徒の大親分』呼ばわりした野生児は、ふて腐れたまま変なことをたずねる。
「なー、ヤングさんよお。あんたって敵がどこにいるのかわかるそうじゃないか。
まだこの辺にいるんじゃないか?」
「いるよ。ここから200m西に機銃巣がひとつ。人数は5~6人。
偽装がしっかりしてるから、50mまで行かないと見えない……」
「よっしゃああぁ!!」
「おい、待て!」
「止めるだけ無駄です……」
コバシカワがヤングの肩を押さえる。
「それより、全員で隠れてないと流れ弾で死にます」
「なんというか、……それでいいのかなあ?」
ダンはブッシュに潜り込むと、姿勢を低くしたまま音も立てずに移動する。
ときおり顔だけ出して、敵の気配をさぐってはまた潜る。
「すばやいな……」
隠れているヤングが感心する。ブッシュでかがんでいる者の移動速度ではない。
というより、ほとんど飛んでいるのではないかという速さ。
しかもいることを知っている自分たちから見ても、ダンがどこを走っているのかわからない。
しかし、あと少しで敵陣というところで、ブッシュがとぎれて地面が丸見えという場所に出てしまった。
「あいつ、どうするんだ?
手榴弾で狙える距離じゃないしな」
するとダンは、いきなりその場で音を立てて倒れ込む。
なにかうめいている。
まさか、ケガしたのだろうか。
いままで隠ぺいに努めていた敵陣から誰かが立ち上がった。ドイツ兵だ。
「Wer ?」
「Bitte um Hilfe.Ein Schuss……」
機銃巣から二人のドイツ兵が、ダンの方に向かっていく。
「軍曹、あれはドイツ語かい?」
「ええ。ダンは『あれ』でも医者の卵ですから」
「米語はピジンなのにねえ」
ドイツ兵どもは、ダンの所まであと10mかそこらまで近づいて止まる。
なにかおかしいと気がついたようだ。
それと同時に、倒れていたダンがそのまま横に飛ぶ。
ドイツ兵が「Feindes!」と叫んだときには、ダンはすでに拳銃を引き抜き続けざまに撃つ。
倒れる二人の敵兵。ダンは抜き打ちで2発しか撃っていない。
機銃巣の兵士たちは、あわててダンが倒れていたところめがけて撃つ。だがもうダンは横に飛んでいる。そのまますばやく這っていったんブッシュに潜む。これで空き地をクリアーした。
それでもう、ヤングたちにもダンがどこにいるのかわからない。
敵の機銃が断続的にそこらじゅうを掃射するが、全部外れだ。
機銃手と助手以外が手に手に銃を構えて、茂みが動くたびに射撃を加える。
ダンが動かしているわけじゃないようだ。
「なんだ、あいつ石を投げているのか?」
誰かが気がつく。ダンはまったくブッシュをゆらさず、音もなく動いてはとんでもないところに石を投げ込み、「ガサッ」と音を立てている。
確かに何かに隠れていなければ、流れ弾をくらいそうだ。
そしてまた何かが飛んだ。機銃巣に向かって。石じゃない。
「Granate!」
敵が泡を食って陣地から飛びだした瞬間、手榴弾が炸裂する。
いきなり飛びだした敵兵に何かが覆い被さって、叫び声を上げる。
そいつが倒れたときには、その隣の奴がスコップの一撃を延髄に食らって昏倒する。
残り二人がそちらを見た瞬間に彼らの真横から2発の拳銃弾が飛びだし、顔面に当たる。
拳銃弾はヘルメットまで突き抜け、さらに反射して暴れ回る。ほとんど即死だ。
「あいつ、本当にひとりでやってしまったね」
「だから、敵にも味方にも死神なんですよ。真っ昼間なんか敵が機銃を撃ちまくっているど真ん中に走っていきますからね。それで死なないのはあいつだけです。誰も付いていきません。
……少尉と正反対ですね」
「??」
ヤングには、なんで自分が引き合いに出されるのかわからない。
タケバたちにはわかっている。ヤングは弾が飛んでこない道しか進まない。
「しかし、どれもものの一撃で決めてるな」
「あいつは、大隊のメディックの誰よりも怪我人の手当てをこなし、そして人が死ぬのを見ているんです。ハワイの赤十字で。……だからですよ。
ところで、少尉の小隊でも今日は分隊1個分の損害が出たんですか?」
コバシカワは、現状の第2小隊が2個分隊の人数しかいないのでそう思ったのだが。
「いや、中隊長代理が1個分隊を自分の警護に就けろって言ったのさ」
「あのイタ公か!」
スズキ大尉の代役になったイタリア系の将校が、前線に出もしないのに自分の護衛を要求したから、そうなったのだ。
「少尉、それでしたら自分らとダンを一時預かってくれませんか?」
「君の小隊は?」
「小隊長殿が前に出やがりませんので、自分の判断で戦っておりました」
コバシカワはゲンナリした顔でいう。ゼロアワーで直ちに飛びだしていくのは日系将兵だけだなあ、とヤングも思う。ラベル少佐やジョンソン少佐のような例外もいるが、白人指揮官の多くは兵士たちを先に走らせて、自分はあとからついてくるだけだ。差別主義者の白人将校はみんなそうだと言っていい。勇者は人を肌のちがいで差別しない。
今の戦争での経験から、ヤングが実感したことだ。第100の力を認めるのも勇者だけだ。
「みんな、あそこの丘で待機しててくれ。大隊長から命令をもらってくるよ」
そういうとヤングはひとりでまっ暗な道を戻っていく。
中隊長があてにならない以上、戦況と意見具申する相手は大隊長しかいない。
その大隊長、ジェームス・ギレスピー中佐はこのころひどい胃潰瘍に苦しんでいた。
度重なる渡河作戦と、今回の戦いで一気に容態が悪化したのだ。
大隊司令部から受けた説明では、第1大隊の550高地攻撃の支援として、第100には600高地、590高地、610高地の3つの山を落とせと連隊長、マーシャル大佐から命じられたという。
無茶だとヤングも思った。どうも連隊長は第100にいい感情を持っていないようだ。
「今夜中に、高地をすべて押さえる必要があります。敵は払暁を待っている形跡がありました。
攻撃命令をお願いします」
もう夜のうちに、3つの山頂を全部手にいれるしかない。第100は夜襲が得意だ。
昼に斜面で攻撃を受ければ上と下ではさみうちに合う。
しかし、大隊長はうめくばかりで、大隊本部もどうしてよいかわからない。
ヤングは、サカエ・タカハシやミツヨシ・フクダら命令がなくても戦える将校たちと連携してそれぞれ高地を落とすと伝え、小隊に戻った。
といっても彼らも小隊長クラス、ヤングには直接連絡を取り合う手段はない。
でも、彼らならもう自分たちの判断で攻撃しているだろうとヤングは思う。
実際、上級指揮官があてにならない第100をここまで戦わせているのは、彼ら少壮の指揮官の力だった。
「みんな、これから第600高地を目指そう。我々が動けばB中隊の他の小隊も動いてくれる」
ヤングはいまの小隊の陣営を見る。もうアイコンタクトだけで意思疎通ができるタケバ軍曹。
下士官の中で群を抜いているコバシカワ軍曹、オーハタ軍曹。
そしてミキオとシズヤの二人はすでに勇猛果敢で知られている。ヤングは彼らならお世辞抜きで特別勲功十字章をもらえるだろうと思っている。そしていろいろありすぎるダンもいる。
「普段なら敵の火点は迂回して進むが……、そうもいっていられないな」
すでにもうそこここで、B中隊とF中隊が600高地の頂き目指して突撃をかけている。
他の2つの山でも、2個中隊ずつがとりついて、激しい銃撃戦が繰り広げられている。
第100は激烈な戦いと戦果の割に、戦死者は少ないと言っていい。だがその戦死者は皆、味方を前に進めるためにその命を犠牲にした者、そして真っ先に駆けていた者たちだ。
第100の前進速度は尋常ではない。ドイツ軍も勝手が違って焦っている。
雨あられのように機銃弾をみまっても、誰も恐れない。引かない。むやみやたらにトリガーハッピーになる者も、戦うふりだけして空に向かって銃弾を消費する者もいない。
敵の配置をあらかじめ見抜くヤングがいる第2小隊は、全員が忍び足で敵の死角から至近距離まで接近し、ほとんど銃剣だけで敵を仕留めながら頂上へと斜面を登る。
山頂攻めの訓練ばかりこなしてきた第2小隊は、どんどん他の部隊を追い越していく。
(止まれ!)
ヤングがハンドサインで分隊長たちを止めた。
斜面の下の方から山を登ってくる連中がいる。
ドイツ兵だ。しかしヤングは息を殺してせいいっぱい身を隠している。
タケバたちにはわかる。敵の数が多いから、やり過ごそうとしているのだと。
敵はあとからあとからぞろぞろと現れる。50人以上はいた。
全員が息を殺し、ピクリとも動かず耐えている。
20人はいるヤングたちに全く気がつかずに、1個中隊ぐらいのドイツ軍は彼らの頭の上を進んでいった。ふたたび静けさが戻る。しかし、ヤングはなおも伏せたままだ。
(全員待機)
また、ヤングがハンドサインで動くなと示す。
そして彼自身は、音を立てずに静かに匍匐のまま、全く音を立てないように草や砂利をよけて茂みのひとつに近づき、銃を構えた。
「Freeze」
すると、その茂みに隠れていたらしい人影が両手を挙げた。
「待て、味方だよ。
まさか気がつかれるとは思わなかった」
確かに彼の軍装はアメリカ軍のものだ。
そしてあとからあとから、彼の部下らしい兵士たちがぞろぞろと現れる。
みんな度肝を抜かれた。そこにはだれもいないと思っていたからだった。
彼らはどんな人相なのかよくわからない。それは彼らが顔に靴墨を塗っていたからだった。
「君たちがうわさの第100か。なるほど。
陸軍の平均をはるかに上回ると聞いていたが、確かにそうだ」
指揮官らしい男がそういう。彼らは初めて見る日系兵たちのことを見くびってはいなかった。
「私は、第133連隊第100大隊、B中隊第2小隊長、陸軍少尉ヤング・オーク・キムです」
「すまんが任務のため、官姓名の申告はできない。勘弁してくれ」
その指揮官の右そでには、赤い槍の穂先に横に「USA」縦に「CANADA」と刺繍した部隊章が付いている。兵科章は金の矢が2本斜めにクロスしだものだ。
全員、そんな兵科章は初めて見る。そして彼らの装備も異様だ。
彼らはほとんど拳銃と特殊な短刀をたずさえただけの身軽な装備だった。機関銃手が持っている軽機関銃もBARではなく、もっと小型で弾倉が下ではなく左に生えている。
「わかった、なら行ってくれ。
貴官たちにあったことは忘れる。誰にも報告しない」
「ああ、すまんな。次からは気がついても無視してくれれば助かるんだが」
「戦場ではそうはいかないよ」
「あと、君たちの援軍でもないんだ。すまないね」
彼らは第2小隊に一瞬だけ姿を見せると、すばやく消え去り、音も立てずに移動する。
指揮官の男も、気がついたらいなくなっていた……。
「よう、ヤング少尉。あいつらいったいなんなんだ? 味方か、本当に」
ダンはもし連中がアメリカ軍に偽装した敵だったらと、普通に考えていたようだ。
「……悪魔の旅団」
「あ、悪魔だってぇ?」
コバシカワ軍曹の声が裏返る。
ヤングは話を続ける。
「フォート・ベニングにいたころに聞いた。
カナダ軍の空挺部隊とアメリカ軍のレンジャー部隊から特に選抜されたエリートたちが、ノルウェーの山奥にあるナチの秘密施設に潜入して破壊するためのスペシャル・タスクフォースに引き抜かれたってね。3個連隊編成だけど、実数は2,000人に満たないらしい。
ドイツ兵の捕虜が言っていたよ。夜中に知らないうちに仲間がいきなりいなくなってる。
そいつは昼間になるまで見つからない。もちろん見つかったときはもう死んでる。
首をネジ折られたり、ナイフでのどを割かれたり、細いワイヤーで絞め殺されたりしてね。
そういう死体の上には必ず『お楽しみはこれからだ』と書かれた赤いカードが……」
「……」
「顔を靴墨で塗った彼らを『悪魔の旅団』と呼び出したのはドイツ兵だけど、今では連中も自分たちのことをそう呼んでるそうだ。ドイツ軍は旅団ぐらいの部隊と思っているけど、実際は2個大隊弱だよ」
「はあ、なんともしょってる連中だねえ」
「まあ、担当戦域も違うし、もう会うこともないだろうね」
これがニセイたちと『第1特殊任務部隊』の初顔合わせだった。
ヤングの予想と異なり、第442と彼らは「虎戦車」同様長いお付き合いになるのだが、もちろん僕たちも向こうの方でもそうなると知っているものはいなかった。
ヤングたちは結局この夜に高地の頂を陥とすことができなかった。
彼らがたどり着いた場所は岩とわずかな茂みがあるだけの場所だった。
このまま夜が明けたらまずいと思った皆は、岩を掘り起こしてできたくぼみに隠れた。
夜明けがくる。ヤングが恐れていた高いところからの攻撃が始まった。
タカハシはF中隊を事実上率いて、高地の中腹にいる。
夜が明けると同時にドイツ軍は発煙弾も交えた準備砲撃を始めた。
それと同時に第1大隊と第100のすき間をぬって、ドイツ軍が浸透してくるのが見える。
さらにヤングの第2小隊がいるはずの所に、敵勢70人ほどが降りてきた。
タカハシは第2小隊が夜遅くまで戦っていたことを知っていた。まさか彼らは寝入ってしまっているのか。タカハシがそう思った時だった。
その70人ほどのドイツ部隊の背後から、猛然と射撃が加えられる。
「ヤングたちだ。総員、掩護射撃!」
タカハシとヤングがとっさの連携で、敵軍を十字砲火にさらした。
不意を打たれてばたばたと敵兵が倒れる。
連中は仕切り直しとばかり、尾根から降りて低地を目指すが、そこには第1大隊に属する部隊が待ち構えていた。彼らは挟撃を受けて壊滅した。
ヤングの目のまえに、死にきれずにうめいている敵兵たちがころがっている。
その中の一人に、タケバたちが群がっている。
まだ少年と言っていい、あどけない顔のドイツ兵だった。彼はずっと泣いている。
「もう無理です。助かりません……」
タケバでなくとも、皆がわかっている。ダンも首を振っている。
少年兵は、胸と腹から血を吹き出している。
力のない指先で、必死に胸ポケットを指している。
ヤングが彼の胸ポケットに入っている皮財布を出すと、1枚の写真が落ちた。
ひと組の夫婦がほほ笑んでいる写真……。
ヤングはその写真を拾い、彼に見せようとした。
しかし、その時にはもう、彼の目は何も見ていなかった。
そのとき、もう瀕死の状態だった敵兵が、ゆらりと立ち上がる。
とっさにヤングは立ち上がった。だが、それがいけなかった。
敵兵はそのまま事切れて倒れた。そのときに手に握っていたサブマシンガンが暴発した。
ヤングは、ふとももをバットで殴られたような痛みを感じる。
そしてそのまま崩れ落ちそうになるが、こらえて立ち続ける。
ふとももに貫通銃創を受けたのだ。
部下たちがヤングに駆け寄って、彼を支えようとするが、ヤングは「ノー・サンキュー」と言って、足を引きずりながら衛生兵の所まで、脂汗を流しながら歩いて行く。
将校はうずくまってはいけない。ヤングは自分自身に対しては意固地なまでに我を張った。
結局、ヤングの負傷は野戦病院でも手に負えず、即日彼はネイプルスの病院送りになってしまった。